「電話」(創作)

お母さんごめんね。お母さんからの電話のあと、わたしは必ず心の中で謝る。電話なんてかけてほしくなかったって思ってるわたしはなんて薄情なんだろう。お母さんが歳をとるから悪いんだよって恨んでるわたしはなんて自分勝手なんだろう。お母さんが、若いころのお母さんのままならよかった。いつもわたしを、ハリのある声で叱咤激励してくれて、あんたの人生なんだから、あんたがなんでも選んで、自由にすればいいのよって背中を押してくれて、未来が明るいと信じさせてくれた頃のお母さんだったら。そしたらわたしはお母さんからの電話を疎んじるどころか心待ちにできたのに。脚が痛いとか、家が売れないとか、父さんが近頃物忘れが激しくてとか、そんな話は聞きたくないの。わたしが、そう遠くない先に抱えなければならないことを、予告するのははやめてほしいの。呼吸が不規則になるの。悲鳴をあげそうになるの。わたしだってお母さんに言いたいの。職を失ったこと。鬱病だと診断されたこと。猫が死んだこと。ともだちからメールの返信がこないこと。赤い大きな月がこわいこと。抱えて欲しいのはわたしのほうなの。わたしはいまや助けてもらう側の人間であって、お母さんを助けてあげることはできないの。心配させたくないから黙ってるだけなの。だからお母さんもわたしを心配させないように黙っていて。電話をかけてこないで。電話をかけるなら、ハリのある声で叱咤激励してよ。あんたの人生なんだから、あんたが選んで自由にすればいいのよって背中を押してよ。未来が明るいと信じさせてよ。お母さんごめんね。お母さんからの電話のあと、わたしは必ず心の中で謝る。お母さんは電話を切ったあと、何を考えているのだろう。わたしが面倒みてくれるって、なんとかしてくれるって安心しているのかしら。ごめんなさい、お母さんを安心させてあげることはわたしにはできないの。結婚もしなかったの。ひとりぼっちなの。それがわたしの選んだ人生なの、お母さんのアドバイス通り、わたしは自由に選んで、その結果わたし自身の面倒を見ることでいっぱいいっぱいな未来を手に入れたの。だからお母さん、もう電話してこないでよ。昔、お母さんが山登りに連れていってくれたことをよく思い出すの。ずっとずっと、大人になっても、お母さんがおばあさんになっても、山登りに行きたいって思ってた。お母さんのことだ好きだったし今も好きよ。でもね、おかあさん、この間、由子おばさんが死んだって電話で教えてくれたでしょ。わたしは体調がわるくて葬儀にはいけなくて、葬儀の日、わたしね、布団の中で、いとこのゆきちゃんのことを、わたしより先に未来のことが自動的に片付いてしまった彼女のことを、うらやましいなって思ってたのよ。ごめんね。お母さん。ごめんね。

短歌の練習13

シャーペンで元カレの家つないだら射手座になった話したっけ

口数の少ないきみの内側の宇宙でいつか遊泳しよう

いい方を選んだはずだでも星は選ばなかった空で輝く

抱きしめて暖めてから離れてくいちばん悪い人だあなたは

ながされずまよわずずっとまっすぐにまちがった道あるき続ける

あたらしい言葉をつくりきみだけに教えてきみと国家をつくる

いやまさかこんな時代がくるなんてオルドビス紀の魚類のことば

このゆびがこれまで何にふれたのかその遍歴も知らずにきみは

もう明日でお別れだねと聞かされて琵琶湖の底の栓を抜く夢

靴底がガムで地面にひっついてどうやらぼくは生きてるらしい

読みかけの本の栞の位置だけが昨日と今日を区分けしている

透明が好きだねみんな濁るってそんなに悪いことなのかしら

つらいときタルトタタンと言ってみてタタンで舌が少し弾むよ

一手ずつ二人で探す新しい天体がまた棋盤の上に

この町は少し寒いねそういえば夏の記憶があまりないんだ

湯を沸かし食塩を溶き嗅いでみる海の匂いとぜんぜんちがう

「僕が神様でなかったせいで」(創作)

