HAKATA PARIS NEWYORK

今のファッションを斬りまくる辛口コラム

2017年02月

本業はファッション、グラフィックなどデザイン関連のクリエイティブディレクター。創る側の視点で今のファッション関連の事情を評論する。マスメディアはもちろん、業界紙誌も扱わないテーマに踏み込む。

我が儘に応えるAI。

PSDept2 業界では2月を決算月にしている企業が多い。結果が下方修正なら場合によって赤字事業の撤退や切り離しなどが必要になる。その上で、リエンジニアリングというか、売上げ回復の道筋を立てていかなければならない。

 最近、業績不振の企業経営者がこぞって口にし、中期計画にまで盛り込むのが「EC戦略」だ。マーケティング調査でも、「ネットで買い物する」のみ増えていることから、よほど魅力的に映るのだろう。

 そんなことを考えていると、取引先の社長が言っていた話を思い出した。実店舗しかない時代のことだ。「一現のお客さんが店に入って来たけど、何も買わずに去っていった。キミたち(店舗スタッフ)は、それを簡単に見過ごしてはいないか。実はここに大事なヒントが隠れているんだ」と。

 「お探しのものはございましたか」「見つからなければ何なりと申し付けください」と、声かけするのは当然である。スタッフもそれはわかっている。さらに加えるなら、「それが嫌なお客さんもいるから、POPに書いて目立つところに貼っておく」。「来店アンケートハガキを持って帰ってもらい、記入して投函してもらう」。そこまでしないと、店側はお客さんの気持ちがわからないし、戦略構築のヒントもつかめないんだと、熱っぽく語っていた。

 確かに実店舗では商品が購入されない限り、お客がどんなニーズなのかはわからない。お客は移り気だし、我が儘だ。来店したが何も買わないで帰ったのなら、それは探している商品が見つからなかったのか。置いている商品が気に入らなかったのか。またまた他に理由があったのか。

 EC全盛の今、そうした顧客管理は容易になったが、それを実店舗にリンクさせようというところはまだまだ少数派だ。だからこそ、ECと実店舗を上手く連携させて、お客が何を求めているかのデータを一元管理することが重要になるのである。


 例えば、「Webサイトでは濃紺のパンツが売れた」というデータがあるとする。それは「本当は黒が欲しかったけど、なかったから濃紺が売れた」のか、「端から紺系が求められた」のか。その理由をECならレビューなどを通じて確認できないことはない。ただ、実店舗のお客についてもよりきめ細かく探ってECと一元管理できていれば、より中身の濃い情報として蓄積できるはずだ。


 それらをビッグデータ化しておけば、お客の買い物動向や客層別で何を求めているかが探れることになる。商品づくりやフォロー、品揃えにも反映できるわけだ。もはや「無難だから、紺を揃えよう」という程度のバイイングでは通用しない時代である。さらにPOS頼みの手法からも脱却しなければならないのである。

 他にもICタグを用いれば、在庫の動き、購買行動の情報管理は有利になる。さらに映像を使うと、お客が買い物かごに入れた中身までチェックでき、AI(人工知能)で購買行動まで分析できる。手持ちアイテムからおすすめサイズで仮装試着が可能など、ECによる接客&販売手法は日進月歩である。EC戦略への注力は当然、莫大な投資が必要だし、それでどこまで糸へん、アパレル側が潤うのかと、逆に不安になってくる。

 お客の側から言わせてもらうと、筆者ですら実店舗よりECで衣料品を購入するケースが確実に増えている。理由は実店舗ではブランドやテナントの顔ぶれが決まっており、自分がイメージするような商品に出会えなくなっているからだ。また、そうした商品をどこが扱っているのかわからないし、探すには相当の時間と労力がかかってしまう。その点、ECはデザイン、素材、感度という服を購入する条件では海外のサイトまで選択肢が広がり、見つかる可能性が格段に高くなる。

 実際に買う買わないは別にしても、Webサイトへのエントリー=「入店」という行動は確実にあり、お目当てのテイスト、デザイン、色についてチェックしている足跡は、もの凄くあるはずと思う。そうしたデータに基づいでアドサーバーから、筆者が好みそうな商品のバナー広告が送られて来る。実際、サイトでの商品の購入履歴やクリックしてスペックなどを確認したエントリーデータも、確実に残っていると思われる。


 最近、そうしたデータを収集して解析し、客層別での品揃えに生かし、実店舗にしていくといった業態開発ができるのではないかと思うようになった。一言で言えば、究極マーケットインであり、お客が求めている、探している商品を実店舗で、実際に目で見て触れて着心地を確かめてから購入できる、EC+実店舗の進化型ともいうべきか。

 ブランドならネット購入でもいい。アバターによる試着体験ができれば買う人はいる。バーチャル試着ができればサイズ確認ができるので好都合だ。ECではいろんな購買動機が作り出されている。しかし、それは「欲しいものが揃っている」というものではない。まだまだすでにある在庫、売上げが鈍い商品、利益を取りたいアイテムを「いかに伝えるか」「いかに買う気にさせるか」の次元だろう。

 成熟した客層になると、探している欲しい商品が手に入るなら、現物確認までタイムラグはあっても構わない。実際に確かめて買いたいという意識=我が儘なお客もいるのはずだ。それに対応することも、ECビジネスの新たな形ではないだろうか。

