HAKATA PARIS NEWYORK

今のファッションを斬りまくる辛口コラム

2016年11月

本業はファッション、グラフィックなどデザイン関連のクリエイティブディレクター。創る側の視点で今のファッション関連の事情を評論する。マスメディアはもちろん、業界紙誌も扱わないテーマに踏み込む。

数値のみの事業実績。

fwfgatheringshop 地下鉄工事の陥没事故で、その危機対応に全国的な注目が集まった福岡市。このシーズンになると、市役所の各部局からは昨年度の予算執行(決算)の資料が発表される。かわいい区以来、メディア受けする派手な事業がお得意の高島宗一郎市政だが、経済観光文化局が所管する事業報告では、予算を生み出す魔法の言葉、「クリエイティブ」が踊る。

 過去2年の決算発表(http://www.city.fukuoka.lg.jp/data/open/cnt/3/50945/1/26kessan-keizai-shiryo.pdf)(http://www.city.fukuoka.lg.jp/data/open/cnt/3/55443/1/281014kkb1.pdf)を比べると、コンテンツを核とした国際ビジネスの振興におけるクリエイティブ関連産業の振興の決算総額は、平成26年度が1億9,526万円になのに対し、27年度は2億3,562万円と、20%以上増えている。

kessan27 中でも、事業名がそのまま取り組みとなるクリエイティブ関連産業の振興は、「ア:福岡ゲーム産業振興機構において人材育成事業等を実施」と、「イ:福岡アジアファッション拠点推進会議により事業展開」が柱。この2事業は決算総額のうち、平成26年度分が約3,373万円に対し、27年度は2,909万円と、こちらは14%程度削減されている。

 内容は両年ともほぼ同じで、アは福岡にゲーム関連企業の集積を促すためにゲーム産業振興機構を運営するインターンシップやコンテストだ。

 このコラムが注目するのは、イの福岡商工会議所が主体となって活動する福岡アジアファッション拠点推進会議による事業展開である。内容は福岡アジアコレクション(FACo)、ファッションウィーク福岡、人材育成(インターンシップ)、交流連携(セミナー)の4つになっている。福岡市はそうした事業に税金で資金を提供するかたちだ。

 実績は、「福岡アジアコレクション(FACo)」の入場者数が26年実績の7,546名に対し、27年度は7,571名。データを解釈すると横ばいというか、微増である。ただ、会場である国際センターのキャパ(通常の収容人員は1万人)があるを考えると、端から大幅増できないのはわかりきっている。

 ファッションウィーク福岡(FWF)は、平成27年からは一般の参加希望者・団体から様々な企画を公募し、「採用されたもの」や「協賛金を徴収するもの」に、セミナーなどを抱き合わせる内容となった。こちらは主催者企画が中心だった26年度実績(参加企業260店・社)を受けて、27年は目標を300店・社と設定し、一応は302店・社とクリアしている。


目標300で実績302の不思議?


 問題は実績数値の信憑性と効果である。 福岡アジアコレクションのような客寄せ興行は、チケットの販売枚数がはっきりカウントされるから、入場者数はほぼ集客力とイコールになる。ただ、それ以外の実績数値には、いろんな手が加えられていることも考えられ、鵜呑みにするわけにはいかない。

 注目するのは、今年3月に実施された ファッションウィーク福岡2016(事業年度は2015年)の参加者の実績数値である302店・社である。これについての具体名を福岡市の担当部局コンテンツ振興課に訊ねると、「福岡アジアファッション拠点推進会議が提出した資料から報告書にまとめた。一応、チェックはしたが、詳細は主催する福岡商工会議所の方で把握している」とのことだった。

 「福岡市では内容を精査し、確認していないのですか」と再度訊ねると、担当者は「参加店・社のリストのようなものは市では公開していない」「福岡商工会議所内にファッションウィークの事務局があり、そこが参加申込書を提出した店舗や企業を積み上げてカウントしたのではないか」「商工会議所でも具体的な店舗、企業名まで公開しないと思う」との回答だった。つまり、この302店・社がどんな店舗、企業なのかは、福岡市は把握していないし、詳細は全くわからないということだ。

 高島福岡市政下における経済観光文化局の事務事業は、「中小企業・小規模事業者向け」から「国際戦略特区関連」「国際ビジネス」「観光集客戦略」「文化芸術&文化財」までと膨大だ。それぞれの予算枠もあり、「事業案件の俎上に乗せる」=「予算をもらう」にもいろんな利害関係者の思惑が絡んでいると想像される。担当部局の決算報告書には細かなことまでは記載されず、市議会もいちいちメスを入れることはないようで、シャンシャンで決算報告は了承されていると言える。

 もっとも、ファッションウィーク福岡2016の公式サイトには、「参加ショップ」というページがあり、FWFが対象とするエリアごとに店舗名と住所、HPアドレスといった簡単な情報が掲載されている。これらすべてを合算しても、「139店舗」にしかならなかった。決算報告書にある推進会議が出したという参加店・企業数の302とは160以上もの開きがある。

 仮に公式サイトが広告枠扱いで、媒体料を支払わないと掲載されないなら、しかたない。しかし、税金を投入する公共事業でありながら、160もの参加店・社が実績報告の頭数だけにカウントされ、ほとんど「公に」告知されることがないのはいかがなものか。事務局がファッションウィークに参加申し込みをしただけで、実際には参加実態がなくてもファッションウィークに賛同したと看做し、合計に加えているとも考えられるからだ。

 行政の決算報告書のみでイベント事業の実績数値として上げるのは、どうなのか。目標が300店・社なの対し、実績が302店・社というのも、いかにも出来過ぎな数値と見受けられる。何より実際の事業効果については、疑念を抱かざるを得ない。サイト掲載の参加ショップだけを見ても、ファッションウィークがイメージする「糸へん」=衣料品店以外にもいろんな業種が参加している。純然たる衣料品店は、大手商業施設の14店を加えても、139店舗中「62店舗」と半分以下だ。

 百歩譲って、雑貨やアクセサリー、靴、美容関係を含めたにしても、72店舗にしかならない。それ以外はほとんどが「飲食店」である。商工会議所としては、カフェもバーもレストランもマクロ的にはファッションだとでも言いたいのだろうか。しかし、そうなら、キャッチコピーの「シゲ着テキ!」とは、大きくズレてしまう。まして、市の経済担当部局が外食産業と衣料品産業を一律に見るかと言えば、決してそんなことはしない。

 またファッションウィークでは、対象エリアが天神、博多駅とその周辺の大名、今泉、警固、薬院と設定されている。ところが、参加ショップには「その他」があり、例外的にエリア外の店舗情報も掲載されている。西区や東区、南区から参加した店舗があるが、対象エリアから距離的に相当離れている。中心部の行われたイベント効果なんてほとんどないに等しいだろう。実際にはどうだったのか。なんらかのメリットを享受できたのか。参加したショップの声さえ取り上げあげられていないのから、どうしようもない。

