やはたの杜から (盛岡八幡宮)

K権禰宜です。今日は秋晴れです。
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今日は朝から、新嘗祭斎行の為に献米をあつめに行ってきます。

境内にかっこいい自転車発見!
これは今流行の折りたたみってやつですね。
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はちべーは
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こんにちは、CO権祢宜です(^◎Θ◎^)


今日はおやすみをいただいておりましたので、八幡宮の様子をお伝えできません。


今日の内容は、夜の八幡宮。昨日の17時頃の境内の写真をお送りしたいと思います。



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↑八幡宮本殿です。まだ17時前なんですが、日が暮れるの早くなりましたね。


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と、見回っていると、看板が暗くて見づらくなっているのを発見。タイマーが夏の設定のままだったご様子。


タイマーを設定しなおしました。



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写真が暗くて見えづらかったら、すいません。
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H権禰宜です。

本日の盛岡は晴天ですが、朝方はものすごく冷え込みました。

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さて3〜4日程前の話になりますが、境内(馬場)に流鏑馬の看板を設置

致しました。

流鏑馬の歴史などが書かれておりますので、ぜひ観てみて下さい。

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K権禰宜です。今日は曇り空
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神社庁の駐車場ゲートが完成しました。

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次は水神の社殿作成をします。

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こんにちは、CO権祢宜です(^◎Θ◎^)


今日も、地下にて正月にむけての作業をしております。

外は曇りで、相変わらずの寒さが続いております。明日には雨が降るのだとか。


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祭儀室前の紅葉も、もうまもなくといったところでしょうか。



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現在は、前回の稲の切る作業から変わり、私は間にはさむ昆布のちょうどいい大きさに切る作業をしております。



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こちらは、他の方がやっている、ごぼう〆への紙垂つけの作業です。



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H権禰宜です。

今朝の盛岡は、氷点下になり車のフロントガラスが凍って

いました。

九時を過ぎると、気温も少しずつですが上がってきています。

一方そのころはちべーは・・・

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そしてその仲間たち

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おまけ

境内の紅葉

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こんにちは、CO権祢宜です(^◎Θ◎^)



今日はよく晴れています。
ただ、朝は気温がマイナスまでいっていたようで、車のフロントガラスも凍っていました。




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段々と今まで紅葉していなかったところが赤くなり、今まで紅葉していたところは散りはじめています。


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今日のお仕事は、地下にてゴボウ〆のシーズンで使用する稲の剪定をしております。

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元々のもらった大きさからー



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こうやって剪定しまして。


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段ボールにいれます。





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準備の準備の作業のような感じです。
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K権禰宜です。今日は秋晴れの良い天気です。

さて、徴用工原告にも困ったものです。
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金を払えと新日鉄住金の本社へ来たそうです。
さらに北朝鮮もこれ見よがしに「日本は朝鮮に1000倍金を払うべき」とのコメントが。。
本当に困った国ですね。。。この国柄は日清戦争からも垣間見られます。
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日清戦争。歴史の授業で、サラッと流して教えます。日本が勝利したことを。
では何故起こったのか?説明出来る人は少ないと思います。

日清戦争という字面だけ眺めますと、日本と清が互いの領域を求めてやりあった――そんなイメージが浮かぶかもしれません。

しかし、この戦争の舞台はほとんど朝鮮半島で、きっかけも朝鮮半島です。
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朝鮮半島は、中国に比べて資源や耕作地に乏しく、歴史は古いながらも独立を維持することが難しい立地でした。
しかし、その頃中国は「アヘン戦争」で骨抜きにされていました。
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清の次は、朝鮮、日本と欧米に侵略される恐れがあったため、日本は、朝鮮に自国が強くなってほしい為に近代化の「援助」をしました。
又、この頃の清と朝鮮の政治にも大きな問題がありました。
清は「西太后」
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朝鮮は「
閔妃」
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二人とも政治センスが皆無な割に金遣いが荒い&人の使い所が完全にトンチンカンで、しかもそれを誰も止められませんでした。

