HAKATA PARIS NEWYORK

今のファッションを斬りまくる辛口コラム

2015年05月

本業はファッション、グラフィックなどデザイン関連のクリエイティブディレクター。創る側の視点で今のファッション関連の事情を評論する。マスメディアはもちろん、業界紙誌も扱わないテーマに踏み込む。

全天候型経営が陥る落とし穴。

dcphoto













 一昨日、ワールドが全店舗の15%程度になる500店舗を来年3月期までに閉店し、10~15ブランドを廃止すると発表した。


 TSIホールディングスも、プラネットブルージャパンとトウキョウスタイルインプレスラインの2社を清算する他、ボディドレッシング、ジルスチュアートニューヨーク、スタイルコムなど、9ブランドを廃止し、希望退職者を募るとリリースした。


 閉店やブランド廃止の理由をワールドは、ファストファッションの台頭等による業績の低迷からという。一方、TSIホールディングスは収益重視への貢献が見込めないブランドには大ナタを振るう決断をしたようだ。


 ブランド廃止や店舗の閉店は珍しくないが、両アパレルとも日本を代表する企業だけに、ファッション業界ではかなりドラスティックなニュースとして受け取られている。


 でも、両社がなぜここまでブランドを増やしたかということである。


 筆者はアパレル時代、ブランドの開発に参画したことがあり、その先のプレスプロモーションまで手がけていた。その時、経営者や開発責任者の多くがブランドを開発するのは、「顧客の変化、嗜好の多様化に対応するため」と語っていた。

 

 お客の好みが多様化、個性化するにつれ、大量生産、大量販売は通じなくなったから、新たなブランドを開発して、きめ細かく市場を捕捉していこうという意味だ。その結果、新ブランドが次々とデビューいていくことになる。


 しかし、これまでのコメントを聞き、実際に誕生したブランドを見るたびに、「本当にそうなのだろうか」と、懸念を抱いてきた。


 プレスリリースに書かれた文言を読んだ段階では、「どんなデザイン、色、素材感なのだろうか」とワクワクするのだが、その期待に応えてくれたブランドがいくつあっただろうか。レディスはまだしも、メンズはほとんどないという印象である。


 ここからはあくまで独断と偏向に満ちた論述になるが、多ブランド政策に陥るアパレルの病巣に切り込んでみたい。


 そもそも、ワールドやサンエーインターナショナルのようなアパレルは、資本力や規模では群を抜く大企業である。企画や生産には優秀なスタッフが揃い、素資材の調達から工場の手配、販売、フォローまでに万全の態勢を敷いている。


 しかし、大企業ゆえの難点も抱えている。組織が大き過ぎて、決定に時間がかかり、スピードや機動力では必ずしも中小のアパレルに優っているとはいえない。本当にお客の顔を見据え、彼らが求める商品を提供するMDを作りあげきれているかということだ。


 ワールドはオゾックやアンタイトルで、シーズンの立ち上がりはオリジナルを投入し、その売れ行き動向に対応して商品を修正、切り替えるというQRを組み合わせて、SPAを成功へと導いた。


 店頭の情報がPOSを通じて、企画生産部門までフィードバックされるため、売れない商品は売場からカットされ、売れる商品はスピーディーにフォローされていく。結果、生産も販売も効率は、格段にアップしたのである。


 しかし、POS情報が本当にお客の嗜好や購買心理を表したものかということである。「黒がたいへん売れている」情報には、「紺を買いに行ったがなかったので、黒を買った」お客が含まれているかもしれない。


 となると、「皆が黒が好きなわけではない」という隠れた情報は、POSからは読み取れない。また、「紺がなければ、次はこのブランドは買わない」というお客の心理までは探れないということである。


 どんな小さなアパレルでも生産ロットがあるし、量産しないと収益は上がらない。ワールドやサンエーインターナショナルになると、SPA1ブランドあたりのロットもハンパではないから、他社のブランドと並んで似たような商品が市場に溢れるのである。


