朝西知徳のブログ

朝西野球をずっと応援してくれる方々に向けて、「日々の出来事」「思い出ばなし」「今の気持ち」などを綴っています(SINCE 2011/02/05)。

2012年11月

朝西知徳のホームページ⇒ http://asanishi.sensyuuraku.com/
飲水思源⇒ https://www.asahi.com/articles/ASP7H53CXP6XPTIL013.html
高校野球を通じた人間教育⇒ https://www.youtube.com/watch?v=gujEaqBPZyg

道は見えなくとも

大学野球は、高校野球のように、すべてのチームに全国への道が開かれているわけではありません。そういった不平等さがあるのです。しかし、その不平等さは、習熟度別に授業を受けるのと同じで、教育的な配慮なのかもしれません。

したがって、下位リーグ(Ⅱ部リーグ以下)に所属するチームは、神宮に出場する資格がありません。そうなるとチームのタイプは、次のように大別されるでしょう。

一つは、同好会のように野球をエンジョイしようとするチーム。もう一つは、それでも学生野球の本分を追求しようとするチームです。

我々は、後者のタイプのチームです。全国への道がその延長線上になくとも、甲子園を目指す高校球児のように、ひたむきな姿勢で、大学野球に取り組んでいるのです。

リーグを下から支えているのは、我々下位リーグのチームです。そういった自負心をもって、毎にち声を出し続けています。
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同窓会③

32年ぶりの再会には、さまざまなドラマがありました。

クラスメイトだったOくんは、中学時代は、ぽっちゃりとした体型。私が中学生のとき、ふざけて何度も相撲の戦いを挑んだことを覚えていてくれました。そのOくんが、見違えるほどスリムに。

一方では、同じクラブだったKくんは、中学時代はスリムな体型。そのKくんは逆にぽっちゃりとなっていました。フラダンスを披露する女性の横に立ち、いっしょにダンス。周囲からは「よっ、 芋洗坂係長!」と声がかかっていました。

クラスメイトのSくんは、「映画『転校生』じゃないけれど、二人とも階段から転げ落ちて、中身が入れ代わってしまったんじゃねぇの」と、昔と変わらない毒舌ぶり。

それくらい、ふたりの変貌ぶりは衝撃的だったのです。32年ぶりの再会だからこそ起きた出来事でした。

引き継ぐこと

大学のときのG先輩が、こう語りました。

「社員を採用する側から考えれば、甲子園に行きました、神宮に行きましたと言われても、それがどうしたという感じ。やはり、礼儀正しく、一生懸命な学生を採りたくなるよな」。

これが、社会の実態です。

G先輩は、私の一学年上の主務としての先輩でもあります。
http://www2.odn.ne.jp/~cir70080/2011atogaki.html

私もG先輩も、本田監督のもとで、人間教育を授かりました。

覚悟が決まりました。野球部員に対して、人間教育を徹底していくことを。

感謝の気持ち

大学時代の恩師である全盲の闘将・本田修平監督が、天命を全うされました。
http://www.sakai.zaq.ne.jp/duswd404/kodou.html

練習の途中、学生が大学の受付から渡されたメモを私に届けにきました。そこで訃報に接したのです。

今夏の北海道遠征の最終日、学生たちに札幌で自由行動をとらせている間に、大学のG先輩と、本田監督が入院する病院ヘお見舞いに行きました。年々苦しそうな表情を見せる監督の姿に、胸がしめつけられました。あのとき、お見舞いに行っておいて本当によかった。本田監督、長い長い闘病生活ほんとうにお疲れさまでした。

私は、本田監督のアドバイスで、高校野球部の監督となり、今では監督と同じ仕事をしております。本田監督が一番に教えてくれたこと。それは、真面目に全力でものごとに取り組むことの大切さでした。

ですから、私も本田監督と同じ指導を続けています。本田監督の灯火(ともしび)は、私が守りぬきます。

本田監督のスピリットを魂の奥で燃えたぎらせながら、これからも教員生活を続けていきたいと思います。

本田監督、今までありがとうございました。これからも、遠くから見守ってください。
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同窓会②

体育を教えるⅠ先生は、新聞紙をぐるぐるとまるめ、ガムテープで補強した直径5cm、長さ30cmくらいの「精神棒」という崇高な小道具を、いつも持ち歩いていました。

Ⅰ先生は大学を卒業したばかりで、恐いものなしという感じ。生徒が、忘れ物をしたり、遅刻をしたりすると、精神棒で、脳天を思いっきり叩いていました。

「棒」とはいっても、しょせん新聞紙なので、ケガをすることは絶対にありません。しかし、「パコーン、パコーン」と響きわたる音が、何ともいえない恐怖感を生み出していたのです。

