ritmo 1992、93年頃に仕事でイタリアのミラノを訪れた。それまでニューヨークには公私で毎年のように渡っていたが、イタリアどころかユーロ圏すら初めてのことだった。マルペンサ空港からミラノ市内までシャトルバスに乗車中、ナレーションはすべてイタリア語。発音が博多弁に似ているなんていう人もいたが、早口でさっぱりわからない。そうこうしながらも、雄大なアルプル山脈を背に眺めながら、イタリア最大の都市と言われる街に着いた。

 ミラノはサンタンブロージョ教会、大聖堂、最後の晩餐などに代表される中世の芸術、建築物を今に伝える文化遺産が豊富だ。しかし、こちらは現代ビジネスのテキスタイル展やプレコレクションを覗くだけで精一杯で、観光どころかアルマーニの本店すら行けずじまいだった。滞在日数わずか3日のミラノアーカイブが仕事で撮った写真やプレスキット、帰国して作成するリーフレットだけではあまりに寂しい。帰りの飛行機まで少し時間があったので、街を散策した。

  その時、たまたまディスプレイが目に止まった時計があった。見たこともないドーム型ガラス、文字盤にカラフルな数字や柄を配したものだ。ブランド名はラテンのリズムを意味する「Ritmo Latino」。イタリアらしい宗教芸術とモダルニスモを融合したようなデザインに一瞬で心を奪われてしまった。ちょうど新しい時計を買おうと思っていたことも購買意欲をかき立てた。当時の為替レートは円高・リラ安で、この際だからと、いちばんシンプルな文字盤のボーイズサイズを即買いした。価格は日本円で3万円くらいだったかと思う。 Ritmo Latinoは筆者の感覚を満足させ、イタリア出張の最後に楽しい思い出を作ってくれた。

 もっとも、スタッフの説明は全くわからず、缶詰のような丸形のレザーケースに入れてもらって持ち帰った。しばらく周囲から「変わった時計ね」と言われていたが、日本にも輸入され始め、ファッション雑誌が取り上げた。ロレックスやオメガのような高級時計ではないので代理店制は取られず、イタリア物に強い「三喜商事も扱ったので」はと、だいぶ後になって聞いた。いろんな輸入卸やインポーターがこぞって買い付けたのか、 Ritmo Latinoは全国チェーンから百貨店までの売場に並んでいった。

 購入してから2年くらいを経過しても全く飽きがこない。そこで、94年頃に表参道ビブレで、黒の文字盤のクロノグラフを購入した。こちらも現代的なストップウォッチとクラシカルなムーフェイズが絶妙に配置されたものだ。それから2年おきくらいに買い足したので、いつの間にかRitmo Latinoだけで5本も所有するまでになってしまった。筆者は時計マニアではないし、蒐集癖すら全くないのだが、この時計だけはデザインが気に入っていつの間にか増えていったのである。

 同時期、時計のデザイナーが日本人であることを知った。何かの雑誌にイタリア在住の日本人女性の特集が載っており、その一人がこの時計をデザインしていることが記されていた。あの時、ショップスタッフが言ってたのは、このことだったのかもしれないと、思った。当方が購入したモデルは、初代デザインとルナシリーズのクロノ、ステラで、文字盤がいたってシンプルなものだ。他にはモザイコ、フィーノ、ドディッチ、ソーレ(スクエア)、ビアッジョがある。みなイタリアの遊び心と独特な世界観を感じさせるもので、ロレックスのような機能美とは全く異質なデザインになる。

 筆者は時計に高い精度や特別な機能は求めない。クロノグラフと言っても、ストップウィッチを使うことなど皆無だ。もちろん、高級時計など縁もないし、買おうとも思わない。それに対し、Ritmo Latinoは文字盤がアーティスティックで、メジャーなメーカーには発想すらないデザインに惹かれたのである。それを生み出したのがイタリア在住の日本人ということでは、どこかで感性が一致したのではないかと思う。セレクトショップもだいぶ経って扱い始めたので、今では全国のファッション関係者にも知名度は浸透していると思う。そうした経緯があったのかどうかはわからないが、昨年、Ritmo Latinoがアパレルに進出したことを知った。(最新記事はこちら。http://www.senken.co.jp/news/management/ladies-feature-6brands/5/
 ritmolatino アパレル側としてはミラノ発祥のデザインモチーフなら、服にも生かせるのではないかと思ったのだろうか。もともと、ミラノファッションの神髄と言えば、パリの「着たい服」に対し「着れる服」。パターンやカッティング、シルエットは特別に奇を衒ったものではないが、英国やフランスにはない独特な風合いが高級感を醸し、日本でも受け入れられた。ただ、そうした特徴も成熟しデフレ禍が著しい市場では、いささか陳腐化した感がある。今では「イタリア製」と聞いても、それほど響かなくなってしまった。