 「消費者の嗜好をきめ細かく捕捉する」と言いながら、生産&販売効率を追及するSPA化は、市場での同質化を招いていくという矛盾も生むのである。


 こうしたアパレルの病巣は、何も今に始まったことではない。


 1980年代のDCブランド全盛期にもあった。ビギやメルローズ、ピンクハウスで構成したビギグループの代表、大楠祐二氏は、デザイナーの菊池武夫氏の独立に際し、人間も事業も1つに賭けていると痛いめにあうと、ブランドの数をどんどん増やしている。


 経営者として、デザイナーの知名度にだけおぶさるようなビジネスは危険すぎるから、関連会社を次々と設立し、デザイナーやキャラクターのブランドをデビューさせている。


 その真意とは何か。売場の声やお客の反応を重視したMDに力を入れ、菊池武夫氏に修正させたから、ビギは売れたということだ。


 そして、ブランドを増やす中でも、その手法は変えず、展示会では得意先の情報を収集し、それを自分なりに解釈して、他ブランドのデザイナーや営業に触れて回っている。


 それはスタッフの競争心を煽る目的の一方で、結果的にどのブランドにも同じようなデザインの服が出現するように誘導する。売れ筋へ回れ右させるのだ。


 全天候型経営とでも言うのだろうか。ビギグループのケースでは、それぞれのブランド企業の規模が小さいからできると言われていた。


 確かに同じブランドばかりだとお客には飽きられる。だから、ブランドは多い方が良いという理屈にはなる。しかし、デザインやテイストが似通ってしまうと、さすがにお客も見透かしてしまう。


 結果、ビギを始め、多くのDCブランドが同質化して、お客離れを引き起こしてしまったのである。経営者が効率を追及し過ぎたことで、必ず陥る落とし穴があるということだ。


 ただ、ビギグループの場合はMDを重視しながらも、企画・デザイナー側の作りたい服、着せたい服、見せたい服と、営業サイドの売れる服とのバランスは、3対7と言われていた。つまり、3割は個性的、尖鋭的な服があったのだ。


 ところが、今はどうだろうか。ワールドやサンエーインターナショナルを見るまでもなく、市場に出回っているブランドの9割が「売れる服」ではないだろうか。正しく言えば、「売れ筋の服」が大量に並んでいるだけである。


 ブランド名は違うけど、色もデザインも素材感も似通ってしまっている。そこでの違いは、プロモーション投資などを背景としたブランド力、スタッフのセンスや話術による販売力、はたまた…。それが売上げを左右し、結果、勝つか負けるかが決まるのだ。


 敗者であるワールドやサンエーインターナショナルのブランドリストラを見る限り、その差は企業規模ではないようである。お客がSPAによる効率追及を見透し、ブランド離れを引き起こしてしまったことも一理あるだろう。


 また、デザインチームも事業部であろうと、子会社であろうと、大企業の庇護のもとで仕事ができること故の「甘え」があったのかもしれない。


 知らず知らずのうちに売れる商品を作れば良いという考えが、お客が本当に欲しがっているテイストや感性とのズレを生じさせていったのではないだろうか。


 お客は誰も着ていないテイストの服は、買う気にはなれない。一方で、誰もが着ているテイストの服に高いお金を払って買う気になるはずもない。


 だから、ブランドを仕掛けて、差別化を図るのだが、似たようなブランドが出回ると、今の時代は価格の安い方向にお客が流れる傾向はいたしかたない。まさにワールドがリストラ策の要因にあげた「ファストファッションの台頭」がそうだろう。


 つまり、ブランドは少なく過ぎても、増やし過ぎてもダメだということ。この辺はファッション業界が抱える永遠のテーマでもあるが、その答えが簡単に見つかるはずもない。それゆえ、大手アパレルのブランド再編劇が緒に就くとは思えないのである。