 この辺をみても、参加店・社の数値には何でもかんでも加えることで、数値をより大きく見せ、実績づくりの口実、予算の確保、事業の正当性のために利用されているとしか思えない。参加店・社が302もあるのだから、事業は成功したとでも言いたいのか。否、事業が成功していると見せるための302ではないのかと、思えてしまう。

 参加店の頭数だけ揃えて、「ファッションウィークにはこんなに参加してます」「盛り上がっています」「多くの人々の賛同を得ています」と、言うのはおかしい。では、参加店・社のレスポンスがどうなのか。資金を出してまで参加する企業のメリットは何なのか。客観的で詳細な指標を出さないと、事業の意義も正当性も説明できないと思う。

 まあ、福岡商工会議所が一人でも多くの若手経営者を「会員」に獲得したいから、業種を問わず名簿を取るために参加者を集めたい気持ちはわからないではない。ただ、まがりなりもファッションウィーク福岡とのタイトルがついている以上、まずメーンである衣料事業者と関連産業を優先しないと、経済団体としてのフォローにはならない。イベントは手段であっても目的ではない。参加者も事業をするために寄せ集められるのでは、何のための参加なのかわからなくなってしまう。

 ファッションウィーク福岡の目的というか大義は、「福岡に来て、買い物してもらう(食事も含まれるだろうが)」であり、だから税金が投入されたのではなかったのか。しかし、そこから年毎に参加型イベントの色合いを濃くして来ており、大部分の事業費を拠出する福岡市とすれば、効果は参加店・社数で推し量るしかない。であるからこそ、いつの間にかクリエイティブという言葉は形骸化し、参加型のイベントの様相を色濃くして、大義をベールに包もうとする主催者側の意図が見え隠れする。


客寄せ興行で旅行客誘致?


 コンテンツを核とする事業としては、他に「クリエイティブプロモーション福岡」という事業がある。「英国テックシティとのビジネス交流」と「福岡アジアコレクションの海外開催」に予算が使われている。こちらの予算内訳は平成26年度が約2,640万円で、27年度が約1,809万円と31.4%ほど削減されている。福岡アジアコレクションについては開催地が26年度がシンガポール、バンコク、プサンの3か所で来場者は約3,300名、27年度がバンコク、タイペイの2か所で同約3,800名となっている。

 TGCに代表されるこうした客寄せ興行の「ガールズコレクション」は、アジア各地で催されるようになり、今や珍しくも何ともない。コレクションのフォーマットは日本のメジャーなブランド(NB)の衣装を提供し、現地のモデルたちが纏ってランウェイショーを行うもの。福岡アジアコレクションの海外事業もほぼ同じで、福岡という冠が付くので地元ブランドを参加させなくてはいけないわけだが、4~5社に過ぎない。それに福岡県が主導する合同展示会、セミナーが添えもの程度に行われている。

 そこで福岡市の知名度を上げ、「買い物に来てもらう」「海外展開の布石にする」という大義は果たせるかもしれないが、買い物が地元ブランドになるとは限らない。人気ブランドのNBでも間接的に小売り業界が潤うことになり、そのために税金を拠出することは吝かではないだろう。ただ、ファッション業態の海外展開はリスクが多大にあるし、集客効果という点でもこれも来場客数でしか示すことはできない。

 プロモーション福岡と言っても外国人旅行客の誘致なら、どちらかというと「観光・集客戦略の推進」という事業色の方が強い。だったら観光事業に組み込めばいいわけだが、そちらは項目がいっぱいだから、新たに事業を作らざるを得ないようである。

 それゆえ、プロモーション福岡に「クリエイティブ」という実態とはかけ離れた冠を付け、無理矢理事業化しているのではとも思えてくる。報告書の冒頭では、「民間主導」としか書かれていないが、福岡アジアコレクションをプロデュースするのはRKB毎日放送である。つまり、放送局の「事業」になっている。市の決算報告から類推すると、27年度も2,000万円弱が流れていると思われる。

 イベントそのものは、MBS大阪毎日放送が主催する神戸コレクションをそのまま完コピしたもの。海外で開催するショーイベントも神戸コレクションが先駆けで、RKBがそれをそのまま踏襲しているに過ぎない。どこがクリエイティブなのか理解に苦しむ。

 例年、福岡アジアファッション拠点推進会議は、例年7月末に「福岡ファッションフォーラム」を開催しており、ここで企画運営委員長が前年度の事業報告をちらっと行ってきた。それが今年は開催されていない。こちらはフォーラムといっても内容は「講演会」やセミナーだ。

 ファッションウィーク2016では、「グローバリゼーションとデジタル革命から読み解く~Fashion Business 創造する未来」の著者、尾原蓉子氏が講演したことを考えると、今年からフォーラムを中止し、ファッションウィークの方に合体させたということになる。フォーラムの予算も「交流連携(セミナー)」の方にスライドされたわけだ。セミナーでは例年、企画運営委員長による事業報告はなされていたが、今年はそれもない。事業とその効果の説明責任が曖昧なまま、年度は終わってしまう。


場所と資金を提供する利点は?


 すでにファッションウィーク福岡2017のサイト( http://fwf.jp/ )がアップされており、イベント協賛の公募が始まっている。参加概要は、以下のようになっている。

コミュニティ参加概要 これだけでは、企画の趣旨がわかりにくい。じっくり読むと、主催者側はイベントをしたい個人や法人、学校などの「コミュニティ」に対して、スペースを提供しなおかつ協賛金も出してくれる「奇特な方々」を募集しているようである。「ギャラは出ませんが、カネは出してほしいんです」というマネーの虎を彷彿させるような企画だ。まあ、集客やアクセスを考えると、そんな企画に応じられるのは、対象エリア内に立地する商業施設か、せいぜいオープンスペースをもっているところに限られると思う。

 問題はイベントを行うコミュニティ側だ。通常、ファッションアイテムなどを企画製造したり販売している企業なら、新商品のプロモーションや展示即売などにイベントを利用できる。スペースや資金を提供する商業施設も、商品のマーケティングや集客のカギとしてみることは可能だ。しかし、主催者側がいくら「オンリーワンコンテンツ」とお題目を唱えたところで、手作りの服やアクセサリーを作っている学生や個人になると、商品レベルはたかが知れている。スペース提供側へのリターンなどもゼロに近いと思われる。

 そもそもオンリーワンコンテンツになるものは、企画に企画を重ね何度も試作を繰り返し、テスト販売で市場の反応を見て、さらに作り直した末にでき上がるもの。「イベントがあるから作る」なんて簡単な考えでは、換価価値をもつ商品にはなり得ないし、売れる可能性すら探れない。

