HAKATA PARIS NEWYORK

今のファッションを斬りまくる辛口コラム

2018年02月

本業はファッション、グラフィックなどデザイン関連のクリエイティブディレクター。創る側の視点で今のファッション関連の事情を評論する。マスメディアはもちろん、業界紙誌も扱わないテーマに踏み込む。

1年前と後の春コート。

manteau13 いよいよ3月に入る。今年は1月、2月が非常に寒かったせいで、店頭では梅春物の動きがいつになく鈍い。だが、陽射しは疾うに春なのだから、ブライトカラーを着てほしいのが業界の節なる願いである。

 肌寒い日の防寒とファッションを両立させるのは、やはりスプリングコートだろう。これまで何度かレディスの企画に携わったことがあるが、筆者は冬より春の方がいろんな面で趣向を凝らせるので、面白いと感じる。

 定番アイテムの要素に加えカラー、素材、デザイン、機能性で足し算や引き算して、いかにバイヤーに「コレだ」と言ってもらえるか。半年前どころか、1年くらい前から頭の片隅でアイデアを思いめぐらしていた。

 移動途中の電車や地下鉄の中で頭に浮かんだら、すかさずダイアリーの片隅にサムネイルを書く。それを会社に戻って企画書に書き写しておくのだ。大学時代からファッションやグラフィックで、プロの真似事ばかりやっていたので、就職しても同じ要領でやってきた。ある時、アイデアが浮かんだが、紙がなかったので名刺の裏にメモしておいた。そのことをすっかり忘れ、クライアントに渡して恥をかいたこともある。

 でも、日頃からアイデアを貯めておかないと、会議の時にはそう簡単に思い浮かばない。そう考えると、春コート企画は、頭を整理しておけば別に難しくないと思う。セオリーである足し算、引き算に「肯定」や「否定」をして、市場を創造していけば良いのだ。

 例えば、

 カラー:冬コート=ダーク(定番) 春コート=ブライト&パステル(定番)

     春コート=ブライト&パステル+グレイッシュ(スミ5~10% 新企画)  

  明るめカラーを否定するのではなく、汚れを目立たなくするためにグレイッシュトーンを効かせるなどの工夫である。

 色は生地の調達が絡むので、1年前くらいからテキスタイルメーカーやコンバーターをこまめに回り物色しておかないと難しい。その時、提案を打診することもあるが、生地屋も売れにくい商品は作らない。そんな時はイタリアやフランスの生地から探すが、それでも見つからないと、リスクを抱え製造に入ることもあった。

 アパレルの仕事は春夏秋冬の繰り返しで、同じような仕事がずっと続くから単調だと言われる。だから、日々の仕事を変化させ、いかにメリハリを付けるか。その辺のセンスや行動が大事なのである。

 春コートの企画に戻ると、

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素材:冬コート=ウール(定番) 春コート:コットン+撥水加工/ゴム引き(定番)

   春コート=綿麻、ローシルク コーティング(後加工 専門店系)

 カラー、素材使いではそれほど変えられないが、「汚れ」「水はね」、さらに「花粉対策」のために後加工で表面のコーティングもありだ。最近ではエラスタン(スパンデックス)の混紡率を上げて、ストレッチ性に加えて洗濯に耐えられるような生地企画もある。なら「ポリエステル」混で良いじゃんっていう意見もあるが、そうなるとグローバルSPAが作りそうだ。いかに素材感を出しつつ、ケアを楽にできるかが企画の妙だと言える。

 マッキントッシュのゴム引きが売れた理由は、ハリのある素材にもあると思う。初めて着るとごわごわした感じがするが、着慣れて来るとそこが何とも良い塩梅になる。ロング丈ではないから、歩いてももたもたせず、小柄な人でも着こなし易い。機能性とファッション性が絶妙なバランスだから、あの価格でも売れたのだ。

 デザインやシルエットはどうなのだろうか。冬物はオーバータイプを主軸にミリタリー(トレンチ、P) ステンカラー、ダッフル、テント、モッズなどのバリエーションがあって、着丈のロング、ショートで差別化していくしかない。冬物では数年前からレディスのデザイナーズ系で「バレル」や「バルーン」といった太めのシルエットが受けたが、メンズでは1枚着用の細身のチェスターがトレンドだった。

EX.

デザイン:冬コート トレンチ(ロング) 春コート トレンチ(ショート)

     冬コート バレル(重ね着)  春コート バレル(オーバーサイズ)

 冬物は防寒機能を求めると、重ね着向けでオーバーサイズになる。これがファッション的には野暮ったい。それに暖冬が続いたため、1枚着用のジャケット風仕立てチェスターコートが受けたのだが、昨年冬はメンズでもオーバーサイズを1枚着るスタイルが提案された。ただ、街中でそんな着こなしをしている若者をほとんど見かけなかったが、このトレンドはこの春も引き継がれている。

 古着がクローズアップされた70年代後半。欧米ではおじいちゃんが着ていた仕立ての良いオーバーコートやジャケットを孫娘がオーバーサイズ、肩線を落として着こなすスタイルが流行した。それがコレクショントレンドに引き継がれ、ボクシーやロングのラインを登場させたわけだ。

