HAKATA PARIS NEWYORK

今のファッションを斬りまくる辛口コラム

2016年10月

本業はファッション、グラフィックなどデザイン関連のクリエイティブディレクター。創る側の視点で今のファッション関連の事情を評論する。マスメディアはもちろん、業界紙誌も扱わないテーマに踏み込む。

人を動かす言葉。

ethical モードの世界は、十数年周期で流行が繰り返す。素材やデザイン、ディテールなどの専門用語はその度に用いられるが、トレンドを表現するには目新しさを感じない。そこでデザイナーはもちろん、組合や団体、企業は、「鮮度を感じさせる言葉」を採用していく。

 トレンドはオンシーズンの2年前にカラーが決まり、1年前に素材が作られ、半年前にデザインが決まるという流れで来ていた。欧州の16-17秋冬コレクショントレンドでは、「マスキュリン」「80’s」「デコントラクテ」が発信されたが、それが日本のマーケットでそのまま商品化され、流行しているかといえば、それほどでもない。

 一部のブランドが非構築で開放的な意味を込め、太めにシフトしている。ただ、従来からワイドを貫くブランドもあるわけで、それが目に見えるようなトレンド変化とは思えない。多くが変えた時の反動を危惧しているようで、トップスやボトムの一部で多少シルエットを変えているくらい留まっている。

 最近ではコレクションショーと同時に商品が購入できるなど、業界慣習を打破するような画期的なシステムが登場している。ビジネスは常に形を生み出さなくてはならないし、それを広く発信して、浸透させるにはなおさら「言葉の力」は重要になる。ただ、言葉として浸透し定着するまでには、具体的なデザインが市場で露出しないと、マスメディアもなかなか取り上げてはくれない。


 ビジネスは経済性をばかりでなく、社会に与して多くの賛同を得ることも重要だ。10年ほど前に発信された「ロハス」という言葉。これは消費ばかりに気を取られるのではなく、
健康や地球環境も意識した高いライフスタイルを目指そうする点に着眼したものだ。この「ス」が意味する「サスティナビリティ(持続可能性)」も、真意が理解されているかは別にして、ビジネス面ではだいぶ浸透したようにと思う。

 一方、「インバウンド」のように経営者サイドは期待を込めて使っているものの、今年に入ると実需は失速してしてしまい、言葉そのものの終焉を感じてしまうものある。

 夏ぐらいからチラホラ取り上げられている新語が「エシカル/ethical(倫理的の)」だ。ファッションビジネスはどうしても効率を追う。それは原料の生産現場にまで及び、できるだけ生産性を高めようとする。天然素材は自然環境の変化に左右されがちだが、ビジネスはそれによる生産性の低下を許さない。

 結果、大量の殺虫剤が使われることで、生産者の人体に影響が出ていると言われる。また、生産にかかるコストを出来る限り削減するため、途上国における賃金が抑えられ、労働環境の低下を招いているとの指摘もある。生産者にしわ寄せが行くのではなく、公正な取引を行う。そんなフェアトレードなファッションにも注目が集まっているのだ。

 ただ、フェアトレード、オーガニック、エコロジーは以前から使われており、特段新しいものではない。だから、トレンド性という感じさせる意味では、エシカルという言葉の方が用いられ始めたのだと思う。


 若者は新しい動きや流れには敏感だ。目的やゴールを同じくする活動を陳腐化させないためには目当たらしい言葉を出せば、それなりに反響は大きくなる。さらにエシカルを追求するブランドで、「プロボノ」する人も登場している。仕事で得た知識や能力を生かしたNPOやボランティア活動をするという意味だ。自分の能力が社会に役に立つかどうかだけではなく、広い視野を育んで人脈を広げていこうとしているようである。

 その根底に感じられるのは、若者の間では自己実現=欲求を満足させるだけでなく、社会性を追求することにも関心が湧き始めているのではないか。「単に好きな服をデザインして、それを好む人に買ってもらって、お金を稼げればいい」。専門学校に入ったばかりの学生ならその次元だろう。何も知らないのだから、それはしかたないことだ。

 しかし、大学生のように在学中から社会との接点を持つと、ビジネス現場を体験するに従い、考え直さなければならないことにも気づく。仕事に追われているとつい忘れてしまいがちだが、自分の仕事は本当に社会のために役立っているのかと、ある時期から自問自答していく若者も少なくないようだ。

 好きな服を作って、それが売れて、お金が儲かり、有名になる。こうした自己実現の追求から、「それが本当に誰かを幸せにしているのか」。そこまで問い始めているのである。

 本来は成り立たないと言われて来た「資本性と社会性の両立」に挑もうとするブランドも登場している。ビジネスとは何も儲けるためにコストを削減し、賃金を抑えることだけではない。十分なコスト確保と正当な賃金払いのためにどんなモデルを構築すればいいか。その辺を自社のシステムに形づくることで取引先の工場が潤い、地域が活性化され、創生する可能性は無きにしもあらずということだ。

