何故死んでしまったの 祥一郎の生きた証

私、けいは2015年12月28日、最愛のパートナーである祥一郎を突然喪いました。 このブログは、彼の「生きた証を残したい。」という生前の希望を綴ったものです。 そして、ゲイの死別という経験を可能な限り見つめて行きます。 #ゲイ  #死別  #孤独

2017年03月

大したことは無いあの頃のこと



そうだ、あれは高校受験に失敗した時だった。

親しい友人達は皆その高校に合格したのに、私は不合格だった。

家に帰って自分の部屋でコタツに潜りこんで、「もう俺の人生は終りだ・・・・・。これからどうやって生きていけばいいんだ・・・。」

と、もうこの世の終わりが来たような気がした。

祖父の「朝鮮学校へ行くか?」という言葉ももう耳に入らず、私は何日もひたすら不貞寝していた。

何もする気が起きなかった。

しかし、結局二次募集の高校に合格し、その高校に行くことになったのだが。



あれはいつごろの事だっただろう。

水商売を始めて何が原因だか忘れてしまったが、お金に困ってにっちもさっちも行かなくなった時が有った。

あの時も私はもう自分の人生は終りだと思って、「死のう。」と思い、ガス管を開きっぱなしにして寝たことがあった。

でも徐々に冷静になり、もう都市ガスから天然ガスに変っていてガスでは死ねないこと、爆発でもして近所に迷惑をかけたらそれこそ大変な事になることなどに思い至り、死ぬのを諦めたことがあった。

結局その後大酒をかっ喰らって憂さを晴らし、友人には「狂言自殺なんかするんじゃない。」と怒られた。



ゲイの世界で生きるようになって、初めて死ぬほど好きになった人が居た。

その人とはしばらく付き合っていたが、実はその人には中年男のパトロンが居て、尚且つ女性の彼女も居て、一緒に住んでいる彼氏だか元彼だかも居た。

私はその人を独占したくて泣きながら悪態をつき、その人の部屋をめちゃくちゃにし、殴りかかったことが有った。

そのせいでフラれてしまったのだが、諦めきれない私はその人が住んでいるマンションの下で夜通し蹲っていたり、無言電話を何十回もかけたりしたこともあった。

あの時も私は、一世一代の恋に破れた世界で一番不幸な男だと思い込んで、半年くらいは荒みきっていた。



どれもこれもその辺に転がっているような話で、今から思えば何をくだらないことでこの世の終わりみたいに思っていたのか、穴が有ったら入りたくなる。


そして今、私はたったひとり家族だと思えた人、奇跡のような20数年間を共にした人、何が有ってもどんな困難が私に降り掛かっても傍に居てくれた人である祥一郎を喪った悲しみと孤独の真っただ中にある。

今のこの経験に比べれば、祥一郎と出逢う前にこの世の終わりだと思っていた数々の経験など、手の平に乗せてふっと吹き飛ばせるようなものだろう。

あの頃の死んだ方がマシだと思った経験など、数ヶ月、長くて半年くらい経てば殆ど忘れることができて、いつもの享楽的な生活に戻っていた。



祥一郎が旅立ってもうすぐ1年と3ヶ月が経とうとしている。

私の悲しみと孤独は手の平に乗せて吹き飛ばせるどころか、心と身体にますます重く圧し掛かり、その大きな岩のような存在感は些かも小さくはならない。

私の身に降り掛かったこの出来事は、いつか息を吹きかけたら飛んで行ってしまうような出来事に変るのだろうか。

いや、そうはならない。

そうなってはならないのだ。

悲しみや孤独と折り合いをつけて前に進むことは出来るかもしれない。

しかし、祥一郎を喪ってできた心の穴はずっと塞がずにとっておこうと思う。

忘れることなどできはしないのだから。

そしていつか祥一郎と再会したとき、私の心に開いた穴はいつのまにか塞がっているのだろう。

そうに違いないんだ。


↓祥一郎の供養の為によろしくお願いします。
にほんブログ村 セクマイ・嗜好ブログ 同性愛・ゲイ(ノンアダルト)へ


死別 ブログランキングへ

愛の変遷とその功罪



20数年も一緒に暮らしていれば、勿論最初の頃の新婚(?)気分は徐々に薄れて行き、「愛してる。」だの「好きだよ・・・・・」なんて言葉も当然言わなくなる。

こんな人間嫌いの私が、いくら知り合った当初のルンルン気分の状態だったとはいえ、そんなこっ恥ずかしい言葉を祥一郎に囁いていたと言う事が今から想えば驚きだが、元々が捻くれている性格の私が、新婚気分が過ぎてもまだまだ祥一郎のことを愛していた(恋愛的に)とはいえ、そんなイタリア人が大安売り的に言う言葉を言わなくなっていくのは自然な流れだったのだろう。

