何故死んでしまったの 祥一郎の生きた証

私、けいは2015年12月28日、最愛のパートナーである祥一郎を突然喪いました。 このブログは、彼の「生きた証を残したい。」という生前の希望を綴ったものです。 そして、ゲイの死別という経験を可能な限り見つめて行きます。 #ゲイ  #死別  #孤独

2016年03月

気づいてしまった無言の関係

気づいてしまった・・・・・・・



祥一郎が亡くなってから、それは色々な感情が渦巻き、生活が激変し、悲しみのどん底に落ちる経験を今もしているわけだけれど、



日常の何気ない瞬間、その時々の感情の行方が、全く無くなってしまったことに気付いてしまったのだ。





祥一郎と私、四六時中濃密なコミュニケーションを取っていたわけではない。



それはどんなカップルでもそうだろう。



一日中抱き合って、「愛している。」だの、「一生離れない」だの、のたまっているカップルはそうそう居ないだろう。







違うのだ・・・・・・





一緒に居ることがまるで空気のように当たり前になると、あまりに近い存在になると、無言の時間でさえ苦痛にはならないと。



例えば、二人で一日中一緒に居て、殆ど二言三言しか口をきかない時も有る。

でも、それは決して苦痛にはならず、なにも会話しなくてもそこに居るのが当然という前提があるからなのだ。





ときおり片方が、何か言葉を発する。



それにもう片方がそれなりに反応して返答を返すこともあるし、生返事することもあるし、まるっきり無視して無言のままのときもある。



しかし、生返事されても無言で無視されても、苦痛に至るまでにはならない。



それは、そんなことぐらいでは二人の関係は崩壊しないという安心感からなのだ。





いちいちそんなことで不穏になっては、何十年もの関係は続けられない。



それが空気のような存在、言葉を尽くさなくてもお互いがお互いを受容している存在というものなのろう。



視線を交わさなくても、背中を向け会って寝ていても、決してお互いの存在が疎ましいわけではない。



信頼関係というのだろうか、それも一つの愛の形だったのかと思う。



私と祥一郎もそういう関係だったのかもしれない。





日常会話、例えば「今何時?」「風呂入るの?」「きょう何時頃帰ってくる?」「それとって。」「先に寝るで。」・・・・・・・・・



一日にそれだけしか会話しなくとも継続出来る関係。それが祥一郎と私の関係だった。



わかるだろうか。



一見会話の少ない、仲の悪そうなカップルに他人からは見えたかもしれない。



でもそこには、そうなるに至った濃密な時間があったからなんだ。





《なにも言わなくても一緒に居られる・・・・・・・・・・》



それが祥一郎と私との関係だった。





今、私は部屋でひとり、何も言わないし、何も会話しない。



ただ、強い思いだけが募るだけ・・・・・・・・



それを無言で受け止めてくれていた祥一郎はもう居ない・・・・・・・・・・




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春の陽だまりの中の祥一郎



この季節、春の日だまりが公園に人を群れさす季節になってきた。





うちの近所に、清水坂公園という、木々などあまり茂っていない、芝生の広場があるくらいのしょぼい公園がある。



日差しの柔らかいこの時期、祥一郎はよくこの公園で日向ぼっこをしていた。



私が所用で部屋に戻って来て、祥一郎を探すと大概この公園で日向ぼっこをしていた。



とにかく陽に当たることが好きな奴だった。



初めて逢ったあの日も、真っ黒に日焼けして目立っていた。そうでなければ声をかけなかったかもしれない。



亡くなったあと、遺品整理している中で日焼けサロンの会員カードが何枚も。







「この時期の紫外線が、一番肌に優しくてよう日焼けするねん。」とか言いながら、毎日のようにその公園に出掛けて行った。





貧乏で冬の間は日焼けサロンなどあまり行けなかったものね。この季節、太陽を取り返そうとするように、祥一郎は陽の光をいっぱい浴びていた。





部屋に帰って来ては、「あのな、隣で寝ころんでたにいちゃんが、ちょっとイケメンやってん。」とか、「ガキがうるそうてかなわんわ。」とか、「ぼーっとしてたら変なおっちゃんが、家あるんかって聞いてきよったわ。あるっちゅうねん。」とか私に報告しては、シャワーを浴びていた。





祥一郎・・・・・・・・



お前の人生に陽のあたる時期はあったのかい?