 また、そうした成功モデルを別の若者が目の当たりにすることで、継ぐつもりはなかった実家の仕事を「やってみようか」と思い直すかもしれない。それが実現できれば、資本性と経済性は両立するとの解釈もできる。


 ジーンズやTシャツのすべてでオーガニックコットンを使う。ポリシーはカッコ良くても、ビジネスとなると中々実現できない。そもそもオーガニックコットンの定義すら曖昧な部分もある。それほど資本性と社会性は矛盾をはらんでいるのだが、それにあえてチャレンジしていこうという気概や責任感は凄いと思う。

 単に新しいトレンド、ムーブメントを表現する言葉だけではつまらない。その言葉の真意、隠れた意味合いまで掘り起こすことで、トレンドが広がっていくこともあるだろう。

 ユニクロが1兆円に迫る売上げを稼ぐことは素晴らしい。営業利益率の高さを見ても、ロスを抑えているのは理屈としてわかる。反面、本当にあれほどの商品が必要なのか。確実に売れて消化しているのか。期末に売れ残った在庫はどう廃棄されるのか等々。素朴な疑問も抱かざるを得ない。

 DCブランド全盛期は、期末在庫は資産として課税対象になることから、メーカーでは焼却処分していた。ユニクロはそこまではしていないと思う。専門のリサイクル業者に委託して断裁、分別され、再生繊維になっていくのだろう。でも、詳細の仕組みはそれほど多くを語られず、ムーブメントになるような言葉も聞かれない。

 ストライプスインターナショナルは、ブランド名にあるようにエコロジーには前向きで、日経MJなどが度々紙面で取り上げている。レンタル事業の背景には服が売れなくなったこともあるだろうが、顧客がタンス在庫をかなり所有しているとの裏付けも得ているはずだ。いろんな問題点も指摘される同社だが、社会性をもつ事業がもっと認知されれば、受ける印象もずいぶん変わっていく。そのためには1ワード、1フレーズの言葉がカギになると思う。

 ファッション業界では、「共存共栄」という言葉が使われて来た。メーカーにすれば、「小売店さんも儲けて、うちも儲かる」という姿勢を表す。でも、言うは易しだが、現実には難しいと思っていた。実際、今のビジネスを見ると、どこかが儲けるにはどこが儲からなくなっている。そんな構造に若者が気づき始め、自分たちのビジネスに違う価値観を求め始めたのだと思う。

 エシカル、プロノボが一過性のトレンド用語で終わるのではなく、広く浸透し定着していくには、若者たちの弛まぬ行動にかかっている。単なるムーブメントで終わらせることなく、さらに大企業にもできないような実効力をもつ言葉にしてほしい。

文化の差に戸惑うな。

burnerhanaemori 先日、繊研新聞を読んでいて、一つのベタ記事が気になった。

 「バーナー、オールスタイルへ事業譲渡」という見出しである。業界では今どき、事業譲渡なんて珍しくもなんともない。だから、どちらかの企業を知る方でない限り、さして気にも留めないネタと言える。ただ、両方を知る人間としては「えっ」と思ったし、今回の事業譲渡には「あのことがある」と、ピンときた。

 バーナーは2004年にスタートしたカジュアルブランド。少しずつ知名度をつけると、08年には代官山にフラッグシップショップを展開し、翌09年には福岡にも路面出店した。筆者の事務所近くの国体道路沿いで、よく前を通っていたが、B2‘ndなんかに比べるととりたてて印象に残るものではなかった。

 同社のHPによると、「10年には、デザインを削ぎ落としオリジナル生地・パターン・縫製にこだわり抜いたBURNER Basicラインを開始。同ラインは現在まで、シーズンコレクションとは別に展開を続けています」と、ある。同年に旗艦店を原宿に移転したものの、直営展開は抑える一方、卸を主体に販路を全国に拡大させている。ものづくりで日本製に拘る姿勢が個店のセレクト受けしているようだ。

 記事によると、直近ではFC店を除き、販路をゾゾタウンに集約。オールスタイル傘下で、EC事業を拡大しながら、レディスラインの開発や複合店の出店をにらむという。

 オールスタイルは筆者世代より上の方々に馴染みのあるアパレルメーカーだ。神戸発祥、コンサバリッチなテイストで、筆者が業界に入った頃、東京支社が分離独立して「東京オールスタイル」となった。当時、店頭で商品をチェックした印象では、素材のグレードが高く、企画力も秀逸で、南青山あたりのブティック受けしそうと感じた。

