朝西知徳のブログ

朝西野球をずっと応援してくれる方々に向けて、「日々の出来事」「思い出ばなし」「今の気持ち」などを綴っています(SINCE 2011/02/05)。

2024年01月

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飲水思源⇒ https://www.asahi.com/articles/ASP7H53CXP6XPTIL013.html
高校野球を通じた人間教育⇒ https://www.youtube.com/watch?v=gujEaqBPZyg

マナー違反はあり得ない

「マナー違反という言葉はない」と先輩監督がおっしゃっていました。

ルールや規則のような「明文化されているもの」には「違反」があっても、マナーや礼儀やモラルといった「明文化されていないもの」には「違反」があるはずもないということなのでしょう。よって「マナーが悪い」という表現がふさわしいのかもしれません。

学生たちには、マナーの良いチームになろうと伝えています。自らの心のあり方が試されるからです。ところが、マナーの悪いチームが、ときどき勝ってしまうのが、野球の甘いところでもあります。

指導者は、目先の結果にとらわれずに、周囲の声に惑わされずに、野球を通じてマナーや礼儀やモラルを教えることが重要です。

故郷からのたより

知己より昨日の掲載紙が届きました。

出場したマラソン大会、観戦した大相撲。それぞれの結果がカラーで掲載されており、私にとっては「記念号」となりました。

伯桜鵬(鳥取県出身)と並んで、新大関に推挙される琴ノ若(鳥取県出身の横綱・琴櫻の孫)も、鳥取県民から応援されていることが分かりました。ちなみに、琴櫻と伯桜鵬は同じ中学校(倉吉市)を卒業しているそうです。
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奮闘

先日、公務員として市民のために奮闘している大学野球部の卒業生が来学しました。在学中は「主務」として、ほぼ完ぺきに役割を果たしました。
ヨシダ先生 : 朝西知徳のブログ (livedoor.jp)

仕事は「きびしい」そうです。健全です。よかったです。
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ところで、本日(1/29)の日本海新聞「散歩道」に、冬の鳥取合宿について綴った私の文章が掲載されています。今朝、信頼する先生からのメールでそのことを知りました。ご連絡いただき本当にありがとうございました。みなさまぜひお読みください。

2024大阪ハーフマラソン

「2024大阪ハーフマラソン」に出場しました(大阪城公園~長居公園)。

「大阪ハーフ」は、4大会連続の出場です。過去3大会(2020年、2022年、2023年)は、いずれも制限時間内にゴールすることができました(2021年は中止)。

同時開催の「第43回大阪国際女子マラソン」では、ウォルケネシュ・エゼザ選手「エスオピア)が、2時間18分51秒の大会記録(自己ベストタイ)で優勝。
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第2位となった前田穂南選手(天満屋)が、2時間18分59秒の日本新記録を樹立しました。
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日本人第2位となった松田瑞生選手(ダイハツ)。
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日本人第3位となった佐藤早也伽選手(積水化学)。
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今回も制限時間を10分あまり残して、ヤンマースタジアムにたどり着くことができました。
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迷路に入る

大学野球部長(理事)に復帰してから、初めて(約6年ぶり)の連盟理事会に出席しました。
大学野球部長というお仕事 : 朝西知徳のブログ (livedoor.jp)
続・大学野球部長というお仕事 : 朝西知徳のブログ (livedoor.jp)

会場は東京ではなく、大阪の梅田です。
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「迷路」と呼ばれる梅田駅(大阪駅)地下街。
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行きも帰りも・・・。
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迷路の中で、右往左往しました。
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京都に行きます

昨日、高校野球部の三年生が「合格」の報告にやってきました(3人目です)。
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「高校野球をして人生が変わった」そうです。「おい、人生はこれからだぞ。高校野球をした意味は、大人になってから分かるんだから(笑)」「はい」。
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読む映画

直木賞作品『八月の御所グラウンド』を読みたいと思い、近所の書店に出かけたのですが売り切れていました。

先日、新大阪駅構内の書店に一冊だけありました。東京に着いてからホテルにチェックインするまでに1時間以上あったので、喫茶店に入り、前半の「十二月の都大路上下ル」を読み切りました。全国高校女子駅伝に関する小説です。

