田母神「元」空幕長の呆れた言い草石破茂元防衛大臣を少し見直した

2008年11月07日

田母神論文へのツッコミ

さて、先日書いた二つのエントリでこの件について書きたい事はほぼ全て書いたわけですが。

そのときに田母神は神!反省の弁なし!・田母神俊雄前空幕長が記者会見・謝罪や反省など全く必要ない・「日本が悪い国だという認識は修正されるべき」・「政府見解に一言も反論できないとなると北朝鮮と同じだ」
というエントリにたいしTBさせて頂いたところブログ主のdeliciousicecoffeeさんより「「田母神論文」に文句があるなら、どこがどのように間違っているのか具体的に指摘して説明するべきです。」とのコメントを頂いたので、この件が批判されるべき理由からやや脱線している事を承知で書かせていただきましょう。

日本は侵略国家であったのか

まず、「侵略ではない」論の最初の骨子として。

日本は19世紀の後半以降、朝鮮半島や中国大陸に軍を進めることになるが相手国の了承を得ないで一方的に軍を進めたことはない。現在の中国政府
から「日本の侵略」を執拗に追求されるが、我が国は日清戦争、日露
戦争などによって国際法上合法的に中国大陸に権益を得て、これを守
るために条約等に基づいて軍を配置したのである。


という一文がある、なるほど確かに満州に関東軍がいたのも北京郊外に支那駐屯軍がいたのも条約に則ったことであるのは事実である。

この日本軍に対し蒋介石国民党は 頻 繁 に テロ行為を繰り返す。邦人に対する大規模な暴行、惨殺事件も繰り返し発生する。これは現在日本に存在する米軍の横田基地や横須賀基地などに自衛隊が攻撃を仕掛け、米国軍人及びその家族などを暴行、惨殺するようものであり、とても許容できるものではない


というのも確かに道理にかなった話である。

が、「軍がいた事=条約に則っていて侵略ではない」とは言えるが満州事変において一方的に先制攻撃をしかけ傀儡政権を立てることの正当化には全くと言って良いほどなっていないのだ。
二つ前のエントリにも同じような事を書いたが、例えば日米安保条約に則って沖縄に駐留する米軍に沖縄県民が激しい反米運動を行い米兵に死者が出る事態が生起したとしよう、それに対して米軍が沖縄全土を制圧し傀儡政権をたてたとしたらそれは主権の侵害であり一般的には「侵略」とされる性格の事態だ。
それとまったく同じ事であって、「侵略していない」論として甚だしく論拠が弱い。

とりあえず先に進む。

>>1936年の第2次国共合作

×1936年
○1937年

というのはまあ重箱の隅をつつくようなものだから良いとして

1928年の張作霖列車爆破事件も関東軍の仕業であると長い間言われてきたが、近年ではソ連情報機関の資料が発掘され、少なくとも日本軍がやったとは断定できなくなった。「マオ( 誰も知らなかった毛沢東)( ユン・チアン、講談社)」、「黄文雄の大東亜戦争肯定論( 黄文雄、ワック出版)」及び「日本よ、「歴史力」を磨け( 櫻井よしこ編、文藝春秋)」などによると、最近ではコミンテルンの仕業という説が極めて有力になってきている。日中戦争の開始直前の1937 年7 月7 日の廬溝橋事件についても、これまで日本の中国侵略の証みたいに言われてきた。しかし今では、東京裁判の最中に中国共産党の劉少奇が西側の記者との記者会見で「廬溝橋の仕掛け人は中国共産党で、現地指揮官はこの俺だった」と証言していたことがわかっている「大東亜解放戦争( 岩間弘、岩間書店)」。


という部分。


>>1928年の張作霖列車爆破事件も関東軍の仕業であると長い間言わ
れてきたが、近年ではソ連情報機関の資料が発掘され、少なくとも日
本軍がやったとは断定できなくなった。 
(中略)
最近ではコミンテルンの仕業という説が極めて
有力になってきている。

