2012年02月23日
「大雪」
まれに見る大雪です。今年の冬は全国どこでも寒いらしく、「寒さは平等で時々はこちらと同じ冬も体験しないとね」なんて毎年ぶつぶつ言っていたのですが、今年は違います。慣れない手つきで雪かきをしている姿をテレビで観ていると本当に気の毒になりました。使っている道具も、はいている靴も「それじゃ、駄目だよ」と叫びたくなるほどだし、腰つきもフニャフニャして・・。三重県の義弟からの電話では「部屋が寒いんだよネ」と情けない声が。こちらはゴーゴーと音がうるさいほど馬力のあるストーブがデーンと鎮座している家がほとんどで、中には靴下なしでいる人がいるくらいです。やはり、冬は慣れです。旅人が朝、寝坊しました。「熟睡しました。」まだ眠たそう。窓が雪につぶされ、部屋が真っ暗だったため時間が分からなかったのでしょう。「今朝のラッセル車の音、うるさかったね。眠れなかったでしょう」そういう我々に「いやー、気がつきませんでした」との返事。ホッとしました。ここの人は午前二時ごろやって来る、ガッタンガッタンというラッセル車の音には敏感になっています。何度も往復しているらしいその音で雪の量を察し、覚悟を決めてお布団から出る生活が続いているからです。春になっても、ついつい寝床で耳を澄ませてしまい、目覚めてしまうことたびたび。ラッセル病? トホホ・・。2012年02月16日
「病院にて」
今も二週間に一度、血圧の薬をもらうためここの病院に通っています。雪のためいつもは老人車で来ているおなじみさんはどうやって通院しているのかなあと思っていたのですが、心配無用の様子。いつものように混んでいました。自動ドアが開くと同時に、全員が一斉にこちらを見るのは「誰ダベ(だろう)」と思ういつものご挨拶。慣れないとドキッとします。待合室が静かにという言葉はここでは通用しません。「ナ、ナシタド?(あなた、どうしたの?)」と声を掛けられみんなが心配してくれます。今朝もドアが開くとともに声を掛けながらおばあさんが入ってきました。「ヤーヤー、ヤー」それを受けて待合室のばあさん達が全員これまた一斉に「ヤッテバー、ヤー、ヤー」これできちんと会話をし、お互い納得しているのです。訳しましょう。「すごい雪で言葉もありません。まあ、すごい雪の量ですね。」「そうです。同じ気持ちです。すごい雪ですねー」ということなのです。字で書くとヤーの一字で色気がありませんが、微妙な発音とイントネーションですべてがオーケーです。25年住んでいるダンナはさすがこの会話はまだまだ?かもしれません。おじいさんが声をかけてくれました。「このフト(人)、ワノ(私と)同級生」そういって指をさされた人はお孫さんほどの年の若い人。「このフト、みんなが同級生だと思ってるンダベ」、一斉に笑い声があがります。賑やかで、暖かい待合室。外は猛吹雪だというのに。2012年02月10日
「九艘泊」
我が家から歩いて一時間半、脇野沢の北のはじっこにある小さな部落です。船が九艘しか置けないくらい小さな港ですという意味から付けられた名前だという噂ですが、確かなことは分かりません。その小さな部落がこれまた脇野沢では大きな存在なのです。漁師たちがタラに命をかけ、漁師で生活を続けている唯一のところなのです。今年は久しぶりのタラの大漁で九艘泊も活気づいたことでしょう。そのタラも産卵を終え、今はお腹が空になってしまい商品価値も生タラでは無くなりました。そこで棒タラの出番です。雪にまみれたタラが内蔵を取っただけの姿でぶらさがっています。棒タラの数でその年のタラの漁獲数が分かるというわけで、年によっては数本ということもありました。今年は百本もつるしている家もあり、壮観です。譲ってもらいたくさっそく行ってみました。猛吹雪の中、カッパ姿の女性たちが出刃でタラをさばいていました。頭上ではその落ちこぼれを狙い、カモメがガーガー鳴きながらホバーリング。数えられない数です。カモメの声、波の音、吹雪の音すべてが彼女らを覆い、その中でモクモクと手だけを動かしているその姿はもう圧巻。厳しいという言葉は軽い、軽い。声をかけるのもちょっと・・というスゴサでした。棒タラをのこぎりで切り、身をあぶってお酒のつまみに。頭は何日も水に浸し煮しめの中にいれるそうなのですが、我が家では使いこなせないのが残念です。残したい文化、貴重な部落です。2012年02月02日
