November 06, 2022

娘成長記その8:七五三

11月5日は七五三でした。私の両親は退院直後だったので不参加。そのため娘と妻と、妻の母の4人で亀戸天神に行きました。そういえば、姉の七五三のときも、母方の祖母は来ていたけど、父方の方からは来てなかったな。私の家系はそういうものなのかもしれない。

天気も良くて、私も特に怒られることもなく終えることができて、一安心です。

morithin at 23:44|PermalinkComments(0) 娘の成長日記帳 

October 30, 2022

尊重する?

相手を尊重するというのは、口で言うほど簡単ではない。

ところで、夫婦というのは、しばしば意見が対立するものであるし、互いのやることが気に入らないことも珍しいことではない。

そういうときに「相手を尊重する」というのは、具体的にどうすることなのか、どう思うことなのかは、よくわからない。相手の意見を尊重するけど相手の意見を否定するということは、現実に可能なのだろうか。

実際のところは、相手を下に見ることでとりあえず気を落ち着かせることの方が多いように思う。あいつは何にもわかっていないんだとか。「男だから」とか「女だから」なんて口にはしないが考えてしまうこともないではないだろう。

しかし、こういうのはあまり健全ではないなと、私はずっと思っているのである。少なくとも尊重するということとは全く逆だと思う。

そんな中、ラジオで「子供にとって家族にいろいろな人がいたほうがいいと思う」というような趣旨の言葉を聞いた。多少ダメな家族でも、こういう人が世の中にいるということを知ること自体意味があるんだというようなことだったと思う。これは私には腑に落ちるところがあった。完璧な人間が当たり前と思って世の中に出たら、とてもやっていけないことは簡単にわかることだからだ。

だから、最近は私の意に沿わない妻の言動があっても、こういう人もいるということが娘の勉強になるのかもしれないと考えるようにしている。これは、もちろん尊重しているわけではないのだが、娘を通して存在を許容しているくらいにはいってもよいと思うのである。

morithin at 00:00|PermalinkComments(0) 無駄話 

October 29, 2022

娘成長記その7〜じゃんけん

ようやく娘がじゃんけんをできるようになった。じゃんけんの真似事のようなことは、どうだろう、半年くらい前からやっていただろうか。でも、最初はルールはおろか、勝ち負けもよくわかっていなかったようだ。勝ちも負けもないというのはある意味で哲学的だが、二人で勝ち負けのないじゃんけんをするのはシュールだ。

しかし最近はルールもわかってきたし、勝ち負けもわかってきたようだ。負けてもニコニコしているので、そこはいずれ厳しく詰めねばならないだろう。負けたら終わりだ、と。

問題は、チョキが苦手だということだ。たぶん二本だけ指を立てるのが難しいのだろう。だから最初の手はパーかグー。だから、こちらとしてはパーを出しておけばまず負けないのである。ただ、パーであいこになると、意外と負けることもある。

最近は寝るときに何度もじゃんけんをさせられて、なかなか寝てくれないのには閉口だが、勝っても負けてもニコニコしている彼女を見習った方がよいようにも思う。親はいつもムスッとしているのに、不思議なものだ。

morithin at 00:50|PermalinkComments(0) 娘の成長日記帳 

October 23, 2022

娘成長記その6〜謎ブーム

いわゆるマイブームというのが娘にもある。だが、たいていは理解不能である。

今、彼女の中では、誰かが泣いているのがブームのようだ。これも何をいっているのか、よくわらかないだろう。たとえば、最近妻がマクドナルドでもらってきた里香ちゃん人形で遊ぶ時も、リカちゃんが転んで「えーんえーん(つд⊂))とやっている。私には残念ながら何が面白いのか全く分からない。が、「大丈夫?」と言ってほしいようなので、「大丈夫?」と言っている。

さっきはボッポ(NHKの幼児向け番組の着ぐるみ)で遊んでいたが、やはりポッポは泣いているらしい。今回は私の腹に押し付けて「よしよし」となぐさめてほしいらしい。これがなの儀式なのか不明だが、いわれるがままに「よしよし」とやっておいた。そのあと何度もやらされたので、ウンザリだ。

ブームの始まりはノンたんの絵本だったのかもしれない。子亀が母亀とはぐれて泣いていたのをノンタンたちが一緒に探そうという話だ。その泣いている亀がなぜか心に刺さったのかもしれない。

なので、娘は泣いている子が気になるらしい。ただ、優しさとかではなくて、ただ単に気になるだけらしくて、慰めたりするわけではない。児童館などで泣いている子どもがいると、ただ「おとだちも泣いてる」といって指をさすだけなのだ。しかしこれはちょっと止めてほしい。最近「人を指で指すな」と、教育中である。

