朝西知徳のブログ

朝西野球をずっと応援してくれる方々に向けて、「日々の出来事」「思い出ばなし」「今の気持ち」などを綴っています(SINCE 2011/02/05)。

2020年12月

朝西知徳のホームページ⇒ http://asanishi.sensyuuraku.com/
飲水思源⇒ https://www.asahi.com/articles/ASP7H53CXP6XPTIL013.html
高校野球を通じた人間教育⇒ https://www.youtube.com/watch?v=gujEaqBPZyg

走る、観る、読む

走り納めをしました。高校三年生から付け始めた「トレーニングノート(現在10冊目)」によると、歴代第2位となる年間走行距離1447.3km(第1位は1995年の1512.6km)を記録。自粛期間まっただ中の3月には、選手と「10時ランニング」を31日間続けるなど、200km超の月もありました。

映画館には、たった2回しか行くことができませんでした。代わりにDVDによる映画鑑賞は、33本でした。今年のベスト映画については、残念ながら「該当なし」です。

【参考】(鑑賞本数)と(ベスト映画)
2010年(17本)『雷桜』
2011年(15本)『八日目の蝉』
2012年(12本)『ALWAYS 三丁目の夕日’64』
2013年(11本)『県庁おもてなし課』
2014年(13本)『小さいおうち』
2015年( 7本)『イニシエーション・ラブ』
2016年(12本)『クリード:チャンプを継ぐ男』
2017年( 6本)『ラ・ラ・ランド』
2018年(13本)『今夜、ロマンス劇場で』
2019年( 8本)『男はつらいよ:お帰り寅さん』
2020年( 2本)  該当なし


読んだ本は、自粛期間が長かったこともあり、過去最多の年間42冊でした。終盤は『猫を棄てる:父親について語るとき』『一人称単数』『風の歌を聴け』『村上T:僕の愛したTシャツたち』など、村上春樹さんの著書を夢中で読みました。

2020年の主な出来事

2020年の印象に残った出来事を挙げたいと思います

①1/12(日)息子が成人式
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②1/26(日)「2020大阪ハーフマラソン」に初出場(完走)
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③2/2(日)「第22回大阪フル・リレーマラソン」で羽衣学園高校野球部が優勝
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④2/15(土)羽衣学園高校野球部0期生が卒業
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⑤2/16(日)「第27回KIX泉州国際マラソン」にて2年ぶりのフル完走(通算11回目)
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⑥6/15(月)117日ぶりの全体練習
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⑦7/18(土)羽衣学園高校野球部1期生が高校野球を完走
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2019年の主な出来事 : 朝西知徳のブログ (livedoor.jp)

報酬?

丸一日かけて家の大掃除をしました。

ハーフマラソン1本分の疲労度です。

今年も「おつかれさま」という意味でしょうか(コーヒーです)。
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贈り物

今年さいごの全体練習を行いました。
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総監督(中央)の見守る中、ハーフバッティング。
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整備を終えてから、グラウンドにて皆で昼食を摂りました。
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羽衣駅前『北京』の豪華弁当です。
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昼食後、それぞれが今年の反省と来年の決意を述べました。
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部長(右)からは「激励の言葉」が贈られました。副部長からは「納豆」が贈られました。
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私は、創業明治40年・浜寺公園前『福栄堂』の浜寺銘菓「ちん電どら焼き」を贈りました。
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スタミナ強化

淀川にて開催された「第12回大阪チャレンジマラソン」に出場しました。

出場選手は各ウェーブ(班)に分かれ、さらに2人ずつスタートする(ネットタイム採用)など、感染予防対策は万全の大会です。もちろん検温、事前の健康チェックもありました。

「大阪チャレンジ」は、昨年と一昨年は5kmの部に出場しましたが、今年は(今冬の)初レース(通算85レース)ということもあり、10kmの部に出場してスタミナ強化を試みました。

前半は23分33秒、後半は23分28秒、合計タイムは47分01秒(4分42秒/km)でした。タイムは平凡なものでしたが、後半に粘ることができたので、次のレースにつながりそうです。
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クリスマスを終えて

副部長の指導により、タイヤトレーニングを行いました。
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部長の指導により、一年生はティーバッティングを行いました。
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監督(私)の指示により、故障者は倉庫そうじを行いました。

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高校野球部は、明後日(12/28)が今年最後の練習となります。

しょっぱい

寒い日には銭湯(健康ランド)が一番ですが、自宅の風呂に入浴剤を入れることで我慢しています。

先月の鳥取出張で手に入れた入浴剤「皆生(かいけ)の湯」です。以前は、皆生温泉の近くに住んでいましたので、旅館の温泉によく浸かっていました。懐かしい湯です。

皆生温泉は塩分が多いのですが、「皆生の湯」も しょっぱい味がしました(しょっぱいは関東の方言?)。
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手書きの年賀状