私も何回か、神聖なる精神棒から繰り出される「パコーン」を授かりましたが、叩くほうも叩かれるほうも、 それぞれの役割をしっかりと心得ており、お互いが楽しんでいたように思います。叩き、叩かれることにより、先生と生徒の絆が強くなっていたことは事実としてあるのです。

Ⅰ先生が挨拶の中で、「あのころは、私もメチャクチャやっていましたから。なぜ怒られたんだろうなと、その理由が分からなかった人もいると思います。もし分からなかったら言ってください。あやまります」。みんな大爆笑でした。 

私がⅠ先生に、「今でも精神棒を使っているのですか?」と訊くと、「ぜったいに叩かない。大変なことになるから」。

さびしい世の中になりましたね。

同窓会①

東京・渋谷のホテルにて、中学校の同窓会が開かれました。

卒業してから約32年。学年全体で集うのは初めてです。

約250人のうち、1/3の約80人が出席。6クラスのうち、5人の担任の先生方も駆けつけてくれました。

懐かしいというより、ただただ「うれしい」。わずか数時間で、お互いが中学時代の距離感に戻っていくのが分かりました。

中学時代は、というより思春期は、心で思っていることと態度が逆になるケースが多いものです。私も中学時代、友人に伝えられなかったことを、今回きちんと伝えることにしました。30年以上たってから真実が分かることもあるんですね。

新幹線で、大阪にもどるとき、松任谷由実の「シンデレラエクスプレス」が心の中に流れていました。この曲は、遠距離恋愛がテーマです。

東京と大阪で離れて暮らす恋人同士。日曜の夜に、大阪で暮らすどちらかが東京駅から新幹線に乗って新大阪駅へと向かう。東京で暮らすどちらかが、それをホームで見送る。東京発、新大阪ゆきの最終便は「シンデレラエクスプレス」と呼ばれていたのです。

恋愛の曲なのですが、同窓会を思い出していたら、「シンデレラエクスプレス」の歌詞が心に染みてきました。

「出逢えたことを とても感謝して~」「同じ時間生きるの どんな遠くなっても~」。
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自らも鍛える

実家のあたりは、急な勾配が多く、トレーニングをするのには最適な場所です。

帰省の楽しみの一つとして、ランニングがあります。ハードな道を走り終えてから、熱いお風呂に足を伸ばしてゆっくりと浸かる。とてもリラックスできる時間です。

ティゴラのランニングシューズを実家に、もう一足おいているので、いつでも走れるようにしています。ただし、交通量が多く、排気ガスをたくさん吸い込んでしまうため、ランニングをするのは早朝か深夜に限られるのですが。

1/6(日)に行われる第29回大阪新春マラソン大会にエントリー。3年連続ハーフマラソン完走を目指します。
http://www2.odn.ne.jp/~cir70080/marathon.htm

「BREEZEN」の快進撃

仕事と所用で東京に来ています。

社会人軟式野球チーム「BREEZEN」が、全国大会出場を果たし、コーチを務める弟が、実家に帰ってきており、北海道遠征以来の再会となりました。

「BREEZEN」は、準決勝で敗退し、全国制覇はなりませんでした。明日の決勝に進んだならば、東京ドームで試合をすることができ、さらに優勝したならば、プロ野球OBドリームチームと対戦することができたので、すこし残念です。
http://www.dreamcup.jp/

高校野球のときから、朝西野球を応援し続けてくれている「BREEZEN」のオーナー、お疲れ様でした。

ゼミの時間に、あるスポーツ心理学者の著書に記されていた内容をヒントにして、ろうそくを使ったメンタルトレーニングを行ないました。

ろうそくの炎を見て何を思い出すのか。ろうそくの炎を見つめて目を閉じ、残像が何秒残るのか。そんなことをしているうちに自然とリラクゼーションが図れるというトレーニングです。夕陽を見たり、焚き火を見たりすると、心が落ち着つくのと似ているかもしれません。

ろうそくの炎を見つめながら、過去をふりかえる内観法も効果的な気がします。

私は、ろうそくの炎を見たり、ステンドグラスの輝きを見たりすると、不思議と幼少のころの記憶が蘇ってきます。
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思い出に残る先生(高校編)

