何故死んでしまったの 祥一郎の生きた証

私、けいは2015年12月28日、最愛のパートナーである祥一郎を突然喪いました。 このブログは、彼の「生きた証を残したい。」という生前の希望を綴ったものです。 そして、ゲイの死別という経験を可能な限り見つめて行きます。 #ゲイ  #死別  #孤独

2017年11月

ユーミンのコンサートとある男性の話



久しぶりに電話で声を聞く女子高時代の親友に、「ユーミンのチケットが一枚余っているから一緒に行かない?」とお誘いが有ったのは一ヶ月半ほど前。


なんとかスケジュールを調整して11月28日のその日の予定を空けることができ、何年かぶりにユーミンのステージを観に行くことになった。

有楽町の帝国劇場で待ち合わせ、50代もとっく半ばを越えたお互いの息災を褒め合い、最近の暮らしぶりを短く報告し合うのもそこそこに時間が迫っていたのでふたりして座席に着いた。


しかしそこはそれ、女同士のお喋りがまだ足らず、座席についても私と親友は近況の話やお互いの旦那の悪口に夢中になっていた。


ふと隣りの一番端に一人で座っている50絡みの男性に迷惑かな?と思い、声を若干落としてお喋りし続けたが、その途中隣の男性が何やら胸に抱いているのに気付いた。どうも写真のようだ。

小さな縁が黒い写真。どうみても遺影のようだ。


ご家族か親しい人が亡くなったのだろうか、その男性は遺影を目立たぬように、でもしっかりと抱いて開演を静かに待っていた。


まさか不躾にその写真をまじまじと見たり、「それはどなたですか?」等と尋ねるわけにもいかず、そうこうしている内に開演したので、私達ふたりは舞台で繰り広げられるパフォーマンスに見入っていった。


途中間延びした場面もあってそんな時横目でその男性をチラと見たりすると、殆ど身じろぎもせず、その遺影を抱いて集中して見入っているようだった。
なにやら口を真一文字に結んで、目だけをかっと見開いているようにも見える。
ひょっとしたら涙を堪えているのだろうか。


まあしかしそうやって少々気にはなったものの、私はまた舞台の演技と歌に集中していった。

上演内容はわりと年配者向けの落ち着いた内容で、それなりに楽しめた。


幕が下り場内が明るくなった時、その隣りの男性がそっと遺影を白い布で包む様子が見えた。
そしてその男性はそそくさと立って出口に向かっていった。そのとき男性がなにやら涙を拭うような
仕草をしたように見えたのは気のせいだっただろうか。

しかしそんなことは一瞬にして頭から消え、私は親友とたった今終ったばかりの舞台の内容についてますますかしましく親友とお喋りに夢中になった。


上演中何度か一瞬だけ気になった隣りの男性のことなど親友に話すことも無く、私達は「なかなかよかったねえ。」
「もう少し歌が多かった方が良かったかも。」「ああこれで暫くは毎日の家事の煩わしさを我慢出来るわ。」などと他愛も無い会話をしながら一緒に駅の方向に向かった。


すると前方にあの隣りに座っていた男性の後ろ姿が見えた。

立ち止まって左方向を見ている。

その方向には並木にクリスマスイルミネーションが豪華に輝いており、多くの人が笑顔で眺めていたり撮影したりしていた。

その男性はしばらく立ち尽くして笑みも浮かべずにその光景を眺めていたが、気が済んだのかまた歩き出した。
心なしかその背中がとても寂しげに見えたのは、これも私の気のせいだったのかもしれない。


歩きながら私は相変らず親友とのお喋りに余念がなかったが、頭の片隅でもう雑踏の中に消えて行ったその男性のことをほんの少しだけ想像していた。


(誰か愛する人を亡くしてしまって、その人の為にこの演劇を観に来たのかしら。たった一人で寂しそうだったけど、きっとあの人の中では愛する人と一緒だったのかも・・・。)


そう想像するとほんの少しだけ鼻の奥がつんとしたが、そんなことはすぐに忘れ、私は親友と過ごした楽しいきょう一日のことだけの想い出が残るのだろう。


それでいい。たまたま隣りに座ってちょっと気になった男性の事情など誰が想い出すものか。


それでも私は帰りに駅の改札を通る時にまた一瞬だけ、(あの男性の今後の人生にまた幸せな時がくればいいな・・・・・・・・)とこれまた大きなお世話なことを思ってしまったのだった。


それもすぐ忘れ、当然ながら私は明日からの仕事と雑事に追われる毎日のことを考え、きょうの楽しかったひと時を糧にまた頑張れるかな?と淡い期待をして駅のコンコースに向かったのだった。


