和歌山県立向陽高校のグラウンドにて、和歌山大学と練習試合を行いました。
一年生は休養日。二、三年生21名で戦いました。
和歌山大学は、技術面や体力面だけでなく、精神面の鍛錬にも重きを置いている野球部です。1部リーグに所属しているにもかかわらず、「謙虚さ」「学生らしさ」が、プレーや行動から、ひしひしと伝わってきました。
試合の方は、低めに集められた速球をバットに当てるのが精一杯という感じで、完封負け。しかし、三年生投手1名と、二年生投手3名が、再三のピンチを凌ぎ、失点は1。今季の最後を飾るにふさわしい、きびきびとした緊張感のある試合ができました(1時間45時間)。
試合後、バッテリーが総監督の指導を受けました。「この冬に、もう一つレベルを上げよう」。
2014年11月
出張の夜。2年ぶりの再会でした。
http://blog.livedoor.jp/morning_west/archives/51860668.html

2005年度の卒業部員は14名ですが、東京などで就職している3名を除く11名が集まりました。

あっ、1名いません。「仕事で遅れました。すみません」。

控室には、私が高校時代に新郎へ贈った記念ボールが、すべて飾られていました。

披露宴前のリラックスした様子です。



開宴。新郎・新婦の入場です。

前任校の教え子のスピーチは、記念すべき10回目です。大学に移ってからは、原稿を見ずに話せるようになりました。
]恒例の全力エール。

新郎のお姉さんも、実は教え子です。彼女は陸上競技のトップアスリート。学業成績も優秀でした。

新郎は、消防士なのです。

敬礼。

敬礼。

敬礼。

こちらは、本物の消防士さんです。

結婚おめでとう。どうぞお幸せに。

祝辞(要旨)
下村くんは、高校時代、右アンダースローのエースピッチャーとして活躍しました。107試合に登板、660イニングを投げ、51勝を挙げ、防御率は2.40という記録を残しております。
ここで、下村くんが、どれほど素晴らしいピッチャーであったのかを証明するエピソードを、ご紹介します。
彼が高校一年生の秋、わがチームは、県大会で準優勝を収め、中国大会への出場を果たしました。
中国大会の対戦相手は、広島・広陵高校でした。現在、阪神タイガースで活躍する上本が三番を、同じく阪神タイガースで活躍している俊介が四番を打つ、強豪校です。
初回、二死走者なしの局面で、下村と上本の対決がありました。結果は、空振り三振。下村に軍配が上がりました。絶対に三振をしない上本が三振をしたということで、ベンチの慌てている様子を、今でもはっきりと覚えています。
彼が高校三年生の春、米子松蔭高校が創立50周年を迎えました。それを記念する招待試合が、米子市民球場で行われたのですが、対戦相手は当時・日本最強の智辯和歌山高校でした。
米子市民球場には、全校生徒1,000人を含めて、およそ2,000人が詰めかけました。試合前の両校の練習風景を観ていた観客からは、「試合になるのかよ」という笑い声が、私の耳にも届きました。ところが、エース下村は、智辯和歌山高校を相手に6-3で完投勝利を収めたのでした。勝った瞬間の2,000人の驚きの拍手は、今でも私の心の中に鳴り響いています。
残念ながら、甲子園にはたどりつきませんでしたが、高校野球を通じて経験した栄光と挫折は、彼の人生に大きな彩りを与えていることに違いありません。
高校時代に、細い右腕一本でチームを支えたように、今は消防士として、この細い体でたくさんの人々を救っていることでしょう。
私は米子松蔭高校の監督は退きましたが、これからも監督として、下村くんの今後の人生を見守っていきたいと思います。