「台所事情」
ここも例年の三倍の積雪。そろそろ雪かきも飽きてきました。寒さも大変なもので、朝の台所はふきんのバキバキを溶かすことから始まります。瞬間湯沸かしが動くかどうかもハラハラ。寝る前にすっかり水を機械から抜くのですが、この方法がすごい! もちろんダンナのアイデアです。水を落としたら最後にガスホースを30センチくらいかなあ、切ったホースの先に細い管をくっつけ、それを穴につっこみ思いっきり息を吹くのです。すると残った水分がダラダラと流れ出てオーケー。これで今年はまだ瞬間湯沸かしをタオルでくるみお湯をかけるという最後の手段をまぬがれています。野菜はどこに置いても凍るので毛布をかけてガードをしています。でもダメ。トマトは居間の片隅に鎮座しています。油ものはトホホ。真っ白に固まってしまい、とくにオリーブ油はどんなに暖めても液体になりません。おまけに、床に水をこぼしたら氷になるのであぶないあぶない。床拭きの格闘です。もうひとつおまけは窓。雪がすっぽり覆っているので真っ暗。気持も暗くなりまーす。こうなるとみなさにここはいいよ、老後は絶対、早めに引っ越しておいでなんて言ったことが少々・・。なにか良いことがないかなあ。モノが腐りませんそれしかないかも。今、台所からトマトジュースを持ってきたダンナがぽつり。「今日は特に寒いなあ。さっきニュースで明日はもっと寒いって言っていたぞ!」あーあ。どうしよう。2012年01月26日
「雪」
今冬はいつになく大雪の日が続いています。しんしんと降る雪は音を吸い込み、聞こえるのは海の音だけです。まさに演歌の世界。あぶったスルメの世界です。隣から聞き覚えのない雪かきの音がしました。ママサンダンプを使っているようなのですが、どこか違います。そーっと覗いてみると、慣れない腰つきで雪かきをしている息子さんの姿が。お正月で家に帰ってきているのでしょう。そういえば、東京で働いているご主人の姿も見かけたような気がします。家族が揃っているお隣さんの窓あかりもいつになく明るく感じ、こちらも良い気持ちになりにました。スーパーに買い物にいきました。タラが発砲スチールの箱にゴロンと一本ずつ入って、外に置かれています。雪がタラをすっぽり覆い、雪の固まりです。値段を見ようと雪を手で払うと、タラのお腹にぺったり張りついた紙が出てきましたが、数字が滲んでみえません。油性のマジックで書けばよかったかな・・。そう思いながら値段を聞くとお店の人も「ワガネナー(わかりませんね)」と紙切れをにらんで首を傾げます。「アドデイー(後で支払いえばいいよ)」というのですが、値段がわからないと買うのもちょっとです。結局、計りにかけてもらって8千円だとわかりました。ただ、その計りが雪だるま。針が見えないのです。「カンダベサ(勘でやるのです)」とさりげなく言うのですがトホホ。もちろん買いです。本当の値段がちょっぴり気になりますが・・。2012年01月19日
「青森へ」
