何故死んでしまったの 祥一郎の生きた証

私、けいは2015年12月28日、最愛のパートナーである祥一郎を突然喪いました。 このブログは、彼の「生きた証を残したい。」という生前の希望を綴ったものです。 そして、ゲイの死別という経験を可能な限り見つめて行きます。 #ゲイ  #死別  #孤独

2017年02月

祥一郎と二匹の猫のお話。

シャム猫と黒猫



私の都合であちこちに預けることになってしまったシャム猫のレイコを、やっと引き取ったのは、東京から大阪へ祥一郎をつれて戻ってきて一年くらい経った頃だっただろうか。

ひとりと一匹はすぐにウマが合い、祥一郎はそれこそレイコを猫可愛がりしていた。

おいたをしたレイコを私が叱ると、「反省してるから。悪いと思うてるから、もう止めておっちゃん。」

といって庇った。

私と喧嘩した時などは、「うちの話相手はレイコしかおれへんねんで。」と言って、私が普段あまりかまってやれないことを嘆いていた。

毎晩毎晩祥一郎はレイコを抱いて眠った。

当然ながら本来の飼い主である私よりも、レイコは祥一郎に懐くことになる。

私は若干嫉妬心があったのだろう、いつも私がレイコを叱る役、祥一郎が庇う役だった。

まあ傍で見ていると、微笑ましいひとりと一匹だったが。


引き取った頃レイコはもう目が殆ど見えなくなっており、脳のどこかがおかしくなっていたのか、同じ場所をくるくる回る症状が徐々に酷くなっていった。

そんなレイコがますます不憫でいじらしかったのだろう、祥一郎のレイコへの愛情はますます強くなっていく。

そしてその後、レイコは乳がんを発症してしまう。

病院に連れて行ったが、猫の乳がんは除去してもすぐに再発するとかで、このまま最期まで看取ってやったほうがいいと言われ、手術は諦めざるをえなかった。

ガンは段々大きくなっていき、膿が出るので風呂場で洗ってやるのだが、痛いのかとても嫌がった。

やがてレイコは声も殆ど出なくなり、口を開けて息を吐きながら何かを訴えるだけになった。

ある日、私が仕事から帰ってくるのを待っていたように、レイコは私と祥一郎が見守る中、お気に入りのクッションの上で息絶えていった。

祥一郎はレイコの遺骸を抱いて寝ようとしたが、それだけは止めろと私が阻止し、翌日、祥一郎は泣くばかりなので、私が以前小耳にはさんだことのあるペットの遺骸を焼いてくれる施設に赴くことになった。
形ばかりの慰霊碑が建っていて、焼いた骨は捨てることになっている施設だ。

その場所は私の実家のすぐ近所だったので迷う筈は無いのだが、何故か私は迷ってしまい、なかなか辿りつけなかったのを想い出す。

きっとレイコは、ちゃんと骨を供養して欲しかったのかもしれない。

貧乏で死んだ後もろくな事をしてやれなかったことを、今でも申し訳なく思い返すことがある。

想えばあれが、祥一郎と私がひとつの命を看取ったただ一度の出来事だった。


その後東京に戻って来て、何の因果かまたクロという猫を飼うことになったのだが、このクロもいずれは祥一郎と私が看取ることになるのかなと思っていた。


しかし・・・・・・・

実際は、私とクロとで祥一郎が旅立って行くのを見送ることになるとは。

このクロも祥一郎が猫可愛がりしていたので、ときおり所在無げに何かを探すような素振りを見せて鳴くことがある。

私は悲しみと仕事の疲れから餌をやるくらいがやっとでろくに構ってやれないので、きっとクロは甘え足りないのだろう。

最近は、いつも祥一郎が座っていた場所にある座椅子で丸くなっている。

あいつの胡坐の上で眠るのが好きだったクロ。その感触を想い出してでもいるのだろうか。

それでもときおり私の傍にやってきて、意味ありげな目をして鳴くことがある。

「おっちゃんは自分をおいて先に逝ってしまう事は無いよね。」とでも言っているのか、或いは、「私とおっちゃんと、どっちが先に祥一郎に逢いにいくことなるのかなあ。」と想っているのか。

