HAKATA PARIS NEWYORK

今のファッションを斬りまくる辛口コラム

2016年05月

本業はファッション、グラフィックなどデザイン関連のクリエイティブディレクター。創る側の視点で今のファッション関連の事情を評論する。マスメディアはもちろん、業界紙誌も扱わないテーマに踏み込む。

米国ブランドの限界点。

 ギャップ社は4月19日、海外市場で展開するオールド・ネイビー、バナナ・リパブリックを閉鎖すると発表した。うち日本国内のオールド・ネイビー53店舗を、2017年1月末までにすべてを閉鎖するという。2012年7月の日本上陸から5年を待たずに完全撤退となるのだから、ギャップ社としては日本での多面的な展開は容易ではないと、改めて認識したのではないだろうか。


 バナナ・リパブリックについては、全世界で76店舗を閉鎖する。こちらはクロージングを含めたビジカジ系のブランドだが、価格はギャップよりさらに上のゾーンとなる。価格はブラウスで7,000~8,000円程度。創業が1978年と比較的若いブランドだから、イヴ・サンローランやクリスチャン・ディオールといった欧州ブランドほどのバリュー、価格帯ではない。それでも日本市場の現状からすれば、あの程度のクオリティでは決して安くないと言える。


 筆者の事務所近く、バーニーズ福岡の裏手にも、数年前にオープンした。しかし、いつ見てもそれほど集客があるように見えず、採算は取れていないと思う。ギャップ本社のアート・ペックCEOは、「バナナリパブリックにとって日本は重要な位置づけにあることは変わりない」としているが、76店舗の中に日本における不採算店も何店舗かは含まれているのかもしれない。


 オールド・ネイビーは、言うなればギャップの廉価版だ。米国市場はざっくり言うと、一部の富裕層と大多数の低所得者で構成されるが、ギャップのようなジーンズで70ドル、Tシャツで20ドル以上する商品は中流層以上でないと買えない。だから、ビジネスとしては中流以下を捕捉するマーケティングを行い、格下のブランドも開発する。そうして生まれたのが、コストを下げて価格を安くしたオールド・ネイビーというわけだ。


 米国では11月の大統領選本選挙に向け、中流層から支持を集めた共和党のドナルド・トランプが同候補内定を確実にした。背景には中流層が没落する格差社会が日本より深刻なところがある。穿った言い方をすれば、「オールド・ネイビーまで落としたくない」「アバクロとは言わないまでも、せめてギャップは着ていたい」気持ちの表れなのかもしれない。


 日本でも中流層の没落は確実に始まっている。なのにオールド・ネイビーが全店閉鎖されるのは、全く皮肉な話である。振り返れば、2006年、ファーストリテイリングが「g.u.」を発売した時の記者会見では、メディアの中に「ギャップで言うオールド・ネイビーの位置づけですか」と、 ユニクロとの対比で質問するところがあった。これに対し、柳井正社長は不快な表情を浮かべて、否定したと記憶している。


 その後、g.u.は日本流のマーケティングでユニクロとは違った市場を掘り起こし、ロゴマークGUに替えるなど独自のブランドポジションを確立した。一方で、オールド・ネイビーは日本市場には通用しなかった。この違いが何を意味するのか。


 言ってみれば、ギャップグループのような同じテイスト軸、感度軸で、グレードだけ変えるマーケティングは、バーチカルで効率はいい。しかし、それが米国市場には通用しても、日本には通用しないということである。


 では、なぜ、オールド・ネイビーは日本で求められなかったのか。日本でもバブル崩壊後にデフレが続き、ディスカウントストアからファストファッションまで低価格業態が一定の市場をつかんだことは、確かだ。


 しかし、一方で低所得者層が全く高額なブランドを買わなかったかというと、そんなことはない。フリーターの中には健康保険料や国民年金は払えなくても、セレクトショップのTシャツは買っていたものがいるはず。また100円ショップで代金を出す財布は、百貨店で購入したコーチやグッチという女性も一定数は存在するだろう。


