May 01, 2026
魂の歌声
「魂の歌声」などという言い方がある。これはたとえば悲しい気持ちが歌にこもっていて、聞けばそれがあたかも伝わってくるようだ、ということがいいたいのだと思う。
ところで、読者の方は「デミックス」という言葉を聞いたことがあるだろうか。ビートルズの新曲として作成された「NOW AND THEN」ではデモテープのジョンレノンの声が「デミックス」の技術によってきれいに分離することができたため、制作にGOサインが出たという。
その原理はよくわからないが、デミックスは私の理解では、部分的に切り抜いて足りない部分を補って再現しているという理解である(こんなアナログな話ではないと思うのだが)。
このデミックスされた音源は、ジョンレノンの歌と言っていいのだろうか。それがその時から今に至るまでずっと抱えている疑問である。
以前、AI美空ひばりが紅白歌合戦で披露されていた。あれを美空ひばり本人の声という人はいないだろう。
では、デミックスという技術によってデモテープから作成されたジョンレノンの歌はどうなのだろうか。ベースはジョンレノンの歌なのだから、半分はジョンレノンの声なのか。でもそこにジョンレノンの心や気持ちはこもっているといえるのだろうか。そんな面倒くさいことを考え始めてしまった私は、NOW AND THENを聞いたときにうれしさよりも複雑な気持ちになってしまった。
しかし遠くない未来、私たちはAIの歌に感動することがあるのではないかと思う。そのとき、その歌に心を動かされた人はその歌をこう称えるのだろうか?
「これこそ魂の歌声だ」と。
ところで、読者の方は「デミックス」という言葉を聞いたことがあるだろうか。ビートルズの新曲として作成された「NOW AND THEN」ではデモテープのジョンレノンの声が「デミックス」の技術によってきれいに分離することができたため、制作にGOサインが出たという。
その原理はよくわからないが、デミックスは私の理解では、部分的に切り抜いて足りない部分を補って再現しているという理解である(こんなアナログな話ではないと思うのだが)。
このデミックスされた音源は、ジョンレノンの歌と言っていいのだろうか。それがその時から今に至るまでずっと抱えている疑問である。
以前、AI美空ひばりが紅白歌合戦で披露されていた。あれを美空ひばり本人の声という人はいないだろう。
では、デミックスという技術によってデモテープから作成されたジョンレノンの歌はどうなのだろうか。ベースはジョンレノンの歌なのだから、半分はジョンレノンの声なのか。でもそこにジョンレノンの心や気持ちはこもっているといえるのだろうか。そんな面倒くさいことを考え始めてしまった私は、NOW AND THENを聞いたときにうれしさよりも複雑な気持ちになってしまった。
しかし遠くない未来、私たちはAIの歌に感動することがあるのではないかと思う。そのとき、その歌に心を動かされた人はその歌をこう称えるのだろうか?
「これこそ魂の歌声だ」と。
April 24, 2026
娘成長記036:タイムリミット
娘はもう小2だが、おんぶが好きらしい。正確には、本当はだっこがよいけどもう両親ともに無理みたいなので、おんぶで妥協しているようである。
しかし、いうまでもなくタイムリミットがある。つまり私の体力の要因である。
それは、とても寂しいことである。自分の手から離れていくという感覚だろうか。しかし、娘の成長を喜ぶべきなのだろう。
ところで、家族だけの意味のない習慣・慣習というものがそれぞれの課程にあったりするのではないだろうか。私は基本的に平日は帰りが遅いが、金曜日は8時過ぎに帰るようにしている。土曜日は翌日が燃えるゴミの日なので、帰宅すると玄関にゴミ袋が置いてある。それをゴミ置き場まで運ぶのが、平日の私の数少ない家事の一つになっている。
いつからか、そのゴミ出しに娘が「わたしも行きたい」というようになった。そのとき、私におぶさって出しに行くのが恒例で、私にとっても嫌いな時間ではないのである。
いつまでもおんぶができるように筋トレに励むということも検討の余地があるのかもしれない。
しかし、いうまでもなくタイムリミットがある。つまり私の体力の要因である。
それは、とても寂しいことである。自分の手から離れていくという感覚だろうか。しかし、娘の成長を喜ぶべきなのだろう。
