「第二回文学フリマ京都」へ出店します

ギリギリの告知です。週末、つまり今週日曜日、つまり本エントリー更新日から4日後、文芸同人誌の即売イベント「第二回文学フリマ京都」に出店します。新作は「VERY BEST OF ANXIETY NEUROSIS BAND」。「短歌を歌う架空のロックバンドのベストテイク集」というコンセプトで編集した歌集です。かなりの渾身作です!表紙のイラスト、インディーロックのアルバムジャケットみたいでよろしおすえ!(滝口かりんさんに描いていただきました!)
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それから第一掌編集「悲しくはない」、第二掌編集「箱の中でわたしは」、コミックあり小説あり詩あり写真あり短歌ありのアンソロジー「ここから出して神様」も出品します。
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入場は無料です。買わなくてもぜんぜんかまいません。京都観光のついでにぜひお越しください。僕のブースは「い-19」です。「アイスコーヒー」という名前で出店してます。

<第二回文学フリマ大阪>
開催日時:1月21日(日)11:00〜16:00
場所:京都市勧業会館 みやこめっせ 1F 第二展示場C・D
最寄り駅:市営地下鉄東西線東山駅より徒歩8分(僕は三条京阪から歩きます)

くわしくは文学フリマサイト文学フリマサイトをご覧ください。

あ、今回も妻が参加予定です!

2018年になりました

少し遅い「あけましておめでとうございます」です。

昨年も夢のように過ぎましたが自分は確実に一年歳をとり
自分の周りのひとたちもそれはもちろん同じくです。

正月、実家で会ったまだ5歳の姪の成長ぶりにびっくりしました。
彼女の一年は、光や希望を思わせます。
反面、父母や義母の一年ごとの衰えは取替えないままの蛍光灯のように暗いです。
若さと老いはどちらも進む速度が速く、しかし方角は真反対です。
特に老いは、本人もそうなのでしょうが、周囲の人間にも
あまりよくない方面へ複雑な影響を与えます。
こんなとき、人間以外の生き物の老い方や果て方のシンプルさが
とてもうらやましくなります。
ああ、もっと簡単に命を終えたい…。

新年早々暗い話ですいません。
ことしはもう少し、ブログのエントリーを増やしたいと思っています。

本年も、どうぞよろしくお願いします。

「100物語」(詩)

僕たちは厄落としのように不幸な身の上を語り合った。病気のこと、借金のこと、肉親との不仲のこと。類型的だがひとりひとりにとってはかけがえのない不幸を100物語のように順繰りに語り、100話目を話し終えたら卓上のランプが消え、掛け軸の後ろから目も鼻も口も無い小僧が現れ、出口のないと思われた生活にも別世界の地平が切り開け、僕たちの不幸など取るに足りないものになるにちがいないという一縷の望みに、いつのまにか賭けていた。おひとりさま4000円2時間飲み放題コースはあと5分で終了しようとしていたが、なんとしてもそれまでに100の不幸を語らねばならなかった。明るい暗いで分断される世界を終わらせるために僕は生まれてきたのではなかったか?それこそが革命ではなかったか?頭の中でいくら威勢のいいことを言ってもだめだ。のっぺらぼうを本当にこの世に呼び出さなければならない。

「雪」(詩)

カーテンを開けると一面の雪景色だった。硬く縮んだ心臓がぱっと爆ぜ、光のつぶてになって窓の外へ拡散した。光に照らされた雪原は大学ノートよりも白く、一日の予定を書くのにうってつけだった。溶けないうちに書かなければと思った。白いままでなくてはならなかった。人生は希望に満ちている、と書きたかった。光に、白さに、酔っていた。うっかりコーヒーをこぼした。たちまち雪に茶色のしみがひろがった。カチカチカチと音がした。ドミノ倒しのように、予定が予定を倒していく音だった。頭の中がばらばらになり、悪い予感のかたちに組立てなおされた。光は消えた。雪は溶けた。なつかしい一日が帰ってきた。胸に手を当てると硬く縮んだ心臓がぎこちなく動いていた。僕は落胆し、安心した。

「その、瞬間を」(創作)

