2012年02月10日

「ことばの食卓」武田百合子

エッセイ集と書いてあるが小説のように読んだ。
夫(武田泰淳)のこと、子供時代(戦前、戦中)のこと、
現在(書かれた当時は1980年代)のこと、
その他。

ことばの食卓とあるように、食べ物がかならず出てくる。
対象を突き放したような、温度の低い文体で、
食べ物や出来事や誰かや自分自身が物のように綴られていく。
物だから、情緒はあまり感じさせない。
それも、太陽に照らされた物そのものより、物が作り出す影に、
作者の焦点は定まり続けている。
何を書いても、影の暗さ(そこに濃淡はあるにしても)と
不健康さとがつきまとう。

太陽の当たる世界の中で生きてると、
ひょっとしたら自分は間違っているのでは、
と真剣に迷う事があるけれど、
こういうエッセイを読むと、なんだか安心する。

ことばの食卓 (ちくま文庫)
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2012年02月09日

追いつかない

大阪から東京まで、新幹線で約2時間半。
日帰り出張だと、朝は大阪にいたのに、昼にはもう東京にいる。
夜になるとまた大阪に立っている。
自分が体感できる距離感は、徒歩かせいぜい自転車くらいまで。
新幹線になると、もう感覚が追いつかない。
狐につままれたみたいに一日が終わる。
自分は動かず自分の周りが動いているような気がする。
東京出張の一日は、振り返るとまるで夢の中のできごとみたいだ。

金曜に続いて火曜日も東京へ行った。
得意先との打合せ。赤坂見附にあったその企業は、
1月に初台の東京オペラシティの48階に移転した。
オペラシティは地下鉄と直結していて、そのままビルの中へ入った。
だから外からオペラシティーを見る事ができなかった。
高層エレベーター。1秒で1階上がる。
やはり新幹線と同じで体感がともなわない。
移動しているのか止まっているのか分からない。

それが一昨日。やはり思い出すと夢のような気がする。

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2012年02月07日

歯磨きのコツ

先週の東京出張では、
某製薬メーカーのオーラルケア製品担当の方に、
正しい歯の磨き方をレクチャーしていただいた。

(1)
歯ブラシは歯に強く当てないほうがいい
ゴシゴシ磨くと歯の表面の保護膜的なものまで削ってしまうそうです。
毛先を歯に垂直に当て、優しく小刻みにブラッシングするのがコツ。
「桃の表面を磨く事を想像して、皮がめくれないくらい」の力加減がベスト。

(2)
寝る前の歯磨きが大切
歯や歯茎を菌から守る唾液が就寝中はあまり出ないため、
菌が繁殖しやすいそうです。
なので就寝前に菌を駆除するために歯を磨く。
さらに朝起きてすぐ磨くのも、繁殖した菌を排除することになるので
良いそうです。

他にもいろいろ聴いたけど、印象に残ったポイントはこの2点。

ブラッシングは力をいれないほうがいい、
というのが新鮮でした。
(俺は目一杯のパワーで磨いて、すぐ歯ブラシをダメにしてしまうタイプ)

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2012年02月06日

等比

俺は底意地が悪い。
だから、たとえ災厄に見舞われても、
俺の底意地の悪さの深度とおなじくらいの目盛りの災厄なら、
これは天罰なんだ、と自分を納得させることができる。

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2012年02月05日

「Take me Take me」 Perfume

すいません、ここんとこ Perfumeばっかりで…



途中ギターっぽい音が入るところ、
ヘッドフォンで聴くと鳥肌立ちます。

今、この「Take me Take me」と
「GAME」がウォークマンの再生回数1位2位なんです。



最近、同僚のデザイナーK君が
ディープな Perfumeファンだであることが判明。
Perfume初心者として、彼からいろいろ教わる日々です(どんな日々やねん)
ライブDVDも借りました(しかし見る時間がない)

ちなみに、中田ヤスタカの前にPerfumeを
プロデュースしていたのは、パッパラー河合だそうです。


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2012年02月04日

ロール状のもので苦労する話

金曜日は東京出張だった。

新幹線を品川駅で降りて、お腹の具合がアレなので
駅のトイレに入った。
用を足し終え、トイレットペーパーに手をやると

「あ、ワカメ状になっている…」

どういうことかというと、
ロールのトイレットペーパーの端が縦半分に破れていて、
ちょうどワカメが垂れているような状態になっているのです。

トイレットペーパーがワカメ状になった場合、
非常にやっかいで、
そのまま引っ張ると、ワカメのように狭い幅のままで
紙が伸びてくる。
ロール幅が20cmあったとしたら、
10cmくらいの幅分しか降りてこないのだ。
説明しにくいのだが、破れた場所から左半分と右半分の巻き具合が
互い違いにずれてしまっているのでこうなる。
このズレを元に戻さないと、
全幅ある状態で、トイレットペーパーが使えない。