 コミュニティの参加料を無償にしているところをみると、おそらく趣旨は「ファッション専門学校で学ぶ学生、卒業生、個人のクリーターへのスペース提供とスポンサード」ということだろうが、それにしても企業側からすれば「基礎も出来ておらず、技術も見えない。むやみやたらに個性的な作品ばかりを打ち出されても、オンリーワンコンテンツなんかになるはずがない」というのが、3分程度のプレゼンでは見え透いてしまうと思う。

 また、スペースのみを提供するならまだしも、協賛金まで取られるのはどうなのか。もし、参加コミュニティの中で有力企業が登場し、「キラーコンテンツ」を提供するとなると、学生とのレベルの差は歴然だ。スペース&協賛金提供側とでコンテンツが取りあいになれば、くじ引きで決めるのか。その辺のリスクと15万円ものコストまで考えると、自社でイベントを仕掛けた方が良いのではないか。それでなくても、各商業施設とも商品が売れていないのだから、当然である。

 結局、参加コミュニティはイベントのステージを得たい専門学校や学生の団体などに落ち着くと思われる。スペースを提供する商業施設側がマッチングでどう判断するかだが、主催者側のバックには福岡商工会議所や福岡市が控えているわけで、それなりの「要請」が来ているのは想像に難くない。福岡には「どんたく」という恒例があり、行政からコミュニティや地域活性を大義にされると、商業施設側が首を横には振れないのも確かだ。

 ファッションウィーク福岡は「クリエイティブ関連産業の振興」事業として、福岡アジアコレクションやインターンシップ、セミナーと抱き合わせで福岡市から拠出される税金が1500万円程度(事業費の半額として)が使われている計算になる。純然たるファッションウィークにどれほどの金額が使われているかの記載は決算資料にはない。半分としても800万円程度だろう。

 昨年度の事業全体はファッションウィークの企画ごと丸投げされた代理店がHPやポスターなどを制作しているし、尾原のおばさまへの講演のギャラもある。インターンシップはあまり表に出ていないので経費はほとんどかかっていないだろう。残る福岡アジアコレクションにはそのまま800万円程度が流れ、クリエイティブ福岡プロモーションと合わせると、RKB毎日放送には黙っていてもまるまる2000万円弱が転がり込んでいる計算になる。確かに予算は削減されているが、これでは事業費の使われ方があまりに不公平、不透明と言わざるを得ない。

 高島福岡市政がクリエティブプロモーション福岡と位置づける福岡アジアコレクションの海外開催。今年も11月12日には台湾の台北で「福岡アジアコレクションタイペイインスタイル」が開催されている。高島宗一郎市長が現地でオープニングセレモニーに出席する予定だったどうかはわからないが、だったとしたら9日に発生した博多駅前の陥没事故でキャンセルせざるを得なかったと思う。

 高島市長は1期目の反省から、陥没事故復旧の模様を市民への市政アピールとばかりに定点観測してブログにも上げる念の入れようだ。しかし、市長の肝いりでも行われている数々の事業を見ると、とてもクリエイティブと言えるようなものではない。福岡市はクリエティブを標榜して、何をどうしたいのか、全く見えて来ない。それは市長の政策能力の限界を暗示する。クリエイティブという言葉は、むしろ利害関係者にとって「ほしい物」を事業化し、予算化してくれる打ち出の小槌になっている。


歳をとるのは皆同じ。

lifetimebrand 年末が近づくと、今年の流行語が話題に上る。その年々の世相を表す言葉が選ばれるが、市場やトレンドにも関わることから、後々まで使われる言葉も少なくない。

 流行語ではないが1980年代から使われ始め、電通がプロジェクトチームまで作って研究を始めた「熟年」。今ではそれ自体が歳をとったのか、やや色褪せた感がある。人間はみな共通に歳をとるが、自分だけは少しでも若くありたいと考える。高齢社会と言われるからこそ、その範疇からはどこか外れたいとの思いがあるのだろう。

 ファッション業界では一時、熟年を「マチュア」と言い換えた記事も見かけた。小売り側がアソートメントを明確化した展開にしたいから、少しでも新鮮さを感じる言葉を使おうとしたのだろうが、定着したとは言えない。ここでも使い慣れたミセスやミドルの方がわかりやすいし、すんなり受け入れられたようである。 

 ただ、百貨店経営者の中には、売上げ不振の対策としてエージで区切るのではなく、マインド編集にしていきたいと言う人もいた。でも、アパレル側が年齢軸で切った商品開発やMDを行っているのだから、全館セレクティングにでもしない限りと無理だと思った。やりたい気持ちはわからないでもないが、結局はブランドのハコばかりのフロア構成に変わりはない。案の定、現状は惨憺たる有り様だ。


 ところで、このところ安定していると言われたミセスでさえ、世界的に苦戦しているという。ファッションの本場欧州ではブランド品を買うのは若者ではなく、中高年と言われてきた。それが底堅い市場を作ってきたわけだが、その中高年も成熟したのか、それとも可処分所得が減ったのか。値ごろなSPAが台頭してきて、有名デザイナーとのコラボも人気を集めている。いずれにせよ高級ブランドやリッチ感を押すだけでは、厳しくなったのは間違いないようだ。

 世界中でファッションに投資して来た中高年が価格にシビアになり、百貨店や専門店では高額の商品がなかなか売れない。お金持ちであってもeBayやAmazonほか、いろんなサイトで賢い買い物をするようになっている。

 単に館を作り、フロアを区切り、エージで分け、価格設定したブランドを展開したところで、中高年が心ときめかすような商品でない限り、捉まえるのは容易ではないということだ。なおさら10年前の50代と今の50代では、明らかにライフステージも感性も嗜好も違うわけで、年齢やサイズのみを切り口にしたのではとても捉えきれないと思う。

 通常、レディスではキッズ、ティーンズ、ヤング、ヤングアダルト(ミッシー)、ミセス、ミドル、シニアと区切っている。マインドエージという区分もあり、キャリアやヤングミセス(コンサバ)といったカテゴリーも存在する。

 ただ、 女性は移り気だからと考えるからだろうか。一人の女性が1本のテイスト軸を一生貫くわけはないとの考えが支配的だ。でも、こうした分類で洋服を捉え、固定化された市場の中で販売効率を追いかけるから、服を買おうというお客の感性にフィットせず、捉まえきれないのではないのでないのだろうか。

 それでは厳しくなっているからこそ、狭いレンジでターゲットを狙うのではなく、ノンエージを切り口にするブランド開発にチャレンジしても良いのではないか。テイストや感度軸のみを固定して、子供から大人までを顧客にするブランドの開発である。かなり長いスパンになるが、子供とか大人とかと限定せずに「三つ子のセンス、死ぬまで」って感じで、顧客化を考えていいのではないかと思う。