 多分、分社化で東京独自の企画がスタートしたのだろう。コンサバブランドにありがち形の決まったデザインではなく、個性的なアイテムが固定客を捉まえていたと思う。1955年の創業だから、すでに60年を超えている。まさに日本を代表する老舗の専門店系アパレルと言っても過言ではない。

 ヤング向けストリートカジュアルが、コンサバリッチなアパレルの傘下に入る。一見、何の関連もなさそうな2つの企業。ただ、理由なしに傘下入りが実現するはずはない。オールスタイルにはちゃんと実績があるからだ。ピンときた「あのことがある」とは、ハナエモリのケースである。

 ハナエモリと言っても、バーナーファンが認識できるとすれば、タレントの森泉の祖母がデザインしたブランドと言った方がわかりやすいだろう。表参道を原宿方面に入って少し行った左手にかつてあったガラス張りのビル。今はオーク表参道に建て変わったが、そこに本社を構えていたことが日本を代表するブランドの証しでもある。

  同社は蝶をモチーフにしたエレガンスなファッションで有名になり、グラフィックデザイナーの田中一光がロゴマークをデザインしたことで、ブランド事業を拡大。プレタポルテを販売するブティックひよしやを展開する一方、パリのオートクチュールにも進出した。ただ、オートクチュールと言っても、コレクションに巨額の経費をかけたところで元を取れるはずもなく、プレタポルテも顧客の高齢化で売上げは下降線を辿っていった。

 バブル景気が弾けた後は、ハナエモリで売れるのは「百貨店の洋品売場に並ぶ3枚1000円のハンカチくらい」と揶揄されるほどで、2002年にはプレタポルテ部門を三井物産他に売却。オートクチュール部門も同年、民事再生法を申請して倒産した。

 現在、ハナエモリブランドのライセンス権は三井物産が保有し、アパレルを製造しているのが今回、バーナーが事業譲渡されたオールスタイル(01年に東京オールスタイル(株)をオールスタイル(株)に社名変更)である。商社がブランドのライセンサーになるのは一般的だが、服はアパレルに製造を委託することになる。ハナエモリクラスのブランドイメージを壊さないためには、それなりの製造ノウハウを有するメーカーでないと務まらない。オールスタイルはその条件に合致したということだ。

 以来、十数年が経過した今も、オールスタイルはハナエモリを主力ブランドとして、製造販売している。ファッションビジネスと言えば、とかくヤングにスポットが当たりやすいが、どっこい大人向けも見逃せない。数はそれほど売れないが、1点あたりの単価は高く、販売すると確実に粗利益が取れる。

 ワールド、イトキンといったかつての専門店系アパレルはSPAとなり、百貨店でハコ展開していく中で原価率を圧縮せざるを得なくなった。それが服の価値までも低下させ、売上げ不振を招いた要因とも言われる。皆が横並びで原価を圧縮し、コストを下げて作った服ばかりを売り出したため、差別化が手詰まりになっていったのだ。

 中堅メーカーのオールスタイルはそうした戦略を避け、コストをかけた服を製造して地道に卸を続けて来た。それが今もハナエモリがこの世に存在する理由だ。売れなければ、ブランドは消滅する運命にあるわけで、売れているからこそ存続できるのである。素材や縫製のクオリティはもとより、コンサバなテイスト、クチュールにも近い着心地が確実に顧客をつかんでいるとも言える。具体的には政治家や官僚、大企業幹部の奥様方で50代以上か。セカンドラインのアルマ・アン・ローズは、その方々の息女がターゲットになる。小池東京都知事がハナエモリを好みがどうかはわからないが、年齢的にはイコールだ。

 そこがバーナーの事業譲渡を受け入れたのである。バーナーはハナエモリと違い、倒産したわけではない。事業譲渡だから、会社の売却でもなく、法人格はそのまま残るはずなのだが、同社のサイトでは社名はすでにオールスタイルとなっている。ただ、同社は競争が激化するヤングカジュアルの中にあって、コストがかかる直営展開をセーブし、ネット中心の販売にシフトチェンジするなど戦略は手堅い。「ものづくりで日本製に拘りつづける姿勢」も、他のヤングブランドと違う価値と言える。

 一方、オールスタイルにとっては、事業譲渡は投資額に節税効果が効かせられるし、株式譲渡より投資額は小さくなる。不要な資産を引き継ぐ必要もなく、負担にもならないなどメリットは多い。何より企業としてこの先を考えると若返りシフトは別にして、ヤングブランドが持つマインドや世界観を吸収しても損はないはずだ。ヤングもいずれは歳をとるが、自分が若かりし頃に肌で感じたファッション感性は引きずる。

