それぞれが就職先で、力を発揮しているようでした。
なぜか大学のグラウンドにて、汗を流したようで、「近くの公園で動けばいいだろ」という私の言葉に対して、「大学のグラウンドだから、いいんです」。
忘れてしまいました。彼らの今の姿を写すことを。
朝西野球をずっと応援してくれる方々に向けて、「日々の出来事」「思い出ばなし」「今の気持ち」などを綴っています(SINCE 2011/02/05)。
息子の17歳の誕生日でした。
子供のころ憧れていた・・・


http://blog.livedoor.jp/morning_west/archives/51807416.html
「ピッチャー」に、やっとなることができました。











四年生のゼミの時間、それぞれが大学野球生活の総括を行いました。
入替戦の最終戦。3点差を逆転して、逆に3点をリードした最後の守り。四年生エースの投じたある一球は、地面すれすれを這い、「ピシッ」とキャッチャーミットに収まりました。「速い」。私は思わず声をあげました。
投げた本人も「まだこんなボールを投げる力が残っていたのか」と驚いたそうです。「野球は、やはり気持ちが大切だと分かった」と、総括する中で、そう述べていました。
彼らが一年生のとき、「スポーツ心理学」の授業で、心理的限界と生理的限界について説明したことがあります。あの一球は、心理的限界を超えて、生理的限界に近づいた瞬間だったのかもしれません。


母が病に倒れたのは、一年以上も前のことです。35年ほど経営していた飲食店も、残念ながら閉めることになりました。
私が中学二年生のとき(1979年)、看護婦(今でいう看護師ですね)をしていた母が、とつぜん飲食店を始めたのです。北海道の大学へ進む私のために開いてくれた、クラスメイトやクラブの仲間による送別会も、中学校の同窓会の二次会も、この店で行いました。私にとっては、とても思い出ぶかい場所でした。
店をたたむとき、私はメニューの書かれたホワイトボード(母の自筆です)と、開店当時に使われていた黒電話を記念にもらいました。
母は現在、弟が北海道で経営するリハビリ施設の近くに住んでいます。今回、北海道で開かれる大学野球部のOB会の日程に合わせて、明日7ヵ月ぶりに母に会いに行きます。