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 その後、タイトシルエットに変わり、昨年冬からまたビッグシルエット、オーバーサイズに戻っている。これなら下にジャケットを着ても重ね着できるからユーティリティだなんてことは言わずに、ファッションとして1枚ものであえてルーズに着こなすのが今風なのだろうが、果たしてどうなのかである。

coscoat1 レディスでは、30代以上の方々にビッグシルエットを勧めると、必ずと言って良い程「太って見える」との応えが返って来る。でも、太って見えるのではなく、太っているのだ。だから、ウエストをシェイプした方(ダウンコートなど)がずっと受けてきたのだ。それもいい加減に飽きただろうと言うことで、バレルやバルーンのシルエットに揺り戻された。

 それでも、いざ企画の段階に入ると、やはり「太って見えると売れないから」と言われるので、2年くらい前にいっそうのこと、ダーツやシャーリングを入れてマーメイドラインにしてみたらって提案していた。ついにそれを採用したブランドがある。

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デザイン:冬コート 1枚仕立て(ロング) 春コート ダーツ、シャリーング切り替え

     春コート ライナー&ジレー、アジャスター(着脱変化)

     春コート バレルシルエット(メンズ)

     春コート ジップ使い(ツーピース仕様)

 1枚仕立てのコートは、どうしてもシルエットというか、ボリュームの取り方が難しい。ジャケットの様に細腹がないので立体裁断にはならない。生地によって落ち感が違うから、背中が脹らんで見えたりもする。ウエスト周りを気にするミセスは、これで買う気が削がれるのである。

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 だから、昔からベルトを付けて後からウエストをマークするような不変の構造だったのである。(それではずっとコンサバのままなのだが)ただ、昨今はできる限りコストを下げ、用尺を抑えるのが当たり前になった中で、Aラインを追求しながら、きれいに見えるシルエットが追求されているが、そんな簡単にいくはずはない。アイデアを駆使し、コストをかけないと、どだい無理な話だと感じる。

 シルエットをきれいに見せるには、切り替えたり、接ぎを増やして立体的に作らないと、思うようなラインは出ない。これは別にコートに限らず、レザージャケットなんかでも同じ。後身頃にヨークを付けた方がなおさら着やすく、シルエットが良くなるのは常識である。

 だから、ラインをきれいに見せるには、1枚物でもツーピース風にするなど工夫がいるのだ。また、ビッグシルエットも、雑誌のフォトシューティングならいかにも様になるが、実際に着ると?ってなるお客さんは少なくないはず。

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 ビッグシルエットのコートについて、ネット通販の写真や商品説明を納得し注文したまでは良いが、届いてきて着るとイメージが違うのは、この春のコートの場合は多くなるのではないかと思う。インナーにそれほど厚着しないから、なおさら落ち感が良くないと野暮ったく見えてしまうからだ。

 メンズでも40代向けの雑誌がビッグシルエットをイチ押ししている。モデルが着て、撮影アシスタントがレフ版で風を送り、ふわっとした感じを出しているからまだ様になっている。しかし、実際に40代以上の男性が普通に着ると、とてもカッコ良くは見えないのではないか。おじいさんの年代物を孫娘が着るセンスとは違うのだ。必ず売れ行きに関わって来ると思う。

 ユニクロでも、Uniqlo Uで「プロテックコート」と題したアイテムを発売している。こちらもユニクロにしてはかなりのビッグシルエットだ。プロモ写真はインナーにはシャツやニットを着ただけなので、トレンドは意識しなおかつ重ね着もできるように機能性にも配慮したのかもしれない。それにしても、40代がそのまま1枚で着たのでは、野暮ったくなるのは間違いない。

 中高年の男性が1枚着るならチェスターか、ステンカラーか。トレンドを狙うならむしろバレル型の方が裾がしまった分だけ、まだいけるかもしれない。それとも、カッコいい中高年を追求するなら、ロングジャケット風にしてみるとか、それを色替えのリバーシブルにして秋にも着られるようにするとか。個人的には帆布なんかを使って、粗野な感じを出しても面白いと思う。汚れ防止にコーティングを施すとか、ポリエステル混で洗濯に耐えるようにするとか。

 あるいはビッグシルエットにするにしても、ライナーやジレーをかまして着こなしのバリエーションを増やすとか、内側にウエストをマークするアジャスターを付けるとか、いろんな企画を加味しないと売れないと思う。

 一昨年春のレディス展示会では、デザイナーズ系のブランドがジップ使いにして切り離せるようにしたものもあった。メンズならさしずめ樹脂製ジップを使って、分離させるとブルゾンとして着られるような企画も面白いかもしれない。どちらにせよ、春コートはいろいろな可能性があると思う。オンシーズンの1年前と1年後にいろんなアイデアを貯めておき、企画会議では提案してみたいと思う。

同じ轍を踏みそう。

spaceworld1 昨年暮れに閉園した北九州市のスペースワールド跡地にイオンが進出することになった。イオンモールが跡地と周辺の約27万㎡に集客施設を2021年に開業する計画という。

 すでに地権者の新日鉄住金との間で土地賃貸借の仮契約が結ばれており、イオンモール側はショッピングからエンターテインメント、カルチャー、フードまでを融合する「これまでにない施設」を作るらしいが、既存のモールとどう違うかは現時点ではわからない。おそらくこれから詳細な計画が詰められるのだと思う。

 ただ、イオンはこれまでのモール開発でも、自社のスーパー事業を補完する範囲内でテナントを集めてきただけだ。「これまでにない施設」と宣ったところで、旅行客まで呼べるような時間消費型のエンタメ施設なんかをどこまで充実できるのか。イオン自体はそこまで行えるノウハウは持ち得ていないから、自ずと限界があるのは素人目からもだいたい想像がつく。