ところで、家族だけの意味のない習慣・慣習というものがそれぞれの課程にあったりするのではないだろうか。私は基本的に平日は帰りが遅いが、金曜日は8時過ぎに帰るようにしている。土曜日は翌日が燃えるゴミの日なので、帰宅すると玄関にゴミ袋が置いてある。それをゴミ置き場まで運ぶのが、平日の私の数少ない家事の一つになっている。
いつからか、そのゴミ出しに娘が「わたしも行きたい」というようになった。そのとき、私におぶさって出しに行くのが恒例で、私にとっても嫌いな時間ではないのである。
いつまでもおんぶができるように筋トレに励むということも検討の余地があるのかもしれない。
morithin at 12:24|Permalink│Comments(0)│
March 30, 2026
娘成長記035:親の呼び方
私は物心ついたときには父母のことを「おとうさん」「おかあさん」と呼んでいた。
一方、令和に育つ娘はもっぱら「ママ」「パパ」である。
先日、妻から、娘が自分のことを名前で呼ぶことがあると教えてくれた。親のことを名前で呼ぶと言えば、ジブリ映画の宗介でおなじみであるが、実際、宮崎駿は小さい吾郎が「はやお」と呼んだら激怒したに相違ない。むろん、私も許すつもりはない。
おそらくそういう空気を読んだのだろう、私のことを名前で呼ぶことはなかった。
ところが、先日、なにかの拍子で「〇〇」と私の名前で呼んだのだ。実際に呼ばれたら、私の氷のような心はみるみる氷解した・・・
はずもなく、
「おい、親を名前で呼ぶな」
と指導しておいた。
一方、令和に育つ娘はもっぱら「ママ」「パパ」である。
先日、妻から、娘が自分のことを名前で呼ぶことがあると教えてくれた。親のことを名前で呼ぶと言えば、ジブリ映画の宗介でおなじみであるが、実際、宮崎駿は小さい吾郎が「はやお」と呼んだら激怒したに相違ない。むろん、私も許すつもりはない。
おそらくそういう空気を読んだのだろう、私のことを名前で呼ぶことはなかった。
ところが、先日、なにかの拍子で「〇〇」と私の名前で呼んだのだ。実際に呼ばれたら、私の氷のような心はみるみる氷解した・・・
はずもなく、
「おい、親を名前で呼ぶな」
と指導しておいた。
March 25, 2026
娘成長記034:初めてのお使い
明日で、娘の1学年の後期(娘の学校は二期制である)日程が終了となる。思い返せば前期は給食を食べたくなくてひっくり返したり、体操着を投げ捨てたりしてかなり暴れていたと聞いていたが、ここ最近はあまりそういう話を聞かないので、だいぶ慣れてきたのだろう。
体操服は相変わらず着ないで体育を受けているらしい。でも、寝室のマットレスの上で「前回りできるよ!」といってでんぐり返しをしたり、縄跳びも10回くらい飛べていたので、参加はしているし、何かできることがうれしいと感じているようだ。漢字も一通り覚えられたみたいで、漢検準一級の私には遠く及ばないとはいえ、よく頑張ってくれたと思う。
そういうこともあって、少し自信もついてきたのかもしれない。それは良いことだが、まだ身の丈に合わせられないところもあるようだ。この前は、妻がお使いをお願いしたのだが、いつまでたっても帰ってこなくて、自転車で近所を探す羽目になった。道行く人に聞き込みをしていたら、小さい子がニコニコしながら横断歩道を渡っていたよという目撃情報を得られた。しかし、それはよく行くセブンイレブンとか学校の方ではなく、目的地とも全く違う方向だった。私はてっきりいつもの行動範囲をうろついていると思ったので半信半疑だったが、唯一の情報だったので、言われた方を探していたら本当にてくてく歩いているのを発見することができたのだった。おそらく見つけられるという自信があったのだろうが、いつまでたっても目的地が見つからなくて不安になっていたのだろう。自分を見つけたら駆け寄ってきて泣き出していた。
荒れた「初めてのお使い」だった。
体操服は相変わらず着ないで体育を受けているらしい。でも、寝室のマットレスの上で「前回りできるよ!」といってでんぐり返しをしたり、縄跳びも10回くらい飛べていたので、参加はしているし、何かできることがうれしいと感じているようだ。漢字も一通り覚えられたみたいで、漢検準一級の私には遠く及ばないとはいえ、よく頑張ってくれたと思う。
