歯と健康のために

千葉県・南房総の森永歯科医院・院長のブログです。  「歯の健康」を通じて豊かな生活の方法を考えていきます

まだ道半ばの「復興」にむけて

 こんにちは。千葉県・南房総の健康増進型歯科医院、森永歯科医院の森永宏喜です。

 大飯原発が再稼働しました。

 官邸前には毎週末、多くの人々が自らの意思で集結しています。

 そして故郷に帰れぬ人々がいる現実。

 津波からの復興も思うに任せない。

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 自分は何が出来るか、これからも問い続けていきます。

(宮城県石巻市・大川小学校に残された壁画)

日本歯科新聞 別刷り作成

久々の更新です。現在色々な計画が進行中で、ブログの比重が下がっています。

 年末に螢灰爛優奪伐駟鷸錙Together」と、日本
歯科新聞に掲載して頂いた被災地レポートを別刷りにして、ご縁のある方々に読んで頂いています。
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 すでにWebサイトには掲載してあるものですが、やはり紙媒体も必要。少しでも考える材料にして頂ければと思っています。

(螢灰爛優奪函Φ特喙卍垢離灰薀犁事も拝借しました)

http://www.comnt.co.jp/comhodo/ikishika/100/index.html
http://www.casalibera.net/1212ogatsu.pdf
http://www.casalibera.net/dnp121218.pdf

Together 寄稿させて頂きました

 先日ここで予告させて頂いたメディア掲載が実現してきました。

 歯科医院経営支援企業の「コムネット」会報誌「Together」に被災地ルポ「宮城・雄勝歯科診療所 河瀬先生を訪ねて」を寄稿させて頂きました。

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 大学の研究生活から被災地に飛び込み診療所長となられたのがことし6月。10月にお訪ねした時にはすでに地域に欠かせない存在となっていました。これからも応援させて頂こうと思っています。
ぜひご一読下さい。

http://www.casalibera.net/1212ogatsu.pdf

初めてスマホから投稿します

初めてアンドロイドアプリを使って投稿してみました。まだ慣れないので作り込みは難しいですが、従来のガラケーよりは良いようですね。
外出の時は便利そうです。

FBページ「被災地に行こう!」

 8月に被災地から戻ってから、新しくフェイスブックページ(FBページ)を始めました。「被災地に行こう!」という名前です。

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ページの紹介文を引用します。

☆「被災地に行こう!」の目的;

・大手マスコミなどに頼ることのない、被災地の生の実情を出来るだけ拡散することに少しでも役に立つこと。

・被災地内外で活動されている皆さんの復興支援情報、現地を訪れるための各地の観光情報はもちろん、趣旨にかなう営利活動の情報もシェアする場に成長させていく。

・それによって一人でも多くの方に現状を理解していただく。もし可能なら「現地にいってみよう」と思っていただく。すぐに訪問は無理でも、身近で出来る支援や、情報の拡散にご協力をあおぐ。

被災地支援のFBページは立派なものがすでに沢山あります。それでもあえて立ち上げたのは

「支援は一人ひとりの最初の一歩から始まる」

と感じているからです。どうぞ宜しくお願い申し上げます。
   
 「ずいぶんと立派なことを書いてしまったなあ」と自分で思いますが(~_~;)、やはり自ら動くことが大事なのだと思い続けています。
 有難いことに「いいね!」を押して下さる方もいらっしゃるので励みにしています。どうぞ一度アクセスして頂けると嬉しいです。

https://www.facebook.com/ikou.hisaichi

(FBアカウントが無くても閲覧できます)                   

メディア掲載されます

 以前は毎日更新していたこのブログですが、このところご無沙汰でした。

理由はいくつかありますが、震災被災地支援の執筆活動に集中していたことがいちばん大きいです。
今年の春から何度か訪問した被災地で得た情報を少しでも多くの方々に伝えたい、その思いから紙媒体へ寄稿するための原稿を書いていました。
 掲載先は歯科医院経営支援企業「コムネット」様の広報誌「Together」と、業界最大手の週刊紙「日本歯科新聞」年末特集号です。
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 「Together」は来月初め、歯科新聞は年末の発行で、掲載許可は得ていますのでいずれ医院公式サイトなどに掲載するつもりです。
 