立地を知らないジャパン社の無謀。

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 ショップの出退店が相次ぐ福岡・大名で、久々にラグジュアリーブランドがオープンする。コムデギャルソン福岡店跡に、約1年半ぶりに4フロアを丸ごと借り切って登場する「CoSTUME NATIONAL」(コスチュームナショナル)の福岡店だ。


 デザイナーのエンニョ・カバサは、ヨウジヤマモトでアシスタントを務めた後、1986年からブランドをスタート。今ではすっかりミラノコレクションの常連となっている。


 作風はイタリア伝統の色使いやグラマラスラインとは一線を画し、直線的なカッティングが際立つシャープなフォルムが特徴。ミニマルでありつつ、ディテールでアバンギャルドを主張するところは、師匠である山本耀司の影響を受けているように思う。


 ただ、ジャケットにしても、ドレスにしても、ほとんどがタイトなため、体型をシェイプしていなければ、着こなすのは難しい。それだけ、着る人間を選ぶブランドであるのは間違いない。


 ファッションジャーナリスト的に表現すれば、“ラグジュアリーなロック”という形容詞が合うだろうか。ローリングストーンズのキース・リチャーズがステージ衣装にしていたところを見ても、何となく好む理由がわかる。


 日本人では一時、郷ひろみが好んで着ていた。カネがあって贅肉がないセレブリティにとっては、まさに肉体を売る格好のブランドだったのかもしれない。


 まあ、ブランドの知名度を上げるには店舗展開が欠かせないから、 コレクションに出展する一方で、 90年代半ばからはフラッグシップショップをローマ、ロサンゼルスと出店。日本でも東京・南青山に店舗をオープンした。


 こうした世界戦略が有名人を中心に、ファンを増やしたことは確かだろう。数年前、同じ南青山にオープンしたフラッグシップショップを訪れたが、インテンスが香るスペースでアートの展示も行われていた。


 ファッションだけでなく、クリエーション全般に切り込み、インターナショナルブランドとしての主張を全面に出す戦略もとっているようである。


 今回の福岡店は、そうした東京での手応えを九州、アジアに広げる狙いだろうが、果たして思惑通りに行くのか。これまで大名のストリートに出店してきたブランドと対比しながら、福岡の市場性や大名の立地特性と併せて考えてみたい。


 そもそも、コスチュームナショナルの以前に店舗を展開していたコムデギャルソンは、天神西通り近くにあった店舗をわざわざ大名のストリートまでリロケートしたのである。筆者の記憶では2001年だったと思う。


 筆者は先に事務所を出していたので、ベランダから見下ろす福岡店の印象について、オリジナルデザインの店舗づくり=ハコにまでこだわりを持って、ブランドをじっくり売って行きたいという意図を感じた。


 もちろん、ビジネスだからお客を呼べなければ話にならない。その点ではシーズン3回の商品入荷時に、必ずファン客が駆け付けていたところを見ると、コムデ・ギャルソン福岡店が大名の奥まで引っ込んでも、集客に影響はなかったと言える。


 むしろ、川久保玲氏がブランドが玉石混合する天神西通り付近を避ける、周到に計算した上での店舗戦略だったのではないかと思う。一応、その目標が達成されたので、今度は他でも勝負できると判断し、博多区に移転したということだろう。


 地方店レベルでは、店舗がずっと同じ場所に居続けることは、ブランドの陳腐化を招く。川久保氏自ら「売場もデザインする」と公言している以上、ショップも変わって行くのはなおさらだ。リロケートは当然の選択なのである。


 一方、店舗のオーナー側からすれば、コムデギャルソンほどのブランドに去られてしまうと、後続のテナントをリーシングすることは容易ではない。結果、空き状態が1年半も続くことになった。


 コムデギャルソンが移転した2013年の秋、オーナー側は空き店舗はすぐに埋まると踏んだのだろう。

 ところが、借りる側にしてみると、スケルトンになっていたとは言え、中階段をもつ構造上、フロア切りでは賃借しにくく、1棟まるごとでないと使いづらいという印象を持っていたのではないか。これはオーナーにとっては、誤算だったはずである。