年賀状づくりをしました。

ネット社会になっていることも関係しているのでしょうか。ピーク時の3/5の枚数に減りました。

「あて名の文字は誕生日に選手から贈られた万年筆で書いています」。10年くらい前までは、住所は手書きでと決めていたのですが、今では時間の都合により印刷にしています。

「年の瀬遅くまでこたつにかゞんで 一枚ずつ書いてた年賀状を 印刷がやってくれ」「毎年届いていたあいつの読みにくい きたない悪筆に触れなくなったとき あいつの賀状から深さが消えた」。倉本聰『昭和からの遺言』からの引用です。

ユニフォームを脱いだら、必ず手書きを復活させたいと思います。
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研究テーマ

大学三年生の「専門ゼミナール」では、毎年みんなで一つの研究を行います。

過去の研究テーマです。

2016年度「大学野球における丸刈りの心理的効果」
2017年度「投球カウントによる大学野球選手の打撃成績の変化」
2018年度「大学野球における発声が味方チームに及ぼす心理的影響」
2019年度「ブラックソックス事件:八百長事件に見るスポーツのあり方」

そして今年度は「プロ野球における観客の存在が選手に及ぼす影響」です。

1/21(木)の学科発表会にて研究内容を報告します。
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8人だョ!全員集合

大学は年内の授業最終日でした。

昼休みには、同窓会による四年生の慰労会(表彰式)が行われました。

四年生8名が全員集合しました。
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冬至

ピッチングマシンを使って、走りながら大飛球を捕る練習を行いました。

冬至の日に柚子湯に入ったり、南瓜を食べたりすると運が良くなるようです。

明日から、少しずつ日没が遅くなるでしょう。明日から、少しずつ運気が上がっていくでしょう。
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大学野球を通じた人間教育

大学野球部の入部説明会が行われました。

来年度の入部予定者は、今のところ16名。学校行事があるため出席できない2名を除く14名が出席しました。

私(彼らの担任)は、大学生または大学野球部員としての心構えを伝えました。入部予定者は、その後、ユニフォームの採寸を行い、大学全体の説明会に参加しました。
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ホワイトボードには

10月以降は、「練習過程表」にしたがって練習を進めています。

もちろん、今でも先輩たちに囲まれながら。
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今日から午前中授業

高校は、今日から午前中授業です。

久しぶりに高師浜球場にて、午後から全体練習を行いました。

もちろん行き帰りはランニング(計6km)。球場ではインターバル走(計3.5km)。球場内の駆け足を入れれば、走行距離は計10kmでしょうか。
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研究発表会

大学一年生「大学入門ゼミナール(旧・基礎ゼミナール)」の学科研究発表会が行われました。
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野球部ゼミからは、ゼミ内で第一位(14名中)となったキタニ君が登壇しました。
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きょう登壇した8名のうち上位3名が、2/4(水)講堂にて開催される全学発表会に進みます。

一緒に過ごした時間

14年前に創った詩です。



当時の新聞記事です(原文のまま)。
asanishi.sensyuuraku.com/poem.html

「四千時間という膨大な時のなかで」の4000時間というのは、グラウンドで選手と一緒に過ごした時間です。今のチームでは時間の制約もあり、2年4ヵ月で2400時間(100時間/月)となります。さらに、今年は4ヵ月(400時間)の自粛期間があり、三年生とは前任校の半分となる2000時間しか、同じ時を過ごすことがでませんでした。

しかし、月に2度の会議(計5時間)を除いては、約95%の時間を選手たちと一緒に過ごすことができたのです。ラストゲームは、三年生15名すべてが出場する「全員野球」を貫くことができました。今回の「青春映画」は、放映時間は「二千時間」となりましたが、素晴らしい作品となりました。

DH制について

セントラルリーグにDH制(指名打者制)を導入しようという働きかけがあると聞きますが、私は反対の立場です。

1976(昭和51)年、読売ジャイアンツの長島(現・長嶋)監督が初めてリーグ優勝を果たして臨んだ日本シリーズは、阪急ブレーブスが3連勝したあと、読売ジャイアンツが2連勝。第6戦は5回表まで、阪急ブレーブスが7-0とリードし、阪急の2年連続の日本一が目前に迫っていました。