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祥一郎の居ない夜



祥一郎・・・・・・・・・


もうこんな時間だ。


あの頃なら、もうお前は眠っていただろう。


睡眠をとても大事にしていたお前だもの。


おっちゃんが仕事から遅く帰って来ても、ちゃんと起きてお風呂の用意はしてくれていたね。


それでもそれが終ったらお前はいそいそと寝床についた。


寝ることが大好きだったお前。寝不足はお肌と健康に悪いって言ってたものね。




そして遅れておっちゃんも寝床につく。


お前の背中を見ながら、安心しておっちゃんも眠ることができたあの頃。


お前のあのうるさかった大イビキも、今となっては堪らなく恋しいおっちゃんの子守唄だ。


祥一郎・・・・・・・・・・・


今は冷たく静かな夜が続くだけだよ。


お前の居ない、ひとりぼっちの夜。


こんな夜がいつまで続くんだろうね。


祥一郎・・・・・・・・・・・寂しいよ・・・・・・・・・・


お前の居ない夜は、もう嫌だよ・・・・・・・・・・


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後悔の山


後悔の山・・・・・・・・・


何故もっと祥一郎と一緒の時間を作ってやらなかったのだろう。
あいつは、私よりもっと寂しがり屋だったのはわかっていたのに・・・・・・・・。


何故もっと色々な場所へ連れて行ってやらなかったのだろう。
生活は苦しかったけれど、少々無理すればもっと想い出の宝は増えただろうに・・・・・・・。


何故不器用な生き方しかできな祥一郎の為に、まがりなりにも続けられる仕事を見つけてやれなかったのだろう。
夢見がちで無邪気で子供のような面がある、社会人としては不器用なことは分かっていたのに・・・・・・・・・・・。


何故生活が苦しい中でも、もっとあいつの健康に気を配ってやらなかったのだろう。
身体が弱く、肝炎に罹ってからは爆弾を抱えているようなものだとわかっていたのに。
養子縁組の件をもっと説得して納得させ、私の保険証を使えるようにするべきだったのに。


何故「調子が悪い・・・・・・。」と言い始めたあの頃に、私はもっと迅速に信念を持って動かなかったのだろう。
あいつが旅立ってしまう二、三年前からその兆候はあったのに。


何故あの夜、「・・・・・おっちゃん、手ぇ握って・・・・・・。」と弱弱しく言ったあいつの手を、もっと強く強く
握ってやらなかったのだろう。
「大丈夫、大丈夫。心配すんな。もうすぐ病院行けるから。おっちゃんが何とかするから。な、泣くんじゃない。
きっとおっちゃんが何とかするから。」
と言ってやらなかったのだろう。



・・・・・・・・・・・・私の後悔と贖罪感の種は尽きない・・・・・・・・・。

私は数々の今となっては遅すぎるこの想いに、何らかの決着をつける事が出来るのだろうか。


祥一郎はあちらの世界から優しく言ってくれる。

「おっちゃん、おっちゃんのしてくれたことはとても大きな事なんだよ。本当によくしてくれたんだよ。」


その優しさが、ますます私の後悔や贖罪感を増幅させてしまう。


きっとそんな私を祥一郎は望まない。


それを分かっていても、今はまだ私は自分がするべき事をしなかった、それを悔やみ続けてしまうのだ。


ごめんね、祥一郎・・・・・・・・・。


本当に、本当にごめんね、祥一郎・・・・・・・・・。


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青い空が恨めしい


きょうは、冬の日の雲一つない真っ青な空。


こんな日はあの日の事をどうしても想い出してしまう。


そう、祥一郎が私の腕の中で死んで行き、翌日にはもう荼毘に付されたあの二日間の事を。


あの二日間は皮肉にも今日の天気のように、快晴だった。


祥一郎の好きそうな陽気の、真っ青な空の小春日和の日。


そんな日に祥一郎は、白く冷たい病院の霊安室に横たわっていた。


そして翌日には、火葬場でもう全く生気の無くなった祥一郎が、自分の肉体が焼かれるのを
待っていた。


私はそんな祥一郎の頬を両手でなぞり、「祥一郎おおおおお、祥一郎おおおおお・・・・・」
と呼んでも返ってはこない名を呼び続けていた。


祥一郎と私を襲った未曾有の悲しみを、嘲笑うかのような青い空。


そして私は快晴の日が嫌いになった。


仕事の休憩時間、私は職場の屋上から真っ青な空を恨めしく睨んでいた。


祥一郎よ・・・・・・・・・・


おっちゃんはお前の好きだったこんな小春日和の日を、いつか(ああ、良い天気だ・・・。)と思える日が
来るだろうか・・・・・・・・・・・


ねえ、祥一郎・・・・・・・・・・・・。


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あの、最後の夜



あの夜・・・・・・・・・・・・。


最後の夜だったあの夜。


最後だと知っていたなら、私は祥一郎に何をして何を言っただろうか。


内臓から登って来た血が消化管に上がってきたのだろう、しゃっくりが止まらなかったあの夜の祥一郎。


私は呑気に、ネットで調べたしゃっくりの止め方を祥一郎に伝えていた。


「耳を押さえたり、みぞおちを押さえると止まるらしいよ。」「水を一杯一気に飲んでみたら?」


・・・・・・・・・そんな呑気で愚かなことを、あの時もこの期に及んでほざいていた私。


夜が明けたら祥一郎は旅立ってしまうとは微塵も考えず、これっぽっちも予想だにしなかった。


あの最後の夜。


戻ろうにも決して戻れない夜。


あの夜があの時が最後だったんだと、後から知ることの悲しさに勝る悲しさが他にあるだろうか。


往生際悪く考えてみる。知っていたなら私はどうしていただろうと。


私が知っているささやかかもしれないけれど、出来得る全ての祈り、愛、優しさ、感謝・・・・・・・
それらを総動員して祥一郎に捧げただろうに・・・・・・・・・。


けれどももうあの夜は過ぎてしまった。


決して微塵も何も取り戻すこともできない。


あの最後の夜。


2015年12月27日から28日にかけての夜・・・・・・・・・・。


祥一郎よ・・・・・・・・・・・・


私はあの夜をいつまでも抱きしめて、お前と再会した時に謝る日を待っているんだ。


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けい

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