朝西知徳のブログ

朝西野球をずっと応援してくれる方々に向けて、「日々の出来事」「思い出ばなし」「今の気持ち」などを綴っています(SINCE 2011/02/05)。

2016年06月

朝西知徳のホームページ⇒ http://asanishi.sensyuuraku.com/
飲水思源⇒ https://www.asahi.com/articles/ASP7H53CXP6XPTIL013.html
高校野球を通じた人間教育⇒ https://www.youtube.com/watch?v=gujEaqBPZyg

原点にもどって

昨春に卒業したサカモト君とヤマモト君が、大学を訪れました。

それぞれが就職先で、力を発揮しているようでした。

なぜか大学のグラウンドにて、汗を流したようで、「近くの公園で動けばいいだろ」という私の言葉に対して、「大学のグラウンドだから、いいんです」。

忘れてしまいました。彼らの今の姿を写すことを。

澄んだ瞳

各学年の野球部ゼミの時間、春季リーグ戦についての総括(発表)を一人ひとり行いました。

下級生の教室では、入替戦の最終戦について触れる学生が多く、最終回の大逆転劇は、チームの「あきらめない姿勢」がもたらしたと皆が述べていました。下級生にとっては、よほど衝撃的な試合だったのでしょう。

とくに、一塁コーチャーを務めていた四年生の控え選手の大きな声が、その雰囲気をつくり出していたと複数の学生が称えていました。四年生のその選手は、ずっと一塁コーチャーとして、ずっと大きな声で、ずっとチームを支えてきました。

「良いところを見ているな」と、私は彼らの澄んだ瞳に感心しました。CIMG8748

ピッチャーになる

息子の17歳の誕生日でした。
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子供のころ憧れていた・・・
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http://blog.livedoor.jp/morning_west/archives/51807416.html

「ピッチャー」に、やっとなることができました。
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硯(すずり)にむかひて

本日の日本海新聞・読者のひろば「散歩道」に、私の随筆が掲載されているようです。

前任校のS先生が、メールにて知らせてくれました。いつもありがとうございます。

画像をクリックすると拡大されます。
20160627日本海新聞②

「1997年夏の準々決勝」は、「1999年夏の準々決勝」の誤りです。編集の段階で、漢数字を算用数字に変換するときに間違いが起きたのでしょう。提出した原稿は、「一九九九年夏の準々決勝」となっていましたから。

読者のひろばに随筆・評論が掲載されるのは、23回目となりました。

奇しくも

「奇(く)しくも」・・・偶然にも。不思議にも。

大阪府立農芸高校の夏の初戦の相手は、奇しくも息子の所属するK高校となりました。

今日は、奇しくも農芸高校とK高校の練習試合が組まれておりました。初戦で激突することもあり、K高校のメンバーはBチームです。

Bチームにいる息子(二年生)が、奇しくもマウンドに上がりました。
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ひたむきな一日

今年も、大阪府立農芸高校と合同練習および練習試合をさせていただきました。
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本学野球部には、農芸高校出身の選手が2名おります。
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「大学生は、高校生のお手本となれ」。
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高校生と大学生でペアを組んでキャッチボールをしました。
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一ヵ月ぶりのユニフォーム姿です。下級生チームの練習試合に限り、指揮を執らせていただきます。背番号は90に変わりました。
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「今日は高校野球選手となって全力プレーをせよ」。
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内野手がマウンドに集まる。大学野球では見られないシーンです。
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ナイスゲームでした。
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試合後は、高校生と一緒にシートノックをしました。
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ノックバットを握るのも、入替戦以来、一ヵ月ぶりのことです。
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農芸高校のみなさま、ありがとうございました。
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農芸高校の夏の大会での躍進を祈ります。
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力をふりしぼって

四年生のゼミの時間、それぞれが大学野球生活の総括を行いました。

入替戦の最終戦。3点差を逆転して、逆に3点をリードした最後の守り。四年生エースの投じたある一球は、地面すれすれを這い、「ピシッ」とキャッチャーミットに収まりました。「速い」。私は思わず声をあげました。

投げた本人も「まだこんなボールを投げる力が残っていたのか」と驚いたそうです。「野球は、やはり気持ちが大切だと分かった」と、総括する中で、そう述べていました。

彼らが一年生のとき、「スポーツ心理学」の授業で、心理的限界と生理的限界について説明したことがあります。あの一球は、心理的限界を超えて、生理的限界に近づいた瞬間だったのかもしれません。
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熱闘のあと