46年の短い人生、その半分ほどはおっちゃんと一緒だったけど、おっちゃんは自信を持って



「俺と出逢う前より、いい人生やったやろ?」と言えるだろうか・・・・・・・



 

二人で暮らし始めても、苦労が絶えなかったものね。





おっちゃんはお前に、目いっぱ明るい陽の光を浴びせてやれなかったのが、悔しい・・・・ごめんね祥一郎・・・・・・・・



でも、でもね、世界で一番お前を愛していたと、それだけは自信をもって言えるよ。



生まれ変わっても、また苦労をしても、お前と一緒に暮らしたいと思うよ・・・・・



それは本当にそう思うんだ・・・・・・・お前がそのおっちゃんの言葉を聞いてつんと横を向いても。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



今でもあの公園を一人で歩くことがある。



戯れる家族連れ、暇を持て余す老人達、ボール遊びに興じる若者に混じる中で・・・・・・・・



祥一郎、お前が、



お前が居るんじゃないか、お前の幻が見えるんじゃないかと、何度も何度も振り返りながら・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




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鬱病なのか悲しみなのか‥‥‥‥



心療内科に通っている。



私はうつ病なのか、それともあまりに惨い悲しみ故なのか、精神状態が最悪なので、定期的に通院している。



「先生、私は鬱なのですか?原因のはっきりしている哀しみに打ちひしがれてるだけなんですけど。」



と言ったら、



「それでも、気分の落ち込みは薬で和らげることはできます。哀しみが全部なくなるわけではないですけどね。」



との答え。



なるほど。確かに薬をちゃんと飲んでいる時は、激しい気分の浮き沈みや、涙があふれて止まらないというようなことはあまり無いように思う。



睡眠導入剤も貰っているので、その効果で眠ることは出来ている。





しかし、医者の言うように哀しみが無くなっているわけではない。



寧ろ、薬の力で無理矢理感情失禁を止めているといった感覚が強いような気がする。



なにか、溢れかえる悲しい感情を、鼻の奥あたりで何とか堰き止めているような・・・・・





薬の副作用なのか、頭がぼーっとするし、考えも上手くまとまらず、足取りもフラフラする。



それでもなんとか薬に慣れて来たのか、辛うじて仕事は何とかこなしている。



これでいいんだろうか。



薬で無理矢理抑えることなどせずに、感情の発露のまま、哀しみ、苦しみ、寂しさのまま、正直に

過ごした方が私には相応しいのではないか。



そんな気もする。



薬を止めて、酒をあおり、感情を思い切り吐き出して泣くだけ泣いて、そして疲れきって浅い眠りにつき、祥一郎の夢を見る。



それが、最愛の人を喪った者の過ごすべき姿なんじゃないだろうか。



私はもっと泣きたいんだ。悲しみを表現し、錯乱しまくり、畳を掻き毟って、胸を爪で引き裂きたい。





それが薬を飲んでいる事で出来ないなら、後で甚大な揺り戻しがくるような気がしてならない。





祥一郎・・・・・・・・・・



教えておくれ・・・・・・・おっちゃんはお前への想いをどう制御したらいいんだろう。そもそも制御などせずに、思うままに生きたほうがいいんだろうか。



私は薬に逃げているんじゃないのか。自分が何をしでかすか怖いがために。



身体が重いよ・・・・・・・・変な倦怠感が続くよ・・・・・・・



悲しくて悲しくてしかたないのに、それを発露できないのは、しないのは、お前への背徳行為じゃないんだろうか・・・・・・・



おっちゃんは勇気がないんだろうか・・・・・・・


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何もかも変わってしまった・・・・・



帰宅してドアを開けようとする・・・・・・・



鍵がかかっている。当然だ。出くてるときに鍵をかけて出たのだから。



でも、ふとまだあの頃の習慣が残っていて、ドアの鍵は開いているものだと思い込み、ドアノブに手をかける。



開かないドアに、鼻の奥がつんとする・・・・・







洗濯する回数が減った・・・・



