朝西知徳のブログ

朝西野球をずっと応援してくれる方々に向けて、「日々の出来事」「思い出ばなし」「今の気持ち」などを綴っています(SINCE 2011/02/05)。

2012年06月

朝西知徳のホームページ⇒ http://asanishi.sensyuuraku.com/
飲水思源⇒ https://www.asahi.com/articles/ASP7H53CXP6XPTIL013.html
高校野球を通じた人間教育⇒ https://www.youtube.com/watch?v=gujEaqBPZyg

大切なもの

雨の降るなか、片山前コーチ率いる大阪農芸高校と合同ノック、練習試合を行いました。

残念ながら、4回で降雨のため中止となりました。

高校生は、雨のなか次々とヘッドスライディング。凡打のあとの全力疾走も徹底されておりました。

いつも私が、相手チームについて注目するのは、技術面よりも行動面です。

いくら強くても、チンタラやっているチームからは、学ぶべきことは多くありません。しかし、力はなくとも、全力プレーをしているチームには、再び練習試合をお願いしたくなります。

大阪農芸高校の選手は、ひたむきです。そのひたむきさを、本学の選手たちはもっともっと見習うべきでしょう。

大阪農芸高校のみなさん、また来年も試合をお願いいたします。

「大阪農芸」で記事検索すると、大阪農芸高校と片山監督の活躍がご覧になれます。

すくすくと

きのうは、息子の13回目の誕生日。
昨年とおなじように、お祝いしました。
http://blog.livedoor.jp/morning_west/archives/51807473.html


ますます身長が伸びて、とうとう175cmを超えました。
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忘れえぬ教え子

調べごとをしていたら、こんな記事をみつけました。
http://umaiyagura.exblog.jp/17466934/


鹿島学園高校で監督をしていたときの教え子が綴ったものでした。
彼が高校1年生のときは、担任もしておりました。

現在は、組織のリーダーとして、社会で活躍しております。
鹿島(鹿嶋)に行ったときは、今でも顔を会わせたりします。
http://www2.odn.ne.jp/~cir70080/kashimagakuen-ob.html

S君のこと 2006.7.27 (HP生涯熱血貫「ひとりごと⑥」より)
S君から贈り物が届いた。夏の大会おつかれさまという意味なのであろう。

S君は、15年前に前任校へ赴任したばかりのときに受けもった1年D組の生徒であった。そして野球部員であった。彼はクラスでもチームでも冗談ばかりを言う太陽みたいな存在だった。だから私も彼のことを遠慮なく怒鳴ることができたのだと思う。信頼していたのだ。

彼は3年生のときの春の水戸地区予選で、まえの秋には茨城県大会で4強入りしたチームのサウスポーから先制本塁打を放ち、チームをコールド勝ちへと導いた。チームは3連勝して、創部5年目にして県大会への初出場を決めた。彼はそのチームで副将を務め、マスクをかぶっていた。

最後の夏の試合は、息のつまる投手戦となった。5回を終えて0-0。彼にアクシデントが起こった。ランナーのスライディングをまともに受けて、ミットをもつ左親指を負傷してしまったのである。MAX137kmを放る県内屈指といわれた、わがピッチャーの投球は受けられないという状況だった。打席に入れば、バットもつかめないという様子で顔をゆがめていた。

私は当時も怪我をするのは本人のせいであるというスタンスをとっていたから、「そんな顔で野球するなよ」とベンチから何度も怒鳴っていたはずである。そして彼を終わりまで試合に出し続けた。

さらに最後の試合のあとにもかかわらず、「高校野球は今日で終わりじゃないぞ」と、途中から選手を学校まで走らせたりもした。彼は激痛に耐えながら走っていたのだと思う。

あとから、靭帯が断裂していたことを知った。悪かったなと思った。後日、添え木をして包帯をぐるぐると巻いた彼がグラウンドに来た。「心配をおかけして、すみませんでした」「なんだその大きな親指は…(笑)」。

数年前、彼の結婚式でスピーチをした。ホームランのこと、根性で試合を全うしたこと、それから甲子園に彼が応援に来てくれたことを話した。そのときだけ彼は神妙な顔をしていた。