ケイと、ケイの夫と、2LDKの賃貸マンションが組み合わさって、簡素な家庭ができあがった。簡素だから、頑丈だろうと思っていたし、2人の間に何かが起こり、解体するはめになったとしても、ネジのいらない家具みたいに簡単にバラせると思っていた。ところが5年もたつと、部材と部材は馴染んで溶け合い、さらにそこに、お互いの両親や親戚や、友達なんかが微妙に干渉していて、しかも2人とも会社員であったから、社会的な立ち位置なんかもからんで、簡素だったはずの家庭は、5年前と比べてずいぶん複雑になっていた。つまり、ケイたちは結婚5年目にして、別れを考えるところまで冷えてしまっていたのだが、通販の組み立て式家具をバラすようにはいかないのだ、ということが、2人とも分かってしまい、離婚をお互いになかなか切り出せずにいた。子供がいたら、もっとややこしかっただろう、とケイは職場のデスクで、取材用の質問シートをプリントアウトしながら考えていた。それとも、子供がいたほうが、決断しやすかったのだろうか?「子供のため」という理由はとても強力だ。周囲も、自分も、黙らせ、動かすだけの力を持っているに違いない。だが、私たちには子供はいない。それに、子供という理由がどんなに早く早くと促したとしても、決断するまでの期間がゼロというわけではないだろう。いったい人はどのような瞬間に決断するのだろうか。
「瞬間を捉えたい」。
それはケイが物心ついた頃から抱いていた願望だった。専門学校を出て、中規模の編集プロダクションに就職し、ライターになって15年が経過して、その間、何百人もの人間に取材して分かったことは、人間は「瞬間」を意識していない、ということだった。ケイは、修練を積めば「瞬間」を引き出せるのではないかとぼんやり夢みていた。タレントになる決意をした瞬間、殺意を抱いた瞬間、結婚を決めた瞬間。著名人にも犯罪者にも無名の人間にもインタビューした。面白い話はたくさん聴けたけれど、決断の瞬間をひきだせた、と思えたことはなかった。「人間は、まずなにかをやってしまい、そのあとで理由を考える」。高名な批評家が、何かにそんなことを書いていたが、インタビューを通して、ケイはそのことを実感した。ケイはインタビュー記事で嘘を書いたことは一度もない。でも、本当のことを書いた、という手ごたえを感じたことも一度もない。まだ夫になるまえの夫と、会社でそんな話をしたことがある。同僚で、職種も自分と同じライターだったから分かってくれるだろうと思っていたが「それは力量の問題なんじゃないの?」と言われ、ケイはがっかりした。それでもケイは結婚した。それはなぜだったのか。そしてどの瞬間にそう決断したのか。いくらでもそれらしき理由は挙げられるが、決定的なものはひとつもないという気がした。結婚3年目まで同僚だった夫は別の編集プロダクションに転職した。そこから、少しずつ私たちの心は離れはじめたような気がする。ではその起点となった瞬間は、何月何日なのか。何時何分なのか。私は不毛なことを考えているのだろうか。けれど10代の頃から、ケイは「瞬間」に憑かれていたのだ。「瞬間」はある。例え言葉にできないとしても、それはある。言葉の手前に、それは、あるのだ。今度こそ。ケイは心を引き締めた。私が、あるいは夫が、離婚を決断する瞬間を見逃すまい。UFOをカメラで捉えようとしている人は、こんな気持ちなのかもしれない、とケイは思った。

「ウーパールーパーに関する考察 上・下」(伴美砂都)

(このエントリーは今秋「文学フリマ大阪」で購入した小説〈「ウーパールーパーに関する考察」伴美砂都著 つばめ綺譚社発行〉の感想です)

「ウーパールーパーに関する考察 上・下」(伴美砂都)を読み終えました。他人からの評価、それもマイナスの評価に極端に敏感で、それゆえ自分に自信が持てず、友達もいないしお母さんともうまくいっていない。居場所が欲しいのにどこにも見つけられない……生き辛さが女の子の服を着ているような高校生の高野ゆきさんが、少しずつ少しずつ、もう本当に少しずつですが、じぶんにはできない、と思っていたことが、できるようになっていく話です。生きやすさを獲得していく話です。

市立図書館の司書の麻生さんと知り合ったことで、高野さんは彼が掛け持ちしている障がい者施設でアルバイトをすることになり、学校と図書館の往復しかなかった彼女の毎日に、様々な人との関わりや、関わることで生まれる楽しいできごとと、辛いできごととが次々に押し寄せます。

これらのひとつひとつが、高野ゆきさんというセンシティヴな感受性を通すと、とてもドラマチックなんですよ。というか日常のあらゆるできごとは本当はドラマチックだ、ということを、高野さんの「心」というスクリーンと、そのスクリーンの感度に合わせてゆっくり、丁寧に言葉を綴っていく伴さんの筆に、教えてもらった、というべきかもしれませんが。僕は高野さんの心の動きに、そしてその動きを的確に、自然体で言葉に定着する伴さんに、読んでる間、ずっと心を揺さぶられました。端的に言うと何度も「うるうる」しました。

胸に残る描写やフレーズにたくさん出会いました。婚約者を連れてきた麻生さんが、「ゆきさん」ではなく「高野さん」と呼ぶところ。ようやく仲良くなった咲子ちゃんとの関係のバランスが崩れそうになったときの、高野さんだからこその心臓が痛くなるような思考の流れ。切れそうだった図書館の蛍光灯が、時間を空けた別のシーンで、ついに切れていた光景。大きな場面だけじゃなく、小さな描写も忘れられません。はじめて訪れた障がい者施設が、いわゆる施設然、とした建物ではなく普通の民家だったところ。担任の先生の机の上の資料に貼られた色とりどりの付箋。物語の構成も、うまいなーと感心しました。高野さんの中学時代が語られるタイミングとか。このへんは、純粋な読者というより、伴さんと同じく同人小説を書いてるほうの僕の目線で観てますね。ちょっと悔しかった(笑)

