朝西知徳のブログ

朝西野球をずっと応援してくれる方々に向けて、「日々の出来事」「思い出ばなし」「今の気持ち」などを綴っています(SINCE 2011/02/05)。

2016年11月

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高校野球を通じた人間教育⇒ https://www.youtube.com/watch?v=gujEaqBPZyg

けじめとして

今年最後の高師浜球場での全体練習。

堺は、まだ暖かいので、三年生を中心に、シートバッティングを行いました。

練習後は、グラウンドの入念な整備と、トイレ掃除を実施しました。

今年の全体練習は、明後日に打ち上げとなります。
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素晴らしい写真

素晴らしい写真をいただきました。

新人戦の初戦、試合前のミーティングの様子です。

選手たちの真剣な表情もいいですね。
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最後は根性で

「高校生のためのスポーツ心理学」全15回すべて終わりました。

最終回の今日は、中庭にて記念撮影をしたあと、「今日のVTR」のコーナーで『巨人の星(最終回)』を観てから、「楽しい心理テスト(6回目)」、10分間の休憩。

最後に、まとめのテスト、授業アンケートを行いました。アンケートを読むと、予想に反して、根性を学ぶために観た『巨人の星』の評価が高く、今どきの高校生も「見込みがあるな」と感じました。
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手に汗を握る

今年の大相撲は、ずっと苦汁を飲まされていた横綱の優勝で締めくくられました。

「手に汗を握る相撲が減っているな」というのが、個人的な感想です。相撲の時間が、あまりにも短かすぎます。立ち合い直後に、片方の力士が土俵に転がっている相撲を多く見かけました。横綱同士の取り組みでも、手に汗を握る前に、あっけなく終わってしまう相撲がありました。

子供の頃にワクワクして見た相撲とは、明らかにその質が変化しているのを感じています。「輪島-貴ノ花」の壮絶なつり合い。「輪島-北の湖」の水入りの大相撲。そういった手に汗を握る相撲は、明らかに減っています。

最近、あの頃の相撲を特集した雑誌が発行されました。昭和51(1976)年から52(1977)年にかけて、千秋楽の結びの一番で、毎場所のように優勝を賭けて戦っていた輪湖のくっきりとした足跡が、懐かしく掲載されていました。
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楽しんでいこうぜ!

今年の全体練習も、残りわずかとなりました。

先日の高師浜球場における練習の風景です。

芝が短く刈られており、またフェンスの一部が修繕されておりました。CIMG2677

以前より綺麗になった球場で、集中して練習を行うことができました。
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外野のフェンスにも横断幕が掲げられていました。
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進むべき道

担当する新人戦も終わったので、練習中は環境整備にシフトします。

先日おとずれた卒業生のキノ君が教えてくれた「草むしりのときに、いろいろなことを考えた」という話は、とても興味深いものでした。

今日は、午前中に3時間かけて、グラウンドの奥を中心に草むしりを行いました。見えてきました。見えてきました。大学教員としての、野球指導者としての、進むべき道が。

おそらく、今まで誰も通ったことのない道だと、私は思っています。新たな目標に向かって、しっかりと準備を進めていきたいと思います。
http://blog.livedoor.jp/morning_west/archives/51808186.html
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勝利の記念に

先日おこなわれた新人戦の写真を、野球界の先輩からいただきました。

さっそく研究室に飾っております。

ありがとうございました。
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懐かしい痛み

新人戦の準々決勝が行われました。
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八回まで、無安打無得点に抑えられていたものの、一方的な試合展開とはなりませんでした。

二年生投手のモリカワ君が、毎回のように得点圏に走者を進められるものの、相手にも得点を与えなかったからです。
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九回表、先頭打者の一年生サンドウ君が、セーフティー・バントを決め、チーム初ヒットを記録。二年生コニシ君の犠打、ワイルド・ピッチにより、局面は、一死三塁と広がり、二年生オチアイ君がスクイズを成功させ、先制点を挙げました。