関東へ帰ったとき、彼が店長を務める飲食店に顔を出すことがある。「なんか、まだここに住んでいるみたいですね」と、今でもおどけた顔を見せる。

「先生、また甲子園へ応援に行きたいから、がんばってください。…な~んて、自分たちは気楽に言ってしまいますけど、毎日練習に出ている先生の方は大変ですよね…。すいません(笑)」。高校時代と変わらぬ笑顔だった。




ちょうど20年前の1992年に、私は初めて高校野球部の監督となりました。20年も経ったのに、あの頃のことを覚えていてくれてありがとう。S君たちは、監督として初めての選手ですから、私もみんなのことを生涯わすれることはありません。

だから強いのか

全日本大学野球選手権大会を3年続けて観ていますが、いつも驚かされるのは、東都大学リーグのチームの動きです。

プレー面はもちろんのこと、行動面が突出しています。全国制覇した大学が、すぐに降格してしまうという「戦国東都」。厳しい環境のもとで、日々鍛えられているのがよく分かります。

投手が一塁へけん制球を放れば、二塁手、右翼手はじめ、野手が一斉に動き出します。シートノックを終えて、ベンチへもどるダッシュのすさまじさ。高校生では真似できない行動レベルの高さです。

高校野球と大学野球を比べると、全体的にみれば、高校野球の方がきひきびとしています。ところが、トップレベルを比べれば、大学野球に軍配が上がります。

2年前に見た東京新大学リーグのS大学の「外野フライにおける二塁までの全力疾走」には驚嘆しました。その姿から、大学野球選手としてのプライドがにじみ出ておりました。

全力で走る選手も気持ち良さそうでしたが、見ている私も爽快な気分にさせられました。
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行くぞ!北海道

昇格のご褒美として、夏休みに長期遠征(7泊8日)を計画しております。
行く先は、なんと北海道。

多くの大学野球部は、春休みや夏休みには、九州に行ったり、沖縄に行ったり、ハワイに行ったり、長期合宿を行なっております。野球技術向上のみならず、チームの凝集性を高めることを目的とする。長期合宿は、大学野球ならではの醍醐味なのかもしれません。

高校野球監督のときには、6年連続で実施した北海道遠征。最長で11泊12日。

大きな教育的効果があるとも知らない輩から、クレームを受けたときでも、「うるさい。外野は黙っとけ!」と強引に実施しました。監督のクビをかけてでも、やる価値のあった北海道遠征。卒業生からは、一生の思い出となっていると聞いています。
http://www2.odn.ne.jp/~cir70080/kandou.html
http://www2.odn.ne.jp/~cir70080/hokkaidogame.html

こんどは、大学生にあの壮大な景色をプレゼントしたいと思います。

高校野球指導における丸刈り導入の影響

野球専門誌『ベースボール・クリニック』1996年4月号に、「高校野球指導における丸刈り導入の影響」という論文を掲載していただきました。大学院2年生の春のことです。

自分の文章が初めて活字になったとき、とても感動しました。

その後、『ベースボール・クリニック』には、13回も論文等を掲載させていただくこととなりました。つまり、研究活動のはじまりが、この論文だったのです。

1996年9月には、日本体育学会(千葉大学)にて、「高校野球指導における丸刈りが選手の心理および打撃成績に及ぼす影響」という演題で口頭発表も行いました。
http://www2.odn.ne.jp/~cir70080/index.html

先日、ある高校の放送部から電話があり、その論文の内容をコンクールの発表のときに引用したいので、許可をいただきたいというお話がありました。今日、ある大手の新聞社(東京)から電話があり、論文の内容と、私のコメントを掲載したいというお話がありました。

16年前に行った「丸刈り」の研究が、再び脚光を浴びることとなったのです。

伝説のマネージャー

昨春に卒業した平井マネージャが、昇格のお祝いに駆けつけてくれました。
http://blog.livedoor.jp/morning_west/archives/51807313.html

アメリカ出張を終えたそうで、みんなにアメリカのお土産をもってきてくれました。
「昇格おめでとうございます」。
昇格を決めた瞬間にも、祝福の電話がありました。

「アメリカ出張なんて、期待されている証拠だな」。
やはり、広島カープの本拠地であるマツダスタジアム(新広島市民球場)は、メジャーのボールパークを参考にして作られたそうです。今回のアメリカ出張は、そういったことにも関係があるようでした。
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大切な球友と