 今は2月に麻のシャツを着て、9月にウールのジャケットを着るような時代ではない。より季節に即した実需が起こるため、小売りではそれに対応した商品投入が求められている。何かあれば買うということは決してないし、必要でないものは売れない。だから、お客にとっては欲しくて買いたい商品が手に入るまで1週間から10日程度のタイムラグがあっても、十分に許容範囲と言えるのではないか。

 つまり、実需前にお客が求めるイメージの商品を手配できるような業態が作れないのか。ゼロからの商品作りは不可能だろうが、アパレル在庫~ピックアップ~物流~品揃え(編集)の連携がスムーズにいけば、店作りは可能になると思う。もっと長いスパンで考えると、アパレル、もの作りにも生かせるだろう。ECによるビッグデータを活用して、その辺のマーケット攻略をビジネス化する手もありそうだ。


 ECはお目当てのブランドを検索し、購入するには便利だ。しかし、あまりに情報が多すぎるため、イメージキーワードを入力しただけでは、お目当ての商品に辿り着くのは難しくなっている。

 例えば、現状の通販サイトでは「ジャケット」「ウール」「ネイビー」「きちんと」というキーワードを入力した時、トップには「紺ブレ」が続いて出て来る。そこからお目当ての商品を探すのはひと苦労だ。だから、AIの力を生かして、購入履歴や検索データからお客の嗜好を割り出し、ネイビーのウールジャケットでもピンポイントで探している人に向けた商品を揃える仕組みだ。

 米国の場合は、それをパーソナルスタイリストという「人間」が行っているのだが、「パーソナル」という意味合いは、「お客のファッション感性と同じ思考ができるか」「感覚や意識が共有化されているか」ということでもあり、PCやモバイルによるハード次元でもできなくはない。おそらくAIはそこまでの機能を持ち始めていると思うので、ビッグデータの解析~MD構築~販売といった仕組みを整備し、業態を開発することは不可能ではないと思われる。

 ECは実店舗を必要としない分、販売経費は大幅に圧縮でき、利益率を上げることができる。経営者の大半はここに目を付けていると思うが、価格が実店舗と同じならばコスト削減の分だけ商品の原価率を上げても良いのではとの理屈になる。そうはなっていないところにECの課題が見え隠れする。

 それならいっそうのこと、ECの次なるステップにパーソナルの意味を絡めながら、ビッグデータを活用したリアルタイムの市場開発&攻略というビジネスもあり得る。そうした部分にもっと踏み込んでも良いのではないかと思う。

中身がないコンテンツ?

f2017main 今年も3月18日から26日までの9日間、福岡市の中心部(天神や博多駅とその周辺)で「ファッションウィーク福岡(F.W.F)」が開催される。昨年12月には、週間の目玉イベントを展開すべく「福岡を拠点にファッションにまつわる活動を行うひとびと」を対象に「参加コミュニティ」が公募された。


onlyonecontentsu 応募要件は、

ファッションアイテムの企画制作・販売を行っている個人・法人・学校


ファッションショーの企画制作・出演等を行っている法人・団体・学校


③その他、ファッションに伴う活動を行っている個人・法人・団体・学校など

F.W.F期間中に参加施設のスペースを使ってオリジナルコンテンツを発表いただける方(原文のまま)

となっている。


 要項を額面通りに解釈すると、①は自ら創作したクリエーションを直販しているデザイナー、 アパレルや服飾雑貨のメーカー(卸)で直営店を持っているところ、卒業制作で試作品を作ったり、学園祭でバザーを行っているファッション専門学校などだろうか。

 ②はイベント会社やプロモーター、モデル事務所、ヘアメイクを束ねる美容組合、理美容専門学校が該当すると思われる。

 ③はファッションに伴う活動の範囲にどこまで含めるかということになり、「オリジナルコンテンツ」を発表できるところになると、洋服や小物のデザイナーから服飾製品を手作りする専門学校生、七宝アクセや草木染めの巻物などを作る工芸作家、さらにファッションフォトを撮るカメラマン、ドレスアップしたパフォーマンスアーチストまでと多彩になる。ファッションの解釈によっては、要は何でも公募要件には入ってしまうのだ。

 並行して参加コミュニティに対して「イベントスペース」を提供してくれる企業・団体も募集されていた。


参加概要 こちらの参加概要は、

①参加コミュニティの企画にあわせてスペースをお貸しいただく形となります。スペースの貸出費用及び付帯費用に関しては、ご自身の負担にてお願い致します。


②参加費用はFWF協賛費用として15万(税別)となります。


③2016年12月21日(水)に開催される、マッチングミーティングへのご参加をお願いします。また参加コミュニティより実施金額の提示(実費)があった場合、費用検討をお願いします。


④展開コンテンツ例:ファッションショー/ファッションにまつわるトークショー、及びイベント/POP UP SHOP等による商品の展示・販売/展示イベント等による商品・作品の展示/ファッションにまつわる情報を掲載媒体の制作/その他


④参加コミュニティとのマッチングが合意に至らなかった場合は、ご自身にてF.W.Fにまつわるイベントの展開をお願い致します。(原文のまま)

となっている。


 ファッションショーと言えば、デザイナーズブランドがプロのモデルを起用して行うコレクションでない限りは、百貨店などが行うフロアショーか、専門学校生が卒業制作を披露するものくらいしかない。POP UP SHOPは卸先を見つけたい若手のデザイナーのものか、展示イベントはこれも専門学校生が手作りした作品くらいだ。