セックスだってしていたのは最初だけで、後はひと組の布団で抱き合って眠るだけになっていったし、7~8年も経つと、その蒲団さえ別々にして寝るようになった。

勿論何十年経ってもラブラブなゲイカップルもいらっしゃるとは思うが、その他大勢のカップルはだいたい似たようなものだと思う。

それでも私は祥一郎のことを嫌いになったわけでは無く、ましてやもう終りだとか別れようと思ったことはない。(まあ大喧嘩したときはそう思ったことも有ったが。)

なんというか、やはり恋愛感情から格好よく言えば人間愛とか家族愛とか、そういうものに変っていったのだと思っている。

事実喧嘩した時に何度か祥一郎が、「おっちゃんはうちのこと、どう思うてるの?」と言うので、私は「俺はお前のこと、家族やと思うてるで。」とはっきり告げた事が有る。

そのかけがいのない家族という想いは、年月を経るに従って段々と私の中で確固たるものになっていき、
もう離れられない、一緒に居て当たり前、居なくてはならない存在になっていった。


セックスなんて無くてもいい、愛してるなんて言わなくてもいい、そこに祥一郎がいつでも居る。

そして私も祥一郎の傍に居る。

何の意志表示やボディランゲージがなくとも、ふたり寄り添って生きられる、それがふたりの愛の最終形態だったのだと信じている。


それでもやはり後悔せずにはいられない。

自分の命の終りがあと何十時間に迫ったことを知ってか知らずか、不安で怖くてどうしようもなくなって、私に「おっちゃん、手ぇ握って・・・・。」と言ったあいつの言葉を真剣に受け止めてやれなかったことを。

愚かな私はあの時、祥一郎に死期が迫っている事を全く予想だにしていなかった。

しかし、いつもと違うあいつの様子をもっと深く考えるべきだったのだ。

涙を流しながら呟いたあのあいつのひと言を、ちょっと気弱になっているんだろうと軽く受け流してしまった。

何故あいつの手だけじゃなく、身体全体を抱きしめて顔を両手で包みこんで、

「大丈夫、大丈夫、なんとかなる。心配すんな。おっちゃんが何とかするから。泣かんとき。なあ祥一郎。」

と言ってやれなかったのか。

その後すぐにやってきたあの悲劇の瞬間を知らなかったからか。

いや、知ろうとしなかったからじゃないのか。

黙っていても何をしても何をしなくとも傍にいてくれる関係性に甘え過ぎていたわたしは、一番大事な時に、一番大事な事をしてやれなかった。

それが何より悔しい。

普段は空気のような存在でも、仮に祥一郎があんな悲劇に遭わなかったとしても、いざという時はどれだけ私があいつのことを愛していたか、きちっと意志表示するべきだったのだ。


祥一郎よ・・・・・・・

今になってお前に愛してる、一番大事な人だと言っても、もうおっちゃんにはお前の顔は見えない。

やっぱり悔しい・・・・・悔しいとしか言えない・・・・・。


↓祥一郎の供養の為によろしくお願いします。
にほんブログ村 セクマイ・嗜好ブログ 同性愛・ゲイ(ノンアダルト)へ


死別 ブログランキングへ

想いのこし


「想いのこし」という映画をご存じだろうか。

とある人に紹介されてGYAOの無料配信で視聴してみた、死別をテーマにした映画だ。

ストーリーとしては単純で、交通事故に遭って突然亡くなった四人の人たちが、その事故に巻き込まれて運よく生き残った青年に、自分達の想い残したこと、やり残したことを代わりにやってもらうというものだ。

以下ネタばれになるが、詳細を。

婚約者が居て結婚間近だったのに死んでしまって花嫁になれない。そこで生き残った青年に代わりに花嫁役になってもらって、式を上げる人。

消防隊員を引退したがその後もなにかとその仕事のアドバイスを後輩にしていた男性。最後の仕事として車の渋滞にはまってしまった消防車を誘導し、その若者を使って無事に火事を鎮火することが出来た人。

