朝西知徳のブログ

朝西野球をずっと応援してくれる方々に向けて、「日々の出来事」「思い出ばなし」「今の気持ち」などを綴っています(SINCE 2011/02/05)。

2017年10月

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飲水思源⇒ https://www.asahi.com/articles/ASP7H53CXP6XPTIL013.html
高校野球を通じた人間教育⇒ https://www.youtube.com/watch?v=gujEaqBPZyg

さわやかな一日

難波から歩いて20分ほどの距離にある私立高校にて授業を行いました。

すべて運動部に所属する二年生でしたが、話を聞く姿勢がとても素晴らしかったです。

むかし訪れたある高校では、皆が教室の後ろでふんぞり返って、はじめから挑発的な態度を見せている場面もありました。前に座らせるために大きな声を使ったことを今でも覚えています。

しかし、今日は真逆でした。「来たかいがありました」。あっという間の50分でした。

京都・鴨川へ【下】

初めて大学野球部監督としての教え子の結婚式に出席しました。

「監督さん、あのポーズでいきましょう」「よしっ」。
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【祝辞】要旨

阪本くん、舞さん、ご結婚おめでとうございます。

 

阪本くんは、私が本学の監督として初めて迎え入れた選手の一人です。
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彼が一年生のときの秋のリーグ戦で、私たちは優勝決定戦に臨みました。南港球場のマウンドには、二番手投手として、サウスポーの彼が立ちました。20人の打者に対して、7個の四死球を与え、5失点という散々たる内容。敗戦投手となり、私たちは優勝を逃しました。
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練習態度が変わったのは、この頃からでした。彼の二つ下の学年に、二人のエース投手がいたのですが、練習態度で彼らを引っ張り、投手全体の競技成績を向上させ、投手陣の責任者としての役割をしっかりと果たしてくれました。リーグ戦のマウンドに上がらずとも、ダグアウトからナインに大きな声で勇気を与えてくれました。
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やがて彼は、三年生の秋に、ナイターで行われたT大学との練習試合で大学初勝利を挙げます。四年生の春のリーグ最終戦でもマウンドに上がり、素晴らしい形で大学野球生活を終えました。

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ところで、私の研究室は野球部員が着替えをする部室の隣の学舎にあります。私は全体練習を終えてから研究室に戻り、次の日の授業準備をして帰ることがありました。学舎を出ようとすると、阪本くんが腕立て伏せをしている場面に出くわすことが、とても多かったのです。
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私は、彼が全体練習を終えてから、独りでずっとトレーニングを続けていたのか、それとも私の部屋の灯りが消えたのを合図に、アピールの一環としてトレーニングを始めたのか、どちらなのだろうかと、いつも考えながら帰っていたことを覚えています。
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「阪本、どっちだったんだ?」「半々です(笑)」。
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ともあれ、彼は、大学野球生活において、心と体を磨き、素晴らしい社会人となって今このマウンドに立っています。
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あの頃の純粋な気持ちで、人生という名の試合で全力投球を欲しいと思います。舞さん、阪本をよろしくお願いいたします。
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京都・鴨川へ【中】

サカモト君の結婚式に出席しました。
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京都・鴨川が眺められる素晴らしい式場です。
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新婦の趣味は「スニーカー集め」だそうです。
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新郎の楽しかったデートは「淀川でのキャッチボール」でした。
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それぞれ「にぎやかな家庭」「明るくてほっこりできる家庭」を目指すそうです。
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スピーチのトップバッターは、総監督。野球部員と一緒に「万歳三唱」で締めくくられました。
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スピーチの二番手は私ですが、その内容については、また明日。彼らの学年はマネージャーを含めて10名。とても結束力の強い学年なのです。当時の宴会部長は、今日も最前列に・・・。
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スピーチの選手代表は、もちろんハヤシノ主将です。「監督さんから指導していただいたとおり、自分は心で話します」。
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彼らは、私が本学の監督として初めて迎え入れた選手たち。したがって、とても印象深い学年なのです。
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彼らの余興が始まりました。
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タレントに扮して「あの鐘を鳴らすのはあなた」を激唱します(熱唱ではなく)。
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繰り返しますが、決して変態パーティーではありません。
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続いて「恋ダンス」が始まりました。
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それぞれタレントに扮しておりますが、いかがでしょうか。
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彼らの良さは、バカを演じられるところ。
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余興のトリは、総監督の「祝いのうた」でした。
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京都・鴨川へ【上】