遅くなりましたが、「優勝」「昇格」の記事を、「羽衣TODAY」にて公開しました。
http://www.hagoromo.ac.jp/hgtoday/news_description_today.php?no=1410

優勝! 歓喜の瞬間。
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うれしい受賞

春季リーグ戦のベストナインが決まりました。

本学からは、2名の選手が選ばれました。本学としては久しぶりの受賞です。優勝チームから2名は、少ないようにも感じられますが、本学が個人ではなく、組織で戦っていることの証でもあります。

いずれの選手も、運動能力が高く、しかしその能力を持て余していましたが、グラウンドの外から野球を見た経験が、精神面での成長につながったのでしょう。今季は、随所で勝負強さが光りました。
http://www.sakai.zaq.ne.jp/duswd404/hagoromo-title.html

ブルースは12小節で終わる

春季リーグ戦の「優勝」「昇格」を花道に、監督を退任しました。連盟には、本日6/21付で「届け」を提出しておりましたので、皆さまへの報告を今日としたのは、そのためです。

2010年4月1日、本学へ赴任と同時に部長に就任。同年6月21日(ちょうど6年前の今日です)に監督を兼任することとなりました。それから、部長・監督と二足のわらじを履いて、12シーズン(6年間)を過ごしてきました。

「ブルースは12小節で終わる」。

教員としての業務との兼ね合いが次第に難しくなってきたため、伊丹コーチに監督に就任してもらうタイミングを一年くらい前からはかっていました。伊丹コーチに発言を多くしていただいたのも、そういう理由です。

チームが良い状態で、後継者に道を譲ることができて、まずはひと安心です。私は引き続き、部長という立場で、できるだけ練習には出ることにします。選手が練習に集中できるよう、まずは環境整備から。指導者として、初心に返り、草むしりから始めています。

立場と役割を明確にするため、ユニフォームで練習に出ることはありません。ユニフォームを着るとしたら、練習試合で下級生チームの指揮をとるときや、特別なイベントのときだけです(背番号は90です)。

伊丹新監督は、素晴らしい指導者です。前任校のようにチームが崩れることは絶対にありえません。ますます良いチームになっていくことを確信しています。

今後とも、本学野球部をよろしくお願いいたします。

全員集合!

ゼミの時間、四年生14名すべてが集まりました。就職活動が始まっているので、四年生が全員が揃うことは難しいのです。

引退はしても、卒業式までは野球部員。決められた服装で授業に臨みます。

4年間の大学野球生活の総括を、それぞれが皆の前で行いました。
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マスタニ君、フクシマ君、ナカムラ君の順番で、教育実習の報告も行いました。
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冥利

オーブンキャンパスが開催されました。

私は「高校生のためのスポーツ心理学」という演題で、30分間の模擬授業を行いました。
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懐かしい来訪者がありました。28歳になる前任校の教え子です(野球部員ではありません)。

彼は、海上自衛隊員。きのう神戸に寄港し、明日まで自由時間が与えられたので、わざわざ神戸から会いに来てくれたそうです。

「イクタです」「おー元気か。何で前もって連絡しないんだ」「昔のように毎にち学校にいると思ったからです」「今日は野球部の練習は休みで、たまたま仕事でいたんだぞ」「すみません」。

「今日はどうした?」「何となく、道徳を教えてくれた先生に会いたくて」。訊くと、毎日の仕事が大変なようでした。

彼がかぶっている帽子は、私へのプレゼントだそうです。
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夏の汗

暑い日でした。

少しずつ本格的な夏が近づいているのを、自らの汗のにおいでわかります。夏の汗です。

4時間弱たっぷり陽に当たったあと、午後から、明日のオープンキャンパスで行う講義の準備を行いました。

六月の旭川

六月の旭川の空気を吸うのは、学生のとき以来でした。
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とても空が青く高く感じました。
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日本初の買物公園(歩行者天国)。よくこの通りを歩いたなあ。
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30年近く経った今でも、脳が覚えていたようです。
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暑い日差しの中のひんやりとした爽やかな空気を。
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ふと学生時代の出来事を思い出します。
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旭川駅は、あれから2度も改修されましたが、周囲の自然と爽やかな空気は健在でした。
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大事な試合