 「イオンがスペースワールド跡地に進出」とのニュースが発信された途端、ネット民が脊髄反謝しているようだが、地元福岡に住む業界人として背景に絡む事情なども含めて考えると、正直期待薄である。

 昨年の4月時点で、新日鉄住金がイオンモールと優先的に交渉しているのは発表されていた。隣接地ではイオンモール八幡東(延べ床面積約6万7,500㎡)が営業しており、これにスペースワールド跡地の開発が加わると、埼玉の越谷レイクタウン(総店舗面積約18万4,900㎡)を超える国内最大規模になる。そこで気になるのが核店舗、キーテナントがどんな陣容になるかである。

 レイクタウンの例からスペースワールド跡地にも「アウトレットモール」がリーシングされるのでは、との見方がある。問題はエンタメ施設の充実だろうと、アウトレットだろうと、はたして軌道に乗せられるかである。エンタメ施設は、スペースワールドの失敗という前提を考えれば、ハードルはかなり高いと思う。そもそもがバブル期のプロジェクトであり、製鉄所の遊休地を活用するテーマパークという言葉だけに踊らされた面が強いからだ。

 実際に開業して見ると、とにかく施設がしょぼかったのは確かである。目玉のアトラクションもジェットコースターくらいで、別に無重力を体験できるわけでもない。テーマパークが成功する条件として語られる「作ったら、終わりではない」も、端から集客を続けるだけの投資は行われず、自ずとジリ貧になっていた。

 東京ディズニーランドや大阪のUSJのような後背地に大都市圏が控えるわけでもないから、集客できる人数なんて高が知れている。昨今のインバウンドも旅行者が成熟し、来日動機が変化していくことを考えると、全く未知数だ。だいたい、今のエンタメでアニメからパフォーマンス系まで考えても出尽くした感は否めず、とてもキラーコンテンツ足るものがあるとは思えない。イオンだろうと、プロデュースは容易ではないのだ。

 一方、アウトレットモールは、九州では福岡市と鳥栖市にあるだけだが、仮に北九州市に開業しても目新しさは感じられないはずだ。本来のアウトレットは、有名ブランドが製造課程に出したキズものや規格外となった商品、また小売業が売れ残りの持ち越し品を処分するものである。だが、商品以上に施設が増えているため、一部のレアなブランドに専用品をミキシングして、業態として体裁を整えているに過ぎないのである。

 大量生産の米国ですらそうなのに、製造をセーブしている日本ブランドでB級品や規格外の商品が大量に出るかどうか、冷静に考えればわかることである。多くの消費者が「素人騙し」的なデベロッパーの開発思想を感じており、宝探し的に掘り出しものが見つかれば購入しようくらいの来場動機しかもっていないと思う。

 それに景気が良くなれば、プロパーで商品が売れるから、必然的にアウトレットに流れる商品は少なくなる。すでに格安の商品なら掃いて捨てるほどあり、ブランドのユーズドを個人間で取引する市場も生まれているわけで、安さだけで集客できる時代は疾うに終わっている。だから、エンタメをリンクして集客しようという狙いなのだろうが、それぞれに勢いがなければ相乗効果にも現れていかないのは自明の理である。

 マクロ的に見ると、北部九州は福岡市のみが人口増加を続けており、商業販売は福岡市での活発な消費に支えられている。JR博多シティのアミュプラザ博多が18年3月期決算で初めて400億円突破を確実にしたことが何よりに証しだ。ただ、エリア全体の商業販売額は頭打ちなのに売場面積は増えているのだから、北部九州でも完全にオーバーストア状態なのは間違いないだろう。

 それでも、イオンは大型施設の展開で、北部九州での空白を埋めようと躍起になっている。さらに出店余力のあるスーパー事業者も、勢力の拡大を図っている。新たに出店する事業者にとっては、新規参入することでトップシェアを奪い取ればいいわけだから、オーバーストアへの警鐘など出店を抑える理由にはならないのだ。

 福岡市の商業販売が活発と言っても、それは他地域からの収奪とインバウンド効果がシンクロしたに過ぎない。だが、北九州市とて、エンタメやアウトレットで対抗したところで、持ち出された売り上げが奪え返せるとは思えない。過去にはスペースワールド跡地から西に5kmの黒崎駅前でもコムシティが開発されたが、 開業当初からテナントが集まらず、運営者の第三セクターが2003年に130億円の負債を抱えて自己破産している。

 その後、約10年間はホテルを除き、閉鎖されたままになっていた。商業施設部分は07年に沖縄那覇市の建設会社に売却されたが、11年に北九州市が同社から床を買取り、再生計画案を発表、商業フロアの運営主体として福岡の西日本鉄道を選定するなど、再開発に筋道をつけたという例がある。

 他にも小倉駅前コレットの伊勢丹撤退や駅裏のコストコ進出断念、ラフォーレ原宿撤退などがある。それほど、北九州市は大型商業開発でうまくいかない土壌なのだ。今回、イオンに開発が任されたのは、市場のポテンシャルから他社が敬遠したと見ることもできる。

 一方、スペースワールド跡地から東に7kmほど行けば、北九州市の中心部、小倉がある。駅ビルのアミュプラザ小倉、百貨店の井筒屋、魚町商店街、旦過市場などが立ち並んでいることから、市としてはこうした商業地、プロパー業態と直接競合しないことを考え、イオンモールではエンタメやアウトレットに特化させたい狙いもあるだろう。