 一方で、文字や柄を取り入れたテキスタイルや花鳥風月由来の極彩色を服作りに生かすのは、イタリアの系譜でもある。その辺を取り入れた時計デザインのエッセンス、ブランドがもつ世界観にアパレルメーカーが目を付けたのか。ファッションコングロマリットもLVMHがタグ・ホイヤー、リシュモンがボーン・メルシーやIWCなどを抱えている。ただ、それは成長力があるブランドを抱え込んで、ブランド展開に厚みを増した戦略を進めるためで、Ritmo Latinoのケースは異なるだろう。

 時計ブランドにとってもビジネスを拡大するには資金が必要で、自前で調達するより巨大グループの傘下にいた方が現実的だ。しかし、Ritmo Latinoはそこまでの高級時計ではないし、世界各地にショップ展開をしているわけではないから、それほどの資金は必要としない。言い換えれば、高級ブランドウォッチではないからこそ、デザインという一部分に惹かれる層をがっちりつかむこともできるのだ。それがある程度の手応えを得たのではないのだろうか。

 アパレル業界は今、非常に厳しい環境の直中にある。この閉塞感から抜け出すには、若々しい感性をもち、エイジレス化したお客にアプローチしなければならない。実際、今は40代にしても昔とは比べ物にならないほど若い感覚をもつ。それぞれのライフスタイルで、ファッションに対する嗜好も多種多彩になっている。マスにはならないけど、共感を得られると、ビジネスとしてペイしなくはない微妙なマーケットでもあるのだ。

 量産を旨とするアパレルでは、なかなかそうした多様化にアジェストするのは難しい。そこで異業種の発想を生かしてみること。時計のRitmo Latinoがもつイタリアンエッセンスで服づくりすると、意外なクリエーションが生まれるかもしれない。


 先日、ファッションライターの南充浩さんがFacebookで以下のことを仰っていた。


 
「知り合いのデザイナーはアニメ、漫画、ゲーム、プロレス業界からの注文を専門に受け付けるようになったし、某靴下メーカーは自動車メーカーや自転車メーカーからの注文が増えている。アパレル業界からの注文は原価率低い、利益薄い、ロットまとまらないという三重苦のキツさしかないという状況。企画製造する側もアパレル業界、ファッション業界からの注文に魅力を感じなくなっている。これがアパレル業界、ファッション業界の置かれている状況」と。

 異業種からの衣料品の企画製造が増えている点で、共通しているのは非常に高い原価率でも問題なく、企画製造側も十分に利益が取れること。異業種だと40%とか45%でも珍しくない」のだそうだ。

 つまり、服という概念にとらわれ過ぎなアパレル、ファッションの業界では、マーケット開拓の発想が非常に貧困であるとも言える。その意味では異業種の方が既成概念のとらわれず、別の角度で市場にアプローチできる。だから、価格競争に飲み込まれないで済むし、お客も服を買うのでじゃなく、趣味に投資するという感覚なのだろう。

 ならば、まずは異業種の力を借りることで、閉塞感が蔓延する状態から抜け出すきっかけをつかめるのではないか。発想の転換が難しいのなら、企画のアプローチを別の角度からやればいいのだ。その意味で、独特なデザイン感性のRitmo Latinoが服作りに参画することは、「こんな服を待っていたのよ」というお客さんのおしゃれ心を呼び覚ますかもしれない。

 従来の時計メーカーが発想もしなかったドーム型のガラス、カラフルな数字や柄を配した文字盤、それが醸し出す調和のとれたデザイン。何もかもが新鮮で心を奪われるのは、今の服作りにこそ不可欠だと思う。イタリアらしい悦楽的デザインのDNAをどんどん服作りにも注ぎ込んで、市場活性の芽を育んでほしいものである。