しかし、好投を続けていたモリカワ君も最後につかまってしまい、残念ながら1-2で惜敗しました。

本学が放ったヒットは、たったの1本。一方、相手校は9本(うち長打5本)。内容的には、完敗でした。それでも、最終回まで接戦に持ち込めたのは、HAGOROMOの持ち味である粘りの野球ができたからでしょう。

「悔しいなあ」。私は、懐かしい痛みを感じました。
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がんばりましょう

新人戦が行われています。

勝ち残っている8校の内訳は、Ⅰ部が2校、Ⅱ部がなんと4校、Ⅲ部も健闘して2校です。

どの大学も、リーグ戦に出場していない一、二年生を中心にメンバーを組んでいるので、下位リーグの大学が上位リーグの大学に勝つ場面も生まれてくるのかもしれません。

明日は準々決勝。みんなで力を合わせて戦います。
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いよいよ大詰め

月曜日の午後に行っている高校大学連携授業「高校生のためのスポーツ心理学」も、いよいよ大詰めを迎えました。

今日は、全15回のうちの14回目。今年度の受講者は30名の大人数です(昨年度は18名)。

授業の初めに記念撮影を行いましたが、2名が欠席していたため、来週もういちど撮ることになりました。
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ひとり大学にて

5年ぶりに一般公開講座の講師を務めることになりました。

8人の教員がリレー方式で、一回ずつ講義を行います。

いつもは、大学生や高校生に向けて話すことがほとんどですが、一般公開講座は、社会人の方が対象です。なんと受講者は約70名。そして、一回の講義は、約2時間。中途半端な気持ちでできるはずがありません。

きょうは休養日ですが、午後から、12/3(土)に担当する講座の準備に力を注ぎました。
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先輩のレコード

高校のとき、一学年上のH先輩から4枚のLPレコードを預かりました。

タイトルは、『帰去来』『私花集』『印象派』『うつろひ』。すべて、さだまさしのアルバムです。

H先輩には高校時代、朝練習などで鍛えていただきました。休みの日には、新宿や渋谷に連れて行っていただき、映画やハンバーガーなどを、よくおごってもらいました。

ある日、H先輩が「さだまさし、聴いてみろよ。そのまま預かっておいていいから」と、私にレコードを渡してきました。私は、先輩の言いつけどおり、ずっとアルバムを預かっています。

H先輩は、部活動を引退してからは、私の母の店でアルバイトをしていました。数年前、H先輩と連絡を取ることができ、思い出の母の店で再会を果たすことができました。
http://blog.livedoor.jp/morning_west/archives/51870761.html

「さだまさしのレコードをずっと預かっているんですけれど」「そうだったっけ。忘れちゃった。アサニシにやるよ」ということで、さだまさしの4枚のLPレコードは、正式に私のものとなりました。

久しぶりに、H先輩からいただいたレコードを聴いてみました。「キラキラしていたな俺たち。一生懸命だったな」。『うつろひ』に収められている「昔物語」の中の歌詞でした。
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ZMAPの誇り

今年度は、教職員の親睦会の幹事です。

忘年会をひらくホテルの宴会担当の方と、打ち合わせを行いました。

新任の教職員が、宴会芸を披露する習わしがありますが、今年度はたったの2人。時間が余ってしまいます。

幹事が自ら、その穴を埋めることにします(写真はイメージです)。

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ちょうど20年前の

大学院のときの指導教官の先生が、次の春に定年を迎えます。その退職をお祝いして、来春に東京にてパーティーが開かれることになりました。もちろん、私は出席いたします。

記念誌もつくるそうです。私もお祝い(お礼)の文章をつくりました。文章が掲載されるページに、当時の写真も載るそうです。アルバムから、次の写真を選びました。

大学院の修了式を終えて、思い出の研究室に戻り、写したものです。この数日後に、米子へ向かいます。ちょうど20年前の私の姿です。
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意見交換