高校の野球部のキャプテンに想いを寄せるマネージャーの女性が、最後の引退試合の前に亡くなってしまい、当日の試合で若者に自分の想いをキャプテンや他の部員達に届けることが出来た人。

そして父を亡くして母ひとりで子供を育てていたが、自分も死んでしまい、後のことを若者に頼んで子供を無事に良い施設に預けることが出来た女性。

若者は故人達の残した遺産の金に目がくらんで最初はしぶしぶその仕事をやっていたのだが、次第に故人達の想い残したことに共鳴するようになり、最後は子供の母親がしていたポールダンサーになって
何も恥じることの無い仕事をしていたことを遺された子供に見せようとするまでになる。

若者に「想いのこし」を清算してもらった故人達は、この世から消えて行き成仏していく。

突然の事故で肉体を無くしてしまった為、幽体(魂)だけになった故人達がこの世になにも影響を与えることのできないジレンマ、残して来た人ややるべきことへの強い想いなどが描かれてはいるが、ややコメディの要素もあって、それほど激情に駆られること無く軽い気持ちで観られた映画だった。

それでも亡くなってからも子供を想い続ける母親の姿や、高校球児たちがマネージャーだった今は見えない女性に「俺達ずっと仲間だから。お前はひとりじゃないから。」と告げるシーンなどは私の涙を誘った。



どれほどの時間、亡くなった人があのような形でこの世に残っているのか、それこそ故人によって違いがあるのだろうが、祥一郎もしばらくはああいう状態だったのだろうか。

私があいつの身体を一生懸命人工呼吸していたとき、救急車で運ばれた時、白く冷たい病院の霊安室で私がただひたすら泣いていたとき、荼毘に伏す最後の時にあいつの冷たくなった顔を両手でなぞって嗚咽していたとき・・・・・・・・・
祥一郎は傍に居て、「おっちゃん、うちはここに居るで。どしたん?なんでうちの声が聞こえへんの?
なんでこっち向いてくれへんの?うちは死んでへん。ちゃんとここに居るで。おっちゃん、おっちゃん、おっちゃん!!!」

そう言って叫んでいたのだろうか。

そしてやっと自分が死んだことに気付いても、どうしていいか分からずずっと私の傍に居て、来る日も来る日も泣いている私を見て困った顔をしていたのだろうか。

私の頬を撫でたり、抱きついたりしても私には感じてもらえず、溜息などをついていたのだろうか。

祥一郎はスピリチュアルな勉強をしていたわけではないから、亡くなった直後はいったいどうなっているのか何が起こったのかわからず、きっと右往左往していたのかもしれない。

それでももう祥一郎は、ちゃんとエスコートしてくれた霊に着いて行って、今はあちらの世界で徐々にその生活に馴れていってるのだろう。

そして自分の存在を私に感じてもらうために、日々勉強に励んでいるのだろう。


この「想いのこし」という映画では、やり残したことを終えたら死んだ人は消えて行き、もう二度とこの世にはやってこないような印象を受けるが、そうではない。

あちらの世界へ行っても、遺された人が故人を思えばすぐに傍に来てくれるのだ。

祥一郎も、私があいつのことを思えばいつも傍に飛んできて、あの頃のように私をからかったり、ふざけて踊ったり、私の蒲団にもぐりこんだりしているのだろう。

そして私が落ち込んで「祥一郎、祥一郎・・・・・。」と泣きながら俯いている時は、どうしたものかと困った顔をしているに違いない。

私は思う。

祥一郎が想い残したことはなんだろうと。

色々とこまごまとしたことはあるだろうが、一番大きく想いのこしたことは、私がまだずっと泣いていてまだあいつの存在を感じ取れないことなのかもしれない。

私はやってみる。

そんな祥一郎の想いのこしが無くなるように、いつかあいつの存在をいつでも感じ取れるようになるための努力を。
そして涙を拭いてあいつの事を想える日がくるための努力を。

その時まで待ってておくれ、祥一郎・・・・・・。



↓祥一郎の供養の為によろしくお願いします。
にほんブログ村 セクマイ・嗜好ブログ 同性愛・ゲイ(ノンアダルト)へ


死別 ブログランキングへ

私を好きな祥一郎は悪趣味?