こういう厄介なブームに限って、結構長く続いている。もっとも、そのうち珍しくもなくなるだろうが、なぜ彼女に他人が泣いているのがそんなに興味が湧いたのか、大きくなったら聞いてみたいものだ。

morithin at 00:34|PermalinkComments(0) 娘の成長日記帳 

October 16, 2022

娘成長記(仮)その5〜拘り

3歳になってからくらいだと思うが、こだわりが強くなってきた。たとえばその日に着る服も親が選んだものは基本的にNOだ。自分で選んで着たがるようになった。そうするとだいたいお気に入りばかり着ることになるので、「またこれ?」と思うことばかりである。

意に沿わないと、泣くようにもなってきた。寝る前は、だいたい

「お片付け」
「お片付けしない」
「おしっこ行く?」
「おしっこない」
「じゃあねんねする」
「ねんねしない」

という、不毛なやり取りをする。そして強く言うと、「おかたづけしない〜」と泣き出すのである。

これ自体、自我の芽生えだとかそういうのは頭ではわかっている。

わかっているが、だから許せるかというとそれはまた別問題だ。朝早く出たいのに「お着換えしない」とかやられると、温厚な私でもさすがにイラっとする。着替えるとか、片づけるとか、その辺はもうやらなければならないことだと、あきらめてもらいたい。

morithin at 00:59|PermalinkComments(0) 娘の成長日記帳 

October 05, 2022

娘成長記(仮)4:みずいぼ

もう結構前から出ているので、はっきりとは覚えていないが、娘の左腕はみずいぼができている。保育園の水泳に入れられるかななんて話をしていたので、少なくとも5月より前から出ていたと思う。

近所の小児科の医師によれば、「取ってもいいが本人の負担になるのでこのままにしておいてもいいのではないか」とかそんなことを言われたらしい。一応私はプロフェッショナルの言うことは聞くようにしているので、様子見というなの放置でここまできたが、まさか半年を超えてなお残っているとは正直思わなかった。最近少し減ってきているように思うが、気になって掻きつぶしているだけのようにも見える。

この判断がよかったのかは将来わかるだろうが、跡が残らないことを願うばかりである。



morithin at 00:49|PermalinkComments(0) 娘の成長日記帳 

September 29, 2022

娘の成長日記帳3:のみのぴこ

ある日、突然娘が「コレハノミノピコノスンデイルネコノごにょごにょ・・・」と口走った。このように、なぞの言葉を口にするときはたいてい保育園で読んでもらった絵本だ。

前にも「ガボチャガボッチャンカワビボチャン」と言い出したことがあった。これも「おやおやおやさい」という絵本だった。便利なもので、グーグルで検索すれば大体該当するものが見つかる。

「コレハノミノピコ」も例外ではない。調べたら出てきた。谷川俊太郎の「これはのみのぴこ」だった。聞いたころあるようなないような。

さっそく図書館で借りてきて与えてみた。娘はまだ文字が読めないので、ページをめくるのも通常は早すぎるのだが、この本のときはなぜか待ってくれた。

中には「お金を貸した銀行員」とか「選挙で選んだ市長」という、「おお、谷川。なぜあなたは絵本でこの言葉を選んだのだ」といいたくなるようなページもあるのだが、なんどか読んであげたら覚えていった。意味が分からない言葉を覚えられるのは不思議だ。頭の中がどうなっているのだろうか。

よかったら娘の訓練の成果を聞いてほしい。


morithin at 00:10|PermalinkComments(0) 娘の成長日記帳 

September 20, 2022

シリーズ「娘の成長報告書」その2:はいどうぞ

うちの娘は、言葉を覚え始めたころから「はいどうぞ」で大人を動かそうとする。最近は語彙も増えてきたのであまり使わなくなったが、本を読んでほしいときはまだこれを使う。

ちなみに僕は「はいどうぞ」がとても好きなので録音してみた。
http://blog.livedoor.jp/morithin/Recording_2.mp3

わざと読まないで黙っていると語気が強くなるのもいい。ただ、こうして聞いてみるとすごく幼い。

娘は文字が読み終わる前にバンバン進んでしまうので、本人はストーリーを何も理解できていないと思う。

morithin at 00:37|PermalinkComments(0) 無駄話 

September 18, 2022

シリーズ「娘の成長報告書」その1

娘はもう3歳6か月になりました。最近は自分のやりたいことがはっきりしてきたことの反射的現象として、やりたくないことをめぐってギャンギャン泣かれることが多いです。

特に寝る前の片づけをさせようとしても全力で拒否して、さっきまでギャーギャー泣いていました。さすがに毎日やられると、多少ウンザリしてしまいます。

ところで、片付けをしなさいと言って泣いてるわけですが、それを言いつけた私を憎いとは思っていないようです。なぜなら、泣いている娘に近づいて行ったり、腕を広げるポーズをすると、抱きついてくるからです。この辺の彼女の頭の中の整理がどうなっているのかはわかりません。

