2014年10月
本学からは、指名打者のヤマモトくんが、選ばれました。主将として、四番として、プレッシャーのかかる立場での受賞ですから、本当に価値があると思います。
http://www.sakai.zaq.ne.jp/duswd404/hagoromo-title.html
前キャプテンのハヤシノくんや、前・四番打者のナカタニくんが、あまりにも偉大だったため、重圧はとても大きかったはずです。しかし、素直に謙虚に野球に取り組む姿勢が、その重圧を見事に吹き飛ばしました。
高橋秀実『弱くても勝てます』には、投手はストライクゾーンに投球することがマナーであると記されています。そう考えると、プロ野球の投手のマナーは、とても優れているといえるでしょう。
テレビで、プロ野球中継を見ていると、ガムをクチャクチャとかんだり、つばを吐いたりするシーンが、あまりにも多く、嫌な気持ちにさせられます。今回のクライマックスシリーズでも、それらのシーンが数多く見られました。
ガムをかむと、歯を傷めないとか、リラックスできるとか、効能があることは良くわかるのですが、見ている方は、あまり気持ちのよいものではありません。高校野球でも、大学野球でも、社会人野球でも、ガムなんかかんでいたら、つばなんか吐いていたら、きっと厳重に注意を受けることでしょう。
水鉄砲みたいに、つばをシャーシャー飛ばしているシーンが、画面に映し出される度に、思わずチャンネルを替えたくなります。
プロ野球選手は、技術だけでなく、マナーの面でも、アマチュア選手の模範となっていただきたいものです。
まずは、総監督によるミーティングから。私は、会議のため、出席することができませんでしたので、「伝えたいこと」は、A4版2枚の資料にまとめて、主務に渡し、みんなの前で読んでもらうことにしました。
資料の表題は「学生主体のチームを目指して」。
11月中旬に新人戦。下旬には練習試合が控えているので、とりあえず、それらの試合に向けて、がんばりたいと思います。
次に思い浮かぶのが、1978(昭和53)年のヤクルト-阪急です。広岡達朗監督が指揮を執るヤクルトが、4年連続の日本一を目指す王者・阪急を倒し、初の日本一に輝いたシリーズです。3勝3敗で迎えた第7戦、ヤクルトの大杉勝男がレフトポール際に運んだホームランに対して、阪急の上田利治監督が、ファールではないかと1時間19分の抗議。テレビの前でスコアブックをつけていた中一の私は、トイレに行きたいのを我慢して、ずっとそのシーンを見守っていたことを覚えています。
そして、1981(昭和56)年の巨人-日本ハムです。最後の飛球を江川卓が自らつかみ、巨人がV9以来の日本一を決めたシリーズです。沢村賞とシリーズMVPを受賞した西本聖と、新人の原辰徳の活躍が光っていました。藤田元司監督が率いる巨人の日本一の瞬間を、高一だった私は、父と後楽園球場のスタンドから眺めていました。ちなみに、日本ハムの監督は、親分こと大沢啓二でした。
さらに、1983(昭和58)年の西武-巨人です。巨人の江川・西本の両エースが、盟主・西武に挑んだあの伝説のシリーズです。絶好調男・中畑清が躍動。ほとんどの試合が逆転に次ぐ逆転。第7戦を前に、勝負師の広岡監督でさえ、「こうなったら、もうどっちが勝ってもいいじゃないか」というほどの激闘でした。
最後に、1989(平成元)年の巨人-近鉄です。藤田巨人が、仰木彬監督が采配を振る近鉄に、3連敗から4連勝した大逆転のシリーズです。最終戦では、引退を決めた中畑清のホームランも飛び出しました。

当時の日本シリーズは、13時くらいから、デーゲームで行われていました。土・日曜に行われる第1,2,6,7戦は、観ることができるものの、平日に行われる第3,4,5戦は、容易に観ることができませんでした。小学生のときは、放課後、担任の先生に頼み込み、教室の白黒テレビで観られることもありましたが、そうでないときは、放課後ダッシュで家に帰り、かろうじて終盤を観ていました。
中学生のときは、放課後に先生から結果のみを伝えてもらうくらいで、高校生のときは、小型ラジオを使って、休み時間に途中経過を調べていました。当時の日本シリーズは、非日常感の味わえる大イベントであり、試合を観られることは、とてもとてもありがたいことだったのです。
現在の日本シリーズは、空調設備の充実したドーム球場で行われることが多いため、ナイトゲームとなりましたが、当時の夕陽が落ちていく中で迎える終盤の寒々とした風景は、とても趣深いものがありました。やはり、日本シリーズは、デーゲームがよいですね。
現在の日本シリーズは、必ずしもリーグのチャンピオンが戦うというシステムではなくなり、クライマックスシリーズを含めて興業的には成功しているようですが、イベントではなくセレモニーと化しているような気がしてなりません。従来のように、それぞれのリーグのチャンピオンが、太陽のもとで争う日本シリーズを、いつかまた観てみたいものです。