あるイベントがあり、京都・鴨川へ行ってきました。
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決して変態パーティーではありません(笑)。
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詳細は明日お伝えいたします。
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もっともっと大切なこと

夏の100回大会に合わせて、併設校に野球部が創設されます。

8年前に大阪へ来たときには、大阪の地で高校野球部の監督を務めることなど考えもしませんでした。それは、甲子園への道のりがあまりにも険しすぎるからだったのでしょう。高校野球=甲子園という考え方が、癖として残っていたのかもしれません。

しかし、本学の野球部員と接することにより、甲子園よりも、もっともっと大切なことが分かりました。プロフェッショナルとは「目の前の学生(生徒)と真剣に向き合う人(こと)」だということも。今は、ワクワクとした気持ちで、そのときを待っています。

目標を立てました。短期目標は「まずは夏一勝」。中期目標は、秋か春か夏のいずれかで「大阪ベスト8以上」。それらを達成して初めて、長期目標である「甲子園初出場」を口に出したいと思います。

警察官になります

現代社会学科一年生の合同ゼミが行われました。
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警察官の試験に現役合格した野球部の四年生2名が登壇し、就職活動に対する思いを後輩たちに伝えました。CIMG6310

一昨日、彼らを研究室に呼んで、打ち合わせを行いました。
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そして今朝、予行練習をしました。
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長崎県警察に進むナカムラ君。彼は大阪府警察の試験にも合格しました。
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そして、大阪府警察に進むマツナガ君。
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野球部一年生が、先輩たちに質問をぶつけます。
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本学に赴任して早8年目。野球部からは、警察官5名、消防官3名、自衛官1名と、計9名の公務員合格者を出しました。

今日から再始動

再始動です。

総監督、監督、主将、副将(3人)、主務の順番で、来春に向けて課題を述べました。

私の方からは、選手たちに再び、18世紀の英国作家であるオリバー・ゴールドスミスの言葉を送ります。

「われわれの最大の名誉は、倒れないことではない。倒れても倒れても、立ち上がることである」。
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やってきたことの整理整頓

きょう52歳となりました。数字は中途半端ですが、大学を卒業してからちょうど30年目。メモリアルイヤーの誕生日です。
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秋季リーグ戦を終えて、今日までの休養期間、整理整頓をしています。ただし、荷物ではなく、やってきたことの整理整頓です。

高校三年生の秋から、「トレーニングノート」にトレーニングの内容を記すことを始めました。進んだ大学の体育の先生から「いずれそのノートが、お前の宝になる」と教えられ、今日まで続けています。

年ごとに、さらには月ごとに、どのくらい走っているのか、エクセルの表を使ってまとめてみました。「トレーニングをしても、ノートに記さなければ、トレーニングをしたことになはならない」。実際にはもっと走っているとは思うのですが、ノートに記した距離だけです。

生涯通算走行距離は、約16,000km。東京とロサンゼルスを間もなく往復できる距離です。本州の約10倍の距離といった方がわかりやすいでしょうか。

人生において最も走行距離の多かった年は、1995(平成7)年。鹿島学園高校の教員を辞し、大学院に進んだ年です。1,512.6km走りました。最も走行距離の多かった月も、その年の1月で221kmも走っています。一日あたり7.1kmの計算です。

前任校における月間最高距離は、ちょうど200km。2009(平成21)年9月のことでした。40歳を過ぎてから3年間まったく走らない時期もありましたが、2009(平成21)年8月に走ることを再開。8年以上なんとか走り続けています。大阪に来てからの月間最高距離は、2015(平成27)年1月に記録した150kmでした。