 だからだろうか、半年を経過しても出店するテナントが見つからず、昨年夏前からようやく家賃、敷金などを告知するようになった。


 ウィンドウの張り紙に書かれた条件によると、家賃はフロア当たり約45万円~17万円。これにフロア共通の共益費が坪当たり1000円。1棟4フロアを借りるとなると、家賃だけで800万円以上の初期投資がかかる。


 用途は店舗で、物販、美容、飲食という条件だったが、仮に1フロアだけを借りるにしても1階で月に40万円以上の家賃を払うとなると、 個人経営では厳しいだろうし、チープな商品を扱っていたのは成り立たない。


 結果として、オーナー側が条件を緩和したかはさておき、コスチュームナショナルのようなラグジュアリーブランドに行きついたということである。


 そこで、今後の店舗運営がどうなるか。果たしてどれほどの集客力を持ち、数字を上げることができるか、である。


 このコラムでも何度か取り上げてきたが、福岡・大名の立地特性は年を追うごとに変わってきている。ピークはストリートファッション全盛の2000年頃だろうか。それを境にファッションエリアとしてのポテンシャルは、確実に落ちている。


 この頃に建てられたビルは家賃が高く、個人経営ではとてもペイしないことから、新規出店したいショップオーナーは大名を避け、今泉や警固、薬院など南に出店したり、既存店舗も家賃の高騰で、移転するところが相次いだ。


 しかし、福岡ほどの市場規模では、中心部の天神から離れるほどに集客は面から線、さらに点と先細りは否めない。


 そのような傾向は、コムデギャルソンのようにコアなファンをもつブランドではさほど関係はないが、「流れの一見客」で売上げを取り、それを梃にリピーターにつなげていくようなショップはもろに影響を受ける。


 つまり、流れのお客を捉まえきれず、どうしても顧客化できないショップは経営が立ち行かなくなるのだ。 それがショップオーナーの思いとは裏腹に、大名から退店を余儀なくさせていった理由の一つでもあると言える。


 今日、 福岡・大名が「福岡におけるストリートファッションの発信基地」なんていうのは、専門学校の学生ですら、いないはずだ。それほど、立地としてのポテンシャルは落ちているのである。


 そこに国際的に知名度のあるコスチュームナショナルが進出したからとは言え、天神、さらに天神西通りからかなり離れた立地で、ファンにするための流れ客を呼び込むのはかなり難しいと言わざるを得ない。


 そもそもアイテムを見れば、「週末に家族でストリートを歩き、ふらッとショップを訪れ、気に入ったので何なく買ってしまった」というデザインでも、テイストでもない。

 メーンターゲットはこの手のインポートが好きで、イタリア旅行に行った時、あるいは東京を訪れたついでに購入してきた顧客の中で、九州、アジアに在住する客層になると思われる。


 それがどれほどにボリュームになるのかはわからないが、月に100万円以上の家賃を払っても、一見客はほとんど期待できないとなると、店舗運営は相当に厳しいのかもしれない。


 バルブ期、ブランドショップ展開で言われたフレーズに、「銀座に出店するより、家賃は安い」「広告宣伝費と見ればいい」というのがあった。


 これを経営者が本当に口走ったのかどうかはわからないし、当時は胡散臭いコンサルタントや融資したい銀行なら言いかねないとも、思っていた。


 でも、今は時代が違う。投資対効果がなければ、ブランドビジネスは成り立たない。それはラグジュアリーブランドほど、わかっているはずである。だとすれば、コスチュームナショナルの日本法人、cn Japanが市場調査や店舗開発に慎重を期したとは思えない。


 10年ほど前、シアタープロダクツにいた同郷の友人が話していたことを思い出した。デザイナーの両名が福岡に路面の直営店を出すことを計画し、ロケーションが良い「警固」界隈を候補に上げたという。