そういうこともあって、少し自信もついてきたのかもしれない。それは良いことだが、まだ身の丈に合わせられないところもあるようだ。この前は、妻がお使いをお願いしたのだが、いつまでたっても帰ってこなくて、自転車で近所を探す羽目になった。道行く人に聞き込みをしていたら、小さい子がニコニコしながら横断歩道を渡っていたよという目撃情報を得られた。しかし、それはよく行くセブンイレブンとか学校の方ではなく、目的地とも全く違う方向だった。私はてっきりいつもの行動範囲をうろついていると思ったので半信半疑だったが、唯一の情報だったので、言われた方を探していたら本当にてくてく歩いているのを発見することができたのだった。おそらく見つけられるという自信があったのだろうが、いつまでたっても目的地が見つからなくて不安になっていたのだろう。自分を見つけたら駆け寄ってきて泣き出していた。
荒れた「初めてのお使い」だった。
March 10, 2026
40にしてポンコツ
孔子先生は「四十にして惑わず」といったそうだが、私は人間40歳を過ぎるとポンコツになると思っている。これは、私の見たところ例外がない。
ポンコツというのはもちろん体調の面もあるが、精神的な面もある。つまらないこだわりを持つ、自制がきかなくなる、偉そうになるなど、いわゆる老害とよばれるような精神性の兆しがこの年齢くらいから現れてくるように思うのである。周囲は「昔はあんなのではなかったのに」と嘆息され、疎まれるようになるのもこのくらいからではないだろうか。
唯一の例外だと思っていた自分ですら(←この時点でポンコツである)、最近我慢ができなくなっている自覚がある。自分の感情、気分、不愉快といった感情をわりとすぐに発露してしまっているような気がするのである。その意味では確かに「惑わず」なのだが、はた迷惑といわざるをえない。おそらく妻のSNSではモラハラ夫とつるし上げられ、取り巻きからは罵詈雑言か誹謗中傷されていることだろう。
原因の一つは自信かもしれない。いろいろあったけど40歳までサバイブしてきたという自信、さらに社会人生活もまずますであればさらに鼻息もあらくなるだろう。
目指すところは「七十にして心の欲する所に従えども、矩を踰えず」だが、果たして。
ポンコツというのはもちろん体調の面もあるが、精神的な面もある。つまらないこだわりを持つ、自制がきかなくなる、偉そうになるなど、いわゆる老害とよばれるような精神性の兆しがこの年齢くらいから現れてくるように思うのである。周囲は「昔はあんなのではなかったのに」と嘆息され、疎まれるようになるのもこのくらいからではないだろうか。
唯一の例外だと思っていた自分ですら(←この時点でポンコツである)、最近我慢ができなくなっている自覚がある。自分の感情、気分、不愉快といった感情をわりとすぐに発露してしまっているような気がするのである。その意味では確かに「惑わず」なのだが、はた迷惑といわざるをえない。おそらく妻のSNSではモラハラ夫とつるし上げられ、取り巻きからは罵詈雑言か誹謗中傷されていることだろう。
原因の一つは自信かもしれない。いろいろあったけど40歳までサバイブしてきたという自信、さらに社会人生活もまずますであればさらに鼻息もあらくなるだろう。
目指すところは「七十にして心の欲する所に従えども、矩を踰えず」だが、果たして。
February 16, 2026
新曲ができた
4年ぶりに新曲が完成した。4年ぶりではあるが4年に見合うだけの時間をかけたかというと、そうではない。最近家でも仕事をするのが常態化していて、仕事の合間を縫って作っていたら4年かかってしまったというのが正しい。
今回はボーカルのまゆみちゃんと組んだ曲では初めて、ほぼ全編私の作詞・作曲である。
作り始めたのはコロナ禍のころ。外出制限で半年以上会えなかった二人が久しぶりにデートをしたという場面である。私が好きな詩は中島みゆきやaikoであるが、似ても似つかぬ出来には閉口するしかない。所詮、評論家が作った作品というのはえてしてそういうものだ。
曲の元ネタはオアシスの「Go Let It Out」という曲である。どこに原型があるか見つけてみてほしい。
「Go Let It Out」はオアシスの曲の中でもそれほど人気のあるものではないかもしれないが、私はわりとこの曲が入っているアルバムが好きなのである。特にベースラインが好きだ。
前回の曲では全くギターを弾かなかったので、今回はリハビリの意味でコード弾きを取り入れてみた。これも結構苦労して録音したものだが、音量はこれ以上は上げられない。
February 14, 2026
娘成長記033:転校するのか?
