森の舟

ミステリ感想・古本購入録をつらつらと書いていきます

 父母の実家が京都と大阪にあるので、毎年正月にはそちらの方へ行って、ゆっくりとしているのですが、今年は少し関西の古本屋を何軒か回って見ました。
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 文庫その1

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 文庫その2
 
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 ポケミス

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 新書
 
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 雑誌


 宝石と、最近ハマっている陳舜臣、探していた英米短編ミステリー名人選集のロバート・L・フィッシュ、そして集めている昭和ミステリ秘宝の一冊、『東京夢幻図絵』(これであと二冊で昭和ミステリ秘宝が揃うぞ!)、それと『メグレと無愛想な刑事』、『病める巨犬たちの夜』界隈で有名な天満にあるジグソーハウスで購入。20%OFFセールをやっていたので、ついつい買いすぎてしまう。「戦艦金剛」の載っている『宝石』、『病める巨犬たちの夜』を安く買えたのはラッキーでした。
 そのまま、日本一長いという天神橋商店街へ向かう。ここにも何軒か古本屋があって、どこもなかなかな本が置いてあって、商店街を歩くのがとても楽しかったです。そこでは『怯えた相続人』、探すとなると意外と見つからない『明石家さんま殺人事件』、そして安くで落ちていた『判事への手紙』を購入。『判事への手紙』が見つかるとは思っていなかったので、これは嬉しい買い物でした。
 天満から今度は難波へ移動。南海古書センターの中にある山羊ブックスで『海の門』と『銀行襲撃』を購入。ポケミス、EQMM、が300円均一で並んでいたり、まだ値付けはされてなかったですが、ヒッチコックマガジンが全冊置いてあったりと、楽しい古本屋でした。
 その帰り、隣にある望月書店で『善人たちの夜』を購入。一日目はここで終わり。
 
 二日目、今度は京都に向かいます。四条の方に古本屋が固まっていると聞いたので、丸太町四条で降りて、そこから北上していきます。一番最初に入った古本屋の店外書棚で『あなたならどうしますか?』、『郵便配達人はいつも二度ベルを鳴らす』を拾う。これは幸先がいいぞ! と思ったのですが、ばってん、そっからは全然欲しいものが見つからず、最後にしようと決めていた古本屋でようやく海渡英祐の『おかしな死体ども』を購入。
 でも、なんとなく納得がいかないというか、物足りなかったので、そのままバスに乗って一乗寺の方へ。そしてその一乗寺の萩書房がなんともいい古本屋で、ポケミスのいいところや、国内昭和ミステリのいいところが揃い踏み。値付けがなかなか固かったのですが、なぜか『過去の女』だけが安く出ていました。『暗闇の終わり』と併せて購入。満足したので、帰宅。そして、関東へ帰ります。

 関東に帰ってきて明くる日、地方に出て行ってしまった友達(ミステリ好き)が東京の方へ来るというので、彼と一緒に古本屋をめぐります。最初に入った古本屋で『黒白の囮』、『杭州菊花園』を拾う。昔はポケミスのコーナーが充実していたのですが、それが縮小されていて残念でした。
 次いで入った二軒目でカミンスキーを発見。最近見なくなった本とのこと。購入。
 そして最後に入った古本屋で、イモジェーヌシリーズが三冊揃いで購入。ちょっと状態悪いけど、読みたかったから仕方ないですね。

 休みが明けて、学校の帰宅途中にある古本屋へ寄ります。「来訪者」だけは読んで気になっていた『ナポレオン狂』、久生十蘭ファンとしては手に取らざるを得ない『新 顎十郎捕物帳』を買う。そして、SFはまだ手を出さないと決めていたのに、あらすじ(とその安さ)にかられて思わず『コスミック・レイプ』を購入してしまう。いやぁ、これ面白いですね。