三年生の野球部ゼミにて、「秋季リーグ戦・入替戦の感想・反省」「自分の立場・役割」「春季リーグ戦の目標設定」という3つの内容について、一人ずつ発表を行いました。

秋季リーグ戦の不振について、みんなの考えをまとめると、「力はあるのに、その力を発揮できなかった」ということでしょうか。その理由として、劣勢のときに「下を向いていたから」「声が出なくなったから」などが挙げられました。

下級生のときよりも、チーム全体を見渡した発言が多く、有意義な意見交換が行われたように思います。三年生は残り半年の大学野球生活。「創部初」となる最高の目標を掲げ、ラストステージに臨みます。
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されど草むしり

昨夕、昨春に卒業したキノ君と、卒業後はじめて会いました。

キノ君は、主務という大役を二年生の秋から、2年間 勤め上げました。

一年生の頃は、チームよりも自分を優先する言動も見られましたが、後輩ができると180度の方向転換。真っ先にチームのことを考える学生へと変身を遂げたのです。

私が彼の曲がった帽子のひさしを真っすぐにしたことが始まりのようですが、聞いて興味深かったのは、練習前のグラウンドの草むしりが、彼の考えを変えたということです。

草むしりをしながら思考する時間を持てた。そのことが彼には大きかったのだそうです。その感覚とてもよく分かります。私も、春のリーグ戦を終えてから、ひたすらグラウンドの草むしりをした時期がありました。すると、今まで見えなかったものが、見えてきたのですから。

キノ君の在学中の素晴らしい足跡につきましては、長くなりますので、また別の機会に。

学部は異なりますが、「スポーツ実習(マラソン)」の授業を受けたタニグチさんも、同期のキノ君と一緒に、元気な姿を見せてくれました。

決して、捕らわれた宇宙人ではありません。
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二年生の活躍を中心に

昨日の試合の様子です。

ふだんは陰でチームを支えている二年生を中心に、その活躍を紹介させていただきます。

ふたりの投手は、それぞれ三塁手として、中堅手として出場しました。
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四回までパーフェクトに抑えられていた打線ですが、五回表の先頭打者オチアイ君のヒットから、ゲームが動き始めます。
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二死三塁から、ファールで5球も粘ったあとのカツラダ君の打球は、気迫で敵失を誘い、先制点を挙げます。
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二年生のモリカワ君が、気持ちのこもった投球で、5回2/3を2失点に抑えます。
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一時は逆転されるものの、ナカザキ君の適時打で追いつきます。
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代打の一年生アンドウ君の適時内野安打で、再びリード。しかし、すぐに同点とされます。

九回表、二死一、二塁から、代打のサカモト君が値千金の2点適時二塁打(送球の間に三進)。

さらにワイルドピッチで、この回に3点を奪います。

九回裏に1点を返されますが、モリカワ君を救援した一年生のコバヤシ君が、最後をきちんと締めくくりました。
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久しぶりに

今朝、家族から「久しぶりにユニフォームを着ている姿を見た」と言われました。

ユニフォームを着るのは、岸和田産業高校と練習試合をして以来、約3ヵ月ぶりのことでした。ふだんは、立場と役割を明確にするため、ジャージで練習に参加しているからです。

新人戦は、一、二年生のみが出場。約3ヵ月ぶりに指揮を執らせていただきました。野手を全員を使いながら、勝つことを目指さなければなりません。プロ野球のオールスターゲームみたいな戦い方になります。

スタメン10名のうち9名を二年生としました。二年生は、2人の投手を除いて、ふだんは試合に出場する機会が少なく、チームを陰から支えている者が多いので、奮起を期待してのものです。2人の投手は、新人戦は野手として出場させています。

先制点を取る。すぐに追いつかれる。さらに勝ち越される。逆転する。また追いつかれるというシーソーゲーム。八回を終えて、3-3。九回表、本学の攻撃も二死走者なし。嫌なムードが漂いましたが、安打と死球で二死一、二塁と粘りを見せます。