自分の仕事の公休日、三日か四日に一度洗濯すれば十分な汚れもの・・・・・・・



あの頃は祥一郎がほぼ毎日洗濯機をまわしていた。



古い洗濯機のゴトンゴトンという音・・・・・二人の生活の音・・・・・





テーブルの上が雑然となっている。



二人で居た頃は、食事をとるスペースを確保して、整理していたのに・・・・・・





風呂の汚れが溜まっている・・・・・・



祥一郎は二日に一回ほど風呂掃除をしてくれていた。



いつも快適で清潔な浴室・・・・・今はもう・・・・・・・・・・





祥一郎の乗っていた自転車。



もう錆びるにまかせて、ブレーキも片方効かなくなっている。



フレームの錆が切ない、もう誰も乗ることも無い自転車・・・・





マンション入り口のポストに書いた、祥一郎の名前が、もう消えかかっている。



勿論私の名前も。



でも私だけがまだ住んでいる・・・・・・・・・





整理ダンスの引き戸を開けると、祥一郎の張ったかわいいシールがあちこちに。



しかし小物で溢れかえっていた箪笥の中は、空っぽだ・・・・・・・





壁掛け時計の秒針の、コチコチという音が妙に部屋中に響く・・・・・



あの頃は気にする事も無かったのに、そのコチコチいう音が、私の心を震わせる・・・・・







そして・・・・・・話声、会話する声が無くなった部屋・・・・・



聞こえるのは、「うううううううううう・・・・・」「わああああああああああ・・・・・・・」「くううううううう・・・・」という泣いている声だけ。



「祥一郎おおおおおおおおおお・・・・・・・・」という声も。







何もかも変わってしまった・・・・・・・・・・・



それでも世の中は、この世は、たかがゲイカップルの一人が亡くなったからといって、何の影響も無く流れ、移ろって行く。



私はぽつんとそれに取り残され、溢れかえる情報に耳を塞ぎ、涙の海に溺れて絶えてしまうのを待っている。



いつまでも・・・・・・・・

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月命日・・・・・・・・・・あれから三ヶ月



三ヶ月・・・・・・・・・・


あの日からもう三ヶ月・・・・・・・・・・


長かった。本当に長かった。

祥一郎、お前のことを24時間想い、過ごしてきた。

何度泣き、何度錯乱し、何度大声を上げ、何度死にたいと思ったことだろう。


あまりにも膨大な、そして様々な想いを抱いて過ごしてきたから、こんなにも長く感じるのだろうか。

しかしあの、お前が徐々に体調を崩していく経過、そしてあの日の朝のお前との永訣の瞬間は、まだ昨日のことにように鮮明に私の目に、というか私の全身に焼きついている。

不思議な感覚。

一瞬前の出来ごとのように感じるのに、過ごした時間は長く感じる。

そう、まるで私の時間軸が二つ有って、ひとつはあの瞬間で止まったまま、そしてもう一つはその後の悲しみのためだけのゆっくりゆっくり進む時間があるような。


人は年齢を重ねるとともに、月日の経つのが早く感じるという。

でも、この悲しみ辛さ、後悔や自責の念は、いつまでもいつまでもまるで澱んだ川のように流れもせず、私に残って行くのだろうな。


祥一郎・・・・・・・・・・・

お前が去年の末に買ってくれたカレンダーを、もう三枚めくることになるよ。
おっちゃん一人が過ごすことになってしまった月日が刻まれているカレンダーだ。

買い物に行く日を忘れないように、職場からもらったシフト表に赤丸をつける作業をしなくなってもう三ヶ月だよ。

お前が食べることの無くなった冷凍食品もまだ冷蔵庫に眠っているよ。

そのほかにも、乗ることの無い自転車、靴、布団、服、化粧品や石鹸、小物類、そして音のしなくなったお前のスマートフォン。

まだまだお前の痕跡に囲まれて過ごしているよ。


祥一郎・・・・・・・・・・・

きょうは仕事だからごめんね。

明日花を買ってくるよ。そして一緒に一献傾けよう。


最近夢で逢いに来てくれないね。

もう落ち着く場所に落ち着いたのかな?

でもおっちゃんは思い切り念を込めて、たまにはおっちゃんの元に来てくれるよう祈ることにするよ。

できるなら、できることならその祈りに答えておくれ。

愛する祥一郎よ・・・・・・・・・・・・・・・・


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