高校1年生のとき、とても恐ろしい体育の先生がいました。始業のチャイムが鳴る前に、準備運動を終えて整列していないと、蹴りをとばしてくるのです。剣道部の監督を務めるY先生でした。

剣道の授業のときでした。素人剣道をしていた私は、「誰に剣道を習っているんだ!」 とY先生に怒鳴られ、「剣道をなめるな!」と防具の上から、竹刀で十数発もぶっ叩かれました。

次の春、Y先生が転勤することになりました。離任式のとき、先生がステージの上から、別れの挨拶を始めたとたん、体育館が騒然となりました。あのY先生が泣き出したからです。

ステージから、やっとのことで下りるY先生のもとに、剣道部員が駆け寄り、先生の胴上げが始まりました。体育館は割れんばかりの拍手に包まれました。

Y先生からぶん殴られていた不良連中も、真面目な顔で一生懸命に手を叩いていました。私は、先生と剣道部員をうらやましく思いながら、その胴上げを遠くから眺めていました。

高校時代の忘れられないシーンです。

思い出に残る先生(中学校編②)

中学2、3年生のときの担任だったA先生は、初めはとても恐い先生だという噂でした。

ところが2年間、A先生が教室で怒鳴る姿を一度も見かけませんでした。怒鳴らなくても、朝のホームルームでさえ、みな一言も口をきかず黙っていたからでした。誰も先生を怒らせるようなことはしなかったのです。

A先生は、私に幾度となく勇気をくれました。3年生のときの体育祭の長距離走で、大番狂わせの優勝を果たしたとき、私が走っている間、ずっと先生は叫び続けてくれたのです。私は、先生の叫びを一生忘れません。

このときの優勝は、私の人生を大きく変えました。努力すれば必ず報われるということを確信した出来事だったからです。甲子園を決めたときも、自分の本が書店に並んだときも、大学で働けると決まったときも、努力は報われることは分かったのですが、あのときほど衝撃的ではありませんでした。それほど、先生の叫びに背中を押され、奇跡の優勝を遂げたことは、私にとって激しい経験だったのです。

体育祭の閉会式を終えて、教室にもどり、A先生がまず発した言葉は、運動のあまり得意ではない女子生徒に「よくがんばったな」と笑いかけたあと、「明日の授業はいつもどおりだ」。たったそれだけでした。「沈黙は最高の賞賛なり」といいますが、私は、先生の目が私に温かく向けられていることに気づいていました。

A先生は、いつも日直に歌をうたうことを命じました。日直のとき、私は「ぼくの先生はフィーバー」を全力で歌いました。「おまえ、いい男になったなぁ」。歌い終えた私に、先生が笑いながらかけてくれた言葉を今でも覚えています。

「ぼくの先生はフィーバー」は次の歌詞で終わります。「先生のそばにいるだけで爽やかな風のようだよ」。

A先生も、1年生のときの担任だったK先生も、すでに定年を迎えました。

ひたむきな留学生

本学は、「国際」大学なので、外国人留学生がおります。

留学生は「覚悟」を決めて、日本にやってきているので、向学心が旺盛です。

授業が終わると、私の話した理解できない言葉の意味を、電子辞書を片手に聞きにきます。その瞳は、とても謙虚でキラキラと輝いています。私も元・高校の国語科教員ですから、喜んで言葉の意味を丁寧に伝えます。

留学生のひたむきな姿勢を、日本人学生はもっと見習うべきでしょう。

並ぶ、並べる

新人戦の2回戦が行なわれました。Ⅰ部校との対戦です。対戦校は、駐車場からグラウンドまで、高校球児のように、全員が2列に並んで移動しておりました。

私たちも2列で歩き、カバンをきちんと揃えてから試合に臨みました。
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1年生バッテリーが、幾たびのピンチを乗り越えて、終盤まで接戦としました。結果は1-3で惜敗。1得点は、2年生キャプテンの適時打によるものです。これで今年の全日程が終了しました。
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私たちの次は、Ⅰ部に上がって間もないW大学の試合でした。私はW大学の強さの秘密を探ろうと、近くから遠くから眺めていました。選手が自発的に声を出す。個人ではなく組織として戦う。監督の指示に1回で従う。こういったことの積み重ねが、接戦に強いチームを作り出しているのだと感じました。