脇野沢から車で一時間のむつ市に行くときは都会に行ったような気がし、青森へ行くとなるともう大都会に行くという感じです。東京へは・・、目がくらみます。青森までショッピングに行こうということになりました。以前は一泊で行っていたのですが、両親だけの留守は無理となり、日帰りです。車なら冬は片道4時間。それで船で往復することにしました。シィラインの「ポーラスター」です。帰りは欠航という危険があるのですが、もうやけくそ。その時はその時とイザ出発です。60分の船旅で客は我々を含み4名のみ。津軽半島が美しく、ダンナの年末サル調査の現場を教えてもらいながらなんとか船酔いから逃れることができました。船のトイレを初めて使用。広くてとても清潔。乗務員のみなさんも親切です。レンタカーで買い物をしまくり、又無事船で帰宅です。シィラインの青森キップ売り場に、何かガラス器にクスリが置いてありました。訊くと「船酔い止めのクスリです」というのです。もう、感動! さっそく頂きました。ショックなこともありました。レンタカーのお兄さんが「脇野沢から船ですか? うわさで聞いたことがあるのですが本当にあるんだ!」といったのです。駅前の店員さんも「あれ!その船会社、つぶれたんでないの?」いやはやトホホです。帰りも客4名。不安です。15時20分発、シィラインを是非利用してください。ただし、必ず出航を確認すること。ホームページでも確認できますから。2012年01月12日
「撮影会」
我が家ではイベントというのを一回もしたことがないまま48年。そろそろ、楽しみながら何かをしようかなということになったのです。お知らせは、ホームページの片隅にひっそりと。それも8名限定。1人だけの参加でもやろうということに打合せをしておりました。高額にもかかわらず、6名の方が参加してくれました。一週間前からサルの群れを追跡し、寝場所を確認。台所ではタラを準備して、もう、ワクワクドキドキ。いよいよ撮影日の朝となりました。前夜のミーテングの余韻があるのでしょう。撮るぞ!という意気込みはビンビンです。ところが起きて外を見てびっくり。ドサッ、ドサッと雪が積もり、おまけに大雪警報まで出ている始末。カンジキを履いてもけっこうきついコースになりそうです。一瞬、ダンナの顔が曇ります。それでも決行しました。やー、やー、みなさんは素晴らしい。帰って来た時の顔は輝いていました。見せてもらった写真には大雪の中必死にラッセルしている姿や、雪の中で大の字になって遊んでいる姿、もちろん雪をバックにサルを撮影している姿が写されていました。夜のミーテングは写真を見ながらアーだ、コーだと11時すぎまで。女性4名、男性2名。撮影にまだ慣れていない大学生の彼女を温かく見守ってくれたみなさん。本当に感謝の一語です。またいつか会いましょうと手を振った時の心はホッカホッカ。今日は青空。あの日はなんだったのでしょう。来年もどうぞうまくいきますように。2012年01月01日
「今年こそは」
あけましておめでとうございます。どうぞ、今年もよろしくお願いいたします。いろいろなことがあった昨年でした。良いニュースは少なく、今年はちょっと不安。毎年不安ですと書いているような気がします。あえて良いニュースをひとつふたつ。どうやら脇野沢のタラは大漁?の兆しが。それも正月前の漁ですから高値がつき、本当に久しぶりに漁師の笑顔がみることができました。脇野沢のタラというブランドは五割アップ。同じ海で泳いでいた隣の佐井村のタラはなんともお気の毒です。同じことが大間のマグロにも言えることで、津軽で獲れるマグロはほぼ半値。そこでマグロを買って、陸奥湾を渡り大間の岬で食べるなんていいのでは。二つ目は今春から一年、朝日小学生新聞にふたりで連載をすることになりました。月一回、ダンナの写真と文章が三分の二。残りスペースにつたない私の文が。さてさてどうなるか。これはボケ防止にはもう最高。日に日におかしくなってきた我々にはまさにグッドタイミングです。毎日が雪かきの日々ですが、手を休め子ども達が新聞を読んでくれている姿を想像してはニンマリ。さあ、雪かきの続きをやろう!元気が出るというわけです。何か良いことを書いていると、ウキウキしてきました。前向きに行こう! ケッパロウ!
