【今日の論語】
子曰く、故きを温めて新しきを知る、以って師と為すべし。

【現代語訳】
孔子「海外で流行ってるビジネスをパクって多少日本向けにちゃっちゃっとローカライズして成功させれば『日本人はリスクをとって起業すべきとか』ドヤ顔で起業風吹かせて起業論語れちゃうからマジオススメ。」

【解説】

スタートアップ(笑) ベンチャー(笑)と、起業を揶揄するような言葉ではありますが、ある種日本のベンチャー論の本質をついている孔子の言葉です。

このパクるという発想はビジネスにおいてでなく人生においても非常に大事だと思います。

いわゆる要領の良いと呼ばれる人たちは、すでにある物を自分の所へもってきてちょっとぐらいルールから外れても適当に書き換えてまるで自分が発明したかのように成果を出します。

逆に要領の悪い人は、自分の考えにこだわりゼロから自分で考えて、教科書やルールからは絶対はみ出さず努力に努力を重ねて、結果すでに誰かが作ったような物の劣化版を持ってきます。パクることは悪だ、コツコツ努力を積み重ねた方が評価されるべきという日本人的な思想から抜けきれないのです。

要領の良い人はコピー元が非常に豊富なので(例えば、同じ業界からはもってこないで、趣味や遊びから持ってくるとか)特に法に触れるとか、悪いことをするわけでもなくぱっと見にはばれにくい、すばらしいパクリができます。

そしてこのパクリが組み合わさって、一定の水準まで高まった時、人はそれをイノベーションや天才と持て囃すのでしょう。

例えば、日本を代表するキャラクターのスーパーマリオを世に生み出した任天堂の宮本茂はスーパーマリオを「これまでのいろんなゲームのいいとこどり」と言いましたが、それはつまりコピーの組み合わせでオリジナルを作ったわけで、ゼロから1を生み出した訳ではありません。

漫画文化の草分けである手塚治虫も映画やアニメや文学、写真、イラストのコピーをマンガに落とし込んだのであり、

映画史上にひとつの金字塔を打ち立てたスピルバーグやジョージルーカスでさえも日本の黒澤明をうまく組み合わせて作品をつくり、また黒澤明もドフトエフスキーやシェイクスピアを組み合わて作品をつくっています。

そして今や世界に其の名を轟かせる、Googleや、スティーブジョブスも、ビルゲイツでもみんなパクり組み合わせの天才だったのです。
(Googleは他者のサービスを買収して組み合わせ、WindowsはMacのコピー、Macはパロアルト研究所の発明をコピー)

また人類史をひもといてみても、その傾向は明らかです。

かのニュートンや、エジソンは他の学者のコピーを先に特許にしたような人達で、アインシュタインに至ってはその特許庁につとめていたような人です。

結局のところ人類の歴史は常にパクりによって生み出されてきたといっても過言ではないでしょう。

もちろんパクリをすればパクられた側はいい気はしません。

日本人は「わかる人はきっとわかってくれる」「本物はきっと評価される」なんていう、甘えた気質をどこか持っています。

だからパクられてもそれに反論するのを是としない文化があります。だからこそその参入障壁が世界でも最もパクりビジネスが成功しやすい土壌をつくっているのだと思います。

パクったところで大多数の人間はいちいちその真偽の出自を確認してから判断するほど暇ではありません。自分にとって目の前にあるものがプラスであればそれがパクリだろうがなんだろうがどうでもいいのです。

それがビジネス、そして人生に於ける真理なのでしょう。
このエントリーをはてなブックマークに追加


【今日の論語】
子曰く、其の位に在らざれば、其の政を謀らず。

【現代語訳】
孔子「末端の歯車が、経営語るとか図々しいからほんとやめてほしいんだけど。」

【解説】
ブラック企業の経営者らしい言葉ですね笑
しかしあながち的を外しているわけではないと思います。
というのも日本の労働者は得てして世間知らずのことが多いからです。
なんだかんだいいつつもずっと1つの会社にいつづける人が多いので視野が広がらず狭い価値観でものごとを 考えてしまいがちで、自社にはびこる慣習や価値観が当たり前だと思っています。端から見るとおかしな会社の常識や慣習が絶対だと思っていたりする人が結構います。
 それなのにやたら社会を語りたがることが何と多い事か。実際は自分の所属する会社や狭い業界内での経験を語ってるだけなのに。しかも何故かいつも自分がさも経営者目線でわかったかのような視点で会社や業界を語ったりします。 基本的に経営者と労働者は基本的には別の立場の人間です 。見ているものが違います。この違いがわからないうちに経営を語ることなかれ、ということなのでしょう。
このエントリーをはてなブックマークに追加


【今日の論語】
子曰く、富にして求むべくんば、執鞭(しつべん)の士と雖も、吾亦(また)これを為さん。如し(もし)求むべからずんば、吾が好むところに従わん。

【現代語訳】
孔子「めっちゃ儲かるんだったら、社畜だろうが何だろうがやったるけど、そんなに儲からないんだったらもう家でニートしてた方が良くない??」

【解説】
何のために働くのか、という働き方とお金の問題について孔子が示唆を示してくれる良い文章です。

 物があふれる現代において従来の富と貧困への捉え方は大きく変わりつつあります。例えば昔の時代、手袋が欲しいと思ったら、貧しい家庭では我慢をするか毛糸を買ってきて夜なべでもしてつくるくらいしかありませんでしたが、今は100円ショップに行けば手袋が買えてしまいます。

年収100万円にも満たない家庭が100均で買った100円の手袋と、年収1000万円の家庭が買った1000円の手袋では幸福度は10倍違うでしょうか? 多少の違いはあるにせよ、ほとんど変わらないと思います。

これは、物に限ったことではありません。嗜好においても同じです。例えばインターネットというものに関しては、もはや金銭的な収入の差がインターネット上の楽しみを変えることはなくなりました。年収1000万も年収100万も同じYouTubeやニコニコ動画を見て、同じGoogleやFacebookを使ってやってることは同じです。

このような時代においてはむしろ高給と引き換えに毎日、1時間かけて会社に通って、8時間働いて、4時間サービス残業して、1時間上司や同僚の愚痴に付き合ってまた1時間かけて帰って、あとは飯・風呂・寝る。そしてこれを40年続けるような人生を送っている人たちの方がかえって罰ゲームでもやらされてるようなかわいそうな人なのではないかと思えてしまいます。
孔子が、じゃニートでよくね? というのももっともです。
現代の貧困は金銭的なゆとりよりも、精神的なゆとりがない方が貧しい人生となっていく時代なんだと思います。
このエントリーをはてなブックマークに追加

↑このページのトップヘ