 ただ、フロアショーやトークショーレベルになると、百貨店なりファッションビルなりが単独のイベントとして行えばいいわけだ。披露するブランドやキャスティングされるゲストによって、そこそこの話題性や集客力をもつから、わざわざカネを払ってまでファッションウィーク福岡に協賛する意味はない。

 ところが、F.W.Fに参加する企業・団体には、スペースとその関連費用を負担し、さらに参加費用として15万円の協賛金を出し、かつコミュニティから要望があればイベントの必要経費まで面倒みてくれというもの。平たく言えば、ファッションに関わるイベントをやるので、「カネと場所を提供してくれ」とのこと。ずいぶんわがままである。こんな要求を突きつけられて、「喜んで」というところがあるのだろうかと思ってしまう。

 もちろん、応募した個人や法人、団体、学校も、フリーパスでスペースと経費をゲットできるわけではない。12月21日に実施されたマッチングミーティングの結果次第ということ。そこでコミュニティ応募者は参加希望企業や団体の前で簡単なプレゼンテーションを行い、合意に至らなければならない。企業・団体側も、合意に至らずもイベントに参加したいなら、自前で何かを行わなければならないことになっている。

 もっとも、「福岡でしか出会えないオンリーワンコンテンツを街中につくる」というのが参加コミュニティの大義のようだから、そんな簡単に参加が認められるはずがないということである。当然、スペースや資金を拠出する企業や団体側も、自らにとって集客や販促につながらなければあまり意味がないものと考えるだろう。

 2月15日時点で、12月21日にどれほどの応募者が集まり、誰とどこがマッチングしたかの公式な発表はなされていない。 F.W.Fの開催日が近づく2月末から3月上旬には概要が発表されると思う。

 イベント週間の最後に組み込まれている「福岡アジアコレクション(FACo)」は、チケット販売の関係からすでに詳細が告知済みだ。こちらは客寄せ興行としてプロデュースにあたるRKB毎日放送の収益事業になっており、福岡県、福岡市などから税金でおそらく2000万円近くの資金が拠出されているから、F.WF.とはずいぶん対照的と言える。

 F.W.Fに参加しようとする企業、団体にはスペースの提供どころか、協賛金、イベント経費まで要求されているわけで、この差はいったい何なのだろうか。企業や団体でなくても主催者に問いかけてみたくなる。税の公平な分配という見地からも、問題があると言わざるを得ない。まあ、裏ではいろんな利害関係者が蠢いているのだから、この件については県や市議会の聴聞に委ねるとしよう。



「若者に舞台を」と言えばいいのに

 ところで、問題はもう一つある。主催者が大義として掲げる「福岡でしか出会えないオンリーワンコンテンツ」とは何かである。公募要件では「オリジナルコンテンツ」となっているから、オンリーワンのオリジナルコンテンツということである。①~③に含まれるものでは、洋服や雑貨、小物、工芸品、写真やアート、そしてパフォーマンスまでで、オンリーワンかつオリジナルになるわけだ。

 しかも、熟語には「街中につくる」とある。公共性の強いイベントだから、あからさまに物販=ものを販売し収益を上げるのは問題もあるので、ボカした表現にならざるを得ないのは理解できる。それでも期間が1週間程度だから、POP UP SHOPでの参加なら販売することも堂々と認められている。

 ただ、個人や法人の活動内容で、対象物のとらえ方が変わって来るはずだ。現に店舗をもって商品を企画販売しているのなら、わざわざ出店する必要もない。無店舗、新製品の紹介、新しい作品の展示とかならスペースが必要だろうが、オープンイベントの場合では対象客が限定されないので、集客という点ではかなり厳しいと思われる。結果的に対象者の友人や家族が見に来るという学芸会的にならざるをえないのは目に見えている。

 あれこれとそれっぽく要件を上げているが、「参加コミュニティの主な対象」は服や雑貨、小物などを手作りしている、写真を撮影したりアート(パフォーマンスを含め)を制作したりしている「学生」もしくは駆け出しのデザイナー」「無名のアーチスト」に落ち着くのではないか。現時点ではあくまで限りなく現実に近い予測ではあるが。もちろん、企業や団体が独自でイベントを展開する場合は、この限りではないのだが。

 問題はその彼らが創作するものがオンリーワンのオリジナルコンテンツ足るかである。アートならオリジナルは言うまでもないし、パフォーマンスも創作演出を独自で行うならオリジナリティは出せると思う。しかし、写真は対象物、被写体が独自に創られない限り、オリジナルはともかくオンリーワンとは言いづらい。まして服や雑貨、小物といったファッションアイテムでどこまでオンリーワンかと言えば、手作りというだけで決してそうは言えないだろう。

 第一、福岡くらいの学生や駆け出しのデザイナーの認識において、服や雑貨、小物といったファッションアイテムで、オンリーワンのオリジナリティを出すために素材から創り出そうという発想はまずない。また、これまでに見たことのない素資材を探すためにパリやミラノなどの素材展示会に出向いているなんて話は聞いたことがない。百歩譲って大阪船場の生地問屋でデッドストックでもいいから探そう、尾州の機屋さんに残った布を買いに行こうという学生がどれほどいるのだろうか。学生自らではまずいないと思う。