2011年12月29日
「賞味期限」
地元のスーパーにタマゴを買いに行った時、レジの前に張り紙と食パン5斤ほどが置いてありました。「賞味期限が過ぎていますので、半額!」おもわずニンワリ。えへへです。数年に一度、保健所で食品関係を扱う人と宿泊業を相手に講習会が義務づけられているのですが、ある時真面目な顔をして係の人が言ったのです。「お年寄りのお客が多いところは、老眼でよく数字が見えないことをいいことに、業者が賞味期限ギリギリの品物を配達することがあります。気をつけてください。特に脇野沢は。」もうびっくり。リアルに名前まで出たのですからもうショックでした。そういえば当時、賞味期限が過ぎていてもそのままの値段だし、今は閉めて無いスーパーなどは、カビが生えても平気で売っていました。そんなもんだと思っていた我々にも責任があったのですが。なぜ、今こんな話しを? 実は気になっていることがあるのです。お歳暮で頂く食品類があと三日で終わりとか、エッと思うほど日にちに余裕が無いのが多いのです。とくにハム、ソーセージの類はどうすんだ!と叫びたいほど。配達に時間がかかっているのでしょうか。まさかと思うけれど、寒いから大丈夫だと思っているのかなあ。まあ、賞味期限など気にしない生活に歴史があるから平気ですが。それにしても、送ってくれた方はまさかそんな品物が届けられているなんて思ってもいないでしょうね。なんかさびしくなります。2011年12月22日
「都会の病院」
母が突然腰の痛みを訴え、診察の結果、背骨の圧迫骨折と診断されました。ダンナ運転で一時間、下北で一番大きいむつ総合病院にお世話になりました。母を乗せた車イスを押しながらウロウロ。整形外科までたどり着きました。イスには50人以上が診察を待っている様子。車イスの方が多いのはさすが整形。納得です。驚いたことは、その流れの速いこと速いこと。ひっきりなしに患者さんの名前が呼ばれます。まず、山のようなカルテを片手に実際そこに本人がスタンバイしているか確かめます。次は「次の診察ですから心準備を」と教えてくれ、三度目で診察室に呼ばれます。その間も、アンケート用紙を渡したり、患者さんの質問に応えたり、まあ忙しいこと、忙しいこと。タンカーに寝たままで運ばれてくる人がいたかと思うと、ギブス姿でやっと歩いてくるひとがあり、長靴でガツガツと急いでいる人がいたりで、もう人がいっぱい。よくぶつからないもんだと思いました。その日は大雪。午前中は300人がいたそうで、看護師さんが「今日は少なかったノー、雪のせいダベ」とポツリ。いやー、たいしたものです。さすがプロ。待ち時間2時間、診察時間3分。3人のお医者さんが3カ所で診察。口を開けたままポカーンと眺めていました。おかげさまで母はコルセットをオーダーし、家で静かにしております。みなさんも転ばないようにお気を付けてくださいね。完治までは時間がかかりますよ。2011年12月15日
「場取り」
今朝のことでした。有線が流れ何か言っている様子なのですが、よく聞き取れません。なんせ、部屋ではテレビの音とストーブの音が、まして窓を閉めているもんで。テレビを消し、耳を澄ませると「今日の場取りは予定通り行います」と漁協からの連絡でした。あんなに毎年、場取りの話しで盛り上がり、その日は朝からピーンとした空気が流れていたのに、今年はどうしたことでしょう。ヨーイドンのマダラの網入れも、船が減り、こんなにも長い不漁続きで疲れたのでしょうか。去年は写真撮影に行ったダンナも明日からの津軽のサル調査で頭が一杯の様子。「今日、場取りだったんだね」とパソコンを叩きながらポツリ。海に目をやると、あと五分でスタートだというのに、一艘のタラ船があたご山あたりをトロトロ走っていました。集合場所までギリギリです。こんなことは今までは無かったこと。何かが大きく変わってしまうのでは?と心細くなりました。新聞が8時になっても届きません。大雪でもないのに不思議だと思って電話をすると店は遅配にてんてこ舞いの様子。分かりました。場取りで人がかき集められ、人手不足になったのです。やはり、場取りは場取り。人の助けをかりて網を入れ、今年もタラに賭けようとする漁師の意気込みが感じられ、ホッとするやら、不安やら…..どうぞ、大漁でありますように。神様、仏様。