W大学もきちんとカバンを並べて試合に臨んでおりました。整頓の仕方の精度が違います。われわれが上位リーグを目指すには、「調身」のレベルを上げることが重要なのかもしれません。ちなみに、ここでいう「調身」とは、「戦いに対する姿勢を整えること」です。
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小さな野球部の大きな挑戦は、来年も続きます。

なつかしい瞳

「おはようございます」。

先日、出勤すると、朝練習を終えた羽衣学園高校の女子運動部員が、いちど立ち止まり大きな声で挨拶をしてくれました。

彼女たちの所属する部は、競技レベルも高いのですが、礼儀も一流です。私が駐輪場に落ちているゴミを拾い上げると、彼女たちが走ってきて、「私が捨てます」と手を差し出しました。素晴らしい教育を受けています。

「いいよ、いいよ。その気持ちだけで十分だよ」。私は、そう返しましたが、とても懐かしい気持ちに襲われました。その瞳は、前任校の野球部員をはじめとする運動部の生徒の瞳と同じだったからです。

ウチの野球部員の中にも、高校時代に指導者から、そういった礼儀を教えられている部員がおります。「自分ががやります」「自分にさせてください」。そんな言葉の発せられる部員は、高校時代に素晴らしい指導を受けてきたのでしょう。

「礼儀正しい大学野球部」。活動目標の三つのうちの一つです。大学でも、しっかりと礼儀を教えていきたいと思います。

思い出に残る先生(中学校編①)

中学1年生のときの担任だったK先生は、ジェントルマン。授業は、三つ揃えのスーツで行います。メガネをかけていたこともあり、とても知的な雰囲気が漂う先生でした。

ある日、掃除の時間に友人のSくんと相撲をとっていたら、K先生に見つかり、私たちはぶん殴られました。普段は温厚な先生の激しい怒りに私たちは驚きました。

叱られたのではなく、怒られたのでした。叱るには感情は込められていませんが、怒るには感情が込められています。怒られたとき、私たちはなぜだか、とてもうれしかったのです。 そして、先生に親しみを感じました。

教育実習は、その中学校で行いました。指導教官は、あのとき私たちを怒ってくれたK先生でした。 

思い出に残る先生(小学校編)

小学3、4年生のときの担任だったU先生は、当時は20代半ばの元気な女性でした。先生のクラスになったとたん、私は元気な少年に変わりました。球技大会ではチームのキャプテンを、クラス対抗の野球大会では監督を務めることができました。

U先生はいつでも明るく、思っていることをズバズバ言う方でした。そんな裏表のない先生だからこそ、全幅の信頼を置くことができましたし、自分の長所がさまざまな場面で発揮できたのかもしれません。

私が悪戯をして、男子便所に逃げ込んだとしても、「そんなところに隠れてもムダよ!」と大声で追いかけられたり、ソフトボールのとき、球審を務めていたU先生に文句を言えば、「審判にケチをつけるヤツは出て行け!」と怒鳴られたりしました。

とにかく私たちに正面から体当たりをしてくれる先生だったのです。私たちはみんな、そんなU先生のことが大好きでした。
休日にはみんなで先生の家に遊びに行き、一緒に野球をしたり、紙飛行機をとばしたり、とても楽しかった記憶があります。

小学4年生の終わりに、私は転校することになりました。放課後、誰もいなくなった教室で、私はU先生にそのことを伝えました。「この小学校から、大きな星が消えちゃうんだね~」。先生は、私の目をじっと見つめながらそう言いました。そのとき、先生に2年間とても大切にされていたことが分かりました。

約10年前、『ハートカクテル』に関する小説がグランプリを受賞し、その小説と、小説を脚本とした「わたせせいぞう」の描くイラストが、まずは銀座の三越デパートで展示されることになりました。

後日、U先生から、私
の作品を見るために銀座へ
行ってきたという内容の手紙をいただきました。手紙には、夏休みの絵日記に記してくれたコメントと同じく、やさしい文字が並んでいました。

私の大好きだったU先生は、数年前に定年を迎えました。

快挙!