 そうでなければ、平成不況の直中にあって、ユナイテッドアローズやビームスがあれほど業績を伸ばすはずはないし、欧米ブランドが日本市場からぞろ撤退したというニュースも聞かない。つまり、社会保障や食事かける費用は我慢しても、浮いたお金で高額なブランド品は購入する。それが日本におけるファッション市場の一端でもあるのだ。


 2002年には同じく米国のウォルマートがスーパーの西友を傘下に収め、日本市場に参入した。03年、佐賀市に開業したSC、モラージュ佐賀の店舗は、EDLP、Rollbackを打ち出すなど本家ウォルートを彷彿させるもので、経済紙誌、ビジネス系メディアはこぞって「黒船上陸」と煽り、その脅威を大々的に報道した。


 しかし、佐賀という全国的にみると所得が低い地域にも関わらず、2010年西友モラージュ佐賀店は撤退した。西友傘下のスーパー、サニーもウォルマート流の販売スタイルをとってきたが、2015年には11店舗を閉鎖している。これには08年に鳴りもの入りで開店した南熊本店も含まれる。オールド・ネイビー然り、ウォルマート然り、米国流のマーケティングによる低価格業態は、日本市場では中々受け入れられにくいということだ。


 思い起こせば、ギャップが日本で本格展開を始めたのは1995年だった。東京・銀座の数寄屋橋阪急に店舗がオープンした時は、業界人が大挙して押し寄せ、チェックする光景がそこかしこに見られた。また、業界系メディアでも商品から展開方法、販売スタイル、プロモーションまでを褒めちぎった提灯記事が少なくなかった。


 ギャップはオールド・ネイビーより格上のブランドであり、日本人には品質を含めてモデレート級として認識されている。しかも、シーズン途中のマークダウン、セールでの50%OFF、商品によってはさらに値引きされることから、ブランド品を安く買いたい消費者にとってこれほど好都合なものはない。消費者心理としては同じテイストなら最初から安いオールド・ネイビーより、ディスカウントされたギャップの方を買いたくなるからだ。そこがギャップが日本で継続される理由だと思う。


 一方、オールド・ネイビーが日本に上陸する時も、業界メディアでは日本社会に格差が広がっていたことから、ある程度は受け入れられるとの論調が多かった。しかし、5年を待たずに完全撤退である。原因はいったい何なのか。


 一つは消費者のブランド=高級高額品志向。裏を返せば、安かろう=悪かろうという認識が根強いこと。現にオールド・ネイビーの商品を見ると、日本人の感覚からすればとても質が良いとは思えない。これならディスカウントストアのノンブランドの方がよほどいい物がある。


 ニつ目はデフレで低価格品が市場に浸透し、安さだけを売りにするものはすでにいくつもあること。だが、クオリティへの一定の要求は当たり前で、同じ価格なら消費者は質のいい方を購入する。こうした市場特性にコスト削減とブランド戦略による米国の低価格商品は通用しないのである。


 三つ目はまさにこうした市場特性に合致した商品に修正できなかったこと。母体はギャップだから、ビジネスも同じやり方になる。とにかく大量に作ってコストダウンし、売場に大量に投入して売り捌いていくだけ。売れなければ、マークダウンやセールにかけるしかない。端から日本で売れる商品を作ろうなんて発想はない。


 出店先はSCを主体にしており、歩率家賃が取られてしまう。 低価格商品といっても、日本企業が手掛けるものはシーズンを細かく分けて、適確に投入していくから売れ行きも違う。そんなMDの遺伝子が大ざっぱな米国ブランドにあるはずもない。売上げが上がらない、坪生効率が悪いとなると、採算は取れないというわけだ。


 四つめは前出の通り、若者を中心に健康保険料や年金は払えないけど、プレステージ性のあるブランドを着たいとの欲求が強いこと。日本におけるブランド品を取り巻く蘊蓄は凄まじい。「オールド・ネイビーって、米国では貧乏人が対象だって」「俺はそこまで落としたくないよな」という会話が繰り広げられているのは、想像に難くない。


