今朝、約30年前に亡くなった祖母の夢を見ました。
小学生のときから一緒に住んでいた母方の祖母です。父親が単身赴任で、母親が仕事をしていたため、中学・高校時代の弁当は、すべて祖母につくってもらいました。
高校三年生の夏から、受験勉強と並行して新聞配達のアルバイトをはじめました。私は北海道の大学に合格し、硬式野球部に入ることを決めていました。
卒業を間近に控えたその冬、関東地方は記録的な大雪に見舞われました。雪の朝に起きて朝刊を配るときや、下校してから真っ暗な吹雪の中で夕刊を配るときなどは、挫けそうになりました。
そんなとき、祖母が、「あなたが寒いさむい北海道で野球をする準備を、神様がさせてくれているんだよ」と励ましてくれました。
卒業式が過ぎ、およそ8ヵ月つづけた新聞配達は終わりました。貯めたお金で、祖母にマフラーを買ってプレゼントしました。「おばあちゃん、ぼくが大学を卒業して戻ってくるまで元気でいてね」。
北海道へ旅立つ日、祖母は玄関の前に立ち、いつまでもいつまでも、私の背に手を振っていました。祖母の首に巻かれたマフラーが、早春の風にやさしく揺れていました。
これは成人式の日に写した写真です。
小学生のときから一緒に住んでいた母方の祖母です。父親が単身赴任で、母親が仕事をしていたため、中学・高校時代の弁当は、すべて祖母につくってもらいました。
高校三年生の夏から、受験勉強と並行して新聞配達のアルバイトをはじめました。私は北海道の大学に合格し、硬式野球部に入ることを決めていました。
卒業を間近に控えたその冬、関東地方は記録的な大雪に見舞われました。雪の朝に起きて朝刊を配るときや、下校してから真っ暗な吹雪の中で夕刊を配るときなどは、挫けそうになりました。
そんなとき、祖母が、「あなたが寒いさむい北海道で野球をする準備を、神様がさせてくれているんだよ」と励ましてくれました。
卒業式が過ぎ、およそ8ヵ月つづけた新聞配達は終わりました。貯めたお金で、祖母にマフラーを買ってプレゼントしました。「おばあちゃん、ぼくが大学を卒業して戻ってくるまで元気でいてね」。
北海道へ旅立つ日、祖母は玄関の前に立ち、いつまでもいつまでも、私の背に手を振っていました。祖母の首に巻かれたマフラーが、早春の風にやさしく揺れていました。
これは成人式の日に写した写真です。







































