ところが、読売が淡口憲治のスリーランや柴田勲のツーランなどによって7-7の同点に追いつきます。延長10回裏に無死一、二塁のチャンスで打席に立つ小林繁(投手)は、バントの構えからなんとヒッティング。打球は二塁手のマルカーノの脇をすり抜けてセンターヘと転がり、無死満塁とチャンスを広げました。直後に高田繁が右前へサヨナラヒット。読売が3勝3敗のタイに持ち込みました(結局は阪急が日本一ですが)。

私は高田繁のサヨナラヒットよりも、小林繁のバスターに心を揺さぶられました。プロ野球からDH制がなくなれば、そんなドラマチックな試合がもう見られなくなるということです。

読売ジャイアンツのV9を支えた堀内恒夫(投手)が、公式戦(引退試合)の最後の打席でスリーランホームランを放ったり、好敵手であった阪神タイガースの江夏豊(投手)がノーヒットノーランを自らのサヨナラホームランで締めくくったり、そういったドラマも永久に見られなくなるはずです。

1981(昭和56)年の読売ジャイアンツの日本一を支えた両エース・江川卓と西本聖が、マウンドに優るとも劣らない気迫で打席に立つ姿は、高校生の私をワクワクさせました。投手が本気で打席に立つ姿は、とても新鮮でとてもカッコいいものでした。

空も飛べるはず

新たに高校三年生10名の進路が決まりました。
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三年間、勉強と野球を両立してきた成果が出たようです。

どこの大学に行くのか、だれに教えてもらうのかではなく、どんな気持ちで大学生活を送るのかが重要です。

「君と出会った奇跡が この胸にあふれてる きっと今は自由に空を飛べるはず」。

教員と学生

高校野球部が発足してから、まもなく3年となります。つまり、大学野球部の現役選手(一~三年生の32名)の中に、部長または監督として接した選手は一人もいなくなったということです。

今は、教員と学生という関係で接しています。監督と選手という緊張関係がなくなった分、かえって余裕をもって指導することができます。

野球部ゼミは継続していますので、教室で引き続き野球というスポーツの素晴らしさを伝えていきたいと思います。

Tired

学会の研修会が、遠くの会場(大学)でなく、Web(ZOOM)にて開催されました。よって、朝から夕方まで研究室にこもり、机に向かっていました。

私は、理論より情緒を重んじてしまう傾向があるため、グループワークでは、なかなか正しい結論が出せずに困惑しました。みなさんと意見を交換して、自らの経験の浅さと知識の足りなさを実感しました。もっと研鑽しなければ。

「明日は監督さんが(グラウンドに)いないけれども、大学にいる監督さんに大きな声が聞こえるように練習しような」。遠くから、高校野球部員の元気な声が、研究室まで届きました。

小さな怠慢を見逃すな

高校野球部は、現在9名で活動しています。きのう2名が体調不良により欠席したので心配しましたが、きょう9名そろってユニフォームを着ることができました。
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来春まで(すくなくとも4月まで)、1名でも欠けたら練習試合さえ行うことができません。1名でも試合中にケガをすれば棄権となります。そんなギリギリの状態できちんと戦うためには、各々が細心の注意を払って毎日を過ごす必要があります。

そのためにも「小さな怠慢」を見逃すことなく、粘り強く指導していきたいと思います。

ノートづくり

定期的にノート提出をさせています。

9人のノートを読み、誤字を直し、コメントを記すだけで3時間を費やしました。

学年が上がるにつれてノートづくりは上手になるのですが、2期生(二年生)の中にも素晴らしいノートが多くありました。
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自宅学習日?

全体練習を再開して2日目。高校は自宅学習日(採点日)のため、暖かい時間帯(10:00~14:00)にボールを握ることができました。

「誇りある自分であるために、何をすればよいのかを考えながら練習に取り組むように」。

大阪には全国を代表する高校野球部がありますが、それらの選手たちと勝負をしても、人間として負けない、たくましく心やさしい人間を育てていきたいと考えています。

※浜寺公園ランニング1300周達成!

貧幸

脚本家の倉本聰さんは、貧しくても倖せに生きていた頃を「貧幸」と称しています。

私にとって「貧幸」とは、大学を卒業してからの3年間です。

貯金もなく、未来が不安なのに、いつもドキドキしていました。その頃の私は、永遠に生きていられると錯覚していたようです。

海援隊の歌にある「生きていることがお祭りみたいに楽しかった」という表現がぴったりの当時の私(ちょうど30年前)でした。
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おれは男だ!

