朝西知徳のブログ

朝西野球をずっと応援してくれる方々に向けて、「日々の出来事」「思い出ばなし」「今の気持ち」などを綴っています(SINCE 2011/02/05)。

2011年06月

朝西知徳のホームページ⇒ http://asanishi.sensyuuraku.com/
飲水思源⇒ https://www.asahi.com/articles/ASP7H53CXP6XPTIL013.html
高校野球を通じた人間教育⇒ https://www.youtube.com/watch?v=gujEaqBPZyg

究極の幸せ

木曜日には、通称「野球部ゼミ」があります。

2時間目には、「基礎ゼミナール」といって、1年生の野球部員に対して、主に「高校野球を振り返る」という内容の授業を行なっています。

4時間目には、「専門ゼミナール」といって、2年生の野球部員に対して授業を行なっています。高校野球の監督をしていたときに、ミーティングで使用していた『スラムダンク勝利学』を教科書として、「スポーツ心理学の基礎」を教えています。

そのほか月曜日には、ランニングの指導をする「スポーツ実習(はごろもマラソン)」。火曜日には、自身の専門領域である「スポーツ心理学」。そして、まいにち放課後には、硬式野球部の指導。
つまり、「やりたいことが、やりたいだけできる」環境の中で生活しております。もう少しのんびりしたいという考えはあるものの、これこそ究極の幸せなのかも

明日から3日間、東京出張です。ブログを少しお休みいたします。
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クーラーのある生活

昨年の夏、とうとうクーラーを買ってしまいました。

クーラーのない生活をずっと続けておりましたが、昨夏の猛暑により、生まれて初めてクーラーのある生活をすることとなりました。

冬の大阪は、暖房がなくても生きていけますが、夏の大阪は、クーラーがなければ生きるのが大変です。なんせ室内の温度が35℃以上なのですから。

グラウンドもそれ以上に暑いはずなのですが、不思議とユニフォームを着ているときには、あまり暑さを感じません。

夏休みには、夜は涼しい米子へ、また涼みにいこうと考えています。
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息子の誕生日

今日は、息子の12回目の誕生日です。

おとといの日曜日に、誕生日を祝う食事会には出かけたのですが、今日もケーキを買ってお祝いをしました。

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年前、息子が生まれた日、私は米子商業高校の監督として、2人の3年生部員を連れて広島の社会人チームの練習会に参加しておりました。2人のキャッチボールを見守っている時間に、息子は生まれたのです。

そんなことが起こっているとも知らず、24時近くに帰宅すると、留守電に息子が生まれたことを知らせるメッセージが2件はいっておりました。私の母親と、義姉からでした。妻は出産のため、関東の実家にもどっていたのです。

そのときは、高校野球の監督として、選手の進路、チームの試合を、息子の誕生よりも優先しました。甲子園に行くために、それくらいの覚悟をもって、米子へ行ったのですから。

息子と対面したのは、生まれてからなんと8日後のことでした。
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情熱・熱風・らんにんぐ

「スポーツ実習」は、たいへんな状況の中で行いました。

3週間後に行われる「大阪城公園2時間30分走」に備えて、「暑さ+強風=熱風」の中でのランニング。

ふだんは、浜寺公園を3周(13.5km)走る学生も、「頭がくらくらとしました」と、2周でストップ。

私もいつものように2周(9km)を走ったのですが、いつもは心地よく走れる距離が、熱風によって、最後は少しきつく感じました。

「スポーツ実習」は13:00から、最も暑い時間帯で行われています。
水分補給をふくめて学生の体調管理には、気を配らなければなりません。

ただし、自身に対してはあくまでも厳しく。
個人で走るときも、いちばん暑い時間帯をねらって走ります。

暑い中で、汗をだらだらと流しながら走るのが大好きな私です。
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永遠のともだち

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米子松蔭高校で教鞭を執っている高市秀樹先生が、大阪・堺にやってきました。