おそらくクロの方が先に祥一郎の元へ行くことになるのかもしれないが、その時私は多分羨ましく見送ることになるのだろう。

「・・・・・・・クロや、おっちゃん後から必ず行くから、祥一郎とふたりで待っていておくれ。」

そう呟きながら。


祥一郎と私と二匹の猫の縁は、これも決まっていた事なのかもしれない。

いずれあの世で全員揃ったら、もう病も貧乏も無い世界で楽しく暮らしたいものだ。

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蘇った自転車 祥一郎を乗せて・・・・

BlogPaint


祥一郎・・・・・・

以前に書いたお前の愛用していた自転車ね、きょう修理に行って来たんだよ。

右側のブレーキはもう効かなくなっていて、左のブレーキも擦り減っていたよ。

ベルも壊れかけていたから、その三点を修理した。

後ろのタイヤもひび割れしていて替え時だっていうから、近々替えてくるね。

それにしても、ブレーキ壊れかけていたのに、お前なんでおっちゃんに言わなかったの?

これで坂道の多いこの街をあちこち走り回っていたと思うと、お前が不憫でしょうがない。

貧乏だったから、そんなことも言いだせなかったのかな・・・・

ごめんね・・・・・・・・

お前が元気な頃にちゃんと修理しなかったこと、ごめんね・・・・・

まだまだ修理したほうがいい箇所もあるけど、全部変えてしまったらお前の自転車じゃなくなるから、ほどほどにした方がいいかもしれないね。

サドルなんかはそのままにしておこう。フレームもね。前かごは錆だらけだけどどうしようかな。歴史を感じるから残しておこうかな。

ベルを変えたんだけど、その音が仏壇にあるおりんのような音がするんだ。

ちょっと可笑しかったな。

仕事がオフの日は、おっちゃんこの自転車に乗ることにするね。

そしてあちこち走り回るんだ。お前を後ろに乗せて。

軽くなったお前の魂は後ろに乗って、おっちゃんの肩に手を乗せておくれね。


そして今でも一緒だと、おっちゃんに感じさせてほしい。

ずっとずっと一緒だと・・・・・・

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予感

ブバルディア

ブバルディア   花言葉:予感


ある人はなんとなく自分は長生きできないんじゃないか、若くして旅立つんじゃないかと漠然と感じながら生き、そしてその通りになる場合があるという。

中にははっきりと「自分は30代で死ぬから、後の事はよろしく頼むよ。」と実際に伴侶や子、親にあらかじめ告げていて、本当にそれが現実になるという例があるらしい。

祥一郎は言った。

「こっちに来てわかった。うちは早くに還ることに決まっていたんやと。今回の人生はあそこで終わりやったんやと。」

あまりにも俄かには信じられない、信じたくないことだが、霊界という世界が本当にあって、そういう定めがあるということも本当なら、なんというか言葉にならない感情が湧きおこる。

とにかく、あちらの世界へ行ってから初めて分かることが、すでに現世で何となく、或いははっきりと分かってしまう人が居るという。

そういう人の場合、自分の死期を知りながらもどういう人生を歩んでいくのか、周囲の人たちとどう接して行くのかが現世での魂の課題となり、そしてあちらへ旅立つ際も魂のレベルがかなり高い状態で逝くという。

祥一郎はどうだっただろう。

あいつはときおり呟いていた。

「おっちゃんはちゃんと働いてちゃんとしているけど、うちはこんなんやし、この先どうなるんやろな・・・。」
「どうせうちの人生こんなもんや。」

私と喧嘩などすると、
「どうせうちはそんなに生きヘんねんから、もうええねん。」

あの時もその後もずっと私は、そんな祥一郎の言葉を、単に自暴自棄になりかけの言葉だと、或いは喧嘩してやけくそになっていただけだと・・・・そんな風に思っていた。


難しい病が発覚してからもそんな言葉はときおりあいつの口から出てきたけれど、それはやはり自分の病気に対する恐怖や不安がそうさせているのだと思ってきた。
実際そういう面はあっただろう。

しかし病気が発覚する前のあの数々の呟きは、単に自暴自棄、やけくそになったから出た言葉なのだろうか。

ひょっとして自覚できない自分の深層心理、或いは魂からの声をなんとなく感じていて、それが顕在意識に影響してあの言葉となって出てきたのではないか。

無意識的に、無自覚的に自分は長くは生きられない・・・・・おぼろげにそう感じていたから、あんな言葉がときおり口から出たのではないかと。

祥一郎が旅立って一年と二ヶ月、最近そんなことを考える。

翻って私自身も、祥一郎がどんなに困ったことをしでかしても、大喧嘩しても、別れ話が何度も出ても、生活がどんなに苦しくとも、(私はこの子とはもう離れて暮らすことは出来ない。ひとりではもう生きてはいけない。)と感じ、何があろうと結局は傍に居た。居て欲しかったのだ。