 素資材すら地元の生地屋や手芸店で調達するのがほとんどではないのか。そんなものでオンリーワンとか、オリジナルとか言うようでは、あまりにファッションをバカにしている。今回の要件には「クリエーション」「クリエイティビティ」をいう言葉はどこにも出てこない。これは過去のF.W.Fではそういう要件を掲げながら、平気でルールを緩めてバザーを開催し堂々と「古着」を売った専門学生がいたからだろうか。その学習効果もあるだろうが、それにしても軽々しくオンリーワンだの、コンテンツだのを使い過ぎる。

 街中の生地屋や手芸店、あるいはネット通販で素資材を調達する時点で、クリエーションはともかく、オンリーワンも放棄しているとしか言いようがない。プロならオンリーワン、オリジナルを創るために尾州などの工場まで足しげく通うのは当たり前のことだし、プロを目指すのなら企画開発力をもつテキスタイルコンバーターの展示会くらいには出かけて、まず自分のセンスから磨いていかないと話にならない。

 巷には企業というプロが創ったオリジナリティあるコンテンツが下は100円から上は数十万円まで溢れているし、お客はそのレベルを熟知している。それと比較し、それを超えられるようなものでない限り、オンリーワンだの、オリジナルだのと恐れ多くて言えるはずもないのだ。まして作る側の姿勢として、少なくともクリエイティビティを意識する人間としては、あまりにおこがましいはずである。

 筆者は過去に何度も専門学校生や駆け出しのデザイナーの作品に触れたことがあるが、共通して言えるのは使われている素資材があまりに陳腐で凡庸であることだ。柄に特徴があるからと、古くさいカーテン生地を堂々と服に使用したりするなど、服のデザインと生地の特性がマッチしていないもの多すぎる。要は作品が全く作り込まれていないのである。

 ショーやイベントに出展することが目的になっているため、創作のレベルがてんで上がっておらず、デザインやパフォーマンス重視になり過ぎていることもある。Tシャツにボロ切れを縫い付けて、顔に派手なメイクを施したプリミティブなパフォーマンスなんかを見せつけられると、こちらの方が気恥ずかしくなってくるのだ。

 学生や若手はカネがないから、素資材を手に入れることが出来ないのか。勉強の途中だから技術が未熟なのか。そんなことは言い訳に過ぎない。価格帯は別にして服も買っているし、海外研修という名の旅行にも出来かけている。そんな資金をプールしておけば、LCCを利用して世界中に素材調達の旅に出かけることできるし、その気になれば学校単位で機屋や生地メーカーに、糸屋、革のタンナーに発注できなくはない。

 技術についても自ら学んで磨いていくものは少数派でしかない。むしろ教えなくても上手い技をもつ人間がそれをどう生かしていくかが重要で、練りに練って創りに創ったところから、オンリーワン、オリジナリティあるコンテンツが生まれるのだ。

 学生や駆け出しのデザイナー、フリーランスの個人にとっては、「自分たちの作品やパフォーマンスを披露するにも資金や場所を持たないから、企業や団体さんスポンサーになってください」というのが本音のところではないのか。それならそれとはっきり書けば良い。過去のイベントでも「バザーではありません。洋服・雑貨・アクセサリーなどのファッション発信の場となります」と、大上段に言っておきながら、結果的に堂々と古着を売った専門学校生がいたのである。

 そんな「前科」がありながら、今度はオンリーワンコンテンツだの、オリジナルだのと言い換えられても、地元ファッション業界にとっては「またか」「大仰や」としか受け取れないのが本音のところだ。コンテンツと言うからには中身で勝負のはずなのだが、オンリーワンにもオリジナルにもほど遠いのであれば、まさに失笑もの以外の何ものでもない。

 ところで、ファッションウィーク福岡は過去に4回ほどしか行われていないが、福岡アジアファッション拠点推進会議による一連の事業は2009年から続いている。会議創立時の活動目的=大義には、「人材の育成」という項目が掲げられていた。これを「地元からプロとして活躍する人材を輩出するために何らかの支援をしていく」と解釈するならば、企業や団体にその資金を求めるのは筋違いである。推進会議及び行政の側が事業予算を正当に分配し、コンテストなどを開催して優秀な企画作品には製品化のための資金を援助する方が人材育成につながると思う。

 ところが、それをすべきトータルプロデューサーのRKB毎日放送は、今や福岡アジアコレクション(FACo)のみ活動しかしておらず、これを福岡市の「民間主導」をお墨付きにして自社の収益事業にしている。福岡県、福岡商工会議所(推進会議)からの補助金をあわせると、おそらく毎年2000万円以上が転がり込んでいる。福岡アジアコレクションは推進会議の事業の一つ過ぎないのだから、いかに事業全体の目的が形骸化して事業予算の使われ方がいびつで偏っているかがよくわかる。

 本来なら専門学校生や駆け出しのデザイナーが「福岡アジアコレクションにばかり予算をかけるのではなく、自分たちにも振り分けてほしい」と声を上げるべきなのだ。しかし、そうならないところに彼らの無能さが垣間見えるし、利害関係者がそれを承知で事業全体が利権化されている構図が浮かび上がる。