 許認可に関わる北橋市長は、「市全体の小売業の発展に向けて検討していきたい」と述べるに留まるが、工業都市として栄華を誇った後の人口減少や高齢化など課題が山積の中では、市外から人を呼び込んでカネを落としてもらうには、ハコを作る以外に適当なものが見あたらないというのが本音ではないだろうか。

 JR博多シティが開業から7年ずっと増収増益を続けていることを見れば、首長としては福岡市だけに一人勝ちさせたくない思いは強いはずである。なおさら、東大卒のプライドを賭けて、格下京大出の小川福岡県知事を説き伏せ、TGC(東京ガールズコレクション)in北九州の開催と県予算の拠出にこぎつけたところをみると、今回も自らの政策能力を市民に問うくらいの覚悟で臨んでいるかもしれない。

 ただ、越谷レイクタウンの開業は今から10年前の2008年。当時はインターネット通販もそれほど浸透してはいなかった。しかし、イオンモールがスペースワールド跡地に集客施設を完成させるのは、3年後の2021年になる。ネット通販はさらに進化しているだろうし、娯楽や小売りの姿すら大きく変わっているかもしれない。

 仮にエンタメ施設を主力にするにしても、ディズニーランドに行かなくてもバーチャルで楽しめるくらいの施設を作らない限り集客は難しいだろう。また、消費者が商品を買うことにすら飽きていることを前提に、だったら何にお金を落としてもらうかを考えなければならないと思う。果たしてイオンにそれができるかである。

ambykumamoto1 熊本でも地震の影響でとん挫しかけたSC「アンビー熊本」がこの秋に一部開業する。こちらは東京のコンサルタント日本エスシーマネジメントが合志市庁舎南側、JT工場前の土地区画整理事業の敷地約10万㎡を開発するものだ。他社が手を引いたことで、地元のメガネ店ヨネザワが手を挙げ、30億円を投じて約3万9,000㎡の土地に大型物産館や飲食店など20店舗を誘致する計画を進めている。また、東側の約3万9,000㎡では鹿児島市のニシムタがスーパーとホームセンターを合わせた大型店を展開する。

 しかし、2kmほど離れた光の森地区は新興住宅街になっていて、ゆめタウンを中心に大小のロードサイドショップががっちりと顧客を掴んでいる。さらに大津、阿蘇方面にかけてもイオンからドンキホーテ、ハンズマン、アベイル、インテリアショップのアクタス、スーパーからドラッグストアまでが揃い、買い物には不自由しない場所だ。

 デベロッパーの日本エスシーマネジメントは、「地震の影響で次々とテナントが撤退したり、計画変更を余儀なくされた」と言うが、道の駅に毛の生えたような物産館や鹿児島のスーパー程度の能力で、新たな市場を開拓できるとは思えない。それ以上に地方のマーケットこそ、生鮮品を扱い始めるアマゾンの格好の標的になり得るかもしれない。

 実力差がハッキリしている後発業者が既存の市場を切り崩せるほど、流通ビジネスは甘くないのである。

 消費者はすでに店舗に出かけても、品揃えの限界やMDの浅さに辟易している。だから、なおさらネット通販で買い物するのだ。また、物にそれほど投資をしないのがハッキリしてきているから、エンタメや食で何とか惹き付けなければならないのである。しかし、エンタメや食は消費者が熱しやすく冷め易い典型で、売り上げを維持するのは容易なことではない。

 小売りや不動産の事業者がこれまでとほとんど変わらない業態開発を試みても、消費者の胸を打たないのは火を見るより明らかである。イオンモールもアンビー熊本も途中で戦略転換という同じ轍を踏む予感がしてしょうがない。いい加減、これ以上店を作っても商品は売れないことに気づくべきではないか。まず取り組むべきは、店舗、業態を開発する前にお客を感動させるモノやコト、時間消費とは何かをしっかり考えることである。

服育の意味を考える。

armanimain これについては書かないといけないと思う。各メディアが先週から取り上げている東京銀座の小学校が今春から制服(標準服)にアルマーニ(デザイン監修、購入先は百貨店の松屋ギンザのようだ)を導入するということについてだ。

 問題の経緯は以下である。

 同校の制服はこれまで男子の場合は、上着、長袖シャツ、ズボン、帽子をそろえて1万7,755円、女子は1万9,277円だった。新しいものはおよそ2倍の約4万5,000円(基本セット)になる。ただ、これに長袖シャツ(ブラウス)、半袖シャツ(ブラウス)、ベスト、夏帽子、冬帽子、夏ソックス、冬ソックスを加えると、男子が8万244円、女子が9万5428円になり、これが「高すぎる」と論争に火がついたわけだ。

 小学校がある東京都の中央区にも苦情が寄せられたため、同区教委事務局の庶務課長が記者会見を開き、「標準服の変更は保護者や地域の方々の了解を得て進めるもの。校長には改めて説明するよう指導した」と話している。


 こうしたことから、泰明小学校の校長は、昨年の11月17日付で保護者に説明文を出している。それ(抜粋)によると、

 「銀座の街の学校として発展していくために、海外の有名ブランドの力を借りるのもひとつの方法かなと、泰明らしさの中に含まれてもいいのかなと発想しました」

 「バーバリー、シャネル、エルメスなどにもアプローチをしましたが、程合いの違いはあるが、受け止めてもらえなかったというのが結論です」

 「アルマーニ社だけが、思いを聞いて下さり、検討はしてみますが時間がかかります。お約束はできませんということで3年前から、遅い歩みではありますが話が進んでおりました」