 当然、サイズやパターンは各ゾーンで違うので調整が必要である。またアイテムや品番を絞り込み、生地や色柄、生産態勢を共通化して、テイストがブレないようにしなければならない。子供服ではベビーやトドラーはデザインでは特徴を出しにくく、ローティーンくらいから好みがはっきり出てくるので親とのコーディネートはカギになる。

 そうすることで、子供からブランドの世界観をすり込んでいく。ブランド側が子供からファッション感性を磨き、おしゃれ心を醸成していくのである。であれば、ずっと顧客として存続できる可能性は高いかもしれない。


 アパレルがエージでセグメントし、さらにメンズ、レディスでも分ける旧態依然とした手法が通用しなくなっているからこそ、誰もやらないことにチャレンジしなければ、この閉塞感は打破できないのではないかと思う。

 一例をあげると、ヴィヴィアン・ウエストウッドがそうだろう。デザイナー本人は1941年の生まれだから、すでに75歳を迎えている。70年代にセックスピストルズのプロデューサーマルコム・マクラーレンとブティックを創業する傍ら、自らパンクファッションの旗手として多大な影響を与えた。服を通じてトレンドに逆らい、モードへのアンチテーゼに、ファンは堪らなく刺激される。そうしたテイストをティーンの時にリアルタイムで経験し、今でも好む中高年は確実にいるから、ブランドは安定しているのだと思う。

 日本でいうならコムデ・ギャルソンだろうか。若い時に着ると、ずっと着続けたいと思わせる独特のテイストと質感。流行に左右されそうで、10年前のアイテムを着ても何の違和感もない。もちろん、素材にも縫製にも職人の技が生きづいている。シャツステッチ一つをとっても、運針は3cmで24針ほどかけるなど、コストダウンが当たり前の今でも創業時からの縫製思想は揺るがない。モードを超えたところにあるもの作りに、50代になろうがファンは惹き付けられるのだ。

 今年の夏、とある食品スーパーで鮮魚を選んでいる中高年の夫婦を見かけた。旦那さんはよく見かけるチェックのシャツにジーンズ姿だったが、調理を待つ奥さんは白地にPLAYのハートが大胆に配置されたTシャツを着ていた。出立ちの雰囲気を見ると、50歳を過ぎてファンになったとは思えない。逆に言えば、それだけブレないファンが確実にいるということである。

 「ヒステリックグラマー」もその領域に達している。1980年代半ばに原宿で産声を上げ、ワークやミリタリーがベースで、ロックやアート、ポルノグラフィティなどのカルチャーからもインスパイアされている。そのため、デビュー当時から惹かれ続ける40代、50代のファンは少なくないと思う。

 こちらも素材や縫製、加工には力が入っており、大人になるほど着心地や風合いに関心がいく顧客心理も見事に捉えている。デビュー当時に発表されたジャケットなんかはヴィンテージもので、大人が着た方がしっくりくるはずだ。ファッションには若さもキーワードと言われるが、若者だからロックを好むわけではない。若々しいロックテイストは50~60代のミドルこそ、度・ストライクなのである。

 そう考えると、日本にはまだまだ1本のテイスト軸を貫くライフタイムブランドが少ないと思う。経営陣は口を開けば、「顧客の高齢化」を口にし、ブランドの再編や活性化に動き出す。しかし、結果的に中途半端なデザインで終わってしまい、世界観が固まったブランドはほとんどない。そんな紋切り型の商品ばかりが並ぶ売場は、少しも魅力を感じないのである。


 人は皆歳をとる。であるからこそ、ずっと着続けられるようなブランドがあってもいいのではないか。メンズではアメカジが老弱で着られるテイストだが、彼女や奥さんもアメカジ好きでないと、カップリングでは男の方がどこか間抜けに見える。この先のシーズンで良く見かけるシーンがそうだ。ギフト用のジュエリーを見るカップルのスタイリングが男女不釣り合いなのは、傍から見えても興ざめする。

 その意味では「ライフウエア」を標榜するユニクロは、メンズ、レディス、キッズをもち、テイストはベーシックで今や完全に老弱男女を捕捉している。レディスやキッズのアイテムでは流行を追うものもあるが、テイストが極端にブレることはない。

 ファッションの玄人、専門家が絶賛するユニクロUは、細部にわたってきめ細やかな仕様になっているようで、商品の普遍性と不変のブランド価値を同時に浸透させていくとの思いを窺えさせる。まだ子供服は登場していない。でも、利益度外視で売っていくとの考えなら、子供たちに受けるかは別に服づくりの良さを啓蒙していくためデビューさせても面白いのではないか。

 人は必ず歳をとる。であるからこそ、50代、60代は若々しく、20代はクールに、30代は年一度のご褒美で、さらに子供たちは良い服への入門編として、ずっと着ていけるようにする。そんなブランドがもう少し増えてもいいのではないかと思う。

値下げ=競争力か。

MUJI 今やライフスタイルブランドとしての地位を確立した無印良品。それが現在、米国ウォルマート傘下のスーパー、西友の「PB(プライベートブランド)だったと知る人」は、少ないと思う。

 1970年代、ダサ池袋のラーメンデパートと言われた西武百貨店がその知名度とブランド力を上げるために多角化を推進。生活文化産業に深く入り込んでいく中で、関連会社の西友に下された「PBにも力を入れろ」のもとで生まれたのが無印良品だ。

 しかも、77年の開発元年、メーンで企画を託されたのは西友のバイヤーでもなければ、商社の調達担当者でもない。西武セゾングループの広告戦略を一手に担っていたグラフィックデザイナーの故・田中一光、そして、商品デビューのコピー「わけあって安い」を書いた小池一子である。

 当時、スーパー、量販店は関東圏にイトーヨーカドー、全国区ではダイエーが勢力を拡大しており、各社ともPBに力を入れていた。西武セゾングループとしても、それを承知の上で開発に乗り出したわけだ。そのため、従来にない発想の商品を作ろうと、田中一光や小池一子といった気鋭のクリエーターに白羽の矢を立てたのである。

 と言っても、彼らは所詮、「針を棒に見せる」広告屋に過ぎない。携わるのはロゴマークを作り、商品タイトルのタイプフェイスを整え、「ほんとうに、おしゃれだ」「愛は飾らない」などといったキャッチコピーにイラスト、写真を付けた新聞広告の制作くらいだ。当時、商品を取り巻く条件について改めて振り返ると、原材料や製法、製造委託先、コストや利益、パッケージ、物流、そして価格やクオリティといったPBの必要条件は、後回しにされていたような気がする。発売された「味噌」や「醤油」を料理に使い、「インスタントラーメン」を食べてみたが、NBを超えるほどのレベルではなかったからだ。

 ただ、広告の力とは恐ろしいもので、無印良品は西武セゾングループのクリエイティブ戦略に乗って、ブランド力という絶対条件を先につけ、マーケットに浸透していったのも事実である。商品のレベルアップはファッションや文具への進出を契機に、後から注力されていったように思う。