 そしていま、被災地支援の他にもう一つテーマを抱えていますので、来年に向けてWeb関係の再構築を計画中です。そちらもいずれ何らかの形でお知らせ出来ればと思っています。
 これからも宜しくお願い致します。

(別刷りも検討中)

1年5カ月後の旅 その20  医療が消えかけた日々 

ベイサイドアリーナの周囲を斎藤先生にご案内いただき、長屋のようにプレハブが連なっている場所に来ました。
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「ここで、3月まで診療してたんだよ」

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 今の診療所のように綺麗な建物でなく、工事現場の物置のような感じ。

「コンテナなんだよ。いちばん参ったのは、水道がないことだったね 。最初はエアコンもなかったし」

 歯科の専門家でなくても、「水のない歯科治療」というのが成り立たないのはお解りになると思います。非常手段としてタンクに貯水しポンプで水を送る方法で凌いでいたとのことです。

「じゃあクルマで出かけましょう」といって歩み寄った乗用車。

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 「先生、これがTさんがもってきたという・・・」
 「そうだよ、Tが東京から運転して持ってきてくれたんだ。本当に有り難かった」 

 Tさんは私より大学の1年先輩。斉藤先生から見れば1年後輩です。Tさんと斉藤先生は同じサッカー部でした。震災直後の被災地は自動車が圧倒的に不足し、入手はとても困難な状況。そこでTさんは都内でクルマを入手し、自ら運転して斉藤先生のもとに届けたのでした。

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 それから先生の案内で町内を巡りましたが、いちばん心潰れる思いがしたのはある小学校そばの小高い丘にある神社でした。

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 「避難誘導は上手く行ったんだ。でもその鳥居のすぐ下まで津波が来たんだよ。下級生は社の中に、上級生は境内で一夜を明かしたんだ。どれほど怖かったことか」

 小一時間各地をまわった後、クルマは診療所に戻ってきました。診療所の小さな一室に案内されました。

 「病院で使っていたものを持ってきたんだ」

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 砂の入り込んだ壁掛け時計。津波の時刻で止まっています。

 そろそろ失礼する時間となりました。

 「きょうは来てくれて本当にありがとう」 
 「とんでもない、こちらこそありがとうございました」
 「森永先生、私の一番の願いは、被災地の現状を一人でも多くの人に見てもらいたい、ということなんだ。そのために出来る事をやっていくよ」
 「私もやりますよ。自分の出来ることをやっていきます。また伺います」

 斉藤先生は午後の診療に備えて診療所の中に消えて行きました。自分にどこまで出来るだろうか」という不安はないことはありませんでしたが、いくつかアイデアは浮かんできていました。
 それもこれも、改めて被災地を訪れ、体感したからこそです。

 「まずはこれだ、帰ったらすぐ始めよう」

 仙台に向かう高速を運転しながら、エネルギーが湧いてくる自分を感じていました。

1年5カ月後の旅 その19 公立南三陸診療所

 歌津から志津川に戻り、海沿いから小高い台地状のエリアへとクルマを進めます。

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 先ほども語り部ツアーで車内から見学した「ベイサイドアリーナ」と呼ばれるところ。「ベイサイド」という名の通り海はよく見えますが海抜はかなりあり、津波の際にも安全な場所だったというのは納得できます。以前より体育館などスポーツ施設がありましたが、現在は町役場、消防、そして医療施設など南三陸の行政機能が集中する地区となりました。

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 その一角、かつては広大な駐車場であった所に大きなプレハブが建っています。公立南三陸診療所です。
 志津川の市街中心地にあった5階建ての公立志津川病院は4階までが津波にさらわれ多くの犠牲者が出ました。そこで担っていた地域医療を復活させる目的で赤十字などの援助で作られたものです。
 歯科口腔外科は2階とうかがっていましたので階段を上っていくと、壁には楽天イーグルスの選手のパネルが。

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 「楽天も色々してくれてるね」

と話しつつ廊下を歩いているとすぐに「歯科」と書かれた一室が見つかりました。
 受付のようなものは見当たらないのでどうしようかと思っていると、そこに入っていこうとするユニフォーム姿の女性が。きっとスタッフの方でしょう。