morithin at 23:23|PermalinkComments(0) 無駄話 

June 24, 2022

劇場版からかい上手の高木さんを見た感想

「からかい上手の高木さん」の劇場版を観て、言いたいことがたくさんあるけど、聞いてくれる人がいないので、約4年ぶりにブログを書き始めました。

なお、ネタバレばっちり有りです。

「からかい上手の高木さん」とは、小豆島を舞台に、精神的にかなり幼い主人公の西片君と、そんな西片君をからかう高木さんの二人のやり取りを見て「ニヤキュン」するというアニメです。文字にすると、「ニヤキュン」ってなんかピンとこないですね。「ニヤニヤしながらキュンキュンする」ということなんだと思います。ちゃんとかくと、そんなのが好きな40歳のおっさんはなんか気持ち悪いですね。

でも初めてこのアニメを見たときはほんと楽しかったです。ありていに言えば癒されていました。初めてテレビアニメのDVD全巻買ってしまった。このころの「高木さん」が、自分にとって奇跡的なバランスだったのだと思います。第1話で、高木さんが西片君のことが好きだということはわかるんですけど、しばらくはその辺もハッキリしてなかったりするんですよね。ただ西片君の反応をおもしろがっているようだったりして。そんなその溜めがあって、「クリティカル」という最高に「ニヤキュン」できる回があったりしたのです。

しかし、物語の推進力が必要だとおもったのでしょうか、2期から二人は急速に「恋人化」していってしまうのです。「からかい」も若干エスカレートしていって、それは最初は少量のお酒で酔えたのに、だんだんと量と度数が増えていってしまうように、もうそこまで言ったら告白でしょというところまで行ってしまうのです。そうなると、もう二人はただのリア充でして、奇跡的なバランスは音お立てて崩れてしまった。高木さんは西片君好きのギアをどんどん上げていって、それに気づかない西片君がどんどんアホに見えてきてしまって、「ちょっとなー」というのが2期でした。

なので、3期の放送が発表されたとき、同時に映画公開と聞いて、もう私の中では嫌な予感しかしていませんでした。しかも第1話が違うアニメかとおもうほど、なんかドタバタした話で、ほんとどうなることかと思いました。そして、最終回ではこの次のマスは告白(ゴール)だろうという感じだったので、映画は観ない方がいいのかなとすら思っていました。

しかし、ここまで付き合ったんだから、見届ける義務が私にはあると意を決して見に行ってきました。実は、高木さん役の声優さんが「これならまだ続く」みたいなことを言っていたので、ゴールしない可能性もあるんじゃないかという淡い期待もあったのです。西片君の部屋の壁に習字の授業で書いた「現状維持」(この習字は1年生のときのもの。それを3年まで飾ってあるのは・・・)が貼られていたのにも、実は期待してしまった。ああ、結局そのままなのかも・・・

実際、この映画は、3年になってもみんな成長していない話なんです。相変わらず恋愛体質な真野ちゃん、関係が進展しない北条さん、高尾と木村も1年のときのままのノリ。唯一、陸上のために島を出るのではないかと思われたサナエちゃんも結局島に残るという決断をします。基本的に成長がない。

でも、それじゃあ映画にならないよね。高木さんと西片君だけは、次のマスに進んでしまった。それはやっぱりゴールのマスだったのです。

しかも、その進め方にもやや問題があって、ある事件で悲しんでいる高木さんに唐突に西片君が突然「高木さんを幸せにする」とか言い出すんです。いやいやいや。慰めにしてもよくわからないし、告白だとしたらそんな相手が悲しくて泣いているときに言うことか?

でも、そのあと夏祭りデートをしていて、最後の高木さんのセリフを聞けば、二人の関係に決定的な変化をもたらすもの、それはすなわち告白とみなさざるを得ないでしょう。

でも、アンパンマンがバイキンマンを再起不能にしてしまったらアンパンマンは終わりだし、核抑止は核を打ったら終わりなのと同じように、第1期の奇跡のバランスに悶えていた私にとっては、告白しちゃったらこの話は終わりなんです。

でも、公開が終わった後でテレビで見るよりも、映画でちゃんと観れてよかったです。

morithin at 00:07|PermalinkComments(0) 映画