 ちょっと買いすぎました。しばらく古本買うのは控えます。

購入本リスト
『病める巨犬たちの夜』A・D・G
『あなたならどうしますか?』シャーロット・アームストロング
『火の玉イモジェーヌ』C・エクスブライヤ
『帰ってきたイモジェーヌ』C・エクスブライヤ
『イモジェーヌに不可能なし』C・エクスブライヤ
『怯えた相続人』E・S・ガードナー
『我輩はカモじゃない』スチュアート・カミンスキー
『郵便配達人はいつも二度ベルを鳴らす』J・ケイン
『過去の女』ジョルジュ・シメノン
『判事への手紙』ジョルジュ・シメノン
『メグレと無愛想な刑事』ジョルジュ・シムノン
『コスミック・レイプ』シオドア・スタージョン
『暗闇の終わり』キース・ピータースン
『シュロック・ホームズの迷推理』ロバート・L・フィッシュ
『銀行襲撃』ロバート・L・パイク
『ナポレオン狂』阿刀田高
『おかしな死体ども』海渡英祐
『明石家さんま殺人事件』そのまんま東
『黒白の囮』高木彬光
『杭州菊花園』陳舜臣
『他人の鍵』陳舜臣
『東京夢幻図絵』都筑道夫
『新 顎十郎捕物帳』都筑道夫
『善人たちの夜』天藤真
『宝石』昭和38年8月号

 あけましておめでとうございます。本年も頑張って投稿していこうと思うので、よろしくお願いいたします。(そして更新サボってごめんなさい)

 さて、このブログはミステリをほとんど読んだことない人も見ているらしく、そんな人からリアルであった時に、「初めてミステリを読むんだけど、何を読んだらいいかな?」と聞かれることがままあります。でもそういった、『初心者向けのミステリ』を選べ、と言われると非常に困ってしまうのです。「そんなに真剣に悩まなくてもいいよ」と、たいていの人が言ってくれるのだけれど、わたし達のようなマイナー(ミステリはそこそこメジャーだと言っても、でもやっぱりマイナーだ)ジャンルに生きている人間からすると、「久しぶりの獲物だ! 逃すな!」というような状態だし、自分のプライドにかけても、せっかく聞いてくれた人をがっかりさせたくはないのでどうしても悩んでしまいます。

 どうしてこんなに悩んでしまうのかというと、ミステリというジャンルは『過去の作品を読んでいることを前提として、それを踏まえて書かれる』ジャンルだというところが少なからずあるからなのです。だから、そうじゃない作品を紹介しようとすると、「ホームズ読んで見たら?」とか、「ポワロはどうだろうか?」みたいな話になってしまいがちで、せっかくミステリに詳しい人に聞きに来た初心者の人達を「なんだ、結局自分でも知っているような作家じゃないか」と、がっかりさせてしまうことになってしまうんですね。

 面白いものはたくさん知っているが、これをミステリをほとんど読んだことない人に読んでもらった時に、面白いと思ってもらえるだろうか? ジュブナイルに入っているような名作古典を今更勧めて、せっかく聞きに来た人たちを満足させられるだろうか? 実は、「オススメのミステリを教えて!」と聞かれた時、わたしはこんなにも葛藤しているんです。

 とは言っても、ほとんどミステリを読んだことのない人でも楽しめるミステリはもちろんあって、ここでは、独断と偏見による『ミステリ初心者に勧める初めてでも楽しく読めるミステリ』をつらつらと紹介していこうかと思います。
 面白いことはもちろん、予備知識がなくても楽しめること、それなりに手に入りやすいこと、を基準にしていきたいと思っています(面白そう! と思っても、手に入らなかったら意味ないですしね) 。
 それと、もう一つ、ここでは某トリックを使った作品はあげないことにします。とある理由によって、わたし達ミステリオタクは某トリックを使った作品を推してしまいがちなのですが、今回はあえてそれをせずに行きたいと思います。初心者の人に、某トリックの本を読ませようとするのは、ミステリの面白さを伝えようとするミステリオタクの態度として正しいのだろうか? という考えからなのですが、まあ、これはわたしの信条みたいなものなのでお気になさらず。
 それでは、早速行ってみましょう!
 
『探偵ガリレオ』東野圭吾(文春文庫)

東野 圭吾
文藝春秋
2002-02-10

「なんだよ! 結局、東野圭吾なのかよ!」という声が聞こえて来そうですね。そうです。結局、東野圭吾なんですよ。 
 多分、ほとんどの人が知っている、物理学者・湯川学シリーズの第1作目のこの本は、実に面白い。
 いきなり燃え上がる男の頭、心臓だけ腐った死体、池に浮かぶデスマスク、幽体離脱をしたという少年。歴戦のミステリオタクたちでも、これらの謎を前にしたら、ワクワクするしかありません。 
 一編、一編のまとまりがよく、化学知識がふんだんに盛り込まれたトリックも、読んでいる側を大いに満足させてくれます。
 少しマニアックな話をすると、わたしは湯川が犯人の仕掛けたトリックに"どう気づくか"がこの小説、ひいてはこのシリーズの主眼になっていると思っていて、それは傑作と名高い『容疑者Xの献身』や、『聖女の救済』に引き継がれているのだと思います。
 ドラマ化もされており、知名度の点から言っても、初めてミステリを読む人には手に取りやすい、そして読みやすい、良い短編集だと思います。