娘さんと息子さんのピアノの発表会が、堺で行われたからです。
発表会の合間の昼休みに、高市先生の家族と私の家族、計7人で昼食をとりました。

高市先生と私は、20年以上の付き合いです。
1991
4月、私が茨城・鹿島学園高校の教員として赴任したときの同期です。そのとき、私は25歳、高市先生は23歳でした(写真参照)。

高市先生は、高校時代、松江北のエースピッチャーとして活躍しました。鹿島学園高校では、私が監督を務めていたときに責任教師(コーチ)として、夏の大会のベンチに入っていただきました。

その後、私は米子商業(米子松蔭)高校に移り、あとから山陰出身の高市先生が、米子松蔭高校へ移り、ふたたび同僚となったのです。そして約1年前、私が大阪へ移ることとなり、2度目の別れのときがやってきました。

しかし、お互いの距離が遠のいても、付き合いが遠のくことはありませんでした。
それは、20代から40代にかけての濃密な時間をいちばん近くで過ごしてきたからです。
鹿島に住んでいたとき、週末の練習を終えると、水戸の街に遊びに出かけていたことが、今ではとても懐かしく感じます。
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終わらない野球生活

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新チームが始動して、2週間が経ちました。

4年生がぬけて、どうなることかと思いましたが、想像していたよりも、はるかに良いチームが作れそうです。
リーグ戦まで、まだ2ヵ月あるというのに、緊張感のある練習が続いています。

きょう大阪は特に暑い日となりました。

練習を終えてユニフォームを脱いだら、首から上だけが赤銅色となっており、また暑い夏がはじまったんだなと感じずにはいられませんでした。

野球指導者として、19回目の夏がやってきました。
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甲子園を思い出すシーン

0727_02映画「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」を観ました。

「走者一、二塁で、なんでファーストがベースについているんだよ」などと、野球の専門家が観たら、笑えるシーンは所どころあるのですが、それを差っぴいても、よい青春映画だったと思います。

フォアボールを連発するエースピッチャーへ、部員からの非難の声が浴びせられたときに、みんなを黙らせる監督の叫び。走り去る主人公のマネージャーを、後輩マネージャーが追いかけるひたむきさ。心が揺さぶられるシーンが、いくつもありました。

映画のなかで、チームが勝ち進むのをみて、「高校野球は、そんなに甘くはないんだよ」と思ったりもしたのですが、前任校が甲子園をつかんだときに、チームとして取り組んだことと重なるシーンも多く観られたのです。

BEISHO 2000」のみなさん。まだこの映画を観ていなかったら、ぜひどうぞ。あのころを思い出すシーンが、きっと出てきますよ。

蛍雪時代

IMG_0003大学を出てから、警備員のアルバイトをしていたことがあります。

朝8時から、夕方5時まで、1時間の休憩はあるものの、ずっと自動車の誘導をおこなっていました。
東京都内で働いていたため、交通量が多く、労働を終えたあとは、排気ガスを吸いすぎて、頭の中がくらくらとしました。

IMGそのあと約1年間は、郵便局員をしていた時期があります。

日本一郵便物の多かった横浜・青葉台郵便局で、配達業務を行っていました。仕事と並行して、通信教育で国語の教員免許取得に励んでいました。

IMG_0002夏休みには、国立(くにたち)にある研修所で、約2週間、郵便局員としての研修も行いました。
研修の中で、抱負を述べる時間がありました。みなは、郵便局員としての抱負を述べておりましたが、私は「近い将来、必ず甲子園に行く」と言って、爆笑と拍手をもらいました。キャプテンとなったソフトボールチーム『国立体育大学』は、朝練習をするなどして、研修所の大会で優勝しました(前列の中央が私)。

慕われるより

IMGリーダーのための指南書であるマキアヴェッリの『君主論』によれば、リーダーは「慕われるより恐れられろ」だそうです。

部下から恐れられるほどの正義感を持つことが必要だといいます。

リーダーが、部下にも自らにも厳格であればこそ、組織の中に正しさと秩序と安らぎが生まれるのでしょう。

ところで、リーダーの仕事として大切なことは何でしょうか?