香川高専高松(旧 高松高専)野球部が、大阪遠征をしております。

大阪商業大学野球場で行われた、香川高専高松-大阪商業大学高校の練習試合を観に行きました。

香川高専高松の吉澤監督は、大学院時代の同窓生です。
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高松高専の吉澤監督 2006.7.28 (HP生涯熱血貫「ひとりごと⑥」より)
 
香川の高松高専が、夏は3年連続で県8強入りした。尽誠学園、高松商業、丸亀城西(丸亀商業)、観音寺中央など、全国でも上位に進出したことのあるチームがひしめく野球強豪県での快挙である。全国の高専の中では最も甲子園に近いチームだといえるだろう。指揮を執るのは吉澤監督である。吉澤監督とは、大学院の体育研究科のときに机を並べた友である、というより、「台湾留学生」というチームで、ともに外国人選手としてバッテリーを組んだ友である。「熱血」と選手たちに慕われるほど、気合をもってノックバットを握るが、それに加えて頭脳明晰で、著名なチームの監督からも「香川県でいちばん野球を勉強している」と賞賛されるほどの探究心のある監督だ。私も極たまに、熱血というカテゴリーに入れていただくこともあるが、吉澤監督は知的な熱血漢で、私の場合は野蛮な…であろう。
 今年の高松高専は、指導10年目となる吉澤監督の熱血が凝縮したチームであったように思う。定期戦は3試合とも圧勝された。高専という、高校とは異なる環境の中で、思うようにいかないことも多々あったはずなのに、信念が岩をも動かしていったのである。毎年、5月になると米子松蔭は高松に行く。夏休みになると、今年も高松高専は米子にやってくる。定期戦は9年にもおよぶ。「白球だけが知っている」という言葉がある。10年前に、18.44mはなれたマウンドから吉澤投手が投じた球は、私の構えたミットにしっかりと収まった。今でもお互いの距離を行き来しているのは、お酒でもなく、気のきいた言葉でもなく、やはり白球なのである。
【付記】高松高専は、2008年の夏には県4強ヘ進出した。

前任校のときには、12年にわたって定期戦を行っておりました。
http://sports.geocities.jp/asanishi37/teikigame2.htm

約3年ぶりの再会でした。
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犯人あらわる

グラウンドにマウンドを作った犯人、いや偉人が、自首、ではなくて報告にやってきました。
http://blog.livedoor.jp/morning_west/archives/51821800.html

うわさの通り、この春で引退した四年生のNくんでした。

「カントクのブログを見て、報告しておいた方がいいかなと思いまして」
「マウンドのことか」
「はい」
「だめだよ勝手に作っちゃ(笑)」
「すみません(笑)」
「分かっていたよ、みんなが言っていたから」
「そうですか」
「いや、アリガトな」
「ピッチャー陣ががんばっているんで、いつもピッチャーが投げにくそうにしていたもんで、ははは」
「そうか。報告しないと怒られると思ったんだ」
「えっ、まぁ、はいっ(笑)」
「ありがとう」

研究室で、こんな、やりとりがありました。
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新横浜ラーメン博物館

東京出張のとき、またまた行ってきました。新横浜ラーメン博物館。
http://blog.livedoor.jp/morning_west/archives/51808144.html

大阪に住んでいるのに、年間パスポートを買っています。

今回は、佐野実さんの「支那そばや」に入りました。
http://www.raumen.co.jp/home/shop/shinasobaya.html

「支那そばや」の食材は、どれも一級品です。
ネギは、鳥取産の砂丘ねぎ。全国から食材を選んでいるようです。
したがって、麺もスープも、とても繊細な味がします。

私にとって、心やすらぐひとときでした。
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超常現象?

