2009年08月28日

樋山家神像調査報告概要(2)

4 由来ならびに伝承に関する所見

  三社権現ならびに東照権現は、江戸時代には俗に日光山四百余坊と称されるほど多くの諸僧坊のほとんどに安置、奉祀されていた。
それらの多くは、慶応4年の徳川氏滅亡後、諸僧坊の荒廃とともに毀換され、もしくは他所へ流出した。
流出されたものは売り払われたもの、もとの寺家、社家などの関係者が毀換を恐れてひそかに奉祀したものがあったものと思われる。
樋山家に伝わるものは、同家がもと日光山の奉仕を職とする家(一説に日光奉行配下の士)であったとの伝えから察すると、誠龍坊に安置されていたものをひそかに乞い受けてまつり、代々に伝えたものであろう。
作風は、日光山僧坊に安置されていたことを窺うに足りる一応の秀作と言える。
ちなみにこの三社権現は二荒山系のものであり、東照宮系のものは源頼朝、豊臣秀吉、徳川家康の三体(朱帯姿)である。
また三所権現と称することもある。

※ 日光奉行とは
 遠国奉行のひとつで、元禄13年(1700)に幕府は日光目付を廃止し、これに代わり日光山守 護として40年を日光廟に尽くした梶定良(かじさだよし)の屋敷を役宅として日光奉行を設置した。老中の支配に属し、日光東照宮の警備・祭祀(さいし)・修理および日光町の政務一般を管掌し、上野(こうずけ)・下野(しもつけ)両国の訴訟をも扱った。

※ 日光三所権現とは
  滝尾権現  本地仏は阿弥陀如来
  新宮権現  本地仏は千手観音
  本宮権現  本地仏は馬頭観音

  
Posted by morihisa_2009 at 22:56Comments(0)TrackBack(0)坐像 

2009年08月27日

樋山家神像調査報告概要

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昭和49年1月5日に旧今市市文化財専門調査委員浅沼徳久氏によって報告された”樋山家神像調査報告概要”です。

1 物件名及見数
  ・ 三社権現神像(本宮・新宮・滝尾)  3体  
  ・ 東照権現神像               1体
  ・ 箱型神殿                 1宇

2 規格及材質
  ・ 神体はいずれも寄木造、乾漆塗極彩色、寸法下の通り
     本宮    15.5cm  8.5cm  12.5cm
     新宮    16.0cm  8.5cm  13.0cm
     滝尾    16.0cm  9.5cm  13.0cm
     東照権現 13.0cm  9.5cm  14.5cm
  ・ 神殿は三社権現を納 するに見る大きさ

3 銘文
  ・ 神像はいずれも坐底部に本宮、新宮、滝尾、東照権現と墨書銘あり
  ・ 神殿には背面に次の通り墨書銘を見る。

    奉新調
    日光三社東照宮宮殿共
    誠龍坊照如
    寶暦十四年正月吉祥日

箱型神殿






  
Posted by morihisa_2009 at 21:01Comments(0)TrackBack(0)坐像 

2009年08月23日

木造坐像

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日光市(旧今市市)の樋山本家(樋山燃料店)に伝わる木造の坐像4体を紹介します。
この坐像は、ご神殿に収められ
樋山本家のご神体として昔から大切に祭られている。
このご神体は昭和49年1月に旧今市市文化財専門調査委員、浅沼徳久氏により調査されました。


  
Posted by morihisa_2009 at 15:28Comments(0)TrackBack(0)由来 | 坐像