「決断すること」「泥をかぶること」「体を張ること」だと私は考えています。

サーカス相撲

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わんぱく相撲・大阪府大会が行なわれました。

息子は初戦、相手に後ろへ回られて、おまけに吊られて万事休す。
と思いきや、九死に一生を得たのです。

BlogPaintはじめは、相手の自滅かと思われましたが、写真で確認すると、後ろに回られた息子が、捨て身の外掛け ?(吊られている息子の右足にご注目)を放っていたのです。
相手はそのまま、背中から落ちてしまったのでした。

決まり手は、「外掛け」なのか「河津掛け」なのか「後ろもたれ」なのか、なんだかよく分かりませんが、とにかく勝ってしまったのです。

相撲指導員の方いわく、「そんな技はない」。勝負をあきらめないという姿勢が、またまたトリッキーな技を生み出したのでした。

次の一番に勝てば、昨年と同じくベスト16入り。「本まわし」をつけることが許されます。
しかし、相手は昨年の五年生横綱。彼は、わんぱく力士を代表して、この日は、土俵入りも行なうほどの怪物力士でした。

結果は、寄り倒しで負けてしまい、2年連続のベスト16入りはなりませんでした。
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久しぶり高校野球監督

今日は、新チームの初戦。
対戦相手は、大学生ではなく、高校生でした。

片山前コーチ率いる大阪府立農芸高校。
「高校生が、大学生とやって勉強になったと思えば、みんなの勝ちである。そうでなければみんなの負けだ」。
試合前、選手にそう話しました。

一塁までの全力疾走はもちろんのこと、
外野飛球のときの二塁までの全力疾走、凡打のあとの全力疾走。
すべてが、高校生のお手本とならなければいけないのです。

先日、全日本大学野球選手権大会を観に行きました。そういった基本的な行動がとれているチームは、残念ながら多くありませんでした。
しかし、昨年みたS大学とT大学の一戦は、両チームとも学生野球のお手本ともいえる行動をとりつづけていました。数は少ないですが、技術水準が高いうえに、行動面でも模範となるチームもあるのです。われわれHAGOROMOは、そういった強くてキビキビとしたチームを目指さなければなりません。

試合中は、片山前コーチに敬意を表して、高校野球監督のときとおなじように、初回から最終回まで、声を出しつづけました。ダグアウトで選手といっしょに声を出していると、選手の声の大きさ・叫ぶ内容によって、彼らが高校時代にどんな野球をしてきたのかも見えてきました。本気で甲子園を目指していたのか、それともエンジョイしていたのか


今まで高校野球監督として、1,000試合以上も采配を振ってきました。気をぬいて戦ったことは、一試合だってありません。
いまは、大学野球監督をしておりますが、スピリットは高校野球監督のままです。そんなことが確認できた今日のゲームでした。

さわやかな汗

ショートオフ(短い休養期間)を終え、全体練習を開始してから、およそ一週間が経ちました。
全体練習が再開される一週間前から、個人練習として、ランニング6kmを課していたこともあり、選手の全体練習への対応は、比較的スムーズに行なわれています。

今日は、大阪は天気が悪く、スポーツホール(いわゆる体育館)で汗を流しました。
とちゅう雨が止んだので、私も投手陣といっしょに外をランニング。さわやかな汗を流しました。

2ヵ月後には、秋季リーグ戦がはじまります。
偉大なる4人の四年生が抜けた穴は大きいですが、高校生を凌ぐひたむきさで、まずはV奪回を目指します。
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最寄りの駅