今年も大阪府立農芸高校と、夏の大会前に合同練習および練習試合を行います。

農芸高校の監督を務めているのは、本学のコーチであった片山さんです。黎明期に、総監督(当時は監督)を支え、本学野球部の基礎を築いた功労者です。

今日の一年生と二年生の野球部ゼミの時間に、「高校野球選手に戻って真剣に戦おう」と、それぞれ伝えました。

草抜きから始めよう

長い会議を終えてから、久しぶりに大学のグラウンドへ。

前より一歩引いて練習を見ているせいか、選手の良いところばかりが目につきました。

「指導者として一からやり直すつもりで、草むしりから始めたい」。

まずは、グラウンド内に生えている雑草を抜いて、選手たちが集中して練習に取り組めるようにしたいと思います。

懐かしい時間

大学野球部のOB会の様子です。
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本田監督の教え子のテーブルです。
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この中に新監督がいます。
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同級生(一人)と後輩たちと一緒に。約30年ぶりに会った後輩もいました。
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先輩のこと

母校である大学野球部のOB会が開かれました。
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OB会長の門さんは、四学年上の先輩です。一緒にプレーしたことはありませんが、私が大学一年生のときに助監督を務められており、一緒に本田監督をサポートしていたため、とても近い関係でした。

私が大学四年生のとき、豊頃町に住む門さんより、「豊頃町サーモンマラソン大会」への出場を促され、門さんの実家に泊めていただき、初フルマラソンを完走したことも、とても良い思い出です。もしかすると、その後、私がマラソンに夢中になっていったのは、門さんのせいかもしれません(笑)。

大学を卒業してからも、門さんが関東へ出張の際には、当時、神奈川や茨城に住んでいた私のもとを尋ねてくださるなど、親しい関係は続きました。お互いが20代のころ、新宿で危ない目に遭ったことも、今となっては笑い話です。

29歳のとき、8年ぶりに「豊頃町サーモンマラソン大会」を完走しましたが、そのときも大変お世話になりました。現在、伝説の「豊頃町サーモンマラソン大会」は、開催されていないようです。残念。

今でも、たまに帯広の銘菓である六花亭の「マルセイバターサンド」を送ってくださります(また送ってくださいと催促しているわけでは決してありません)。

今後とも、ご指導よろしくお願いいたします。
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後輩のこと(下)

母校の新監督となった後輩の彼は、大学時代、同じポジションを守る私には、とても気をつかってくれました。

「アサニシさんの次にノックを受けさせてください」「試合前は、お前が先頭で受けろよ」。私は試合に出ている彼には、精いっぱいの大声を伝えましたし、私が代打として打席に立つときには、彼の大きな声援が、私の耳に届きました。

そんな先輩と後輩の温かいやりとりが、約30年経った今でも続いているのです。OB会で彼に再会できることを楽しみにしています。

後輩のこと(上)

母校である大学野球部のOB会が開かれることになったのは、私の後輩が監督を務めることになったからです。新監督である彼は、私の二学年下にあたります。

私のポジションであるサードの正選手であった二学年上の先輩が卒業し、三年生の春からは自分ががんばらなければいけないと思っていたところに、甲子園で四番を打ち、サードを守っていた彼が入学してきたのです。彼は奇しくも、卒業した先輩と同じ高校の出身でした。

彼は、入学してすぐに四番を打ち、春のリーグ戦では一年生ながら3本のホームランを放ちました。彼はその後、主将となり、大学野球を終えたあとはノンプロで活躍し、最近ではシニアリーグの監督として全国大会にも出場しています。

そんな彼が母校の監督となり、すぐに電話で就任の挨拶を私に伝えてくれたのです。「アサニシさん、またいろいろと教えてください」。

母のこと

母が病に倒れたのは、一年以上も前のことです。35年ほど経営していた飲食店も、残念ながら閉めることになりました。

私が中学二年生のとき(1979年)、看護婦(今でいう看護師ですね)をしていた母が、とつぜん飲食店を始めたのです。北海道の大学へ進む私のために開いてくれた、クラスメイトやクラブの仲間による送別会も、中学校の同窓会の二次会も、この店で行いました。私にとっては、とても思い出ぶかい場所でした。