 ただ、日本でも格差社会は確実に進行している。皆がどこかで生活費を切り詰めていることに変わりないのだが、ことファッションブランドとなると、「あまりに低価格商品は着たくない」というのが大半の消費者心理なのではないか。


 ネットでは撤退を惜しむ主婦層の書き込みが多いようだ。あの胸元のロゴプリントがいかにもアメリカっぽく他のブランドにはない感性だから、わからないでもない。しかし、如何せん質が良くないのだから、子供たちに着せるにはコストパフォーマンスが悪すぎるはずだ。ブランドは他にいくらもあるわけで、すぐに慣れていくのではないかと思う。

 

 これからまだまだアジアのSPAが日本に上陸する話もあるし、日本企業がM&Aで低価格ブランドを傘下に収め、展開を狙う計画も進んでいるだろう。しかし、オールド・ネイビーのケースを見る限りでは、アメカジ系のテイスト&感性軸で切った価格訴求型を一律に日本市場に持って来ただけでは、市場攻略は難しいと思う。


 これまで日本のファッションビジネスを引っ張って来た方々は、60年代の米国ファッションに影響を受けた人たちが多かった。自分たちがそうだったから、多くの消費者にも肩肘張らずに着こなせるアメカジを受け入れやすいと思ったはずだ。実際、マーケットではその通りに反応し、多くのアメカジ系ブランド、それを日本流に解釈した業態が成立した。


 しかし、オールド・ネイビーの完全撤退を見ると、潮目が変わったようだ。もはやアメカジ系であっても、単なるマスプロブランドでは、日本のマーケットは攻略できないということである。というか、マス市場自体が完全に飽和状態ではないか。それでも量を売って売上げを稼ぎたい企業や商業者は後を絶たず、次から次にブランドを仕掛けていくと思う。


 それに再開発を含めて商業開発はこれからも続くし、デベロッパーから「スペースを埋めてほしい」との要求は、ファッション事業者以外まで取り込む状態が際立っていく。


 だからこそ、マーケティングの論理からすれば、既存の市場、そこにあるパイを捨てたところに新たなビジネスがあるのではないかと思う。現状ではマスではないかもしれないが、点を拾い集めて面にしていくことは可能だ。ECから出発してアフィリエイトやフェイスブックといったSNS活用でブランディングし、じっくり市場を切り拓いた後に店舗展開をすればいいからだ。


 そう考えると、市場開拓のキーワードはいくつかある。飽和度を考えるとイノベーションという大それたことではないにしても、ビジネス構想を立てる価値はあると思う。 


個店の勇気ある撤退。

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 先日、JR東日本の駅ビル、ルミネが2016年3月期の全15施設の決算を発表した。
同月開業のニュウマンを除いて、「店舗」の売上高は3255億400万円(前期比1.3%増)となり、14年度に続いて過去最高額を達成したという。


 同社の稼ぎ頭である新宿店やルミネエスト、池袋店、有楽町店など都心部施設を中心に、テナントの入れ替えや既存店で「感度と独自性を高める」MDを強めたほか、積極的な販促や「ハウスカード顧客拡大策」などが功を奏したそうである。


 「販促策が奏功」と言えば、いかにも高尚に聞こえるが、要は「せっかく買うなら少しでもポイントを貯めたい」「1000円でも安く買った方がお得だ」との顧客心理をくすぐるポイント還元の方が効果的ということだ。言い換えれば、デベロッパーがそれくらいの販促策しか打つ手がないと言うこともできる。


 ファッションマーケット全体では売上げが伸び悩み、あるいは少しずつ縮小に動いている。つまり、どこかのショップなり、業態なりが競争に負けて市場から撤退し、その分のお客を駅ビルがすくいとっていると言うこともできる。


 一つは百貨店にハコ出店しているブランドだ。レナウンやオンワード樫山などの百貨店系アパレルの直営店がセレクトショップなどとの競争で勝てなくなってしまった。ワールドなどの専門店系アパレルもSPA化して百貨店出店を加速化したが、同質化競争に飲み込まれ、退店やブランド休止を余儀なくされている。