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最寄りの駅は、南海本線「浜寺公園」駅です。

木造平屋建ての「浜寺公園」駅は、1907年に建てられた私鉄最古の駅舎です。
NHK番組『にっぽん木造駅舎の旅』でも紹介されるほどの著名な駅です。
それもそのはず、国の登録有形文化財となっているのですから。
私は最初、テレビドラマ『世にも奇妙な物語』に出てくる駅のモデルは、ここなのではないかと思いました。

「浜寺公園」駅の目の前には、阪堺電車(チンチン電車)の始発駅(もしくは終着駅)である「浜寺駅前」駅もあります。少しややこしいですね。「浜寺駅前」駅なんて・・・。
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ベイとカメを愛する家族

実家へ帰ったときには、実家の近くに住む四つ年のはなれた妹の家族と食事へ行くことにしてます。
この日、義弟は仕事の帰りが遅くなり、いっしょに行くことはできませんでしたが、
妹(写真中央)と姪っ子と甥っ子と私の4人で、ラーメンを食べに行きました。

妹は美容師。義弟は美容専門学校の教員。姪っ子は今春、高校を卒業し、看護師になるための専門学校へ。甥っ子は中学1年生で野球部に入部。

4人とも、横浜ベイスターズの熱狂的ファン。年間数十試合も横浜スタジアムに足を運ぶほどのベイスターズ命の家族です。

ベイ家族の家では、3匹のカメを飼っております。遊びに行ったときには、そのカメたちが、猫のようにチョロチョロしており、気になってしかたありませんでした。
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なつかしい偶然

BlogPaint帰省したとき、母校である小学校を訪れました。
なつかしい通学路を歩いていたら、むかしの記憶がどんどんと蘇ってきました。
「ここで野球をしたんだ」「先生が転んだ場所だ」「ここによくパンを買いに来たな」。
よく遊んでいた公園、行きつけの床屋、野球場、どれもこれもが懐かしい。

途中、むかし母親が婦長として勤めていた産婦人科医院の前を通りました。
院長が変わったため、医院の名は変わっていましたが、外観はむかしのままです。
小学校のとき、下校途中にその医院に立ち寄り、母親から家のカギを受け取ってから家に帰っていたことを思い出しました。

母親に聞けば、この医院は、母親が勤めていたとき、田宮二郎が主演したテレビドラマ『白い巨塔』の撮影にも使われたことがあるそうです。

別のテレビドラマの撮影もよく行われていたようで、その際に母親は20秒ほど看護婦として、テレビドラマにも出演していたということでした。

小学校を訪れた次の日、『八日目の蝉』という映画を見ました。
その映画の中に、なんと母親の勤めていた産婦人科医院が出てきたのです。

世界を相手に

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NHK
杯(体操競技)が終わりました。
体操競技部の顧問でもある私は、代々木第一体育館にかけつけ、本学生の活躍を見守りました。

本学生は、3位、8位、10位という素晴らしい結果。
3位と8位の学生は、10月の下旬に東京で行われる「世界選手権」への切符を手にしました。
世界選手権において日本チームが8位以内に入れば、オリンピックへの出場が決まります。

今回3位となった学生は、前回のオリンピックにも出場しております。
彼女たちの夢がかなえられるよう、本学の教員(顧問)としてできることは、授業を通じて、競技につながるような話を心をこめてすることのみです。
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努力と根性の男

四年生の紹介。いよいよ最終回です。

國武彰伍くんは、都城高校の出身です。
都城高校は、春夏あわせて9回甲子園に出場。全国4強の実績もあります。また、プロ野球選手を10人近く輩出している宮崎の名門校です。

國武くんは、その名門校で、最後の夏には背番号4をつけたほどの実力者です。しかし、本学に入学後は、試合に出場する機会がほとんどありませんでした。それは、彼が野球に真面目に取り組んでいなかったからではありません。「介護実習」に多くの時間を割かなければならず、夏休みの合宿や練習に参加できない日が多く続いていたからです。