「すみません、千葉から参りました森永と申しますが」
「あ、はい。伺っております、どうぞ」

と中に招き入れて下さいました。

 受付前の長椅子に腰かける間もなく、
「やあ先生、よく来てくれましたね」
とにこやかな笑顔で迎えて下さったのが斎藤政二先生です。

 どのような言葉を連ねたとしても書き尽くせない、壮絶な経験をしてこられた方ですが、そんなことは微塵も感じさせない穏やかな表情を湛えていらっしゃいます。
「これみんな、支援してもらったんだよ」
と指差す先には真新しい歯科治療ユニットなどの診療設備。立派な技工室も備えられています。

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 「お昼は済んだんだよね、これから何カ所か案内するから。まず院内を見て下さいね。・・・そうだ、まず写真撮ろう」

といって写したのがこのショット。フェイスブック風に「いいね!」ポーズです。

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 それから先生の愛車に乗せて頂きご案内頂いたのですが、そこで観て、肌で感じた光景は通り一ぺんの視察では触れることは出来ない

「津波とは、こういうものなのか」

という戦慄を感じさせるものでした。

(先生の「愛車」にも、実はストーリーがあるのです)

1年5カ月後の旅 その18 サポーター魂!

 こんにちは。千葉・南房総の健康増進・アンチエイジング型歯科、森永歯科医院の森永宏喜です。

 志津川からクルマで15分ほど北に戻ると歌津地区です。
 幹線道路沿いに進むと、津波で大きな被害を受けたJR気仙沼線が無残な橋脚を晒しています。
 
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 向かった先は歌津駅近くの伊里前福幸商店街。ここはサッカーに興味のある方には外せないスポットです。

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 ベガルタ仙台サポーターの呼びかけに応じて、全国のチームのサポーターの皆さんがチームフラッグを贈って下さったのです。

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 案内所兼売店に入ってみると、さらに貴重な品々が。選手の直筆サインにメッセージが添えられています。

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 「全国からここに来て頂いているんですよ」
とは受付の方。

 青い空に翻るチームフラッグ。良い眺めです。これから志津川に戻ります。

(もうひとつの商店街に向かいます)

1年5カ月後の旅 その17 語り部ツアー その2

 こんにちは。千葉・南房総の健康増進・アンチエイジング型歯科、森永歯科医院の森永宏喜です。

 バスは出発しました。

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 身振り手振りをまじえて解説を始めた渡邊さん、その口から出てきた震災直後の体験談は、是非こちらのサイトをお読みください。
 引っ越してきてわずか4カ月で遭遇した震災、そして津波。奥様と小さいな娘さんを捜して被災地を彷徨ったことなど、まるで映画のシーンのよう。その後サプライズの結婚式を奥様にプレゼントしたこと、今では二人目のお子さんも生まれたことなど。

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 学校やベイサイドアリーナをめぐり、皆の記憶に一番染みついている町の防災庁舎に到着。ここはバスを降りての見学です。

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 写真集を見せながら説明する渡邊さんを見ていると、やはり実際に現地に行き、現地の人から話を聴くというのは本当に大事なことだと実感しました。

 1時間ほどのツアーはアッという間に終わりとなり、バスはホテルに戻ってきました。渡邊さんとガッチリ握手して記念撮影。本当におススメのツアーです。皆様どうぞご利用ください。

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 ホテルをチェックアウトし、斎藤先生との約束はお昼過ぎ、まだ2時間ほどあります。そこで昨日は余りしっかり見られなかった歌津地区に戻ることにしました。

(クルマで15分ほどです)

1年5カ月後の旅 その16 語り部ツアー その1

 こんにちは。千葉・南房総の健康増進・アンチエイジング型歯科、森永歯科医院の森永宏喜です。

 志津川湾は奥に行くほど狭くなっていて、この地形が津波を何倍にも増幅して被害を大きくしました。
その中心部をいったん通り過ぎ、その日の宿になっている「南三陸 ホテル観洋」に入ります。

