モロッコ

2006年10月17日

モロッコに飛ぶ

ロンドンから飛行機で飛んだ先は、モロッコ。
 
 モロッコに関する前提知識を知っている人はごく少数でしょうから、旅行記に入る前にちょっと解説します。

 まず、場所は、ココ。

地図

 

 

 

 

 アフリカ大陸の一番北西。
 スペインのお向かいさんです。
 南の方はサハラ大砂丘で、モロッコ南の国境は「西サハラ」と呼ばれる、何処の国の持ち物か良くわからん土地に面しています。

 そして、モロッコ名物と言えば「性転換」

 これは、カルーセル麻紀がモロッコで性転換手術を受けただけです。
 当時、「性転換手術の父(微妙な表現だ)」と言えるような有名な博士がモロッコにいたそうです。
 今は、彼も亡くなっており、モロッコで性転換手術はほとんどないとか。
 と、いうわけで、旅行中も(タイとは違って)おかまちゃんは全くいませんでした。

 正式名称は、モロッコ王国(Kingdom of Morocco)
 国歌が「国王万歳」であることは、ガチ!
 フランスから独立したときの指導者の子孫が王様をやっており、国民から大変尊敬されています。

 宗教は、イスラム教。
「アフリカの国」というより「アラブの国」という雰囲気です。

 昔は、
「インド、エジプトと並ぶ、世界三大ウザ国」
 と呼ばれていたらしいのですが、現在は、国ぐるみで観光立国を目指しているため、ウザい観光ガイドを徹底的に取り締まるなど、浄化政策がとられ、大変観光しやすいです。

 なんでこんなところに行ったかというと、友達がモロッコ在住であることと、
もりぞおさんが密かに砂漠マニアであることが理由。

 出発前に、
「モロッコの砂漠地方で大規模洪水。
  建物が倒壊し、多数の人、ラクダが溺死」

 などというニュースが流れたのですが、とにかくGO!です。



2006年10月16日

最もモロッコらしい都市 マラケシュ

長い夏休みを経て、モロッコ編に話を戻します。
 モロッコに関する前提知識がない人は、まずはこの文章を読んでください。
 

さて、こんな美しい

綺麗なロンドン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロンドンから飛行機で3時間。
 モロッコのNo1濃ゆい街、マラケシュにやってきました。

マラケシュの壁

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 もう、アラブ感ただよっています。

 この街は、城壁都市で、敵から守るために街の外が壁に囲われています。

 そして、その壁を越えられても、敵がまともに行軍出来ないように、街が入り組んだ細い道だらけの迷路になっています。
 
 街には、市場があり、店があり、人が住み、ガキが走り回る。

 店に入って30秒後に店から出ても、今来た道がどっちだったかを覚えていないほど、重度の方向音痴であるもりぞおさん。

 当然こんな街で迷わないわけがなく、
「目的地を決めなければ、迷うことはない」
 の理論で、適当にふらふら歩き回っていました。

市場

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こういう、わけが分からない街は、歩いているだけで楽しいもんです。

 しばらくすると、遺跡のようなものが現れました。

コウノトリ

 

 

 

 

 

 

 

 



 
 死肉を求めて徘徊するハゲタカのような鳥がたくさん飛んでいますが、どうやらコウノトリのようです。

 そして、この遺跡の壁を登ると、街が一望。
 迷路のような街を上から見ると、どんなことになっているのでしょうか?

パラボラアンテナ

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 パラボラアンテナだらけ・・・・

 モロッコは貧乏な国なので、民放局はほんのちょっと。
 テレビは周りのスペインとかドイツとかイタリアの衛星放送を、無断で受信するのがスタンダード。
 だから、家の屋根には、高感度のパラボラアンテナがにょきにょき生えるわけです。

 もう、景観とかそういうものが、全て台無し・・・。

 まあな。地元の人は、テレビ見たいもんな。
 観光客に、不思議な迷路都市の景観を見せることより、自分たちがサッカーワールドカップ見ることのほうが100倍重要だもんな。