二年生で唯一スタメンを外れていた努力家の選手が、満を持して代打で登場。二者を還す長打を放ち、試合を決めました。最終スコアは、6-4。他の二年生の活躍は、また明日お伝えいたします。
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長い旅⑥青春の地

11/6(日)、旭川は雪から雨に変わりました。
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ブランチは、われらが大学野球部のソウルフードである「よし乃」の みそラーメン。

先日、札幌に出張したサトウ先生にも「よし乃」の みそラーメンを推薦しておきましたが、旭川市民である弟によると、店によって味が違うということでした。

私たちが大学時代に通ったのは、永山店。サトウ先生にも一度、「よし乃」永山店の みそラーメンを食べていただきたかったです。

一学年上のキャプテン・イタヤさんは、大学時代に一週間つづけて「よし乃」永山店に通ったことがあるそうです。

いつも、スープまで飲み干します。
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われらが大学野球部のソウルフードは他に、「うえすぎ」のポークチャップ、「とりよし」の焼き鳥といったところでしょうか。

旭川駅から1km弱つづく日本では初の買物公園(歩行者天国)も、真っ白でした。
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「旭川」から「千歳空港」までは、JRを利用して2時間強。
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空港までは、すんなり着いたものの、保安検査場では1時間くらい並び、出発は1時間以上も遅れ。ラーメンを食べて、文庫本を最後まで読み切って、出発を待ちました。
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大阪・堺の自宅に着いたのは、その日のちょうど24時。5泊6日の長い旅は、これで【おわり】。

長い旅⑤友情

11/5(土)、札幌は雪となりました。
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雪が降ると、一気に景色が変わります。
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繰り返しますが、前日の景色です。
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この日は、4人の研究者の方の口頭発表を聴きました。学会に参加すると、自分の力不足を認識できるので、とても有意義ですね。
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午後、「大通り」で、大学野球部時代の同級生のサカイ君と待ち合わせ。

大学卒業後は初めて会う(約30年ぶり)、一学年上のキャプテンの運転する車に、ふたり乗せていただき、青春の地である旭川へ移動しました。
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その夜、いつも北海道遠征で練習試合をしている旭川大学野球部の秋季リーグ戦・優勝祝賀会に出席。
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司会は、大学野球部の後輩でもある私の弟が務めていました。
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左は同級生のウラカワ君(北海高校出身)、中央は旭川まで送っていただいた一学年上のキャプテン・イタヤさん(卒業後、日産サニー札幌で正選手として活躍)。
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4年半ぶり(9季ぶり)の優勝。神宮をかけた代表決定戦は敗れてしまいましたが、来春は5年ぶりの神宮を勝ち取ってくださいね。
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私は、OB会を代表してお祝いの言葉を述べました。
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二次会の様子です。
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生涯チームメイトなり。
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昭和58(1983)年夏、南北海道大会の決勝は、北海-駒大岩見沢。

北海のキャプテンは、ウラカワ君(捕手、二年生の春に甲子園出場)。駒大岩見沢のセカンドは、ナカハラ君(三年生の春に甲子園8強)。結果は、逆転勝ちで駒大岩見沢が夏の甲子園に出場。

高校ではライバル同士が、大学ではチームメイトとなり、そして再会を果たす。野球で培った友情って素晴らしいですね。
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長い旅④好物

11/4(金)、札幌・北星学園大学にて開催された日本スポーツ心理学会に参加しました。
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初日は、スポーツメンタルトレーニング指導士研修会がありました。
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スポーツメンタルトレーニング指導士は、5年ごとに資格を更新します。
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今年は更新の年。この研修会に参加しなければ、資格を失うかもしれないという追い詰められた状態でした。つまり、飛行機が羽田に引き返していたら、大変なことになっていたのです。
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研修会終了。夜は「すすきの」にて、大学院時代の仲間たちと好物の松尾ジンギスカンを食べました。ちなみに、私は、ここでも最年長です。ビールは、ほとんど飲みません。格好だけです。
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長い旅③安堵