当時の朝鮮半島は、宗主国である清の弱体化などによって、非常に混沌としていました。

「今までも清を頼りにしてきたんだから、これからもいざというときは清に頼ればいい」とする守旧派と、
「日本は最近、清よりも力をつけてきているから、これからは日本を見習って近代化するべき」と考える開化派が対立していたのです。


ここに「征韓論」が絡んできます。
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今、日曜日に放映している「西郷どん」が今この場面ですね。

朝鮮は日本が「私達と同じように開国・西洋化して、近代的なおつきあいをしましょう」という手紙を送っても、これを無視する有様でした。
手紙を無視するだけではなく、受け取らなかったから、明治政府に「征韓論」の政争がおきます。
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西郷隆盛は自分が朝鮮に渡って開国・近代化の交渉を進めようとしました。
しかし結局は「とりあえず朝鮮は後回しにしよう」ということになります。
反征韓論の大久保利通や岩倉具視らは、朝鮮をつついて万が一紛争に発展し、ロシアほか欧米の列強に付け入る隙を持たれたらヤバイと考えたのです。

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この後、しばらくしてから、明治政府は改めて使者を送りましたが、朝鮮はなしのつぶて。。。

そうして江華島事件がおきます。
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その翌年、日朝修好条規を締結します。
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これは朝鮮に国際法を意識させる為でした。
しかし、朝鮮は、よそ者にでかい顔をされるのは非常に不愉快でした。
そして、「壬午の変」という暴動事件が勃発します。
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その為、日本は自国民保護のため、ソウルに軍を置きました。

一方、朝鮮の政治は腐敗していました。
当時の王様の妃・閔妃が我が子を次代の王にするため、あっちこっちに莫大な賄賂を送りまくっていたのです。さらに、上級役人は私腹を肥やすために軍の給料(米)をちょろまかしていました。
絵に描いたようなダメっぷりです。

次に起きたのが「壬午軍乱」という内乱です。

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腐敗した政治に苦しめられていた、朝鮮国民と旧軍が宮殿を襲撃。
この時、渡海していた、日本人も殺されました。

この
「壬午軍乱」の黒幕が大院君といわれています。
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実際、大院君は
閔妃を追い出し政権を握ります。

そこで、閔妃」は清に泣きつき、軍を派遣してもらいます。
この軍を送ったのが「袁世凱」です。

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ここで日本が朝鮮と清に対し「待った」をかけます。

日朝修好条規で「朝鮮は独立国だから、今後何かあったとしても、清が助けるのはダメ」ということになっていたからです。
そして日本からも1,500人の兵が壬午軍乱の収集をつけるために渡海したのですが、既に大院君が返り咲いて事を収め、さらに清の軍も到着してしまっていたので、どうにもできませんでした。


清を味方につけた閔妃は再び大院君を締め出し、今度こそ権力の私物化を図ります。
自分の親戚ばかりで高官の座を埋め、清に頼り切る道を選んでしまったのです。

この頃、清は北洋艦隊という新たな艦隊を作り、露骨に日本対策をしました。
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この北洋艦隊の旗!
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日本の象徴ともいえる日輪を、中国皇帝の象徴である龍が飲み込もうとしている

このあと、甲申事変が起きますが、割愛します(爆)

1885年には、日本と清の間で甲申事変の事後処理として「天津条約」を結びます。
ざっくりいうと「今後、日本も清も朝鮮半島に対して軍事的な介入はしない。もしやむを得ず介入しなければならない場合は、互いに相談すること」という内容です。
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こうして甲申事変から10年経った1894年。

日清戦争が始まります。
といってもスグにドンパチやらかしたワケではなく、あるキッカケがありまして。それは日本でも清でもなく、朝鮮自身でした。

この10年間、私腹を肥やし続けた閔妃とその腹黒い親族たちに、ついに朝鮮の一般民衆がブチ切れ「甲午農民戦争」という内乱を起こしたのです。
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相変わらず閔妃たちには国内の乱を収める力がないので、今回も清に泣きつきました。
これに対し、袁世凱が兵を派遣。