祥一郎は悪趣味だったのだろうか。

私はもうゲイを自覚して、40年以上になるが、どうも今までゲイの友人が少なかった。

少なかったどころか、たったひとりいた親友は数年前に他界し、今残っている知人は数人。それも友人とはとても言えないレベルだ。

10代の頃にゲイスナックでバイトし始め、それから何人か連れ立って遊ぶ友人はできたけれども、
浮き沈みの激しいあの業界のこと、私自身の環境が変ったり、或いは友人のそれが変ったりすると、やはり縁遠くなり、「あの女は今、どうしてるのかしら?」などということがよくあった。

もうひとつ理由としては、私はゲイ業界に身を置いていたといっても、所謂観光バーに勤めていて、殆どの客がノンケだったので、知り合う人も自ずとノンケばかりになってしまったことも一因かもしれない。

雇われ店長として勤めていた店はゲイスナックとはいっても、男女のカップルや女性客、男好きのおばさん、風俗嬢、女性を求めてくるスケベな男、そんな客ばかり。

スタッフはゲイもノンケもごちゃまぜの、ややボーイズバー的なラインアップ。

こんな環境ではゲイの友人を沢山作れという方が無理というもの。

ゲイを前面に出して商売しているという感覚よりも、ホストでもやっているような、そんな感覚が強かったかもしれない。

実は私・・・・・・自分で言うのもあれだけれど、けっこう女性受が良かったのだ。

あまりお客に媚びない高飛車な商売をしていたのだが、それがけっこう女性客には受けたのかもしれない。

客を客とも思わずタメ口当たり前、気に入らない客はすぐに追い出す、説教はたれる、そんな殿様商売をしていた。(まあ時代も良かったのかもしれないが。)

いきおい商売を越えて仲良くなるのは、怪しげなオバさんとか風俗嬢、その繋がりの怪しげなノンケ男性などになっていった。

そんな中、たまに知り合いのゲイスナックで愚痴をこぼすことも有った。

「ああ、アタシの周囲ってなんでゲイが少ないのかしら。」

と呟いたら、口の悪い他界した親友が、「あんた、女性受けするかもしれないけど、ホモ受けが悪いからじゃないの?」

とホザいた。

その時、核心を突かれてぐうの音も出なかったのを覚えている。

そりゃこんな高飛車な態度の口の悪い、人を人とも思わないような男を好きになるゲイは居ないよなあと不幸なゲイ人生を嘆いたものだ。

それでも・・・・そんな私でも、祥一郎は好きだと言ってくれた。

私の居ないところでは、「おっちゃんは冷たそうに見えるけど、うちには優しいで。」と言ってくれていた。

いつか祥一郎が言っていた事が有る。

「うち、男の趣味が悪いってよう言われるねん。」と。

おいおいそれは直接私に返ってくるぞと思ったものだが、私自身のキャラクターは自覚していたので、黙っていたが。

祥一郎は悪趣味だったのか・・・・・・・。

いやいや悪趣味でよかった。

そのお陰で私は宝物のようなあいつとの20数年の年月を得ることができたのだから。

蓼食う虫も好き好き・・・・・こんな私を食ってくれた祥一郎は、ひょっとしたら物凄く度量の大きいゲイだったのかもしれない。

祥一郎よ・・・・・・

お前、おっちゃんを食うなら最後まで食わなきゃダメだよ。

途中で止めてあっちへ行っちゃうなんて、この後おっちゃんはどうすればいいんだい?

もうこんな毒のあるおっちゃんみたいな男を食ってくれる人は居ないんだから。

おっちゃんがあっちへ行ったら、一発ひっぱたいてやるから覚悟しときや、祥一郎。


↓祥一郎の供養の為によろしくお願いします。
にほんブログ村 セクマイ・嗜好ブログ 同性愛・ゲイ(ノンアダルト)へ


死別 ブログランキングへ

「冬隣」という歌

冬隣



まあ若いゲイの方はあまりちあきなおみという歌手には馴染みが無いかもしれないけれど、ある程度の年齢のゲイはリアルで歌っていた彼女のことをよく知っており、ファンも結構多いはずだ。

