山で風のように暮らすには不純な動機が大切です 7

神様の贈り物?編


結婚して6年、工房を始めて4年。直売できる店を構えようという計画は、なかなか虫のいい話にめぐり合えないまま過ぎようとしていた。

そんな‘921月、私は頭で理解できるようになってから初めての戦争「湾岸戦争」が始まったというテレビのニュースに釘付けになってしまった。

 私は無所属の反戦主義者のはしくれのつもりであって、暴力や武力は最も野蛮で非文化的な行為だと常々思っているのである。

悪いやつはいるのだとは思うし、社会から排除しなければならないこともあるとは思う。しかし国の善悪を判断するのはウルトラマンや水戸黄門のように簡単ではないと思うのだ。武器を持つ戦争に本当の正義など存在せず、殺りくと破壊は憎しみと悲しみしか生まないことは歴史をまじめに勉強すればわかることで、戦争以外の選択肢を考えられない無学で無能な政治家は私には悪いやつと紙一重に見えてしまうのである。

 あの光の中でたった今殺され、傷ついていく人たちがいる。バカな指導者に脅され、そそのかされた哀れな兵士も、平和主義者も、女も、子供も、年寄りも・・・。相手は怪獣のように爆発するはずはなく、腕や足をもぎ取られて地獄の悲鳴をあげ、内臓を飛び散らせてのたうちまわるのだ・・・。

どの国に対してでもない、「戦争」という暴力への怒りと憎しみ、そして悲しみ・・・人事なのに涙もろい私はどうにも涙が止められないのだった。

どうせ世の中何も変わりはしないと結婚以来久しく市民運動などにかかわらなかった私が、数日後広子さんと二人「湾岸戦争支援反対」というプラカードを掲げ郡山の市内を歩いていた。団体で行動することが嫌いな私のことだから二人だけ。一人でも行くといったバカな私に広子さんはついてきてくれた。

何のことは無い、それしかできなかったし、それだけの話である。無論戦争が止まることなどあるはずがない。しかしこの話は不思議に続いていく物語の初めのように今は思える。


半年後広子さんの体調に異変が起きる。どうも妊娠したらしいのだ。それまで私達は子供はいらないと思い続けてきたのですが、どういうわけかすんなり受け止める気持ちになっていた。

「神様の贈り物・・・」神様など信じてもいないし、ただの偶然にしか過ぎないのだろうけれど、ふとそんな思いが胸をよぎったのだ。もしかしたらその時が来たのかも知れない・・・半年前の出来事が自分の何かを変えたのかも知れない・・・すみません、思い込みが激しい性格で・・・。

 

同じ頃、以前から決してうまくいっているとはいえなかった広子さんと私の母との関係が悪化し、私がいないと2階からトイレに降りることさえできないという状態に陥っていて、これは膀胱炎にならないうちに何とかしなければならないと思っていた矢先の出来事だった。

 「私はどんな人とでもうまくやっていける自信がある」

結婚する前はそう豪語していた広子さんだったのだが、それはたまたま周りにいた人に恵まれていただけのこと。私は親だからとあきらめられても広子さんにそれは無理なことなのだ。

 そんな状況の中で「直売できる店を・・・」という計画は二人プラスアルファで暮らせる場所を探すという不純な方向へ比重を移していくことになるのだった。

 別にありそうな話だし、それほど難しいことではない・・・とお思いの方も多いとは思うが、田舎の農家の長男が家を出るということは想像を超える大事件なのである。

 私は山や自然が好きだし、次第に住宅地へと変貌していく自分の家の周りを眺めながらもっと山の中で暮らしたいといつも思ってはいた。けれど農家の長男という重圧は親からばかりではなく親類一同よってたかってのもので、跳ね除けるには半端ではない覚悟とエネルギーが必要。そんなことは一生口にしてはならないものと思い込まされていたのだった。

 でもよくよく考えてみればたった一度しかない人生、好きなところに住んで好きなことをしていかなければ結局後悔することになってしまうではないか。これまでは仕方ないとあきらめていたことも、生まれてくる子供のためにも言い訳しない人生を送らなければならない、と都合よく思えるようになったのは大きな変化である。

 長距離ドライブは避けなければならないはずのおなかの大きくなった広子さんを乗せて、遠くは岩手まで足を延ばし物色するのですが値段と立地条件が折り合わず土地探しは難航。

どんなに条件が良くても高い土地はとても買えるはずもない。分譲別荘地など御免だし、かといって道路から奥まったところや、ただの田舎ではお客さんが来るはずもない・・・。