2017年01月
羽衣駅前の喫茶店に行くと、クリスマスの日をもって閉店したという貼り紙がありました。
羽衣駅の開発が大幅に進んでいるので、その影響を受けたのだろうかと、勝手に思いを巡らせてしまいました。
初めてこの喫茶店に入ったのは、およそ7年前。本学の面接試験の始まる前に、時間調整をするために立ち寄りました。昭和の匂いと英国の雰囲気がブレンドされたようなお店で、とても懐かしい気持ちになりました。
次の面接試験の前も、そのお店でコーヒーを飲みました。もし採用になったら、休日には、この喫茶店でのんびりするのも悪くないなと考えていたりもしました。
採用していただいたものの、本学でもすぐにユニフォームを着る生活が始まり、休日にのんびりとコーヒーを飲みながら読書とは、なかなかいきませんでした。
それでも、ときどきは訪れていました。最後に訪れたのは、閉店となる数日前です。閉店するとは知らず、またいつでも来られるものだと思っていました。
思い出の場所が消えて、寂しい気持ちです。
鳴門親方(隆の里)は、稀勢の里に対して、心の強化を図るために、読書や映画鑑賞を勧めたと、新聞に書かれてありました。
精神力の強さは、正しい思考から生まれるということを、きっと伝えたかったのだと思います。
心の問題を抱えているときに、本に書かれている言葉や、映画の中の台詞から、その問題を解決するヒントが得られることは、私の場合はよくあります。
そして、目の前の出来事が不適応を起こしているのではなく、出来事の理解の仕方が不適応を起こしているのだと、いつも気づかされるのです。
後期の授業が、すべて終わりました。明日からテストが始まります。
後期の終盤に、一年生は5年前から、三年生は昨年から、それぞれ学科発表会を行っておりますが、その結果が出ました。
三年生のドウリ君は、学科全体で3位。みごと銅メダルです。昨年のタナカ君、ナカムラ君に迫る勢いでした。
一年生については、サンドウ君(野球部1位)が14人中8位、コバヤシ君(野球部2位)は6位。全学発表会に出場するためには、4位以上に入らなければなりません。
よって、残念ながら、野球部として、全学発表会に5年連続出場とはなりませんでした。しかし、年々レベルが上がっている学科発表会。両者ともに大健闘だったと思います。
ちなみに三年生は、全学発表会はありませんので、ここで終わり。ドウリ君には、副賞が贈られました。
隆の里は、私が高校三年生のとき(昭和58年)が最も輝いていました。2回目の優勝を果たして横綱となり、新横綱として迎えた本場所も、千秋楽の結びの一番で、千代の富士との全勝対決を制し、連続優勝を果たしました。
稀勢の里という四股名には、恩師への敬意が込められている気がします。隆の里のDNAを受け継ぐ稀勢の里の新横綱としての土俵が楽しみです。
一年生とは、土曜日に勝負して4勝6敗(1名が不参加)。
二年生とは、金曜日に勝負して4勝6敗。
三年生とは、きょう勝負して4勝8敗(1名が不参加)。
計12勝20敗という結果でした。
選手たちのタイムを縮めるコツは、一緒に走ること。三年生12名のうち8名が、きょう自己ベストを更新しました。
お年玉切手シートが、7枚も当たりました。
これで、昭和45(1970)年から平成29(2017)年まで、48年間の切手シートがすべて揃いました。
父が収集していたものを、私が受け継いでいるのです。
喪中の昨年は、連続収集記録は困難かと思われましたが、ダイレクトメールが運よく1枚当たり、何とか記録を更新することができました。
はたして、48年分の切手シートって、どのくらいの価値があるのでしょうか。
郵便局HPより。
http://www.hagoromo.ac.jp/hgtoday/news_description_today.php?no=1540
![IMG_6838[1]](https://livedoor.blogimg.jp/morning_west/imgs/1/1/11b796ef-s.jpg)
一、二年生20名と一緒に6Kmの距離を勝負。
27分09秒。1kmあたり4分30秒のペースです。
順位は16位。よって、選手たちとの勝負は、5人に勝って15人に負けたので、5勝15敗。
選手の最高タイムは、21分台前半。私が大学野球部四年生のときには、6kmを20分10秒で走っているので、まだまだ選手のタイムは伸びることでしょう。
http://www.sakai.zaq.ne.jp/duswd404/marathon.htm
潜水艦のことをサブマリンと呼ぶことがありますが、野球においてはアンダースローのことを指します。
HAGOROMOのサブマリンとして、大学通算30勝を挙げたスギモト君が、愛知の社会人チーム「ジェイプロジェクト」で、今春から都市対抗野球大会を目指すことになりました。
http://www.jproject-bbc.jp/