これは一般的には関東軍の河本大作大佐主導の犯行であるとされている事件だ。

で、河本大作でグーグル検索して三番目に表示されたサイトにある河本大作の証言を転載させていただく。

河本大作大佐談
ところで、支那軍というものは、いわば親分子分の関係のものであるから、親分さえ斃してしまえ ば、子分は自ら散り散りになってしまう。この緊迫した際のとるべき手段としては、先ず親分たる張作霖を斃して彼等の戦意を挫くより外かに途はなしとの結論に到達した。
(中略)
張作霖の乗用車が現場に差掛かかり、一秒遅れて予備の火薬を爆発させ、一寸行過ぎた頃また爆発させ、これが甘く後部車輪に引かかって張作霖は爆死した。


実行の意図と経緯、そして犯行の流れを生々しく話している、当然そこにはコミンテルンの影もない。
例えばコミンテルンの陰謀だったとしてコミンテルンの実行部隊が手を下して日本側のせいにしたとかコミンテルンが巧みに河本大作をそそのかしたという二つの線が考えられるが、前者であるならば天皇の叱責で首相の首が飛ぶような事態に発展するとは考えられず後者は証拠らしい証拠は出てこないであろう。

また
>>東京裁判の最中に中国共産党の劉少奇が西側の記者との記者会見で「廬溝橋の仕掛け人は中国共産党で、現地指揮官はこの俺だった」と証言していたことがわかっている

という部分についてだが、上記の河本証言を載せているサイトに歴史学者の秦郁彦が書いたこの件にたいする疑問が載っていたので転載してみたい。

盧溝橋事件 中国共産党陰謀説

 
証言中止と河辺、牟田口釈放の理由を聞いたのは桜井の口からだが、桂はなぜ劉少奇の記者会見なるものが新聞に出ないのか、ふしぎに思い、それから三十年後、思い出して新聞の縮刷版をくってみたが、やはり発見できなかったという。

 では日本の新聞が掲載しなかったとしても、この種の記者会見や発表がありえたかとなると、まずありえないと考えてよい。なぜなら、この時期の中共党は国共停戦が破裂して首都の延安を胡宗南の国府軍に占領され、毛沢東以下の幹部は周辺の山間部に四散していて、記者会見どころではなかったからだ。

 彭徳懐の回顧録によると、毛は三月十八日夕方首都防衛を彭に任せて小型機に乗り延安を離れたが、翌十九日に延安は陥落、奪回するまでに一年を要した。

 このとき党中央委員会は二手に分れ、劉少奇は朱徳らとともに、難行軍ののち河北省平山県に移ったらしい。有名な紅軍の大長征ほどではないにしても、桂証言の時機に劉は山間の難路を逃避中だったはずである。


果たして根拠地を失って敗走していた状態でそのような記者会見を開き戦争を自ら招いたという失言をすることがあるのだろうか?
そして、ここ以外にも色々探してみたが何処かの新聞に出たとか文書になってるという話しではないわけで。
「論文」というかたちでこのような信憑性の薄い陰謀論を書いてしまうのはいささか空自のトップとしての見識を疑われてしまうのは無理もない話しである。

まあ、二つ前のエントリにも書いたが陰謀が「ない」と証明するのは「悪魔の証明」であるので不毛なことではあるw

少し飛ばしてこちらの文章。

また1915 年には袁世凱政府との4 ヶ月にわたる交渉の末、中国の言い分も入れて、いわゆる対華21 箇条の要求について合意した。これを日本の中国侵略の始まりとか言う人がいるが、この要求が、列強の植民地支配が一般的な当時の国際常識に照らして、それほどおかしなものとは思わない。


対華二十一ヶ条の第五号において次の一文がある

一、中央政府に政治財政及軍事顧問として有力なる日本人を傭聘せしむること。

侵略呼ばわりされても無理ありませんどうもありがとうございました。
こっちの力が相手より大きいのをかさにきて「あんたんとこの政府の政治経済と軍事をうちの人間に任せなさいよ」と言うのは常識的に考えれば主権の侵害である。
当時の国際常識にしたって「ありえる」話あっても「悪くない」ことではないだろうw


その後のハルノートの件については学問的には陰謀論というのは主流ではないしハルノート自体がそもそも最後通牒ではない。
まして、日本側はハルノートの前からすでに交渉期限を決めており仮にハルノートが出ずともその期限を過ぎてしまえば真珠湾は攻撃されてしまうわけだ。
そもそもホワイトは「案」は出したがそれが100パーセントそのまま通ったかはわからない、結局は彼は財務省の人間でありハルノートは国務省の仕事である。