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 ここに宿をとった理由の一つが「語り部バス」に乗ることです。宿泊者対象に朝に行われるもので、1時間程度で災害庁舎などのスポットを回ることが出来ます。
 ほとんどが車内からの見学ということになりますが、その後自分のクルマで巡る予定でしたので「いいオリエンテーションになる」と思っていました。お忙しい方はこのツアーだけでもとても有意義だと思います。

 チェックインしてすぐにツアーの申し込みをしました。

「森永様は3号車になります」

とのこと。参加者は結構多そうです。

 一夜明けて翌朝、集合場所のホテル玄関に行ってみると、予想通り沢山の皆様がバスの順番を待っていらっしゃいます。指定された3号車に乗り込み一息ついていると

「皆さま、おはようございます!」

 張りのある声が車内に響き渡りました。後で判ったことですが、この3号車の「語り部」を務めて下さったのは渡邊さん。ホテルの広報部に所属する方でした。

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 にこやかな笑顔を振りまく渡邊さん、震災発生時、彼にどれほどの試練が降りかかったのか、その時の私には知る由もありませんでした。

(バスは5台出ていたようです)

1年5カ月後の旅 その15  志津川湾を望む

 こんにちは。千葉・南房総の健康増進・アンチエイジング型歯科、森永歯科医院の森永宏喜です。

 今回は空路青森から入った被災地。沿岸部で最後の視察となる南三陸町に入りました。

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 南三陸の中心地である志津川の記憶をたどると、30年以上前の学生時代に行きつきます。所属していた漕艇部のOBのM先生が「今度、志津川病院に赴任することになった」という話で初めてのその地名を意識したように思います。
 今回の津波で三陸が壊滅的な被害を受け沿岸各地が混乱していた時、埼玉の同期のM君が

「サッカー部の先輩の斎藤政二先生が、志津川病院で大変なことになっている」

と緊急支援の手配をしているとの話を聞きました。

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 その後南三陸に入る機会はなかなかありませんでしたが、しばらく前からM君と支援の情報を交換するうちに「この機会にぜひお訪ねしよう」と思い、斎藤先生にお願いしたところ、

「是非見に来て下さい」

と快諾頂きました。

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 斎藤先生とは学生時代あまりお話をしたことはありませんでしたが、M君の「本当に誠実な人だから」という言葉に
「いまどんなことをお考えなのか、聴かせて頂こう」
と思っていました。
 
 (まずはホテルに入りました)

1年5カ月後の旅 その14 気仙沼から南三陸へ

 こんにちは。千葉・南房総の健康増進・アンチエイジング型歯科、森永歯科医院の森永宏喜です。

 市内各地を平手さんのクルマに同乗させてもらい視察していきます。

 鹿折地区の幹線道路際に放置されている大型漁船。有名ですのでメディアでご覧になった方も多いかと思います。
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 ここでも他の地域と同じく「保存か、撤去か」で様々な意見が出ているようでした。

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 もう1か所立ち寄った仮設住宅。とても小規模なものです。

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 ここは何と、土砂崩れの危険がある地帯とのこと。そんな所に仮設が建てられているとは、ただ驚くばかりです。
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 クルマを海沿いに走らせ、杉ノ下という地区に入りました。
 ここに押し寄せた津波は18m。住民312人のうち93人が犠牲となったところです。指定避難場所に逃げ、犠牲になった人が多く、家族全員を亡くした世帯は10を数えます。全世帯が地区から離れざるを得ませんでした。
 緩やかな起伏が連なる丘のようですが、ここが全て住宅地だったのです。

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 表に「絆」という文字、裏面に犠牲者の名の刻まれた慰霊碑が建てられ、私たちに教訓を語りかけてくれます。
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「大地が揺れたらすぐ逃げろ より遠くへ より高台へ」

皆で静かに合掌しました。

 そして近くの名勝・岩井崎へ。有名になった「龍の松」へ。暮れかけた夏の日差しをバックに、登り竜は大地をけって立ちあがっていました。
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 この後市内まで送ってもらい、私たちのレンタカーを停めた場所に戻ってきました。お二人とはここでいったんお別れです。

