何故死んでしまったの 祥一郎の生きた証

私、けいは2015年12月28日、最愛のパートナーである祥一郎を突然喪いました。 このブログは、彼の「生きた証を残したい。」という生前の希望を綴ったものです。 そして、ゲイの死別という経験を可能な限り見つめて行きます。 #ゲイ  #死別  #孤独

2016年07月

もしも祥一郎に闘病生活があったなら

イトスギ

イトスギ 花言葉:死


もしも祥一郎の病気がガンだと早期に分かっていて、その後入院、壮絶な闘病生活を体験していたら、どうなっていただろう。

色々な人達の死別日記を読んで、闘病の記録を読んでみると、もし自分達だったらと思う事が有る。

もちろんそうなっていたらわたしと祥一郎だけの問題では無くなる。

実家の肉親も巻き込むだろうし、医療関係者との膨大なやり取りもしたことだろう。

もしかしたら遠い実家近くの病院に入院させられて、私はなかなか逢いに行けなかったかもしれない。

それにお金の問題もある。

色々な制度を利用しても、祥一郎にはお金が無かったから、私も持ち出していただろう。
実家は決して裕福とは言えないようだったから、お金の問題は更に大きくなっていただろう。

最新の治療や、高い抗がん剤治療などは出来なかったかもしれない。

それでも・・・・・私はこのところしきりに想像してしまうのだ。

あの日、あんなことにならずに病院に連れて行き、そのまま入院となり、どれほどの期間になるかは分からないが、二人で病気と闘った日々があったならと。

入院して短期間で亡くなってしまったとしても、もし意識があったなら最後のお別れの言葉のやり取りくらいできたかもしれない。

何ヶ月、ひょっとして年単位の闘病生活を送ったとしたら、その間少しは体調の良い時期もあって、祥一郎の行きたいところへ連れて行ってやれたかもしれない。私が身体を支えて、あいつの好きなミュージカルやバレエにも連れて行ってやれたかもしれない。

許される範囲で好きな物を好きなだけ食べさせてやれたかもしれない。


死別を体験した人の中で、闘病生活を送って来た方々は、なんとか生き延びてもらおうと必死になって闘ったのに愛する伴侶は旅立ってしまった。その悲しみ苦しみ、やり切れなさや無力感は想像に余りある。

私のように、殆ど何も知らずに青天の霹靂とばかりに伴侶を喪った者とはまた違った感情があるのは理解できる。

それでも、誤解を恐れず言えば、私はあいつと一緒に病気と闘いたかった。

闘って闘って闘いぬいて、その結果敗れてしまったとしても、病院の白いベッドの上だったとしても、手を握りながらあいつの想いを受け止めてやりたかった。

でも現実は、祥一郎はあの日あの時、まさに病院にあと数時間で行くことになっていたのに、倒れて血を吐きそのまま逝ってしまった。

まるで私や実家の肉親たちに迷惑をかけまいとするように。

私はそうなる前に何をした?

のほほんと単なる痔だと思い込み、直前になっておかしいと思いちょこまかと慌てて少々動いただけだ。

あいつの命を救うために、ろくな事をしてやれなかった。

それが堪らなく悔しいのだ。

私は血反吐を吐いてでも、この両足が折れてでも、あいつの為に病魔と闘いたかった。

私と祥一郎との最後の時間が、あの一瞬間だけしか無いというのはあまりに悲し過ぎる。

おそらくどれほどの闘病期間があったとしても、また違った悲しみや辛さは残っただろう。

それでも、徐々に死に向かっていく祥一郎の為に、何かを精一杯してやりたかった。


「一瞬で、最愛の伴侶の貴方に抱かれながら亡くなった。長く苦しまずに天に召されてよかったのではないですか。」

と、人は言うだろうか。私は無いものねだりをしているのだろうか。闘病に敗れた人に失礼だろうか。

・・・・・・・・・・・

それでも私は想像してしまうのだ

「おっちゃん・・・うち、頑張ったけどもう駄目みたいや。ごめんな。」

「祥一郎、祥一郎、祥一郎、何言うてんねん。がんばろう、もうちょっと頑張ろう。おっちゃんも頑張るから。きっとようなる。そやからそんなこと言わんといて。な?さあおっちゃんの手を握って。おっちゃんが何とかするから。きっとなんとかするから。」