しかしこれは、天津条約に違反する行為ですから、日本は当然クレームを入れます。
清の言い分は「清の皇帝がいいって言ってるんだからいいの!」という屁理屈でした。

おそらくや明治政府も、清がきちんと条約を守るとは思っていなかったでしょう。
日頃がアレですし、「条約を破れば、国際的に信用を失う」という考えが、当時の清にはカケラも見えませんでしたから。

そこで日本軍は漢城(現・ソウル)を制圧し、閔妃を追い出して大院君に迫ります。
「私達が清軍を追い払いますので、もう一度あなた方自身で自分の国を守りませんか」

大院君も閔妃にはさんざん手を焼いていましたし、自分の国も保ちたいので
「日本がウチの領土を盗らないなら」
という条件で了承します。

こうして半島での拠点を得た日本軍は、清軍の後続がやってくる前に動き出しました。

まずは清から朝鮮へやってくる補給船を探し、「豊島沖海戦」で撃破。
このとき、清の北洋艦隊指揮官である方伯謙(ほうはくけん)は、恥も外聞もなく逃げ帰りました。

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また、陸戦でも清軍の指揮官・葉志超(ようしちょう)が逃げまくり、日本の勝利となりました。

ただし、日本軍も連戦連勝だったわけではありません。

朝鮮半島から中国本土に進もうとすれば、平壌を通ることになります。
ここには、ガトリング砲つきの大要塞が築かれていました。
しかも日本軍の装備や兵数は要塞側に及ばず、食料・弾薬も一両日分しかなかったのです。

しかし、戦場では何が起きるかわからないもの。
増え続ける死傷者を憂いた日本軍の間で「万事休す」と思われたその時、圧倒的有利を保っていたはずの清軍がなぜか白旗を掲げるのです。

実は、平壌要塞の指揮官が、逃走を繰り返した指揮官・葉志超でした。
彼はあいかわらず自分の命を惜しんでいました。
さらに、徹底抗戦派の左宝貴という人が戦死したため、ここでもとっとと逃げるために白旗を挙げさせたのです。
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長期戦を見込んで平壌要塞へ増援を送るために船を出していたのですが、これが日本海軍に見つかって「黄海海戦」が起きます。

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そして、下関条約へと発展していくのでした。。

ながかったぁ〜。ここまで読んでくれた方に敬意を表します(爆)


まぁ〜結局のところ、朝鮮と清は、今の北朝鮮、韓国、中国となんらやっていることは変わらないってことです。

尖閣諸島しかり、竹島しかり。

今回の徴用工問題にしても、50年前に示談をした事を今更金払えなんてどの口がいってるの?

お金は個人に支払うのではなく、国に一括で支払って下さいと言った韓国さん。自分の国の事は自分の国で解決してほしいものです。



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K権禰宜です。日曜日は七五三日和でした。
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境内は参拝者で賑わっていました。
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駐車場も混雑していました。
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境内の紅葉ももう少しでおわりそうですね。
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この記事は、日曜日にしたためたものなので今日はこんなに混んでいません。   
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 こんにちは、CO権禰宜です(^◎Θ◎^)


 今日は朝が寒くは有りましたが、青空でした。天気もよく、日光に当たると気持ちよいくらいです。


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↑毎回アップしているケヤキの木ですが、いよいよ葉っぱもすべてなくなりそうな感じです。


と、ブログの写真を撮影して、現在ブログを書いているうちに天候が悪くなったのかしとしとと雨が降ってまいりました。


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 この雨が続かないことを祈るばかりです。


〜おまけ〜

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 お正月に向けて、いろんな荷物が運ばれるようになりました。今回の写真の箱の中身は紙袋です。
 大型のトラックで荷物運送が来て、我々もよく荷物を下ろすのをお手伝いしております。


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 こんにちは、CO権禰宜です(^◎Θ◎^)


 今日は風もそこまでなく、太陽を遮る雲もなく青空が広がっております。 この時期にしてはかなり暖かい一日なのではないでしょうか?