11/3(祝)、甲子園キャプテンであるスギモリ君の結婚式に招かれました。
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米子商業高校(米子松蔭高校)の教え子の結婚式に出席するのは、これで13回目。鹿島学園高校の教え子を合わせると16回目となります。教え子の結婚式に出席するのは、最高の喜びです。
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約6年前、スギモリ君の弟の結婚式もここで開かれたのです。
http://www.sakai.zaq.ne.jp/duswd404/marriage4.html
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受付を務める選手会長のエンドウ君と副キャプテンのヤマモト君。
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今年は、四番、エース、キャプテンと、甲子園組の結婚ラッシュの年となりました。
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新郎と新婦がご対面。新郎は、われらがキャプテンのスギモリ君。
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指環の交換をしているところです。
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式を終えてから、ガーデンに移動して、記念撮影を行います。
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まるで、わたせせいぞう氏のアニメーションを見ているようでした。
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野球部みんなで記念撮影。当時の部長先生も来られました。
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終始笑顔のスギモリ君。「とても幸せです」。心の状態がそのまま表情にあらわれていました。
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彼らの学年は全員で15名(マネージャー1名を含む)。これで15名すべてが結婚を遂げました(安堵)。
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スギモリ君は、三兄弟の真ん中。弟(右)も私の教え子です。念のため申し上げておきますが、スギモリ君は、ピコ太郎ではありません(笑)。
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来年、彼らは、私が甲子園に行ったときの年齢に並びます。来夏、選手・保護者・顧問が集まり、同窓会を開くことが決まりました。
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甲子園組への最後のスピーチは、いつもより少し長めに。なんせ大トリですから。
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祝辞(要旨のみ)

私が、スギモリ君に初めて会ったのは、彼が中学三年生のとき。場所は大山町の体育館でした。

米子商業高校への進学を希望していた同級生のカネダ君と一緒に、私のところへ挨拶に来てくれたのが、スギモリ君でした。スギモリ君は、県立の進学校へ進むと聞いておりましたので、彼に野球を教えることはないのだなと、そのときは思っていたのですが、彼は学業特待生として米子商業高校に入学してきてくれたのです。

 

スギモリ君の入学によって、野球の技術面ばかり高めようとしていた野球部員たちに変化が起こり始めます。彼に倣って、学習面や行動面も高めていこうという空気が生まれたのでした。

すぐに成果は表れませんでした。彼が高校に入学してから、春・夏・秋と県大会はすべて初戦負け。甲子園は夢のまた夢という状態でした。しかし、敗れても敗れても、大きな声を出し続けるスギモリ君のリーダーシップは秀逸でした。彼が最高学年となってからは、県大会では、秋準優勝、春優勝、そして中国大会でもベスト四へと進出しました。

 

スギモリ君は、控え選手でしたが、「スギモリを甲子園の打席に立たせたい」という私の思いは、ナインも同じだったと思います。ついにその瞬間がやってきました。結果は、初球を打って、キャッチャーへのファールフライ。ファールフライにもかかわらず、私の教えどおり、一塁まで全力疾走を怠らなかったスギモリ君の懸命な姿を、今でもはっきりと覚えています。

 

彼は、甲子園の開会式で、選手宣誓をするのが夢でした。したがって、選手宣誓の原稿を作りあげてから抽選会に臨みました。当時は、出場する全49校のキャプテンの中からクジによって選ばれる方式でしたが、残念ながら、選手宣誓は別の高校のキャプテンに決まってしまいました。

スギモリ君は、その無念の思いをマスコミに伝えます。すると、それを聞いた日本高野連が、翌年から、選手宣誓は希望する者の中から選ぶと方式を改めたのです。そして、その方式は今でも続いています。そう考えると、スギモリ君は、甲子園を変えた男だと言えそうです。