帰りの新幹線(「のぞみ」ではなく、あえて「ひかり」)の中で、後半の「八月の御所グラウンド」を読み切りました。男子大学生の最後の夏休みの出来事を描いています。
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野球の原点

大学はテスト期間のため、全体練習は休止しています。

時間にゆとりがあるので、博物館を巡ったり、本を読んだりして、来年度の「授業の教材収集」「研究テーマ探し」をしています。

先日、訪れた墨田区総合体育館内には「名誉区民顕彰コーナー・王貞治のふるさと墨田」がありました。
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現役時代のユニフォームや野球道具、高校時代の制服などが展示されています。
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「野球の本当の面白さ、楽しさというのは、プロ野球にはないような気がするね。ほら、少年時代の野球があるでしょう。勝っても、負けてもかまわない。ただ夢中でボールを追っかけてね。好きなように打つ。あの時代の野球が、ぼくは一番楽しいし、面白いと思うんだ」

「ぼくは、野球は楽しくやりたいと思う。ノスタルジーとしての野球は、ぼくの心の中にずっとありますからね。近くの神社の境内に行くと仲間が集まっている。ちゃんとした野球じゃないけど、あのころの野球の楽しさは、いつまでたっても忘れられない。監督として苦しんだりすればするほど、あの当時の野球にあこがれると思うんだ」

いずれも、「コーチング論」の授業で紹介している王貞治さんのコメントです。
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体育館の目の前には、少年時代の王さんが野球に興じた野球場が広がっていました。
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野球殿堂博物館

続けて、研究調査のため「野球殿堂博物館」を訪れました。
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東京ドームの外にあります。
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WBC優勝の展示が行われていました。
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後楽園球場で使用されていたリリーフカーです。
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両国国技館

先日、研究調査のため、相撲博物館を訪れました。
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両国駅で下車。
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両国駅前では、多くの力士の姿を目にすることができます。
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相撲博物館は、両国国技館内にあるため、本場所の入場券がなければ入ることはできません。
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後援者から贈られる「のぼり」です。縁起をかついで毎場所、新調するようです。
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神を迎える意味があるそうです。
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何とか、2階の最上席(それも向正面)の切符を手に入れました。
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そのまま大相撲を見学。
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幕内力士の土俵入り。
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横綱「照ノ富士」土俵入り。土俵中央は、立行司の木村庄之助さん。土俵右下は、立呼出の次郎さん。
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売り出し中の「大の里」(左)。二所ノ関親方(元横綱・稀勢の里)期待の若手です。
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富山県出身の「朝乃山」(右)。私が最も期待している力士です(本日から休場、残念)。
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大相撲を観戦するのは、1984年2月トーナメント(蔵前国技館)、2018年3月場所(大阪府立体育館)に続き3回目です。もちろん両国国技館は初めてでした。
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やはり横綱がいると締まります。
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私のヒーローは、ずっと横綱「輪島」(石川県七尾市出身)です【国技館内掲示写真】。
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熱・青春同窓会

高校時代の友人と最後に会ったのは、1989(平成元)年10月29日でした。

なぜ日付を覚えているかといえば、伝説の日本シリーズの最終戦(第7戦)が行われた日であり、強く印象に残っていたからです。近鉄バファローズが3連勝したあと、読売ジャイアンツが4連勝したあの日本シリーズです。

そのとき、私は大学を卒業して2年目(24歳)。郵便配達員をしていました。いつでも会えるかのような握手をして別れたものの、翌年から私は高校教員としての激務が始まり、友人は海外勤務が続くなど、ずっと会えずにいたのでした。

続いていた年賀状がきっかけとなり、昨夕に再会を果たしました。34年3ヵ月ぶりの握手です。
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また、一緒にマラソン大会に出ようと約束しました。
100レースを終えて⑤【卒業テスト】 : 朝西知徳のブログ (livedoor.jp)