 今年のファッションウィーク福岡のイベントで、参加企業・団体が資金提供するスペースにどんな出し物が登場するのか。筆者の予感が当たって、専門学校生や駆け出しのデザイナー程度のクリエーションでしかなければ、どうだろうか。所詮、オンリーワンのオリジナルコンテンツなんて、戯言でしかないことがハッキリするし、要件に掲げている人間は人材育成の視点がズレた大戯けと言わざるを得ない。

中間層の没落は吉か。

nitori 経済・金融情報の配信する米国のブルームバーグはさる2月3日、「家具・インテリアを販売するニトリホールディングス(HD)がアパレルチェーンの展開を検討している」と伝えた。1日に行ったインタビューで、創業経営者の似鳥昭雄会長が「衣料品の販売に販売に興味をもっている。チャンスがあれば挑んでみたい」と、語ったからだ。(http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170203-60818568-bloom_st-bus_all

 似鳥会長は現在のアパレル業界について、「10~20代向けの商品が主で、30代以上向けで手頃な価格設定の商品をそろえた業者は、国内ではしまむらぐらいしか存在しない。ニトリHDが参入した場合、事業としての成功にものすごく自信がある」と語っている。これについてアパレル業界内部では賛否が渦巻いているが、ブランドのリストラや閉退店、希望退職者の募集ばかりが目立つ中、久々に希望をもてるネタと言ってもいいだろう。

 今の10~20代は価格が安く、最新流行を次々と投入するファストファッションで十分だと言われる。若者からすれば百貨店やファッションビルに並ぶ商品は価格の割に「イケてない」のだ。もはやセンスとプライスはイコールではなくなり、それが値崩れを引き起こす要因にもなっている。結果として、NBはコストダウンに舵を切ってOEM、ODMによる外注化で企画の独自性を捨て去り、セレクトはオリジナル拡大による原価率の切り下げで、バイヤーの目利き商品は居場所を失う始末。こうした負の連鎖が業界を集団自殺に追い込んだとまで宣う人もいるほどだ。

 その元凶となったのが中間層の没落である。バブル景気が崩壊して以降、そうした層が恩恵を受けられなくなったことで、個人消費は低迷を続けている。この影響をもろに受けたアパレル業界では、若者がトレンドデザインを求める傍ら、素材、縫製という品質は二の次で良いと考えるようになった。一方、30代以降は流行にはそれほどこだわらない分、十分な機能と品質を備え、価格が手頃であることを求めている。ファッションでユニクロの台頭はそれを如実に表している。ジャンルは違うが、家具・インテリアでニトリが躍進したのも中間層が没落する中、機能や品質、低価格の商品を提案したからである。

 ニトリは2015年4月、プランタン銀座本館に売場面積450坪の「プランタン銀座店」をオープンし、東京都心に初進出を果たした。レギュラー業態は郊外展開の1500坪規模だが、プランタン銀座店は小規模な分、商品を厳選し、コーディネート中心の売場にするなどコンセプトを変えている。丸の内や銀座に勤めるOLからも、「ニトリは郊外にしかないから、車がないと行きづらい。都心部にあれば、買い物に行きたい」との要望も寄せられていた。

 皮肉にもプランタン銀座は昨年末で32年の歴史に幕を閉じたが、ニトリは本館改めマロニエゲート銀座2の6階で営業を続けている。ここでは家具は4割に抑え、雑貨を6割に拡大するなどホームコーディネーションが主体だ。色とスタイルのつながりを意識したルームプレゼンテーションに磨きをかけたことで、都心部でも攻勢をかける狙いと読み取れる。

 ニトリにはリーマンショック後に何度も値下げした結果、顧客層が年収200~500万円ぐらいに偏ってしまったとの反省がある。そのため、価格が高いソファやマットレスを投入して客数減少を客単価の増加でカバーし、客層を年収800万円までに広げることに手応えを得ている。それが日本一の激戦区、高コスト立地と言われる銀座進出でも「行ける」と判断させたようだ。

 2016年2月期の連結業績は、 売上高 4581億円 (前期比9%増)、営業利益730億円(同10%増)と、最高営業益を更新。おそらく2017年も増収増益は確実だろう。ブルームバーグは、2日時点での似鳥会長の資産総額が30億ドル(約3400億円)と集計している。アパレルに進出すれば、ユニクロの柳井正社長と同じ土俵に上ると結論付けているが、果たして…。

 確かにニトリは家具・インテリアの分野で年商5000億円、営業益800億円にも照準を当てられる優良企業に成長した。しかし、それは限定された機能と品質、低価格というボリュームゾーンでの成功体験に過ぎない。アパレル、特にファッション衣料となると、全く未知の領域になる。報道によると既存店で販売するのではなく、「M&Aを通じて、100~200店規模の衣料品チェーンを買収し、商品を入れ替えることを想定している」という。

 つまり、少なくとも商品の企画生産では、自社でノウハウを構築しなければならないということだ。ニトリが家具・インテリアで開拓した顧客とリンクさせるなら、アパレルでも30代以降をターゲットにするにしても、商品は機能と品質、低価格を併せ持つボリュームゾーンとなるのだろうか。

 一部メディアは、「パジャマ、Tシャツなどの販売をすでに始めており、繊維商品の比重は上がっている」と、アパレルへの参入障壁は高くないと見るが、そうなのだろうか。ニトリが企画販売している繊維製品は、ベッドカバーやカーテン、テーブルリネンといったテキスタイルや敷物などのラグが中心だ。パジャマやTシャツが加わったといっても、それはホームファッション、いわゆるデイリーウエアの域を出ない。