それはいずれ訪れる死別まで、決して後悔せぬよう片時も離れるわけにはいかないと、どこかで感じていたからかもしれない。

死がふたりを別つまで、共に生きることを心のどこかで決めていたのかもしれない。


実際は私にとってはあまりに突然の悲劇であり、後悔はいまだに後から後から湧き出してくるけれど。


もしも仮に、祥一郎といずれ死別することがはっきりと分かっていたなら、私はどうしていただろう。

死別の悲しみ苦しみから逃れるために、そんな想いはまっぴらごめんとあいつを愛する事を止め、共に過ごすことを止めただろうか。

否!

そんな事が出来るほど、ふたりの絆は細くも無ければ弱くも無い。

死別の塗炭の苦しみ、巨大な悲しみに身を削られることがわかっていても、私は祥一郎と共に生きる事を選んだだろう。

そして力及ばずとも、あいつの命を少しでも長らえる為に不可能なことであっても立ち向かっただろう。

予感めいたものがあろうが、はっきりと死別することが分かっていようが、何が変るわけも無い。

何故なら、祥一郎は私の人生の中で唯一の伴侶であり、たったひとり心から愛した人なのだから。


ねえ、祥一郎・・・・お前もそう想っているだろう・・・・・・・。


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何故生き続けているのかの疑問


毎朝起きてまず、祥一郎の仏壇の水を変え、手を合わせる。

その後、仕事に行く準備をし、重い身体を引き摺りながら職場への道を行く。

職場では目の前の仕事に忙殺され、取り敢えずは悲しみや喪失感は脇に置いている。

そして帰宅してからは、疲れきった身体をどさっと横たえ、暫しぼーっとしているが、そのままでいるわけにもいかず、風呂に入り、おざなりの食事をし、また明日の準備をしてから寝床に入る。


そしてオフの日。

溜まった雑事、部屋や風呂の掃除、洗濯、買い物、その他の雑事をこなし、それだけで一日がほぼ終わってしまう。


祥一郎が旅立ってしまってからの私の日々。

客観的に見ると、普通に生きているように見える。

生きる為に動いているように見える。

心の中では絶えず、「・・・・嗚呼早く死にたい。祥一郎の居ないこの世になど何の未練も無い。」

という想いが繰り返し沸き上がっているのに。


私は日々強烈な疑問を抱きながら暮らしている。

死にたいと強く願っているのに、日々生きる為に活動しているのは何故なのだろうと。

以前は単に死ぬ勇気が無いから取り合えず生きるしかないと思っていた。

しかし、どうもそれだけでは無いような気がする。

なにか本能的もの、或いは魂が希求していることに従って、私は生きる為に活動しているのではないかと思うようになってきた。

手前みそながら、日々のやるべきことはやっている自分が居て、辛うじて自暴自棄になっていない自分が居るということは、それしか説明がつかないのではないか。


それが祥一郎や霊界からの働きかけなのか、或いは自分の深層心理からくるものなのか、それともその両方からなのか、それは分からない。

何度も何度も溜息をつき、束の間の空いた時間に祥一郎の遺影を眺めながら、「早く、そっちへ連れて行ってくれよ・・・・」と涙しながらも、生きる為の活動をしている自分自身が、不思議で不思議でしょうがない。

私は生かされているのだろうか。

生きなければならないのだろうか。

人の定命というのは、自ら命を断とうが、流れのまま無為な人生だと想いながらも生きて行こうが、やはり決まっているのだろうか。

疑問は果てしなく広がっていく・・・・・。

そしてどうせ生きるしかないのなら、悲しみや孤独や喪失感と闘いながらも、自分を愛し、自分を労わろうと思い始めている自分が居る。


何が正解で何が正しい途なのか、当然ながら私にも他人にも分からない。
そもそもそんなものは無いのかもしれない。

はっきりとした答えは見つからないまでも、時が経てばある程度の輪郭は見えてくるのだろうか。

それを期待するしかないのかもしれない。

きょうも明日も、そしてその後もずっと私は生きているのなら。


生きる意味だとか何の為に生きるのかとか、そんな理由を求めているわけじゃない。

少なくとも、悲しみと不安に塗れた生きることへの疑問が、多少なりとも小さくなればいいと今は想っている。

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利他に生きる

バラの蕾

赤い薔薇の蕾   花言葉:貴方に尽くす


利他主義とは・・・・・・

利他主義(りたしゅぎ)とは、自己の利益よりも、他者の利益を優先する考え方。対義語は利己主義。 「自然状態の人間は利己主義的であるが、人間が普遍的利益の重視や利他的な行為をすることができるのは、人間に固有の精神性による。この精神性は、自然科学の方法ではとらえられない」とする考え方と、「自然状態の人間は利他的であるが、人間が普遍的利益の重視や利他的な行為をすることができるのは、人間のもつ自然的本性による。この自然的本性は、自然科学の方法によってとらえることができる」との考え方が存在する。
※ウィキペディアより抜粋

