2007年01月15日

お正月仕様ライターなるものを200円でコンビニでちょっと前に買う。
使い捨ての電子ライターで火をつけると簡単な電子回路でちかちか発光ダイオードがしばらく点滅すると言う代物です。
私はえらい静電気体質で冬はいつもバチバチなんですが、今日、件のライターを持って喫煙室に入ろうとするといつものごとくバチッときて、ライターが点滅してました。

つらつらWEBを見てて、変な言葉に出会った。

ヤクザ屋さんが、賭場を開くために寺に払うお金や、
テキヤさんが地元のやくざに払うお金のことは何というのか?

私は「ショバ代」だと思っていたんですけど、
Googleさんによれば、「シャバ代」を使う人の方が多い模様。
ショバ代 ⇒ 54400件
シャバ代 ⇒ 75500件
「シャバ代」ではなく「ショバ代」だと主張する人はいても逆はない模様。

場末を「ばまつ」とかなり長い間読んでた私は、自分が正しい自信は常にありません。




アフェリエイト通信講座なるものへの違和感をずっとうまく表現したBLOGがあった。馬券師と馬券を買う人の関係か。なるほど。
morita_non at 22:37│Comments(4)TrackBack(0)

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この記事へのコメント

1. Posted by tomi   2007年01月16日 11:10
「みかじめ料」というべきでは。
みかじめ+ショバ 1260
みかじめ+シャバ 63
誤用の方が一般的とは、まだ言い切れない。
「所場」と「娑婆」じゃ違いすぎるしー

教育に学問、あらゆる行為の目的は、幸福の実現です。
教えることで利を稼ぐことができ、教わることにも
また利があるなら、それは良いことなのではないでせうか。
正統教育が、カネにもならない知識の普及に努め、
その構造の維持に莫大なエネルギーを消費しているなら、
それこそ現実から乖離したイデオロギー、
破滅的な美学、認知の歪みと言うべきかも知れんです。

「狂気は個人にあっては稀である。
しかし集団にあっては常識である(ニーチェ?)」

まあ「何をどうすれば幸せになれるか」と問いを立てると、
案外「もう少し馬鹿になる」なんて答えの方が現実味が
あったり。

書を捨てて街に出よう。
2. Posted by morita   2007年01月17日 00:57
うーむ。ショバ代話からえらい話に。

金にもならないといいますが、
金になるのは「みんな」が知っている知識からは決して生まれないもんじゃないでしょうか。

それでも必要最低限な知識は必要なわけで。
ニセ科学を信じ込んでしまうようなレベルでは
金を騙し取られるだけなので、やっぱり教育は必要かと。

幸せになるために、学問なんかするなといったのは老子だったか。2000年。何も変わっていないのかも。
3. Posted by tomi   2007年01月17日 01:01
>書を捨てて街に出よう

誰の言葉かと思えば、寺山修二がジッドの
文章を引用したのが元らしいです。
「書を捨てる」とか言っておきながら、
文人趣味は捨てきれぬ、という…
インテリがフーテン主義を吹聴してるようで、
いかにも嫌らしい。

しかし世の混沌と矛盾に慣れ親しむことが
「街に出る」ことならば、これはこれでいいのか。
「それでいいのだ!」とバカボンパパが言うのも、
つまりそういうことか。

今日はちょっと酔っ払い。
4. Posted by tomi   2007年01月17日 01:09
おっと行き違い。

まあ、詐欺っぽいハウツー教えます商売は、
今になって始まったものでも無いし、
大抵の人は、そう簡単に騙されないわけです
…だといいな。

とにかくまあ、既に在るものにも問題はあるかもしれず、
問い直すのが難しいだけにタチが悪い、というわけです。

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