小学3年生に進級してふた月後、学校の前にある田んぼには水が張られ、水面は6月の日差しできらきら輝いていた。指を入れるとほんのりあたたかい。植えられたばかりの稲と稲の間を縫うようにオタマジャクシが泳いでいて、オタマジャクシよりも低い位置にはカブトエビがいる。恐竜図鑑でみた三葉虫のような姿や予測できないような不思議な動きに目が離せなくなって夢中で眺めていて、それは本当に夢中という言い方の通り夢の中にいるような気持ちで、特につかまえて裏返したカブトエビの腹部の無数のひれのようなものの動きはいくら見ていても飽きなくて、その時から25年経ったけれど、あの、カブトエビを見ていた小学3年生の6月のあのひととき以上にうっとりできた時間、そんな時間をもたらしてくれるような出来事は、その後一度も起きなかったから、あのひとときが人間の生命のゴールならよかった、と僕はその頃を思い出しては考えるのだった。
僕が神様なら。
小学3年生になるとカブトエビに夢中になっているうちに徐々に意識が遠のいて、多幸感の中で命の灯が消えるような種に、僕が神様なら人間を設計していただろう。かならず設計していただろう。僕が神様なら。僕が神様でなかったせいで多くの人間たちは小学校3年生で幸福な生を全うすることができず、それどころか30歳を超えても正社員になれずに派遣先で名簿をパソコンに入力するくだらない仕事をしている。安い報酬でしている。今も。どこかで。だれかが。たった今、この僕がしているように。キーボードを打ち間違える。舌打ちする。隣の席の正社員が睨む。舌打ちを咎めているのではないですよね。僕が神様ではなかったことを咎めているんですよね。ごめんなさい。僕が神様ではなかったせいで。派遣社員が苦しんでいる。正社員も苦しんでいる。すべての人間が苦しんでいる。また6月が来た。小学校の前の田んぼは整地され、今はマンションが建っているらしい。

「だいたいこんな感じです」(詩)

生まれてからずっと
百億の問題に答えてきたことを
死んでしまってから知らされるとは

選んだこと 選ばなかったこと
会ったこと 会わなかったこと
伝えたこと 伝えなかったこと
作ったこと 壊したこと 作り直したこと 作り直さなかったこと

あらゆる行為が解答でした

百億問目に答えたら命の輪が綴じ 
あなたという輪郭が現れるのよと教えてくれたのは
僕より先に死んだ僕の昔の恋人で
生きてる時とすっかりかわりはててしまった彼女の姿は
僕にそっくりだった

まあ だいたいみんな こんな感じです
答えあわせのとき 神様が申し訳なさそうに言った

「セイメイ」(詩)

ウルトラマンの第二話
「侵略者を撃て」の終盤で
科学特捜隊のハヤタ隊員の質問に
バルタン星人はこう答える

セイメイ  ワカラナイ セイメイトハ ナニカ?

宇宙語の翻訳装置は
地球の生命に相当する単語を
バルタン星の語彙の中から 
見つけることができなかった

子供の頃はセイメイの定義など知らず
それでもセイメイとセイメイでないものを いつも分類していた
犬はセイメイ 猫はセイメイ 鳥はセイメイ 蛇はセイメイ
では昆虫は?
子供は いつも 昆虫でつまずく
だからこそ昆虫に 関心を寄せ 手足や 羽をもぎとって 確かめる

セイメイ ワカラナイ セイメイトハナニカ?

それでもぼくたちは みんなで
昆虫はセイメイだと 多数決で決めた
そしてみんなで 子供でいることもやめてしまった

ぼくたちは翻訳機をつくり
セイメイを定義づけし あらゆる宇宙語に対応できるようにして
バルタン星人の訪問に備えた

きみたちもぼくたちとおなじセイメイタイなんだ

そうバルタン星人に伝えたかった
子供でいることもやめて  そこまでして伝えたかった
かれらはそれでも理解できず
ぼくたちをとらえ
ぼくたちの手足をもぎとるだろうか