2011年12月08日
「行ってきましたパート2」
義妹とデパチカを歩くのも目的のひとつです。「大丈夫か?」と心配そうな男性群と分かれ、かれらは写真展、我々は新宿へ。改札口を出て見上げると大きな高島屋の看板?が。イザ、出発です。ところが工事中の所があり、クネクネ道をしゃべりながら歩いていたものですから、帰りが真っ暗でなおかつ、駅というもんはどこからでも見えるものと信じていたため、まさかビルに隠れてみえないということは想定外。360度キョロキョロしても駅の方向がわかりません。約束の時間が迫っています。徒歩5分の所を人に聞くこと3名。かかった時間は30分。電車に乗った時は暑さと疲れで死にそうでした。遅刻5分で着いた時は膝ガクガク。化粧は落ち、髪はボーボー。心配したダンナのメールは帰ってから見つけた始末。それでも、澄ました顔で「楽しかったわー」。もう、バレバレでした。それでもお菓子(10個)は宅配に頼み、こちらでは買えない革のひも、のし革、をみつけルンルンです。ブックカバーを作ろうと思います。和紙の粋な柄をみつけこれまたゲット。お江戸の香りのモノはすべてステキ。とうとうメガネ入れまで買ってしまい、中に入っている100円老眼鏡はさぞかしびっくりしていることでしょう。あれやこれやであっという間の上京でした。今度チャンスがあったら、本物のコーヒーはこれだ!というのを飲みたい! そして、食事中ダイエット忘れたい!2011年12月01日
「行ってきました。パート1」
キップを幾度も確かめ、コーフンしての寝不足にもめげず、いざ東京へ。小雪の降る中コートを着ての出で立ちも、乗り換えの八戸まではオーケー。仙台を過ぎ、アレレ?誰もがこちらで言う春姿。結局、帰えるまで邪魔になったコート。日本は細長 いことを、身を持って再認識です。人が多いとは覚悟はしていましたが、みなさん若い方々ばかり。年配の方はどこにおられるのでしょう。あのスピードなら押されて倒れてしまう人もいるのでは? いやー、高齢者は大変です。久しぶりに義弟たちと会い、いそいそとホテル38階の喫茶?ルームへ移動。大衆食堂にケが生えたような所でのコーヒーが730円。それでも美味しければ満足するのですが、これまたヒジョウーににマズイ。おまけにカップが汚れていて「これはいくらなんでもないよね」と我々女どもが交換を要求。あわてた様子で替えてくれました。その夜はそのホテルに予約をとっておいた懐石風な食事。ひとり、5千円近くのお値段でこの小さな魚はないでしょう。我が家ならこれははずかしくてお膳にはちょっと。それにまだ食べているのに「もう、下げてよろしいですか?」と返事をまたずお盆に乗せ、なにか気ぜわしい。あーあ、東京ってこんなのかな? 部屋に入り、インターネットにつなぐと1050円。なんとかという番号を手に入れるのに500円。なにかさびしいねー。お金はかかるのはいいのです。もっと、さりげなく品よく請求してもらえるといいのに。東京の素晴らしさは、もっと時間に余裕あれば分かったのでしょうが、今回は残念ながら・・。やはり一泊はきつかったかもね。2011年11月25日
「望郷」
今朝、七時前ピンポーンが鳴りました。元村長さんがニコニコとバケツを掲げて叫びます。「イガ、ダドー」久しぶりにイカが網に入ったそうで、さっそく持ってきてくれました。ギラギラした大きなイカです。「イガの刺身は朝ダベ」そう言う彼に「夜、一杯やりながらゆっくり頂きます。」と言うダンナは平行線。「しかたネーナ」といつもそのセリフで落ちつきます。村長さんいわく東京で毎年行われている村人会が来年20年目になるそうで、もう気持は来年の事を考えているというのです。今年も60人集まってくれたそうで、会場では、オメ(あたな)ワ(私)と言いながらおもいっきり大声で話す脇野沢弁で満ちあふれたことでしょう。想像するとこちらまで楽しくなります。年々、老いてくると故郷がより強くなるといいます。一年に一回の会をどんなに楽しみにしておられるか、離れている方々だけに気持よーく分かります。村長がボソリ。「来年、何持ってイグガナー」聞くと毎年手作りのお土産を持参するとか。ミョーガの酢づけであったり、煮干しであったり・・。袋に小分けして準備をするらしく本当に頭が下がります。「ワの村長時代は神楽バ車サ積んで、行ったモンダ。フト(人)も別の車でナ。いやー道中飲んで、歌って面白ガッタナー」懐かしそうでした。合併になり村が消え、むつ市になりましたが、どっこい村人会は健在。そこはまさに脇野沢村です。2011年11月18日
