何故死んでしまったの 祥一郎の生きた証

私、けいは2015年12月28日、最愛のパートナーである祥一郎を突然喪いました。 このブログは、彼の「生きた証を残したい。」という生前の希望を綴ったものです。 そして、ゲイの死別という経験を可能な限り見つめて行きます。 #ゲイ  #死別  #孤独

2017年04月

自分の部屋の前で、立ちすくむ・・・・・・



したたかに酔って、少しでも悲しみを忘れたくて、無理矢理知人を誘って飲みに行った帰り、フラフラしながら、自分のマンションにやっと辿りつく。

階段を上がり、ドアの前。

自分の部屋の前で立ちすくんでしまった。。

このドアを開けても、誰も居ない。誰も待って居ない

それを思い知り、ドアの前で暫し呆然とする。

でも、他に行くところも無い。誘う人も無い。

考えても考えても、ドアを開け、うすら寒い部屋に入るしかない。

まとわりつくのは、腹を減らした猫一匹。寒かったのかやたら顔を擦りつけてくる。

それを疎ましく感じ、部屋に入り、餌を与えて猫の気の済むように仕向ける。

自分が徐々に冷えて行くのが分かる。自分の心が、冷たくなっていくのが感覚でわかる。

誰にも、何にも興味を失い、接点を持ちたくないと思い始めている自分が居る。

それはそうだろう。

誰かに、何かに興味を持って接点を持って、それを伝える相手が無いのだから。

「なあ、きょうね、こんなことがあったよ。こんな人に会ったよ。」

そんな、どうでもいいような話をする相手が居なくなってしまったのだから。

「隣の猫が子供を産んだよ。」
そんなどうでもいいような話をすることが、できることが、どれだけ幸せな事か、共に暮らした相手を喪ってからわかるなんて・・・・・・

祥一郎・・・・・・・

仕事から帰って来たおっちゃんに、お前はそんなどうでもいい話をすることでひとりじゃないということを知らしめてくれていたんだね。

おっちゃんはそれを無視することも多かった。疲れていたから。

今、それがどんなに贅沢で傲慢なことか、改めてわかるよ。

馬鹿だね。おっちゃんは馬鹿だよ。

そしてお前の遺影に語りかける。今更ながら語りかけている。

ドアの前で立ちすくんだように、返事をしないお前の写真の前で、次に話す言葉を失う。

後は泣くしかないんだ。泣いて後悔し、謝って、ひとりじゃなかったあの頃を取り戻せない現実を思い知り、また泣くんだ。

お前が返事をしてくれない、受け止めてくれないのだからそうするしかない。

そして諦めて、布団を頭まで被り、この現実から逃げようとするんだ。

惨めだね。

お前を助けられなかった、これがおっちゃんの報いかもしれないな・・・・・。


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ある男の誕生日



前日に少し酒が過ぎて遅く起きた朝。

カーテンを開けると、初夏に間近い日差しが部屋に入り込んでくる。

こんな日は、祥一郎ならいそいそと換気しただろうと私も部屋の窓という窓を開け放す。

爽やかな風が、私の重く澱んだ心を癒してくれるよう期待しながら。

去年の同じ日はどんな日だっただろうと古い日記を読み返してみると、祥一郎を喪ってまだ四ヶ月の慟哭が綴ってある。
しとしとと冷たい雨が降っていた去年の同じ日。
勝手に自分の涙雨だと決め込んでいた。