本学の練習場は、35m×70mの長方形。

ホッケー部が練習をするときには、35m×35mのスペースで野球部は練習を行います。ダイヤモンドがやっと入るスペースです。

ダイヤモンドの中心部に、いつのまにやら、マウンドがもっこりと。

部員の誰かが、こしらえたのか。それとも超常現象なのか。

犯人は、いや、功労者は、四年生の〇〇くんだとか、そうでないとか。未だ真相は闇の中です。
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嵐の前の静けさ

暴風警報が発令されたため、授業は4時間目の途中(15:30)で打ち切りとなりました。

外はまだ小雨で、風もおだやかです。

嵐は、これからやってくるのでしょう。

夕方、家にもどると、期末テストを控えた息子が、めずらしく机に向かっていました。
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昭和の匂い

先日、横浜に住む妹家族の家に寄りました。

昭和40年代に建てられた団地です。

4歳から10歳のときまで住んだ場所には、こういった団地があちらこちらにありました。

夕暮れどき、団地の入り口に、焼き鳥をつくる移動販売車が。

団地には、とてもよい匂いが漂っていました。
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小さな冒険

息子が、友達と5人で京セラドーム(大阪ドーム)へでかけていきました。

プロ野球交流戦のオリックス-中日を観るためです。

私も、小学4年生のときに、友達と4人だけで、後楽園球場へ巨人の試合を観に行ったことがあります。私たちにとっては、ちょっとした冒険でした。

今とちがって、当時の野球場は、大人の男たちであふれ、独特の怖い雰囲気がありました。ビールとタバコのにおいの中、酔っ払いの野次が飛び交っており、子供には、とても緊張する場所だったのです。私たちは、はぐれないよう、必死に肩を寄せ合っておりました。

広島カープの初優勝 2004.11.12 (HP生涯熱血貫「ひとりごと②」より)
 昭和50年(1975年)の秋のことである。私は小学4年生だった。休み時間にクラスメイト4人で、後楽園の巨人戦を見に行く計画を立てた。親たちから、子供だけではナイターは危ないと言われていたので、土曜のデーゲームを見にいくことにした。休日に4人で前売り券を買いに行ったが、すでにジャンボスタンド(2階の内野自由席)の券しか残っていなかった。それほど当時の巨人の人気はすさまじかった。昭和50年はというと、長島茂雄(現在は長嶋)が巨人の監督に就任したばかりのシーズンであり、巨人が史上初の最下位に沈んだ年である。
 土曜日の4時間目が終わると、4人は家にランドセルを投げ、私鉄を乗り継ぎ、後楽園球場に走った。試合はすでに5回が終わり、1-0で広島カープがリードしていた。広島のエース外木場が、巨人打線を完璧に抑えていた。巨人ファンの私たちは、それでも最下位巨人の意地に期待して、必死に声援を送りつづけた。しかし、広島のホプキンスの3ランによって、すべては終わった。柴田がレフトフライに倒れたあと、古葉監督の胴上げがはじまった。私たちはなぜか、バックネット裏の席へ行くことに成功しており、その胴上げを間近で見ることとなった。広島カープ初優勝の歴史的な瞬間に立ち会えたという興奮に、私たちはいつの間にか巨人ファンだということも忘れ、紙吹雪の中、肩を叩き合いながら歓喜していた。少年時代の私の大切な思い出である。

息子たちにとっても、生涯忘れえぬ思い出となることでしょう。

いよいよ後半戦

元旦にアファメーションした内容です
http://blog.livedoor.jp/morning_west/archives/51807862.html

【研究活動】
①研究論文を必ず書く。
②学会発表を必ず行う(日本体育学会など)。
③スポーツメンタルトレーニング指導士の資格を取得する(3月末見込み)。
④著書の原稿をつくる(来年発行できるように)。

【教育活動】
①野球部顧問として、リーグ昇格のための指導を行う。
②体操競技部顧問として、オリンピック出場のためのメンタルサポートを行う。
③授業に全力を尽くす(万全の準備、時間厳守、人間教育)。

【運営業務】
①スポーツライフコースの学生募集を積極的に行う(高校訪問、広報活動)。

赤字は未達成のもの。残りの半年でやり遂げたいと思います。
大学教員なのですから、研究活動を軽視してはなりません。後半は、文字を綴ることに力を注いでいきたいと思います。
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さらに高いところへ