自主制作映画が、たくさん上映されていました。作品をつくった監督さんたちも来られており、上映される前に作品の紹介をされていました。
『1010-SENTOU-』という短編映画は、条件を提示されてから48時間以内に制作しなくてはならないという大会で、準グランプリに輝いた作品だそうですが、わかりやすくて、とても楽しめました。
『青に、春色。』という作品も、完成度が高く、安心して観ることができました。
拙著『高校野球という名の青春映画』の中にも記しましたが、「高校野球監督は、高校野球という名の青春映画を作る映画監督である」。私も、映画づくりには、大変興味があります。映画祭に来ていた監督さんたちが、少しうらやましく感じました。
落合博満『戦士の休息』は、興味深い本です。元プロ野球選手の書く映画論。落合さんも、映画が大好きなようです。本のタイトルは、角川映画『野生の証明』の主題歌である、町田義人の唄う「戦士の休息」をから、おそらく引用したのでしょう。

秋季リーグ戦を終えてからの「戦士の休息」の時間。ずっと前から観たいと思っていた、3時間の超大作映画『ニュー・シネマ・パラダイス』を、やっと観ることができました。
大学から、依頼されたのは、今週の水曜日。水曜日の野球部ゼミの時間に、三年生に頼みました。
突然のことであり、予定が入っているから「無理だ」と口にしてみたり、「困ったなあ」という態度をとったりすることも考えられたのですが、さすが三年生ともなると、心の状態を言動にあらわすようなことはありませんでした。
野球部のリーグ戦に駆けつけてくれる先生方のお手伝いということもあり、逆に協力的な態度で関わろうとしてくれました。アルバイトの時間を調整して、参加してくれた学生もいたようです。
今の三年生は、個性的で積極的な者たちが集まる四年生に比べると、大人しいのは否めません。しかし、見えないところでチームを支えるとか、泥をかぶるとか、四年生とは違う形で、静かにチームをまとめてくれています。
三年生のうち、常時試合に出ている者は、3名しかおりません。多くの者が、ベンチから後輩たちに声をからしています。その姿を見て、後輩たちは何かを感じとらなければならないでしょう。
バクーダの歌う『日本全国酒飲み音頭』の中に、「♪10月は運動会で酒が飲めるぞ♪」という歌詞があります。そうです、10月は運動会や体育祭の季節なのです。
ちょうど50年前の10月10日が、東京オリンピックの開会式の日。その翌年から、体育の日が定められたそうですが、運動会や体育祭が10月に行われることが多いのは、そういった影響からなのでしょう。
夕刻、10/26(日)に鴨公園にて開催される「高石市民体育大会」の打ち合わせがありました。当日、高石市スポーツ推進委員として、道具を準備する係にあたっているからです。
ちなみに、私は堺市に住んでいますし、大学も堺市にあるのですが、なぜ高石市の委員を務めているのかは、謎のままです。
映画のタイトルは『彼女にバレないように』。私は、てっきりテレビドラマ『昼顔』風の作品だとばかり思いましたが、内容は全く違いました。
ミャンマー映画を観て感じたのは、まず、俳優の演技がとても激しいことです。それから、テンポのよさ。日本の映画には、静の場面や美しい景色などの「間」がありますが、良い意味でも悪い意味でも、それがありませんでした。

この10日間のオフを有意義に使いたいと思います。とりあえず走り込みをして、体力を回復する。それから、映画をできるだけ多く観る。ちなみに、昨日は、吉永小百合が主演の『ふしぎな岬の物語』を観てきました。私は、邦画の人情もの・ヒューマンもの専門です。
ある学会で、ある研究者が発表した内容によると、普段の生活態度と一番つながっている野球技術は、守備なんだそうです。
「グラウンドに入るまでのことを疎かにすると、大事なところでエラーをするぞ」。われわれ指導者が、感覚的に正しいと思い選手に伝えてきたことが、実は理論的にも正しいことがわかりました。
授業の中では、「セルフイメージ」という言葉を使って、実力発揮度や勝負強さについて話をします。普段の生活の中で、心を鍛える。「気が技を導く」というのは、どうも本当のようですね。
「ゆとりがなければ、立派な教育ができない」といわれます。
高校に勤めていたときは、ゆとりがなかったことは事実です。
大学に移ってからは、野球部の練習はあるものの、ゆとりは生まれています。
リーグ戦が終わり、一昨日から野球部は10日間の休みに入りました(授業はあります)。昨日・今日と、部屋の片づけをしたり、ランニングをしたり、ドラマを観たり、のんびりと過ごしました。
ゆとりがあると、授業に対しても、野球に対しても、出力エネルギーが高くなるのを感じます。

