山で風のように暮らすには不純な動機が大切です その4 木工入門編

 というわけで2ヶ月余りの沖縄での非日常を過ごして帰ってきた。もちろんだからといってそうそううまい話が待っているわけでもなく、職安の求職カードと求人広告を眺める毎日が続くのである。

 「高給優遇」とか「やる気のある方求む」などという縁の無いコピーを眺めながら、甲斐性の無い私はため息をつくばかりなのだった。

 特別何をやりたいという希望がこの時点であったわけではなく、ただ普通のサラリーマンではない仕事を、いつか自分たちが独立してやっていけるような仕事を、というような漠然とした思いだった。何かを作る仕事・・・とパン屋さんに行ってみたもののどうも向いていないようであきらめてしまったし、木工といっても住宅メーカーの大工かアルミ中心の建具屋くらいで、夢の描けない会社の歯車では同じもの作りでもとても耐えられる自信もない・・・。

 そんなある日、運命なのか偶然なのか悪魔のささやきなのか「木工民芸品工房」という求人カードをついに発見!これだ、これにかけるしかない!一枚のカードが私達にとっては金色のごとく光り輝いて見え、いそいそと面接に出かけたのだった。

 オーナー側でもサラリーマンでないタイプの人間を求めていたらしく無事就職。東京からやってきて職業訓練校で木工を学び、古くからの民芸品をアレンジした木工品を作る老夫婦のこじんまりとした工房で木工と出会うことになった。

 一時的に広子さんも夢を描いてここに通ったのだがオーナー夫妻との性格的な組み合わせが思わしくなく別なパートの口を捜して早々にリタイヤした。


 この工房で木工のいろはを学ぶことになるわけなのだが、こうなったらいずれ独立して・・・と思うのが人情というもので、少しでも知識を吸収しようと努力した。しかしながら我慢強い?私にとってもオーナー夫妻との相性は良くはなかったようで丸1年で辞めざるを得ないことになってしまった。

 はてさて、またここでどうするか?という立場になってしまった。あきらめてサラリーマンに戻ればいいものを、出した結論は無謀にも独立してしまおうというのだからあきれてものが言えない。

 といっても資金は全くなし。友人に頭を下げた10万の借金も断られ、仕方なく最低限必要な小さな糸鋸とDIY用のドリルとサンダーをローンで購入。古い自宅を自力で改造して工房にし、材料はほんの少しずつ仕入れながら、民芸品工房時代に知り合った問屋相手に始めたのが森の工房へと続く「風人舎」(ふうじんしゃ)の始まりだった。誰もがこの仕事を20年以上続けていけるなどとは夢にも思わない惨めな惨めなスタートだった。

 工房に就職したときには無職でいられるよりはと思ってあきらめた母親も、いよいよ自営業を始められてしまった、と大変な嘆きようである。またよりによって一番嫌いな職人という職種で・・・まあ、どうしようもないけど。

 広子さんはこの時点ではまだ、パートの仕事をしながらデザインやら、色付けやらを手伝う形だった。元デザイナーだからデザインはすべて広子さんが・・・と誰もが思うところだろうがどうも分野が違うらしく商品開発もほとんど私の担当だった。

 最初につくったのは鳥をモチーフにしたインテリアパズルだった。道具も技術も無く、いかにも素人ぽい出来だったが・・・。

 え?木工ってそんな簡単に出来るもんなの?・・・いいえとんでもない。職人というジャンルはどんなものでも一人前になるまで最低で三年かかるといわれるくらいのもので一年やっただけで独立なんてあまりに無茶苦茶な話で、案の定厳しい現実が迫ってくるのだった。


  

 続く