 ちょうど85年頃、時はDCブランドの全盛期。無印良品の衣料品はDCのデイリーカジュアルを補完するような企画で、ファッションマーケットの中で少しずつポジションを確立していた。そう思うのは、店舗で会った知り合いの女性がみなファッション業界の人間だったからだ。彼女たちの多くがシンプルなデザインで、自然素材の風合いをもつ無印良品をDCブランドの廉価版のように感じて購入していたのだと思う。

 ブランド力をつけ商品開発力を高めた無印良品は、89年に西友の100%子会社ながら(株)良品計画として独立。これ以降、バブル崩壊で西武セゾングループが凋落する一方、良品計画は独自の路線を突き進む。決してデフレの影響から求められたのではなく、ブランドが放つナチュラルでラフな生活提案、ボリュームゾーンをキープした価格帯が、肩肘張らない生き方を模索し始めたファミリーやOLに受け入れられたのだ。

 さらに郊外ショッピングセンターの開発も追い風になり、日用雑貨や化粧品、食材や食品、旅行グッズ、家具やインテリア小物までに広がるMDは、デベロッパーにとっても集客のカギになると判断され、キーテナントの定番になっていった。店舗は国内に留まらず、欧州、米国、アジアにも進出。現在、「MUJI」ブランドはグローバルSPAとしての地位を築いたと言っても良いだろう。


 先日、その良品計画が「来年1月から順次、商品の約300点を価格改定する」ことを発表した。対象となるのは衣服や雑貨、食品などで、レディスのTシャツが1,500円から990円、チノパンが3,980円から2,990円、羽毛掛け布団シングルが2万4,000円から1万9,900円に値下げされる。値引率は商品によっても違うが、だいたい3割程度は下げられるようだ。

 同社ではこれまで手頃な価格の日用品を「ずっと良い値。」、高価格帯で素材やディテールを重視する「こだわりたいね」の2面戦略で商品を企画してきた。来年の春夏からはこの区分をなくして、各商品にあった適正な価格設定にシフトするという。

 無印良品が誕生して40年近く、筆者は誕生からその盛衰を見て来た。同時にファッションからステーショナリー、食材や食品、雑貨まで数々の商品を購入した。特に衣料品では虚飾を排したシンプルなパターン、ロゴマークが一切入らないデザイン、自然素材をふんだんに取り入れた質感が気に入って、まとめ買いすることが多かった。

 ところが、2000年以降、衣料品についてはパタッと買わなくなった。個々のアイテムがそれまでに比べてデザインは大味になり、パターンはよりフラットで、質感も低下したように見受けられ、商品に魅力を感じなくなったからだ。一時、デザイン監修にはヨウジヤマモトの事務所やデザイナーの深澤直人も参画したと言われるが、昨今の商品企画にはそうした手練たちの感性やエッセンスが十分に発揮されているとは思えない。多店舗化で都心、郊外と購入の利便性は増す一方、クオリティはボリュームラインより下がってしまったように感じる。

 今回の値下げについて良品計画としては、キラーコンテンツとの競争から、価格勝負は避けられないとの判断があったのかもしれない。しかし、確固としたブランド力をもつ無印良品がこれ以上、価格を下げる必要があるのだろうか。むしろ、筆者は衣料品については価格は据え置きのままで、1段階いや2段階ほどクオリティを上げる方が良いのではないかと思う。それは実質的に値下げと一緒のことである。

 無印良品の顧客は30代から60代と幅広い。中心は40代から50代のミドルエイジだろうか。確かにこの層は可処分所得が下がり、生活は決して楽ではないが、ファッションを見つめる目はとても肥えている。今の価格のままでクオリティを上げた方が彼らの感性にはよりフィットするのではないかと思う。

 もっとも、価格を下げるには条件が伴う。一番は原価率の圧縮だろう。原材料や製造においてコストを下げてしまうと、今以上に素材の品質低下や縫製レベルの劣化を招くのかもしれない。だから、コストダウンは顧客の離反を招くリスクを伴う。

 もちろん、世界的な景気の低迷で、中国などの資材メーカーでは原材料がダブつき、在庫を捌くため、材料を値下げするので買ってほしいと良品計画に打診があったことも想像される。ただ、無印良品は広告では盛んに原料訴求をしているものの、そもそもそれほどクオリティの高い素材ではない。現状の原材料で商品化しているだけでは、売場に並んぶものが最高限度だろうし、これ以上クオリティが上がるとは思えない。


 いま、アパレル業界は原価率が30%を切り、生地代はだいたい5%程度まで下がっていると言われる。そこまで下がると、「おもちゃのような品質の商品になってしまう」との指摘もある。無印良品の生地代がそこまで低いとは思わないが、あの価格帯は百貨店アパレルのように返品や派遣販売員の経費がかからず、色柄や型の絞り込みなどで中間コストがカットされるから実現できている面もあるだろう。ならばこそ、現状の価格帯でクオリティを上げた方が競争力をもつとの考え方もあるはずだ。

 第一、価格を下げてしまうと、昨対同等の売上げを維持するには、購入客数や購買点数を増やさないといけない。良品計画としてはブランド力があるのだから、値下げをすれば購入客は増やせるとの読みなのだろうが、今のクオリティならいくら安いとは言え、購買点数が増えるとは思えない。今のお客は必要でないものは、安くても買わないからだ。つまり、購入客数が伸びなければ、売上げは下がってしまう。

 それでなくても、良品計画が発表したレディスのTシャツ990円、チノパン2,990円、羽毛掛け布団シングルが1万9,900円といった価格帯には、強豪がひしめき合っている。ユニクロやニトリはこのクラスのプライスリーダーだし、品揃えの奥行きも無印良品をはるかに超えている。

 一方、価格を下げれば、無印良品がこれまで狙え切れていなかった20代前半の若者を捕捉できるとの狙いもあるだろう。しかし、こちらをターゲットにする業態にもジーユーを始め、国内外のファストファッションがずらりと並んでいる。20代前半の若者は高いコーディネートセンスをもっており、バジェットラインのチープなファッションでも上手に着こなす。

 彼らはデザインさえ気に入れば、クオリティはそれほど気にしない。小池一子がいくら広告のディレクションに注力したところで、現状の無印良品が放つ素材、色柄、デザインがどれほど若者の感性にフィットするかは懐疑的だ。多分、Tシャツが1000円だろうと、チノパンが2000円だろうと、そもそもの無印良品に若者がそれほど心が惹かれることはないと思う。