去年の祥一郎の一周忌の際、世界中の富の殆どが僅か数%の人間に集中しているとか、日本に来る難民の為に活動している友人が、「身なりのいい、お金持ってそうな人ほど募金には非協力的。」などという話が出た。

「私は収入が沢山あって税金も沢山払っているので、それで難民とか生活保護の人達の面倒を見ているのよ。だから募金などに興味は無いわ。」などと吐き捨てるように言ったご婦人も居たという。

結局その場の話の帰結としては、「我々のように別にこれから先も特に裕福になる可能性の低い者は、お互いが利他に生きなきゃしょうがないんじゃないか。助け合っていかなきゃならないんじゃないか。」という話になったのだが。


人が利他に生きるということが、自然科学で証明できるのかできないのか、それは難し過ぎて私には理解不能だが、このところよく考えることがある。

私はこれから先、利他的に生きることができるだろうか、と。

私は最愛の人との死別を経験し、スピリチュアルな勉強も始めたが、それにまつわる文献やネットのサイトなどを読んでみるとよくこの「利他に生きる。」という概念がそこここに出てくる。

そんな時私は想うのだ。

祥一郎に対して私は利他的だったのだろうか。

確かに愛してもいたし、あいつが何かあっても力及ばずながら駆けずり回ったこともある。ずっと元気で生きていて欲しいとも思っていた。

しかしそれは自分が愛しているから、今更ひとりで生きて行くのは寂しいからという利己的な動機からそう思っていたのではないかと考えることがある。

そしてあいつが旅立ってしまってからも、仏壇に花や線香を供え、毎日話しかけ、命日や盆に何がしかの法要をするのも自分がそうしたいから、そうせずには居られないから、それだけが理由なのではないかと考える事も有る。

私自身に何があってもどうなろうとも、祥一郎の為に生きて行くという覚悟はあったのだろうか。

人は自分が自分である限り、自分中心の謂わば利己的な思考からは逃れられない。

その利己的な思考をどうやって、何を変えて少しでも利他的な思考にもっていくのか、自意識に捉われたままの私に今、分かるはずもない。

スピリチュアルな勉強をして、自分の魂が本当に望んでいること、私はそれを理解できる段階にもまだ無い。

セッションの際にも、ガイドスピリットから「貴方は人を助ける事で、自分自身が救われるのです。」と言われた。

これも考えようによっては、自分が救われたいから人を助けるという利己的な動機になってしまうかもしれない。

祥一郎が亡くなって、悲しいのも寂しいのも辛いのも自分中心に考えるからだ、自分が可愛いからだという意見もある。

別にそれでもいいじゃないか、悲しみや孤独を感じるのは人が人である限り当然のことで、一見正論らしき理屈を述べても何の役にも立たない、という意見もある。

どちらもある面では真実で、一方から見ればそうでは無いのかもしれない。


それでも・・・・・・

本当にこのところ頭から離れないのだ。

「利他的に生きる・。」という概念が。

祥一郎が強くそう望んでいる、そういう生き方を私に望んでいるという想いが、徐々に心の奥底から沸き上がって来ている。

ひょっとしたら一時的な物かもしれない。しかし、もしそうでなければ私はその想いをどういう形にしていくか、目の前の課題として考える時がくるのかもしれない。

自分の自我という概念を考える時に、私のような性格ではこれは本当に難しいぞ、とは思う。

感情の赴くまま、喜怒哀楽をなかなか制御できない私自身を省みる時、利他的に生きるということを理解実践していくのは、大仕事以外の何物でも無い。

考えれば考えるほど、難解なことではあるけれど・・・・・・・

今現在の結論としては、まず自分を愛すること、少なくとも自分を嫌いにならず、労わること、そしていずれそれを自分の周囲に敷衍していくこと、そう思う今日この頃だ。

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