2017年09月
以前、三冠王の落合博満さんが「試合をする体力」の重要性を説いていました。
今日は、後期になってから初めて授業を2コマ(90分×2)行いました。声がかれてしまいました。「授業をする体力」も必要だと感じました。
しかし、授業による疲れは、懐かしく心地よいものです。
しかし、少しずつ走行距離が増えてきました。とはいっても、月間100km程度です。休みの日、練習に参加できない日、試合の日には、走ると決めています。
走行距離を増やしていくと、疲れや痛みを感じることが多くなりました。走るのをやめれば良いのですが、それらと付き合いながら、ダマしダマし走っているのです。おそらく走るのをやめてしまったら、もう二度と走れなくなってしまうことでしょう。
私は、走ることを通して、「積み上げる」ということを覚えています。
社会人の方が聴講されているので、私も気を抜けませんが、学生たちの態度も失礼のないように指導していきたいと思います。
今日は、はじめに「ウォーミング・アップ」として、大阪では放映されなかった番組を紹介しました。
http://hicbc.com/tv/newton/backnumber/004/index.htm

昨日、香川高専高松・高学年(大学)と練習試合を行いましたが、低学年(高校)のヨシザワ監督とのお付き合いは、20年以上にも及びます。
http://blog.livedoor.jp/morning_west/archives/51822537.html
また、高学年(大学)のサジキ監督は、ヨシザワ監督の教え子にあたるのでした。
本学野球部の苦しい戦いに際し、急な申し出にもかかわらず、さらにリーグ最終戦の翌日にもかかわらず、快く練習試合を企画していただき、ヨシザワ監督、サジキ監督、本当にありがとうございました。
さらに試合前夜は、低学年・高学年スタッフ、OB会長、後援会長、さらには戦友・タケモトコーチら、多くの方々に歓待を受け、感謝の言葉しか見つかりません。
高校野球の世界から退いて約8年。立場は変わっても、昔と変わらずに接していただける方々が、私の周囲にはたくさんおります。
高校野球監督時代に定期戦を繰り返していた香川高専高松(旧 高松高専)の高学年チーム(四国地区大学野球連盟)と明日、練習試合を行うからです。
予選リーグも残すところ1試合。チームは苦戦しておりますが、次の試合に勝てば、決勝トーナメントに進むことが決まり、上位4校は同じスタートラインに立つことができます。
優勝を果たすためにも、今回の高松遠征を意味のある時間にしたいと思います。
長い夏休みが終わり、今日から後期の授業が始まりました。
私にとっては、8年目・16期目の授業です。後期の担当科目は、「健康スポーツ論」「スポーツ実習(スキー)」「高大連携授業:スポーツ心理学」、それから各学年の野球部ゼミです。
授業の内容については、同じことを8年間続けているのではなく、毎年 内容を改めています。とはいっても、内容が必ずしも良くなっているとは限りません。いつもより学生の反応が良くなかったなとか、反省の繰り返しです。
併設校以外の高校の授業も、それぞれ一日ですが、後期には3校おこなうことが決まりました。がんばります。
朝から晩まで、研修会、会議、会議、研修会と、合わせると6時間以上もイスに座ることとなりました。
講義に置き換えると、4教科分。毎日 授業を受けている学生の気持ちが分かりました。
練習中、イスに座ることはありませんので、どうやら座っていることより、立っていることの方が楽な体質となってしまったようです。
腰が少し傷んでいます。
明晩、米子商業高校野球部を最後に卒業した学年の同窓会が米子にて開かれます。
校名変更が行われる直前の夏、米子商業高校として最後の甲子園出場を果たしました。2000年は、「ミレニアム」という言葉が流行した年でもありました。
昨年のスギモリ主将の結婚式のときに、「来年の夏には、同窓会を開こう」という機運が高まったのです。奇しくも今年、私が監督をしていた当時の年齢と、彼らの年齢が重なりました。