彼が試合に出場するようになったのは、昨秋のリーグ戦の残り2試合から。夏の介護実習を終えると、練習後にフェンス沿いを走りながら、きたるべきときに備えていました。残り2試合は、優勝のかかった大事な試合。彼の高校時代の実績と、大学での文武両道の取り組みを信じて、思いきってスタメン(セカンド)で起用しました。彼はその監督の思いにしっかりと応えてくれたのです。

今春は、急造の捕手ながら、好リードと大きな声で、チームをまとめてくれました。いきなり、ベストナイン受賞とは驚きです。全体練習を終えてから、体育館の中でもくもくとウエイトトレーニングに励んでいた國武くん。最終打席は、平凡なファーストゴロ。その打球が突然イレギュラーして、タイムリーヒットに。國武くんらしい「根性ヒット」でした。野球の神様は努力する人を必ず見てくれているのです。

見届けるという指導

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全日本大学野球選手権を観にいきました。

東京ドームのマウンドには、京都学園大学のエース・稲垣将大くん(3年生)。前任校が、2007年秋の県大会で優勝を果たしたときのエースピッチャーです。

昨年、神宮に出場した中村邦夫くんにも、この稲垣くんにも、高校生のときには、野球技術が高い分、行動面に関しては、他の部員よりも厳しく指導を行いました。そんな教え子たちが、大学野球で花を咲かせているのを見ると、純粋にうれしく思います。

プロ野球から草野球まで、多くの野球選手が、帽子のひさしをぐにゃっと曲げています。甲子園などでは、ひさしを曲げていない選手を見つけることの方が難しいほどです。はっきり言って、みっともない。だらしない。
したがって、高校野球の監督を務めていたときには、ひさしを曲げることを禁止しておりました。

昨年の中村くんも、今年の稲垣くんも、帽子のひさしはまっすぐ。彼らが、高校時代に学んだことを今でも大切にしている様子が、ひと目見て分かりました。

高校時代と変わらず、まっすぐなままの稲垣くんが、マウンドに向かうのを見ていたら、涙がこみあげてきました。
私は、スタンドの最前席から立ち上がり、前任校の校歌を大きな声で贈りました。
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はごろもマラソン

月曜日は、浜寺公園にて「スポーツ実習(はごろもマラソン)」という授業を担当しています。この授業は、筑波大学で開講されている「つくばマラソン」を参考にして行っているものです。

「つくばマラソン」の目標は、フルマラソン完走のようですが、運動習慣のない学生を対象とした「はごろもマラソン」では、ハーフマラソン完走が目標です。ただし、昨年「はごろもマラソン」を受講した学生の中には、フルマラソンを完走した者も出ています。

4.5km
の周回コースを使って、それぞれの体力と気力に応じて、1周から3周を自由に走らせます。私も学生と一緒に通常は2周、冬季には3周走っています。

7月には、ハーフマラソンを完走するための準備として、受講生2、3人がチームを組んで、猛暑の中「大阪城公園2時間30分走」に挑戦します。昨年、出場したときには「3時間走」だったのですが、今年は「2時間30分走」。昨年あまりにも気温が高かったため(35℃くらい)、時間が短縮されたのかもしれません。


明日より6日間、東京へ出張します。約半年ぶりの帰省となります。
また6日後にお会いしましょう。
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気はやさしくて力もち

四年生の主砲・榎坂和英くんを紹介します。

榎坂
くんは、指名打者として、または左翼手として、下級生のころから、ずっとチームを支えてきました。
昨春の?部リーグ戦では、首位打者を獲得。
昨秋と今春は、最上級生としての責任感から、打撃には力みがみられましたが、要所で存在感を発揮しておりました。

昨秋の最終戦は、02と劣勢のまま、試合は終盤に。
満塁の局面で、走者一掃の逆転打を放ち、全勝優勝に貢献しました。
今春の第9戦目も、02のまま最終回に。
走者一、二塁から、右中間の最深部に同点打を放ち(つづく中西譲仁くんがサヨナラ打)、劇的な逆転サヨナラ勝ちを演出。
このように、たった一振りで試合の流れを変えることのできる、たのもしい四番打者でした。