 値下げのニュースとほぼ並行して、衣料品カテゴリーのMUJI Laboでは、2017年春夏シーズンから新しいディレクターの起用も発表された。MUJI Laboはマーガレットハウエルを運営するアングローバル社との共同開発で12年に生まれた新ラインである。だが、価格帯はデザイナーブランド級なのに対し、感度面は今イチでそれほど惹き付けられるものがなかった。マーガレットハウエルのようなテイストは、デザイナー名がついてこそ、お客は買う気になるのではないかと思う。

 良品計画としてもそれは感じていたのではないか。だから、「N.HOOLYWOOD」の尾花大輔と「タロウ ホリウチ」の堀内太郎をディレクター起用することで、カテゴリーのデザイン、感度において多少の特徴を出す狙いと思われる。無印良品というブランドの世界観から大きく外れることなく、どこまで新しさを醸し出すことができるのか、期待を込めて見ていきたい。

 アパレル不振が表すように今の市場には50代が満足できるような商品がほとんどない。この年代は無印良品のデビューから現在までを知る客層ともリンクする。筆者の周辺でも無印良品に期待する声は少なくない。その多くがクオリティのアップに望んでいるだけに価格訴求のみの戦略では納得できないはずだ。もし、今よりクオリティが下がるようなことがあれば、裏切られた思いになるのではないだろうか。

需要や気候は読めないか。

demandclimate 11月も半ばにさしかかった。九州博多でも朝夕は冷え込む日もあるが、日中に陽が射すとまだまだコートなんか必要ない。今月中に何とか寒くなってくれれば、冬物を買い込もうという気分にもなるのだが、果たして期待通りにいくのかどうか。

 季節はさておき、11月も半ばとなれば、冬物の実売期であるはず?だ。小売店にとっては、立ち上がりで提案したアイテムにバリエーションを付け、ボリューム展開する頃合いでもある。お客さんの購買動向は単品買いが主流で、このシーズンには顕著になる。立ち上がりから売れて完売近いアイテムに見切りをつけるか、それともフォローが利くならバーゲンまで引っ張るか、勘どころ、見極めが重要になる。

 アパレルのMDバランスは、昔も今もそれほど変わりないと思う。基本的に「提案する部分」(企画デザイン重視、見せる商品)、「売上げを取る部分」(売れ筋、トレンド商品)、「稼ぐ部分」(ベーシック、定番商品)で構成される。

 かつてはざっくり言って提案する部分は「少なめ」、売上げを取る部分は「適量」、稼ぐ部分は「やや多め」に生産し、一定の在庫を抱えていた。実売期に入り、トレンドや定番の商品が売れ始めると、販売力をもつ小売店に対して「売上げを取る」や「稼ぐ」目的で生産した商品ついて「下代を下げてでも、引き取ってもらう」よう営業をかけていた。

 当然、バイヤーさんも店頭の状況を見ながら売れると踏めば、立ち上がりより荒利が取れるので、フォローをかけてくれた。しかし、中には提案する商品は次々と追っかけるが、売上げを取る部分は売り切りで留め、稼ぐ部分はほとんど扱わない人もいた。ビジネスの基本すら教科書通りではつまらない。そんなことをやっていたら他店と同質化してしまうからだ。そんなバイヤーは社内会議で経営陣と対立することもあったようだが、我々からするとすごく頼もしく思えたのも事実である。

 クリエーションを創り出すアパレル、とくにマンション・専門店系メーカーである以上、マーケットの実需傾向とは正反対のゾーンを攻めることを意識していた。無地が売れるなら、良い柄や組織の生地を徹底して使い、世の中がコンサバ路線一色でもエッジの利いた商品を仕掛ける。意外だが、そんな商品は個店のバイヤーには受けがよく、展示会だけで完売したことがある。

 バイヤーさんは自店のお得意さんをよく知っているから、展示会で売れると踏んで付けてくれた。もちろん、店頭では売れ残ることはなく、ほとんどプロパーで完売していた。ボリュームになる商品なんて手掛けたくない企画側の思いは、販売力をつけ顧客を育てていくバイヤーさんの狙いの裏返しでもあったと言える。

 生産、仕入れ、販売がそれぞれ状況に応じ、最高のパフォーマンスを目指していたから、当たる時はウィンウィンの関係、外れる時もリスク分散(実際には小売店の方が優遇されるケースが多いのだが)する方向で考えることも、できたのだろう。


 ところで、先日、ユナイテッドアローズが2017年3月期の第2四半期決算を発表した。(http://www.united-arrows.co.jp/uploads/_archives/ir/pdf/kessan_2903_2.pdf)こちらはセレクトショップと言っても、完全小売りからSPA化しているので、仕入れ(調達)から自社で責任を負わなければならない。決算書によると、全体売上げは前年同期比99.9%とほぼ横ばい。ただ、小売り部門は同96.2%とダウンしており、その分をネット通販の22.6%増がカバーした格好だ。

 同社では売上げ計画が未達となった背景について、「天候不順などに対し、MD進行に柔軟性が足りなかった」「ファッショントレンドの変化が小幅な中、新たな提案が不足した」などと分析。その上で「例年以上に天候、消費マインドなどのマイナス要因があったものの、それらに対し柔軟な対応ができなかったこと=内部要因」と、総括している。

 当然、投資家やメディアの追及が想定されることから、対策もきちんと示している。「初回投入の抑制、期中でのより柔軟な修正を実施する」「売れ筋の追加投入の強化とともに、スローセラーの可能性のある商品は早期に生産抑制も検討する」というもの。つまり、シーズンはじめの商品投入について、何が売れるかつかめないので、出来る限り抑えるということか。

 ユナイテッドアローズはSPA化で規模が拡大した分、でき上がった商品から「セレクト」して「チョイス」するわけにはいかない。商品の開発・調達は自社でできるが、あらかじめ計画した型、バリエーションで発注することになる。しかし、決算が物語るようにSPA化でMDが硬直化しており、初期投入した商品が売れずに期中まで持ち越したりしてしまっているのだ。だから、期初に投入する商品をセーブし、売れ筋やトレンドを見極めながら、売れるものを追加投入する手法に変えていくのだろう。

 GLR(グリーンレーベルリラクシング)は、上期の既存店売上げが前期比105.1%と計画をクリアしている。8シーズンMDの進化、シューズやバッグなどシーズン端境期の対応が奏功したことで、これを他の部門に活用するという。

 ただ、期中でトレンドや売れ筋に手応えを感じてから追加生産するとなると、納期はどうなのか。結局、 他社も同じことをするのは容易に想像できる。実需ばかりに頼る手法ではかえって同質化を招くのではないか。結局、工場に生産が集中し、納期遅れやデリバリー遅延でかえってロスが生じ、数字が上げられないというリスクもはらむ。

