2012年01月16日
写真俳句歳時記1月
新しき年きっぱりと雲もなし

一点の雲もなく晴れ上がった元旦の空は、年の始めにふさわしい。御来迎を拝み、初詣をしてふと空を仰ぐと、飛行機雲が青空を定規で引いたように二分している。飛行機雲は正確には雲ではない。英語では水蒸気の帯(ベイパートレイル)という。
元日は、年刻みに人生をリセットしてくれる。去年、あまりよいことがなかった人も、今年は平等にリセットされて目盛り(カウンター)ゼロからスタートする。
人生を正月毎に一年刻みにリセットするという知恵は、人生を憂き世と呼ぶように辛いことが多いから発したのであろう。
貧富、地位、運不運、幸不幸、健康病弱など関わりなく、一年毎のリセットによって長い人生マラソンに耐えられる。新しい年と共に始まる真っ白な手帳や日記帳は、あらゆる可能性を含む一年という時間のプレゼントである。
きっぱりとしてなにもない元旦の青い空。
それはなにを書き込もうと自由な人生の画布(カンバス)である。

一点の雲もなく晴れ上がった元旦の空は、年の始めにふさわしい。御来迎を拝み、初詣をしてふと空を仰ぐと、飛行機雲が青空を定規で引いたように二分している。飛行機雲は正確には雲ではない。英語では水蒸気の帯(ベイパートレイル)という。
元日は、年刻みに人生をリセットしてくれる。去年、あまりよいことがなかった人も、今年は平等にリセットされて目盛り(カウンター)ゼロからスタートする。
人生を正月毎に一年刻みにリセットするという知恵は、人生を憂き世と呼ぶように辛いことが多いから発したのであろう。
貧富、地位、運不運、幸不幸、健康病弱など関わりなく、一年毎のリセットによって長い人生マラソンに耐えられる。新しい年と共に始まる真っ白な手帳や日記帳は、あらゆる可能性を含む一年という時間のプレゼントである。
きっぱりとしてなにもない元旦の青い空。
それはなにを書き込もうと自由な人生の画布(カンバス)である。
2011年12月15日
写真俳句歳時記12月
暮れてなお枯木も咲けり光り花

年の瀬が近づいてくるにつれて人々の溜息が濃くなってくるような気がする。特に大きな都会の街角には人生の溜息が煮つまっていくようである。
若いころにはそんな溜息は聞こえない。その溜息の中にはもちろん自分のものも混じっている。よくも悪くも今年も押しつまったなあと来(こ)し方(かた)を振り返るとき、自分もいつの間にか溜息をついている。
師走に入ると街を行く人々の足どりが早くなる。特に急な用事があるわけでもないのに、足早に歩いている。時間と、というより、毎年押しつまる人生と競争しているようである。
人生の各区切り点が年末であるとすれば、濃縮された溜息も初日の出と共にリセットされる。だが私はリセット前の街の表情が好きである。リセットされてみな等しく計数目盛(カウンター)ゼロになるよりも、入それぞれに異なる多彩な人生模様が街のイルミネーションに象徴されている年末の方が断然面白い。

年の瀬が近づいてくるにつれて人々の溜息が濃くなってくるような気がする。特に大きな都会の街角には人生の溜息が煮つまっていくようである。
若いころにはそんな溜息は聞こえない。その溜息の中にはもちろん自分のものも混じっている。よくも悪くも今年も押しつまったなあと来(こ)し方(かた)を振り返るとき、自分もいつの間にか溜息をついている。
師走に入ると街を行く人々の足どりが早くなる。特に急な用事があるわけでもないのに、足早に歩いている。時間と、というより、毎年押しつまる人生と競争しているようである。
人生の各区切り点が年末であるとすれば、濃縮された溜息も初日の出と共にリセットされる。だが私はリセット前の街の表情が好きである。リセットされてみな等しく計数目盛(カウンター)ゼロになるよりも、入それぞれに異なる多彩な人生模様が街のイルミネーションに象徴されている年末の方が断然面白い。