読んだ本、観た映画も、別の手帳に記してあるので、次はその整理整頓をしてみようと思います。

台風の爪あと

昨日は、台風と選挙とボクシングで騒がしい夜を過ごしました。ガラス窓が割れるのではないかと心配するほどの強い風が吹き荒れていました。

本日は、交通網が混乱しているため、本学園は中高大すべて休校となりました。

今朝、久しぶりに太陽の光を見た気がしました。この2日間は、ほとんど家の中にいたため、夕刻は嬉々としてランニングに出かけました。

浜寺公園に行くと、松の枝葉が散乱していました。浜寺公園には、松の木が5,000本以上ありますが、しかし枝葉は折られていたとしても倒れている木は一本もありませんでした。

目に見えなくとも、大きな根が大木を支えているからでしょう。目に見えない世界が、目に見える世界を支えている。組織でも同じことが言えるのかもしれません。

懐かしい匂い

2日間ずっと雨が降り続いています。

雨は明け方まで続くようです。晴耕雨読という言葉があるように、雨の日は読書に限ります。

今夏 発行された『江夏の21球』を読んだのをきっかけに、書棚にあった山際 澪『急ぎすぎた旅人:山際淳司』を読みました。山際 澪さんは、46歳の若さで他界された山際淳司さんの奥さまです。ますます山際淳司さんの作品に興味をひかれました。

それ以来、大学時代に読んで感銘を受けた山際淳司さんの本を再読しています。『スローカーブを、もう一球』『空が見ていた』『エンドレス・サマー』『ベースボール・スケッチブック』『いつかまたプレイボール』。

そして、きょう読んだ『夏の終わりにオフサイド』。山際淳司さんの作品は、あと15冊も書棚に待機しています。

『夏の終わりにオフサイド』は、おそらく32年ぶりに読んだはずです。しかし・・・。巻末に収められていた作品『ラブ・フォーティー』の内容は、今でも鮮明に覚えていたのです。本のページが薄茶色に変わるほど時は流れているというのに、20歳のときの感情は、まだその本の中に残っていたのでした。人生の中で最も苦しかったときの感情です。

本のページに顔を近づけると、何ともいえない香ばしい匂いが伝わってきました。決して新刊では嗅ぐことのできない懐かしい匂いです。
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非日常感

日本シリーズ進出を決めるクライマックスシリーズのファイナルステージは、セ・パともにリーグ優勝チームと3位チームの争いとなりました。仮に3位チーム同士の対戦となったら、これで本当に日本シリーズと言えるのだろうかと、少し心配しています。

ところで、昭和の日本シリーズは、土・日曜日の2連戦から始まり、月曜日が移動日。火・水・木曜日と球場を変えて3連戦。金曜日に初めの球場に戻り、土・日曜日の2連戦で終わるという日程でした。そして、すべてがデーゲームだったのです。

もちろん、第3戦から第5戦も、平日ながらデーゲームでした。その非日常感が日本シリーズを特別なものに感じさせてくれたのです。

小学五・六年生のときの日本シリーズは、いずれも巨人と阪急の戦い。授業はそっちのけで、「巨人は勝っているのか」と、みんながソワソワしていたことを思い出します。

放課後、担任の先生に頼んで(女子にも協力を仰ぎ)、教室に設置されていた白黒テレビで何とか観戦させてもらうことに成功しました。先生も「しょうがねぇなあ、今日だけだぞ」と言いながらも、「どっちが勝っているんだ」と目を輝かせていたことを覚えています。

高校三年生のときは、巨人と西武が競いました。視聴覚室での模擬試験を終えた後、先生に「どっちが勝っていますか」と訊くと、「西武がリードしている」と即答。当時は、ケータイなどなく、情報を得るのは小型ラジオしかありませんでした。先生は、試験監督をしながら、イヤホーンをつけて、ずっと日本シリーズを聞いていたのです(笑)。ともかく、先生も生徒も、その非日常感を共に楽しんでいたのでした。