 こうした日用品、実用衣料とトレンドデザインを条件とするファッション衣料は明らかに異なる。ターゲットもマーケットも違うわけで、チェーンを買収したところで商品を簡単に企画できるほどアパレルは甘くない。個人的な意見を言わせてもらうと、ニトリで一度遮光カーテンを購入したが、ホームセンターに並ぶそれと比べると明らかに質が落ちる。やはり、顧客のマインドは「安いからニトリでも十分」ということだろう。この遺伝子がアパレルにどう作用するのか。中々難しいところである。

 アパレルの企画生産にはターゲット設定、素資材の手配調達、デザイン、MDの設計、製造、流通などの機能が必要になる。これは家具・インテリアでも同じだと思うが、ニトリの商品を見るとカラー、素材、デザインはかつてダイエーが販売していた愛着仕様、いわゆる量販店レベルにしか見えない。とてもファッショナブルとは言い難いのだ。それはあくまで業界人の見解に過ぎないが、売れているのだからアパレルでもボリュームゾーンを捉えられるという理屈には、やはり無理がある。

 このゾーンにはすでにユニクロや無印良品が君臨しているが、その二強ですら現状のマーケットでは飽和状態で、今後は売上げの鈍化が避けられない。しまむらにしてもただ安いだけではなく、商品企画力が売上げを左右している。ニトリがアパレルで競争力をもつには、30代以降をターゲットにする場合でも、中間層でありながらボリュームゾーンの商品では飽き足りな人々に対して、「こんな商品が欲しかった」と思わせるものを提案し、新たなマーケットを開拓できるどうかではないか。それはいったいどんな商品群で、それには誰が携わるかである。

 アパレルから必要な人材をヘッドハンティングするにしても、業界の良い時を知っている人間の多くは、以前の企業でスタッフやシステムが整っていたから、実績を積むことができたという意見もある。つまり、混沌とした今のアパレル業界で、成功体験が通用する保証はどこにもないのだ。加えて、新たなノウハウを構築するには、相当の時間とカネが必要であるのは言うまでもない。



裏の部分で問われる競争力


 ニトリほどの資金力をもつ企業なら、100~200店のチェーン買収は難しくないから、アパレルに参入した場合にどうしても商品企画やブランディング、収益性を整備すれば事足りる、表のビジネスに目が行きがちだ。しかし、本当に重要なのは今のマーケットをじっくり分析し、そこで求められる商品製造のプロセスを設計し、計画化していく裏のビジネスモデルを構築できるかなのである。

 ユニクロでも自社開発を軌道に乗せ、フリースをヒットさせるまでには10数年を要したし、無印良品は西友のプライベートブランドから独立する過程において、広告クリエーターの力なくしてはあり得なかった。しまむらにしてもメーカーによる企画で自社開発のリスクを減らし、マーケットニーズに即した商品をタイムリーに投入するから収益が上がっているのだ。

 これらがボリュームゾーン、30代以降のアパレル市場を攻略し、他社の追随を許さないのは、そうした独自のビジネスフォーマットが高い参入障壁となり、他社がコピーしようにも素資材や生産体制、コスト競争力で強固な壁となって、簡単には破られないからである。

 話は少し脇道に逸れるが、バルスがインテリア雑貨に参入し、フランフランを作り上げた時のコンセプトは、「都会で一人暮らしをする女性」をコアイメージに、高感度で低価格で旬の商品を提案するものだった。その上の層を狙うJピリオドはうまくいかなかったが、フランフランはコンセプトが見事にはまりマーケットを攻略した。

 筆者も初期のフランフランで、エジプト綿を使用した肉厚なキャンバス地のカーテンを購入したことがある。量販店やホームセンターの商品にはないナチュラルな質感で、色が緋赤だったことが気に入ったのだが、共地のストラップをポールに通すタイプだったため、プリーツ仕様に縫い直して事務所のカーテンに使用した。余ったストラップも生地を解き、端から1cmほどをミシンで押さえてフリンジにし、コースターとして使っている。

 カーテンは遮光機能がなく経年により色褪せてしまったが、一間半ほどの幅広なので写真撮影のバック地として今でも十分通用する。ただ、当のフランフランは、渋谷109系ファッションの台頭で、テイストをカジュアルスタイリッシュから多少ギャル系を意識したものにシフトしている。開発する商品にもそうした層が好むロマンチックで、クラシカルなニュアンスも取り入れている。

 つまり、インテリア雑貨でも狙う客層の嗜好が変化すれば、商品づくりを変えていかなければならないのだ。ニトリはお客の嗜好にそれほど差異も変化もないボリュームゾーンを捉えて売上げを伸ばしてきた。ところが、アパレル、特にファッション衣料となれば、そうはいかない。

 今の顧客である中高年はやがて介護が必要になるため、衣料品にはさらなる機能性や利便性が求められる。一方、ファストファッションを着ている10代~20代の若者が30代以降にどんなファッションを好むのか。単純にボリュームゾーンにシフトするのか、それとも機能と品質と低価格はもちろん、トレンドデザインまで求めていくのか。ターゲットをセグメントして商品を開発するのは容易ではないだろう。

