スピリチュアルな価値観においては、若くして旅立って行く人はこの世での課題を早くに済ませてしまうのでそうなるという説がある。

要は霊的なレベルが高いので、修行の場である霊格を上げるための現世での行いが初めから少ないのだという。

まあそう言われてみれば、私の周囲でも(なんであんなに良い人が・・・・・)という人が早死にしてるケースも有るかもしれない。

私には同い年の従姉妹が居た。

兄弟姉妹の次女だったのだが、持っている雰囲気がどこか柔らかく、他人に気を使い、自己主張の少ない女性だった。
なので幼い頃共に暮らした一時期には、仲良く一緒に遊んだものだ。

他の4人の兄弟姉妹がかなり自己主張が強く、意志表示がはっきりしていて、野心家の傾向があるのと比較すると、かなりその中でも異色の存在だったかもしれない。

私から見ても、他の兄弟達や両親に気を使っている人だったような気がする。

そんな彼女は若くして大腸がんに罹り、闘病の甲斐無く33歳の若さで子供を一人遺して死んでいった。

彼女の兄は会社社長をしていており、妹を助けようとして会社のプロジェクトの一つに妹の治療を位置づけるくらい東奔西走し、その経済力を惜しみなく使用して救おうとし、私も微力ながら協力していたのだが、結局彼女はその短い一生を終えていった。

「利他」という概念がとても似合う彼女が、兄弟姉妹の中で一番先に逝ってしまったわけだ。


翻って祥一郎はどうだっただろう。

あいつにだってそれは欠点もあれば短所もある。

腰が重くてなかなか行動力が伴わず、感情のコントロールが下手ですぐ物に当たり散らし、厭世的な面も有った。
私が面倒をみていた事で、依頼心のようなものも育ってしまったかもしれない。

それでも想うのだ。

私などより遥かに人当たりが良く、いつも笑顔でいるイメージがあり、経済的に恵まれない暮らしの中でもどこか楽天的でポジティブな雰囲気を持っていた。

私が失業等で落ち込んでいる傍で、「なんとかなるよ。」という言葉もよく使っていた。

なによりも、この生き馬の目を抜くような現世で、フワフワと妖精のように漂いながら、自分の心地良いことを探してそれを実行し、その癒しのエネルギーを他人にも波及させていたような、そんな奴だった。

そして、こんな私のような根暗でネガティブ思考の権化で、人を人と思わないような扱いをし、他人に優しくなどしようとも考えなかった私に、「おっちゃんにはうちが居ったらなあかんねん。」と言ってくれた。

そんな祥一郎の生き様や性向を思い返してみると、あいつはひょっとしたら元々霊格が高かったのかもしれない。
だから艱難辛苦ばかりのこの世での修行を早々に終えて、霊界へ戻って行ったのかもしれない。


しかしこの世には、そんな祥一郎の死を乗り越えなければならない私が残った。

私は、自分の霊格はどうなのかと考えた時、決して高くは無いだろうと思う。もうこれは本能的に確実に低いだろうと確信に近いものがある。

故に今までの人生は、荒れ狂う海の中を小さな船を漕ぎ、転覆しそうになりながら生き続ける羽目になったのだろう。
要は私のこの世での課題はあまりにも多く、あまりにも困難なのかもしれない。

やれやれ困ったものだ・・・・・・・・・・・。
自分では記憶の無い、魂だった頃に決めた事をこの世でやり遂げなければならないのだから、「・・・・ちょっと・・そろそろ限界なんですけど。」と言いたくもなる。

そんな私を、祥一郎はあちらの世界からサポートしてくれるらしい。
私が残された人生で遭う艱難辛苦を乗り越えられるように協力するつもりだという。

それがふたりの魂が話し合って決めた地図なのだという。

うーむ、祥一郎の霊格がもっと低かったらこの世でまだ一緒に過ごせたのかもしれないと思うと、なかなか複雑な心境になる。

そしてお互いが魂の頃に、「ふたりで苦労しながら添い遂げる。」なんて話合いがされなかったのが残念だ。

まあこれも霊格の低い私の戯言なのだろうな。

もしも私がこの祥一郎の死という自分的に思う未曽有の苦行を乗り越えたら、次回生まれ変わる時は祥一郎とまたふたりで、今度は穏やかに添い遂げる人生を歩みたいものだ。

祥一郎よ・・・・・。

それくらいのボーナスをくれてもいいと思わないかい?

霊界の偉い人に頼んでくれないか?

祥一郎よ・・・・・・・・・。


↓祥一郎の供養の為によろしくお願いします。
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