しかしきょうは五月晴れのような天気だ。

私の心はこの天気のように、青空と白い雲に彩らているだろうか。

残念ながらまだまだその域には達していない。


たった独りで過ごす自分の誕生日の孤独を振り払うように、溜まった雑用を片付ける。

洗濯をして掃除機をかけ、トイレ掃除もしてから必要最小限の日用品を買い込む。

それが終わるともう正午をとっくに周っていた。


いつものように部屋に居ても何もすることが無いので、近くの公園に出掛け、そして河川敷を散歩する。

これではまた祥一郎に怒られるな。

「いつもと違ったことをしてみて。」と言ってきた祥一郎。

結局何をすればいいのかわからずに、同じことの繰り返しだ。


そんなことを思っている内に、もう時刻は夕刻だ。

あの頃・・・・・・祥一郎が居たあの頃なら、私は自分の誕生日を祝う為にそれなりの料理を用意しようとキッチンに立っていたはずだ。

そして祥一郎は、自分の少ない小遣いの中から煙草や小さなケーキを私に買ってくれたはずだ。

堪らなく愛おしい、もう戻っては来ないあの頃。

こんな歳になっても誰かに誕生日を祝って欲しい、誰かに傍に居て欲しいと思うのは、私が愚かなせいだろうか。

自分の誕生日に、いつも傍に居てくれる人がやはり居てくれるということが、どれだけ幸せな事だったのか。


気がつけばもう夕食時。

何か作ろうかとも思ったが何もする気が無いので、せめてもの自分への御褒美にと近くの回転寿司屋で生ビール一杯と何皿かの寿司で夕食を済ます。

虚しい・・・無意味だ・・・と思っても始まらない。

私はこうするしかないのだから。


明日はまた早出の出勤だ。

こんな寂しく侘しい自分の誕生日など、早く終わらせてしまおう。

だから早目に寝てしまおう。


祥一郎よ・・・・・・・

今年のおっちゃんの誕生日はこんな日だったよ。

お前は見ていてくれたのかい?愛を送ってくれたのかい?


祥一郎・・・・・・何故、何故私をこの世に置いて行った・・・・・・・・。


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ジャスミンの薫る頃  祥一郎が教えてくれたもの



まったくの赤の他人同士が出逢って、何十年も共に暮らすこと。

当然ながら、最初はお互いの価値観や主義趣向、趣味や嗜好がぶつかり合う事も有る。

それが年月が経つうちに、相手のそれを受け入れ、譲歩し、認め合う。

そうやって絆は深まるんだ。

勿論私と祥一郎もそうだった。

当初は箸の上げ下ろしまで気になったものだが、一緒に暮らすうち、我慢できない事も我慢出来るようになり、なんとなくお互いの一線がわかってくる。
一線を越えた時は喧嘩になったりもするけど、それを越えない限りうまくやっていける。
赤の他人同志が家族になるというのはそういうことなんだ。

それを祥一郎との暮らしは教えてくれた。

お互いがお互いの世界観を持っていて、それを教え合い認め合うことが絆というものかもしれない。


祥一郎、お前はおっちゃんになにを教えてくれただろう。

〇コスメ
若い頃から化粧品などまったく興味の無かった私に、世の中にはこんなにも男性用の化粧品やら、男女とも使用可のもの、香水、その辺の石鹸とはまるで違うコスメ石鹸、その他諸々があることを教えてくれた祥一郎。
私が足に豆が出来やすいことを知って、豆が出来ないように角質がとれるクリームを塗ってくれたね。
そうそう、スイカの匂いのする化粧水をくれたときはびっくりしたよ。こんなものがあるのかって。
顔面パックなんかもときおり一緒にやったよね。二人で笑わせあって台無しにしたりして。
祥一郎の化粧品、石鹸、まだ残っているよ・・・・・。

〇ミュージカル
これもまったく興味も、観る機会も無かった私に教えてくれた祥一郎。
最初に観たのは「美女と野獣」。あの時のあいつの喜びようったら・・・・・
後は「李 香蘭」「クレイジー・フォー・ユー」「マンマ・ミーア」「エビータ」その他諸々。

祥一郎に強く背中を押されて全く縁の無かったミュージカルなるものに、こんなに何回も行ったとは。
個人的に「ライオンキング」に一緒に行きたかったけど、もうそれは出来ない・・・・