午後1時から始まる当時の日本シリーズ。試合が3時間を超えると、終盤はちょうど夕陽が沈むころ。その黄昏時の日本シリーズの特別な光景は、今でも鮮やかに心の中に刻まれています。

バランス感覚

本学野球部が「目指すもの」は、「礼儀正しい大学野球部」「高校より感動できる大学野球部」「皆から愛される大学野球部」です。

併設校にできる野球部が「目指すもの」は、「礼儀正しい高校野球部」「文武両道を目指す高校野球部」「皆から愛される高校野球部」。兄弟ですから、ほとんど同じです。

弟野球部の平日の練習時間は、準備と片付けの時間を含めて、16時から19時と決めました。勉強時間と睡眠時間をしっかりと確保させるためです。

朝練習は、大会前を除いて行いません。授業中に居眠りなどしたら、何のために野球部を創ったのか分からなくなってしまうからです。授業をしっかりと受けてこそ、野球をする権利が生まれます。高校生の本文は、やはり勉強なのですから。

野球だけ、勉強だけでは、どこか欠落する部分が生まれます。バランス感覚の優れた生徒を育成していきたいと思います。

ゼロからのスタート

鹿島学園高校の部長となったのは、25歳のとき。創部(創立)3年目のことでした。

監督に就任したときが、創部4年目。三年生が3名、二年生が9名、一年生が4名(のち3名に)しかおりませんでした。それでも、その年の秋の大会では、13名で戦って108校中32強。翌春、新二、三年生は12名となりましたが16強という躍進。

とちゅう練習グラウンドがなくなり、一日2時間だけ鹿島ハイツ野球場を借りての練習。それでも強豪校と対等に戦うことができました。

今回の野球部創部については、そのときの経験が道標となるでしょう。当時と同じように、専用野球場・専用バス・専用合宿所はありません。そういった環境の中、地域に根ざした育成型の野球部が、全国レベルの高校にどこまで食らいつけるのか。

鹿島学園高校の監督時代がイチからのスタートならば、さしずめ今回はゼロからのスタートだと言えるでしょう。

ジャングルに道を

2010年4月に本学に赴任して、すぐに大学野球部の部長となり、8年目を迎えております。途中、2010年7月から2016年6月までの6年間は、監督も兼任させていただきました。

2018年3月をもって、8年間務める大学野球部の部長を退任いたします。そのことは、真っ先に選手たちには伝えてあります。

2018年4月より、高校大学連携の一環として、併設校に高校野球部が設置され、監督を務めることになったからです。
http://www.hagoromogakuen.ed.jp/

大学教員として、今までどおり、大学野球部の学生たちのゼミは受け持ちますが、放課後に高校野球部を指導することとなります。昨春のリーグ戦後に大学野球部の監督の任期を終えてから、その準備を少しずつ進めてきました。

野球部活動を通じた高校大学連携の先には、高校大学接続があります。選手が併設校で野球の基礎を学び、本学で応用する。私は本学野球部の二軍監督みたいな役割を担うでしょう。

本日の昼に行った高校在校生を対象とした野球部創部の説明会には、2名の一年生がやって来ました。来春に入部してくる新入生を1期生とするならば、彼らは0期生。来春までに野球部の土台を、まず創ることになります。

大学教員が、高校野球を指導することは、おそらく全国初の試みでしょう。日本一の難関地区と呼ばれる野球王国・大阪で、自らの経験をどこまで活かすことができるのか。四たび、ジャングルに道を創ってみせます。そして、それが私の学生野球監督としての最後の仕事となるはずです。

K先生ありがとう

昨晩に放映されていたTBSテレビ『西村京太郎サスペンス 十津川警部シリーズ4 愛と裏切りの伯備線』には、米子・皆生海岸の景色が、たくさん映し出されていました。

「ここ、いつもランニングしていたところだ」とか、「おお、華水亭が出でいる」とか、「これ、だんだん広場だろ」とか、「ああ、米子城(城山)から見た景色だ」とか、そんなことを呟きながら、観ておりました。ただただ懐かしい。