「おっちゃん・・・・・・・。」

そんな会話をしながら、病魔と闘った祥一郎と私、二人の姿を・・・・・・・・。


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間違った選択の連続 でも祥一郎が居た

リンゴ

リンゴ 花言葉:選択


私の人生はこれまで間違った選択ばかりをしてきたような気がする。

結果論というかIFの話になってしまうかもしれないが、どう考えてもあの時ああしていれば、こうしていればという局面があまりにも多い。

社会へ出て(というか家出して)初めてした仕事は理容店だった。そこのご夫婦はよくしてくれたけれど、夜の遊びを覚えてそのままそれが仕事になってしまい、水商売を始めることに。

その仕事を何十年もすることになったが、世の中で一番景気に左右される業界。

あのバブル後の未曾有の不景気にはひとたまりも無かった。

あのまま理容店で修業を積み手に職をつけていれば、小さな店でも持ってささやかな暮らしをしていたかもしれない。

いや、それとも子供の頃から憧れていた動物園の飼育員の仕事をするために、アルバイトをしながらそれ関連の学校に通い、資格などをとっていれば私の小さな夢は叶ったかもしれない。


水商売を辞めた理由は不景気も理由だが、このままでは酒で身体が持たないと思ったのも理由だ。

しかし私の亡くなった親友は「私にはこの仕事しか無いのよ。」と言って、亡くなる直前まで店を経営していた。そしてそれなりのものを残した。

それを考えると、あのまま我慢して小さな店でも持っていれば、継続は力というか、生活はなんとかなっていたかもしれない。
なにしろ一番長く続けた仕事であり、経営の方法は熟知していたのだから。


「私にはもっと違う世界があるはず。」等と淡い期待を抱き、東京の従兄弟を頼ってサラリーマンをやり始めてから加速度的に人生が狂い始めたような気もする。

結局それも長続きせず、(まあ色々な理由があるのだが)、それ以降、コンビニのアルバイト(祥一郎とはその頃に出逢った。)、大阪に舞い戻って再度水商売に挑戦、二度店を変えたがそれも失敗、その後少々危ない法律スレスレのアダルト関係の仕事もし、宅配専門の外食チェーン店をやっと見つけてそこで働く。しかしその店の屋台骨も崩れ落ち、結局オーナーは店をたたむことになり、またもや路頭にまようことに。

生活保護受給も考えたが、東京に居たその外食チェーン店のフランチャイズのオーナーに声をかけられ、再度東京に舞い戻る。

何年か後、そこへあのリーマンショックが襲い、またもやリストラされる羽目になる。

それから今の介護職に就くまでの数年間、よく祥一郎とふたり生きてこられたと思う。

占いを勉強し、電話占いの仕事を三年ほど続けたことも有る。

こういっては何だが、辞めたくて辞めた仕事は殆ど無い。
多くはオーナーが夜逃げしたり、それこそ不景気で売上がガタ落ちしたり、リストラに遭ったりというようなケースが多い。

今から思えば、私の仕事を選ぶ直感が悪かったのか、あまり良く考えずに目の前の仕事に飛びついてしまったからなのか、少しでも収入の多い仕事をと欲をかきすぎたのか。

とにかく、人生において一番影響する仕事選びに関してミスチョイス、間違った選択を繰り返してきたような気がする。

結局そんな経過を辿ってしまったので、自分がしたい事は本当は何なのか、じっくり腰を据えてできるそこそこ安定した仕事は何なのか、真剣に考える暇も無く、流されてしまったのだろう。

それでもひとつ言える事が有る。

それは祥一郎との暮らしをなんとか続けさせなければならない、二人の暮らしを維持しなければならない、この子を飢えさせるわけにはいかない、という強い思いがあった事だ。

そして逆に言えば、祥一郎が居たからこそ、間違った選択の連続でも何とか生きてこられたとも言える。

二人で居たかった、ずっと一緒に居たかった、その強い思いだけでこの人生の荒波に揉まれてきた。

もし祥一郎が居なかったら、自分独りの身くらいどうでもいいと思い、自暴自棄になってホームレスにでもなっていた可能性もある。

あいつが居たからこそ、スレスレのところで人生を捨て去ることも無く、荒波に飲まれそうになりながらもなんとか這い上がろうとしてきたのだ。

祥一郎の存在は、私の生きる意味であり、支えでも有り、苦労を分かち合える存在でもあった。


そして私は祥一郎を喪った。

これから先の人生、あと何年あるか分からないが、また選択の時がやってきて同じ轍を踏むことになっても、もう私にはそれに立ち向かう力は残っていないだろう。

生活保護を受けて部屋に引きこもりながら孤独死するか、或いは本当にホームレスになるか、考える力を失い自死を選ぶかというような、一人で余生を送る際の最悪のケースが現実のものになるような気がする。