〇テレビゲーム
最初はプレイステーションだった。
これも私の知らない世界だったけど、祥一郎が初期のプレイステーションを買ってきて、ゲームを始め、ちょっと私も触ってみたら、けっこう暇つぶしになるし、段々面白くなってきて、新型のプレステが出ると私自ら買ってきたりしていた。
最初にやったゲームはズバリ、「バイオハザード」。いやあこれは面白かった。特に「バイオハザードⅡ」が秀逸だった。二人でプレステの取り合いで喧嘩したり、どこまで進んでいるのか競争したり、楽しいゲームオタク生活を二人で楽しんだ。いったい何度中古ゲーム屋に足を運び、何枚ゲームソフトを買ったことだろう。いまだにそれは殆ど残っている。誇りを被ったプレイステーションⅡと共に。祥一郎と遊んだ想い出とともに。

〇入浴の楽しみ方。
およそ入浴剤など、入れて風呂に入る事が無かった私だったが、祥一郎はやれバスロマンだのバスクリンだの、その辺のドラッグストアに売ってるものだけでなく、どこから仕入れてくるのか、ハーブの強い匂いのするものや、泡だらけになるもの、夏は肌が冷えるものや、冬は身体を芯から温めてくれる物など、あいつの入浴に対する拘りは私など足元に及ばなかった。
お湯の色が真っ赤になっていたときはびっくりしたものだ。いったいどんな入浴剤を入れたんだろうと。でも良い香りがした。
今はひとりしか入らない風呂。でも、入浴剤を入れる習慣は残った・・・・・・・。

このように、祥一郎は私の世界観を色々な面で広げてくれた。


そしてまだある。あいつが教えてくれた物の中でとても大事なものが。

〇人を愛すること愛されること、人の温もりを感じること、いつも傍にいてくれる安心感、私はひとりじゃないという心地良さ。

語るまでも無いけれど、祥一郎が教えてくれたものでこれらが一番私にとって美しく、かけがいのない、
失いたくないものだった。

そしてそれらは、夢のように突然無くなってしまった。

どんなに探しても、どんなに望んでももう手に入れることはできなくなった。


祥一郎・・・・・・

お前が残したコスメや、ミュージカルに行った時に買ったグッズ、ゲーム機やゲームソフト、入浴剤を持って、「はい、忘れものだよ。」と言ってお前の元へ戻れる日は来るんだろうか。

いや、いつか来ると信じて生きよう。

そうするしかないんだよ、おっちゃんは・・・・・・・・・・。


家の周りに、あの白っぽい花が咲く季節になったよ。甘い薫りのするあの花だ。

お前が、「おっちゃん、あれはジャスミンの花だよ。知ってた?」って教えてくれた。

お前にもあの薫りは届いているだろうか・・・・・・・・・・・・・・・・



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違和感を打破するために


このところ強く感じることが有る。

それは今のこの生活は、普通では無い、本当の自分の生活では無いという感覚。

何故私はひとりで居るんだろう。

何故この椅子に祥一郎は座っていないんだろう。

仕事から疲れて帰って来たとき、何故祥一郎がパソコンで遊んでいないんだろう。

朝目覚めたら、何故横に祥一郎が寝ていないんだろう。

オフの日に散歩から帰ってきたら、何故祥一郎が腹をすかして夕食を待っていないんだろう。

もうその他、数え上げればきりがない。

祥一郎が旅立ってまだ一年と四ヶ月、当然と言えば当然なのかもしれないが、依然として心も身体もこの世でひとりきりになってしまったということを認めていない。認めたくない。

だから日常生活の様々な場面で、強い違和感を感じるのだ。

何処へ行っても誰と逢ってもその時は一瞬悲しみと孤独を脇に置けるのだが、結局ひとりになってしまうとまた元の黙阿弥だ。

何をしても何をしなくとも、時間が月日が年月が私の悲しみと孤独を強めこそすれ、弱めることは無い。


いったいこんな生活を打破するにはどうしたらいいのだろうか。

自分的にはもうその答えは分かっているような気がする。

その答えというのは、私はこの世にまだ居るけれど、すぐ隣の世界に祥一郎は居る、肉体を脱ぎ捨ててエネルギーになり、この次元からは見えないけれど祥一郎はすぐ傍に居るということを、強く認識できるようになること。