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↑昨日の風や一昨日の雨で、色づいていた葉っぱはかなり落ちてしまったようです。境内がところどころで紅色や黄色になっていました。



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↑高倍神社近くはこんな感じでした。これはこれで綺麗だとは思うのですが、この後に竹ぼうきにて清掃いたしました(´・ω・`)

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↑昨日の夕方に境内に出ていた時に撮影。中々に綺麗に撮れたのではないかな? と思っています。



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↑昨日のK権禰宜さんのブログにあったものです。私も通りがかりに見つけたので撮影しました。そのまま携帯にお蔵入りするのももったいない気がしたのでこちらでもアップ。 
 緑色から黄色に、そして徐々に赤色に。さらに鮮やかな赤から紫色に近い色へと変わっていくというモミジならではのグラデーションですね (´▽`)
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K権禰宜です。今日は昨日とうってかわって晴れ!
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濡れている葉っぱは、掃除がしにくいです。
はきずらい。。。
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駐車場看板に、「有料駐車場」を新たに作成しました。
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しかし。すでに1台車がとまっていた。
きっと漢字が読めないんだろう。
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北参道のチャンピオンサンド工事が終了しました。
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でも、ちょっと水はけが悪いような気がします。

土曜日曜は神社庁がお休みですが。
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駐車場に車がある。。。
ここ最近ではないのですが、無断駐車が多すぎる。
この世の中。無料で車を置けるところは、理由がないかぎり少ない。
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そこで、神社庁にゲートを作成しました。
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これで、無断駐車が激減するはずです。

さて、前置きが長くなりましたが、「銀杏」
「いちょう」とも「ぎんなん」とも読めます。
護國神社にはおおきな銀杏の木があります。
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掃除がしにくいので、今年からブルーシートを敷いてみました。

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「ぎんなん」はとてもおいしいんですが、処理が大変!
ポリ袋1枚を使って銀杏拾い、ポリ袋の上から手で外皮を外し、外皮を外した銀杏を2枚目のポリ袋に入れて、拾い終わったら外皮の入ったポリ袋を閉じ、3枚目のポリ袋に入れ閉じて臭い漏れを防ぎ、銀杏入ったポリ袋を閉じて、コンビニ袋に外皮の入ったポリ袋・銀杏入ったポリ袋を入れ持ち帰り、外皮の入ったポリ袋は、持ち帰りたコンビニ袋に入れた状態でゴミ捨!

おいしいものには手間がかかる!

銀杏の木には雄と雌があります。
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1KM先から花粉が飛んでくることがあるとか。
護國神社の銀杏の木はどこから花粉がとんでくるのかなぁ〜?

境内のモミジを撮影していたら
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子供の仕業か
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面白い事を考えますね。
    
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 こんにちは、CO権禰宜です(^◎Θ◎^)


 今日は朝は曇り空で保っていたのですが、昼前から雨が降り始めました。しとしとと降っており、なんだか雨も久々な気がします。



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↑いつも撮影しているケヤキの木も随分と寂しくなりました。


ところで、この前にテレビで見たのですが、モミジを撮影する時には、全体ならば順光(撮影者が光に背を向けて)が、葉っぱをアップで撮影するなら木の下から逆光(撮影者が光に向かうように)で撮影すると綺麗に映るそうです。太陽がでていませんが、祭儀室前のモミジが綺麗なので物は試しと実践してみました。


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↑こちらが全体。順光で撮影したものです。


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↑こちらが逆光で撮影したものです。本来ですと、薄いモミジの葉が太陽に透けて綺麗に映るらしいのですが、あいにくの空模様でしたのでこちらは残念な結果になってしまいました。




〜おまけ〜


本日、雨がまだ降っていない頃に地鎮祭にご奉仕してまいりました。


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ちょっとした高台にあるところでして、きれいな風景でした。

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H権禰宜です。

本日の盛岡は晴天で、朝からとても暖かくなっています。

紅葉も今はすごく綺麗で、参拝者の皆様もカメラにおさめていました。

もう間もなく見納めになります。

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今日のはちべー

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 こんにちは、CO権禰宜です(^◎Θ◎^)