現実に今、自分自身の気持ちも職場の環境からも、追い込まれつつある。徐々に選択の時が迫っているような気がする。

祥一郎よ・・・・・・・
お前を喪ったおっちゃんは、道に捨てられてずぶ濡れになった子猫のように、やがて憔悴し息絶えていくのかもしれないよ。

その時は、迎えに来てくれるかい?祥一郎よ・・・・・・・・・・。


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墓参りに行ける!

菊


どうやらやっと祥一郎の墓参りに行けそうだ。


初めてのミディアムセッションの翌日、ぼーっとその内容を考えながら居ると、ふとあることを思いついた。

ミディアムさんに祥一郎の実家の事を聞かれたからなのか、それとも何かの力が働いたのか、単なる私の気まぐれなのか、それはわからない。

半年以上一度も連絡しなかった実家の祥一郎の父親に電話しようと思い立ったのだ。

最後に電話したのは今年の1月、祥一郎の国民保険証の件だった。その事についてはすでに処理済みになっていたが、その時同時に、私が祥一郎の遺品を整理したときは写真が見つからなかったので、父親に渡した遺品の中で、いずれ整理した時にもし見つかったら報告してほしい事、できたら送って欲しい事、納骨が済み、戒名を墓石に刻んだら墓参りに行きたいので連絡してほしい事などを頼んだ。

父親は「今はちょっとぼーっとしてまして。また暖かくなったらやりますよ。」と言っていた。

あれから月日が流れ、冬が終わり春が過ぎ、もう夏が来ようとしているのに、はがき一枚来ないので、
父親はもう私とは関わりたくないのだなと思い、私の方からもう二度と連絡はすまいと思っていた。

なにしろ、私が実家にお邪魔して祥一郎との暮らしはどんなものだったのか、この20数年の彼の生きた軌跡はどんなものだったのか、聞いて欲しいと申し出たところ、「それはもういいです。気にしないでください。」とやんわり断わられたのだから、そういうことなら私の方から無理強いはできず、祥一郎亡き後、もうまったく関係は無いと思っているのだろうと、悲しいけれど諦めたのだ。

私は私で祥一郎の為にできることをすればいい、実家は好きにすればいいと納得することにした。

所詮特殊な関係で、父親にしてみればおいそれと公にはできないことなのだろうと、残念ではあるが
そう思う事にしたのだ。

いや、有体に言えば、「ふん、別にいくら祥一郎の実家だとしても、通夜も葬式もしてやらない実家など、私の方からも関わるのはお断りだ。」と、そうも思っていたのも事実だ。

それがふと気が変わっのだ。

やはり祥一郎が働きかけたのか。

私は殆ど迷わずに電話をかけた。

いつもなら留守番電話になるのだが、その時はすぐに父親が出た。

「ああ、どうもどうも。ごぶさたしてます。お元気ですか。」

「はい、お父さんの方もお身体の調子は如何ですか。」

「いやいや、こう天気が不順だと、血圧が良くなくてね。カーッと暑くなった方が良いみたいです。」

なにか、あまり私が電話をかけたことに迷惑がっている様子では無い。声のトーンもそう聞こえた。

「そうですか、くれぐれもお体に気を付けてください。あの・・・・その後納骨などの件はどうなりましたか?」

「ああ、そのことでしたらもう納骨は済ませました。戒名も墓石に刻みました。いや、連絡しようと思ってたんですがね、なにか身体が億劫になってしまって。」

・・・・おいおい、こっちは墓参りに行きたくて一日千秋の思いで連絡を待っていたんだ。そしてもう諦めていたんだ。なのに億劫だったなんて・・・・ふう、なんともはや言葉が出ないというか。
それでも私はそんな事を気取られぬように、

「あっそうですか。それは良かった。すぐにでも墓参りに行かせて頂きたいと思います。」

「ええ、ええ、そうしてやってください。ああそれから、写真が何枚か出てきましてね。祥一郎と多分貴方だと思うんですけど、何人かで撮った写真が有ったんですよ。それもそのうち送りますね。」