「逃亡」
すっかり秋になりました。我が家のさくら、白樺などはバラバラと葉は落とし、毎度のことながらご近所に迷惑をかけております。我が家で小さな事件がありました。うさぎのギーが脱走したのです。その日はダンナが留守。洗濯物を玄関でたたんでいた時、カツカツと音がしたと思ったら玄関前にのそっとカモシカが表れたのです。気配を感じてか、立ち止まってこちらを見ています。「いやー、久しぶり」とおもわずニンワリ。あれ!カモシカの後ろに茶色の小さなモノがいます。カモシカが歩き出すとそのモノも同じ速度でのそり。ギーです。前に脱走した時はダンナとふたりで追いつめ、やっとのことで捕まえたのですが、今回はわたしひとり。ドキドキ!どうしましょう。道路に出たり、まわりの薮にでも入ってしまったらもうアウトです。しかたありません。ギーが散歩に飽きて自分で我が家に戻ろうとするであろうことに賭けてみることに。小屋の入口を開け、餌を用意して彼女の後ろにさりげなくついて歩きました。その間、30分。あっちでつまみ食い、こっちでキョロキョロ。さすが、心細くなったのでしょう。鼻をヒクヒクさせ臭いを嗅ぎながら、とうとう我が家まで辿り着き無事に戻っていったのです。報告を受けたダンナは帰ってすぐ、かじって開けた網穴を修理。「お前の写真、撮りたかったなあ」彼女の顔を突きながら声をかけていました。2011年11月10日
「ちょっぴり不安」
何十年ぶりで上京することになりました。三重県にいるダンナの弟夫婦と結婚ホヤホヤの姪夫婦に、真ん中で会いましょうということになったのです。さっそく、ホテルを予約しキップも準備。一泊二日という強行スケジュールなのに、見たい所が多くどうしましょう。ダンナはなんとしても藤原新也の写真展を観たいと気持は千代田区。二手に分かれることにしました。ひとりでブラブラするのは学生時代以来。テレビでの様子ではなぜか、みなさん早足。立ち止まっていたらどやされそう。弟嫁は一緒にデパ地下を散策しようと言ってくれるのですが、間違いなくお菓子を買いまくりそうだし、銀座の資生堂ギャラリーではインドの女性カメラマンの写真展がこれまた素晴らしいというウワサ。今朝のニュースで今年は手帳がブームとのこと。渋谷のロフトでは何千という種類があるらしく、すごい混雑ぶりが映っていてこれもまた魅力。迷います。でも、ここで一呼吸。目的は買い物ではなく、なつかしい人に会っておしゃべりをすること。予定の二時間の自由時間はあっても無いモノと同じ。その場にいってから予定を立てましょう。それよりアクシデントが無いよう。なんとかその日まで・・。メールの打合せもだんだんリアルなものになってきました。最後は必ず、「その日まで元気でいようね」で結びます。あーあ、なんか不安です。2011年11月03日
「あれこれ」
今朝から我が家は霧の中。まさに真っ白です。雲谷(もや)がかかり、幻想的な世界に浸っています。窓からは冷たい空気が入りこみ、いい気持。さっそくダンナはカメラを持って山に飛び出していきました。音楽はソウルジャズ、コーヒーの香りに包まれ、しばしハッピーになっています。この頃やはり岩手県からのボランティアをされていた方が北にあがって来ているらしく、我が家にもそういう方がチラホラおいでになります。大きな声でにぎやかにお話しされる興奮気味方と全くひとことも話をしない方と極端に分かれるのは、厳しい現状に接したからの影響なのでしょうか。なぜか共通なのは受付でボランティアをしてきたと教えてくれること。やはり、疲れているのでしょう。走るのもイヤだし、歩くのもイヤだというバイクの旅人も来ました。何もない景色はつまらないし、俗化されている所もイヤだといいます。何が楽しくて旅を続けているのかという問いに一言、「ビールを飲むこと」だといいます。彼も疲れてしまっているのでしょうか。出かけに「どこか良いところはないですかねー」って聞かれ、返事はモニャモニャ。ごまかしてしまいました。アッ、霧が晴れてきましたよ。三時間の夢の中でした。残念!