 もう一つは100%仕入れの個店、いわゆる中小の専門店と長らく地域一番店に君臨して来た百貨店だろう。地方都市では商店街が疲弊する中で、中小零細のファッション専門店の廃業が進み、百貨店も市場の変化に合わず閉店に追い込まれている。自県に駅ビルがあればもちろん、隣県であっても持ち出しがあり、競争は県境を超えても起きている。


 中小専門店の中にはネットのショッピングモールに出店するところもあるが、駅ビル出店のブランドもネット通販は積極化しているので、競争に晒されている点では変わりない。


 地方の駅ビルを見ると、館内競争はさらに深刻だ。大手との競争に勝てずに撤退する地元専門店もある。筆者が住む福岡市では、JR博多シティが駅ビルのアミュプラザ博多を運営しているが、ここでは地場アパレルのボストンナインが展開する直営店「パビリオン」が今年の1月末で撤退した。


 JR博多シティ側は定期借家法によるテナント契約を結んでいるため、売上げが芳しくないところは入れ替える措置をとるのは言うまでもない。一方で、中小専門店にとしてJR博多シティが売り上げ効率から大手の出店を強化する狙いと受け取るなら、不毛な戦いを避けて退店するのは、勇気ある決断として評価したい。


 ただ、ルミネが3月期決算が好調だったのに対し、2011年の開業から増収増益を続けて来たJR博多シティは、16年は穏やかならぬ年になるのかもしれない。何せ、4月の14日と16日に発生した熊本地震で、九州の大動脈である新幹線や高速道路が寸断され、福岡への集客には影響が出たのは間違いないからだ。


 JR九州は今年中の上場を目指しているため、できる限り子会社の売上げダウンは避けたいのが本音だろう。それでも無くても鉄道事業本体は赤字である。「お客様にご不便をかけられない」との大義で、突貫工事による新幹線の復旧を進め、余震による災害リスクを覚悟の上で、何とかゴールデンウィークに間に合わせる形で運行を再開した。


 JR九州にとって駅ビルの売上げまで下がると、稼ぎ頭の不動産部門にも影響が出て連結決算に現れ、上場要件に黄色信号が灯りかねない。だから、交通網の早期復旧は至上命題だったのである。改めて公共交通に頼る駅ビルは、自然災害でインフラが影響を受けると、もろに売上げ損出を出してしまう。というか、今回の地震は経営者心理にそうした危惧があることを露呈した。


 だからのリスクヘッジではないだろうが、JR九州は地下鉄七隈線六本松駅前、元九州大学六本松キャンパス跡地でも再開発事業を進めている。土地は九州大学がUR都市機構に売却したもので、そこではURのマンションが建設される他に、福岡地方・高等裁判所の移転、商業施設の集積で、新たなコミュニティ、生活圏が形成される。


 六本松キャンパスは中心部の天神まで15分程度のアクセスの良さ、けやき通りや大濠公園といったロケーションにも恵まれ、福岡市中央区では住みたい場所の一つにも挙げられる。なおさら、地下鉄の駅と直結するのだから、JR九州が主要駅とは違う形での商業開発を目論むのは当然だろう。


 一体どんなテナントが集められるのか。天神までわずか15分だから、駅ビルのようなテナントが出店することはないし、それほど郊外でもないからSC向けテナントも展開しにくい。デベロッパーとしては西新ビブレが失敗した前例があるし、URのマンションに住む人々のライフステージや生活スタイルにも左右される。無難な路線で言えば、食品スーパーやドラッグストア、雑貨や子供服、酒販店、生鮮のカテゴリーキラーなどの食品&日用品と、法律事務所向けのオフィスコンビニ、ウルトラCがあるとしてミスターマックスなどのディスカウントストアだろうか。