「本当ですか!是非送ってください。お願いします。」

これは嬉しい報告だった。しかし、一緒に映っているのが本当に私なのかどうかはまだ分からない。
記憶を辿ってみても、私と祥一郎と他の数人で写真を撮った覚えが無いのだが、私が忘れているだけかもしれないが。
写真の中で笑っている祥一郎と私が居る事を祈るのみだ。

「それではお父さん、お身体にお気をつけて、きょうは有り難うございました。」

「いえいえ、貴方も夏バテなどしないように頑張ってください。それでは。」



もう二度と関わるまいと思っていた祥一郎の実家。

ふと気が変わってほぼ無心で受話器をとったのは、やはり祥一郎が知らせようとしたのか。

「おっちゃん、お墓に来て。お参りに来て。戒名も彫ったよ。待ってるよ。」

今頃祥一郎はそう言っているのだろうか。

行くよ、祥一郎。今度の休みにすぐにでも。必ず行くよ。お前の好きな物を沢山持ってね。



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ミディアムセッションの顛末 その二

ほおずき

ほおずき 花言葉:半信半疑


ミ「出逢ったのはここ数年?」
自「いえ。」
ミ「もっと前?10年とかそんな感じ?」
自「・・・・・・・もっと。」
ミ「親しくなったのはここ数年?もっと前から?なんかね、ここ2、3年の事を言われてるんだけど。
親しかったよと。」
自「・・・・・・・・・・」
ミ「なんかサッカーとか関係あります?別に観るのとかも関係無い?」
自「・・・・・いや・・。」
ミ「小さい頃にやっていたと言うことはない?」
自「さあ、そんな話は聞いたことはないですけど。」
ミ「この方の、御家族とか肉親とかいらっしゃいます?両親とか御存命です?」
自「・・・父が居ますが・・。」
ミ「この方の遺骨とかは、御家族がちゃんとやられてます?」
自「・・・・・・・・はい。」

(実はまだやってないと思う。)

ミ「貴方もこの方の為に、供養とかされてます?」
自「はあ、まあ。」
ミ「何か、御家族がやってくれてる以上に、貴方がやってくれていることに関して、感謝しているという想いが伝わってきます。そう言ってます。」
ミ「この方が生きている時よりも、今はもっと貴方が彼のことを思ってくれていることにありがとうと言っています。」
ミ「貴方がこの方の事をそれほど思っていることに対して感謝して、ありがとうといってますけれど、自分の死が貴方の人生を変えてしまいそうなら、それはもう彼の本意では無くて、もうそんなにしなくてもいいよ、とも言ってます。」

(もうすでに大きく変ってしまいつつあるんですけど。それに供養しないわけにはいかないだろ。祥一郎よ。)

ミ「貴方にはとても気持ちを許すことができたよと言っています。他の人にはそんなに気持ちを言う人では無いけれど、貴方には気持ちを許すことができたよと言っています。」
ミ「なにか聞いてみたい事は有りますか?」
自「・・・・自分の病気のことは知ってたのか聞いて下さい。」
ミ「はい・・・この人病院とか行ってました?あまり行って無いような感じを受けるんですけど。」
自「・・・あまり行ってないですね。」
ミ「ねえ、行って無い感じを受けますね。自分は体調が悪かったけど、病気が確定してない、診断が確定してないから、受け止めたくないという感じが伝わってきます。でもそれはかなり後半になってからのことですね。」
ミ「よく、こうハグしたりします?後ろから抱きついたり。スキンシップを取りたいとか。」
自「・・・・・たまにはありましたね。」
ミ「それは彼が貴方に心を許していたからだと言っています。」
ミ「他に何かありますか?」
自「私のことをどう思っているのか聞いてください。」
ミ「まず一番伝えたいことはありがとうと言う事です。いつも甘えていたということを言っています。それも含めてありがとうと言っています。自分のことを信じてくれてありがとうと言っています。
自分には味方があまり居なかった、でも貴方は味方になってくれたと言っています。」
自「お母さんには会えたんですかね?」
ミ「・・・・会ったと言っています・・。会うには会ったけど、あまり長い時間一緒には居なかったと言っています。」
ミ「お母さん、先に亡くなられてる?ずっと一緒に居るという感じはしないです。」

(大好きなお母さんとあまり一緒に居なかったって・・・じゃ今何処で何をしてるんだ?祥一郎は。)