キャッチフレーズをつけるならば、HAGOROMOの金太郎、もしくはHAGOROMOのポパイといったところでしょうか。
気はやさしくて力もち。チームのみんなから愛された副キャプテンでした。

すべてを真剣に

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ソフトボールの球審を務めました。

2の同点のときに、本塁でクロスプレー。
タイミングは完全にアウトですが、一塁手から捕手に送られた球が、少し高くなり、捕手が追いタッチ(正式にはタッグ)をする形となりました。

すべり込んだ三塁走者が本塁を踏むのと、捕手がタッグしたのは同時。
同時の場合は、送球またはタッグが「間に合わなかった」と解釈され、セーフとなります。
結果的には、それが決勝点となり、試合は終わりました。

練習試合だとはいえ、子供たちが真剣にプレーしているので、審判をする大人も集中して、真剣にジャッジをしなければならないと思っています。

下の写真は、息子の打席をジャッジしようとしている私です。
息子の身長は163cmとなりました。
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教育の成果

教育の成果は、すぐに表れるものではありません。

「経師(きょうじ)」という仕事があるのをご存知ですか。
書画の幅(ふく)や屏風(びょうぶ)・ふすまなどを表装する仕事です。
経師屋の真価が問われるのは、すぐにではなく、時間が経ってからです。

小手先のテクニックだけで仕上げた作品は、派手に見えるため、すぐには評価を受けたりします。しかし、時間が経つにつれて、紙は色あせてしまいます。

一方で、はじめは地味で評価されなかった作品が、時を経ても色あせることなく、以前と変わらない姿をとどめていることがあります。

そこで初めて、どちらの職人の腕が優れているのかが分かるのです。すぐに分かることは、大したことではありません。後から分かることが「大したこと」なのです。教育の成果も同じです。

すべての真実は、時間をかけてこそ、ゆっくりと見えてくるものなのです。
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運動会おわる

意に反して、運動会は行われました。
何回も延期された平日だというのに、校庭は保護者であふれ返っていたそうです。

息子が小学4年生のときまで通った小学校と、いま通っている小学校の生徒数は、ほとんど同じです。なのに校庭の面積が全くちがいます。

前に通っていた小学校の1/3くらいの面積しかありません。去年、運動会を観にいったときには、せまい校庭にトラックがつくられ、そのまわりのわずかなスペースに保護者がひしめいておりました。人口密度の高さには驚いてしまいました。

今年は、息子の小学校生活最後の運動会を観ることはできず、運動会ラッシュには遭いませんでしたが、それはそれで淋しくもありました。

最後に6年生が演じた「組み体操」では、多くの保護者が涙をうかべていたそうです。
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晴走雨読?

日曜日に行われるはずだった息子の小学校の運動会が、降り続く雨のために、月曜日に延期となり、水曜日に延期となり、そして明日の木曜日に延期となっています。

晴耕雨読という言葉があります。
晴れの日には田を耕し、雨の日には本を読んで過ごすという意味です。
私の場合は、晴走雨読。
晴れの日にはランニング。雨の日には読書または研究。
今週は、そんな理想とする生活が実現できています。

興味をもって読んでいるのは、大相撲の八百長に関する本です。
大相撲が大好きだからこそ、八百長問題について詳しく知りたいと思ってしまうのです。

最近、取り組んでいる研究のテーマは、高校野球の特待生問題についてです。
3年前にも、特待生問題について、学会などで発表しましたが、秋に行われる学会では、その完結編を発表するつもりでいます。一年間も滞ってしまった新聞・雑誌への執筆活動も再開しました。

外はまだ雨が降り続いています。明日の運動会も実施されるかどうか分かりません。
明日は授業が続くため、運動会を見に行くことができませんが、またまた金曜日に延期となれば、見に行くことができるようになります。

もう一日だけ、雨の音を聞いていたいなあ。
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