 そうした傾向に何らかの法則性を見いだすことができれば、ブランドとして30年以上続くセシオセラ、カジュアル寄りのミキシングブルーと、メーンのマチュアやアダルト向けの新たな商品開発で参考になる。ファッションビジネスを考える上で、もはやヤングだのアダルトだのとエージで区切ったマーケティングは、無意味になっているからだ。譲渡受け入れはそうした状況を見ての判断でもあるのではないか。

 ここで気になるのは、バーガー側が譲渡した理由。一般的に事業譲渡は他の事業も展開している時、そうしたメーン以外の事業を譲渡するとか、会社所有の不動産は保有したままにしたいとか、法人格は継続したいとかの理由がある。税金の面でも株式譲渡より課税額は大きく(30%~40%程度、株式なら譲渡益に20%)、契約のまき直しなど手間もかかる。まあ、メディアには公開していない裏の事情があるのかもしれないが。

 社員は譲渡先のオールスタイルに転籍するというから、雇用は継続される。移籍先が全くテイストの違うコンサバメーカーということから、最初は戸惑うかもしれないが仕事が続けられることを考えれば、慣れるのも時間の問題だ。ブランドメーカーのM&A、譲渡、売却はますます盛んになっている。そうした激動のファッションビジネスに携わりたいのなら、企業文化の違いなんぞとは言ってられない。梅澤快行社長はオールスタイルの顧問に就くので、オールスタイルの経営には影響はないだろう。

 ヤングブランドと老舗のアパレルがそれぞれの特徴を生かしながら、相乗効果を発揮していくとで、閉塞感が漂う業界で新たなビジネス萌芽のきっかけになることを期待したい。

スタイリストが変わる。

PSDept1 先週のファッション業界はある雑誌のタイトルに注目が集まった。紙媒体の日経ビジネス10月3日号「買いたい服がない アパレル“散弾銃商法”の終焉」である。

 売上げ不振にあえぐ業界を取り上げ、その苦境を招いた病巣を冷静に分析し、解説。またリストラ策しか打ち出せず、浮上のきっかけをつかめないメーカーや百貨店、逆に他社の不振を尻目に新たなビジネスに進出するイノベーターも取り上げている。

 連動するネット版(日経ビジネスオンライン)では、業界にとっての打開策とも言うべき事例を上げている。一つが「ブランドディスラプター」(旧来型のブランドを破壊する者/disruptとは分裂させるの意)、もう一つが「オンライン接客」である。

 ブランドディスラプターという新しいビジネスモデルについては、いろんな方々がコメントされているので、改めて論評するのは控えたい。ただ、オンライン接客については、日経BOLが「誰がアパレルを殺すのか。アパレル「店舗の価値は店員」論のもろい前提」http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/16/092900020/100300005/記事中で、新しい販売員像をわざわざ「スタイリスト」と呼んでいるので、このコラムで取り上げることにする。


スタイリストという虚像

 日本ではスタイリストと言えば、ファッションを主体に衣装や小道具を借りて来て、雑誌やCMの撮影セッティング、タレントの支援などを行う仕事と解釈されている。服やアクセサリーが扱え、メディアの仕事にも携われる。若者に人気の職業であるため、ファッション専門学校では販売員教育とごちゃ混ぜにして定員を埋めようとするところも少なくない。

 しかし、実態は外見の華やかさとは大きく乖離するものだ。デザイナーやパタンナーのような技術や資格を必要とするものではなく、正社員という雇用の安定性もない。多くがフリーランスで、法人化されているスタイリスト事務所でも、新人採用は非正規雇用のアシスタントに過ぎない。売上げという収入は、出版社やCM制作会社、タレント事務所などから「撮影費」や「衣装代」の範囲内で支払われるギャラで、アシスタントレベルでは月に数万円なのが実情だ。

 こうした実態を知らない地方の若者は、メディア露出する派手さのみに憧れ、自分にもできると進学や上京に走るが、職業として社会的な信用を得るにはほど遠い。多くの若者が誤解しているが、ファッション業界がギャラを支払うのではない。出版社や広告代理店、子飼いのプロダクションなどから仕事を受けるのだ。一流大学出のエリートがゾロ揃うメディア界の仕事であると、専門学校側がきちんと教育していないこともあり、大半が挫折して転職していかざる得ないのが正直なところだ。

 筆者が仕事をしたマンションアパレルでは、メディア露出のためにリースに応じていたし、プレスプロモーションの仕事では数々のスタイリストに接した。地方出身者の若者では多くがスタイリストをよく理解していない反面、東京出身者になると小さい頃からメディア慣れしているせいか、非常に使いやすかった印象を持っている。

