修行中の社労士ノート

当ブログは、修行中の社会保険労務士が、労働法に関係する雑誌や判例を紹介しているサイトです。記事内容には、筆者の個人的な見解が含まれていることにご注意くださいませ。

2012年01月

今後の高年齢者雇用対策について

高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(高年法)が改正に向けて、昨年来審議会で議論が交わされていました。この件は新聞でも一面で報道されるなど、関心も高いようですので、今回は審議会の最終結論(建議)の内容についてみてみましょう。

なお、建議の内容が必ずしもそのまま法律になるというわけではない点をご了解ください。最終的には国会での審議の中で修正が行われる可能性があるためです。

さて、そもそも今回の高年法の改正は、年金の受給開始年齢が引き上げられることに端を発するものといっていいでしょう。すなわち、「公的年金の支給開始年齢が65歳まで引き上げられることを踏まえると、雇用と年金が確実に接続するよう、65歳までは、特に定年制の対象となる者について、希望者全員が働くことができるようにするための措置が求められている」とされており、65歳まで無収入となるのを防止することが主眼とされています。

これは、社会保障負担を企業に負わせるものと批判も可能ですが、当初提案されていた、法定定年年齢を現行の60歳未満とするものから、65歳に引き上げることについては、「困難」であるとされて、今回の法改正では見送られる公算となりました。

そうすると、現行制度では65歳までの希望者全員の雇用を確保することとなっていないため、「2013年度からの老齢厚生年金の報酬比例部分の支給開始年齢の引上げに伴い、無年金・無収入となる者が生じることのないよう」にしなければならないということになるわけです。

そこで、おそらく今回の改正の目玉となるのが、「現行の継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準は廃止すること」です。

「現行の継続雇用制度」では、定年(65 歳未満のものに限る。)の定めをしている事業主は、その雇用する高年齢者の65 歳までの安定した雇用を確保するため、次に掲げる措置のいずれかを講じなければならないとされています。

① 当該定年の引上げ
② 継続雇用制度(現に雇用している高年齢者が希望するときは、当該高年齢者をその定年後も引き続いて雇用する制度をいう。)の導入
③ 当該定年の定めの廃止

このうち②については、60歳以降の継続雇用の対象となる高年齢者について、労使協定による基準を設けることができるとされており、多くの企業では、この労使協定による基準を定めて、その基準に満たないものは、継続雇用の対象とせず、65歳に達する前に退職させることができるようになっています(実際に退職させられる労働者はそれほど多くはありませんが)。

しかし、高年法が建議の通り改正されれば、このような基準を設けることはできないことになります。つまり、希望者は全員65歳まで継続雇用しなければならなくなるというわけです。

しかし、これによる企業の負担は決して小さくありません。そのため、「使用者側委員から、①現行法9条2項に基づく継続雇用の対象者基準は、労使自治の観点から妥当な制度であり、企業の現場で安定的に運用されていることや、基準をなくした場合、若年者雇用に大きな影響を及ぼす懸念があることから、引き続き当該基準制度を維持する必要がある、②仮に、現行の基準制度の維持が困難な場合には新しい基準制度を認めるべき、との意見が出され」ているというわけです。

そこで、「こうした事情に対する一つの方策として、老齢厚生年金(報酬比例部分)の支給開始年齢の段階的引き上げを勘案し、雇用と年金を確実に接続した以降は、できる限り長期間にわたり現行の9条2項に基づく対象者基準を利用できる特例を認める経過措置を設けることが適当である」とされています。したがって、私見ですが、法改正と同時に65歳までの継続雇用制度の措置義務が発生するわけではなく、公的年金の受給開始年齢の引き上げが完了する平成37年までは、なんらかの経過措置が設けられるのではないかと考えられます。

なお、建議では、このほか「①親会社、②子会社、③親会社の子会社(同一の親会社を持つ子会社間)、④関連会社など事業主としての責任を果たしていると言える範囲において、継続雇用における雇用確保先の対象拡大」、および雇用確保措置を実施していない企業については、「指導の徹底を図り、指導に従わない企業に対する企業名の公表等を行うこと」が盛り込まれています。