「村上さん有難うございました、また来ます。お身体に気をつけて」
「平手さん、それじゃあ明日の夜、仙台でまた」

 今回の気仙沼視察はこれで終わりました。沢山の収穫がありましたが、一番は自分の中で
「これからも行動し続けよう」
とはっきりと想いはじめたことでしょうか。

 それを確信に変えるために、南三陸に向かいます。

(約40キロの道程です)

1年5カ月後の旅 その13 気仙沼復興商店街

 こんにちは。千葉・南房総の健康増進・アンチエイジング型歯科、森永歯科医院の森永宏喜です。

 牧沢仮設を後にし、気仙沼の市街地(であったエリア)に戻ってきました。

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 津波の被害を受けた他の地区と同じく、建物は基礎だけを残して壊滅状態。そんな道を抜け、平手さんが案内して下さったのは「南町紫市場」。

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 被災した事業者の皆さんが再起を図る「復興商店街」の一つですが、2階建てのブレハブがズラリと並ぶかなり大規模な部類です。

「どんなお店が入っているのかな」

と見渡してみると、見覚えのあるお店の看板が。あさひ寿司さんです。

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 10年ほど前に名産の「フカヒレ寿司」を食べに立ち寄ったり、その後も仙台駅ビル内の支店に立ち寄ったりしていますので、私には「気仙沼・フカヒレ」といえばこのお店です。
 老舗もここから再出発なんだなあ、と思いを深くしました。
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 そこから郊外の高台へ。クルマを降り眼下を見下ろすと、青い空と海、そして気仙沼の町。しかしよく見ると市街地であるはずのところが土色の更地になっています。

 街全体がまだまだ復興の道筋を見つけられていないように感じました。

(俯瞰する視点が必要ですね)

 

1年5カ月後の旅 その12 古屋先生

 こんにちは。千葉・南房総の健康増進・アンチエイジング型歯科、森永歯科医院の森永宏喜です。

 この仮設に向かう前、村上さんから意外なことを知らされていました。

「山梨の古屋先生も牧沢仮設においでになるようです」

 山梨市牧丘病院の古屋 聡先生といえば、震災直後から現地入りし、これまで幅広い支援を行ってきた方です。以前支援情報について電話でお話したことがあり、またフェイスブック(FB)では近況を拝見していましたが、お会いするのは初めてです。

 しばらく集会所で自治会長さんたちとお話していると先生が現れました。夏休みとあってご子息も一緒です。そしてもうお一人伴っていたのがボランティア団体「ジャパン・ハート」の看護師Sさん。皆でテーブルを囲んで情報交換が始まりました。
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 気仙沼の仮設をめぐる厳しい状況を伺っていると、「もう少し行政は柔軟な対応が出来ないものか」と考えてしまいます。個人で出来ることは限られていますが、「何もしないという選択肢」もまたあり得ないと感じます。

 ここでSさんからもう一つ意外な情報が。
「ジャパン・ハートが担当している乳幼児健診で歯ブラシが不足している」
とのこと。震災から間もない頃は色々な手段で歯ブラシの支援は行ってきましたが、もうそういう状況ではないと思っていました。これも現地に行かないと出てこない話でしょう。

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「Sさん、援助のルートはあるので帰宅したら考えてみます」とお約束しました。

(美味しいメロンをご馳走になりました)



 

1年5カ月後の旅 その11 牧沢仮設集会所


 こんにちは。千葉県・南房総の健康増進型歯科医院、森永歯科医院の森永宏喜です。

 村上さんの案内で、仮設住宅の集会場に入りました。迎えてくれたのは自治会長さんと、元民生委員のOさん。仮設住宅の現状についてうかがいました。

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 急坂を登った山間にあり、一番近いバス停まで1キロ近くの距離がある、交通の便が非常に悪いところです。55世帯のうち36世帯が一人暮らし、12人が介助を必要とする状態。
 公共交通機関はなく、市立病院までタクシーで往復すると5,000円かかります。20世帯は自家用車を所有していません。

 行政の対応の基本は「平等・例外を作らない」ですので、なかなか対応が難しいというのが現状のようですが、やはり釈然としないものを感じます。
 村上さんは市の担当者とたびたび話をしているようですが、なかなか上手くは事が運ばないようです。

(人影はまばらでした)

