2017年12月

2017年12月25日

「風呂あれこれ・その2」 〜とし〜

 江戸時代の銭湯を営むには手数が大変かかりました。まづ、井戸から湯船に水をくみ上げる手間、火を燃やしてもいつも人の目が必要な手間、江戸中を大八車をひいて建物を建てている現場の切れっぱし、取り壊しの現場から、火事場の後始末まで手伝って湯をわかす木々を集める手間、その集めた木を燃えやすいように切りそろい、その木の置き場の整理、中には生木があれば乾燥させる手間、なかなか大変な仕事だったようです。風呂場の中は、今のようにガラスがあるわけもなく、湯がさめないように出入り口を狭くし「ざくろ口」という潜り戸を開けて中に入ると、中は薄暗く窓のない湯船のまわりは湯気で湯の汚れは見えず、汚れが見えてもそれが当たり前と思えば気にならないし、いい気持ちです。一時期には、混浴の時代もあったようですし、女は朝早くから銭湯に行かなかったので、女湯にも刀掛けがあり、同心など朝風呂を楽しんだといいます。私たちが小さかった頃の銭湯は?
 また、続きます。
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morinonakade at 10:57|PermalinkComments(0)

2017年12月01日

「風呂あれこれ・その1」 〜とし〜

 先日、大雨の土砂災害があった時、テレビで若い男が「もう四日も風呂に入っていないので死にそう」と云うのをみて、昔と今の入浴の思い入れの違いに少々驚きました。本人は冗談とも思えない真面目な顔をしているし、テレビも当たり前のように放送しておりました。入浴は今も昔も同じで、1日の疲れもとれてさっぱりし、ほっとするのはそのとおりです。そこで江戸時代はどうであったかそのころの様子を覗いてみました。当時、内風呂を備えていた家は大きな商家、お寺、医者、亦は町民とかかわりのある仕事に携わっていた武士などで、一般の人たちは、男は井戸端で体を洗ったり、女は行水ですませることが多かったようですが、結構、銭湯も利用されていたようです。1日の仕事を終えた大工、左官、屋根やなどの人たちが肩に手ぬぐいをひっかけて、銭湯に行く様子など時代劇に出てきますが、彼らは手に職のあるエリートたちで、賃金も高かったとのことで、気軽に銭湯に通えたようです。銭湯を営業していた方は、現代と違って大変手数のかかる仕事だったそうです。どのような手間が?続きは次に・・。DSC_3629


morinonakade at 15:26|PermalinkComments(0)