この世界はパラレルワールドであり、いくつもの次元が重なり合っていて、祥一郎の世界はこの物質界のすぐ隣にあるのだということを、理論でも心の内からも認識すること。

それしか無いのだろう。

その為にはやはり、初志貫徹でスピリチュアルな勉強を続け、自分の霊的感性を高め、魂の派動を上げるしか無いのだろう。

それを踏まえて私の理想形の生活とはどんなものか。

部屋でひとりで居る時に祥一郎の名を呼ぶと、間を置かずに「ピシッ、パシッ」というラップ音が聞こえる。
泣いている時に後ろから温かい物に包まれたような感覚が有る。
眠っている時には夢の中ではっきりと祥一郎と会話し、一緒に過ごしたことを目覚めても覚えている。
生活の様々な場面で、これは!と感じ取れる祥一郎からのメッセージを頻繁に見つけることが出来る。

こんなことが日常的に起こるようになれば、私は確かにひとりじゃない、あいつは傍に居るということが普通になり、私の生活やこれからの人生は劇的にその姿を変えるのだろう。

こんなこと、信じない人からすればただの戯言に聞こえるかもしれないが、私がまた聞きで知っている人はかなり霊感が強く、こんな生活をしているのだという。

あまりにも頻繁にあちらの世界からの働きかけに囲まれて暮らしているので、いちいちそれに応えていては身が持たないので、敢えて無視する事も多いのだとか。

しかし今の私からすれば羨ましい限りだ。

自分の霊的感性が上がれば、最愛の人だけでなく、他の人の霊からの働きかけも感じ取れてしまうこともあるかもしれないが、それは付随的なことだからしょうがないだろう。

それでも私はそんな、殆ど霊媒のような生活がしてみたいと思う。

肉体は確かにこの世にあるのだが、心や精神的なものはこの世とあちらの世界をまたがっているような、そんな生活ができれば、私の今感じている暮らしの中での強い違和感など吹っ飛んでしまうに違いない。

うん、きっとそうなれる。

そうだよね、祥一郎・・・・・。

それを信じて行きていこう。


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永遠に一緒



祥一郎・・・・・・

映画「美女と野獣」は楽しんでくれたかい?

ミュージカルの方は東京では公演していないので映画になっちゃったけど、なかなか良い映画だったね。

舞台では大仕掛けなイリュージョンを楽しめるけど、映画ならではのCGも楽しめたよね。

主題歌が流れるとやっぱりおっちゃん、涙が出てしまったよ。

お前と肩寄せ合って観たあの日あの時、その後の幸せだった20数年間を想うと、やっぱり涙が溢れてしようがなかったよ。

でも何故か悲しい涙じゃ無かったような気がする。

サラサラとした感涙というのか、そんな涙だった。

それは映画を見ている時、お前が一緒に居ると感じられたからかもしれないね。

お前、おっちゃんの右あたりに居て、一緒に観てただろう?気配を感じたんだ。

あの時確かにお前とおっちゃんは共に居た。

いや、いつも一緒に居るんだけど、あの時はそれがおっちゃんにも分かったような気がするんだ。

ありがとうね。


お前とこの世で一緒に映画を観たのはいつだっただろう。

もう10年くらい前に観たのが最後だったね。

ごめんね、もっと連れて行ってやればよかった。

お前は口にこそ出さなかったけど、もっとおっちゃんとお出かけしたかったんだよね。

日々の生活に疲れ果てて、そんなお前の想いを汲んでやれなかったおっちゃんを許しておくれ。

こんなに好きだったのに、こんなにも愛しかったのに、こんなにも大事な人だったのに・・・・・・。

今更言っても遅いけれど、敢えて言わせておくれ。


でもお前は言ったよね。

今からでも遅く無い、色々な所へ行ってって。

僕も一緒に行くからって。

だからおっちゃん出来る限りお前の希望を叶えていこうと思っているよ。

さあ今度はミュージカルだ。

何を観に行こうか。楽しみにしてておくれ。

お前とおっちゃんは永遠に一緒だよ。

一緒なんだよ・・・・・・・。


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