自「たまに私の部屋には来てるんでしょうか。」
ミ「たまに行っていると言っています。そして貴方にくっついて色々な所へ行っているとも言っています。24時間ではないですけど、たまに行っていると言っています。」
ミ「どちらかと言うと彼の部屋に貴方が行っているという感じですか?どっちの部屋にも行ってるという感じですか?」
自「・・・はい。」

自「私にこれからどうして欲しいとかありますか。」
ミ「先程も言いましたが、自分が亡くなったことで貴方が自分のことを想うあまり、やりたい事や望んでいる事が滞っているのは本意ではない。自分のやりたい事をやってほしいと言っています。」
ミ「自分が生きられなかった分を生きて欲しいというところがあります。」
ミ「この方はもっとこの世に居たかったんです。居たかっただけに、貴方に代わりに自分の人生を生きて行って欲しいと言っています。とても悲しんでくれるのは嬉しいですけど、御自身の人生を生きて欲しいと言っています。」
自「実家に、自分の写真は有るのでしょうか?いっぱい有った自分の写真を実家に置いてあるのか聞いて欲しいです。」
ミ「あると言っています。実家にお父さんが居るのかな。沢山は無いけど、ちょっとはあると言っています。でもそれは昔の写真だよと言っています。だからそれは別にいいよ、探しに行かなくてもいいよといっています。それよりもあなたとのここ数年の想い出を大事にしてほしいと言っています。」

(私と出逢う前の子供の時の写真かな・・・・・それとも出逢う少し前のものかな・・・それでも欲しいんだけどなあ・・・・・・。)

ミ「この方とあなたとの良かった時の想い出を大事にしてほしいと言っています。」
自「私からの願いなんですけど、もし部屋に来たら分かりやすい相図を送って欲しいと伝えてくれますか。」
ミ「一応お伝えはしました。」
ミ「彼はまだ落着いている感じはしないですね。この世にまだ居たかったという想いが有るので、まだその心の整理がついていないという感じがします。なので送ってくることが断片的なんです。天国に行く段階は踏んでいるんですけど、まだ心残りがあるみたいですね。彼はまだ落ちついていていないという表現は変かもしれませんが、ちょっとあまりたくさんの通信を取れると言う感じでは無いです。でも、今は身体はもうしんどくはないです。最期のもうちょっとこの世に居たかったという気持ちの整理をつけていると言った方が良いかもしれませんね。すっきり落着いてて、こういったミディアムシップの通信に専念しようという感じはあまりしませんね。だから断片的になってしまうんです。」
ミ「お部屋に居た時は隣り合って座ってます?向かい合ってとか?」
自「まあ向かい合ってが多かったですね。」
ミ「さっきの相図が欲しいというリクエストですけど、気配を感じられるようにすると言っています。或いは温度とか、温かいものを感じられるようにとか。なにか浮かんでくるのは貴方の隣に居るという感じがするんですよね。」
自「まあ、隣り合って寝てましたからね。とにかく分かりやすい相図を送ってくれと言ってください。で、できるだけ頻繁に遊びにくるように伝えてください。」
ミ「わかりました。ちょっとお話ししてみますね。・・・・・・・・なかなか亡くなったからといってこの世の執着をすぐ捨て去ると言うわけにはいかないし、はいさよならといって天国にすぐ行けるわけでもないので、今はそういうものを少しずつ解きほぐしていると言う感じですね。ただもう死んだことは理解していると。」
ミ「なんか伝わってくるものは、貴方に元気を出して欲しいというものがあります。有り難うという気持ちと共に、元気を出してという気持ちが伝わってきます。自分が亡くなった事で貴方が悲しんでいるのは有り難い事ではあるけれども、あまりそれを見るのは嬉しい事ではないと言っています。」
自「・・・・・そうですか・・・もう時間もあれなんできょうはこれでけっこうです。有り難うございました。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
以上が初めてのミディアムセッションのほぼ全部の会話内容。これを読んだ方、特にセッションの経験ある方はどう思います?

私は結論から言って・・・・・・・・最初はこんなものなのかなあという感想だ。

それは相性が良くなかったのか、祥一郎が本当に今はセッションに積極的ではないのか、それともミディアムさんの調子が悪かったのか、それらが複合的に絡まっているのかは分からない。

まあハッキリ言ってスッキリした、想いがよくわかったとは言い難い。

いくら霊界主導だからといえ、知らない女性二人に最初に出てこられても・・・・・・あの時点で私は?????がいっぱい。

私、疑念が強すぎるんだろうか。その疑念が通信を妨げてるとか?

