2015年01月16日

写真俳句歳時記 1月

 例年のことであるが、正月は少し寂しい。加齢と共に、その寂しさは募る。年末、親しかった人々の訃報を聞き、自分が置き去りにされたような気がする。

 同時に、加齢者の覚悟は煮つまってくる。人生総決算期の日数が少なくなればなるほど、一日ごとに時間が濃縮されてくる。
 人生が永遠につづくような錯覚をもった若き日は、時間を湯水のように使った。だが、年齢を重ねるに従って、一日、一時間たりとも無駄には使えなくなる。
 若者と加齢者の時間は、共有したとしても、断じてちがうのである。

 食物に例をとれば、豊作時の米一合と飢饉の一合はちがう。豊作時、食べ残したものを、飢饉においては絶対に残さない。有終の美を飾るということは、煮つまった人生のラストステージを無駄にしないということである。

 加齢者が人生決算期(第三期)に味わう侘しさは、若者が未来に抱く漠然たる不安とちがって、濃縮されている。濃縮されていない者は、惚けているか、病気になっている。

 若者は豊富な時間に恵まれているが、保証はなく、その分、未来に対する不安が大きい。加齢者は、持ち時間は少ないが、人生サバイバルレースレースの生き残りである。

 だが、両者には共通項がある。加齢者が仮に医師から余命を告げられても、不確定である。つまり、正確な寿命は不明である。

 未来が不明であれば、老若に関わらず未知数が無限にあるということになる。

 青春とは未知数の多いことである。加齢者でも未知数があることは、若者と同じである。いかにしてその未知数を価値あるものにするか。

 若者の未知数は不安を孕(はら)んでいるが、シニアの未知数は覚悟が求められる。不安と覚悟のちがい。それが老若のちがいであると言い切れるような新しい年を迎えたい。


未知数を覚悟にせよと初日の出

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富士通AzbyClub 写真俳句サークルより転載 (初出2013年1月)

  
Posted by morimuraseiichi at 16:47

2014年12月16日

写真俳句歳時記 12月

 韓国、中国との関係が、絶海の無人島の領有をめぐって険悪になった。

 両者それぞれの言い分もあるが、ここ数年、急成長した経済力と軍事力を踏まえた中国の姿勢は強硬である。

 だいたい、おとなしかった人間が、金や権力を握ると途端に態度が大きくなるのと同じである。弱いときにいじめに遭った者は報復を考える。

 両国紛争の原因になった無人島の所在や存在など知らなかった両国民のほうが多い。

 都知事の暴走を恐れて国有化した政府も、まさかこれほど中国がいきり立つとは想定外であったようである。

 燎原の火のように、中国全土に拡大した反日感情は、巧妙な煽動者に誘導されて、一種の集団催眠に陥り、さらにネットの煽動によって百を超える都市で、抗日デモに発展した。

 デモ参加者の一部は暴徒と化し、日系の企業、工場、店舗を破壊、略奪、放火など暴虐の限りを尽くし、裏返しにした日本車の上に英雄気取りで飛び上がる。

 暴徒の大半は職や居場所がなく、社会の片隅に吹きだまっていた鬱屈を晴らすのに、反日デモは絶好の機会であった。

 無警察状態の中で暴れまわっても処罰されず、日頃、高嶺の花とあきらめていた日本製高級品を略奪して、これが翌日には闇市に出まわっている。

 暴徒の中には戦争の無惨さを知らず、対日宣戦布告せよと息巻く者もいる。恐らく彼らの大半は、紛争の口火となった無人島の歴史も所在地も知らないであろう。

 要するに、社会に所を得ない不満の解消を、無人島があたえてくれたのである。

 国の面子や意地をかけて無人島のために開戦すれば、どんなに巨大な喪失と、国土の破壊と、人心の荒廃を招くか。

 かつての日中・太平洋戦争の歴史の教訓から、なにも学んでいないことになる。

 火種となった無人島は、両国民の日常には関係ない。関係があるとすれば、一粒の石ころを奪い合って、全存在をかける能天気な血の気である。全く無関心であった両国民も、反日暴徒の暴虐ぶりを見ていると、頭に血が上ってくる。

 両国民の日常にとって、絶海の孤島などどうでもいいのである。そんな方面に血を熱くするより、東北の復興を急ぐべきである。

 そのような視点から見ると、大震災発生直後、あれほど支援してくれた中国は、半身不随状態に陥った日本が、驚くべき速さで立ち直っていく再生力に脅威をおぼえたのかもしれない。

 復興する前こそ、つけ込む隙と見て、両国間の曖昧な位置にある無人島を攻め口として、国交回復四十年の努力を省みず、強硬な姿勢に出てきのであろう。

 これが、紛争の焦点が沖縄や台湾、あるいは九州や四国の領有権となれば別であるが、絶海の孤島を世界第二位、第三位の経済大国が歴史の教訓を忘れて争うのは、愚の骨頂を通り越して、むしろ滑稽である。

 顧みれば、日本の俳句は、中国から伝来した年中行事・農事、古実などを集めた歳()記を踏まえて、日本の四季、天文、地理、典礼、宗教、動・植物、昆虫などの季題や季節感の集大成とした『歳時記』を〃拠典〃としている。

 『歳時記』なければ俳句は生まれなかったか、あるいは別の形を取ったであろう。

 また、「はじめに言葉ありき」と聖書の冒頭にあるように、文化の源は言葉であり、その源は中国からもたらされた漢字である。

 日中間の歴史は一世紀の末ごろに始まり、その間、元の襲来や日清戦争、第二次世界大戦後の国交回復以後今日まで、幾多の起伏を経ているが、文化面において両国は切っても切れない関係にある。

 一種の相性の悪い夫婦のような関係で、第二次世界大戦による離婚後、ようやく復縁した仲が、再び険悪になったわけである。

 泣いても笑ってもあと一ヵ月、大晦日には両国の俳人が紛争中の無人島に集まって、寒月を見ながら句会を開き、冷やした頭で初日の出を拝む。そんなメルヘンを想う十二月の〃仙客諸島〃である。

 

寒月や島争わず句を競い

100725-202012





富士通AzbyClub 写真俳句サークルより転載 (初出2012年12月)
  
Posted by morimuraseiichi at 14:11