 時の流れと空の色に、何も望んではいけないのですが、この光景が、現在のモロッコを象徴している気がします。

 技術大国日本としては、モロッコにODAを通して小型BSアンテナを大量に出荷することで、不思議都市の景観を取り戻して欲しいものです。

 余計なお世話だとは思いますが。



2006年10月15日

マラケシュの夜

アフリカ大陸の強烈な日差しが弱まる夕方。
 乾いた空気はあっという間に気温を落とし、すっかり過ごしやすくなってきます。

 マラケシュの街の中心地、ジャマエル・フナ(フナ広場)では、ぽつぽつ屋台に日が灯り始めます。

 昼間から営業しているオレンジジュース(旨い!)の屋台

オレジュー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

に続いて、縁日の屋台のような、楽しいお店が開き始めるのです。

屋台

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
小さなベッカムがトライしているのは、コーラ釣り。

ベッカム(小)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一体何が楽しいのかよく分かりません。
 ちなみに、1回数円くらいなのですが、「1回」というのが、「飽きるまで」というのが、とてもおおらかです。

 おもちゃ、お菓子、食べもの・・・あたりが暗くなるにつれ、お祭気分が盛り上がります。

夜

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 そして、たくさんの大道芸人たちが姿を現し、人々がそれを取り囲みます。

ナカータ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれ。中田発見。

 日本人のパフォーマーが、こんなところで阿波踊りをしていました。
 どこにでもいるなあ、日本人。

 そんなフナ広場の喧騒を、建物の上から見てみました。

屋上から・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大道芸人たちが奏でるモロッカンミュージックと、屋台から立ち上る白い煙りと、そこに集まる人たちのざわめきと、屋台の明かりが異国情緒を盛り上げてくれます。

 マラケシュの夜は、とてもとても遅くまで続きます。



2006年10月14日

目的地は、洪水で沈んだ砂漠 (比喩ではなく)

 今回のモロッコの目的は、モロッコ在住の友達を訪ねるというのもあったのですが、最大のお目当てはサハラ砂漠。

そして、もりぞおさんが行こうと思うところには、かなりの高確率でろくでもないことが起こります。

今回は、モロッコの砂漠が洪水で沈みました

水に沈む砂漠

 

 

 

 

 

 

 

砂漠が洪水で沈むって、イミガワカリマセン。
ラクダも、砂漠に生まれて溺死するとは思ってもいなかっただろうに。

 出発の2週間前に発覚したこのニュース。
 モロッコ在住の友人に尋ねてみたところ
「んー あんまり大きなニュースになってないねえ。
 それよか、うちの運転手が交通事故にあっちゃってねえ・・・」

 どうやら、モロッコ人にとってはたいしたことではないようです。

 もともと砂漠の遊牧民。
 家がなくなるとか、ラクダが死ぬとか、日常茶飯事なのかもしれません。
 岸和田のだんじり祭のコースの家の垣根が毎年ぶっ壊されても平気なように。

 ってことで、早速ネットで砂漠へ行く方法を探したのですが、

自力で行くのは困難。
 なにせ、砂漠に一番近い都市から砂漠に一番近い街に行くのに、バスを乗り継いで乗り継いで10時間以上。
 砂漠に一番近い街から、砂漠のそばの集落に行く交通手段が1日1本でるかでないかのミニバス。
 しかも、「1時ごろに町外れのナツメヤシの木のそばから出発」としか書いていないおおらかさ。

 仕方がないので、現地のツアーを探します。

 日本語のツアーもあるのですが、一人で行くと、2泊3日7000ディラハム(9万円)!
 高すぎるよ!!泊まる予定のホテル200ディラハム(2600円)でんがな!

 ってことで、英語のツアーを探してみると、「ホテルアリ」(日本で言うと「ホテル鈴木」みたいな名前だ)主催のツアーが2泊3日950ディラハム(12000円!)。安い!
 日本人、ぼられすぎです。

 こんな情報も、東京で簡単に集めることが出来るインターネットって、ほんとに便利です。

 と、いうわけで、マラケシュ到着後、早速「ホテルアリ」に行って、ドラッグの密売所のような雰囲気の部屋で申し込みをしてみました。

 明日出発のツアーの名簿(ただのノートだけど)を見てみると、日本人らしき名前もあるし、まあ余裕だ。
 行くぜ!サハラ西部大砂丘。
 洪水の影響や、いかに!?