 一例を挙げてみよう。3年ほど前からマーケットに出回っているコートがある。本物をアレンジし、「チェスターコート」という名前で販売されているものだ。アパレル業界では冬場に数字を取るため「ウールコートを売りたい願望」は、何年たっても失せていない。しかし、暖冬、モータリゼーションの発達、カジュアル化により、オーバーコートを捨て、生地自体を薄くしたり、ショート丈にしてみたり、ダウンジャケットに変えたりして何とか需要を生み出して来た。その行きついた先がジャケット代わりに1枚もので着られるというチェスターコートだったと思う。

 それも昨年くらいがトレンドで、今年は完全にボリューム化している。各ブランドともデザイン、素材とも似通ってきており、差別化されなくなっている。店頭のフェイスをどかっとチェスターコートが占め、修正して点や新たな提案などは見られない。結局、今年の実需は、企画が秀逸で価格の安い欧米のファストファッションに流れているのかもしれない。

 1枚もののコートは若者なら、それだけ着ればいい。しかし、都心に電車で通い、寒風吹き荒むホームにたつビジネスマンやOLはそうはいかない。オフィスに着いてコートを脱ぐことを考えれば、ジャケット着用は欠かせない。そうなるとコートを少し大きくしなければならず、デザイン的には1枚もので着るには野暮ったく感じる。細身がトレンドの昨今はなおさらだ。日本人はパリジェンヌのようなセンスも着こなしもできないから、コート企画は非常に難しい。

 ユナイテッドアローズとGLRは、今年もともにチェスターコートを投入している。10月下旬は暖かかったせいか、店頭の動きは鈍いように感じた。ただ、ヤングがターゲットのB&YではWEB限定の2万円台で完売の色がある一方、GLRはメーン対象が30代になるため、ビジネスマン、特にメンズでは1枚もののコートはヤングと同じようには動かないようだ。着用機会が減るカジュアルシーンなら、もっと安いファストファッションがいくらもあるから、それで十分だろう。その辺も動きが鈍い条件かもしれない。

 MDにおいて売上げを取る商品、さらに稼ぐ商品となれば、実需ニーズに左右される。となると、ユナイテッドアローズのような決算、政策の修正を余儀なくされてしまう。UAくらいの規模になれば、提案する商品を次々と追っかけ、売上げを取る部分は売り切り、稼ぐ部分は扱わないことなどできない。しかし、新たな提案もなく、期中の修正もされないことで、この冬のコート売上げが不振の場合、3月決算はどうなるか。上期と同じような反省点になるのではとの心配もよぎる。


 ファッションアイテムがトレンド、さらにボリューム化するのは必至だ。また、天候に売れ上げが左右されることも仕方ない。だからこそ、あらかじめニーズは2年程度のスパンで終焉する(3年目はボリューム)と想定できるだろうし、季節もこれ以上の厳冬にはなり得ないを前提にしてもいいのではないか。

 あまりに稼ぐ商品に注力し過ぎる結果、売りきれずにバーゲン処理せざるをえない。だから、売れ筋を追加投入する政策にシフトする。いい加減にこうした紋切り型のMD政策から、脱却するところが出てきてもいいのではないか。まあ、それを十分に理解しているUAでさえ、アナザーエディション渋谷店の退店は、むしろ逆の意味で深刻さの前触れなのか。

 もっとも、9月~3月を下期にする企業では、年明けの天候不順を想定した上で、スプリングコート予約販売、春色冬素材、梅春物の企画充実などの仕掛けも必要だと思う。端境期はバッグや靴が売れるというのも、業界神話に成り下がっている。お客さんは提案される商品を待っているのだし、それでマーケットは引っ張られていくのではないか。

 ファッションビジネスは感性ではなく、サイエンスだと言う人もいるくらいだ。ならば、どこかが需要や気候に対する定説を科学的に導き出し、それにそった企画や商品投入に踏み切り、マーケットをリードしていかなければならないのではないかと思う。

 科学的とは言えないが、個店レベルでは確実に売れるという意味での実需、暖冬傾向を想定しながら、提案する商品を追っかけているショップはある。今年の冬バーゲン明け、陽射しが日に日に明るくなっていた日、とあるレディスセレクトショップでは、「オフホワイト」で「98,000円」の「レザージャケット」が投入直後に完売した。そこまで露出はしていないから、目立たないだけだ。大手でもどこかが引っ張っていけば、少しは店頭が品揃えが変わるのではないかと思う。

答えなき脱・百貨店。

ginza6_front Jフロントリテイリングが森ビルなどと共同開発する松坂屋銀座跡地の再開発事業。このほどその詳細が発表された。プロジェクト概要はオフィスと商業施設が一体化した複合ビルということだが、商業機能は百貨店ではなく、SC/ショッピングセンター(ファッションビルという正式な業態名はない)という形をとることになった。

 施設名は銀座6丁目にちなんで「GINZA SIX」と付けられ、241のテナントがリーシングされる。松坂屋は激戦区銀座における百貨店運営の厳しさから、これまでにもForever21やラオックスといったテナントを誘致し、何とか凌いできた。その到達目標が「脱・百貨店」と言えばカッコ良くも聞こえるが、本店以外は成り立たなくなっている業態を脱したところに何があるのか。明確な答えを見いだしたとは思えない。

 なぜかと言えば、銀座は日本の一等地というだけでなく、消費が最も成熟した東京の中心だからである。脱百貨店と言っても、それは委託販売、消化仕入れといった契約形態から、定期借家契約を含めたテナント誘致による歩率家賃収入に変わっただけ。自主運営の売場を充実させたわけでも、 新たな需要を喚起するオリジナル商品を企画するわけでもない。リーシングされるテナントの顔ぶれを見る限りでは、すでにあるブランドばかりで、手当り次第に集めた感は否めない。これらが成熟した日本のマーケットを活性化し、新たな市場を掘り起こせるかについては、疑問符を付けざるを得ないのである。

 では、具体的に見ていこう。まず銀座の中央通りに面して2から5層にわたって海外のラグジュアリーブランドが配置される。一応、各ブランドは「旗艦店」という形が取られ、売場面積は百貨店よりは幾分かは割かれるようである。しかし、たとえ旗艦店であっても、ビルインである以上、百貨店のインショップと大して変わらない。どこまでブランドの世界観を訴えることができるかである。

 銀座は並木通りのサンモトヤマを皮切りにルイ・ヴィトンが店舗を構えるなど、徐々にブランドストリート化した経緯がある。その傾向はグッチやシャネル、カルティエなどの進出で、中央通り、晴海通りまで広がった。90年代に入り、バブルが崩壊した後も、ラグジュアリーブランドは業績不振で閉鎖や移転した金融機関の跡地に路面出店。代表格と言えば、96年に中央通りに出店したティファニーと、2001年に晴海通りにオープンしたエルメスだろう。