現在、スギモリ君は、私の後継者として、監督となり、部長を経て、今は副部長として母校を支えています。ヒナタ先生が、米子商業高校の部長として、私が監督として、そして彼が主将として過ごした時間の最大の名誉は、単に夏の甲子園に出場したことではありません。鳥取県出身の選手だけで、夏の甲子園に出場したことです。いずれはスギモリ君が、鳥取県出身の選手を率いて、再び甲子園に還ることを願っております。

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いつものように、大声でエールを贈ります。「スギモリ本当におめでとう」。
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エールを終えると、すぐに米子鬼太郎空港に移動しました。
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訳あって、その日のうちに札幌へ着かなければならなかったのです。
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送り迎えをしてくれたタクノ君とエンドウ君、一日ありがとう。
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米子から羽田を経由して、札幌・新千歳空港へ。「霧のため、着陸できませんので、上空で待機します」「着陸できない場合は、最悪、羽田に引き返すかもしれません」。

「明日の行事に参加できないと、大変なことになるぞ」。紆余曲折ありましたが、予定より約1時間遅れて、何とか北海道にたどり着きました(安堵)。ホテルに着き、時計を見ると、まもなく24時でした。
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長い旅②恩返し

11/2(水)、米子松蔭高校にて「スポーツ心理学」の授業を行いました。
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前任校で授業を行うのは、今年で5回目です。
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まず3限は、「スポーツ概論」を履修している二年生18名に対して。
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4限は、「保健」「数学」などを履修している生徒たちが合流。約60名に対して「スポーツ心理学」を教えました。
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放課後は、希望する運動部員 約60名に対して、主にメンタルトレーニングを行いました。
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みんな真剣です。
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夜は、10名の先生方と楽しく食事をしました。

長い旅①海鳴り

昨夜24時(今朝0時)、5泊6日の長い旅から戻ってきました。

11/1(火)、1限の授業を終えると、すぐに「羽衣」から南海電車に乗り、「難波」へ。なんばOCAT(JR「難波」)から、高速バスに乗りかえ、「米子」へ向かいました。米子へ帰るとき、いつもは自家用車を使うのですが、今回は広範囲を移動するため、自家用車は使いません。
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「難波」から「米子」までは、バスで4時間弱。「米子」から、この日の目的地である皆生(かいけ)温泉までは、路線バスを使いました。
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「観光センター前」で下車し、海に向かって少し歩きます。
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宿泊する「皆生シーサイドホテル」に到着。
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その日の皆生海岸は、人が立っていられないほどの強い風が吹いていました。
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よって海は大荒れでした。
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いつものメンバーと夕食。本気で闘志をぶつけ合ったライバル同士だからこそ、今こうして笑顔で再会できるのでしょう。すべての者が、指導者または選手として「甲子園」を経験しております。その日の全員の年齢を足すと、ちょうど250歳。ちなみに、私は彼らより一つだけ年上です。
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皆生シーサイドホテルは、その名のとおり海の目の前に建っています。潮騒のメロディーを聞きながら眠るのは、最高のぜいたくです。しかし、その日は潮騒というよりも海鳴りを聞きながら眠りに落ちました。
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2016大学祭⑤

放送メディア映像学科による「ラジオ体験」。
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初日は、予行練習のつもりで。入替戦で声をからしていたので、納得のいく出来ではありませんでした。
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放送メディア映像学科に所属する野球部マネージャーが、フリートークをしているところです。
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収録した直後に、みんなで音(声)の確認をしているところです。
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最終日は、本番のつもりで。
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まずまずの出来栄えでした。
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最終日のおわり、卒業生(元マネージャー)が挨拶に来てくれました。
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2016大学祭【おわり】。
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ただいま出張中。ブログは4日間お休みいたします。

2016大学祭④

舞台の様子を紹介します。
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司会を任された一年生の二人(両端)も、きちんと大役をこなしていました。
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野球部の副将と主務を務めた卒業生のスギタくんの懐かしい顔にも出会いました。
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