2006年10月13日

グレートアトラスを越え、サハラの道なき道を進むバス

 洪水にも負けず、サハラへ向かうもりぞおさん。
 マラケシュからサハラへの行程は約500km.。
 グレートアトラスと呼ばれる巨大な山脈を越えて行きます。

 この山脈を越えた後は、砂漠の道なき道を進んでいく、ワイルドな旅。
 さぞかしすごい車に乗っていくのだろうと思ってみたら。

バス

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただのバス・・・。

 しかし、このバス、ただのバスではありません。

 あいにくの雨模様のなか、出発なのですが、天井から水が漏れています・・・。
 晴れれば灼熱のくせに、雨になると寒いモロッコで、この水漏れはかなりキツイです。
 最初はカーテンを突っ込んで対応していたのですが、カーテンがずぶぬれになったために、穴をガムで埋めてみました。

 途中、休憩所で一休み。

  道路わきの崖の下に、何か墜ちているのが気になります。

落ちてる・・・

 

 

 

 

 

 

 

 


 

  しとしと降る雨はやまず、崖の下のライトブルーの車に、自分たちの運命を重ねたメンバーは、あまりにも寒いのでトランクの荷物から上着を取り出します。

 しっかりトランクのドアを閉めて、再出発。。。した数十秒後、後ろの席に座っている外人たちが騒ぎ出します。
 何かと思って後ろを見ると・・・荷物落ちてる・・・。どうやら、トランクがちゃんと閉まらないらしい・・・。

 さらに、数時間後。
 お約束のパンク。

パンク

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日本のバスは、出発前に点検をするのが常識ですが、海外では、壊れるまで点検はしないのが常識です。
 海外製品の品質管理度合いを見れば分かると思いますが・・・。

 こんなバスで、切り立ったがけを進み、土漠の道なき道を行くことに、一抹の不安も覚えるのですが、まあ、意外と事故は起こらないもんです。

 人間も車も、思ったよりもタフです。



2006年10月12日

アトラスの家々とクレイジークライマー

※諸般の事情で、家でネットにつなげないため、更新が滞っております
    来週から通常のペースに戻ります。

雨漏りバスでずんどこツアー
 雨もやんで、漏れるものもなくなったところで、外の風景も一変し、アトラス山脈に入ったことが分かります。

アトラス

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 切り立ったがけ、乾いた土、そして、荒野。
 あちらこちらで地層がむき出しになっており、どの層が表面に出ているかで、景色が見せる表情がぜんぜん違います。

 まともに人が住めるところではないのですが、ところどころに川や泉があり、その周りに緑が茂り、集落が出来ています。

川の側の集落

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 家は土で出来ており、当然、そのあたりの地形と同じ色をしています。
 黄色い土の土地では、黄色。

黄色い家

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 赤い土の土地では、赤色。

赤い家

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 さらに山脈の中に進んでいくと、崖山が。
 私の周りのクライミングマニアがいたら、確実に
「登れそう!」
 などとはしゃぎだしそうですが、やっぱり登ってました。

クレイジークライマー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このあたりのレストランの店員と話をしてたら、
「この前、日本人のクライミングの奴が来てたぜ。ユージっていう有名人みたいだけど」

 平山ユージ。
 昔、無理やり彼のドキュメント番組を見せられた覚えが・・。
 家中の壁に突起物がついていて、日常生活の中で常に壁をよじ登っている変態です。

「おー、知ってる!世界チャンピオンだぜ!」
「俺が案内したんだぜ!」

 帰国後、友人と話をしたら、確かにモロッコで登ってたという記事が、クライミング雑誌に載っていたそうです。

「お前は登るのか?」
「いーや。昔何回かやったけど。」
「その方がいい。この前、ヨーロッパの奴が落ちて、ケツの骨割って、入院してたぜ」
「んー。怖いねえ」
「しかし、わざわざ日本からこんなとこまで登りに来るんだからすげえなあ」

 確かに、ここは日本から飛行機で15時間以上かかるマラケシュから、さらにバスで8時間くらい来たところ。
 よくぞまあ、こんなとんでもないところに。

 まあ、クライミングという目的すらもなくやってきたもりぞおさんは、さらにガチということで。
 目的地のサハラ大砂丘まであと少し!