色々今後のことを考えながら、ミディアムさんに別れを告げたのだった。

同じ人とセッションすることによって段々良くなってくるとも言われるが、さてどうしたものか。

おい、祥一郎。
通信にあまり積極的で無いって言ってないで、それがもし本当なら聞きたい事や伝えたいことが山ほどあるから、もっとこっちへ来い!怒るよ、本当に・・・・・・。

私の霊界通信は始まったばかり。ここでめげるわけにはいかないので、頑張るしかないのだが。

目標は最低でもひと月に一回は行いたいなあ。
8月にもう一回行うか、あるいは別の人に頼んでみようかな・・・・・・・・・・。

でも・・今朝起きようとしたら、祥一郎のイビキらしき音がしたんだよね。あれは気のせいだったのかなあ。


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初めてのミディアムセッションの顛末 その一

サクラコマチ

サクラコマチ 花言葉:淡い期待


本日、人生初のミディアムセッションなるものを受けて来た。祥一郎の想いをダイレクトに知ることができるかなと期待して受けたのだが、まあ細かい分析や感想などは後で述べるとして、まずは忘備録として本日のやりとりを書き残しておこうと思う。
※便宜上、ミディアムさんの発言をミ、私の発言を自、私の心の声を( )で示す。


まずは私のオーラを見てくれた。まあそれはどうでもいい。

ミ「女性が二人いらっしゃってます。ひとりは同じくらいの方、もう一人はお婆ちゃんのような人です。
その二人が貴方を見守ってらっしゃいます。現世で貴方にお世話してあげられなかったことを申し訳ないと思っているようです。」

(はあ、女性がふたり?誰だろう。祥一郎じゃないのか。見守っている割には私の人生ろくな事がないんだが。見てるだけ?)

ミ「思い当たるふしがないですか。すいません、亡くなった方は誰なのか教えていただけませんか。」
自「・・・・・伴侶というかパートナーです。」
ミ「奥さんですか?奥さんのような方ですか?」
自「違います。女性じゃないです。」
ミ「ごめんなさい、女性じゃないんですね。」
ミ「その方って、優しくて割と控えめで、あまり前へ出ないような性格の方?」
自「・・・・・・うーーーんん、どちらとも言えませんね。一言では言えません。」
ミ「その方って、事故かなんかで亡くなられた方?バイクとか乗ります?」
自「いえ、乗りません。事故じゃないです。」
ミ「亡くなってからそんなに経って無いですか?」
自「うーーーん、経ってないと言えば経ってないとも言えるし・・・・。」
ミ「申し訳ないです、わたしちょっときょうはやりにくいので、ちょっと教えてもらって良いですか?」

(・・・・やっぱりこっちから情報出さないと駄目なのかな・・・・)

自「・・・・・亡くなって半年くらいです。」
ミ「そうですか。その方、わりと体格の良い方ですか?大柄ですか?」
自「・・・・・・・大柄では無いですね。」
ミ「お互い、遠慮がちな関係になったことは有りますか?」
自「・・・・・そんな時期も有ったと言えばあったかもしれませんね。」
ミ「あまり外へ出て遊んだと言うよりは、どちらかと言うと室内で一緒に過ごしたというか、バイクでツーリングなど行かずに、家の中で二人で居た感じですか?」
自「・・・・そうですね。」

(バイクにこだわるなあ・・・・・・。)

ミ「飲み屋さんとかバーとか行きますか?それともお部屋の中で飲んだりしてました?」
自「バーは・・・・別に行きませんでしたね。」
ミ「そうですか。どちらかと言うと二人だけで過ごされた感じがします。お二人の関係にはあまり他の人は関わっていないような感じがします。」
ミ「二人の関係は、良い時もあれば悪い時もあって、ついたり離れたりしていた時期って有ります?」
自「それは何を指してですか?気持ち的なもの?」
ミ「まあ気持ち的にも行動的にも、くっついたり離れたりした関係があったのかなと。」
自「・・・あったといえば有ったでしょうね。」

(20数年同居だったんですけど。そりゃ気持ち的には色々あったけど・・・・・)