というわけで、ワカメをゆっくり引っ張ったり
ロールを逆回転させたりしながら、分岐してしまった地点を慎重に探す。
5分くらい苦労して、ようやく全幅分引き出せるように修復できた。

そういえば昔、セロハンテープでも同じようなことがあった。
附属のカッターから外れて端が本体に密着してしまった場合、
端を中途半端にめくるとやはり縦半分に避けて、
分岐したまま左右がずれていったり、なぜか真ん中部分だけが本体に残って、
二股に裂けるようにめくれていく。

あと、サランラップも、時々端がカッター部分から外れて本体に密着してしまい、
苦労することがある。
ラップの場合は縦に破れるということはないが、
素材があまりにも薄いため、どこが端だったか、分からなくなってしまうのだ。
こういうトラブル(というほどでもないけど)って俺だけなのか、
それともわりとよくあることなのか…

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2012年02月02日

はい、雨男です

先月の後半、取材とロケ撮影で奈良の桜井市に行って来た。
日程を決めたのはその日の約3週間前で、
その時点では、関係者と
「1月は雨が少ないから天気はだいじょうぶですよね〜」
みたいな話をしていた。

ところが、1週間前になって徐々に天気が下り坂に。
(それまではずっと快晴だったのに)

「雨男」という不名誉かつ忌まわしいジンクスが脳裏をよぎる。
ちなみに週間予報では、週の半ばに雨が降るものの、
撮影日の前々日には上がり、当日は晴れ時々曇り。
ふつうなら、ほっと一安心するところだが…
俺は、いや〜〜〜〜な予感でいっぱいだった。

で、予感通り、その日が近づくにつれ予報が変わってゆくわけですよ。
もちろん悪い方に。
結局当日の大阪は………今にも泣き出しそうな曇天。
カメラマンの自動車に乗せてもらい奈良に入ったら………
やっぱり降り出してきました。

雨男って、ほんとにいるんですかね………
(ちなみに現地ではなんとか雨だけは上がり、
曇天ではありましたが撮影はできました。
終了後、帰路の途中から
「ぱーーーーっ」
と空が晴れだした事を付け加えておきます)

<追記>
明日は東京出張ですが、
雪の影響で新幹線のダイヤが乱れる可能性が高まっています。
雨男の次は雪男です………


moratorium38 at 21:18|PermalinkComments(2)TrackBack(0)この記事をクリップ!考え事 

2012年01月29日

最近読んだ本から

書くというのは情熱を燃やす時。書くというのはわたしが左のポケットから死を取り出し、そいつを壁にぶつけて、跳ね返ってくるのを受け止める時。(「死をポケットに入れて」チャールズ・ブコウスキー)

死をポケットに入れて (河出文庫)
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「負けてもいいじゃん」とか「弱くていいじゃん」って言ってるんですけど、要はそれ、
勝つために言ってるんですよ。だって、負けるような者ばっかり集まって、弱い人たちのルールを作ったり、「ダメ人間」とか言って見せたりするのは、結局、負けてる人や弱い人や、ダメ人間が力をつけたいからでしょう?それは自分たちの価値観を高めて、勝とうとしてるわけじゃないですか。
(「グラグラな社会とグラグラな僕のまんが道」福満しげゆき)

グラグラな社会とグラグラな僕のまんが道
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政治の危機の本質は、社会が複雑になりすぎて、熟議への参加コストが跳ね上がってしまったことにある。年金改革でも景気対策でも外交問題でも、いま日本が直面する課題のいずれもが、専門家や当事者にしか分からない膨大なディティールに覆われている。(中略)では市民は勉強すべきだろうか。(中略)そもそもたいていのひとはそれほど暇ではないし、通勤時間に新書に目を通すのが関の山だ。国民のほとんどは熟議に参加することができない。彼らに可能なのは、国政選挙の投票時に、二つか三つの「マニフェスト」からなんとなく気に入ったものを選ぶという、実に粗っぽい「政治参加」だけなのである。(「一般意志2.0」東浩紀)

一般意志2.0 ルソー、フロイト、グーグル
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「物語?」
私は聞き返した。
「はい、そうです」
男は答えた。
「誰でもその人固有の、眠りの物語を持っているはずです。怯えないで、緊張しないで、さあどうぞ、と言いながら眠りの世界へ導いてくれる、案内役をね」
(「まぶた」小川洋子)