明日は、当時の部長・副部長。監督・コーチ・選手・保護者が多く集まります。選手たちとは、結婚式などで頻繁に会っているのですが、お世話になった保護者の方々と久々の再会を果たせることは、大きな喜びです。
先日、当時の保護者の方から、鳥取の梨が届きました。いつまでも忘れずにいていただき、ありがとうございます。
明日のブログは、お休みします。
大学時代の野球部の遠征は、選手の持つ自家用車で移動していました(常にバスで移動できる本学の選手が、いかに恵まれているか)。
「アサは、俺の車に乗れ」。一年生のとき、私はいつも三年生のキャプテンの運転する車の助手席に乗せていただきました。
一年生の春の入替戦でⅡ部に降格した直後も、私はキャプテンの隣に座っていました。キャプテンが一番苦しいはずなのに、涙をこらえている私を励まそうと、いつもは怖いキャプテンが、私に冗談ばかり言っていたことを思い出します。素晴らしいキャプテンでした。
一年生の夏に、全部員で留萌へ海水浴に行きました(本当に良いチームだ)。その日も私は、キャプテンの助手席に座らせていただきました。そのとき、カーステレオから流れてきたのが山下達郎さんのアルバム『COME ALONG Ⅱ』。
キャプテンが、レコードからカセットテープに録音した音楽だったのです。往復の車の中、『COME ALONG Ⅱ』が、繰り返し繰り返し流れていました。
今夏、山下達郎さんが『COME ALONG』シリーズのアルバムを33年ぶりに出しました。タイトルは「COME ALONG 3」。私は、33年前の夏を思い出しながら、「さよなら夏の日」を繰り返し繰り返し聴いています。
秋季リーグ第5戦が行われました。
残念ながら、0-3で敗れました。これで、2勝2敗1分。
7チーム中、上位4チームが、決勝トーナメントへ。
残り1試合に勝利すると、決勝トーナメントへ進めますので、次の試合では勝利を収められるよう、サポートしていきたいと思います。
大学時代のノートをめくると、次の文章が記されています。
「野球は ― というよりスポーツは ― やる者に等しく、同質の汗を要求する。プロであろうと社会人であろうと、学生であろうと、である。」
山際淳司さんの文章です。読み始めた『江夏の21球』の中で、その文章と30年ぶりに対面しました。
高校野球は派手ですが、大学野球は地味です。当時は、大学野球をする意義について、ずっと考えていたのだと思います。
「野球というスポーツは、やる者に等しく、同質の汗を要求する。高校野球であろうと、大学野球であろうと、である」。そんな風に変換して、答えを見つけ出そうとしていたのかもしれません。
高校野球を指導していたときは、「甲子園で流す汗も、県予選で流す汗も同質であり、そこに優劣など存在するはずもない」。そんな言葉を選手にかけておりました。
大きなピッチングマシーンは、修理をして、まだ現役で活躍してもらうことにしました。小さなピッチングマシーンは、修理した場合と新たに購入した場合とでは金額に差異がないと伝えられたので、引退の手続きをとり、新人に来てもらいました(新規で購入しました)。
ピッチングマシーンと石灰を同じ倉庫に入れると、ピッチングマシーンのゴム部分の劣化が早くなります。選手たちには、それらを同じ倉庫にしまってはいけないということを練習後に指導しました(確認しました)。
『世界一受けたい授業』や『24時間テレビ』で紹介された日本理化学工業(株)のダストレスチョーク。
http://www.rikagaku.co.jp/
本学でも大活躍しておりました。
貴重な瞬間に立ち会うことができました。中学野球監督を35年間つとめた先生の最後の試合だったのです。監督業を35年間も続けることは、決して容易なことではありません。
「野球は、見ても、やっても、指導しても、楽しいスポーツや。負けることもあるねん。先生も悔しいんや。しかし、それが次のステップになる。これから勉強をしっかりやるんやで」。帽子で涙を隠している選手もおりました。
「高校野球は、もっと厳しいで。監督(として)の最後(の選手)が、みんなで良かった。ありがとう。楽しかったな」。
60歳になられたベテラン監督の最後のミーティングの言葉でした。