 「また、視覚から受ける刺激による『ビジュアル・アイデンティティー』の育成は、これからの人材を育てることに不可欠である『服育』という重要な教育の一環であると考えています」

 「本校の保護者なら出せるのではないかと思いました。泰明小でなければこういう話は進めません。価格が高いという苦情があることを聞いており、個別に相談に応じていきたいです」

 という内容だ。

 公立校での新制服の導入にこれだけのプロセスがあるのなら、やはり途中経過をPTAや保護者に説明すべきである。校長がそれをせずにほぼ独断専行で決めたことは、(アルマーニや松屋ギンザとの間で)「何かある」のではと、憶測を生んでもしょうがない。

 一方で、泰明小学校は銀座のど真ん中にあり、日本最初の煉瓦造りで開校当初は実にハイカラな学校だったと言われている。卒業生には評論家の北村透谷や作家の島崎藤村、政治家の近衛文麿、俳優の殿山泰司や加藤武、朝丘雪路らがいる。まさに由緒ある学校であるのは間違いない。

 ただ、本来の学区居住の児童が少なくなり、東京都は何とか伝統校を守るために、通学区域に関係なく希望により就学できるようにした。それが生徒割り当てで施設に余裕がある学校に対し、中央区が2009年度の入学者から実施した「特認校制度」だ。それでも泰明小学校の全児童数は335名で、1年生はたった58名しかいない。

 本来は都市部の居住人口の減少=過疎対策として生まれた制度だが、大衆を味方に付けたいメディアやネット民という外野が「アルマーニの制服を着る=銀座の小学校にわが子を通わせています」を親のステイタスと解釈。やっかみや嫉妬で報道や書き込みするから、論争というか炎上したに過ぎないのだ。

 親の立場からすれば、制服があった方が子どもの毎日の服装を考えてあげなくて良い。しかし、小学生と言えば、成長がいちばん激しい時期。制服だったら、1年でたちまち着れなくなってしまう可能性もある。保護者もそれは十分わかっている。それでも、わざわざ泰明小に通わせている親の経済力なら、9万円くらい何とも無いと思う。月割りにすれば8000円程度だし。

 報道に輪をかけて国が教育の無償化を掲げているのだから、貧困家庭が阻害されるようなことは、憲法違反に当たるなどと左巻きの意見も出てきている。だが、全く筋違いの論拠と思うので、ここで触れるつもりはない。

 むしろ、問題の本質は校長の説明の中にある。いちばんひっかかったのは、「視覚から受ける刺激による『ビジュアル・アイデンティティー』の育成は、これからの人材を育てることに不可欠である『服育』という重要な教育の一環であると考えている」の部分だ。 

 ビジュアル・アイデンティティー(VI)や服育。校長ははたしてその意味を理解して言っているのか。甚だ疑問である。筆者がビジュアル・アイデンティティーの意味を知ったのは、今から30数年前。大学を卒業し業界で働き始めた頃で、日本経済はバブル景気に突入し始めていた時期だ。当時、雑誌のブレーンや宣伝会議、日経デザインなんかには頻繁にVIが登場しており、ロゴマークやシンボルマークといった図案の事を指していた。

 景気が良くなりかけていたので、うちの会社もそうだが、代理店はじめ、印刷会社までが、CI(コーポレートアイデンティティー)を飯のタネにしようとしていた。各企業の社名からロゴマーク、タグ、レターヘッドや封筒、名刺などまでのデザインを一新して社内の意識を統一し、顧客や株主などのステークホルダーに対し、企業のメッセージとブランドを伝えていくものとして、営業項目に登場していた。

 しかし、保守的な企業は、「だから、何なの」「そんなものをやって、売り上げにつながるのか」程度の意識だった。デザイナーが仕事をする前に、まず営業担当が企業側を説得するのに時間を要していたのだ。ある代理店の幹部は「クライアントが(CIの)予算を渋るんなら、せめてVIぐらいはさせたら」なんて、平気でクリエイティブ部局のスタッフに語っていた。当時はVIなんてそんな程度だったのである。

 企業ブランドやそれが発するメッセージが重要な昨今では、視覚に訴えるビジュアル力がカギを握るのは言うまでもない。問題は泰明小の校長が言う「視覚から受ける刺激によるVIの育成」って何なのかである。制服についたアルマーニのロゴマークに毎日触れる事が視覚面の感覚を研ぎ澄ますとでも言いたいのか。だとすれば、別にアルマーニでなくていいし、ましてお仕着せの制服ではそれが育まれるとは思えない。

 本当に子どもたちのことを考えるのなら、服装選びこそ自由にさせて上げた方がよほどアイデンティティー=独自性になる。今は早い子なら小学校の3~4年生で「自我」に目覚めるのではないか。親に反抗するのはやっかいだが、服選びを自分でできるのは決して悪い事ではない。成長が早いのだから、値ごろな服を中心にいろんな選択肢の中から、選ばせてこそ、子どもはコーディネート術や色・素材合わせを賢く学習していく。



服に囲まれる環境が育てる


 そう考えると、校長が言うVIを一環とする「服育」についても、異論を唱えなくてはならない。校長は教育者であって、ファッションの専門家ではないのは、十分わかった上でだ。子どもが視覚を研ぎすまし、ファッション感覚を磨くには、制服であることがかえって逆効果だし、ブランドだろうが、アルマー二だろうが、あまり意味はない。

 ネットに書き込みをしている多くの諸兄が、「アルマーニ=バブリー」「今はダサい」と宣っている。所詮、アルマーニを知っていても、そんな認識でしかない。確かにアルマーニが旬だったのはバブル期の80年代後半である。ただ、そのクリエイティビティや美意識は、1975年のデビューから40年以上たった今でも何ら変わらない。