まぶた (新潮文庫)
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ボクはこれまでの人生で、相手が金持ってるってだけで卑屈な態度になったりしたことだけは一度もありません!そこだけは、唯一ボクとベートーベンに共通しているところかもしれませんけどね。(中略)ターザン山本さんが以前、なんでそんなにギャンブルをやるのかという質問に対して「金に縛られたくないんだ。モノを買うと執着が増えるだけだから、ギャンブルで手放す」といってましたけど、それ聞いてなんて素晴らしい人なんだろうと思いましたね。まああの人、それで結局家庭まで手放しましたがー。(「杉作J太郎が考えたこと」杉作J太郎)

杉作J太郎が考えたこと
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2012年01月26日

今日と昨日

今日と昨日の違いが曖昧になっている。昨日と一昨日も。一昨日と一昨々日も。かけがえのない1日という固有性が失われ、区切りのない一本の棒のように毎日が過ぎてゆく。変化に乏しいのかもしれないし変化を感知できないだけなのかもしれない。変わりたいと願うのと同時に変わりたくないと願っている。

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2012年01月24日

「かわいそう」(創作)

テレビ欄のほうから新聞を1ページめくったら、
「消費税増税に過半数反対」という大見出しよりもずっと下に小さく載せられた
幼い子供の虐待死のニュースが先に目に入った。
140字ほどに簡潔にまとめられた、まだ3歳の、知らない男の子の死。
読みたくない、と反射的に思う。
でもそれを読むように促す何かに逆らうことができず、わたしは結局それを読む。
そして読んでしまえばわたしの頭は自動的に、
140字に収まらなかった子供の苦しみを、想像しはじめる。

死後確認されたという全身のあざは、どうやってできたのか?
何度も何度も殴られた? 平手で?握りこぶしで? それとも棒のようなもので?
最初は…例えばプラスチックの布団叩きで…
やがてそれは木刀にエスカレートする。
虐待はそれだけ? 裸にされ、冬のベランダで夜通し立たされたりはしなかった?
なにひとつ悪くはないのに、ごめんなさいごめんなさいと、
寒さにふるえながら泣き叫ぶ男の子の姿。

その知らない男の子が、たまらなくかわいそうで、心臓が締め付けられる。
胸郭の内側で、気体のようなものがふくれあがり、
肺が圧迫されて苦しくなる。
そしてわたしは、
わたしの知らない男の子を死なせたわたしの知らないその子の親が、
際限なく憎くなる。
死刑になればいい、と思う。
死刑になる前に、子供とおなじ、いやそれ以上の苦しみを味わってから、
死ねばいい。

電車に乗っても、わたしは他のことを考えることができない。
開いた文庫本の一頁に目を落としたまま、
男の子を虐待したその子の親に、わたしは頭の中で、制裁を加える。

屈強な男たちが、代わる代わる、虐待を加えたその子の親を、殴る。
最初は平手で、次に握りこぶしで、やがて木刀で。
「やめてくれ!」
泣き叫びながら懇願しても、格闘家のような男たちは、
ためらわない、手を休めない。
規則的に打撃を受け続ける顔は次第に赤黒く腫れ上がり、
しまいには輪郭が変形してしまう。
ぐったりしたそいつの服を、男たちは脱がせる、というより強引に引きはがし、
裸にして真冬のベランダに投げ出す。
痛みなのか寒さなのか恐怖なのかで小刻みにふるえるそれに、
別の男がバケツに入った冷たい水を浴びせる。

「由加ちゃん!」
びくんとして目線を上げた。
吊り革をもった藍ちゃんが、わたしを見下ろして立っている。
暗い沼の底から急激に水面に引き上げられたわたしは、
「おはよう」が喉から出るまで、数秒かかった。
「どうしたの?気分悪い?」
「ううん、なんでもないよ」
電車を降りて、藍ちゃんと大学へ歩きながら、
たわいもない話をしているうちに、
あの陰残な妄想が、夢のように遠ざかっていく。

家に帰ってから部屋で、ひとりで、わたしは、あの沼のことを思い出す。
あの沼はきらいだ。ほんとうに。たまらなくイヤだ。
かわいそう、という感情が、きりきりきり心臓と肺を痛めつけ、
呼吸困難になるくらい苦しくなるから。
そしてその苦しみから逃れるために、自分でも信じられないくらい、残酷になるから。

そういえば、わたしは、わたしの想像の中で、
かわいそうな子供の親を、数えきれないくらい惨い目に合わせたけれど、
かわいそうな子供を助けたことは、一度もない。
頭の中の子供を救っても、私の気持ちは救われないからだ。

わたしは思う。
わたしの感情の動きや考え方のどこかに、
なにか根本的な間違いがあるから、
わたしはいつも、沼に続く一本道を歩いてしまうのではないだろうか。
だとしたらわたしは、沼に落ちる前に、もっと考えないといけない。
沼にたどりつかない別のルートを、見つけないといけない。

moratorium38 at 20:41|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!創作