帰り際、私が大阪みやげ「太郎サブレ」を渡すと、友人から神奈川みやげ「鳩サブレ―」を贈られました。二人とも同じことを考えていたのです。
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雄姿

墨田区総合体育館(錦糸町)にて開催されている「第25回日本ボッチャ選手権大会」を観戦しました。
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本学でメンタルトレーニングを続けている選手が、逆転勝ちを収めました。
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卒業アルバム

高校野球部の卒業アルバムが完成しました。卒業生は野球部の4期生ですから、4冊目のアルバムとなります。
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この卒業アルバムは、私から卒業生への贈り物です。
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禁句

少年のころ、「疲れた~」と玄関を開けると、「だったら、野球なんかやめてしまえ!」と母親に叱られたことがあります。そのときは、家では弱音くらい吐いてもいいだろうと思っていたのですが、大人になってからダメな理由が分かりました。周囲の人が聞いて愉快に思わない言葉だったからです。

大学時代、入部してすぐに先輩たちから、「グラウンドで、やばいと言うな」と指導されました。当時の「やばい」は、100%ネガティブな言葉でした。

ウチの野球部でも「禁句」があります。周囲に対する配慮に欠ける言葉です。まずは 「疲れた」の類です。大阪では「しんどい」、鳥取では「えらい」、北海道では「こわい」と表現します。「しんどい」の方言は、今では関東でも使うようになったとか。「暑い~」「寒い~」など、気候に負けた言葉もプラスの面はないでしょう。

他には「やばい」「えぐい」など。どちらも凄いという意味も含まれるようですが、聞いていて気持ちのよい言葉(音)ではありません。良い意味で使う場合でも「ナイスプレー」「ナイスピッチング」「ナイスバッティング」「ナイスラン」と表現した方が気持ちよいでしょう。

「ガチ」「マジ」「めっちゃ」などは、不真面目な空気を醸成するので好ましくありません。「きもい」「きしょい」などは論外です。

ちなみに私は、高校野球監督を務めていたときには「やばい先生」と噂されていたようです(笑)。

出席票に関すること

一年生以上が受講する「スポーツ心理学」の今期の最後の授業(48名受講)がありました。まずは、教室に入って来た学生に出席票を渡します。両手で受け取るよう指導しています。ほとんどの学生が「ありがとうございます」と受け取ります。

「大学生活は時間があるから、たくさん本を読むといい。映画もいっぱい観て、心で何か感じるといい。私も昨日の空き時間に、映画『ある閉ざされた雪の山荘で』を観に行った(笑)」という言葉で締めくくりました。

授業が終わると、学生たちは「ありがとうございました」とか「お疲れさまでした」とか「さようなら」という言葉を出席票に添えて教室を出ていきます。もちろん、出席票は両手で渡すよう指導しています。

出席票とともに「今日、その映画を観に行こうとしていました」と笑顔を届ける学生がおりました。スマートフォンを使って出席を取っていたならば(今はそれが主流です)、生まれなかったシーンです。

叱られる、怒鳴られる

現代社会では、叱られる、怒鳴られる機会が少なくなっていることは事実のようです。皆が「ハラスメント」と言われることや「コンプライアンス」に触れることを怖れているためでしょう。

「ハラスメント」「コンプライアンス」を怖れて、不真面目な言動を放置する職場では、真面目な人間がやる気を失ってしまいます。不真面目な人間には大声で叱ってやらないと怠慢は改まりませんし、真面目に働いている人間が納得しません。

私は、失敗をした選手を救うために、試合後すぐに皆の前で叱ることがありました。沈黙する方が、かえって苦しませることがあるからです。感情的に叱るではなく、あくまで戦略的に叱るです。

怠慢に対して、叱って欲しい、怒鳴って欲しい思っている若者は意外と多いのではないでしょうか。
思い出に残る先生(小学校編) : 朝西知徳のブログ (livedoor.jp)
思い出に残る先生(中学校編①) : 朝西知徳のブログ (livedoor.jp)
思い出に残る先生(中学校編②) : 朝西知徳のブログ (livedoor.jp)
思い出に残る先生(高校編) : 朝西知徳のブログ (livedoor.jp)