 アルマーニ自身も、「僕は何がなんでも自分のセンスを押し付ける独裁者にはなりたくない。モードは人を隷属させるものじゃない。服を着るという行為は、純粋な楽しみであり安らぎなんだ。自分らしさや自信をえるための、ひとつの方法に過ぎない」と語っている。これこそ、小学生にわかり易く説明してあげる方が大事ではないのか。

 第一、アルマーニの服から学習するなら、まず柔らかでこしがある生地やグレイッシュトーンの独特なカラーだ。次にソフトなワイドショルダーや細身のラペル、絞ったウエストといった構造美である。そして絶妙なカッティングでコントロールされた放縦な感覚。それらを学ばないと、何の意味もない。

 ただ、小学生に無理矢理に理解させる必要はないと思う。何となく、アルマーニの良さを感じる子も入れば、そうでない子もいる。それで十分だ。だから、服育にステイタスやブランドを持ち込むのは、もっと先の話である。本当の服育とは何か。筆者は子ども時代に身を置く環境の中で育まれていくものと考える。それを説明する上で筆者の小学生時代を振り返ってみたい。

naratasyo1 通ったのは福岡市立の奈良屋小学校。泰明小が銀座の伝統校なら、奈良屋小は博多を代表する学校である。有名人こそ輩出していないが、豪商神谷宗湛の邸宅跡に鉄筋コンクリート造りで建設され、戦前から水道や水洗トイレを完備したモダンな学校だった。だから、福岡大空襲にも堂々と持ちこたえている。

 ご多分に漏れず都心部の児童減少で、1998年に近隣の3校と一緒に統廃合になったが、立地が博多のランドマークにあるため、そのまま博多小学校として建て替わっている。新校歌「奇跡の扉」は元チューリップのドラマー、上田雅利氏の作詞作曲。同氏は奈良屋小の出身ではないが、一緒に統廃合された御供所小OBである。

 博多のど真ん中にあるため、中洲や天神は目と鼻の先で、アパレル問屋が集まる店屋町は、学校から歩いて4~5分の位置にある。当然、クラスメートの8割程度が商売人や企業経営者の子息、息女だ。校区内の商業施設「博多リバレイン」が建つ前は、寿通や下川端通という商店街だった。ファッション専門店や生地屋、ボタン&副資材のお店も並んでおり、それらのほとんどが筆者の上下級生または同級生の親族が経営していた。

yosaishimain ビギグループ被買収のコラムでも書いたが、1960年代のファッションは街のレディス専門店が引っ張っていた。それは博多でも変わらない。メーンはサロンブティックと言われる業態で、同級生の親が経営する店舗もあった。お店兼用の自宅に遊び行くと、1階にはフランスやイタリアの高級服が揃い、2階は輸入服地を集めたオーダーサロン。3階には若い縫子さんが何人かいて、せっせと仕立てていた。

 筆者の母親もオートクチュールの洋裁師で、別のブティックに出かけて仮縫いや縫製をしていたが、顧客は共通してお金持ちの中年女性に限られていた。ヤング向けはプリント柄なんかのスウィート感じの服ばかりで、手頃な価格でお洒落な既成服はほとんど出回っていなかった。だから、天神に勤める若いOLさんたちが国産服地と雑誌の切り抜きを持って、「こんな服を作って」と、直接うちまで注文にくることもあった。

 母親が忙しい時は、お使いにも行った。輸入服地の切れ端を何枚かもって、友人宅の材料店に行き、包みボタンを作ってもらう。店主の親父さんが打ち台に端布を置き、その上にシェルを重ねて押し棒で穴に入れて、バックパーツを押し込んで木槌で叩くとボタンができ上がる。子どもだから、好奇心で「自分にもやらせて欲しい」と言ったこともある。大概、失敗するのだが、親父さんは嫌な顔ひとつせず、器用に作り直してくれた。子どもの同級生で御得意さんだからか、いつも愛想良く作業するのが印象的だった。

 サロンブティックの倅も同級生だった。小学3年生くらいの時、彼の家に遊びにいくと、親父さんがミラノに仕入れに行ったついでに息子のためにパンツ(トラウザース)を買ってきていた。店頭で試着する様子を脇で見ていたが、店長を務める母親が商品についてスタッフを交えて説明していた。生地は多分コットンだったと思うが、色はミッドナイトブルーなのに光沢があり、光の当たる角度でが違った色に見えた。

 もちろん、親父さんは自分の息子のサイズも把握していたから、ジャストフィットだった。日本には決して売っていないような上質な商品で、その時の記憶は今でも鮮明に残っている。当時は1ドル=360円で、外貨の持ち出し額にも制限があった。彼の親父さんは「闇ドル」を隠し持って飛行機を乗り継ぎ、パリやミラノにインポートや服地の仕入れに行っていたという。そんな話をだいぶ後になって聞いた。

 そうこうしながら、博多で地道に高級ファッションの商売を続け、顧客を増やしていったのである。地元の名士でもあることから、奈良屋小のPTA会長なんかも務めていたが、決して自店の商品を同級生の親に売りつけることはなかった。因にこの親父さんは博多で初めて「ジョルジオ・アルマーニ」を販売した人物だ。それだけ、アルマーニ社からも信頼されていたのである。