 ただ、新規開発という状況を見れば、出店投資は決して低額ではなく、中小のファッション専門店が気軽に店を出せるような環境でもない。


 でも、周辺の路面に中小の専門店が全くないかといえば、そんなことはない。再開発エリア前を通る国道202号線を西に600mほど行った地下鉄別府駅入口前には、天神にもショップを構える「トリップ」が1998年からセレクトショップを営業している。また再開発エリアから400mほど天神方面に戻った護国神社前には、「マックアビー」福岡店が昨年5月に同じくセレクトショップを出店した。


 トリップはヤングやヤングミセスをメーンターゲットにするが、いちばん新陳代謝が激しい客層を相手にしながらも16年間にも渡って個店を維持し続けている。これは同店のMD、販売力が何よりも秀逸であることの証しだろう。


 同店は博多駅エリアにも出店していたが、JR博多シティや博多マルイの開業によるボリューム化を察知していち早く撤退した。やはり駅ビルエリアでは大手を中心にした競争が激しくなるため、個店レベルで商売するのは難しくなると判断したようだ。先見の明があったということである。


 マックアビーは北九州市黒崎に本店を構え、地元の他に福岡でもマツヤレディス時代のサボティーノに店舗を展開していた。そこも今から18年前、天神中心商圏が南下したのを機に撤退。その後は地元黒崎や小倉の駅ビルにセレクトショップを出店していたが、そちらをクローズして天神を飛び越える形で、六本松の住宅街に路面出店をはたしたのである。


 マックアビー福岡店が出店する前には、タスクフォースというレディスの仲卸が事務所を構えていた。筆者もよく前を通っていたので知っていたが、ウィンドウの向こうにディスプレイされた商品は国産でありながらインポートライクで、いかにもセレクトショップのバイヤーが好みそうだった。


 マックアビーも取り引きしており、その縁で同社が移転した後に出店する形になったようである。それでも、なぜ福岡の中心部を避け、あえてこの場所を選んだのか。やはり大手がひしめく駅ビルなどで中小の専門店が営業するのは、相当に厳しくなったと身をもって感じたからである。


 それはルミネの昨期決算が好調だった裏返しとも言える。100%仕入れで構成する中小の専門店にとって、ハウスカード顧客拡大策では、デベロッパーが一方的にポイント還元を打ち出すため、決して負担は少なくない。そのまま自店の利益を減らすことにつながるのだ。


 それでなくても、中小専門店は大手との競争に晒されている。ほとんどの大手が店売りと並行してネット通販にも参入している。SPA系では大手セレクトがさらなる原価率の引き下げを公言したところを見ると、デベロッパーがポイント還元を強制されたところで、利益を生み出せる素地は十分にあるようだ。まあ、原価率を引き下げて商品力を強化?すると言えるのは、大量在庫を店売りと同時にネット通販で捌けるからだろう。


 しかし、中小の専門店はそうはいかない。駅ビルがハウスカードによる顧客拡大策に走れば走るほど、中小専門店にとってはますます営業しづらくなるということである。それも撤退する理由の一つかもしれない。


 ならば、競争がない路面環境でゆったり商売するというのも、懸命な判断と言える。幸い、けやき通りから六本松、桜坂、別府にかけては瀟酒なマンションが立ち並び、目の前の舗道は天神界隈に自転車通勤するトレンドセッターの走路にもなっている。九大六本松キャンパス跡地にもマンションが立つと、アクセスやロケーションの良さから天神周辺ので暮らしていた住民がリロケートする可能性もある。


 SPA化する大手セレクトは原価率を引き下げながら商品力を強化したところで、接客で売る商品もネットで売り捌く商品も変わりない。だから、お客としては所詮、ブランド力を背景に大量に売りたいだけと思わざるを得ない。それがセレクトなのかと一抹の寂しささえ感じてしまう。


 ならば、質が良く感度が高い商品をじっくり時間をかけた接客で売っていくという中小の専門店らしい手法で対抗すれば良いのである。そうなると、今度は中小の専門店がJR九州から収奪する番になるかもしれない。