初登板初先発で、ナイス・ピッチングを披露。

昨日は完投勝利を収め、今日は二番手としてマウンドに。今季は2勝を挙げる活躍(公式戦通算9勝)。

三年生投手が好投し、猛反撃を呼び込みます。

今季の締めくくりは、公式戦13勝を挙げるサブマリン。
http://www.sakai.zaq.ne.jp/duswd404/hagoromo-winningpitcher.html

得点は0-6。あわやコールド負けかと思われる展開から、全員野球で粘りを見せます。






うれしい公式戦初ヒット。

脅威の粘り腰。八回にスリーランが飛び出し、ついに2点差となりました。
http://www.sakai.zaq.ne.jp/duswd404/hagoromo-homerun.html



しかし、追撃もそこまで。最終戦は、4-6で敗れました。
試合後、秋まで一緒に戦ってくれた四年生マネージャーに、三年生キャプテンから感謝の花束が贈られました。

最後に、学生コーチとして、ベンチ入りした四年生から「ひと言」。


今季は、5勝5敗で4位という成績でした。
http://www.sakai.zaq.ne.jp/duswd404/hagoromo-game.html
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豊中ローズ球場にて、秋季リーグ第8戦が行われました。
第一試合の日は、私は5時過ぎに起きています。選手たちは、もっと早く起きていることでしょう。7時に羽衣を出発。9時5分プレイボール。
初めてベンチ入りした一年生が、代打で登場。高校時代は、練習試合でも打席に立ったことがなかったそうですが、大学野球の舞台で初打席初安打という躍進。逆転のきっかけをつくりました。
その後、再三のピンチは好守で切り抜けました。
タイムリーヒットかと思われた打球も、相手のスーパープレーに阻まれました。「打ちも打ったり、捕りも捕ったり」の素晴らしいゲーム。試合時間は、きびきびと1時間50分。
なんとか1点差で逃げ切りました。これで4勝4敗。残留が決まりました。
今日の練習の注意すべき点は、キャッチボールのときに、足を使って送球の正面に入り、胸の高さで両手で捕る。キャプテンの指示に対して、素早く大きな声で返事をして全力で走る。この2点です。基本的なプレーおよび行動の確認でした。当たり前のように思えることを徹底するのは、実はとても難しいことなのです。
優勝の可能性は、ほとんどなくなりましたが、最後の3試合を全力で戦いたいと思います。
台風が近づいていますが、午前中に何とか全体練習をすることができました。
土曜日を含めて授業のある日は、全員がそろって練習をスタートすることができませんので、全員が一斉に始められる日曜日は、貴重な日となります。
高校時代に実績のある技術の高い選手の集まりであれば、個々の能力の足し算でも、ある程度のチームはできあがるのですが、わがチームは個々の能力の掛け算で戦わなければなりません。
掛け算で戦うためには、基本練習の反復と、チームで決めた行動の徹底が必要です。それらは、大学生がつい軽んじてしまうことなのですが、指導者としては、そこを見逃すわけにはいきません。
映画『Shall we ダンス?』を久しぶりに観ました。
『Shall we ダンス?』は、現在公開されている『舞妓はレディ』の周防正行監督のヒット作品の一つです。周防監督のヒット作品として、他にも『シコふんじやった。』『それでもボクはやってない』『終の信託』などがあります。
ダンス大会に出場するために、一つひとつの動きを確認しながら、基本に忠実に丁寧に練習する。しかし、本番では心が感じるままに踊る。頭で考えていたら、とても間に合わない。そういうところは、野球にも共通する部分があるなと感じました。
しかし、それらは、映画の枝葉の部分で、幹となる部分は、ダンスを通して、登場人物が人間として成長し、人間関係が深まっていくところです。
映画が公開されたころ(1996年)は、私はまだ30歳。同い年でもある草刈民代が演じるダンス教師の立場で映画を観ておりましたが、今回は、気づくと、役所広司が演じる40歳を超えたサラリーマンの立場で観ておりました。
同じ作品でも、観るタイミングによって、違う作品のように思えるのは、これまた映画の面白いところかもしれませんね。
高校生ができたことを大学生ができないとき、「大学生なのに」という言葉を使います。
高校生ができないことを大学生がしなければならないとき、「大学生だから」という言葉を使います。
いずれも、大学生という立場を自覚させるために、意図して使う言葉です。
大学生は、高校生よりも、社会人に近い立場にいるのですから、「大学生なのに」と言われてはいけません。行動面でも技術面でも、高校生のときより退化してはならないのです。
生徒は教育を受ける人。学生は学業を修める人。受動的か能動的か。高校生と大学生では、立場がまったく違うのです。
世の中で一番ぶったるんでいるのが大学生。本当は、そうであってはいけないのですが。



