2006年10月11日

世界の終わりを思わせる、砂漠の風景

 山の高さがどんどん低くなり、集落を見る頻度が低くなり、ついには道から外れました。

道なき道

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 そして、遠くに姿を現す大砂丘。

 直前の大雨の影響か、砂丘に巨大な池が出来ています。

 眼前に広がる巨大な砂山と、その前にたたずむ大きな池。
 まるで、世界の終わりのようなこの光景に、しばし圧倒されます。

世界の終わり1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界の終わり2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 砂丘の前にある小さなホテルの裏庭にはたくさんのラクダ君たちがいます。
 今から、ラクダに乗って出発です。

ラクダたち

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼間は気温が50度を超えるので、日が沈み始めた午後5時ごろに出発。

出発!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラクダが進むにつれて、視界に入るものは砂ばかりになり、その美しさを言葉で表現することもできません。

  もう、余計な文章は付けません。
  写真をお楽しみください。

砂漠1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

砂漠2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

砂漠3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

砂漠4

 

 

 

 

 

 

 

 

 

砂漠5

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次回、砂漠のサンセット そして、夜編につづく。



2006年10月10日

砂漠のサンセット、そして夜

 砂漠の真ん中に、小さなテントが張ってあり、今日の宿泊地はここ。
 到着すると、ちょうど夕焼け時で、遥か遠くの地平線に、ゆっくり沈んで行く夕日。

サンセット1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地球は、広い。

世界は、広い

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なお、この夕日を見ているのは、巨大な砂山のてっぺんであり、ここまで登るのに呼吸困難になるくらい息が切れています。

 前回のサハラ砂漠である、チュニジアは、非常に平らな砂漠で、小高い砂山に登ると、辺り一面360度、視界を遮るモノがないという、地球のてっぺんに登ったような感覚だったのですが、
 コチラは、かなり大きな山が隆起していて、地球の広さと、荒々しさを感じられます。

  そして、短すぎる夕暮れの瞬間は終わりを告げます。

サンセット2

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 砂漠の夜はふけ、ガイドのおやぢの特製タジンが今日の夕食。
 モロッコ南部の原住民、ベルベル族の人たちなので、ベルベルタジン。

ベルベルタジン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ワタシ、ニッポン、マンモススキネ。」
「ベルベルレスリング、サイキョー!カラテヨリツヨイ」
「サイコッコッコッココー!」

 こんな馬鹿なことばっかりしゃべる(日本語だけではなく、英語でも同じくらいくだらないことをしゃべっている)おやじをかこんで、広大な砂漠の真ん中で食べる食事は、不思議な味がしました。

 まちがいなく、今回の旅の中で、最も奇妙な食事。

 この日は、風がなかったので、タジンが砂まみれにならなかったのがいいところ。

 同行者が「あんなおやじでもね。楽器ひいてる姿はかっこいいんだよ」

ベルベルドラマーズ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 確かにかっこいい。

 そうこうしているうちに、夜はとっぷりふけ、空には満天の星。
 ほどよく涼しいので、全員がテントではなく砂漠に野宿。

 夜の空には、私たちが気づかないところで、10分に1回くらいの割合で流れ星が流れているということを、初めて知りました。

 都会では気づかないけど、願いをかなえてくれる流れ星は、願い事が足りなくなるくらいたくさんあるんです。

 次回、砂漠のサンライズ編に続く



2006年10月09日

砂漠の朝、そしてラクダ

いつ眠ったかもわからないうちに、あたりが薄明るくなったことに気付き、目を覚まします。

 テントの中では、ベルベル人たちが朝のお祈り中。
 イスラム教徒は、朝日の前から毎日お祈りで大変です。

 そんな彼らをよそ目に、再び砂山を登る我々観光客。
 東の空が、うっすらと明るくなってきました。

夜明け前

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 乾燥している砂漠は、温度が下がるのが早く、昼の間は芋が焼けるくらい熱かった砂も、朝にはひんやりしていて気持ちがいいです。

砂

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さあ、朝日が昇ってきました。

朝日

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界中の誰にも、平等に朝はやってくる。

ガイジンにも

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私にも

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オレンジ色の朝日が照らし出す、黄色い砂の海。

昇

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 その独特の砂漠の音と、ひんやりとした砂の感覚。乾いた砂混じりの風。

 そして、すっかり夜が明けました。

朝だ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おい!もう出発かよ!

