張り切って応募したら、幸運にも当選しました。申し込みハガキの余白に記したアピール文が効いたのでしょうか?

甲子園に出場したとき、息子はまだ1歳であり、健康面を考えると、灼熱の甲子園に連れて行くことはできませんでした。
親子キャッチボールは、ユニフォーム着用が義務づけられています。息子は、思い出のいっぱい詰まった浜寺南中学校のユニフォームを、私は甲子園で実際に着用した米子商業高校のユニフォームをそれぞれ着ました。

胸にパープルで「BEISHO」と入った誇り高きユニフォームが、奇跡の甲子園復活を果たしたのです。ちなみに、米子商業高校は、甲子園に出場した翌春に校名が変更され、米子松蔭高校となりました。したがって、「BEISHO」の甲子園復活は、まさに「奇跡」なのです。

14年ぶりに甲子園の土を踏みました。あのとき連れて来られなかった息子を、14年遅れて甲子園に連れてくることができたのです。

グラウンド内の撮影は禁止されておりましたので、残念ながらキャッチボールの様子はありません。後日、ボランティアの方々が撮影した写真が届くことになっておりますので、映画『アゲイン:28年目の甲子園』の公開(1/17)に合わせて、また本ブログにて紹介させていただきます。

来年は、いよいよ記念すべき50歳となります。ユニフォームを着る生活は、まだまだ続きます。みなさま、今年も大変お世話になりました。良いお年をお迎えください。

この画像は、今夏の北海道遠征のとき、往路のフェリーにて写したもの。背後には、近づいてきた北海道【目的地】が見えています。


















