『獄門島』横溝正史(角川文庫)
横溝 正史
角川書店(角川グループパブリッシング)
1971-03-30

  言わずと知れた、日本本格ミステリの大家、横溝正史の代表作です。
 戦場からの引き揚げ船で、金田一耕助の友人が残した「俺が帰ってやらないと、3人の妹が死ぬ」という謎の言葉を聞いた金田一は、彼の死を家族に伝えるため、そしてその言葉の真意を探るために、瀬戸内海に浮かぶ孤島、獄門島へと渡る。そこで金田一を待ち受けていたのは、凄惨極まる連続殺人事件だった、という話。
 瀬戸内海の孤島、 本家と分家の対立、美人三姉妹、そして見立て殺人と、ミステリオタクが聞いたら走り回るほど興奮しそうなガジェットがふんだんに盛り込まれています。
 わたしがどうしてこのミステリをミステリ初心者の方に勧めるのかというと、個人的に横溝正史が好きだから、というのもあるのですが、この作品から他のいろんなミステリへと派生していけるからなのです。
 先に挙げた通り、この『獄門島』には様々なガジェットが盛り込まれているので、もしこの小説が気に入ったのなら、そこから、他の横溝作品へと、新本格へと、はたまた古典作品へと、どんどんミステリとしての読書の幅を広げていけることができると思います。
 つまり、この小説は、様々なミステリへの架け橋となる、最初に読むのにぴったりな作品なのです。

『そして扉が閉ざされた』岡嶋二人(講談社文庫)
 



 ミステリの手法として、フーダニット、ハウダニット、ホワイダニットというものがあります。これはそれぞれ、「誰がやったのか?」、「どうやってやったのか?」、「なぜやったのか?」という意味なのですが、この『そして扉は閉ざされた』は、フーダニットものの傑作です。
 目が覚めたら、地下シェルターに閉じ込められていた……。 主人公達4人をシェルターへと閉じ込めたのは、3ヶ月前に亡くなった、遊び仲間である女の子の母だった。彼女は、彼ら4人の中に娘を殺した犯人がいて、そしてその犯人を指摘できない限りは、シェルターから出ることはできないと言う。かくして、主人公達の生死をかけた推理合戦が始まることとなる……!
 冒頭のシェルターに閉じ込められるシーンから、とんでもなく意外な結末が待ち受けているラストまで、テンポよく話が進んでいき、それでいて緊張感もある、素晴らしい作品です。
 この小説のラストに明かされる「誰がやったのか」というところは、岡嶋二人らしい緻密なプロットと見事な手腕で、(まさしく)針で一点をついたら目の前の景色が崩れていくような衝撃を与えてくれます。
  岡嶋二人(正確に言うと、そのコンビの片割れである井上氏)が自ら語るに曰く、この小説は「本格を書いてやろう」と言う意気込みで書いたものだということ。そしてそれは、初めてミステリを読む人にもとっつきやすい、非常に優れたミステリとなったのです。 

『御手洗潔の挨拶』島田荘司(講談社文庫)
島田 荘司
講談社
1991-07-04

 ミステリを初めて読むならば、やはり長編より短編集の方がとっつきやすいかと思います。でしたら、先に上げた『探偵ガリレオ』と並んでわたしがお勧めするのが、この『御手洗潔の挨拶』です。
 一編目の「数字錠」は御手洗シリーズファンへの物語といった感じですが、それ以外の「疾走する死者」、「紫電改研究保存会」、「ギリシャの犬」を考えると、わたしはこの短編集を初めて読むのにちょうどいいのではないかと思うのです。
 マンションから姿を消した男が、絶対にたどり着けるはずのない場所で、電車に轢かれ、さらに絞殺の跡までついていた、という謎の「疾走する死者」は、読者への挑戦状までついてくるという豪華さ。
 紫電改という戦闘機の保存会をしている男にとあることで脅され、封筒の宛名書きをさせられた関根という男、作業は数時間で終わったが、後日その保存会の事務所へ向かうともぬけの殻だった、という不思議な事件を、御手洗が解き明かす「紫電改研究保存会」は、ホームズの赤毛連盟を彷彿とさせる話ながら、最後には感動が待っている秀作。 
 盲目の女性の家の隣にあるたこ焼き屋の屋台が、何者かによって盗まれた。さらに、彼女の盲導犬が毒を飲まされ殺されてしまう。窃盗犯は、暗号と思われるものが書かれている謎の紙を落としていった。そして彼女の甥が誘拐され……。という「ギリシャの犬」は、暗号解読もの。
 そう、この一冊で何粒もおいしい短編集なのです。

