2021年03月

4時間もグラウンドに立ち、ずっと練習を見守っていました。

理学部に進み、教員を目指すようです。
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高師浜球場で大学野球部と合同練習を行いましたが、50名近くの大学生の中に放り出された7名の高校生(2名は授業により不参加)は、右往左往という表現がぴったりの状態でした。
たった2名で大学野球部の合宿に参加していた0期生には、心の中に置く揺るぎない確かな基準がありました。現役部員は、彼らの立派な姿勢を今いちど思い返す必要があるでしょう。

どうか勇気ある人生を
監督 朝西知徳
「あっ、あのときと同じだ」。
卒業生が部内では最上級生となり、初めて臨んだ公式戦は、九回裏二死満塁フルカウントという同じ危機が訪れた。「あのとき」というのは、20年前の夏の鳥取大会の決勝である。
「あのとき」と同じように、主戦投手が空振りの三振に仕留め、創部初勝利を呼び込んだ。私にとっては、学生野球監督として公式戦通算140勝目となる節目の勝利であり、そして1年5ヵ月7日という最も時間を費やした勝利でもあった。試合後、「一つくらい勝っただけで調子に乗るな」「負けた相手チームの気持ちを考えろ」「つかの間の勝利の喜びは次の敗戦につながる」と叫んではいたが、「あのとき」に優るとも劣らない安堵感が私を包み込んだ。この日の青い空は今でも目の奥にある。
「今年の夏は、三年生全員で戦わないか」。4ヵ月の我慢を終えて、主将と副将を集めてそう尋ねた。「自分たちもそう思います」。ラストゲームは、みんなで決めた「全員野球」を貫いた。勝ち負けを超えた戦いは、私たちの絆をさらに強いものにした。
HAGOROMOの野球は、「あのとき」の野球をモデルにしている。丁寧なキャッチボールに代表される堅実な野球の成果は、進路にも反映された。キャッチボールを真剣に行う者は、やはり勉強も真剣に行っていたのである。もちろん、卒業生の進路決定については、杉山部長の生活面・学習面の指導が大きかったことは言うまでもない。
0期生の松岡と河野が井戸を掘り、1期生の牧野や神崎ら17名が井戸の水を汲み上げてくれた。3年の月日を経て、2期生が水を飲める環境は整った。昨夏より横田副部長と3期生が加わり、チームは新たな歩みを始めている。卒業生の努力に報いるためにも、夏の躍進をぜひ実現させたい。
高校の学年末考査も打ち切りとなり、みんなが自宅待機を始めた頃でした。
早いもので、あれから一年たちました。
2020年03月 : 朝西知徳のブログ (livedoor.jp)


