 スタイリストの仕事とは制作予算、発行やオンエアまでのスケジュール期限の中でベストなスタイリングを作り出すもの。自分で自由にコーディネートできる機会はほとんどないと言って良い。あくまで主導権を握るのは出版社の編集者や代理店のディレクターだ。だから、仕事に必要な能力とは感性、センスなどという漠然、抽象的なものではない。

 編集テーマやCMコンセプト、タレントのキャラに沿って、どこのメーカーならこんな色柄、素材、デザインの商品を作っている。どこのショップに行けば、こんなイメージの商品が見つけられ借りられる。見つからなければ、自分で衣装を手配する。有名ブランドのプレスルーム以外も含めてファッションの情報収集の能力に長け、編集者やディレクターに逆提案できるのが、スタイリストの役割なのである。

 この間、東京に出張した時、地下鉄の表参道駅で両肩に商品が詰まった大きなバッグをかけたスタイリストらしき人物とすれ違った。向かった出口が表参道交差点側だったので、南青山あたりのブランドショップに借りた商品を返しに行くのだろう。この光景は筆者が業界に入った頃から30年以上、変わっていない。

 しかし、実際の現場はどうか。メディア界といっても出版社、ファッション雑誌は販売不振で休刊や廃刊が相次ぎ、青息吐息状態だ。CMとて制作費が潤沢でスタイリストに多額のギャラを支払うことができるものは限られている。そんなメディアもネット媒体が主力になり、制作費は下落傾向が続いている。撮影内容は同じでも、雑誌のようなギャラはもらえなくなっている。まあ雑誌の撮影程度ではもともとギャラは安いのだが。

 地方になると、さらに深刻だ。もともとローカルテレビの自主制作番組で、女子アナの衣装を百貨店辺りから借りるくらいの仕事しかなかった。しかも、ご多分に漏れずローカル局も番組制作費は削られている。下請けのスタッフ他、スタイリストのギャラにしわ寄せが来るのは当然だ。福岡の場合、おばさんが居座って、若手に仕事が来ないとの嘆きも聞こえて来る。

 もともと地方にはプレス機能を持つアパレル、高感度なブランドメーカーなどほとんどない。リースに応じるのは小売りをしているショップくらいだ。それも販売する「商品」なので、ファンデーションなどで汚されては困る。だから、どうしても貸りたい商品は自腹で購入するしかない。で、結局、撮影に使わなかったものを返品するとなると、ショップに対する信用もがた落ちになる。

 代理店が制作するローカルCMとて、すべてにトレンドファッションが必要ではない。温泉県おおいたのCMなんかは典型だろう。テーマはシンフロナイズドスイミング。用意するのは頭に巻くタオル、ビスチェとアンダーウエアで十分だ。紙媒体とてファッションビルのフリーペーパーで置撮り写真のセッティングが関の山。それさえ元請けの代理店が取り合いなのだから、スタイリストの仕事どころの騒ぎではない。日本ではスタイリスト受難の時代に入ったと言っても過言ではないだろう。


ファッション専門職として復権

 そこで日経BOLの記事である。スタイリストの概念は日本と大きく違うことを伝えている。というか、本来のスタイリストとは「ファッション業界の仕事」で、米国ではIT、インターネットが関わる革新性をもつ職業として見直されていることを紹介している。それは顧客に求めに応じてあらゆるアイテムを見つけ、商品の仕入れからコーディネート、販売まで行うパーソナルなスタイリスト。最先端のファッションビジネスを担うスペシャリストと言うべきものだ。

 記事のサブタイトル 「オンライン接客」が当たり前の米国EC最前線では、以下のようにスタイリストを伝えている。

 「黒いラムレザーのジャケットがほしい。ラウンドネックで、ジップアップ、予算は5万円程度」。

 なんとなくこんな感じ――。洋服を購入する際に、ある程度のイメージはあるものの、具体的な商品に絞り込むことが難しかったり、時間がなくて探せなかったりすることは誰にでもあるだろう。「Amazon.co.jp(アマゾン)」「楽天市場」「ZOZOTOWN(ゾゾタウン)」といったファッションを扱うサイトは多くある。一方で、情報が多すぎるため、その中で自分の好みのものを見つけるには、時間や検索のコツが必要になってくる。そうした「インターネットの大海」から顧客を救い出すためのサービスが、米国で登場している。

 PSDept(ピーエスデプト)が展開するのは、衣料品や服飾雑貨のパーソナルショッパーサービス。冒頭のような要望をメッセンジャー形式のアプリに入力すると、スタイリストから回答を得られるサービスだ。イメージする商品の写真を送ることでも要望を伝えられる。