メンタル・トレーニング実習の様子(以下キタムラ先生撮影)。

放課後には、希望する約80名の運動部員に対して、講義を行いました。

演題は『スポーツで良い学校をつくろう ~米子松蔭高校の生徒に伝えてきたこと~』です。

『前任校に授業で恩返しを』日本海新聞「散歩道」2013/11/21より
昨年に引き続き、米子松蔭高校の臨時講師として、「スポーツ概論」の授業をさせていただいた。皆が「お帰りなさい」と笑顔で迎えてくれた。米子松蔭高校は、13年間つとめた私の前任校である。
昨年、3年ぶりに教壇へ立たせていただいたときには、深い感動を覚えた。まさか再び、この教壇に立つとは思ってもいなかったからである。保健体育科主任の粋な計らいに感謝したい。
放課後には、昨年と同じく希望する運動部の生徒たちに、「スポーツ心理学」の講義を行った。いま大学で教えている講義のダイジェスト版である。
米子松蔭高校の生徒たちは、話を聞く態度が非常に優れている。鳥取県の高校生は、みな同じなのであろう。どこの高校を訪ねても、「精神の流れ」を強く感じる。
講義を終えると、それぞれの部のキャプテンが歩み寄り、お礼の言葉を述べてくれた。女子バレーボール部のキャプテンは、次の試合に向けての決意を、涙とともに伝えてくれた。女子ソフトボール部は、心で書いた自筆の手紙を贈ってくれた。
米子松蔭高校は、私の青春の場所でもあった。「大学と高校で連携を図り、恩返しをしたい」。4年前の退職する日の職員朝礼では、お礼の言葉が涙で消えてしまいそうになった。
「先生は、この学校は退職するけれど、ずっと仲間なんだから」。そう送り出してくれた教職員の方々の温かい気持ちを、いつまでも大切にしたい。授業や講義が古巣への恩返しになれば幸いである。
今年で3回目となる前任校での授業・講義の時期がやってきました。
http://blog.livedoor.jp/morning_west/archives/51860513.html
http://blog.livedoor.jp/morning_west/archives/51972123.html
前任校の教え子の結婚式の日も迫ってきました。教え子の結婚式に出席するのは、これで13回目。うれしいことです。前任校の教え子に限ると、ちょうど10回目となります。スピーチの準備も整いました。
どちらも全力で、心を込めて、がんばりたいと思います。
高校野球を指導していたときをご存じの方は、私が「任せる」ということについては、「事件」だと思う方が多いようです。
確かに、練習試合でさえも、コーチに指揮をとってもらったことはなく、練習のシートノックを人に頼んで見ているようなこともなかったからです。
しかし、大学では「任せる」ということをしています。仕事と練習が併行することがあり、物理的に無理だからです。
今回の新人戦は、前主務のキノくんに委ねました。惜しくも敗退しましたが、彼は、監督業は難しいという謙虚な感想を述べておりましたので、これからも成長していくことでしょう。
先日の研修会の中で、元オリンピック選手が興味深い話をしていました。「大学生は思った通りに動かない。したがって、大学生の指導については、いかに教えないか、いかに自分で解決させるかを考えている。一方、子供は言った通りに動く(動いてしまう)。したがって、子供たちの指導に対しては、言葉を大切にしている」。
大学生は「学問を修める」立場ですから、自ら考えて行動しなければなりません。先生や監督の指示を受けてから、やっと動くのでは困ります。指示を受ける前に動く必要があるのです。
自ら考えて行動することによって、自己効力感は高まるといいます。
立冬を過ぎて、暦の上では冬となりました。高校生を指導していたときには、冬のトレーニングは、全体で行うことが多く、ウエイト・トレーニングなどについても、メニューを与える場合がほとんどでした。大学生を指導するようになってからは、細かいメニューは与えていません。
かつて大学生であった私がそうしていたように、図書館でトレーニングについて調べ、自分に合ったメニューを創り出し、実践していくことが大切です。そういった繰り返しが、ユニフォームを脱いだときに必ず活きる場面がやってくるのだと思います。
今は他界されましたが、大学時代の体育学の先生が、私のトレーニングノート(高3の冬から今日まで続けています)を見て、「いずれ、それがアサニシの大きな財産になる」といった言葉は本当でした。
複数の内定をいただいている学生もおります。多い者で、なんと5社。
就職試験は、大学で4年間やってきたことを発表する場です。とくに面接が重要な位置を占めています。
毎日グラウンドで何度も礼をしてきた者と、そうでない者には、おのずと差がついてしまうのは当然のことでしょう。取り繕った礼儀正しさは、やはり見抜かれてしまうのです。
「野球が上手くなくても、勉強ができなくても、礼儀正しい者は信頼される」。
気をつけの姿勢で、挨拶のできる者は、自身の行動をコントロールできる精神力の強い者です。そういった者は、学年が上がるにつれて、次第に多くなります。一年生は、半数近くの者が、まだそれができていません。一方、四年生は、強制されなくとも、ほとんどの者ができています。
内定の数の多さは、四年生の礼儀正しさの賜物でしょう。
相手(観客)の出方によって、瞬時に反応していかなければなりません。
昨日の中川家をはじめとする芸人さんたちは、その瞬発力がとても優れているように感じました。おそらく台本はあるとは思うのですが、観客の反応を見ながら、コンビがあうんの呼吸で戦術を変えていく。そうでなければ、一戦で活躍していくことはできないのでしょう。
野球も同じです。相手の動きを見ながら、すぐに動けなければなりません。台本通りでは、もう手遅れなのです。
若いころ、著名な監督さんから、一球ごとに攻撃のサインを変える野球を教わりました。局面と相手の動きを照らし合わせて、サインを送る。そのときに教わった野球が、今の指導にとても役立っています。
大学祭2日目(最終日)です。
いつでもどこでも、私の近くに現れる前主将のハヤシノくんでした。
お笑いLIVEに人気者の中川家が出演することもあり、学内は小雨にもかかわらず、多くの人であふれ返っていました。あっ、キノくんの姿が。
3年連続で司会を務めるキノくんも、いよいよラストスパートです。本当にお疲れさまでした。
卒業2年目のスギタくんの懐かしい顔も見られました。
最後に中川家が現れると、会場の盛り上がりは最高潮に。テンポのよさといい、間の取り方といい、お客さんが安心して笑える中川家の漫才は、さすがでした。
最後に、ハヤシノくんとミツイくん(いずれも四年生、いずれもムキムキ)と記念撮影。「気をつけ~」。
今日の来場者は、約1,000人でした。
大学祭おわり。