 ところが、立地を良く知る友人は、「あんなところに出しても、シアタープロダクツくらいのブランド力では集客は難しい」と、社内会議で助言したという。


 結果的に直営店の出店は実現しなかったが、街の雰囲気だけで判断し、立地特性の現状を考えないで出店するのは、無謀以外の何ものでもない。これは地方を知らないジャパン社、ファッション業界の恥部や悪癖とも言えるだろう。


 A.P.Cの福岡店は当初、岩田屋の1階で展開していたが、メジャーになると大名のストリートにブランドショップを構えた。しかし、ブランド人気に翳りが出始めるとともに流れ客が呼び込める西通り近くにまた舞い戻っている。


 ファン、顧客で勝負するといえば、聞こえがいい。また、アジアからの富裕層を捉まえると言えば、今流の経営手法と見なされる。でも、福岡ほどの市場規模では「流れ客」まで捉まえなければ、数字は上がらないということも事実だ。


 その意味で、コスチュームナショナルのストア展開は、東京目線でしか考えないジャパン社の悪い癖がまた出てしまったように思う。


ジンクスは恵みの雨になったのか。

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 ゴールデンウィーク終盤である。ほぼ1週間が休みになることで、日本民族大移動は分散傾向にある。とは言え、駅も空港も大混雑で、高速道路も大渋滞だ。


 いくらネットで混雑予測ができても、群集心理が働くのか。混まないと、休みじゃない気分の人たちが少なくないようだ。特に日本人は。


 筆者はいつの頃か、渋滞や混雑は避けるようになった。だから、ゴールデンウィークや年末年始のピークには全く移動しない。今年のゴールデンウィークも、事務所と自宅の往復で終わりそうだ。


 博多の街は5月3日、4日が「どんたく」である。都落ちしたローカルアナに語源を解説されるまでもなく、蘭語のゾンターク、休日の意味だ。 だが、博多の人間として言わせてもらえば、 どんたく=休日という感覚はない。


 昔から町人たちがたしなむ芸事を多くの人に披露するお祭りであり、松囃子や仁和加、三味線や長唄、舞踊など、芸どころを象徴する多彩な演目が各地の舞台で繰り広げられる。観劇するより、参加した方が楽しい催しと行った方がいいだろう。


 8月の博多祇園山笠が男性主役なら、どんたくは女性が主人公。筆者の母校、奈良屋小学校(現博多小学校)では、クラスの女子はとにかく前夜祭からテンションが上がっていた。まさに女衆にとっては、博多版リオのカーニバルってところだろうか。


 そして、ジンクスがある。雨の日が多いということだ。筆者の記憶でも、晴れより雨の方が多かったような気がする。奇しくも、今年はそのジンクス通りになってしまったが、参加する地元団体や客演された方々にとっては、そんなのは関係無しである。


 一方で、しばらく福岡を離れ、ファッション業界に身をおくと、外から見るどんたくはまた違っていた。警察発表にあるように例年200万人もの集客はあるのだから、どうしても「販促」や「実売」に結びつけていたからだ。


 商品を卸すアパレル側にとって、ゴールデンウィークの九州は、気温が一気に上がると予測できるので、夏物が動く絶好のチャンスと見る。筆者が働いていた頃は、夏物の納期を4月末にして、一気に売ってほしいというのが本音だった。


 実際に80年代前半は、どんたくシーズンはよく商品が動いていた。どんたく見物してついでに買い物もしたいと、福岡にやって来るお客さんがだいぶいたようだ。

 4月中に気温が上がると、ショップのバイヤーから電話があり、納期前倒しの催促やゴールデンウィーク開けのフォローが舞い込んでいたのだ。


 これを起爆剤にして、近畿や関東、東北にその勢いが伝播していったこともある。福岡で売りにつながると、東京でもヒットにつながったケースは少なくない。フォロー分を厚めにして関東、東北の市場を攻めることもできたのである。