陶器を売る意味。

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 ビームスが4月28日、東京の新宿3丁目にあるビームスジャパンを改装オープンした。地下1階から地上5階までの6フロアで、日本をテーマに匠の技からサブカルチャーまでを発信する。商品は食、銘品、ウエア、コラボレーション、カルチャー、アート、クラフトのカテゴリーで構成し、「日本の様々なコンテンツをキュレーション(評議)」して提案するという。


 ビームスは今年で創業40周年を迎えた。セレクトショップとして磨いた目利きの力を生かし、ウエア以外の商材も大々的に販売していく姿を見せつける。また、東京を訪れる外国人旅行客には日本文化が理解されてきており、匠の技が息づくメイドインジャパンは、インバウンド消費の一部になっている。ビームスジャパンはそんな意思を表明するかのように映る。


 全国から伝統工芸品や日用品、食品が集められ、観光地の御土産物店を彷彿させるような売場。見た瞬間、以前に雑誌のブルータスがよく特集したラインナップにも似ていると感じ取れた。


 このテイストは知る人ぞ知るが、外国人や若者にとっては新鮮に受け取られるはずである。5階のフェニカはなおさらそうだ。ギャラリーと工芸品を主体にした売場で、益子焼などの陶器を見ると、かつてビギグループが東京の広尾に出店していた「陶屋」を思い出した。


 陶屋は、「サイドボードに飾っておくしかないほどに高価な芸術品では困るし、さりとて無表情な器では飽きがくる。使いやすくて美しい日常食器を自分が欲しくなって窯元に作ってもらいました」が、開発意図だったと記憶している。筆者のようなDCブランド世代にとっては、あのコンクリート打ちっぱなしの売場にポツンと置かれた陶器が、今も強く印象に残っている。


 ビームスジャパンのフェニカは、陶屋ほど無機的ではない。だが、欧米の雑貨店のように商品を機械的かつ整然と並べたところは、ギャラリーと言いつつ「売りにいく」姿勢が感じられる。新宿という高コスト立地に構える店だけに発信拠点と謳いながらも、ある程度の収益が見込めなければ、「失敗」となることを覚悟しているのではないか。


 では、洋服全盛時代になぜ、なぜDCアパレルが陶器に進出したのかである。ビームスは小売業だから、陶器は完全仕入れになる。


 しかし、陶屋は仕入れ商品もあったが、オリジナルの陶器が大半だった。これはメイドインジャパンやジャパニーズカルチャーといった日本礼賛で生まれたものではない。確固とした経営戦略の中で考え出された商品政策の一つである。ひと言で言えば、「どんなものを作れば売れるか。カネが儲かるか」だ。


 日本各地に点在する窯元は、伝統技術や様式を駆使する陶芸家を擁し、ある程度の知名度、ブランド力を持っている。佐賀の有田焼や伊万里焼、中国の備前焼、近畿の京焼や信楽焼、関東の益子焼、北陸の九谷焼等々。筆者の地元福岡では高取焼や上野焼が有名だ。そこでの窯元というブランドを下敷きに、全国に販路を拡大するというビジネスは、DCアパレルとも共通する。


 ただ、香蘭社が作り出すような商品、展開するような売場では、若い感覚にはフィットしない。DCアパレルと同じような都会っぽい雰囲気とアーティスティックな感性が必要だった。つまり、ウエアの代わりに置いても、十分に成り立つ。そんな商品やショップが作り出されたのである。


 メディアもウエアと並行して情報を発信してくれた。場所が東京の広尾だったこともあり、瀟洒なショップイメージは研ぎすまされていった。周辺に住むマンション族がマチスやカンディンスキーのアート、マッキントッシュの家具と一緒に陶器を購入していったのではなかったかと思う。


 商品とそれを売るショップがブランド力を持てば、商品が代わっても店舗はそれなりに販売力を維持できる。陶器もそうだろう。今では雑貨店の主力アイテムになっているが、当時は専門店や百貨店の商材で、購入客も中高年だった。だから、DCアパレルとしては新たな市場開拓のために参入する価値はあったということだ。


 当然、そこではビジネスモデルの構築が重要になる。条件の一つがマーチャンダイジングだ。窯元、陶器メーカーが作るような、言ってみれば、親父の骨董趣味、鑑定団ライクな商品では新たなターゲット、市場は開拓できない。