叱られず、怒鳴られず

社会人一年目の教え子に「社会は厳しいだろう」と訊くと、「そうでもないです」と答えました。以前は、ほとんどの卒業生が「厳しいです」と顔をゆがめていたはずなのに。

今日、四年生の最後のゼミがありました。すでに入社前の研修等が行われているようです。「会社の人は厳しそうか」と尋ねると「いいえ、みなさん友好的です」。何だか拍子抜けしました。「社会に出たら通用しないぞ」という叱るときの台詞も、いずれは通用しなくなるのでしょうか。

大学卒業後、教職浪人をしていた私は、皿洗いのアルバイトをしていました。叱られ、怒鳴られ、惨めな思いをしました。でも、それが良かったのです。その経験がなければ、苦難を乗り越えて、一つひとつの目標は達成できなかったはずですから。
プロ級の腕まえ : 朝西知徳のブログ (livedoor.jp)

人生の薬

「時々、甲子園の写真を見て、元気をもらっています。人生の薬です! 」。「甲子園」の保護者からの年賀状には、そう記されていました。

写真の整理をしていたら、懐かしい写真を見つけました。

決勝の夜、優勝報告会の様子です。
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お茶で「乾杯」。
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元気が出てきました。がんばります。

八代亜紀さんのこと

昭和歌謡界を支えた多くのスターが鬼籍に入られました。

八代亜紀さんを初めて見たのは、高校生のときでした。高校から自転車に乗り、蔵敷交差点から始まる急な坂を上って、そして下って家路につくのですが、その坂の頂上にあるラーメン屋(たしか「くるまや」)の中に八代さんがいたのです。

テレビドラマの撮影のようで、多くのスタッフに囲まれていました。私たちは、自転車を下り、数年前に『雨の慕情』で日本レコード大賞を獲得したスターに魅せられ、ガラス越しにずっと八代さんを眺めていました。しばらくして八代さんは、瞳孔を開いている私たち高校生の姿を見つけ、確かに私たちだけに微笑んでくれたのです。

中学三年生のときの1980(昭和55)年は、「五八戦争」が勃発しました。戦争といっても、五木ひろしさんと八代亜紀さんの、どちらが日本レコード大賞を獲るのかという競争です。軍配は八代さんに上がりましたが、敗れた五木さんの八代さんへの祝福も印象に残りました。

昨日の新聞記事を読むと、ふたりは兄妹のように、ずっと信頼関係にあったそうです。五木さんによると「所属事務所やレコード会社が戦っていただけです」「クラブ時代からお互いの夢に向かって奮闘し」「ともに切磋琢磨し歩んできた同志だと思っていました」「彼女が僕のコンサートにゲスト出演してくれたこともあります。またゴルフ友達でもありました」。スポーツでも、そういった関係は美しく見えます。

脳科学によると、記憶できるものとできないものの違いは、そのときに気持ちが揺さぶられていたかどうかだといいます。私たちだけに向けてくれた笑顔は、今でも鮮明に浮かんできます。
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引き続き汗で教える

二、三年生の投手陣と一緒に浜寺公園をランニングしました。

移動距離を合わせて計6.5km。学生たちに訊くと、浜寺公園を走るのは「初めて」または「2回目」だそうです。私は、すでに1810周目。勾配や傾斜、距離の目安となる場所を教えながら走りました。

今年度の著した「教育実践報告」のタイトルは、『ランニングを通じた「汗で教える」スポーツ指導 ~通算100レースを終えて~』です。

一緒に汗を流さなければ、厳しい指導などできません。

グラウンドは教場なり

全体練習を再開しました。

練習前に井畑監督の言葉(単語)をお借りして、まずは「昇格したいという執念・信念・理念を持とうぜ」と選手たちに叫びました。
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「三年生は、約4ヵ月で引退となる。野球人生をマラソンに例えると、今が40km地点だ。フルマラソンは40kmを過ぎたら、もう根性で走るしかないんだ。だから、一所懸命に真面目に野球に取り組もう」。部長として、選手にそう伝えました。
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大学教授の本