『ルピナス探偵団の当惑』津原泰水 (創元推理文庫)
津原 泰水
東京創元社
2007-06-21

 すごく個人的な話なのですが、わたしは津原泰水が大好きです。文章がうまく、作風が広く、物語の構成力が素晴らしく、そして何より登場人物が好きになれる。津原泰水はそういう作家です。
 もともとジュブナイル作家だったこともあって、ミステリ以外にも『ブラバン』のような青春小説などを書いており、もしかしたらそってで読んだことのある人もいるかもれません。
 この『ルピナス探偵団の当惑』は、最初はジュブナイル用に書かれただけあって、とても読みやすく、基礎がしっかりしているミステリです 。しかし、それでいてミステリとしての満足度は非常に高い。
 私立ルピナス学園高等部に通う、吾魚彩子は、友達のキリエ、マヤ、ちょっと気になっている男の子の祀島くん、刑事である姉の不二子たちと共に、 事件を解決していく、というのがこの作品の大まかなあらすじ。
 この本には短編が三本収録されています。
 殺人犯はなぜ犯行後に被害者の机の上にあった冷えたピザを食べたのか? という「冷えたピザはいかが」、ダイイングメッセージに鏡文字でルビが振られていたのはなぜか? 「ようこそ雪の館へ」、舞台で亡くなった大女優。だが、緊急搬送される前にその死体が一度消え、さらに見つかった時にはその右腕が切り取られていた。一体どうして? 「大女優の右手」の三本ですが、どれも気持ちが暖かくなる気持ちのいい話です。
 彩子とキリエ、マヤの掛け合いや、不二子とのドタバタ騒ぎにクスリときたり、そこに伏線が仕掛けられていたり、物語の最後にはちょっぴり感動する、どこで切っても楽しめる最初に読むにはもってこいのミステリだと思います。
 そして、もしこの『当惑』にハマったのなら、次の『ルピナス探偵団の憂愁』も読んでいただきたいです。衝撃的な冒頭から始まるこちらの本は、『当惑』以上の感動を与えてくれることは請け合いです。そしてさらに、近々シリーズの新しい作品が発表される、なんていう噂もあります。ぜひ。

 
 以上、五冊がわたしが独断と偏見で選んだ『ミステリ初心者に勧める初めてでも楽しく読めるミステリ』です。いかがですか? 何か気になった本があったでしょうか? これを機に、ここにあげた本以外でも、ミステリに興味を持って、何かしらを読んでいただければ大変うれしく思います。
 長々とお付き合いくださり、ありがとうございました。



おまけ(ここまで読んでくれた物好きなミステリ経験者の方々へ)
 先日、Twitterを見ていたところ、「ミステリーズ!」新人賞の選評(「ミステリーズ」vol.85)で米澤穂信さんのいった「(某トリック)は、小説を好きになってくれた読者の鼻面を、最後になっていきなりひっぱたくものであってはならない」 という言葉が流れてきました。
 わたしは、この言葉には本当にその通りだと感銘を受け、そしてまた、ミステリ初心者の方に本を勧める時も同じなのではないか、と思ったのです。
 嫌な言い方をすれば、まだミステリを読んだことのないまっさらな初心者の方は某トリックを仕掛けるには、格好の的です。でも、そのトリックはその性質上、最初に勧めた一度しか成功しませんし、そして何より、それで驚いてもらってミステリの楽しさが本当に伝わるのだろうか? と疑問に思ってしまったわけです。ミステリの楽しさの一つとして、驚きがある、ということは間違いありません。ですが、ある意味その極北であるものを最初に勧めるというのに、個人的に違和感を覚えたのです。
 誤解して欲しくないのは、某トリックを使用した作品を批判しているわけでも(もちろん某トリックを用いた傑作も沢山あります)、それを勧める人を批判しているわけでもないということです。ですが、今、ネットで「ミステリ 初心者 おすすめ」と検索して出てくるページに、100%某トリックの使われた作品が掲載されているという中で、一人くらいは某トリックを使ったもの以外のミステリを推してもいいんじゃないかな、と思ってこの記事を書いた次第です。
 あくまでも独断と偏見で選んだ五冊なので、意義を唱える向きもあるとは思われますが、そこは大目に見ていただければ幸いです。