短歌の練習 12


真っ白なものにはぜんぶぼくの名をフェルトペンで書いてしまった


ぼくはもう精いっぱいだこの胸を開いてこれを見てこのありさまを


好き勝手言うばかりだねお前たち夜におびえた日々も忘れて


あれこれがだんだん許せるようになる許せなかったわたしはどこへ


それ以上考えるなというようにあたまがぎゅっと縮むときある


ウェットなものみなすべて排除した星新一の世界みたいに


下着だけ残していなくなった君そこだけ陽射し届かず寒い


かんたんに恋する人はかんたんな恋より先の恋を知らない


海中の生き物たちにつめよられケジメをつけるヤクザの死体


掬っても掬ってもこぼれていくものが言葉にされ救われてる

通いたくてももう通えない店

大阪の野田阪神の商店街にお気に入りのお好み焼き屋があって、久しぶりに行ったら閉店してた、という話を数年前にブログで書いた。同じく、福島にあったカレーラーメンがおいしいラーメン屋の閉店の話も書いたことがあったはずだ。両店とも個人経営で、店主は高齢。ラーメン屋のほうは、完全に店を閉める前にも長期間休業していたことがあり、久しぶりにのれんが出ていたとき、カレーラーメンを食べてから休業の理由を店主に聞いたら、心臓疾患で入院していたとのことだった。代替わりできるような人がいれば休業しなくて済んだろうし、結局廃業してしまったということは、両店とも跡継ぎがいなかったということなのだろう。好きだった店の雰囲気とか、働いていた人たちに、もう会えないんだな、と考えると、常連というほどじゃなかったし、店の人と会話を交わしたこともほとんどなかったくせに、無性に寂しい。あのお好み焼きも、カレーラーメンも二度と食べられないんだ、ということの、「もう二度と」がとても無情に感じられ、大げさだけど、人生とは…みたいなことまで考えてしまう。閉まることがわかっていれば、もっと通ってもっと食べておけばよかった、という後悔があるが、それだけじゃなく、そういうかけがえのない店が過去に持てたことへの喜び、みたいな感情もわく。最近はコピペみたいに全国展開する同じ顔のチェーン店が増えて、そんな店ばっかりに行ってるから、店に対する感傷的な記憶なんて、この先もう持つ事はできないかもしれない。顔のあるお店との別れも寂しいが、顔のないお店とは別離のさびしささえ持てないわけで、それはそれでさびしい話だ。
そういうことをぼんやり考えていると、昔よく通ったのに、結婚したり引っ越したりで足が離れてしまったチェーンじゃない店が、まだ数軒あることが思い出されて、今も営業してるなら、死ぬまでにもう一回くらいは食べにいかなきゃな、という気持ちになる。新香園の唐揚げ、光明軒のラーメン、えっちゃんのモダン焼き、丸玉食堂の腸詰め…。僕が訪れるまで、どうかどうか営業してますように。

エアプランツを買う(予定)

植物を育てたい。といっても本格的な世話は無理なのでエアプランツなんてどうだろう、と考えている。あれは水やりも容器も不要でそのへんに転がしておけばいい…と聞いたはずなのだけど、調べたら水は与えなければならないことがわかった。ただ、毎日与える必要はないみたいだ。頻度が少ないことから水は不要、という伝聞が広がったのだろうか。よく考えたら水やりは毎日の方が習慣化するからかえって楽な気もする。不定期のほうがついうっかり忘れる可能性もあるし、面倒なのではないだろうか。机に転がってるエアプランツに直接水を与えるわけにもいかないから、やはり容器も必要だ。なんだか思ったより手がかかりそうだけど、それもいいかもしれない。植物を育てたい、と思ったのは生活の中に緑が欲しかったのと、変化するものが足りない、と感じたからで、でも何もせずに変化だけ、というのは虫がよすぎるし、それに手間を取られることも、人間じゃなくて植物相手なら、見返りをもとめるような心理も働かなくて、もしかしたら案外楽しいかもしれない。

「ハンカチ落とし」(創作)