新幹線の往復の車中で読んだ本です。

旅行中は、できるだけ堅苦しい内容は避けるようにしています。おそらく著者は、大きな大学に勤めているのでしょう。私の知らない苦労や出来事を多く知ることができました。面白かったです。
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年始から読み進めているのは、今もっとも興味のある「不便益」に関する本です。著者(当時・京都大学教授)もどうやらケータイ等はもっていないようです。著者は、不便益とは「不便であるからこそ得られる益」だと説明しています。

なぜケータイ等を持たないのか。
なぜ黒電話に替えたのか。
なぜ狭いグラウンドで野球を指導しているのか。
なぜ高校野球部を創ったのか。
なぜ野球留学生に頼らないのか。
なぜ不器用なパジェロJ-TOPに17年間(22万キロ)も乗り続けたのか。
なぜマラソンに取り組んでいるのか。
なぜ薄底シューズを選んだのか。
なぜ出席票を使って出欠を確認しているのか。
なぜテレビドラマ『北の国から』に魅かれるのか。

自らも整理できない理由を確かめられる内容でした。
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とにかく走り続ける

「第40回大阪新春マラソン」(5km)に出場しました。
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過去4回、高校野球部員と一緒に走った大会です。891人(2km、3km、5km、10km、ハーフを合わせて)が大泉緑地公園を駆け抜けました。
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大阪に赴任してから、14年連続(ハーフ3年連続⇒5km 11年連続)で出場しています。この大会だけは、「コロナ」期間であっても根性で開催を続けていました。
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厚底(マジックスピード)で走るか、薄底(ターサーRP3)で走るか、スタート1時間前まで悩みましたが、結局「走りやすい」薄底(下)を選びました。
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今冬は、まだ調子が上がらないので(加齢?)、目標を22分台に設定しました。22分51秒(男子50歳代 9位/21人)でまとめて、何とか目標は達成です。
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第40回記念大会ということもあり、ゴール後にお楽しみ抽選会がありました。さあ第50回記念大会まで、走り続けることができるのか。とりあえずは、3週間後の「2024大阪ハーフマラソン」に向けて、練習を重ねていきます。
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鯛イン祝い

父親が55日間の入院生活(3度目)を終えました。

退院(鯛イン)祝いを兼ねて、遅い正月を過ごしました。
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江戸城跡にて

昨夕、新幹線の乗車時刻まで少し時間があったので、東京駅から750mほど離れた皇居東御苑(江戸城跡)を訪れました。
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本丸からは日本武道館の「大きな玉ねぎ」が見えました。
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本丸からの眺望でした。
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もうひとつの後楽園

4年ぶりに新春の東京を歩きました。
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後楽園球場には、よく通っていましたが、隣接する「小石川後楽園」には、一度も訪れたことがありませんでした。
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初詣

初詣に行きました。
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こんなところに北海道のソウル・コンビニが。
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大学時代によく食べた旭川の「カステーラ」もありました。
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されど年賀状

あけましておめでとうございます。

パソコンを替えたときに年賀状の住所データを移さなかったため、前年の年賀状を見ながら万年筆で宛名を書きました。宛名を書いている時間は、その方の顔が浮かんで「会いたいな」という気持ちにさせられます。すべてをプリントアウトしていたら、そういった感情も生まれてこなかったでしょう。

今月下旬に高校時代の友人と久しぶりに会うことになりました。ずっと年賀状でつながっていた友人です。年賀状が再会のきっかけをつくってくれました。
100レースを終えて⑤【卒業テスト】 : 朝西知徳のブログ (livedoor.jp)

ペーパーレスの時代のせいか、届く年賀状は以前の6割ほど。しかし、年賀状のつながりがなければ、大学時代の「青春同窓会」も実現しなかったはずです。SNSより便利ではありませんが、年賀状には深みがあります。

今年も便利なことに頼らず、あえて手間をかけ、いろいろな思いを巡らしながら暮らしていこうと思います。今年もよろしくお願いいたします。
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