植民地解放云々を一旦飛ばしてこちらの文章

一方で大東亜戦争を「あの愚劣な戦争」などという人がいる。戦争などしなくても今日の平和で豊かな社会が実現できたと思っているのであろう。当時の我が国の指導者はみんな馬鹿だったと言わんばかりである。



・・・・・・さて
Q 「コミンテルンの陰謀」にまんまと引っかかり中国と戦争し国際的な孤立を招き同じく「コミンテルン(とルーズベルト)の陰謀」に引っかかり真珠湾を攻撃して結局は敗戦した愚か者の国があると当時の我が国の指導者はみんな馬鹿だったと言わんばかりに主張してるのはどなたでしょうか?

A田母神俊元空将


ところでさっき飛ばした植民地解放云々の件についてだが、この論文の流れをコミンテルン陰謀論を中心に軽く要約してみると中々面白い事に気付く。

中国に日本の軍隊がいたのは条約に則った行為である→日本軍は度々挑発行為を受けていた、許されない行為だ→実はそれはコミンテルンに操られた「蒋介石」の陰謀だった!日本は陰謀に巻き込まれた被害者なのだ!→それだけではない、通説では日本の犯行とされた張作霖爆殺も偶発的といわれた盧溝橋事件もコミンテルン(ry→日米戦争もコミンテルンのスパイに仕組まれた陰謀→植民地解放は日本のおかげ、日本が大東亜戦争を戦わなければ人種平等の世になるのは遅れただろう


・・・・・これを見て何かに気付かないだろうか?

彼の認識ではあの戦争は「コミンテルンの陰謀」による戦争であったはずだ。

となるとこの論文の「コミンテルンの陰謀でアジアは解放されて人種差別もなくなっていきました」という話しになってしまうのであるw
冗談みたいな話だが、彼の書き方ならばコミンテルンの陰謀がなければ無謀な戦争に突入してないわけだから「もし日本があの時大東亜戦争を戦わなければ、現在のような人種平等の世界が来るのがあと百年、2百年遅れていたかもしれない」という状況になっていたという事になるwまさに「コミンテルンさまさま」という妙な話しになってしまうのだが彼はそこらへん考慮しなかったのだろうか・・・・・。

ついでに言うなら、この手の「アジアの救世主」かのような主張をする人々はホーチミンが終戦直前に対日蜂起直前であったりとかフィリピンでは抗日ゲリラが発生しすぎて大変なことになったりだとかインドネシアは「直轄領」になるはずだったとかを話してくれないのでとても不思議であるw



とりあえずはこんなところだろうか?自分の文章力の稚拙さと資料が手元にない事で引用が多くなってしまった事はまことに恥ずかしい限りだ。

何度も読み返した感想としては、学術論文としての価値は全くなく読書感想文に近いなと。


ただ、これを書くのはもう何回目になるかわからないが今回問題となったのは

軍人が政府の公式見解と異なる意見を公にした

ということであり、それは文民統制の観点上「よろしくない」行為であって文民統制の秩序の維持という観点からして更迭は当たり前であると言っているので。

政府見解が正しいか正しくないかとか田母神論文が正しいか正しくないかという問題ではないという事をどうかこれを読んでる人たち(多くの方はわかっていただけていると思いますが)に認識していただきたい。

その上で、コメントに対する反応としてこれを書かせていただきました。



万が一にでもためになったと思っていただけたらクリックお願いします。

人気ブログランキングへ


moonlight_sunlight at 22:47│Comments(0)TrackBack(1) 考え事 | 軍事

トラックバックURL

この記事へのトラックバック

アホの浜田靖一は、田母神前航空幕僚長に退職金の自主返納を求めるが、田母神氏は応じず <font size=3,color=red>↓クリックよろしくお願いします↓ 人気ブログランキング http://blog.with2.net/in.php?671525</font> 前空幕長に退職金返納求める ...

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔   
 
 
 
田母神「元」空幕長の呆れた言い草石破茂元防衛大臣を少し見直した