店をたたむとき、私はメニューの書かれたホワイトボード(母の自筆です)と、開店当時に使われていた黒電話を記念にもらいました。

母は現在、弟が北海道で経営するリハビリ施設の近くに住んでいます。今回、北海道で開かれる大学野球部のOB会の日程に合わせて、明日7ヵ月ぶりに母に会いに行きます。

躍進を励みに

明治神宮野球場および東京ドームにて開かれている全日本大学野球選手権大会において、本学が所属する近畿学生野球連盟の代表校・奈良学園大学が、ベスト4へ進出しました。

Ⅰ部リーグだけでなく、Ⅱ部リーグやⅢ部リーグ上位のレベルが、近年アップしていると感じてはおりましたが、均質が高いだけでなく、本連盟の代表校が全国トップレベルであることを知り、とても誇らしく思います。

総監督の「テレビでやっていた大学野球とウチの野球は、そんなに変わらんよ」という昨夜のミーティングの言葉は、本当でしょう。奈良学園大学の躍進を励みに、本学も秋の躍進を目指します。

ナカムラ先生(下)

ナカムラ先生の授業参観です。

「今日は、ゼミの先生で、野球部の監督さんが、後ろにおられるので、緊張しています」「こんにちは~、じっくり見させてもらいま~す」。少し笑いが起きました。

私だけでなく、高校野球部の監督さんも授業をご覧になっていたので、緊張のため早口になってしまったのでしょう。授業時間が余ってしまい、「みなさん、ワークブックを出して、まとめをしてください」と、時間調整をしておりました。
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ナカムラ先生(上)

昨夕、ナカムラ先生が教育実習を行っている若狭高校へ着きました。
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今回は、部活動と授業の2回に分けて、その活躍をお知らせします。まずは部活動から。

ナカムラ君の母校でもある実習先は、甲子園出場10回を誇る進学校です。
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本学野球部には、合わせて3名の若狭高校出身者が在籍しています。
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一日一日を大切にしている様子がうかがえます。選手の意気込みが、毎にち記されています。
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一球一球をを大切にしている様子が伝わってきます。
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いよいよナカムラ先生のノック。いきなり空振りをしたことを私は見逃しませんでした(笑)。
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明日は、授業の様子をお伝えします。

新チーム始動

新チームがスタートしました。

練習前に、主将、副将2名、主務、副務、学年責任者など、学生スタッフの任命を行いました。
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10日間のオフ(個人練習期間)に、それぞれが体力維持に努めており、よってスムーズに全体練習に入ることができました。
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授業を終えてから、福井・若狭高校へと向かいます。明日は、我らがエース・ナカムラ先生の授業を見守ります。

やはり原点

前任校で開かれた進学説明会に参加しました。

前日には、職員室へご挨拶。部活動の練習を見学したあと、夜には、先生方と食事をしました。時間が、あっとい間に過ぎ去りました。
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進学説明会を終えると、米子市民球場にて中国地区高校野球大会を観戦しました。ライバルであった尊敬すべき先生方と再会。身が引き締まりました。
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宿泊場所は、いつものことですが、13年間住んでいた皆生温泉。
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昔そうしていたように、早朝には7kmのランニング。とても、とても爽快でした。
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原点に立つと、進むべき道が、明確に見えました。

いよいよ里帰り

明日おこなわれる前任校の「進学説明会」に、今年も呼んでいただけることになりました。

今から米子へ向かい、昼過ぎに前任校へ挨拶。そして、夜は先生方と懇親会です。

7ヵ月ぶりに皆生海岸を走れるのも楽しみです。

明日のブログは、お休みいたします。

倒れても倒れても

高松に泊まった夜、何気なく『世にも奇妙な物語』を観ていたら、心に突き刺さる台詞がありました。

18世紀の英国作家であるオリバー・ゴールドスミスの名言です。

「われわれの最大の名誉は、倒れないことではない。倒れても倒れても、立ち上がることである」。

まさに、3度も降格しながら、4度目の昇格を果たしたHAGOROMOに、ぴったりの言葉ではないでしょうか。
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フクシマ先生

フクシマ君の授業を観に行きました。

失礼しました。フクシマ先生の授業を拝見させていただきました(笑)。

私の顔を見て、少し安心したそうです。と同時に間違ったことは言えないとプレッシャーも感じたそうです。

数多く授業をこなしているためか、ずっと学年責任者を務めていたせいか、大きな声でしっかりと話しており、とても先生らしかったです。
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