卑怯な者に対して「男らしくない」とか、勇気のない者に対して「それでも男か」とか、かつてはそう表現していたものです。しかし現在では、そういった言葉を特に教員は口に出せない世の中になっています。

「男らしさ」「女らしさ」って、そんなに悪い表現なのでしょうか。昔の青春ドラマ『おれは男だ!』という作品名も、現在ではクレームの対象になってしまうのかもしれません。

「スポーツマンシップ」という言葉は、男性アスリートに限定しているわけではありません(スポーツウーマンシップなんて言いませんよね)。同様に「男らしく」などの言葉も、男女の差を表現する目的で使われているわけではないのです。

私はあえて言います。「男なら勝負してみろ!」と。これも男女の差を表現しているわけでは決してありません。あくまで、選手の奮起を促すためです。

最近では、「スポーツマンシップ」を「スポーツパーソンシップ」と言い換えようという動きがあるようですが、少しやりすぎでしょう。

マスクについて

ショッピングモールに出かけると、たくさんのお店でたくさんの種類のマスクがたくさん売られています。マスクは、ファッションの一部となっているようです。

私は、ファッションでという感覚はないのですが、場面に応じてマスクを使い分けています。授業用のマスクは、通気性の良いメッシュ素材のものを(大教室用と小教室用と2種類)、外出用はウィルスの侵入を防ぐために厚手の素材のものを、それぞれ着用しています。

ランニングのときは「ブレスマスク」という超メッシュ素材のものをしています。ランニングで感染する可能性は極めて低いようですので、冷たい空気から喉を守るため、心肺機能を向上させるために着用しているという感じです。

赤信号

大阪に「赤信号」が灯りました。

リモート授業に戻る大きな大学もあるようです。ただし、教育活動は継続されるようですので、動ける範囲内で授業にクラブ指導に力を注いでいきたいと思います。

ランニングをするときも、再びマスクをしています。

旭川ラーメン番付

毎年この時期は、旭川で療養している母親に会いに行くのですが、今年は中止にしました。

旭川に滞在するときの食事は、昼も夜もラーメンを食べています。

よく食べる旭川ラーメンの番付です。

よし乃 【横綱】青  葉
蜂  屋【大関】梅光軒
山頭火【関脇】天  金
茶  楽【小結】特一番

大阪は罹患者が急増しているため、週末は自宅で静かに過ごすつもりです。近くの大型スーパーでは、これらのラーメンが手に入るので、旭川に行ったつもりでラーメンを作って食べたいと思います。
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「嵐」からの贈り物

M記者(ペンネームは嵐 圭太郎)から「こおげ花御所柿」が届きました。

添付された説明書には、次のように記されていました。
鳥取県八頭郡八頭町[旧郡家(こおげ)町]に「花」と呼ばれる村があります。1780年頃、「花」の農民によって奈良県から持ち帰られた御所柿を渋柿に接木したことが「こおげ花御所柿」の発祥とされています。

M記者とは、以前は記者と監督いう関係で親しくさせていただきました。今では、遊び仲間(といっても大先輩ですが)として親しくさせていただいております。
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続・感謝しています

合同練習のときのシートバッティングでは、県内屈指の右腕と称されたウチのエースでも、さすがに強力打線に打ち込まれます。帰り際にK監督は、ヘルメットとか、キャッチャー道具とか、バットとか、使わなくなった野球用具を「全部もってけ~」と私たちに渡してくれました。新設校の野球部のウチにとっては、とてもありがたいことでした。「また来いよ~、バス代は出してやっからよ~」。

ところが、ウチのエースが絶好調のときは、強力打線のバットが湿ることがありました。するとK監督は「おめぇら、もうけぇれ~(帰れ~)」と叫び、猛練習が始まるのです。私たちは右往左往しながらバスに乗り込み、そのまま帰らなければなりませんでした(笑)。K監督は、勝負に対してとても厳しく、とても正直な方でした。今では懐かしい思い出です。

感謝しています

K監督が率いていた高校と私が監督を務めていた高校が、ある日とつぜん同じ学園となり、その学園の副理事長となったK監督が、私の上司となりました。

チーム力に差はあったのですが、同じ学園ということもあり、いく度が合同練習をさせていただきました。そのときK監督は、礼儀正しく大きな声で野球に取り組むウチのチームを見て、「おめぇ~のチームは良いチームにはなるが、強くはなんねぇ~」と言いました。私は「この野球で絶対に甲子園に行って見せる」と心の中で誓いました。

念願の甲子園出場を果たしたときに、監督会議でK監督に「自分は自分の野球で甲子園を勝ち取りました」と報告しようと思ったのですが、残念ながらK監督の高校は、県大会の決勝で敗れ、再会は果たせませんでした。

振り返ると、まだ若かった私は、K監督に反骨心をあおられ、「負けてたまるか」と努力を重ねていたのです。いつのまにか私も、K監督の「マジック」に乗せられていました。
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