 お正月の準備期間継続しております。K権禰宜さんの先のブログでお伝えしたものは終わり、現在は次の作業に取り掛かっております。


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 こちら、年末やお正月にお分かちする『お正月セット』ですが、実はこれ、それぞれ単体のバラバラなものを我々で組んでOPP(ビニール袋)に入れております。


 先の作業程の量ではありませんが、これはこれで中々の量があります。しかし、割と私はこういった作業をするのが好きなので黙々と取り掛かっております。


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 しかし、好きなのと作業が早いかというのは別物なんですよね。そこらへん、諸先輩方の作業スペースはお早いものです。
 早くそれくらい効率よくできるようになりたいものですね(´;ω;`)





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K権禰宜です。秋晴れの日々が続きますね。
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さて、境内のアスファルト工事の最後を締めくくるのが、チャンピオンサンドの工事!
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聞き慣れない名前ですよね?
チャンピオンサンドって
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学校の校庭などに使われる砂のこと。
校庭の砂って、不思議と靴の裏につきませんよね?
それは、チャンピオンサンドだからなのです。
そして、なぜ神社でこの部分だけ、チャンピオンサンドをつかうかというと、流鏑馬の為です。
馬が最後止まる部分はやはり、砂でないと危険!
しかし、砂で境内が汚れるのは。。。。というわけで、
チャンピオンサンドをつかうのです。


特色
弊社で製造販売しているクレイグラウンドのスポーツサンドは3種類あり、主に野球場内野用、学校校庭用、テニスコート用となっている。昭和45年の岩手国体で使用されて以来、岩手及び北東北各地で好評を頂いている。際立つ透水性と弾力性が特長で東北在住のプロ野球室内練習場や、本年の高校サッカー日本一・盛岡商業高等学校グラウンドにも使用されている。
屋上緑化材や芝舗装材として開発したグリーン用スポーツサンドは人と環境にやさしい有機肥料入りで芝の生育がよく、雑草は生えにくく、踏圧に強い特長がある。
また、家庭菜園やガーデニングの完熟有機肥料「菜園革命」は、岩手県の肥料設計基準に準じて製造しており、臭いナシ、農薬ナシで安心、安全な有機野菜作りができる。その他、高山植物用の土など品質第一を目標にして、各種用土を製造している。
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はちべーは。
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定位置へ。。。。
そして。。。動かなくなる。
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こんにちは、CO権祢宜です(^◎Θ◎^)


本日はお休みをいただきましたので、神社のことではなく別の事をとおもいます。

徐々に紅葉のシーズンも終わりまして、ニュースでの紅葉情報は盛岡城跡公園以外は散ってしまったとの事を知らせていました。

車で通ったときに見ましたが、公園もあと少しといったところのようです。


しかし、まだまだ八幡宮は紅葉がきれいなところがありますので、まだご覧でない方は是非ともご覧ください!



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H権禰宜です。

盛岡は今朝もだいぶ冷え込みましたが、日中はだいぶ気温が

上がるみたいですね。

境内では、紅葉が色づきはじめてます。

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猫たちも日向ぼっこ中。

しかしまた猫が増えたな・・・

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Y禰宜さんカメラから
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賽銭泥棒防止にはなるかもしれない・・・・・


  
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K権禰宜です。今日は秋晴れ!
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さて、戦時中「徴用工」として日本の製鉄所に動員された韓国人4人が新日鉄住金に損害賠償を求めていた裁判で、韓国最高裁は30日、1人当たり約1000万円を支払うよう命じた。
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ありえませんよね?

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徴用工問題は、1965年の「日韓請求権協定」ですでに解決済みです。
「日韓請求権協定」とは
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簡単に言うと、53年前に事故に遭い、示談金をもらって解決したけれど、53年後に首が痛くなったからお金をよこせと言っているのです。

理不尽!

韓国は日本から、いったいいくらお金をむしりとれば気が済むのですか?
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日本国民は韓国に対してもっと怒るべき!

はちべースペシャル!
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無断駐車!発見!!!
カメラに写らないと思っているでしょ?
あまいよ!
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