 ところが、こうしたアパレルの思惑や成功体験も、時代とともにだんだん通じなくなった。90年代半ば以降、どんたくはイベント一色に姿を変え、完全に本来の参加型にシフトした。集客はあるものの、店舗の販促にはそれほどつながらなくなったのである。


 筆者の周りからも、「どんたくには行くけど、服を買おうとは思わない」という意見が多く聞かれるようになった。レジャーに行くために服を準備するのではなく、レジャーはレジャー、ショッピングはショッピングと割り切る人々が多くなったからだろうか。


 福岡市の中心部に200万人もの人出があるにも関わらず、売上げアップには中々つながらないというのが、小売りの状況なのである。


 だから、行政なんかがどんたくを「販促につなげる」なんて言い出すと、実に嘘くさく感じる。どんたくを口実に他の事業をやりたいのでは、またそうけしかけている輩がいるのではと思えてくるからだ。


 もっとも、200万人を逃す手はないのは、小売業にとっては共通認識。じっとしていてこれほど集客があるわけはないし、行き交う観光客を指をくわえて見ているのも口惜しい。


 日頃は地元のお客さんばかりなら、この際、観光客にアピールするだけでも有効だ。この時に買い物してくれなければ、セール時期まで有効な割引券なんかを渡して置き、再来店を促すのも一つの手段ではないか。


 昨年、友人がビームスで買い物したところ、セール以外のプロパー商品で使える3,000円の商品券をもらったと見せてくれた。これには友人ならずとも、筆者の方が感動した。


 どうせセールで割引するなら、プロパーシーズンに出来る限り、商品を消化する方法をとった方がいい。アパレルは自信作の商品は少し前倒しで着こなしてほしいし、バイヤーだってプロパー時期に着てもらった方が仕事のモチベーションは上がるだろう。


 だからこそ、プロパー時期にいかに売るか。どんたくなどの集客を活用するのである。


 今年のどんたくは、ジンクスが当たり、雨だった。この雨が小売業、ファッション業界にとって、恵みの雨になったかは、売上げデータを見たわけでもないので、何とも言えない。


 でも、雨が降れば、見物を足早に切り上げ、屋根がある商業施設を訪れる可能性は高い。幸い、福岡・天神は天神地下街を軸に、南北東西に地下道が広がり、全く傘をささずに商業施設を回遊できる。


 ファッションから日用品まで大概のものは手に入るから、半日くらいの時間は平気でつぶせるのだ。これは売りにつなげる絶好のチャンスと言える。


 ただ、販促策としての「雨天サービス」を事前にアピールすれば、まさにどんたくに水差すことになる。


 でも、「どんたくは生憎の雨でしたが、わざわざのご来店ありがとうございます。ご来店への感謝のしるしとして、全商品10%引きでご奉仕いたします」なんて、当日企画のPOP表示ならどうだろうか。少なくとも、後ろめたさは感じないのではないか。


 新天町商店街は、「どんたくご祝儀セール」と銘打って、4月末から各店が店頭にワゴンを出していた。ただ、お客さんは賢くなっているので、セール用にわざわざ仕入れた商品とわかれば、なかなか購入しなくなっている。


 それを知ってか、また会社の方針なのか。とあるセレクトショップだけは、プロパー販売を貫くために、もろ「セール品」とわかるものは展開していなかった。


 だったら、これだけの集客を生かして、「店を売る」仕掛けを考えてもいいのではないかと思う。どんたく目当ての観光客で潤うのは、レストランとカフェではあまりに寂しい。


 集客力のあるイベントは、商品を売るというより、遠隔地から来ていただける一見のお客さんに、コマーシャルスピリットを見せるというのも、一つの手段だと思う。


 どんたくを今日まで受け伝えて来たのが博多の商売人なら、この時期に商魂を示すのは決してはばかれることではないと思うのである。

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