2005年06月03日

自分の存在

 自分の存在というものを深く静かに考えると不思議である。森政弘は「心眼」という本の中で、次のような意味のことをいっている。「ぼくが、今ここにいる原因は、母から生まれた。さらに先祖をさかのぼるとサルから爬虫類、アメーバへ。もっと先は通常生命がないと思われている分子から原子、そして素粒子までいってしまう。このように考えると連綿とこの宇宙のあらゆるものを生かしている筆舌に尽くしがたい絶妙なからくりがあることが分かってくる。そしてこの宇宙(大生命)に対して畏敬の念がわいてくる。さらに、この自分自身もこの大きな自然、大宇宙の絶妙な仕組みを構成している一つであることを思うと安心感ができてくる。」心を慰めることができる。自分が死んでもこの宇宙の絶妙な仕組みの一部を永遠に構成していることになる。また「爬虫類も原子も先祖であり親戚であるということにもなる」と。
 さらに「素粒子から原子、原子から分子というように(水は酸素と水素が化合して出来ているが、それは酸素でも水素でもない全く新しい性質、機能をもったものである)一ランク組み合わせが複雑になると、今までになかった新しい性質や機能がうみ出される。このようにみてみると、生命とか精神も、人間や爬虫類などだけでなく、通常生命がないと思われている原子にも素粒子にもあるように思えてくる」と。  
Posted by mori_0 at 00:06Comments(0)TrackBack(0)