2015年06月
今年度から始まった高校大学連携授業「高校生のためのスポーツ心理学」。
一学期の授業がすべて終わりました。
最後の時間に書いてもらったレポートを読んでみると、教えた「メンタルトレーニング」を競技場面で活かしていることがわかりました。うれしかったです。
女子ホッケー部、女子体操競技部・・・インターハイ出場おめでとう。
女子ソフトテニス部・・・近畿大会出場おめでとう。
女子ソフトボール部・・・大阪大会ベスト8 よくやった。
女子バスケットボール部・・・大阪大会ベスト16 がんばった。
男女水泳部・・・戦いは続く。
18名の高校生と再会するのは、3ヵ月後です。みんな引退して受験勉強を始めている頃です。色が白くなった彼らに、また違った側面から、スポーツを教えていきたいと思います。
水曜日は、一週間で最も忙しい日です。
10:40~12:10(90分)スポーツ心理学の授業。
13:00~14:30(90分)三年生のゼミ。
15:00~19:30(90分×3)野球の授業
7時間以上も立っています。
クニタケ君は、5年前に私が監督に就任したときの最高学年の選手。すでに26歳になったということでした。
http://blog.livedoor.jp/morning_west/archives/51807294.html
まずは、シャツをズボンの中に入れさせて、ネックレスを・・・。次回は、スーツを着てくるということでしたので、そのときに凛々しい姿をご紹介いたします(笑)。
息子が高校の練習を終えた帰り道、南海電車で、中学時代のチームメイトのM君と再会したそうです。M君は一年生ながら、背番号2番をつけて、夏の大会に出場するということでした。
先日、書店で気になるタイトルが目に飛び込んできました。
たまたま車の運転中にラジオを聴いていたら、その本のことが話題になっていました。私と同世代の俳優が、たいへん感銘を受けたそうです。
すぐに購入しました。タイトルよりも、サブタイトルに惹かれたのかもしれません。
年齢の十の位が増える誕生日というのは、いつもの年より、様々な思いが交錯するものです。
20歳のときは、戸惑っていたというのが正直な感想です。法律上は大人になるのですが、内面的には大人になっていないという複雑な心境。しかし、命は永遠に続くのだというような感覚で、人生を楽観的にとらえていたように思います。
30歳のときは、もう若者ではなくなるのだと、ひどく落ち込みました。当時、大学院生だったということもあり、若者でなくなるのにまだ学生の身分であるという焦りもありました。世間的に見れば、30代はまだまだ若いということには、後から気づくのでした(笑)。
40歳のときは、「生」について、真剣に考えました。平均寿命の半ばということで、フルマラソンに例えると21.0975kmの中間地点。折り返し地点から、これからはゴール(死)に向かって走るのだと覚悟したものです。早く次の目標を見つけなければと思ったのも、この歳でした。
さあ、あと4ヵ月で50歳。不思議と「戸惑い」も「焦り」も「覚悟」も、今のところ湧いていません。とても穏やかな気持ちで、そのときを迎えるような気がします。残り30年をどう生きるのか。本を読んでから、またじっくりと考えたいと思います。
我々は、ダイエットのために走っているのではなく、あくまで基礎体力向上のためです。冬のレースで上位に入るためです。
これで、浜寺公園ランニング通算460周となりました。今年中には、通算500周を達成できるかな。
高校生には、必ず指示を与え、それを徹底させることを心がけていました。
大学生には、指示した内容以上のことができるよう指導しています。高校生のように、手取り足取りではなく、なるべく手を貸さない。なるべく本人に考えさせる。
学生たちが成熟していけば、監督の仕事は少なくなるはずです。

「厳しかった」と彼らに言われたのです。勉強のできる真面目な生徒ばかりだったので、とても指導がしやすく、私には怒ったり、叱ったりした記憶が少ないのです。「そんなことないだろう、鹿島のときは」と返しても、「いいえ、厳しかったです」と言い張るのです。
32~43歳のときに監督を務めた米子商業・米子松蔭高校のときは、甲子園に行くために、あえて厳しく指導していたという自覚はあるのですが、鹿島ではそんな自覚はありませんでした。
怖いもの知らずの20代のときの指導は、主観的に見れば指導が甘いかなと思っていたとしても、客観的に見れば無茶な指導をしていたのかもしれません。