突然引退したからもあるのだろうが、ゲイの中にもまたステージに立つ彼女の姿を見たいと願っている人は大勢居るだろう。

今は昔、1972年のレコード大賞で、小柳ルミ子の「瀬戸の花嫁」とちあきなおみの「喝采」が激しいデッドヒートを繰り広げたことがあった。

結婚という御目出度いテーマと、死別という悲しいテーマの歌がレコ大を争ったことで、「近来稀に見る僅差の慶弔対決」なんて言われていた。

本命は「瀬戸の花嫁」だったが、結果は逆転で「喝采」がレコ大を取って、その頃私は小柳ルミ子の熱烈なファンだったので、悔しい思いをしたことを覚えている。

あれから40年以上経ち、私も歳を取り、ちあきなおみという歌手の比類無き実力がわかるようになって、ユーチューブで彼女の歌を聞いたり、カラオケで歌ったりもする。

なにしろあの美空ひばりをして、「彼女は天才。」と言わしめた唯一人の歌手なのだそうだから。

そうそう、紅白歌合戦で「夜へ急ぐ人」という些か変った不気味な歌を熱唱して、全国から「気持ち悪い。」だの「子供が泣いた。」だのという苦情がNHKに殺到したという逸話を知っている人も多いと思う。

そんなちあきなおみの「冬隣」という歌がある。

この歌はそのものズバリ伴侶との死別を歌った曲で、題名は知っていたものの私はじっくり聴いたことはなかった。

しかし祥一郎が亡くなってから私は死別の歌を聴き漁り、いずれこの歌に行き着くのは当然の流れだったのかもしれない。

毎日聴いて、カラオケで涙を流しそうになりながら歌ったりもする。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
あなたの真似して お湯割りの
焼酎のんでは むせてます
つよくもないのに やめろよと
叱りにおいでよ 来れるなら
地球の夜更けは 淋しいよ……
そこからわたしが 見えますか
この世にわたしを 置いてった
あなたを怨んで 呑んでます

写真のあなたは 若いまま
きれいな笑顔が にくらしい
あれからわたしは 冬隣
微笑むことさえ 忘れそう
地球の夜更けは せつないよ……
そこからわたしが 見えますか
見えたら今すぐ すぐにでも
わたしを迎えに きてほしい

地球の夜更けは 淋しいよ……
そこからわたしが 見えますか
この世にわたしを 置いてった
あなたを怨んで 呑んでます
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
いずれこんな悲しい歌を歌わなくとも済むように、祥一郎を私の中で生き続けさせながら残りの人生を歩めるようになりたいものだが、今はまだこの歌に惹きつけられる自分が居る。

歌詞の内容が全て私とリンクしているわけではないが、それでも祥一郎を想いながら酒を飲む回数はまだまだ減ってはいない。

私はそれほど酒に弱くはないので、焼酎のお湯割りを飲んで咽たりはしないが、つい酒の量が過ぎる事が多々ある。

そんな私を祥一郎はあちらで心配そうに見ているだろうか。

「おっちゃん、駄目だよ、そんなに飲んじゃ・・・。」と叱っているだろうか。

あいつは私をこの世に置いて行ったが、それでも私は恨んではいない。

恨んで酒を飲んでいるわけではないけれど、偲んで飲んでいる。

私を早く迎えに来てほしいと、ときおり強く願ったりもする。

そして、微笑むことを忘れたどころか、私の表情は強張ったままだ。

そんな私がまだまだ人生を続け、もっと歳をとったときに祥一郎の写真を眺めながら、「ああ、あいつは若いままだなあ・・。」などと思う日が来るのかもしれない。


「冬隣」・・・この歌に罪は無いけれど、こんな歌を聴かなくとも歌わなくとも過ごしていける時がくれば、私が本当に前を向き始めたということなのだろう。

決して祥一郎のことを忘れたわけでもなく、いつも心に抱いたまま時には笑って生きていける日が来れば、いつかこの歌を忘れていくのかもしれない。



↓祥一郎の供養の為によろしくお願いします。
にほんブログ村 セクマイ・嗜好ブログ 同性愛・ゲイ(ノンアダルト)へ


死別 ブログランキングへ

プロフィール

けい

ギャラリー
  • 霊蝶
  • 四度目の鯉のぼり
  • 様々な想いが巡る
  • 祥一郎が流した涙の数々
  • 戻っておいで・・・・・・・・。
  • 優しくなくて、ごめんね祥一郎・・・・・
  • プレイステーション再起動
  • 祥一郎の歯
  • 祥一郎の歯
記事検索
メッセージ

名前
メール
本文