 この頃からラグジュアリーブランドはファッションコングロマリットに変貌し、革製品や宝飾品に留まることなく、プレタポルテやアクセサリーまで手掛けるようになった。なおかつ株式上場で調達した莫大な資金を背景にしてそのロイヤルティとイメージを浸透させるため、世界中の一等地での旗艦店展開を加速化した。ブランド消費大国の日本でも銀座を始め、表参道や青山、心斎橋がその候補地になったのは言うまでもない。

 一方、旗艦店の展開にはもう一つ理由があった。それは販売効率の問題だ。通常の百貨店インショップでは売場面積が限られ、どうしても商品点数は絞り込まざるを得ない。しかし、お客が本国の旗艦店で見た商品を望んだ時、「当店では扱っておりません」では、みすみす売り逃すことになる。客注に対応する場合でも物流コストがかかり、その分の粗利益が下がってしまう。百貨店展開では非常に効率が悪くなってきたのである。

 ラグジュアリーブランドが上場企業である以上、短期に収益を上げなくては投資家は黙っていない。百貨店テナントでちまちま商品を売るよりも、都心の旗艦店にフルアイテムでラインナップし、抜群な集客力にかけた方が効率はいい。経営者ならそう判断するはずだ。現にエルメスは銀座に出店し、売上げが格段に伸びたと言われている。

 だからこそ、Jフロントリテイリングとしては受け皿として少しでも旗艦店の様相を整えたかったのではないか。 ハード面で中央通りに面した全長約115メートルに6ブランドを2~5層のメゾネット型にしたのも、その狙いと思われる。

 ただ、そこに出店するブランドはディオール、セリーヌ、サンローラン、 ヴァン クリーフ&アーペル、 ヴァレンティノ、 フェンディ。ディオールはザ ハウス オブ ディオール」は世界最大級というから旗艦店の面目は保てるだろうが、ブランドそのものは他を含め目新しくはない。特に日本ではラグジュアリーブランドを好む客層は、それぞれ御用達がある。回遊して気に入ったものがあれば購入するということにはならないだろう。

 現在、ラグジュアリーブランドが置かれる立場はビジネス優先だ。短期に利益を追求し続けるには量産と拡販のサイクルが不可欠で、創業の精神やクオリティの追求は希薄になっている。いくら資本力をもつ上場企業と言えど、利益の追求と価値やクオリティの維持は両立しない。GINZA SIXに並ぶブランドは、そうした矛盾を抱えているのだ。当然、成熟した顧客はそれには気づいているはずだが、Jフロントリテイリングがこうした課題をどこまで想定しているかである。


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 一方、晴海側の1~2階にはジュエリーや時計、バッグ、靴を主体として、ロレックスやシチズン、ディスコード・ヨウジヤマモト、アニヤ・ハインドマーチ、マノロ・ブラニクなどを集積。3~5階にウエアをもつアレキサンダー・マックイーン、 3.1フィリップ リム、 アンダーカバーなどクリエーター系、 ビームスハウスウィメン、ドレステリアといったセレクト、エイケイエム、アタッチメントなどのストリート&モード系と、こちらにも国内外のブランドがてんこ盛りされる。

 「ここに来ればラグジュアリーだけでなく、インターナショナルなクリエーターからストリートまでのブランドはすべて手に入りますよ」との思いは感じるが、ここでも成熟した日本人をどこまで惹き付けられるかは懐疑的だ。銀座でコムデギャルソンが売れているのだから、「アタッチメント」や「Nハリウッド」も買いに来てもらえる。果たして本当にそうなのだろうか。GINZA SIXの正面に立つユニクロ銀座店の裏手にはドーバーストリートマーケットがある。ここではレギュラー店にない商品を扱い、コムデギャルソンがキュレーターとなって他ブランドもセレクティングしている。だから、集客力をもつのだ。

 各ブランドの新業態がレギュラー店にはない限定商品を扱うどうかは、現時点ではわからない。ただ、施設面積約4万7,000平方メートルだが、店舗中央部は1階から5階が吹き抜けで中空状態。それ以外には240以上の店舗を詰め込むのだから、1店舗あたりの面積やMDには自ずと限界があると思う。第一、地方の若者が自分が好きな「ジュンハシモト」や「エイケイエム」をわざわざ銀座まで買いに行くだろうか。その分の旅費があれば購入費にまわし、通販サイトで買うはずである。

 確かに委託販売、消化仕入れを止め、テナント誘致による歩率収入に切り替えたことは、脱百貨店に違いない。ただ、海外を主体にブランドを集めるだけ集めただけで、それが百貨店を脱した最良の業態という答えかは、現時点では何とも言えない。でも、本当に国内外の高級ブランドが売れるのなら、百貨店はそれほど苦戦はしていないはずだ。高コスト構造の百貨店から脱したと言っても、賃貸借契約は利幅がそれほど厚くないから、百貨店より収益が好転する保証もない。その意味で脱百貨店は言う易しだが、やるは難しなのである。

 日本の消費者は確実に成熟しているし、商品を通じてもラグジュアリーブランドの利益追求と品質低下を感じとっていると思う。それゆえ、GINZA SIXは計画時点では成熟した日本人より、ブランド消費に旺盛で購買力をもつ中国人旅行客に照準を当てていたような気がしてならない。経営陣としての誤算は、こうも早くインバウンド消費が減退したことではないのか。


 長年、百貨店経営に与して来たアパレルメーカーは業績不振のどん底にある。Jフロントリテイリングはその責任は自分たちにはないかのように、GINZA SIXではジョゼフ、ポール・スミス、ドレステリアのみ残し、他の百貨店系アパレルはバッサリ切っている。それも脱百貨店と言えばそうなのだが、小売業にとってブランド頼みは諸刃の剣であり、必ず功罪がある。それがかえって脱百貨店の答えを見えにくくするかもしれない。

 どちらにしても、日本でいちばん成熟度が高い銀座だからこそ、マーケットは劇的なスピードで変化していく。MDに完成型などなく、二の手、三の手を考えておかなければならない。百貨店の他にパルコくらいしか持たないJフロントリテイリングに、はたしてそれが出来るかどうかである。

 筆者にとっての銀座は小学生の時に初めて訪れ、大人になるにつれてだんだん好きになった街だ。松屋銀座地下のベーカリーは御用達だったし、伊東屋の会員は継続し、今年もイタリア製のダイアリーを注文した。福岡に住む現在も、年数回の出張では必ず訪れ、街の変化を見届けている。

 GINZA SIXが開業すれば、ディオールの売場で接客を受けながら、窓越しにはユニクロのロゴマークと兵馬俑ばりのマネキンが見えるシーンも想起される。もはやともに消費されるのが目的のブランドで、銀座で買い物する感動は呼び起こさない。それが本当に理想的なことなのだろうか。老舗が集まる銀座だからこそ、収益よりもじっくり高品質なもの作りに向き合う。お客はそうした商品に出会えるからこそ、なんとなく行きたくなる街になる。そんな大人を裏切らない街、銀座であってほしいのだが。

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