今秋も、前任校における「スポーツ概論」の特別講師として呼んでいただけることになりました。保健体育科主任のK先生、いつもありがとうございます。「米子まで、あと何日・・・」と考えれば、日々の生活にも力が入ります。

この授業は、前任校を退いた3年目から始まりました。早くも6年目です。11/15(水)3,4限ですね。承知しました。今年も全力でがんばります。

刺激90分

放送・メディア映像学科の授業を見学させていただきました。
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生まれ変わったら、野球監督ではなく映画監督になりたいと思っている私には、興味深い授業内容でした。

刺激のある90分でした。
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プロフェッショナルとは

毎週月曜日の深夜、NHKテレビにて『プロフェッショナル:仕事の流儀』という番組が放映されています。

「あなたにとってプロフェッショナルとは」という問いに対する回答が、とても興味深いです。もし自分が聞かれたら何と答えるのだろうと考えました。

「目の前の学生(生徒)と真剣に向き合う人(こと)」。それが、私が出した答えです。

一番うまい飲み物

息子が「一番うまい」という飲み物。それが「白バラコーヒー」です。

鳥取県の大山(だいせん)乳業農業協同組合が製造。パッケージには、鳥取県内産生乳使用と記されています。鳥取生まれの息子には、ぴったりの飲み物かもしれません。冷蔵庫には、いつでも2、3本備えられているのでした。

鳥取(米子)から大阪(堺)に移って8年目となりますが、息子は一度しか(1年目です)生まれ故郷には帰っていません。大学受験を終えたら、7年ぶりに鳥取(米子)へ家族旅行をしたいと考えています。
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愛すればこそ

リーグ最終戦のあと、春に向けての課題として、選手に次の話をしました。

「自ら考え自ら行動せよ」。
指示を待ってばかりではダメだ。勇気をもって正しい行動をとれるようにならなければ。

クソ真面目さを最初は嘲笑されても、信念をもってやり続けいれば沈黙に変わり、最後には称賛されるのです。

「裏表のない人間となれ」。
全体練習を一生懸命やっているのは分かるが、個人練習を疎かにしているのではないか。周囲に分け隔てなく礼節を尽くせていないのではないか。

練習では出来るのに、試合になると出来ないのは、そういった二面性があるからでしょう。

愛すればこそ。

引退試合

決勝トーナメント・3位決定戦(秋季リーグ第8戦)が行われました。

残念ながら、3-7で敗れました。
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四年生で唯一、秋まで現役を続けたカツダ君。監督の配慮により、後半からフィールドに立ちました。秋は初出場となります。

最後の雄姿をどうぞ。
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引退後は、クラブチームにて硬式野球を続けるそうです。四年間、お疲れさまでした。
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惜しまれる失点

決勝トーナメントの初戦(秋季リーグ第7戦)が行われました。

残念ながら、2-7で敗れました。惜しまれるのは、すべての失点が二死からであったこと。うち6失点は、二死走者なしの局面からでした。

明日は、3位決定戦。優勝はなくなりましたが、最終戦をしっかり戦わせたいと思います。
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ひと踏ん張り

明日・明後日と決勝トーナメントが行われます。

午前中、高師浜球場にて、全員参加で練習を行い、試合に備えました。

キビキビとした行動を、どうやって競技成績につなげていくのか。それがチームの課題です。

「野球は正直である」。結果は、すでに決まっているのかもしれません。

敗北を味わう

徳島県立池田高校を全国優勝に導いた蔦文也さんは、勝つことはもちろん、負けることの味わいも知っている監督さんでした。

敗北と酒は似ているというのです。若いうちはいずれも苦いが、経験を重ねると深い味わいが生まれると。

負けて悔しがることも悪くない。負けることでしか味わえないこともある。負けることにもそれなりの味わいがある。

酒を味わうことはできせんが、敗北を味わうことは、私にもできるようになってきました。

12時間の旅

早朝から、本学ソフトボール部の応援へ。リーグ戦の最終日でした。
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終わると、すぐに兵庫・丹波へ移動。春日総合運動公園にて練習試合でした。
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帰途、いつもの宝塚渋滞に遭い、約3時間かけて堺へ戻ってきました。