1年5カ月後の旅 その10 牧沢仮設へ

 こんにちは。千葉県・南房総の健康増進型歯科医院、森永歯科医院の森永宏喜です。

 平手さんのクルマの後をついて、気仙沼の市街地から山沿いへと入って行きます。

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「かなり不便な場所にあるらしいよね」

と同行の妻と話しながらアクセルを踏みます。道は段々と細くなっていき、やがて林道のような山あいの道に入りました。

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歩いたら、街までかなりあるね・・・」

 若者ならともかく、高齢者や体調の悪い方では徒歩は事実上不可能でしょう。
 そんな道をしばらく走った後、突然視界が開けます。赤岩牧沢市営テニスコート仮設住宅です。

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 三陸沿岸ではもともと平地が少なく仮設住宅の用地を確保するのが非常に困難なので、このような交通アクセスの非常に悪い場所に仮設を作らざるを得ないとのこと。

 話には聞いて頭では理解していましたが、実際に訪問してみると想像以上でした。

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「この立地で、お年寄りはどう生活しているのだろう」

 そう思わずにはいられませんでした。

(バスなどの公共機関も遠いです)

1年5カ月後の旅  その9 気仙沼に入る

 こんにちは。千葉県・南房総の健康増進型歯科医院、森永歯科医院の森永宏喜です。

 気仙沼に入る前に、以前より支援活動でお世話になっている東日本復興支援機構の平手さんに電話を入れます。市街地の入口、鹿折(ししおり)地区にある「気仙沼鹿折復幸マルシェ」で落ち合うことになりました。

クルマで気仙沼市内に入りました。ほどなく復幸マルシェに到着。

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 ここでもう一人、重要人物にお会いします。復興支援機構の気仙沼支部を兼任する個人支援家、村上 充さん。気仙沼市内で環境の良くない仮設住宅を中心に支援活動を展開している方です。

復幸マルシェで一休みしながら状況をお伺いし「じゃあ仮設に行きましょう」ということになりました。

「牧沢にしましょう」
「ああ、あの牧沢ですね」

フェイスブック(FB)で村上さんが繰り返し情報発信していた牧沢テニスコート仮設住宅。交通の便に大きな問題ありとして、村上さんの主要な支援対象になっているところです。

平手さんのクルマについて向かうことになりました。

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(アメリカから寄贈された子どもたちむけの遊具)

1年5カ月後の旅  その8 奇跡の一本松

 こんにちは。千葉県・南房総の健康増進型歯科医院、森永歯科医院の森永宏喜です。

 陸前高田の「市街地であったところ」には何もありません。集積された瓦礫があるだけです。
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  その中で、いま陸前高田といえば皆が連想する「奇跡の一本松」にやってきました。

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 復興に向けて、皆が希望の拠り所としてもらえるよう、8月中にはいったん伐採し、防腐処理を施して数年後には元の場所に建てられるそうです。そのための資金も陸前高田市で募集しています。

 奇跡の一本松保存募金

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 ここを過ぎると、気仙沼はもうすぐです。

(宮城県に入ります)

1年5カ月後の旅 その7 RUN FORWARD KANPEI !

 こんにちは。千葉県・南房総の健康増進型歯科医院、森永歯科医院の森永宏喜です。

 走っていた人は、間寛平さん。ご存じのようにガンを克服し、アースマラソンを成し遂げた方。その寛平さんが、被災地を走る姿に遭遇したのでした。
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実はこの後も抜きつ抜かれつで、結局気仙沼までご一緒しました。

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彼の詳しいインタビューなどは、このサイトにのっています。一部引用させていただきます。

――今回のマラソンで、被災地にいる人は寛平さんに力をもらうと同時に、全国の人に被災地の今を伝えてくれるんじゃないかという期待も込めていると思いますが。
「むしろ、そのことが一番大きな目的なんやと思ってます。阪神淡路のときもそうやったけど、みんな少しずつ忘れていくでしょ。でも僕は忘れたらあかんと思うんです。だから今回のタイミングでできたというのは、ものすごく良かったなと思うんです」

一読の価値ありです。

(福島まで走るそうです)
Hiroki Morinaga

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歯科からはじめる
歯っピーライフ

森永宏喜 著
A5判 57ページ


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