帰る

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 1泊2日かけて、このサハラ大砂丘まで来たのですが、帰りは一日です。
 まだ、午前7時なのに、これから午後9時ぐらいまで、地獄のバスツアーです。
 ケツ、割れるって。

 でも、そんな未来の不安さえもどうでも良くなるくらいに美しい、サハラ大砂丘のでかすぎる風景。

 その砂漠を見て、ラクダよ、お前は何を思う?

ラクダ

 

 

 

 

 

 

 

 

 


  さらば、サハラ砂漠。またくる。



2006年10月08日

砂漠で会った、規格外の人たち

以前の記事にあったように、今回の砂漠は現地のツアーで行きました。
 ホテルアリという、その道では有名らしいホテルのツアーで、世界各国のバックパッカーが集まってきます。

 私が行った時は、6カ国15人。
 オーストラリア人、アルメニア人、カナダ人、フランス人、ドイツ人。日本人。

 外人は、カップルや女性一人のバックパッカーも多く、今回もオーストラリア人がカップルで、フランス人とドイツ人が女性一人でした。

 オーストラリア人の男は、底抜けにバカだったし、
 どこにでもいるドイツ人は「今回はショートトリップなの。たったの4週間」とか言ってるし。

 こういうところで会う外人とは、「旅行」という共通の話題があるため、話が弾んで楽しいです。

 また、今回日本人は、女性二人と、男性一人。

 この女性たちは、道中、ずーーーーっと二人だけで話しており、他の人との交流がほとんどなかったのですが、砂漠の夜にテンションが上がって、はしゃぎだしました。

 歌と太鼓をベルベル人たちが歌ってくれた後に、いつものとおり
「日本の歌を歌ってくれ」
 という話になったのですが、彼女たちが取り出したのが、リコーダー。

 ええ?何でそんなものをモロッコくんだりまで、たて笛もってきてるのよ?

 小学校高学年レベルの演奏が終わった後、ベルベル人のバカのテンションが上がって、笛に襲い掛かる。
 笛を舐めた舐めないで、大騒ぎ。
 なんなんだ・・・このテンションは・・・。
 謎の人たちです。

 そして、最強だったのが、日本人の男性。
 彼は、今まで旅であった人の中で、最強です。

「自分、今、仕事辞めてヨーロッパとアラブを回ってるんですよ。」
「いっしょですねえ。どれくらい行ってるんですか?」
「今回は、3ヶ月くらい」

 うひゃー

「今回は、非常に濃いところなので2回に分けてるんですよ。全工程9ヶ月。
 シリアとか、イランとか行って、モロッコからスペインポルトガル行って、今回行きたいところは制覇です。」

「ちなみに、今まで何カ国くらい行ってますか?」
「大体、60くらいですねえ」

 どひゃー

「やっぱ、イスラエルとかね。いろんな宗教の聖地で、宗教ごとに居住区が別れ
てるんですよ。
 で、ど真ん中にそれぞれの教会がある。
 みんな、他の宗教の教会を壊したくってしょうがない。
 いい悪いじゃなくて、でも、あんな風になっちゃいけないなって・・・思いますね。」

 なんか、私とは桁違いの含蓄が・・・。

 そして、バスが休憩の時、「レッドブル(オロナミンCを3倍濃くしたような飲み物)を飲んでたら、

「自分、タイでよくそれ飲んでたんですよ・・」
「タイにも行ってたんですか?」
4年くらい、タイでキックボクサーやってたんで・・・

 なんなんだよ!アンタは!

 色々な人にあえるから、旅は楽しい。

 ちなみに、夜にバカだったベルベル人ガイドは、朝になってもバカでした。

らくーだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、らくだくん。

ベルベル



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