娘が最近WISCという知能テストを受けた。今までは特別支援教室に週に何度か通うという体制だったが、2年制からは基本的に特別支援教室(固定級)に通うことになったので、その手続き上必要らしい。
娘は、知的な遅れというのはそこまででもないのだが、集団が得意ではないらしく、少人数の方が授業にも参加しやすいだろうということで、もうだいぶ前から固定級に居座っていたのだが、普通級の子どもが固定給にいるのは好ましいことではないらしい。そこで、来年度から正式に異動することになったのである。
それにあたって、先日面談がもたれたのだが、娘のように知的な遅れがない発達障害や自閉症スペクトラム傾向の子ども向けのクラスというのが学校によって設定されているらしいという話をされた。「情緒」とよばれるそのクラスは、要するに授業は普通学級と同じように進めるらしい。だから、勉強が心配ならそのクラスに通ってはどうかという話なのだ。
しかし問題は少なくない。最大の問題は、今通っている学校にそのクラスはないから、転校しないといけないということだ。また、タイミングも限られていて、そのクラスに入るためには前年度の7月までに申し込まなければならないというのである。
勉強のことが心配ならということで話をしてくれたわけだが、転校するハードルもあるし、毎朝送迎する負担も軽いものではなさそうである。
結局妻との話では転校はせずに今の学校に通おうという話になった。勉強は家でフォローすることになるのだろうか。
娘は、知的な遅れというのはそこまででもないのだが、集団が得意ではないらしく、少人数の方が授業にも参加しやすいだろうということで、もうだいぶ前から固定級に居座っていたのだが、普通級の子どもが固定給にいるのは好ましいことではないらしい。そこで、来年度から正式に異動することになったのである。
それにあたって、先日面談がもたれたのだが、娘のように知的な遅れがない発達障害や自閉症スペクトラム傾向の子ども向けのクラスというのが学校によって設定されているらしいという話をされた。「情緒」とよばれるそのクラスは、要するに授業は普通学級と同じように進めるらしい。だから、勉強が心配ならそのクラスに通ってはどうかという話なのだ。
しかし問題は少なくない。最大の問題は、今通っている学校にそのクラスはないから、転校しないといけないということだ。また、タイミングも限られていて、そのクラスに入るためには前年度の7月までに申し込まなければならないというのである。
勉強のことが心配ならということで話をしてくれたわけだが、転校するハードルもあるし、毎朝送迎する負担も軽いものではなさそうである。
結局妻との話では転校はせずに今の学校に通おうという話になった。勉強は家でフォローすることになるのだろうか。
January 16, 2026
娘成長記032:一緒に学校に行った
娘は早々に登校班から脱落したのは前述のとおりである。娘は「踏み出す」「動き出す」という行為全般が苦手なのである。なので、家を出て学校に向かうのもしぶるのだ。そのため、時間ギリギリになると妻がスマホでおびき出して自転車に乗せて送る日々だったようである。
私も、最初は「パパと一緒に行こう」などと声をかけたりもしたのだが、スマホに飼いならされているので、スマホを見せてくれないパパの誘いには乗ってこない。なので、自然と私は娘の送迎から手を引いてしまっていた。
結局そのような状況が冬休みまで続いてしまっていた。正直「スマホで誘導するの止めろ」とも言いたかったが、ほかに代替案があるのかというとそれも乏しいので、結局言えずじまいでずるずるきてしまった。
ところが、年が明けて冬休みが終わると、突然娘は一人で学校に行ったのだ。急に一人で行くと言い出したらしい。
残念なことに、2日一人で行ったかと思ったら、またしぶるようになったらしい。それでも途中まで一緒に行ったら、一人で学校に行ったこともあったらしい。
今週はためしに、「たまにはパパと行く?」と聞いてみた。そしたら「がんばる」という微妙な気持ちになる返事だったが、これは彼女にとっては前向きな発言なのである。実際1日一緒に歩いて学校に行く日があった。踏み出してしまえば、一人でも二人でも行けるのである。
あいにく3歩進んで2歩下がるのだかなんだか知らないが、今週は結局一人で学校に行くことはなかったらしい。3連休で遊んだから、ハードル上がってしまったのかもしれない。
それでも、1歩前でも進んだのならいいなあと思うのである。
私も、最初は「パパと一緒に行こう」などと声をかけたりもしたのだが、スマホに飼いならされているので、スマホを見せてくれないパパの誘いには乗ってこない。なので、自然と私は娘の送迎から手を引いてしまっていた。
結局そのような状況が冬休みまで続いてしまっていた。正直「スマホで誘導するの止めろ」とも言いたかったが、ほかに代替案があるのかというとそれも乏しいので、結局言えずじまいでずるずるきてしまった。