Ⅱ部の大学から、社会人野球に進むケースは、とても数少ないです。スギモト君の四年間の活躍をしっかりと評価していただいたことに感謝しております。
高校野球の教え子の中にも、サブマリン投手は数多くおります。鹿島学園高校のトウミネ君、米子商業高校のイリエ君、米子松蔭高校のアキタ君(富士大でも活躍)、ワカバヤシ君、開校50周年記念の招待試合でCW高校(和歌山)に完投勝利を収めたシモムラ君(下)など。
サブマリン投手とは、どうも相性が良いようです。
これからこの映画を観る方がいると思われますので、ストーリーには触れませんが、面白く、そして感動的な映画でした。
ある登場人物の、あるセリフに、私自身のこれからの道のりが明確に見えたような気がしました。
他人がどう評価するのかではなく、自分がどう感じるのか。そのことを大切にしながら生きていこうと思いました。
ある登場人物の、あるセリフについては、しばらく経ってから、あらためてお話させていただきます。
「今日 先生の夢を見ました。怒られました」。
ちょっと待てよ。彼が高校を卒業してから、すでに23年が経過しているぞ。
夢の中ですが、まだ彼の師として叱ることができるのは、とても光栄です(笑)。
今の教育の世界では、声を荒らげて叱ることは、とても勇気がいります。しかし、あの頃は、先生も生徒も、お互いに遠慮がなかったような気がします。
そう懐かしく思うのは、私だけでしょうか。
本日は、ウォーミング・アップを終えたあと、学年ごとに分かれて、「6kmランニング」「快調走、短距離走、タイヤ引き、馬跳び」「強化トレーニング」という、総監督から与えられた三つのメニューをローテーションでこなしました。
1ヵ月の個人練習期間に、各自でトレーニングは続けているはずですが、全体練習となれば勝手が違うようです。おそらく明日は、ほとんどの選手が筋肉痛になっていることでしょう。
私が初めて監督を務めたのが、開校したばかりの鹿島学園高校。当時は進学校で、練習を終えてから予備校に通う選手もいたほどです。
私は、まだ26~28歳であり、今ほど思慮深く指導をしていたとは言えません。にもかかわらず、20年以上経った今でも、選手たちが集ってくれるのは、彼らの心根の良さなのでしょう。
当時から素直で頭の良い彼らではありましたが、40歳を過ぎた今でも謙虚さを残し、物事の本質が見える大人になっているのは頼もしいことです。
当時、Jリーグが発足し、アントラーズの躍進もあり、鹿島(鹿嶋)はサッカーの街と呼ばれるようになりました。私たちの高校でもサッカーが「校技」に指定され、野球グラウンドをサッカー部に引き渡さなければならないという事態がおきました。
練習グラウンドを失った私たちは、鹿島ハイツの小さな野球場にて、毎日2時間という限られた時間の中で練習することしかできませんでした。上級生は、たったの12名(三年生9名、二年生3名)。しかしながら、茨城で16強(108校中)に進出できたのは、つらい思いをした彼らの意地だったのかもしれません。
苦しみと喜びの共有が、私たちの絆をいっそう深めました。

まずは、岸見一郎『アドラー心理学入門』。
いま『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』という本がヒットしていますが、岸見一郎さんは、それらの本の筆者(共著)です。高校野球を教えていたときに、ぜひ読んでおけばよかったと後悔しました。
横浜へ帰省する新幹線の中で読んだのが、小林信也『「野球」の神髄:なぜこのゲームに魅せられるのか』。
こんど高校野球の監督になったときには、守りの野球に徹してみるのも悪くないなと感じました。
大阪へ戻る新幹線の中で読んだのが、玉木正之(編)『9回2死満塁:素晴らしき日本野球』。
正岡子規、夏目漱石、埴谷雄高、小林秀雄をはじめとする作家。大下弘、桑田真澄などの野球選手。合わせて18名の作品を集めた本です。小説あり、随筆あり、俳句あり、研究あり、詞ありと、様々なジャンルで構成されており、飽きさせません。
本日、白木仁『トップアスリートがなぜ「養生訓」を実践しているのか』を購入しました。
大学院のときに、白木先生の授業を受けたことがあります。白木先生は、工藤公康さん(現・福岡ソフトバンクホークス監督)の現役時代のトレーナーとしても知られています。すでに本学の野球部員には、白木先生の指導するVTRをゼミの時間に見せていますが、さらに指導に役立てたいと考えました。
早朝、東京駅から高速バスに乗り、茨城・ 鹿島神宮へ向かいます。
http://kashimajingu.jp/
夜には、鹿島学園高校野球部の教え子たちと、彼らが企画している講演会(3/1)の打ち合わせを兼ねて、一緒に食事をします。
1/2のブログは、お休みします。



