母校のゲームのあとは、教え子が登板しました。

京都学園大学の稲垣将大くん(四年生)です。

2年連続の東京ドームのマウンドとなりました。
http://blog.livedoor.jp/morning_west/archives/51807295.html

クイックは平均1.0秒。けん制は一級品。フィールディングは抜群。

後輩にマウンドをゆずったあとも、チームの勝利のために、メガホンを手にナインへ声援を送りつづけておりました。

ここにたどりつくだけでも凄いことなのですが、おそらく彼は、それには満足していないでしょう。秋の神宮大会での勝利を目指そうとするに違いありません。CIMG0503

全国で善戦!旭川大学野球部

母校の旭川大学が、全日本大学野球選手権大会の舞台を踏みました。

2003年 0-7で早稲田大学に敗退。
2004年 0-4で東海大学に敗退。
2007年 1-5で九州国際大学に敗退。

そして今年、全国初勝利を目指して4度目の挑戦となりました。

場所は、東京ドーム。9回を終えて、1-1の同点。
大会規定により、延長戦はタイブレーク方式。それぞれが一死満塁から攻撃を行います。10回表の相手の攻撃は、二塁打と犠飛で3得点。しかし、10回裏の母校は二者凡退で無得点。

2012年 1-4で東日本国際大学に敗退。
しかし、最も勝利に近づいた試合となりました。
主戦投手は、2年生ですので、来年以降の全国初勝利が、大いに期待できそうです。

私が現役のころは、神宮にも手が届かなかったことを考えれば、最近10年間で4度の神宮出場は、とても立派な後輩たちの活躍です。
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勝って兜の緒を締めよ

野球部は2週間の休みを終えて、今日から練習開始です。
まずは、空き時間を使って、6kmのランニングから。

昨秋は、そのランニングを疎かにする者がおり、キャプテンから指導が入りました。今回も同じことをしていれば、あっという間に降格することでしょう。

昇格したがために、以前より厳しい状況に置かれていることを皆が認識しなければなりません。

白い雲のように

前任校に赴任して1年目の文化祭(1997年)。同期のS先生と、猿の着ぐるみをまとい、舞台の上で、猿岩石『白い雲のように』を熱唱しました。

先日、鳥取・布勢球場で、鳥取県私学高校野球大会を観戦しました。布勢球場は、甲子園を決めた思い出の場所です。しかし、何故か別の球場に思えたのです。

そのとき、ふと『白い雲のように』のサビの部分を思い出しました。
「風に吹かれて 消えてゆくのさ 僕らの足跡」
「風に吹かれて 歩いてゆくのさ 白い雲のように」。
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歴史的な日

ロンドンオリンピック壮行会が行われました。
講堂には、中学生、高校生、そして大学生がぎっしりと。
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学生を代表して、野球部のHくんが激励の言葉を。
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さすが、女子生徒のみの中学・高校です。とても、ノリの良いことを察した司会の私は、ド真面目な会よりも、楽しい会にすることを、すぐに決断しました。
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質問コーナーでは、「質問がある人?」と聞けば、「ハーイ」「ハーイ」と元気な声でいっぱいでした。「走って来い、早いもの勝ちだ」と言えば、客席から猛ダッシュ。2階席に座る中学生からも、大きな声で質問が飛んできました。
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ある男子大学生が、「一緒に、しゃ、しゃ、写メ撮っていいですか?」と聞くと、とたんに「キャー」と女子生徒たちの悲鳴が。本当に女子校の生徒は元気すぎです。

司会の私が、最後に大声エールを。
会を盛り上げるためには、司会者がどれだけバカになれるかが重要です。
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中学、高校、大学が一堂に会する行事は、空撮をのぞいて、これが初めてだそうです。羽衣学園にとっては、歴史的な日となりました。
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この様子は、明日(6/12)の関西テレビ「ニュースアンカー」スポーツコーナーにて、NHK(大阪)でも明日の夕方のニュースで放映される予定です。

応援団です

午前は、浜寺昭和小学校にて、ソフトボール校区大会の応援をしました。

途中で帰りましたが、コンドルが2連覇。圧勝だったようです。
2位はコスモ。3位は我がアポロでした。

午後から、羽衣体操クラブ主催のオリンピック壮行会に、大学の代表として出席。
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大勢の来賓・ちびっ子たちが、応援にかけつけていました。