ところが、年が明けて冬休みが終わると、突然娘は一人で学校に行ったのだ。急に一人で行くと言い出したらしい。
残念なことに、2日一人で行ったかと思ったら、またしぶるようになったらしい。それでも途中まで一緒に行ったら、一人で学校に行ったこともあったらしい。
今週はためしに、「たまにはパパと行く?」と聞いてみた。そしたら「がんばる」という微妙な気持ちになる返事だったが、これは彼女にとっては前向きな発言なのである。実際1日一緒に歩いて学校に行く日があった。踏み出してしまえば、一人でも二人でも行けるのである。
あいにく3歩進んで2歩下がるのだかなんだか知らないが、今週は結局一人で学校に行くことはなかったらしい。3連休で遊んだから、ハードル上がってしまったのかもしれない。
それでも、1歩前でも進んだのならいいなあと思うのである。
January 08, 2026
頭の中お花畑野郎とはなにか
私は寛容さが大切だと思ってはいるが、容認できないものがいくつかある。その一つが「頭の中お花畑野郎」である。
これは多義的かつ主観的なものなので、必ずしも理解や賛同も得られるものではないことは自覚しているし、そういうものであることを断っておきたい。
たとえば、娘の好きなアニメに「ぷにるんず」というものがある。これは、「頭の中お花畑野郎」なぷにるんずとよばれるいくつかの軟体生物の物語である。彼らは基本的に頭が悪い。生産的でもない。何のために生きているのかも不明である。ただ日々を享楽的に生活している様子が毎回放送されているようである。
「赤ちゃんはあなた(ママ)を選んで生まれてきたのよ」という言説も、私から言わせれば、これも「頭の中お花畑野郎」的なものである。
「いつか王子様が迎えに来てくれる」と言っている人。この人が「頭の中お花畑野郎」かどうかは微妙であるが、本気だとすれば「頭の中お花畑野郎」であろう。
どうやらメルヘン的発想に無邪気さの要素が混ざっているものを私は「頭の中お花畑野郎」とみているようである。
これは多義的かつ主観的なものなので、必ずしも理解や賛同も得られるものではないことは自覚しているし、そういうものであることを断っておきたい。
たとえば、娘の好きなアニメに「ぷにるんず」というものがある。これは、「頭の中お花畑野郎」なぷにるんずとよばれるいくつかの軟体生物の物語である。彼らは基本的に頭が悪い。生産的でもない。何のために生きているのかも不明である。ただ日々を享楽的に生活している様子が毎回放送されているようである。
「赤ちゃんはあなた(ママ)を選んで生まれてきたのよ」という言説も、私から言わせれば、これも「頭の中お花畑野郎」的なものである。
「いつか王子様が迎えに来てくれる」と言っている人。この人が「頭の中お花畑野郎」かどうかは微妙であるが、本気だとすれば「頭の中お花畑野郎」であろう。
どうやらメルヘン的発想に無邪気さの要素が混ざっているものを私は「頭の中お花畑野郎」とみているようである。
December 19, 2025
X引退
X(旧ついったー)は私にとってタバコに似ていた。こんなものを見ている時間は無駄だし害悪だとわかっていても、つい見てしまう。
さらにいえば、Xは私には向いてなかった。馬鹿なことを言っている人にはついモノ申したくなることも少なくなかった。あの引力は私が御することは難しかった。私のツイートに気を悪くした人もいるだろう。人間関係を悪くしてまでSNSをやる意味はない。
そして、急に辞めたくなったのである。タバコもそんな感じだった。だんだんと、無駄だと感じることが積み重なって、それが今日臨界を超えたのだ。
何も投稿しないでおけばいいような気もしたが、たぶんそれだと見てしまうし、見るとつい書き込みたくなるのだ。だから、消す方が手っ取り早かったのである。
しかし、Xのアカウントを消した後、最初にしようと思ったのは、Xのアカウントを消したとXに投稿しようとしたことだったのは、なんとも間抜けな話である。それだけ蝕まれていたということだ。
さらにいえば、Xは私には向いてなかった。馬鹿なことを言っている人にはついモノ申したくなることも少なくなかった。あの引力は私が御することは難しかった。私のツイートに気を悪くした人もいるだろう。人間関係を悪くしてまでSNSをやる意味はない。
そして、急に辞めたくなったのである。タバコもそんな感じだった。だんだんと、無駄だと感じることが積み重なって、それが今日臨界を超えたのだ。
何も投稿しないでおけばいいような気もしたが、たぶんそれだと見てしまうし、見るとつい書き込みたくなるのだ。だから、消す方が手っ取り早かったのである。
しかし、Xのアカウントを消した後、最初にしようと思ったのは、Xのアカウントを消したとXに投稿しようとしたことだったのは、なんとも間抜けな話である。それだけ蝕まれていたということだ。