マンションへ帰るころには朝日がまぶしくなっていて、深海みたいなクラブのフロアで踊っていたのはほんの2時間前なのに1週間くらい経ったように遠くに感じた。でも、コートの左ポケットに仕舞ったルリコの、ブラウスからひきちぎったボタンに触ると、忘れてんじゃねーよたった2時間前だろーがよってルリコの汚い声が耳の奥に響いて、わたしの襟首をルリコがいまも掴み続けてるみたいな気がして心臓がバクバクした。20代も半ばになったのに高校の頃と何も変わらないな。仕事の帰りに反りの合わない同僚たちにクラブに誘われて、何かあるにきまってるのにもしかしたらこの機会に仲良くなれるかも、なんてバカみたいに期待して、のこのこ着いていったらやんわりシカトされて、高3のとき教室でハブられたのを思い出して恥ずかしくて悔しくて情けなくてみじめになって、それから急に吐きそうになるくらい腹が立って、飲んだ勢いもあってキレて主犯格のルリコといういけ好かない主任代理の女に掴みかかってボタンを引きちぎって……。捨てようと思ったけど契約社員という自分の立場が頭をよぎって捨てられなかったボタンが左ポケットで「さあ、どうする?」とわたしに決断を促す。あの女に返せるかな。返しても元に戻れるわけねーな。戻ったところで代わり映えのしないクソみてーな毎日が続くだけだし。それよりも月曜、会社行けるかな。涙も吐瀉物も、帰り道で全部出し尽くしていた。コートだけ脱いで化粧も落とさずベッドにもぐりこんだ。ひどく疲れていたせいかすぐに落ちた。「ユコちゃんユコちゃん。」私を呼ぶ声で目を開ける。小学生くらいの見覚えのある女の子が私を見下ろして笑っていた。4年2組で一番仲がよかったキイ子ちゃんだ。「わあ!キイ子ちゃん、元気?」キイ子ちゃんは心配そうな表情で「ユコちゃんだいじょうぶ?泣いてたの?」と聞いてきた。わたしはなんだか恥ずかしくて「泣いてないよー、さっきまでクラブで友達と踊ってたんだよー楽しかったよー」と嘘をまぜて答えた。「楽しい?」「楽しいよ」「ほんとに?」「ほんとに」「ほんとのほんとに?」「ほんとのほんとに」「ほんとのほんとのほんとに?」「ほんとのほんとのほんとに」「ほんとのほんとのほんとのほんとのほんとに?」わたしは笑い出した。でもキイ子ちゃんは笑わなかった。「ユコちゃんかわいそう、本当はちっとも楽しくなんかなかったのでしょう。」子供の姿と声なのに、大人が子供をあわれむみたいに、落ち着いた態度でゆっくりと言った。ああこれは夢だからキイ子ちゃんはなにもかも知ってるんだ。クラブでの一部始終を。そしてきっと、わたしのくだらないこれまでの人生のぜんぶも。「でもね、キイ子ちゃん、踊ってる間だけは、ほんとに楽しいんだよ。踊ってるときは、確かにアガって、あ、アガるっていうのはきもちいいって意味で、それで、きもちよくて、それは…なんだっけ、ドーパミン?アドレナリン?何か、頭の中でドラッグみたいなのを無理に出させて、神経を高ぶらせて、ハイになってるカンジ?もしかするとそれって本物のドラッグを使うのと変わらないのかも。てかネットでそういうサイトを見つけて、ちょっとだけ試したらどんな感じだろうって考えたことがあって……。なんて、ね。冗談だよキイ子ちゃん。でもどうしようキイ子ちゃん、わたしどうしたらいい?キイ子ちゃん、もうだめかもしれない、キイ子ちゃん、教えて、キイ子ちゃん、助けて、キイ子ちゃん。」最後はもう泣き声になっていたと思う。「ユコちゃん、ハンカチ落とししよう。」キイ子ちゃんがそう言った瞬間、わたしの心がパッと明るくなった。わたしはハンカチ落としが大好きだったのだ。でもそんなこと、もうずっと長いあいだ忘れていた。キイ子ちゃんのことばが、記憶のスイッチを押してくれたのかな。いつのまにかそこは私の部屋じゃなくて2組の教室になっていた。机は全部後ろにさげられ、教室の前半分にスペースが作られている。