ステージの司会は、二年生の頃から、ずっと野球部のキノくん(現在四年生)が務めています。今年は、キノくんの推薦により二年生のヨシノくんが、学友会の推薦により二年生のナカムラくんが、新たに加わりました。
一昨年の様子(上) 一昨年の様子(下)
ナカムラくんの高校時代の監督さんが大学に来られ、とても緊張しているナカムラくんでした。ちなみに服装は、ナカムラくんはサッカーの本田圭佑選手を、ヨシノくんはお笑い芸人をイメージしているそうです。


監督の指示により、来年度に入部を希望している二人の高校生が舞台に上がり、インタビューを受けました。

司会の合間に、野球部に関わりのある女子学生と記念撮影です。本学の学生の男女の数は、ほぼ同じです。

四年生の守備の名手・サコダくんも、模擬店で活躍していました。

学舎では、放送メディア映像学科の学生が制作する短編映画が上映されていました。映画マニアの私も厳しく優しい眼で鑑賞しました。

食物栄養学科の学生は、「健康展」にて、勉強の成果をポスター発表。

本学と提携している和歌山・湯浅町が主催する食堂の「しらす丼」をいただきました。

新鮮な湯浅町の名産「しらす」を使っています。たったの350円。

司会役の二年生も、昼休憩に「しらす丼」を頬張っていました。二日間とも終日、司会業務を行うそうです。

明日のステージには、中川家ら、お笑い芸人が多く出演します(14:00からです)。




