このような動きに対してどのように対応していくかは、今後改正法の成立と前後して、各関係雑誌等で特集されることになると思われますが、制度面では継続雇用対象者はワークシェアリングの発想でパートタイマーとして雇用することや、60歳以降の退職、解雇事由について再検討(「嘱託社員規程」の退職、解雇事由を、正社員のそれと(合理的な範囲で)差異を設ける等)が必要とか、その辺りがポイントになるのではないでしょうか。

技術翻訳事件(労働判例2011.12.1)

この事件は、近年業績が下降線をたどっており、さらに平成21年5月に売上が大幅な不振にみまわれたことをきっかけとして、被告会社が原告労働者に対して20%の賃金減額を実施したことその他について争ったものです。なお、退職金の算定が会社都合退職か自己都合退職かという点も大きな論点ではありますが、ここでは、私の興味に基づき、賃金減額の有効性について詳しくみてみましょう。

最初に述べたように、被告は平成21年5月の大幅な売上の不振をきっかけに、原告(制作部長)は、6月以降の賃金を20%減額を提案を受け、これを拒否したものの、実際に6月以降3か月間は減額後の賃金を受領していました(その後退職)。

しかし、原告はこれを同意した事実はないとして、減額前の賃金を請求したというわけです。

そこで、次のような事情の下で「黙示の同意」があったといえるかどうかという点が争われました。実務的には当然文書で減額に同意したことを明らかにしておきたいところですが、その後の状況証拠の積み重ねで、労働者が同意したとみなすことができるかどうかというところが注目すべきポイントです。

① 6月の代表者会議の場でも再度減額を了承するよう強く求め、「了承できないのであれば、この会議に参加しなくてもよい」旨を告げられたところ、原告は反対の意向を示したものの、同会議を退席しなかったこと
② 6月から9月まで20%減額された賃金が振り込まれたが、被告に対して抗議等を行なっていなかったこと
③ 9月に被告は原告に対して10月以降の雇用条件について回答を求めた「雇用条件通告」を行ったが、その際、原告は拒否回答とともに、6月からの20%減額前の給料に戻してもらいたいとの意思を表明していること
④ 被告の業績が近年下降線をたどっており、平成20年には賞与が支給されない等の状況があったこと
⑤ 被告の業績の低下には、原告がトップを務める制作部にも一定の責任があること

これに対して、裁判所は次のような判断枠組みを示し、結論として黙示の同意を認めませんでした。

すなわち、「賃金の額が、雇用契約における最も重要な要素の一つであることは疑いがない」とした上で、労働者の明示的な承諾がない場合において、黙示の承諾の事実を認定するには、書面等による明示的な承諾の事実がなくとも黙示の承諾があったと認め得るだけの積極的な事情として、使用者が労働者に対し使用者が労働者に対し書面等による明示的な承諾を求めなかったことについての合理的な理由の存在等が求められるものと解すべき」ものとしました。

このような枠組みを踏まえると、①のような事実があったとしても、それだけで書面による合意を得なかったことに合理的な理由があるとはいえず、②についても、3か月余りにすぎないことから、事後的な追認がされたと認めることはできないというわけです。

労働契約の(就業規則によるものではなく)個別的な変更については、労働契約法8条で「労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる」と定められている通り、個別の同意を要するわけですが、その同意の態様に関するものとして、本事件は参考になるものと思われます。

すなわち、本判決では、労働基準法15条の労働条件明示義務と労働契約法4条の労働契約の内容の理解促進の責務から、「使用者は、労働者に対して、賃金減額の理由等を十分に説明し、対象となる労働者の理解を得るように努めた上、合意された内容をできる限り書面化しておくことが望ましいことはいうまでもない」としており、黙示の同意を認定するには、書面化をしなかった合理的な理由がなければならないというわけです。

実務的に、個別同意の書面化は当然という結論に変わりはありませんが、その重要性を示す判例といえると思います。

【判例情報】
東京地裁 平23.5.17判決

地方裁判所民事第36部
裁判官 早田 尚貴

原告
訴訟代理人弁護士 花垣 存彦

被告
訴訟代理人弁護士   西幹 忠宏
訴訟復代理人弁護士 石川 礼子
QRコード
QRコード
記事検索
  • ライブドアブログ