 筆者はこんな環境の中で小学生時代を過ごした。当時、誰も「服育」なんて思ってもいなかったし、同級生の皆が同じような経験から学習したとは限らない。ただ、筆者はサラリーマン家庭で裕福とは言えないながらも、今の仕事にとって欠く事のできない服育を奈良屋小学校と周辺環境から受けたと、胸を張って言える。

 現在はスマートフォンを使えば、欲しいトレンド情報はたちどころに手に入る。どんな田舎でもコンビニがあるから、ファッション雑誌を立ち読みすれば、最新のアイテム写真を見ることは可能だ。それで刺激を受け、「自分もデザイナーになりたい」「スタイリストとして活躍したい」と、高校を卒業し都会に出ることは簡単だ。しかし、そこで本当の服育を受け、学び取ることができるのか。答えは否である。

 なぜなら、服育とはまさに服に育てられることで、自分が子ども時代にその世界や環境の中に身を置き服に触れてこそ刺激を受け、知らず知らずに学習していくのである。実家がブティックや縫製工場で商品に触れる。親が職人で生地や縫い方を見る。アパレル問屋の街で生まれ育ち、卸やバイイングの現場を知る等々。 山本耀司然り、川久保玲然りである。もちろん、それでプロになれるかは、別問題である。

 だからこそ、お仕着せの制服や銀座だからブランドとの小理屈で、VIや服育を語るような底の薄さには閉口する。泰明小校長の教育者としてのレベルが知れるというものである。

 泰明小より東日本橋や馬喰町の小学生の方が、日頃からもっと服育を受けているかもしれない。改めて服について学ばせたいのなら、ブランドしか並ばない銀座より、地下鉄を乗り継いで台東区の旧小島小学校に遠足にでも出かけた方が得られるものは多いと思う。旧小島小では、「台東デザイナーズビレッジ」が運営されており、クリエーターの卵たちが孵化することを夢見て創作に励んでいる。小学生にとっても、年が近い若者から服や雑貨ができ上がるプロセスを学べる点で、はるかに収穫は多いはずである。

 バブル景気が崩壊し、セレクトショップが台頭するようになって、ファッション=ブランドという考えが一般的になってきたような気がする。それが今ではセレクト含めてチープな海外製品ばかりが流通するあまり、あたかも安く作って売れるシステムが真っ当であるかような論理がまかり通っている。

 しかし、結局は服を生み出すのに重要な染め、糸、一枚の布を疎かにするため、アパレルは青息吐息の状態に陥ってしまった。本来なら子どもたちがブランドではなく、その背景にある「もの作り」が何なのかを学ばなければ、本当の服育にはならないのである。アルマーニの制服を着た児童が10年後、20年後にどうなっているのか。その時が校長が言う服育の証しが明らかになる。さて、その時の成績はどうだろうか。

買う気はあるが物がない。

hakataparisnewyork2017 前回のコラムで、 2000年くらいから(ファッションアイテムを)全く購入しないシーズンが確実に増えていると書いた。今年は立春を過ぎてもまだまだ寒い日が続いているが、このまま行けば2017~18AUTOMNE-HIVERも何も買わずに終わりそうである。

 こんなことは自分だけかと思っていたら、コラムをアップした数日後にファッションコンサルタントの小島健輔氏がアパログで「洋服を買う気力が失せていく」と、ご自身の思いを投稿していらっしゃった。http://blog.apparel-web.com/theme/consultant/author/kojima/314a7e49-a2b7-4df6-bc1b-065e45abdb57

 業界で長らく仕事をしてきた方は、やはり筆者と同じ気持ちのようである。小島氏はさらに「衣料・服飾品とその購入に魅力を感じなくなった事が一番大きいと思う」と、以下の3つの理由を挙げられてある。(抜粋)

 一つは「自分の価値観や美意識、体型に応えるブランドが見つからない。デザインを追ったブランドは若向きなのか品質感やパターンの厚みを欠き、品質感やパターンを評価できるブランドはコンサバに過ぎる」と、仰っている。

 筆者は小島氏より10歳程度若いが、全く同感である。体型こそ30代からそれほど変わってはいないが、その頃着ていたデザイナーズテイストの服の質感や感性が身に染みているせいか、それが今の市場に出回るブランドにほとんど感じられない。デザインを追求するものは若者向けでクオリティはさほど高くないし、素材が良く品質の良いものは、トラッド(コンサバ)テイストで面白くないのである。

 表現がなかなか難しいので、一例を挙げてみよう。ニット(セーター)にローゲージまたはミドルゲージの「ケーブル編み」がある。昔からあるごく定番デザインのアイテムだ。グローバルSPAは糸をアクリルにしたり、ポリウレタン混紡などでコストを下げる。大量生産で価格を抑えて販売できるわけだ。だが、あまりに安っぽい。

 逆にセレクトショップは、「英国伝統の◯◯◯」とか、「特殊な編み機を使用する◯◯◯」とか、有名ブランドや稀少性を一押しにするが、 アイテムをそのまま仕入れただけだから、商品づくりで新たな企画やアレンジ性は打ち出されていない。

 そこがDCブランドの感性で揉まれた人間にとっては、気に食わないのである。アイテムを見ただけで「これならイイや」って感じになって、購入するまでにはいかないのだ。

meskniwear2018_1 前回も編み地に組織変化のないメリノウールや梳毛が好きなれなかったと書いた。百歩譲ってフラットの編み地でも、デザインに変化があれば買う気が出てくるのだ。例えば、ニットならボディをリブと袖をテレコにして編み立てし、少し変化を加えるとか。カーディガンだったら、フロントをボタン留めではなくジップにするとか。レザージャケットのようなダブルジップにすれば、なおさら着こなしもカッコ良くなる。デザインというより企画であり、多少コストアップしても独自のテイストを追求すれば、個性的に仕上がる。それらをこちらは求めているのだ。