 スタイリストは、110の提携企業(ブランド数は数千)から顧客の好みの商品を探し出して提案する。商品は、必ずしもウェブ上ですでに売られているものとは限らない。ラグジュアリーブランドの商品やヴィンテージ商品など、ウェブで販売されていないものは多い。そうした場合でも、メーカーやブランドに直接問い合わせ、自社で仕入れ、提供する。ウェブの在庫情報だけを探して提案するのではなく、直接ブランドに問い合わせるなどして顧客に商品を届けるといった、きめ細かな対応を実施していることも強みの一つだ。

PSDept2 しかも、ピーエスデプトはたった6人のスタイリストで、月間7000人のアクティブユーザーに対応している。AI(人工知能)を生かし、顧客の要望の4割はボットと呼ばれるロボットが相手にする。大まかな要望はボット、細かなものは人間という具合に分けて、顧客は求めるド・ストライクのスタイリングや着こなしを提案していくのだ。まさにスタイリストはファッションの情報収集の能力に長け、データをきめ細かく管理しているからこそ、それができるのである。

 日本の店頭接客では、自ブランドや自店の在庫商品を把握して、会社側の重点販売アイテムや消化指示などに従って販売を行っている。当然、販売員には予算達成のノルマが課せられるため、最近の若者の販売職離れにつながっていると見る向きもある。ビジネスだから販売職はもちろん、技術職にも数字という目標は課されるのが当然という意見はわかる。

 ピーエスデプトのようにITとオンラインの力を借りて、スタイリスト自らがあらゆるブランド、テイスト、オケージョン、コーディネートを提案し、「自ら仕入れて売りにつなげていく」立場なら、接客販売という概念や価値、仕事の魅力も変わっていく。当然のことながら、売上げは自分の能力の尺度であり、顧客の信頼を勝ち取るほどに「ギャラ」は増えていくことになる。あくまでビジネスは自己責任で行うという米国らしい仕組みと言える。こうしたシステムが日本にも導入されれば、スタイリストという本来の意味をファッション業界が取り戻せるのかもしれない。


情報収集と管理、統計の能力

 大手小売業やアパレル直営店の店頭では、昔から「顧客管理」が行われてきた。お客の氏名や住所、スリーサイズ、生年月日、勤務先などと、商品の購入日、内容、接客時の印象などを書き込む複写式の帳票、またはオリジナルノートがあった。基本的には販売スタッフが管理するものだが、定期的に本部が控えを回収して仕入れや商品開発の参考にしたり、スタッフが退職の折りには後任が引き継ぐ態勢も整えられていた。もちろん、社外秘、持ち出し厳禁だったが、個人情報保護法が施行されて以降は、管理もより厳密になり、ポイントカード化で管理精度も上がったかに見える。

 しかし、実際には「リピーター」「フィードバック」という言葉のみが一人歩きして、顧客情報がどれほど仕入れや開発に生かされてきたかは疑わしい。店頭レベルでもルーティンに商品の入荷やセール案内くらいしか活用されていないように感じる。それ以上にブランドの盛衰やトレンド変化が激しいことからお客は成熟して、固定客として居残る率はかなり減って来ているのではないか。昔はデータ顧客の3割が新陳代謝していくと言われたが、今では半数が固定化するまでにいってないように感じる。

 お客が全く服やアクセサリーを買わないわけではない。買いたいものがなく、あったとしも探しづらく見つけにくいのだ。そのため、ピーエスデプトのようなシステムが構築されると、お客からの色柄、デザイン、価格などの要求に対し即座に対応できる。極論すれば生地見本一つをスキャンしてデータ化しておけば、同じ生地を使った商品をブランドやメーカーがコレクションや展示会で発表した時に顧客に提案することが可能になる。人間の頭脳で記憶できない部分はAIという人工知能がフォローし、「この質感の生地なら、◯◯さんが好むと思うよ」と、指示してくれることになるのだ。

 実店舗のようなバイイング、納品、売場編集といったタイムラグがなく、オンライン上で接客がリアルタイムで行われるのである。販売ロスや機会ロスは格段に下がり、購買率はより上がっていく。そうしたITを駆使する販売スタッフがワールドワイドなスタイリストとして活躍できるフィールドができ上がりつつある。

 筆者がニューヨークで見聞きしたパーソナルスタイリストは、お客さんをいかに魅力的にするかを徹底していた。ドレスコードが厳しい米国だけに着こなし提案はオン、オフといった単純なものではない。ハリウッドのレッドカーペットを歩く時のドレスやブラックタイスタイルから、パーティ開けのリラックス、世界中を飛び回るために衣服をコンパクト化するジェットセット、そして完全なリゾートなどまでと多岐にわたる提案をこなす。