いよいよオリンピック

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来月おこなわれるロンドンオリンピックが近づき、キャンパスもにぎやかになってきました。

きのうは、テレビカメラを学内で何台も見かけました。
http://www.hagoromo.ac.jp/hgtoday/news_description_today.php?no=628

午後(きのう)は、月曜日に講堂にて行うオリンピック壮行会の予行練習をしました。

羽衣学園(中学・高校・大学)の講堂は、コンサートが開かれるほど、とても立派です。2階席の脇には、パイプオルガンも見られます。

壮行会には、中学生、高校生、大学生が一同に集います。
私は、壮行会の司会という大役を任されました。
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三位一体となって

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米子に泊まる夜、竹本さん(甲子園出場時のコーチ)の計らいで、OB保護者の方々と食事をすることができました。

私は真っ赤な顔をしておりますが、お酒は飲まないので(見てのとおりコーラを飲んでいます)、赤い顔は日焼けによるものです。

途中で、最後の教え子たちが合流。懐かしき怒声をプレゼントしておきました。

最後のチーム(2009年度)は、監督と保護者が力を合わせて子供を育てたような気がします。
http://www2.odn.ne.jp/~cir70080/kansya.html

選手と監督と保護者が一体となって戦うことのできた印象に残るチームでした。
http://www2.odn.ne.jp/~cir70080/sotsugyo.html

今でも、変わらぬお付き合いをさせていただいております。
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がんばれ!米子松蔭高校ソフトボール部

先日、鳥取県高校総体・女子ソフトボール決勝を観戦しました。

米子松蔭-鳥取城北。いつも決勝で対戦する両チーム。この日のゲームも1点差となりました。

前任校である米子松蔭高校のソフトボール部のグラウンドは、野球部のグラウンドと並ぶようにしてあります。

熱血・福田敦子監督ひきいるソフトボール部は、10年くらい前から、インターハイや全国センバツ大会の常連となりました。野球部よりも練習時間は長く、きびきびと動き回るソフトボール部員たちを見て、野球部員は大いに刺激を受けたものです。

野球部とソフトボール部は、お互いを高め合いながら、強くなっていたように思います。戦友といったら良いでしょうか。私が、本学に移籍するときには、福田監督は、涙で慰留してくれました。そのお気持ちは今でも忘れてはいません。

同点としたのは、米子松蔭。相手の悪送球によるものでした。しかし、それは、全力疾走の積み重ねと、捕れないと思われるファールボールを、あきらめずに飛び込んでいたことの繰り返しが、相手のミスを誘ったのだと信じています。すばらしい同点劇でした。

敗れはしましたが、「絶対にあきらめない姿勢」は、学生スポーツのお手本となりうるでしょう。

本学の野球部も「絶対にあきらめない姿勢」を大切にしたいと思います。
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苦しくない高校野球

先週の土曜日には、米子市民球場で行われている春季中国地区高等学校野球大会(春の中国大会)を観戦しました。

甲子園大会の次に大きな地区大会にもかかわらず、スピードや飛距離の面で物足りなさを感じたのは、日ごろ大学野球を見慣れているからなのかもしれません。

こんなにも気楽に高校野球を眺められるなんて、いつ以来のことでしょうか。
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家族の思い出

出張から戻ってきました。

大阪~倉吉~米子~松江~出雲~鳥取~大阪。4泊5日の山陰の旅でした。

20校の先生方にご挨拶をすることができました。
選手勧誘ではなく、あくまでも学生募集です。
10校を予定しておりましたので、さしずめ「good job」といったところでしょうか。

出雲に行ったとき、出雲大社の前の蕎麦屋で昼食をとりました。
以前その蕎麦屋で、家族と割り子そばを食べたことを思い出しました。
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やっと春休み?

春の公式戦がおわり、野球部は2週間のオフに入りました。

私は、高校訪問(山陰地区担当)や個人研究の時間に充てることにします。

今日から5日間は、高校訪問に行ってまいりますので、しばらくブログの方は、お休みさせていただきます。
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