明治神宮野球大会(大学の部)で、神奈川リーグのT大学が全国優勝を成し遂げました。準決勝では東都リーグの覇者、決勝では東京六大学の覇者を破っての快挙です。

T大学のS監督とは、同い年で、出身地も同じです。私が鹿島学園高校で監督を務めていたときには、同じ地区の強豪私学で監督を務めており、練習試合や公式戦で、よく胸を借りていました。そんな縁もあり、毎年1月に新横浜にて行なわれる全日本大学監督会議では、懐かしく言葉を交わしていました。「日本一おめでとうございます」。

本学は下位リーグに所属しているため、野球で日本一になることはできませんが、選手たちが日本を支える人間となれるよう、がんばって指導していきたいと思います。

ならぬことはならぬものです

学生が、教室のコンセントを使って、ケータイを充電しているのをしばしば見かけます。私は、それは「電気窃盗」「盗電」といって悪いことなのだと教えます。学生たちは、皆きょとんとしています。悪いことだと知らないのです。以前、別の大学で、そのことを注意したら、口答えをしてきたので、大声でねじ伏せたことがあります。

学内ではその程度で済みますが、 社会ではこれは犯罪とみなされます。盗んだ電気代は、1円するかしないかでしょう。しかし、悪いことは悪いことなのです。良いこと悪いことは大小ではなく、白か黒かで、はからなくてはなりません。100万円盗むのも、1円盗むのも、どちらも悪いことには変わりがないのです。

若者の間には、小さな悪いことは別に構わないという空気が漂っています。信号無視、自転車の二人乗り、煙草のポイ捨てなどは、そのいい例でしょう。小さな悪いことは、いずれ大きな悪いことに発展していきます。ですから、学生たちが将来、路頭に迷わないように、信念をもって学生指導を続けていきたいと思います。

「ならぬことはならぬものです」。・・・会津藩『什の掟』より。
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金刃投手 杜の都へ

読売ジャイアンツの金刃憲人投手が、東北楽天ゴールデンイーグルスに移籍すると知り、驚いています。

金刃投手は、私が応援しているプロ野球選手です。
http://blog.livedoor.jp/morning_west/archives/51808168.html

今夏の仙台出張(体操インカレ)の夜、楽天の本拠地であるKスタ(日本製紙クリネックス・スタジアム宮城)で 試合を観ることができました。昭和の匂いと平成の香りが融合したとても味のあるスタジアムでした。

仙台は、とても素晴らしい街です。杜の都で、再び金刃投手の快投が見られることを期待しております。また、大阪・京セラドームで登板するときには、ぜひ応援に駆けつけたいと思います。
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心の教育

秋季練習が始まり、一週間が経ちました。

3度目の昇格を「目標」に練習に励んでいます。

しかし、活動の「目的」は、人間形成の追求です。

目標は達成されれば消え去りますが、目的は志として名を変えて大きくなります。

「勝利」は刹那的なものですが、「教え」は魂の中に永久に残るのです。

選手として、学生として、人間として、間違った言動があった場合には、また、高校生ができたことを大学生ができないときには、「全力で叱る」ということを続けていきたいと思います。
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クラスメイト

昨夜、所ジョージがMCを務める番組に、中学校のときのクラスメイトが映し出されていました。

彼女は、中学一年生のときのクラスメイトで、学級委員を務め、私のとなりの席に座っていました。

彼女の息子さんが、私の母校の野球部に所属している縁もあり、また彼女が、間近に迫っている同窓会の幹事を務めていることもあり、 運よく連絡をとることができました。そのときに、テレビに出演するということを教えていただいたのです。

中学校のときの彼女は、冗談の通じる、とても元気な女の子でした。 テレビに映し出された彼女は、中学校のときと同じく色白で、とても上品な感じがしました。

読書の秋

私は、金曜日は研修日なので、授業はありません。

とはいっても、放課後に練習があるので、いつものように出勤しております。

事務処理をしたり、来週の授業の準備をしたり、来月の野球部の予定を組んでみたり、やることはたくさんあるのです。

久しぶりに、大学の図書館を訪ねてみました。研究室から図書館までは、校舎を伝って徒歩1分。入り口で専用のカードを「ピッ」とやって中に入ります。

のんびりと本を眺めていると、研究室にある本と同じものが数多くありました。買わないで、借りればよかったと、後悔の念がわいてきました。

学生に「本を読んで心を豊かにしろ」という前に、私自身がもっと図書館に足を運ばなければいけないですね。

ただひたすらに

「ゆとり教育」という名の甘やかしが、子供たちの増長を招いたそうです。

そんな緩んだ空気の中で、教員が正義を全うしようと思えば、根性が必要となります。ダメだと嘆くのではなく、ただひたすらに教育を続けるという、粘り強さが求められるのです。

