そうこうしているうちに花梨ちゃんが誕生。運良く出産に立ち会った私はいきなり生まれたばかりの赤ちゃんを抱っこさせられて、感動も実感もわかず戸惑うばかりだった。けれどあれほどいらないと思い続けてきたはずなのに、日がたつにつれ深まっていくその愛おしさに子供を持つという幸せをしみじみ感じるようになった。この子のために自分の生き方と地球の未来に責任を持たなければならないという非常に大げさで都合のいい責任感が生まれてくるのであって、親バカというか何と言うか、子供を持たなかった自分は何と無責任でかたわな人間だったのだろうともつくづく思うのだった。

かくして、寝顔を見てはその愛おしさにウルウルし、泣いている赤ん坊を前に顔を見合わせては育児書をめくる、といったような私の人生計画には無かった笑える子育ての日々が始まった。

 

さて、さんざん走り回った末に最後にたどり着いたのは意外と身近な場所で、登山のホームベースとして何十回となく登った安達太良山の山麓だった。田んぼのない牧草地の広がる北海道にも似た風景に、100%満足とまでは言えないけれどいいところで落ち着いたのかもしれないと思った。

土地探しを始めてから2年。雪の積もったこの畑を見た時のことは忘れない。ここでどんな未来が自分たちを待ち受けているのだろうと胸が高鳴るのだった。もっとも今でこそいい場所だったと思えるのだが、その当時は不動産業者も首をかしげる誰も商売になるとは思えないような土地で、おまけに安めとはいえ、どうがんばっても全部で750坪ある畑の300坪しか買うことができないという悪条件の中のスタート。まあ多少のお客さんは来るだろう、畑でもつくりながらのんびり暮らそうとあくまでも楽観的だったのだが・・・。

 おっと土地を買うには金が要る。貯金などあるはずもないからそれまで工房にしていた古い家の周辺の土地を処分することにした。これは残念ながら秘密にするわけにもいかず売るぞと宣言をすると、案の定母親が親戚中に泣きつき何をとんでもないことをと予定通りの大騒ぎになった。

自分名義の土地を売って土地を買う。この何でもない行為がとんでもない大罪になるのが田舎である。あげくの果てに自分が好きなところで暮らしたいというだけで親を捨てるなんてただの一度も考えたことも無く、いずれ面倒見るのは自分の責任と思っていた私に、親を捨てるようなやつは犬畜生にも劣る!とまでのたまうのだった。さすがの?私も悔し涙を抑えることができずにブチ切れて、そこまでいうのなら捨ててやろうじゃないか!とこの時点で親子の縁、親戚の縁を切ることになってしまったのだから人の心は不思議なものである。でもそんなに悪いことをしてるの???

 割り切っているつもりでもいざ契約書に判を押し代金を受け取ると、先祖代々の土地を売ってしまったという罪の意識にさいなまれるのであって、家というものの持つ罪の深さを思うのだった。

 豊かな自然の中で夢のような仕事を・・・誰もが?憧れるような「森の工房」は、けして純粋とはいえないドロドロとしたものを抱えて、それでいて明るく走り始めたのだった。

さていよいよ設計図もできて新しい森の工房のスタート・・・と思いきや、予定していた銀行の借り入れが受けられないという思わぬ事態が待ち構えていた。この場所ではとても商売にならない、担保価値もないというのがその理由。今よりはるかに少ない売上予想を出したのにそれさえも見込めないと・・・。

 土地代を払ったら残りは運転資金にするつもりだったお金だけ・・・どうしよう、今さら後に引けない・・・。


つづく