2011年10月27日
「イワシの効力」
二週間に一回の病院通いも生活のリズムになりました。血圧の薬は一生ものだそうで、トホホです。今朝も自転車で二分。慣れた道はスイスイです。連休開けだけにいつもより患者さんの数が多く、お初の方もチラチラ、アッチコッチでペチャペチャのお話しも盛んです。「ワのオヤジ(私の亭主)、アホになったジャ。ユンベ(夕べ)イワシ喰ってからオガシグ(おかしく)なった」どこかの婆さんが興奮気味に話しをしています。「ウソデネ(ウソではない)、イワシ、カヘレバアガネ(食べさせてはだめだよ、アホになるベ)」真面目な顔です。みんなはニヤニヤ。「オメ(あなた)もイワシ喰うベナ。オメもアホになるベ」、ドッとまわりから笑いが。ムッとした婆さんが「ワ、イワシ、喰ワネ(食べない)」と叫んだとたん、隅にいたどこかのじいさんが「オメ、間違いネグ、イワシ、喰ってルベ、そのアホの話しっこするんダバ」そのタイミングの良さに手をたたいて笑う人まで現れ、待合室はもうサロンのようになりました。その話しを帰ってから報告した私にダンナがニンワリ。「我が家のミョーガとイワシ、オレどっちも喰ったぞ。あー、アホになった。脇野沢はみなアホになるぞ」。嬉しそうにそう言いました。2011年10月20日
「産業まつり」
今年も産業まつりの時期がやってきました。看板は一ヶ月前からあっちこっちに掲げられ、むつ市、川内、脇野沢と一週間ずれで一斉に開催されます。むつ市の産業まつりに行ってきました。「あれれ?」思わず声を出してしまうほどさびしい出店。それもいつものお店が集まっているだけで、客もパラパラです。片隅に100円コーヒーの看板が。寒いこともありさっそく注文しました。慣れない手つきで男性たちが準備。小さな紙コップがごっつい手で益々小さく見えます。400円のおつりを渡してくれた彼はなんと指が骨折していて、指にギブスを付けての作業です。おもわず「大丈夫?」と聞くと「やりずらいベ」と情けない顔。間違いなく彼は骨折する前にその係に決まっていたのだと思います。いやー、お気の毒でした。隣は人材派遣センターのコーナーです。手作りの草履、小物入れの袋などが売られていました。そのお店にはごやごやと人がおり、どうやら人気が。そう思い近づいてみると、なんと全員がおそろいのはっぴを着ています。売り子さんが多すぎ、品物に手が届きにくい状態になっていました。ご自分の作品が気になるのでしょう。お気持ちはよく分かるのですが……雨が降ってきました。食べ物やさんの試供品も誰も手を付けないまま濡れています。ダンナはペレットストーブ売り場でなにやら聞いています。手にはパンフの山が。いやな予感がします。雨も止まないしもう帰ろうヨ。2011年10月13日
「信仰」
下北の観光の目玉に恐山があります。7月の夏の大祭が唯一のイタコさんに会うことが出来るチャンスだったのですが、この頃では秋の大祭と称して10月も夏と同じようにイタコさんが集合するようになりました。愛知県からご夫婦が宿泊されました。目的はイタコさんに会うことだといいます。予約を取ろうとしたがうまくいかなかったといい、インターネットで調べてもよく分からないといいます。そんな時代になったんだなと驚きました。さっそくパソコンで調べてみました。なんと、「10分間三千円」という大きな看板が門に掲げられています。なんということでしょう。数年前までは時間という感覚は無く、まさにイタコさんのノリで時間が計られ、聞く側の合いの手にうまくマッチできれば一時間もしゃべり、それを誰も非難する人もいないという独特の空間が出来上がっていました。お礼のお金も「そこはそれ」という世界でオーケー。「待ってけろ。もうひとり出てきた。俺にもしゃべさせろってもうひとりの仏さんがいるはんで」とイタコさんが終わって帰ろうとしたお客に声をかけているのを見たことがありました。それがあるから何百年と続いてきたのだと思っていました。今では盲目の彼女がおつりも出すそうで、それこそ前にはおつりを渡すのは近くにいて順番を待っている客がしていたのです。すべてがおかしい流れになっているようです。それでもそのご夫婦のように必死でお出でになる方がいるのです。昔の恐山を知らない方がかえって良いのかもしれません。残念ですが。