 没落した中間層は必需品以外にはなかなか触手を伸ばさないと言われる。しかし、東京を中心にした首都圏全体では日本では異例の一人勝ち状態が続いている。とすれば、せっかく銀座に出店したのだから、「30代のOLをターゲットにしたファッション性の高いカジュアルファッションとは何か」のテストマーケティングを行ってもいいのではないか。プランタン銀座が閉店に追い込まれたのも、キャリア向けのコンサバ一辺倒で、カジュアル色が弱かったのが要因と言われている。

 丸の内・銀座界隈で働くOL向けのカジュアルを扱うのはユニクロと、ルミネやマロニエゲートのセレクトくらいしかない。目の肥えたOLともならば、それらで十分に満足とまではいかないはずだ。ギンザシックスが開業すると言っても高級ブランドが中心だから、センスと品質、価格のバランスが必ずしもOLのニーズにかなうとは思えない。

 だからこそ、30代OL向けのカジュアル業態で手応えをつかむことができれば、首都圏全体さらに全国の政令市まで拡大させるのは難しくはないと思う。100店規模ならすぐに埋まるはずである。せっかくアパレルに進出すると言うのなら、それくらいのレベルにはチャレンジしてほしい。

 逆に家具・インテリアの延長線で行くなら、現に手掛けるホームウエアを独立発展させる形態もあり得る。要介護者は今後も増えていくことが予測されるため、ユニバーサルデザインの実用衣料は一定規模で必要とされていく。

 家族がひと目を気にするためにオープンで買い物できないという課題もあるが、誰もが気軽に購入できる業態が登場すれば、そんなイメージも払拭されていくはずだ。それに利便性の高いランファン(シンプルでコンフォートなもの)を加えたデイリーウエア主体の業態であれば、開発の余地は十分あるのではないか。それはニトリが手掛ける実用性の高い家具・インテリア業態との親和性もあり、ポイント提携による顧客の囲い込みも可能になる。ジリ貧が続く地方百貨店もテナントとして欲しがるかもしれない。

 アパレル業界はとにかく新しい発想をもつ新規参入者が登場しない限り、閉塞感からは抜け出せないし、活性化のしようもない。中間層の没落で萎んでしまったアパレル市場に一石を投じて風穴を開けてくれるのか。ニトリの今後に注目していきたい。

悦楽的意匠のススメ。

ritmo 1992、93年頃に仕事でイタリアのミラノを訪れた。それまでニューヨークには公私で毎年のように渡っていたが、イタリアどころかユーロ圏すら初めてのことだった。マルペンサ空港からミラノ市内までシャトルバスに乗車中、ナレーションはすべてイタリア語。発音が博多弁に似ているなんていう人もいたが、早口でさっぱりわからない。そうこうしながらも、雄大なアルプル山脈を背に眺めながら、イタリア最大の都市と言われる街に着いた。

 ミラノはサンタンブロージョ教会、大聖堂、最後の晩餐などに代表される中世の芸術、建築物を今に伝える文化遺産が豊富だ。しかし、こちらは現代ビジネスのテキスタイル展やプレコレクションを覗くだけで精一杯で、観光どころかアルマーニの本店すら行けずじまいだった。滞在日数わずか3日のミラノアーカイブが仕事で撮った写真やプレスキット、帰国して作成するリーフレットだけではあまりに寂しい。帰りの飛行機まで少し時間があったので、街を散策した。

  その時、たまたまディスプレイが目に止まった時計があった。見たこともないドーム型ガラス、文字盤にカラフルな数字や柄を配したものだ。ブランド名はラテンのリズムを意味する「Ritmo Latino」。イタリアらしい宗教芸術とモダルニスモを融合したようなデザインに一瞬で心を奪われてしまった。ちょうど新しい時計を買おうと思っていたことも購買意欲をかき立てた。当時の為替レートは円高・リラ安で、この際だからと、いちばんシンプルな文字盤のボーイズサイズを即買いした。価格は日本円で3万円くらいだったかと思う。 Ritmo Latinoは筆者の感覚を満足させ、イタリア出張の最後に楽しい思い出を作ってくれた。

 もっとも、スタッフの説明は全くわからず、缶詰のような丸形のレザーケースに入れてもらって持ち帰った。しばらく周囲から「変わった時計ね」と言われていたが、日本にも輸入され始め、ファッション雑誌が取り上げた。ロレックスやオメガのような高級時計ではないので代理店制は取られず、イタリア物に強い「三喜商事も扱ったので」はと、だいぶ後になって聞いた。いろんな輸入卸やインポーターがこぞって買い付けたのか、 Ritmo Latinoは全国チェーンから百貨店までの売場に並んでいった。

 購入してから2年くらいを経過しても全く飽きがこない。そこで、94年頃に表参道ビブレで、黒の文字盤のクロノグラフを購入した。こちらも現代的なストップウォッチとクラシカルなムーフェイズが絶妙に配置されたものだ。それから2年おきくらいに買い足したので、いつの間にかRitmo Latinoだけで5本も所有するまでになってしまった。筆者は時計マニアではないし、蒐集癖すら全くないのだが、この時計だけはデザインが気に入っていつの間にか増えていったのである。

 同時期、時計のデザイナーが日本人であることを知った。何かの雑誌にイタリア在住の日本人女性の特集が載っており、その一人がこの時計をデザインしていることが記されていた。あの時、ショップスタッフが言ってたのは、このことだったのかもしれないと、思った。当方が購入したモデルは、初代デザインとルナシリーズのクロノ、ステラで、文字盤がいたってシンプルなものだ。他にはモザイコ、フィーノ、ドディッチ、ソーレ(スクエア)、ビアッジョがある。みなイタリアの遊び心と独特な世界観を感じさせるもので、ロレックスのような機能美とは全く異質なデザインになる。