緩んだ空気が、怠惰な若者を増やしてしまいました。以前は、学問を授けることが大学の教員の主な仕事でした。ところが今は、教育が仕事の中心になりつつあります。

チャンピオンの精神力

体操競技の新竹選手が、またまた快挙を成し遂げました。

代々木第一体育館で行なわれた「第66回全日本体操競技種目別選手権大会」において、「平均台」で金メダルを獲得。全国ナンバーワンに輝いたのです。
http://www.hagoromo.ac.jp/hgnews/news_description.php?no=712

この本番にめっぽう強い精神力を、野球部も見習いたいものです。
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指で導く者

10日間の休みを終えて、練習を再開しました。

1、2 年生は来たる新人戦に向けて、3年生は来春の優勝と昇格を目指して、走り始めました。

今日、授業の中で「守・破・離」という言葉の説明をしました。

簡潔にいうと、

「守」は、師の教えを守り基礎を築く段階。
「破」は、自身で考え個性を創る段階。
「離」は、独自の道として発展させる段階。です。 

「守」は高校時代、「破」は大学時代、「離」は社会人時代に当てはまると、私は解釈しています。

そう考えると、選手に手を貸しすぎてはいけないのでしょう。自ら考える力が育たなくなるからです。

監督としては、方向性を示してあげることが、最も重要なのかもしれません。

20年後のために

映画『北のカナリアたち』が封切りとなりました。

私は、前売り券をすでに購入しており、封切初日(11/3)の初めの上映時間に観ることができました。

ストーリーについては触れませんが、教育には時間がかかるのだということを再認識させられました。20年経ってから真実を知ることだってあるのです。

私も、20年経ってから、大学時代の監督の叫んだ意味が分かるようになりました。それまでは、分かったふりをしていたのでしょう。艱難辛苦を経て、監督の言葉の重みを知ることができました。

教育の成果は、時間が経たなければ分かりません。指導をしないで嫌な気持ちになるならば、指導をして嫌な気持ちになるよう心がけています。すべては、20年後の学生のために。

大学祭(下)

大学祭の2日目です。
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今日は、人気お笑いタレントの「ジャルジャル」「くまだまさし」「サバンナ」が登場するということもあり、昨日よりも多くの観客が詰めかけていました。私もこの中にいます。中央よりやや右上、屋根の近く。紺のジャンバーに赤い名札の紐が分かるのが私です。【大学関係者撮影↓】
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実は、司会をしているのは、野球部2年生のKくんでした。
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野球部員が、野球のみならず、学校行事に熱心に取り組むことは、とても素晴らしいことです。
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野球部4年生Sくんも、何事にも熱心に取り組む学生です。
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日曜日ということもあり、昨日にも増して、模擬店も繁盛しておりました。息子も中学校の野球部の友達といっしょに大学祭を楽しんでいました。
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昨年の大学祭の様子はこちらをご覧ください。

大学祭(上)

今日から2日間は大学祭です。
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それでは、大学祭のレポートをいたします。
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校舎内では、ポスター発表などが行われています。
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食物栄養学科による「健康展」。
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 放送メディア映像学科による映像上映。
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ボイスドラマも聴きました。
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外では、模擬店がにぎやかに。
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食物栄養学科の学生による手づくりなので、安心して食べられます。
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特設ステージでは、有志による発表が。
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夕方からは、羽衣学園の講堂にて、俳優・桐山漣によるトークショーが行われました。
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明日は、13時から特設ステージにて、お笑いタレントのライブが行われます。入場無料ですので、みなさま(とくにアポロのちびっ子たち・お母様方)、遠慮なく大学に足を運んでくださいね。
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久しぶりの奈良

明日から始まる大学祭の準備のため、授業はすべて休講です。

午後から、奈良国立博物館で催されている「正倉院展」に行ってきました。
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自宅から博物館まで約50km。車で行くと1時間強。意外と近い距離にあることが分かりました。
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「奈良」に行くのは、中学3年生のときの修学旅行以来です。
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今でも鹿が、そこらじゅうにおりました。
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チョコエッグのおまけでは決してありません。
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帰り道、平城宮がすぐそこに見えました。
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ひと足お先に

大学から約3kmはなれた高師浜球場で練習を行うときには、球場まで、投手陣はランニングで、野手陣は大学の自転車を使って移動します。

これから3ヵ月は高師浜球場で練習を行うことはありません。2月に入るまでは、大学のグラウンドを使って練習を行うのです。よって自転車たちは、選手たちより、ひと足お先にオフシーズンに入りました。
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