 若者や若い感性をもつ人々に売るには、やはりライフスタイルにマッチしたアイテムやデザインが重要だった。店舗を持ったのは、売場の声やお客の反応が商品づくり=陶製に反映できることもあったのだ。


 ビギグループの場合は、いくつものブランドを企業化する分社経営を主眼とした。これはビギのデザイナーだった菊池武夫氏が独立した時、経営側が危機感を感じてとった対応策である。デザイナーの知名度だけにおぶさっていると、去られた時に痛い目にあうとの教訓からだ。


 だから、デザイナー名を表に出さないキャラクターブランドも持って、リスクを回避する。陶器のブランド化もそれに近い政策だったと言える。


 もう一つの条件が、利益率である。安い原価に高い売値が付けられ、儲けが大きい業種。つまり、陶器は原材料が土であるから、原価は限りなく低い。


 当時のDCアパレルは、ジャケットで4~5万円くらいはした。今の5倍~8倍である。メイドインジャパン全盛で素資材も国内産とは言え、原価率は30%程度。いかに儲かったかがよくわかる。オリジナルで作る陶器なら、なおさらだろう。


 翻って、ビームスの場合はどんな本音があるのだろうか。コアなファンへのメッセージ性としては、ビームスのフィルターを通したメイドインジャパン、銘品の集積を謳った方が聞こえは良い。ただ、ビジネスを考えると、収益性を重視するのは当然である。セレクトショップが進化して行く中で、陶器でどれほどの利益をとっていくのか。バイヤーサイドでは重要な事柄であるのはいうまでもない。


 まずはどれほど売れるかを見極めながら、仕入れる商品、はてはオリジナルの企画、発注にも踏み込んで行くのだろうか。


 ビームスというブランド力は絶大だ。「ビームスがセレクトした陶器はこんな感じ」。ファンにとっては商品に対するイメージもだいたい確立している。それらを下敷きにして、いかに新たなターゲット、市場を開拓できるか。メイドインジャパンや日本文化を打ち出しすだけの業態では、為替が円高に振れ始めた状況、そしてインバウンド消費が去った時、ジリ貧になるのは目に見えている。


 フランフランを展開するバルスは、以前に和物の商材を扱う業態「ジェイピリオド」を展開していたが、こちらはSPA化に失敗した。ビームスにとっての反面教師は、いくらでもあるということだ。


 人口減少、マーケットの縮小で、あえて日本礼賛を打ち出しても、それほど市場が反応するとは思えない。だからこそ、ウエアに代わる商材としてのライフスタイル提案の方が重要なのである。


 インテリアやオブジェとしての陶器をどこまで定着できるか。イケアや無印良品といったプチプラのテーブルウエアとはどこが違うのか。セレクトショップでウエアは買っていても、茶碗や湯のみは100円ショップで十分という客層にどうアプローチして行くか。いろんな課題が見えてくる。


 ただ、1店舗くらいではそれほど利益は出ないと思う。軌道に乗れば、フォーマット化して大都市展開の業態に位置付けるのか。既存の陶器売場を活性化したい百貨店などからも、引き合いがあるかもしれない。


 陶器=割れる=消耗品だから、高い物は必要ないというマスマーケットとは対極にある市場。「純粋にアートやオブジェとしてもライフスタイルに取り入れよう」「せっかく美味しい食事をするのだから、テーブルウエアにもこだわりたい」「私の料理ブログの陶器はビームスジャパンで調達したもの」。こんなSNSでの会話がこれから一般的になっていけば、ある程度の市場ができたことになる。


 セレクトショップが若者の服離れで分水嶺にある今、ライフスタイル提案をより鮮明に打ち出して行くことが不可欠なのは言うまでもない。食の部分からアプローチする陶器は、ある意味、食以外にもいろんな可能性をもつと考えられる。売場に並べるウエアが頭打ちになっているだけに、やり方次第では大化けするかもしれない。今後も注目して見ていきたい。


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