 筆者は時計に高い精度や特別な機能は求めない。クロノグラフと言っても、ストップウィッチを使うことなど皆無だ。もちろん、高級時計など縁もないし、買おうとも思わない。それに対し、Ritmo Latinoは文字盤がアーティスティックで、メジャーなメーカーには発想すらないデザインに惹かれたのである。それを生み出したのがイタリア在住の日本人ということでは、どこかで感性が一致したのではないかと思う。セレクトショップもだいぶ経って扱い始めたので、今では全国のファッション関係者にも知名度は浸透していると思う。そうした経緯があったのかどうかはわからないが、昨年、Ritmo Latinoがアパレルに進出したことを知った。(最新記事はこちら。http://www.senken.co.jp/news/management/ladies-feature-6brands/5/
 ritmolatino アパレル側としてはミラノ発祥のデザインモチーフなら、服にも生かせるのではないかと思ったのだろうか。もともと、ミラノファッションの神髄と言えば、パリの「着たい服」に対し「着れる服」。パターンやカッティング、シルエットは特別に奇を衒ったものではないが、英国やフランスにはない独特な風合いが高級感を醸し、日本でも受け入れられた。ただ、そうした特徴も成熟しデフレ禍が著しい市場では、いささか陳腐化した感がある。今では「イタリア製」と聞いても、それほど響かなくなってしまった。

 一方で、文字や柄を取り入れたテキスタイルや花鳥風月由来の極彩色を服作りに生かすのは、イタリアの系譜でもある。その辺を取り入れた時計デザインのエッセンス、ブランドがもつ世界観にアパレルメーカーが目を付けたのか。ファッションコングロマリットもLVMHがタグ・ホイヤー、リシュモンがボーン・メルシーやIWCなどを抱えている。ただ、それは成長力があるブランドを抱え込んで、ブランド展開に厚みを増した戦略を進めるためで、Ritmo Latinoのケースは異なるだろう。

 時計ブランドにとってもビジネスを拡大するには資金が必要で、自前で調達するより巨大グループの傘下にいた方が現実的だ。しかし、Ritmo Latinoはそこまでの高級時計ではないし、世界各地にショップ展開をしているわけではないから、それほどの資金は必要としない。言い換えれば、高級ブランドウォッチではないからこそ、デザインという一部分に惹かれる層をがっちりつかむこともできるのだ。それがある程度の手応えを得たのではないのだろうか。

 アパレル業界は今、非常に厳しい環境の直中にある。この閉塞感から抜け出すには、若々しい感性をもち、エイジレス化したお客にアプローチしなければならない。実際、今は40代にしても昔とは比べ物にならないほど若い感覚をもつ。それぞれのライフスタイルで、ファッションに対する嗜好も多種多彩になっている。マスにはならないけど、共感を得られると、ビジネスとしてペイしなくはない微妙なマーケットでもあるのだ。

 量産を旨とするアパレルでは、なかなかそうした多様化にアジェストするのは難しい。そこで異業種の発想を生かしてみること。時計のRitmo Latinoがもつイタリアンエッセンスで服づくりすると、意外なクリエーションが生まれるかもしれない。


 先日、ファッションライターの南充浩さんがFacebookで以下のことを仰っていた。


 
「知り合いのデザイナーはアニメ、漫画、ゲーム、プロレス業界からの注文を専門に受け付けるようになったし、某靴下メーカーは自動車メーカーや自転車メーカーからの注文が増えている。アパレル業界からの注文は原価率低い、利益薄い、ロットまとまらないという三重苦のキツさしかないという状況。企画製造する側もアパレル業界、ファッション業界からの注文に魅力を感じなくなっている。これがアパレル業界、ファッション業界の置かれている状況」と。

 異業種からの衣料品の企画製造が増えている点で、共通しているのは非常に高い原価率でも問題なく、企画製造側も十分に利益が取れること。異業種だと40%とか45%でも珍しくない」のだそうだ。

 つまり、服という概念にとらわれ過ぎなアパレル、ファッションの業界では、マーケット開拓の発想が非常に貧困であるとも言える。その意味では異業種の方が既成概念のとらわれず、別の角度で市場にアプローチできる。だから、価格競争に飲み込まれないで済むし、お客も服を買うのでじゃなく、趣味に投資するという感覚なのだろう。

 ならば、まずは異業種の力を借りることで、閉塞感が蔓延する状態から抜け出すきっかけをつかめるのではないか。発想の転換が難しいのなら、企画のアプローチを別の角度からやればいいのだ。その意味で、独特なデザイン感性のRitmo Latinoが服作りに参画することは、「こんな服を待っていたのよ」というお客さんのおしゃれ心を呼び覚ますかもしれない。

 従来の時計メーカーが発想もしなかったドーム型のガラス、カラフルな数字や柄を配した文字盤、それが醸し出す調和のとれたデザイン。何もかもが新鮮で心を奪われるのは、今の服作りにこそ不可欠だと思う。イタリアらしい悦楽的デザインのDNAをどんどん服作りにも注ぎ込んで、市場活性の芽を育んでほしいものである。


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