 別にテイストはアドバンスドやモードとまでは行かなくて良い。ただ、トラッドやコンサバ、アメカジのままでは買う気も失せていくのである。市場に出回るアイテムにはもっとコンテンポラリーでモダンな感性があってもいいと思うが、ほとんどが価格やブランドだけを押し出すだけで、そうした感度が全くないのである。おそらく小島先生も同じ事を感じていらっしゃるのだと思う。

 二つ目は、「欧州ブランドは近年の円安などで法外に高騰してしまい、リーマン前の価格感覚では手が出なくなった」ということを挙げていらっしゃる。これについて筆者はこれまでそれほど高価な欧州ブランドは購入してきてはいないが、ユーロ高で懇意にしているフランスのメーカーさんが勧めてくれる商品が値上がりした実感は確かにある。

 福岡のような地方都市では、欧州ブランドは百貨店で展開されるラグジュアリーくらいしかないので、まず手を出すことはありえない。東京ならマイナーでも感度の高いデザイナーズ系のインポートが出回っているが、それだけを購入するために上京するわけにもいかず、ネットで探すのが精一杯である。

 伊勢丹のセールでは、それらが30~40%引きになるとは言っても、期末の売れ残りに気に入る物があるかどうかはわからないし、なければ買う気は削がれていく。結局、ネットでプロパーのアイテムを探し、それが見つかっても買うか買わないか二の足を踏む。しかも、購入した時のサイズや質感の違い、返品の煩わしさなどを考えるうちに、シーズンが終わってしまうのだ。ここ10年ほど、そんな状況がずっと続いている。

 ネットで見つかったとしても、よほどドンピシャで気に入って購入を決断しない限り、そこそこ高額な欧州ブランドに手を出すことはあり得ない。

 三つ目は、「フィッティングなしのサイズデータだけでECで買うなど想像もつかない。日常消費の大半をECに依存するようになっても洋服だけは手を出せないのはギョーカイ人?の端くれだからだろうか」。これには全く御意である。

 やはり、試着をして姿見に映った状態が自分の感性にジャストフィットするか。筆者はもともとルーズに着こなしてきたからこそ、サイズデータだけでは判断材料にはならない。ルーズさゆえに着た時の着心地はもちろん、生地の質感や微妙な色合い、光沢を見てから買いたいだけである。

 EC礼賛の業界からずれば、もはや化石と化した人間かもしれないが、ECはアパレル業界に浸透して拡大しただけでなく、並行してユーズドやレンタルの市場も広げている。つまり、それはお客にとっては長く着て愛着が涌くブランドが醸成しづらいことの裏返しではないのか。ECに与しないコムデギャルソンがリサイクルショップの店頭で人気を集めることも、お客の本心を表しているような気がするのだ。

 最後に小島先生は、周囲のお洒落にうるさい大人たち(50代以上の男女)は皆、似たような事を言っているから、私が余程の変わり者という訳でもなさそうだ」とまとめていらっしゃる。小島先生のブログを読んだ方の中には、「(今の流行に)ついていけないだけでは」という方もいらっしゃる。そんな方もいずれは歳を取るのだから、ついていけないのはもちろん、体型的に着られなくなるのは確かである。所詮、ファッションなんてそんなもの。むしろ、今の気持ちや気分が大事なのである。

 流行を追う、追わない。お洒落な商品を着る、着ないは別にして、人間誰しも老いぼれたとは言われたくはないはずだ。業界で仕事してきた人間なら、なおさらだろう。それは着ている物で左右されるのは間違いない。だから、筆者は意識高い系と揶揄されるとまでは行かなくても、多少の拘わりはもって生きたいだけである。

 周囲に目をやると、東京でも福岡でも15年程前までは、デザイナーやイラストレーター、カメラマンがそれなりの格好をして打ち合わせにやってきていた。最近はネットが普及しメールでやり取りできるからか、それとも仕事そのものが無くなってきたからか。(50代に入った彼らが)「自分はクリエーターだ」と、格好で主張して街を闊歩する姿もすっかり見かけなくなってしまった。

 身近にいる大人たちのお洒落に対する気持ちがどうなのか、そちらも大いに気になるところである。そんなことをSNSで発信していると、先日、3年前に投稿したコラムが「思い出」として自動的にアップされた。http://blog.goo.ne.jp/souhaits225/e/2771d2c5ec876a91fae2d6faef41ae61

 端境期には偶然にも同じような思いを書いているからか、それともSNSがAIの機能を使って似たような投稿をピックアップしているのか。どちらにしても、コメントを寄せて頂ける「友達」の中にも買いたい服が見つからず、過去に買った服を大事に着ている方が多い点では共通するのは事実だ。

 筆者はアパレルメーカーやセレクトショップ、百貨店や駅ビル、SCのデベロッパー

に対し、ファッションにお金を使える大人たちをぞんざいに扱ってきた」とまでこきおろすことはしないが、買いたくなる商品がないことだけは確かである。いよいよ、今年はこれまで何度か試作のつもりでやってきたが、本格的に生地や革から製作に取り掛かり、オリジナルデザインの服を作るしかないようである。革なら少量でも作れるので、まずはレザーの企画から取り掛かろうと思っている。

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