PSDept3 もちろん、ジーンズがカジュアルウエアの定番だから、アクセサリーといった小物使いも見逃せない。そうした基本的な知識技術をベースにIT、AIを取り入れたのがピーエスデプトということだろうか。

 ファッションビジネスが不振にあえぐ中、「ECやオムニチャンネルが期待される」「若者がなぜファッション業界を目指さなくなったのか」くらいの論調がもてはやされる日本とは、雲泥の差である。

 「このままショップスタイリストを続けていても将来が不安」「予算が削られて仕事がなくなったので、何かないですか」。そんな弱音や寝言を吐いたところで、自らが今のままなら座して死を待つしかない。それが変化の激しいビジネスの常識なのである。米国がここまでになってきたのは、スタイリストとして生き残るには進化しなければならないことの証左とも言える。

 日本でもおそかれ早かれ、販売の現場は大きく変わっていく。教育する専門学校もそれが世界標準となることを伝えて行くべきなのだが、それを理解できる学校、学生は限られるだろう。繰り返すが、これからのスタイリストには高度な情報収集能力に加え、卓越したITの知識が求められる。企業化していくなら顧客データから統計学のノウハウを用い、数値上の性質や規則性を割り出すことも重要になる。

 日経ビジネスのインタビューで、オンワードHDの保元道宣社長は、「極端に言えば、顧客と対話しながら(商品を)作れれば、在庫ロスがなくセールをしなくてもいい。そんなモデルが理想です」と締めくくっている。オンライン接客で、スタイリストと顧客が会話をしていく中で、ほしい商品のアウトラインができ上がれば、それが全ストックデータにない場合にメーカーにフィードバックして、即時に生産する。そうした新しいビジネスにも発展する予感がする。

超えられない壁。

uniqlou 先週末の9月30日、ユニクロの新ライン「ユニクロ・U」が発売された。クリストフ・ルメール氏率いるパリR&Dセンターのグローバルデザインチームが企画するもので、ユニクロがハウスブランドという位置づけで販売していくものだ。昨シーズンに発売したアンドルメールは、ルメール氏とのコラボ第1弾ということもあり、1週間程度で欠品したアイテムが相次ぎ、全体を見ることができなかった。そこで、今年は発売初日に展開するキャナルシティ博多店を覗いてみた。

 今回は新ラインということもあり、イーストビル1階通路に面するウインドウ奥に専用コーナーを開設。本社から「告知を徹底しろ!」とのお達しがあったのだろうか。店舗スタッフが指示されたマニュアルに添ってぎこちないナレーションで精一杯、店内放送していた。だが、そうした力の入れように反して、商品を見ているお客はまばらだった。

 クリストフ・ルメールとのプロジェクトについては、昨年10月にスタートした。同氏はラコステやエルメスのレディスを手掛けた知名度から、初年度はプレス・プロモーションにも力が入り、クリエーションや斬新さに対する注目度は群を抜いていた。デザインに期待感を抱くルメールファンはもちろん、ユニクロの顧客までが何となく触発されて、購買行動に出たのは間違いないだろう。それが一部の欠品を招くほどの人気を生んだのだと思う。

 実際に商品を見てもディテールに遊びを施したジャケット、ケープ風のローゲージニットなど、アイテム、デザインの両面で斬新さな企画が打ち出されていた。その流れに期待したのか、今年の春夏企画でも発売初日にはファンのみならず、業界人らしき人々までもが売場を訪れ、カゴにどんどん商品を入れる光景が見られた。

 ところが、今年は買う側にも昨年ほどの期待は薄れたのか、初日にも関わらず前回ほどの盛況は影を潜めた感じだ。デザイナーズコラボなんて、ファストファッションを中心に世界中で行われており、今や珍しくもなんともない。確かに集客の目玉にはなるが好き嫌いが激しく、ツボを外せば売れないこともある。外部デザイナーとの契約上の問題などリスクもついてまわる。 売れても収益の柱には位置づけにくい。

 ユニクロとしては新ラインで継続的に売上げを取って行くには専門部署を設けて、コンセプトや方向性からデザインテイスト、コーディネートまで確立した方が良いとの判断だったと思う。同社は以前からパリやニューヨークにデザインセンターを開設している。「企業内ブランド」を開発していく上ではそうした手法を選択したようだが、あまりに強すぎる本社の意向からかクリエーション、MDがまとまりすぎた感じがする。


 初日の状況を見たくらいですべてを語ることはできない。それは十分承知の上だ。しかし、ファーストインプレッションが重要であることも確かだ。今回はあえて見た目で抱いた直感的な印象のみで、ユニクロ・Uの課題、待ち構える壁について、筆者なりに思い当たることを考えてみた。