主要人物の、きれいなところばっかり書いてないのもよかったんですよ。高野さんがホームで落ち着けるのは、意地悪な見方をすると、障がい者の方にはおびやかされないからだ、と僕は思います。(そのかわり、別の側面から、障がいのある方との関わりの難しさを痛感するシーンもあるんですけど)。それから麻生さんもちょっとずるい男だし(笑)でも、だからこそ、この人たちを信用できる、と思えたし、自分にひきつけて読むことができたんだろうと思います。

タイトルになっているウーパールーパーについて何も書きませんでしたが、どう関わるかはぜひ読んで確かめてください。なんだかずいぶんネタバレをしでかしたような気もしますが…。本当によい作品なので、特に高野さんの気持ちが分かるタイプの人には、ぜひ読んでもらいたいなー、と思いました。

「これから、きっと、生きやすくなります」

「言葉は光ではない」(詩)

「質問はありますか?」
学級委員長のミズオくんがみんなに聞く。誰も何も答えない。沈黙のせいで教室の壁の白さが増したような気がする。わたしはわたしで言葉が出ない病気を患っていた。副委員長になれないことを声が出ないせいにしていた。でも面倒くさい患者だと思われたくない。先生はもう薬を処方してくれません。わたしがODばっかりするから。勉強は相変わらずはかどらない。またカレシと仲直りしてしまった。中二の弟のバスタオルからは野犬の臭いがする。レインコートだと雨の音が全身で聞こえた。口から声は出ないのに、耳から音は入るのだ。一方的にわたしに入るのだ。だからわたしのからだはいつも音で破裂しそう。当たらなかった予言の後を生きてるの、と母が言う。母が若い頃、世界は1999年で滅びる、という本がベストセラーになったらしい。予言が外れたかわりにわたしは声を失くして生まれたの?と母に筆談で聞くと母は必ず泣き崩れるから面白い。それから沈黙。蛍光灯の白さが増したような気がする。わたしは夜遅くまで聞こえる楽しそうな家族の話し声と戦い、そしていつも敗れた。そんなとき、わたしは家を飛び出す。午前1時のタクシー乗り場は静まり返っていて、街路灯の下で、車を待つまばらな人たちは、蛾のように口をきかないからほっとする。最後尾に並んでいると、少ない配車に、ひとりづつ拾われていくたびに心細くなる。自分だけぽつんと取り残されて、しかもなかなかタクシーが来ない時は、このまま家に帰れず、一夜明かすんじゃないかと不安になる。真っ暗闇の中で人間が頼れるのは言葉だけだよ、とミズオくんは言った。でもわたしに言葉はない。言葉は光ではない。

DAOKO×岡村靖幸

毎日観てます。中毒です。めちゃめちゃかっこよくないですか?

雨上がり

曇り空や雨模様は気分を沈ませる。
そして雨が上がって太陽と青空が、夕方なら夕焼けがあらわれると、
気分がさーっと明るくなる。
心はつくづく天気と連動してるんだな、と思う。

確かアランの本だったと思うんだけど、
雨降りにイライラしてもしょうがない、ああいいおしめりだ、
くらいに考えたほうが精神衛生上良い、みたいなことが書いてあった。
確かに、天候と気分のつながりを切り離したほうが、
心を自分でコントロールしやすいのかもしれない。

でも、雨上がり特有の、
胸のつっかえがなくなるような気分を味わうためには、
曇りのときの沈んだ気分も必要なので、
アランのいうことを鵜呑みにもできない。

音楽の聴き方

携帯音楽プレーヤー(ウォークマン)を買ったのがいつだったか正確な時期は忘れてしまたったけれど、少なくとも5年以上昔だったと思う。とにかく購入前と購入後では音楽の聴き方が変わってしまった。

<携帯音楽プレーヤー購入前>

CDを買ってコンポで聴く

<携帯音楽プレーヤー購入後>

CDを買ってパソコン経由で携帯音楽プレーヤーに落として聴く


携帯音楽プレーヤーで音楽を聴くようになってから、コンポは滅多に使用しなくなった。聴いてる時間帯は主に通勤時と退勤時だから平日の朝と晩。コンポの時代は休日か、平日は夜中だったと思う。音質も、あまり重視しなくなった。
ただ、いまだに欲しい音楽はCDで買う。ダウンロードはしない。古い人間なので、音楽という、物質的な実体のないものであっても、いやだからこそ、手触りやカタチが欲しいのだ。
とはいえ街のCDショップはタワレコ以外壊滅状態だ。もうダウンロードする人の方が主流なのだろう。

あ、そういえば最近ラップに抵抗がなくなった。
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マツ

ジュンク堂とタワーレコードのおかげでかろうじて生きてる40age下流層コピーライター。脱モラトリアムはとっくに断念。水森亜土が目標です。








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