自信は声より生まれる

グラウンドコンディション不良のため、スポーツホール(小体育館)にて汗を流しました。
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優勝するためには、来週の水・木曜日の試合で連勝することが求められます。

いつもより大きな声が館内に響いていました。
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一流は泣かない

大阪体育学会の研究会が、関西大学・堺キャンパスにて開かれました。テーマは「自立した選手を育てる」。

一流の選手は、絶対に泣かないということが分かりました。泣くと悔しさが消えてしまうからだそうです。一流の選手になるためには、悔しさを忘れないことが大切なのでした。

前任校で指導していたとき、夏の大会で負けても「泣くな」ということを選手には伝えていました。悔しさを堪えることも立派なトレーニングだと考えていたからです。みんな歯をくいしばりながら、私の最後の言葉を聞いていました。

悔しさが、彼らのその後の人生の底力となっていると信じています。
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誰もいないからそこを歩く

いつまでもアスリートであり続けたいと思っています。

アスリート。国語辞典には、競技者とか、スポーツマンとか、運動選手などと記されています。

一方、山際淳司さんは『空に近づくために』の中で、こう著しています。「アスリートとは常に自分との対話をくりかえしている人間のことである」。私が目指すアスリートは、こちらです。

この大学で自分は何をしなければならないのか、何を求められているのか。7年間と半年の大学教員生活の中で、ずっとそのことを考えてきました。

停年(定年)までの13年間と半年で自分にできることは何なのか。やはりアレしかないと。覚悟を決めたら、不安や心配事は一気に吹っ飛んでいきました。

アスリートとして、私は、私なりのやり方で、目の前の山を登っていきます。

久しぶりのナイター

日が暮れるのが早くなり、午後5時半には照明が灯りました。

昼は半袖でも大丈夫ですが、夜はジャンバーを着なければ寒いほどです。

野球のシーズンも少しずつ終わりに近づいています。
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「冬」がはじまるよ

学生野球監督生活を四季に例えると、「春」は鹿島学園高校の監督時代になるでしょう。

そして「夏」は米子商業(米子松蔭)高校、「秋」は羽衣国際大学です。いよいよ来年4月から「冬」がはじまります。

旭川出身の作家である三浦綾子さんは、随筆『旭川とわたし』の中で、こう述べています。

「もしこの旭川が、きびしく長い冬を持たなかったら、それは何とつまらぬ所であろう。長い冬の中で、人々は耐えるということを学ぶ」「しかも、只漠然と耐えているのではない。そこには、春を〈待つ〉という積極的な姿勢がある」。

旭川で学生時代を過ごした私は、来るべき「冬」に向けて、着々と準備を進めています。

逃さず

先月は故障に苦しみました。

椎間板ヘルニアなのか、はたして脊柱管狭窄症なのか。自分でもよく分かりませんでした。

股関節腰痛だったようです。先日のNHKテレビ『ためしてガッテン』で紹介されていた股関節腰痛に効くストレッチを試したら、痛みが和らいだからです。

来年度から大きな仕事をもつため、今までのように走ることは難しくなります。それまでにフルマラソンを2回完走して、通算10回の大台に乗せたいと思っています。ですから、先月も「ダマしダマし」で100kmは走りました。

きょう大阪はずっと雨。夕方、雨が弱まったのを逃さず浜寺公園を走りました。さすがに他に走っている人は、一人もいませんでした。浜寺公園通算760周。

研修

舞洲ベースボールスタジアムにて、大阪府秋季高校野球大会5回戦3試合が行われました。勝利校がベスト8進出となります。

午前8時に球場へ到着。

大阪桐蔭-香里丘、関西創価-履正社、近畿大附属-岸和田。ウォーミングアップ、シートノック、ゲーム、すべてを観させていただきました。

球場を去るときには、午後5時を過ぎていました。
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