 では、本日はこの辺で。ありがとうございました。 

 昭和4092日夜、警視庁に国際刑事警察から連絡があった。オランダ・アムステルダムの運河から引き上がったトランクの中に、日本人の死体があったという。だが、その死体は普通のものではなかった。首と手足がなかった。国際刑事警察は、この死体の身元を照会して欲しいということで連絡をよこしたのだ。

 死体は、現地時間821日に失踪した、大阪の貿易商だということが判明した。彼は、20日に滞在していたアパートの管理人に「アムステルダムへ仕事に行く」と残して出て行った。だが、アムステルダムに取引先の商社はなかった。

 現地警察は、一人の日本人を容疑者とした。しかし、その彼は、取り調べの終わった94日、アンベルスへ向かう途中のトンネルで、事故を起こして死亡する。こうして、この日本人商社員バラバラ殺人事件は迷宮入りすることとなる……。


 

 まるでミステリのあらすじのような話ですが、実はこれは実際に起きた事件の概要なのです。トランクの中の首なし死体、商社のないアムステルダムへ向かった容疑者、そして被疑者の突然の事故死……。不謹慎ですが、この事件について世の中のミステリ好きは、様々な思索を巡らせたのでした。そして実際、この実在の事件を元に、ミステリを書いた作家がいました。

 あの、松本清張なのです。

 この事件は、その謎の魅力から、様々な作家が元ネタとしてミステリを書いているのですが(『運河が死を運ぶ』菊村到、『幻想運河』有栖川有栖など)、今回はその中でも頭一つ抜けていると思う、松本清張の『アムステルダム運河殺人事件』を紹介したいと思います。



幻想運河 (講談社文庫)
有栖川 有栖
講談社
2001-01


 

 もちろん、この小説は実際の事件に基づいて書かれているので、あらすじは上記した実在の殺人と全く同じです。ただ一つ違う点は、久間という探偵が、この事件に終止符をうつ、というところです。

 少し話は変わりますが、あなたは松本清張にどんなイメージを抱いておられでしょうか? 彼のことを指して、よく言われるのが「社会派ミステリ」の書き手だということです。この「社会派ミステリ」というのが曲者でして、本来は本格ミステリと相反するものではないのですが、なぜか社会派というと本格“推理”小説ではなく、社会を描くために推理小説のフォーマットを利用する、というイメージが強いようで、本格ファン、こと新本格ミステリファンにとっては、社会派というと、純粋推理を楽しむものではないと忌避される風潮がありました(そして斯く言う私もそうでした)。実際に、今でもそう思っている人は多いらしく、松本清張を「本格の敵」とまで言っている言説も少なからずあるのです。

 しかし、しかしですよ、そんな風に思っている人ほど、この本を読んでみてください。そして本当に松本清張は、社会派は、純粋推理を楽しむものではないのか、と自分自身に問い直してください。それほどまでにこの作品には、本格マインドがあふれているのです。

 この小説は、前半と後半の二部に分かれています。淡々とした筆致で事件の概要が書かれる前半は、確かに「社会派」的なものを匂わせるものがあります。刑事による関係者への聞き込み、新聞からの引用など、退屈を覚えてしまう人もいるかもしれません。ですが、後半、語り手が「私」に変わった途端、この小説の様相もガラリと変わります。ワトソン役と探偵が議論しながら真実を追い求めて行く、そんな王道のミステリとなるのです。

 この小説の白眉は何と言っても“なぜ死体の首と手首は切断されていたのか”という謎に対する解決。この謎から導き出される一つの結論から犯人を指摘するロジックは、読者の盲点をうまくついており、これを目の前に提示されたら、なるほどと唸るしか無くなります。

 そして話のまとめ方も秀逸。ポーの「マリー・ロジェ事件」を引き合いに出しながら、現実の事件に疑問を投げかけるようなオチに、「社会派」の松本清張と「本格派」の松本清張の二人の姿を感じることができます。

 新本格30周年の今年、奇遇なことにもう一つの新本格、つまり松本清張が提唱した「ネオ・本格」という言葉が誕生してから60周年を迎えました。これを機に、清張を手にとってみてはどうでしょうか?

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