10年前の「夏の終わり」を調べてみました。まだ愛車「パジェロJ-TOP」が健在でした。今でもときどき愛車に乗っている夢を見ます。
夏の終りのハーモニー : 朝西知徳のブログ (livedoor.jp)

「夏の終わりには ただ貴方に会いたくなるの いつかと同じ風吹き抜けるから」。
朝西野球をずっと応援してくれる方々に向けて、「日々の出来事」「思い出ばなし」「今の気持ち」などを綴っています(SINCE 2011/02/05)。



高校野球 保護者は脇役(日本海新聞『散歩道』2011/05/29)
※大学野球監督(当時)として書いた文章です。
高校野球部は、他の運動部と比べても、保護者との関わりが大きい。ほとんどの学校に、チームを後援することを目的とした保護者会(または父母会)という組織が存在する。
ただし、その目的とは異なる形にゆがんでしまい、監督を精神的に追い詰めているケースもあると聞く。
下級生の保護者であれば、監督との適切な距離を保てるのであるが、上級生の保護者となり、甲子園というものを意識し始めると、その距離が測れなくなることがあるようだ。
甲子園は、高校野球の一側面である。グラウンドで繰り広げられる毎日の出来事こそが、高校野球のハイライトである。つまり、日々、監督から指導を仰げることに、もっと感謝するべきである。
にもかかわらず、選手のことを最もよく見ている監督が振る采配を批判したり、敗戦の責任を監督に求めたり、さらには、自らの子供が試合に出られないからと不平不満をまき散らしたりすることは、保護者のとるべき態度としては間違っている。
敗戦によってしか得られないものがある。ベンチを温めている選手にしか味わうことのできない経験がある。保護者が、監督との距離を見誤ってしまうと、そういった大切なことにも気づけなくなってしまうのかもしれない。
高校野球の主役は選手である。保護者が、主役に躍り出ようとした瞬間に、高校野球という名の青春映画は崩壊する。
保護者と監督は、ともに子供を「育てる」立場にある。そのことを正しく理解している保護者は、主役を「見守る」、監督に「任せる」という姿勢を貫いている。
そんな保護者の集まりであれば、選手も監督も、安心して野球に打ち込むことができるであろう。当然チームも強くなる。
保護者は最高の脇役でなければならない。
野球部の保護者会に感謝(日本海新聞『散歩道』2009/12/06)
秋のはじめに、野球部卒業生の保護者が中心となり、今夏で監督を退いた私を労(ねぎら)う宴を開いてくれた。卒業生とその保護者、およそ100人の懐かしい姿に感激した。
5年前の夏、優勝候補となった我がチームは、初戦で敗れた。学校にもどり、当時の校長に進退を伺おうとすると、それを見た保護者が一斉に校長室へ走ってきた。「監督が辞めたら、うちの子は学校も辞めてしまいます」。
次の春、上位進出を果たすと、とつぜん「朝西コール」がわき起こった。保護者の優しい声であった。恥ずかしかったが、とてもうれしかった。このような声援に支えられて、今までがんばることができたのだと思う。
今夏の試合を終えると、三年生の保護者から、一冊のアルバムを手わたされた。私が三年生8人それぞれの家族と笑っている写真があり、すべてに保護者による自筆の手紙が添えられていた。
「子供を共に育てていただいたこと、感謝しています」「大きな声で怒鳴る監督が大好きです」「いつまでも子供たちにとって、鬼監督であり、最強の応援団長でいてください」。親と教員と立場は違っても、厳しさという名の愛で、子供を強く育てようという思いは同じであった。
「三年生は、監督のもとで野球がしたくて来た子供たちばかりです」。最後の一年間は、その気持ちに応ようとして、精一杯グラウンドで叫びつづけた。残念ながら、夏は準決勝で敗れ、夢は叶わなかったが、選手、監督、保護者が一体となって戦い抜いた「青春の日々」を誇りに思う。
ブルースは12小節で終わる。私がグラウンドで奏でたブルースも、12年で終えることとなった。保護者会に恵まれ、とても幸せな監督生活を送ることができた。子供(ご子息)が卒業した後でも、朝西野球への熱烈なる応援を止まなかった曽根現慎氏をはじめ、すべての保護者の方々に感謝の気持ちでいっぱいである。

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