2018年04月

2018年04月14日

「デボつくり」 〜とし〜

 レジ袋にいっぱいクスリをもらい、どれが何のクスリか分からなくなっても、頑張っているのでしょうか。若い人はほとんど居なくなりました。昔はどこの家でも兄弟姉妹がたくさんおりました。五人、六人は当たり前。九人、十人の姉妹も珍しくはなかった時代でした。もともと漁村のこの村は、とにかく魚を穫って生計をたてて、畑を耕し、子どもは小学校を卒業すればもう大人と同じ仕事をし、親の手助けをして大きくなりやがて、親と同じ仕事をして家族を養っておりました。ゴム製品がまだ出回ってなかったので、足はワラジばき、上衣は木綿の筒袖仕立てに下はモモヒキ。頭は黒のビロードを頭巾でつつみ、手袋はこれまた木綿の布で、中に綿を入れ、2本指。今は「ミトン」というスタイルですが、その頃は通称「デボ」と云い、仕事がきついのですぐ破れます。破れると布をあて、何度も何度も修理します。その上、どっぷり海水に濡れるので、何個も変わりをつくり、それは女達の仕事でした。いろりの上には棚がぶら下がっていて、濡れた作業衣やデボがいつも干してありました。
 女の子は、母に習って、小さい手で「デボ」づくりをしていたのを見た事があります。あとになって物置の片隅に、まるでボクシングのグローブのように丸くかたまって、カラカラに乾いた「デボ」が何個もぶら下がっておりました。今と比べると、かなりつらい仕事だったと思います。親が忙しいし、子どもが多いので、時には男の子でも学校に赤ん坊をおぶって行くのも珍しくなくなり、休み時間になれば、「どれ、どれ」と女の子が慣れた手つきでオシメを取り替えてくれたそうです。 
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2018年04月12日

「いやー参りました」 〜りょう〜

 我が家が長期のお休みをとるということはいままでありませんでした。ふっと思いついただけだったはずが、なんとその間に我が家で大事件が・・。朝ご飯を普通に食べ、五分後だったかなあ。ダンナが気分悪いといってまもなく、吐血したのです。すぐに救急車でむつ病院へ。雪道を1時間半かけての車の中で血圧がふた桁にどんどん下がり、点滴を受けながら走りました。本人はいたって元気。そばにいた私の方が車酔いでゲーゲー寸前。トホホでしたよー。すぐ入院。次の日、胃カメラを入れながらポリープからの出血を止める手術をしてもらい五日間で帰宅しました。やれやれと思っていたら本丸がやってきました。風邪です。最初はダンナ。熱を下げる頓服を出してもらいなんとかクリアしたのですが、次は私。風邪をこじらしたということで、三週間もおつきあいをしました。卵巣癌手術の入院の日々よりつらかったなあ。人生68年初体験でした。今は二人とも元気です。みなさんに本当にお世話になりました。感謝です。来年はどうしましょう。休むと又何かあるかも? いやー、来年こそお休みを楽しもう!DSC_1512


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