2組のクラスメート全員が集まっていた。「じゃ最初はわたしが鬼になるね。みんな輪になって。」キイ子ちゃんが指示すると30人ほどのクラスメートが円陣をつくって床に座った。わたしも輪に入っていた。右隣はニワくん、左隣はカズムラさんだ。ニワくんはその頃テレビで人気のあったお笑いタレントのモノマネでよく私を笑わせてくれた男の子だ。カズムラさんは赤いメタルフレームの眼鏡をかけた勉強のよくできる女の子で、私に小公女と小公子を貸してくれた。けれど結局どっちも難しくて最後まで読まなかったな。そういえばあの2冊、返したっけ。それにしても懐かしいなあ。「じゃあはじめるね。」キイ子ちゃんは真っ赤なハンカチを丸めて両のてのひらで包み、前かがみの姿勢になって、そのまま輪の外をまわりはじめた。キイ子ちゃんが5周まわる間のどこかで、手に隠し持ったハンカチを、気付かれないよう誰かの背後にそっと落とす。キイ子ちゃん、わたしの後ろに落とすかな。それとも別の子の後ろに落とすかな。落とされたらどうしようという気持ちと落としてほしい気持ちとが心の中でぐるぐるして、胸が高鳴る。ああ、クラブで踊ってるみたいだ。ううん、クラブなんかよりずっとずっとアガる。ハンカチは別の子の後ろに落とされ、それでもわたしは楽しい。だってこの次は、わたしに落とされるかもしれないのだから。大人になって、こんなにドキドキしたことなかったなあ。ふっと背後の空気が揺れるのを感じた。そっと手を動かすと弾力のあるあたたかいものがふれた。ハンカチにしては重いなあと思いながら、わたしはそれをつかみ、鬼を追いかける。追いつかなかった。今度はわたしが鬼だ。さあ誰の背中に置いてやろう。私はまわる。キイ子ちゃん、カズムラさん、ニワくんの後ろを過ぎていく。いつの間にか輪の中にはルリコがいる。ルリコといっしょにわたしをシカトした同僚もいる。でももうわたしは腹を立ててはいなかった。ハンカチ落としをやれば、きっとルリコたちとも仲良くなれる、そんな気がしていたからだ。このままずっと、ハンカチ落としをやっていたいなあ。5周を過ぎてもわたしはまわるのをやめなかった。キイ子ちゃんが笑ってる、ニワくんが笑ってる、カズムラさんが笑ってる、ルリコが笑ってる。ああ幸せだ。このままずっとずっとまわっていよう。どうせ夢だもの。このままずっとまわっていよう。死ぬまでまわりつづけよう。手の中で、あたたかいかたまりが、心臓みたいに脈打っていた。

短歌の練習 11

大根のけんが好きだと言えなくて下げられていくお造りの皿

神様が昨日と今日を入れ替えて気づくかどうか試みている

透析は苦しいという透析の字はこんなにも美しいのに

キノコってLoveでCuteでFantasyだからエノキは除外しました

青春にいい思い出が何もないテトラポットはフナムシの家

宅配のピザで孤独に耐えているわざとお釣りが出るように買う

泣かないであなたはここ五十年でもっとも寒い寒波なのです

もうこれはデートじゃなくてストローでコーヒーゼリー吸うための会

生きている化石じゃなくて生きている化石未満と言うべきでしょう

すくすくと死に近づけていることを育児と呼ぶのおかしいかしら

僕のこと分らなくなる母のこと僕も分らなくなりたかった

ほんとうのことを言い続けてごらんどこかできっと嘘になるから

あいうえおまだ言えない日ぼくたちの頭の中はどうなっていた

全身を乗せて南瓜を切る時に自分が切れるような気がする

Archives
Profile
Recent Comments

マツ

ジュンク堂とタワーレコードのおかげでかろうじて生きてる40age下流層コピーライター。脱モラトリアムはとっくに断念。水森亜土が目標です。








Recent Comments
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