ミ「なんで亡くなられたかってご存知ですか?病気?」
自「まあ病気と言えば病気ですが・・。」
ミ「なにか急に悪くなった感じっていうか、分かりますか?急にあれよあれよと悪くなってそのまま亡くなったという感じですか?」
自「・・・・・そうですね・・・・。」
ミ「なにか彼ご自身も、予想もせずに急に死んでしまったと思っているようです。」
ミ「年齢って貴方より少し若い感じですか?」
自「少しなのかどうなのか、わたしより若いのは若いです。」
ミ「けっこう若いですか?40代くらいですか?」
自「・・ですね。」
ミ「ねえ、40代くらいの感じがします。若いですね。だから自分がまさか突然亡くなるとは思ってないです。」
ミ「この方、パソコンとか好きだった方?なにかそんな場面を見せてくれるんですけど。パソコンでそれこそゲームとかアニメとか、オタクって言ったら悪いですけど、インドア派っていうかそんな感じを受けます。」
自「・・・・・・・・・・。」
ミ「色、白くないですか?色白じゃないですか?」
自「・・・それほど白くは無いですけど。」

(一年中真っ黒でしたけど・・・・・)

ミ「可愛い感じの方かな。それこそ優しい感じの方っていう感じがします。」
自「・・ふーーん、うん。」
ミ「貴方はあまりパソコンとかやらない感じですか。彼ほどはやらない感じですか。」
自「・・まあ彼が生きてた頃はあまりやらなかったですね。」
ミ「ねえ、それこそ彼がパソコンをやっているのを横で見ているとか、話しながら彼がパソコンをやっていたとかそういう感じがします。」
ミ「あまり出掛けることは無くて、それこそ近所で遊ぶくらいで、殆ど家の中で過ごしていた感じがします。」
ミ「あまり働いている感じがしないんですけど。」
自「ふんふん、そうですね。あまり・・・・。」
ミ「ねえ、あまり働いて無かったから、部屋で過ごすことが多かったのかなと。」
ミ「この方、あまり人生が上手くいって無かったような気がします。それこそ肉親の方とか、自分の理解者とかにあまり縁がなかったというか。」
ミ「子供の頃からあまり自分の理解者が居なかったというか、それで人生というか人間関係が上手くいってなかったというか、本当は友達とかも作りたかったのだけど、ちょっと何かあるともういいやとなってしまって、あまり人間関係に恵まれなかったのかなと。それでパソコンとかに依存するようになっていったのかなという感じがします。」

(まああまり人間関係で、辛抱強いとは言い難いやつだったわなあ。)

ミ「でも自分の人生がとりたてて不幸だったとは思っていないようです。ただ、そういうコミュニケーション的にはあまり上手くいかなかったという想いがあるようです。」
ミ「ラーメンとか好きでした?カップめんかもしれないけど。なんかけっこう食べてたということを教えてくれてるんですけど。」
自「・・・うん、まあ好きでしたね。」

(料理するの厭だったから、独りの晩飯は大概カップめんとご飯だったよなあ。)

ミ「とても貴方の事を支えだったといってるんですけど。心の支えだったと言う事を教えてくれてますけど。先輩というかお兄さんというか、とにかく心の支えだった時があると言っています。」
ミ「何かのサークルと言うか、集会で出逢ったということはありませんか?そんな感じがするんですけど。」
自「いえ、違いますけど。」
ミ「何か趣味が同じだったとか、そういうことってあります?」
自「いえ、それほど同じだったことは有りません。」
ミ「最後はこの方、心臓が悪かったとかそういうことはありますか?」
自「心臓が悪いとは言ってましたが、それが本当なのかどうかはわかりません。」

(求心飲んでたからなあ。本当に心臓悪かったのかもしれない。父親はなにも言って無かったけど。)

ミ「最後は、なにか心臓の発作とか、そういうことがあったのかという感じがしてますけど。」
ミ「最期はお会いになりました?」
自「会いました。」
ミ「彼は本当はもっとこの世界に居たかったけれども、身体がそうはならなかったので、その心のジレンマというかそういうものを抱えています。」
ミ「働いてなくても、これからの自分の人生を変えて行こう、良くしていこうという考えは持っていたようです。前向きな感じが伝わってきます。自分の人生をチェンジしていこうと思っていた。それなのに身体を悪くしてしまって、それが叶わなかったと、そういう想いが伝わってきます。」


※長いので次回に分割。


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