しかし、20年という長い歳月を経ても、笑顔で再会できるのは、お互いが自らをさらけ出して、正面から向き合い、苦楽を共にしてきたからだと考えています。教え子の中で、最も年の近い彼らとは、今後も大人の付き合いを続けていきたいと思います。

今回も、マネージャーが東京から駆けつけてくれました。監督49歳、選手37~39歳。

鹿島シニアの磯網監督とも、20年ぶりに再会を果たすことができました。鹿島シニアは全国優勝の実績もあり、磯網監督は全日本チームの監督を務められた名将です。
http://blogs.yahoo.co.jp/kashima_ls
息子さんたちは、東海大相模高校の選手として春に全国制覇、早稲田実業高校の選手として夏の甲子園に出場(ベスト8)しております。
http://www.cs-kashima.jp/sponavi/wp-content/uploads/2015/01/kashima_s.pdf#search='%E9%B9%BF%E5%B3%B6%E3%82%B7%E3%83%8B%E3%82%A2'
私が社会人硬式野球チームの全鹿島野球倶楽部(現在は全鹿嶋野球倶楽部)に所属していたときには、磯網監督がセカンド、私がショートとして、ニ遊間コンビを組んだこともありました。公式戦で、ダブルプレーをとったことを、今でも鮮明に覚えています。

今は、米子にて、トレーニングジムを経営しています。

ホームページは、コチラから。
http://www.ultimate-body-design.jp/
選手のときと変わらず、礼儀正しいままでした。案内していただいた竹本コーチと。

スタッフの方と一緒に。
明日から、山陰地区に出張(学生募集)です。
昨年に続いて、前任校の大学説明会にも呼んでいただいたので、旧友と再会できるのも楽しみです。
来週には、関東地区に出張です。20代のころ監督をしていた鹿島学園高校を約20年ぶりに訪れてきます。当時、一緒に野球部の顧問を務めていた方が、この春に校長となったのです。全日本大学野球選手権大会も観戦してきたいと思います。
昨日、鹿島学園高校で副将をつとめていたS君と電話で話し、彼が店長を務めるお店で会う約束をしました。主将を務めていたK君ともメールで会話をしました。久しぶりに教え子たちと会えるのも楽しみです。
彼らも今年で40歳か。
http://www.sakai.zaq.ne.jp/duswd404/kashimagakuen-ob.html
ブログは2日間お休みします。
旅行業者の方と、今夏に実施する北海道遠征の打ち合わせを行いました。部長としての仕事です。
顧問とマネージャーを入れて、総勢46名。本学では4回目となる北海道遠征ですが、史上最多の人数となりました。
いつもどおり、6泊7日。灼熱の大阪から離れ、涼しい北海道で、めいいっぱい野球をしてきます。
映画の舞台は、昭和の終わり。昭和に青春を送った、バブル時代を楽しんだ、我々の年代が観るべき映画だったのです。挿入歌は、C-C-Bの『Lucky Chance をもう一度』など。
大学二年生のとき(昭和60年)の大学祭のゲストが、C-C-Bでした。「ザ・ベストテン」「ザ・トップテン」で、いずれも一位となっている絶頂の瞬間に、C-C-Bはやってきたのです。『Lucky Chance をもう一度』をはじめ、懐かしの挿入歌を聴いているだけで、青春時代がよみがえってきました。
ストーリーも楽しめたのですが、スクリーンに「昭和」が映っていることで、また「バブル」の面影を感じることで、忘れていた恥ずかしい感情が甦ってくるのも、またそれはそれで楽しめたのです。
「あなたは必ず(きっと)2回観る」というキャッチコピーのとおり、もう一度観てみたいと思う映画でした。






