①デザイナー名が全面に打ち出されていないこと。

 有名デザイナー名が前面に打ち出されると、日頃はユニクロに目もくれない層まで惹き付けられてしまう。でも、企画にあたるのが単なるデザインチームだとデザイナーの個性や世界観、クリエーションが薄れ、期待外れに陥る。

②プレス発表の写真を見た時点で、多くがデザイン進化を感じなかった。

 ユニクロはメディア向けのプレス発表と並行して、一般客にもメルマガなどでユニクロ・Uの写真を公開している。メディア、ジャーナリストの評価とは異なり、実際に商品を購入する側のお客はニット、ダウンなどの定番アイテムにおけるデザインでは、新鮮さが薄れたとの印象を受けた。

③カラリングは昨年の配色から大きくは変わっていない。

 お客がアイテムで最初に注目するのは、色だ。ユニクロはベーシックが売りだけにカラー展開で大胆な配色を採用することはほとんどない。16年初夏物のレディスではビビッドな赤が差し色的で目立ったが、秋冬になるとどうしてもトーンは抑え気味。昨年はグリーンのニットのケープ、カーキーのジャケットなど目当たらしさを感じたが、今年はレディスのオレンジ、グレイッシュピンクを除いて色目の新しさは半減した。

④素材はレギュラー商品の企画を流用するだけ。

 新ラインといっても、専用の素材が新たに企画開発されたわけではない。ユニクロ側は「ベーシックにトレンドや時代性を取り入れ、商品を作るということをもっと進化させるためのチャレンジ」と語るが、素材が進化したという印象は受けない。ジル・サンダーとコラボした+Jではレギュラー商品とほぼ同じものが使われていた。お客はアンドルメールでも同系の素材が流用されたと学習している。とすれば、ユニクロ・Uの写真をみて、今回も素材が変わらないと認識したはずだ。

⑤新しく企画されたアイテムの投入がない。

 アイテムはウールのジャケット、チェスターコート、ニット、ダウンが主体。これは昨年とほぼ同様。いくらベーシックを売りにしてもファッションである。せっかくのデザインチームを組織した割に新たに企画デザインされたアイテムがない。MA-1ブルゾンがラインナップされているが、他社も一斉に企画するようなベタなアイテムが必要なのか。デザインが変わり映えしないなら、お客はここで買う必要もなくなる。

⑥一般商品と同じVMD、詰め込み、ハンギングは権威低下

 +Jのときから感じているが、商品の展開方法、VMDがレギュラー商品と同じのため、売場ではコラボブランドのロイヤルティを感じない。在庫の大量展開はお客が商品を見やすい反面、売場は非常に荒れやすい。ハンギングはまだしも、畳のニットはすぐにぐちゃぐちゃになる。もともと素材のクオリティが高くないだけに、少し時間が経つと糸同士が擦れて毛羽立ちも目立ち、ブランドの魅力が半減している。コラボ企画やデザインチームの存在を知らないお客にとっては、少し価格の高い商品としか映らない。

⑦経営効率の追求が透けて見える

 +Jから続く一連のコラボレーションでは、ベーシックというユニクロDNAの延長線から大きく外れる企画ではない。それゆえ、カラー、素材、デザイン、VMDは、現状の製造工場、工場スタッフの技量、展開する売場でこなせる範囲に収められている。つまり、新ラインと言ってもユニクロの店舗で販売する限り、生産や販売の効率を重視して原材料や縫製は集約し、収益を上げるものでしかないことがよくわかる。ユニクロ側は進化やチャレンジを公言しても、お客からすると変化もイノベーションも感じられない。今までそれを認識していなかったお客さんも、今回の商品を見ると何となく気づくはずだ。


 グローバルSPAとして、グループ年商5兆円を目指す同社の方向性としては、ユニクロ部門を常に活性化していかなければならない。その命題をクリアするためにデザイン専門チームを組織するのは間違っていない。ただ、あまりに本社サイドの意向が強すぎるのではクリストフ・ルメールという個性、クリエーションが死んでしまう。

 まだ発売して間もないので結論を出すのは早急だが、ユニクロの営業戦略は初期投入分を売り減らしていくもの。期初に躓けば期中で修正など出来ないし、期末にセールで消化するしかない。その兆候が今回の新ラインの第一弾には感じられるのである。

 この冬が厳冬にでもなれば、別の意味で購買に火がつくこともあり得るが、それも期待薄だ。となると、商品そのもので常に新しく、買いたくなるようなものを生み出していかなければならない。ユニクロが手本にして来たGAPでも数年周期でベーシックとトレンドを交互に追っかけて来たが、そのゴールデンMDには辿り着けていない。ユニクロでも社内プロジェクトの次元では、超えられない壁があるようである。

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